第四十七話 「最終決戦、悪役令嬢をやっつけろ その5」
西通りに警鐘が鳴り響いている。
バッチョ特戦隊の襲撃だ。
どうしよう?
エディムもミューもいない状況で戦えるか?
想定外の事態にパニックになりそうだ。
戦力になりそうなのは、ぶっちゃけ俺とティムしかいない。
魔法学園主席のティムなら、魔法でいくらか対抗できると思うが……。
何分ティムは学生だ。実践経験が足りない。将来はともかく、今の段階ではバッチョ特戦隊相手に手も足も出ないだろう。
それにティムは貴重な回復要員でもある。魔力は温存しておかないとね。激しい攻防戦ともなれば、怪我人も出るだろう。ティムの役割は、後半からだ。
とまぁ色々御託は述べたが、結局言いたいことは一つだ。
可愛い妹を前線に出せるかっての!
つまり、消去法で俺が前線の指揮を執らねばならない。
……ま、まじですか?
漫画版、孫子の兵法書は読んだことはある。
それだけだ。
部隊を指揮した経験は皆無。
ぶっちゃけ、数値化するなら統率力五十もないんですけど……。
裏手から誰か呼んでこようかな?
――いや、そんな時間はなかった。バッチョ特戦隊はすぐそこまできている。
し、しょうがない。
ここは腹をくくろう。
エディムが戻ってくるまで、立派にリーダーを演じてみせる。
軍団員達に弓矢を装備して、配置につくように伝えた。
俺の言葉を聞いた軍団員達は待ってましたとばかりに、勇んで櫓に向かっていく。
その足は軽やかそのものだ。誰もビビッていない。
「弓矢の弦が緩い」とか「力を入れすぎて弓を壊した」とか中二言語も健在だ。
わいわいと楽しそうにしている。
エディムとミュー不在という最大の危機……。
そんな大ピンチを前に、こいつらときたら戦を物見遊山か何かと勘違いしてやがる。
本来なら全員説教部屋行きだが、悠長にしている時間はない。
よ、よし、ここはポジティブに考えよう。
びびってパニックになるよりはましだ。足がすくんで動けないなんて言われたら困る。この状態は良好といえるのかもしれない。
ある意味、士気は高いよね?
そう結論づけて、皆を見守る。
櫓に登り、配置をチェックしよう。
軍団員達はまるで兵隊蟻のようだ。
整然と列を乱さず行進し、一層、二層、三層と部隊毎に配置についていく。
ん!? あれ?
ドリュアス君と第四師団の隊員がいない。
各部隊の配置を確認していると、一層が空になっていることに気づいた。
どこに行った?
全体をまとめている変態に聞いてみるか。
櫓中央にいる変態のもとへ行く。
「ニール、ドリュアス君達知らない?」
「ドリュアス達は、ティレア様に不敬を働いた者を誅殺に行っております」
「はぁ? 誅殺ってどういうことよ?」
いまだ中二言語活発な変態を咎めるように尋ねる。
それから変態は、ドリュアス君達の行動を説明した。
どうやらドリュアス君達は、西通りでのいきさつを知ったらしい。
そして、エリザベスに怯え、俺達姉妹を見捨てて逃げ出した奴らを断罪しに行ってるんだとさ。
うん、嬉しいよ。素直にそう思った。
逃げ出した人達と違う。ドリュアス君達は俺やティムを見捨てずに、戦ってくれるのだ。
形だけの友達じゃない。真の親友だと思っている。
だけどね……。
いい加減に自重しろ。
そもそも、逃げ出した奴らに追いつけるはずないだろ!
よしんば追いついたとしても、返り討ちにあうだけだぞ。
「ティレア様、私も気になっておりました。ドリュアスが小虫の駆除如きで、ここまで時間をかけるはずがございません。何かトラブルがあったのでしょう。増援を向かわせますか?」
心配なのだろう。変態が真面目な顔で言った。
大丈夫、俺は真相がわかってる。
たんに、逃げてった住人に追いつけていないのだ。
何せ住人達は、バッチョ襲撃の被害に遭わないように必死で馬を走らせてる。
そんな人達相手にどうやって、追いつく気だ?
駿馬でも持っているのか?
持ってたとしても騎乗能力ないだろ?
バイクや車もない。
逃げた住人達との距離の差は広がっていくに決まっている。
変態に増援の必要はなしと伝えた。
あとはドリュアス君達が、どの段階で諦めて帰ってくるかだけど。
……ドリュアス君、あれで性格しつこいからな。
当分、戻ってこないだろう。
第一層は、他の部隊に任せるしかないね。
はぁ~イレギュラーが多すぎる。
自然と溜息が出てしまう。
嘆いていても仕方がない。
ドリュアス君達の穴を埋めるため、部隊を再編成しよう。
そして……。
なんとか間に合ったよ。
全階層に弓矢を装備した軍団員達を配備した。
櫓の頂上から、睥睨する。
「敵の数は、ひぃ、ふぅ、みぃ……いっぱいいる」
数え切れない。
少なくとも数千を越す騎馬の群れだ。
眩暈がしてきた。
敵は、勇猛で士気も高い。城攻めの基本、十倍の人数も確保している。これは落城の気配濃厚だ。
い、いけない。弱気はだめ!
指揮官が弱気なら、皆に恐怖が伝染してしまう。この大軍を前にしては、さすがの変態達も、びびってガクぶる状態となっているだろう。
ここはリーダーとして軍団員達を鼓舞する。
「あ~ニール、敵の数だけど――」
「少ないですな。せいぜい五千といったところでしょうか。我らも舐められたものです」
変態は強気な態度を崩していなかった。
この大軍を前にしても、冷静そのものである。バッチョ特戦隊を蠅の群れか何かと思っているらしい。
「ニールゼン隊長の仰る通りです。脆弱な小虫の唯一の武器は、群れることでしょうに。たかが五千とは……」
「まったくですな。我ら相手ではせめて百万は集めて欲しいところです。これでは我らが一斉射撃するだけで殲滅してしまうのではないですか?」
「ティレア様、もはや防壁にこもる必要はないかと。各自、弓を持って突撃しましょう」
他の軍団員達も変態と同じだ。
全然士気が落ちてない。
どこかのアメコミヒーローばりに弓矢を担いで、正面から突撃しようとする。
お前ら、まずは無人島でサバイバルしてからそんなこと言え!
こんな非常時でもいつもの調子だ。
逆に怖くなってくる。
早まったかな?
こいつら戦闘に出すより隔離が正解だったかも?
そんな葛藤が芽生えたが、敵は待ってくれない。
バッチョ特戦隊の中から、数百騎が突出してきた。
おそらく先遣部隊という奴だろう。
先遣部隊は、雄叫びを上げて近づいてきた。
賽は投げられた。
やるしかない。
「あなた達、馬鹿な事言ってないで。射るよ」
「「はっ」」
バッチョ特戦隊の先遣部隊が弓矢の射程距離に入った。
「放て!」
合図すると、軍団員達は一斉に掃射を開始する。
ビュン、ヒュンと矢が飛んでいく。
おぉ、まっすぐ飛んでるじゃないか!
先遣部隊の行進が止まった。
よし、よし、いい感じだね。
櫓正面の敵は、完全に動きが止まっている。
だが、今度は遅れて右方向から他の部隊が突撃してきた。
これも数百騎、第二陣の部隊だ。雄叫びを上げて近づいてくる。
ここは、第二師団の持ち場だ。
オル、大丈夫か?
不安を覚えながらオル達第二師団を見る。
オル達は一応、弓矢を構えていて準備万端の様子だ。
そして、第二陣の部隊が弓矢の射程距離に入った瞬間――
「ファイエルゥ!」
オルが叫び、それを合図として第二師団の面子が矢を掃射していく。
うん、これもまっすぐ飛んでる。
よし、よし、上等だ。
十分に牽制の矢になっている。
ここは、一番不安な部隊だったから安心したよ。
ただ、ファイエルゥって……。
まぁ、いいけどさ。
銀河の英雄が活躍するアニメの話を、オルにしてやったことがある。
それに影響されたのだろう。
クソどうでもいいことを、よく覚えてるな。
オルの掛け声はいいとして……。
皆、やるじゃないか!
各階層からの一斉射撃に、バッチョ特戦隊が攻めあぐんでいるぞ。
どうやら一度も弓を射た事がないというのは嘘だったようだ。
こいつらはボンボンだしね。
ゼノン語の時も然り。
射撃も含めてひととおりの教育は受けてたのだろう。もしかしてハワイ的なところで親父さんに習ったのかもしれない。
まったく弓を習ってたなら習ってたって、正直に言えばいいのに。
まじで褒めてたよ。
まるで、全然勉強しなかったと言いつつ、ひそかにガリ勉をしてテストで好成績を取る子供みたいだ。
少しでも自分を大きく見せたいのだろう。
初心者だけど、こんだけ弓が射れるんだ。すげーってね。
軍団員達を見る。
普通に弓を引いて、矢がまっすぐ飛んでいた。
簡単に言っているけど、難しいよ。
初見でできるほど甘くはない。完全に奴ら、素人じゃないね。
初心者だって聞いた時は、最悪全員が弓を引き外して、地面に矢がポテッって落ちるかもと冷や冷やしていた。
はぁ~驚かせやがって。
軍団員達は俺が見ているのに気づくと、はりきって弓を引きまくる。
本当に子供みたいな奴らだ。
ただ、軍団員達のおかげで助かった。
ここは奴らに乗ってやるか。
さらなる士気向上といこう。
「君達、弓初めてなのにすごいじゃない」
経験者だとばればれだが、あえて知らないフリをする。
「お褒めにあずかり恐縮です。魔族生活数千年、初めて弓を射ましたが、なかなか難しいものですな」
「隊長の仰るとおりです。ここまで飛距離がでない武器とは思いませんでした。かといって、これ以上弦を引っ張ると、弓が壊れます」
「そうそう、少しでも力を入れると壊れまする。俺は、豆腐を扱うか如く射てます」
「おぉ、それは言い得て妙だな」
軍団員達は、初心者のスタンスを変えない。
それどころか、力を持て余しているアピールが凄い。
うんうん、もうそれでいいよ。
俺も何も言わない。このまま頑張ってくれ。
温かい目で彼らを見守る。
「ファイエルゥ!」
皆、頼むから集中を切らさないでね。本当に大怪我をするよ。
「ファイエルゥ!」
中二病は禁止だ。弓を射ることだけを考えてくれ。
「ファイエルゥ!」
余計な雑念は疲れを生む。
「ファイエルゥ!」
集中して事に……。
「ファイエルゥ!」
「ファイエぇえええ~ルゥ!」
だぁあああ、うるさい!
さっきからオルが「ファイエルゥ、ファイエルゥ」しつこく連呼している。
俺が見ているせいで、過剰に張り切っているのかもしれない。
あ、あのな、そんなに命令すればいいってもんじゃないぞ。
そんな無茶な連射をしたら隊員達も疲れちゃうだろうが!
少し、注意してこよう。
屋上からオルがいる第三層へ向かった。
第三層に着くと、オルが喧々諤々とわめいている。
「ぬぅう、小癪な小虫共め! なかなか死なんぞ。もっとだ。もっと雨のように矢を降らせろ!」
「「はっ!」」
第二師団の面々は、オルの命令を愚直に守って連射を続けている。
オルはカリカリしながら、次々と向かってくる部隊に射撃の指示を出す。
絶え間ない連射で、矢弾がどんどん無くなっていく。その都度、副官のギル君がさりげなく矢弾を補充して第三層の攻撃を維持している。
これはあかん。
ギル君がフォローしているようだけど、限界だ。
すぐに皆ばてて崩壊するよ。早く注意しないとね。
「オル、ちょっとい――」
「えぇえい、らちがあかん。トオルハンマ用意!」
電磁砲だと!
お、お前、いつのまにそんなオーバーパーツを用意した?
オルのぶっとび発現に驚愕する。
そして……。
ぬぅおおおおおお!
なんと!
オルが合図をしたとたんに、カラクリ御殿のようにぱっくり屋根が開いた。そこから全長五メートルぐらいの巨大な矢が現れたのである。
極太の弦を限界ぎりぎりまで、引き絞っていた。放てば、ゆうに三百メートル以上は飛ばせるだろう。
あ、あれって、たしか大型弩砲だよね?
電磁砲でなかったが、あれはあれでこの時代の最強兵器だ。
俺も詳しくは知らない。たしか大型弩砲をぶち込めば、固い城門だって壊れたはず。こんな風に守備にも使える。
向かってくる敵兵団に放てば、壊滅に追い込むことだって可能だろう。
すごい。率直に思うよ。
あんな巨大な攻城兵器をよくもまぁ櫓に積め込めたものだ。
オルの資金力と行動力に驚いていると、
「くっくっくっ、ふきとべぇええ! トオルハンマ発――」
オルが今にも大型弩砲を発射しようとしていた。
いや、待てって!
そんなものぶっ放したら大量に人がミンチになっちゃうぞ!
「あ、あのオル!」
慌ててオルに声をかける。
「これはティレア様」
「あ、あなた、何でそんなに冷静なのよ。あんなものぶっ放したら――」
いや、何を言ってるのだ。
今さら人死を気にしてどうする?
俺達は戦争をしている。
大型弩砲が大量破壊兵器だからって、びびる必要はなかった。
バッチョ特戦隊は、西通りを焼き討ちする気でいるんだぞ。ここで俺が怯んだせいで、大切な人達が死んだらたまらない。
覚悟を決めろ!
パンパンと平手で頬を叩いて気合を入れる。
「ティレア様?」
「あ~ごめん、気にしないで。それより凄いね」
「といいますと?」
「これ」
指を震わせながら、大型弩砲を指す。
「おぉ、まことでございますか!」
褒めたとたんにオルが破顔した。
「いや、本当凄いよ。まさか櫓だけでなく、こんな隠し球を用意してたなんてね」
「はっ。ティレア様が矢で小虫を串刺しするのがお望みと伺いましたので。急遽取りつけた次第です」
「急遽?」
「御意。ジョパンニーが一時間でやってくれました」
また、そのパターンか!
一時間でできるわけないだろうが!
本当は櫓作ったときに、オプションでつけてたんだろ?
いい加減、中二病やめろって――うぉお、ジョパンニ――ぃいい!
オルの隣にいるジョパンニーを見る。
徹夜明けのジョパンニー君は、やばかった。
充血しすぎで、おめめは真っ赤だ。顔色も真っ青である。涎も垂れてラリってるね。しかも、口に血っぽいものもついてるぞ。
吐血もしちゃってるじゃないか!
「ジ、ジョパンニー、大丈夫?」
明らかに大丈夫でない。それはわかっているが、声をかけずにはいられなかった。
「ああ、あ、て、様に、うぐっ、ああ、だい、ぶ、こうえ、つゆ、えへ、ああ、します」
しゃべれてねぇええじゃないか!
やばいよ。救急レベルだぞ、これ!
「ティレア様、ジョパンニーは『ティレア様にお褒めに預かり天にも昇る気持ちです。今後も命を削り忠義を尽くします』と申しております」
オルがジョパンニーの言葉を通訳をする。
今のがわかったのか?
すげえぞ。俺には何を言っているのかさっぱりわからなかった。
阿吽の呼吸って奴?
お前ら本当に仲いいんだな。
オルは、死相が出ているジョパンニーの肩を叩き「よくやった」と褒めている。
ジョパンニーは「恐縮です」とでも言っているのかな?
「キョ」とか「デス」とか途切れ途切れに聞こえた。
咳き込みもひどくて、ほぼ暗号である。
ジョパンニー、オルとコントしている場合じゃない。
すぐに休養しないと。
「ジ、ジョパンニー、ありがとね。もういいのよ。ゆっくり休んで」
「くぅ~ジョパンニーよ。ティレア様からお労りのお言葉を賜ったぞ。誇るがよい」
「も、もったいなきお言葉……」
「いや、二人ともそんなやりとりはいいから。ジョパンニー本当に休んで」
「おぉ、我が部下のために、なんとお優しきお言葉! 不肖オル、ティレア様のためならこの命――」
「だからいいっていってるでしょ。休んで、ってか早く寝ろ。死にてぇのか!」
いつまでも休まないジョパンニーに声を荒げて説教する。
「あ、あ、ティ……様、ごぶっ、し、ん……で、ほ、も……」
「ティレア様、ジョパンニーは『ティレア様のためなら死んで本望です』と申しております」
いやいや、もうやめろって。
オルは、またもやジョパンニーにびっと親指を立てて二カっと微笑んでいる。
ジョパンニーは敬礼を――あ、倒れた。
ってやばい。ピクピク痙攣しているぞ。
「だ、だれかぁあ! 担架、担架持ってきて!」
俺の声を聞いた軍団員が担架を持ってきた。
そして、ジョパンニーが担架に乗せられ運ばれていく。
この防衛戦の最初の犠牲者である。
オルの過剰なパワハラともいえるな。
「一時間で作った」は置いとくとして、徹夜明けなのにあんなに連射させて鬼だ。そりゃジョパンニーも倒れるよ。
とにかくジョパンニーのもとへは、ティムを向かわせた。
回復魔法をフルパワーでかけるように言ってある。死にかけのジョパンニーもティムなら治してくれるだろう。
ジョパンニー、ゆっくり休んでてくれ。
あとは俺達に任せろ。
それから、バッチョ特戦隊が後退する。弓矢の射程距離を見極めたらしく、その射程外まで引いたのだ。
さすがは歴戦の部隊だ。やることにそつがない。
まずい。この距離では当たらないぞ。
あ、これでいいのか。
膠着状態は望むところだ。援軍が来るまでいくらでも時間を稼ぎたいんだから。
両者睨み合いが続く。
するとバッチョ特戦隊の奥から、二人の女性が騎乗したまま近づいてきた。
一人は筋骨隆々の大女である。
ご、ごつい……。
腕は、俺のウエストぐらいある。足は丸太のようだ。あんな足で蹴られたら、それこそミンチになりかねない。
こいつが恐らくバッチョだね。
見かけだけでも伝わる。
噂どおり霊長類最強は伊達じゃなさそうだ。
もう一人は知っている。
今回の元凶であるエリザベスだ。エリザベスは全身包帯を巻いている。きっと、ダルフ達吸血部隊にやられたのだ。
大怪我しているのに、全然懲りていない。
二人が射程内に入ったので、変態達が矢を射ろうする。
それを手で制止した。
二人だけで来たということは何か話をしたいのだろう。
もしかしたら俺達の予想外な反撃に驚いて、停戦しに来たのかもしれない。
立派な櫓もあるしね。手ごわいと思ったのかも。
期待してはだめだが、話を聞くぐらいはいいよね。
「君達、もしかして降参しにきたの? いいよ。許してあげる。そのまま退散するなら、追わないわ」
二人に向かってそう声をかけた。
■ ◇ ■ ◇
ドリュアスさんは無言で佇んでいる。
倒れているベルナンデスさんをはじめ第四師団の皆さんをじっと見つめ、時折天を仰いでいた。
ミレスは思う。
怖い。
嵐の前の静けさというか、ふつふつと滾るマグマのような怒りを感じていた。
「あ、あのドリュアスさん、もうやめませんか?」
説得は厳しいと思いつつも、少ない可能性に賭けてみる。
「飛蝗蹴……」
ドリュアスさんがポツリとつぶやく。
「はい、申し訳ございませんが、あまり手加減はできませんでした」
暗殺技術に長けたベルナンデスさん相手に力を抜いては、こちらが殺されてしまう。
一応、ぎりぎり殺さないように微妙に急所を外してはいたが……。
「この技はな。ティレア様の御技だ」
「そうですね」
「この御技をお話になるティレア様は、それはそれは楽しそうでな。どれだけ思い入れのある御技か」
「あ、あの?」
「くっくっ、貴様のような未熟者が使っても、ティレア様の御技であることには代わりがない。だからか、貴様を止められなかった。この技を破っては、ティレア様のお顔を潰すことになるのではと思ってな」
「ドリュアスさん……」
「だがな、それは間違いであった。部下達が貴様一人に倒された。私がいるとはいえ、これは我が参謀軍の敗北とも言えよう。決して負けてはいけない邪神軍のエリート部隊なのに……私は判断ミスをしてしまったのだ」
「い、いや、そんな思いつめなくても……ティレア様はそんな事気にしておられません」
「だまれぇええ! よくもぉお、ティレア様の御技で部下を汚したなぁああ! 貴様は、完璧を願われたティレア様の思いまでも踏みにじったのだぁああ!」
ドリュアスさんの魔力がどんどん上がっていく。
切れてる。
これ、住民達を守る余裕はない。
だけど……。
チラリと後ろを見る。
震える子供を必死に抱きしめている母親。
妻や子をその背に庇い、歯を食いしばって耐える父親。
住人達に闇壁を張ってるとはいえ、ドリュアスさんの殺気は半端ない。
今も心臓を鷲づかみにされたかのように、呼吸するのも苦しいはずだ。
それでも住人達は必死に大切な家族を守っている。
こんな光景を見たらね。
絶対に死なせたくはない。
二輪車から杖に戻った闇の杖を、前方にかざす。
やれるだけやってみますか!
それこそ、我が神の最も尊い教えだ。
「はぁああああ!」
負けじと、魔力を最大限に上げる。
「貴様らぁあは、全て塵と消えろぉおお! 超魔斬空!」
ドリュアスさんが奥義を使った。
幾千もの魔線が放たれる。
超魔斬空……。
大地も大海も、大空さえも切り裂く光線だ。
カミーラ様渾身の魔法技術がつまった、ドリュアスさんの必殺奥義である。
す、すごい。
一筋の光の直線がわずかに触れただけで、大木が消滅した。
それこそ木片一つ残さずに……。
その威力に戦慄する。
なんて暴力的な波動だ。恐らく鋼鉄もダイヤモンドもオリハルコンさえも、この魔線の前には、一瞬にしてその形状を破壊されるだろう。
これは生半可な防御では防げない。
闇の杖を大車輪の如く回す。
神よ。その御技を再度拝借します。
「闇の杖よ。完全無欠の防御を作れ。花弁展開、ローアイ――」
「させんといったろうが!」
「いたっ!」
ドリュアスさんの指から閃光が放たれ、闇の杖が弾かれた。
弾かれた闇の杖が地面を転がっていく。
奥義発動中に別の技、閃光も放てるなんて……。
ドリュアスさんの力の底が見えない。
どうしよう?
闇の杖は、数メートル先に転がっている。
これでは邪神技が使えない。取りに行こうにも、もう魔線が迫っている。
考えている時間はない。
「ならば、闇堅牢!」
闇がドーム上に広がって膜を作った。
杖がなくても今の私なら闇魔法が使える。闇魔法の中で屈指を誇る防御魔法だ。さらに、私の魔力を注ぎ込み強化する。
「はぁああああ!」
「ぬるい技だな!」
くっ、ドリュアスさんの魔線が次々と闇堅牢を突き破ってくる。
やはり、神の御技でないと通じない。このままでは、直に私だけでなく住民達にも当たる。
ならば……。
「闇魔法、闇硬化!」
攻撃を捨て、自身に闇の衣を何十にも覆う。
住人達は、闇の手を行使して私の背後、直線上に移動させた。
後ろには逸らせない。
住民達の防御力では、かすっただけで塵となる。
前に出て、身体で体当たりをして衝撃を吸収するしかない。
気合とともに魔線の前に出る。
そして、両手を大きく広げた。
「ぐふっ!」
次々とドリュアスさんの魔線が身体に命中する。
きつい。
魔線が肉を抉るように突き刺さっていく。
そして……。
悪夢の時間が去る、ドリュアスさんの奥義が終了した。
ほんの数分だったが、永年の苦痛に苛まれた感がある。
周囲は、魔線でぼろぼろだ。私の身体もすごいことになっているだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……自己調査」
身体の損傷率、三十四、三十五、三十六……。
どんどん上がっていく。
第二胸部肋骨破損、左上腕骨骨折、血圧百mmHg低下。
……
…………
………………
次々と欠損部分が表示される。
その表示は止まらない。
やめた。気がめいる。
自己調査を中断した。
かなりの重症なのはわかった。
ふぅ~長く息をして闇の衣を患部に纏う。
応急処置だ。
身体を軽く動かす。
身体は悲鳴を上げていた。戦闘に支障がでるのは間違いない。それどころかほっとくと死ぬ。闇の杖を使った本格的な治療が必要だ。
私は、高位人間。
そんじょそこらの攻撃ならかすり傷一つつかない鋼鉄の身体だ。闇堅牢を展開してなお、この威力だ。
ドリュアスさん、でたらめすぎる。
住人達は大丈夫だろうか?
背後にいる住人達を見る。
皆、怪我はしていたが、命に別状はないみたいだ。
よかった。
魔線の大部分を引き受けていたとはいえ、幾分余波が漏れていた。不安だったけど、闇壁が思いのほか有効に活用していたらしい。
でも、次攻撃されたら終わる。
もう住民達を庇う余力はない。
前方のドリュアスさんを見る。
奥義発動後にもかかわらず、ドリュアスさんは息も乱していない。まだまだ余力たっぷりだ。
はは、これどうすりゃいいの?
私が絶望に瀕していると、
「終りだ」
ドリュアスさんが近づき、手をかざしてくる。
魔弾を撃ってとどめをさす気だ。
後ろの住人達を庇うように一歩前に出た。
「ふっ、この後におよんで、まだそんな害虫共を庇っておるのか?」
「もちろん」
「その不忠な姿は見るにたえん。だが、やはり惜しい。我が奥義を喰らい死んでいない。それだけでも価値がある。よし、殺さずに洗脳するか」
「そんなことをされるぐらいなら自害します」
「貴様は本当に忠誠心がない。本来塵となる予定だったのだ。それが意思を無くしても人形としてティレア様のお役に立てるのだ。光栄に思え」
「逆ですよ。そんなもの言わぬ人形が、本当にティレア様のお役に立てるとでも?」
「貴様は人形だろうが!」
「えぇ、人形よ。ティレア様の笑顔のためなら、なんだってする人形。この身全てを我が神に捧げてる」
「口先だけなら、なんとでもいえる。本当に忠誠心があるのなら、私に全てを委ねろ。心を壊してその身体をもらう」
「それは我が神が望まない。あなたの行為は、ティレア様を悲しませている」
「なに?」
ドリュアスさんは心外な顔をしている。
自身の行為を欠片も疑ってないのだ。
……なんかムカムカしてきた。
なんで遠慮してたんだろう?
ドリュアスは、忠義忠義と言いながらティレアさんを悲しませようとしている。
この住民達を見て、殺そうとする?
誰よりも家族を大事にしているティレアさんがそれを許すわけがない。
邪神軍の軍師のあなたがそれをまるで理解していない。
それは主観に満ちた自己満足だ。そんな魔人エルフに、だんだん怒りが抑えられなくなってきた。
「あなたは、ずっと我が神を侮辱している。ティレア様を悲しませようとしている。それがたまらなく腹が立つ!」
「ミレス、どういう意味だ? 私がティレア様を悲しませるだと? ことここにいたってティレア様のことで虚言を抜かすなら――」
「気が変わった。あなた殺すわ。あなたのような馬鹿がいるとティレア様が悲しまれる」
「ミレス、私は邪神軍総参謀だ。勿体無くもティレア様に任じられたのだ。私は邪神軍の知能そのもの。その私に向かってその言葉……覚悟はできているか」
「えぇ、何度も言うわ。大馬鹿よ。私が本当にティレア様に不忠を働くと思っているの? ここまで命をかけてあなた達と戦う意味がわからない?」
「貴様こそ、この害虫共の卑劣な行動を知っていよう? なぜ生かす? こんな害虫共を庇って何が忠義だ!」
「それがバカって言ってんのよ!」
闇の衣を拳に覆い、思いっきりドリュアスの頬を殴りにかかった。
ドリュアスはそれをなんなく手のひらで受け止める。
「ミレス、これ以上の暴言は許さん。私をバカにすることは、ティレア様をバカにすることだ」
「まだそんな事言ってるの! 今のあなたはティレア様より自分の感情を優先している。それが忠臣? あなたは逆臣よ。あなたの行為が我が神をどれだけ悲しませるか!」
私の叫びに一瞬、ドリュアスの動きが止まった。
「……続けろ」
「ティレア様を悲しませる者は誰であろうと許さない! ドリュアス、あなたも軍師を気取るならティレア様のために、あの方を笑顔にするためだけに行動しろ!」
限界を超えた魔力を注ぎ、受け止められた拳を思いっきり押す。
ドリュアスは、その衝撃でよろけた。すぐさま、飛びのきドリュアスと距離を取る。
私は会話をしながらも、闇魔法を発動させていた。
闇の手を使い、闇の杖を手繰り寄せることに成功する。
しっかりと闇の杖を握り、ドリュアスに向けた。
これで邪神技が使える。
ドリュアスには、生半可な戦法は通じない。
邪神技で決める。
「偉大な我が神よ。何度も申し訳ございません。その御技を拝借します。邪神爆裂テンサンサヨナラ」
強烈な魔力を内包した自爆人形が生成される。
「行け!」
命令を下すと、自爆人形がドリュアスの背中に張り付く。
テンサンサヨナラ……。
邪神技の中でも威力の高い技だ。いくら無敵の魔人ドリュアスとはいえ死ぬ可能性が高い。
……ドリュアスが死ぬ。
ドリュアスに言った言葉だが、私も感情に左右されていたかも。ここでドリュアスを殺してもティレアさんは悲しまれる。
早計だった。
いや、ここでドリュアスを止めないと、住人達の命が危ない。ドリュアスは魔人の中でも上位に位置する。
そうそう死なないだろう。
自爆人形を引き剥がされる前に勝負を決める……。
「自爆!」
起動キーを発動させ、自爆人形を爆発させた。
――瞬間、つんざくような音が周囲に爆散する。
雷の数十倍ぐらいの轟音が鳴り響き、巨大なキノコ雲まで発生した。もうもうと土煙がおこり、膨大な熱量が辺りを蔓延している。
な、なんて威力だ。
その中心にいたドリュアスには、どれほどの負荷がかかっていたか。
想定したよりも凄まじい攻撃だった。さすがは我が神の御技である。
……や、殺ってないよね?
ドリュアスが死んだらティレア様が悲しまれる。ティレア様は、ドリュアスを信頼している。頼りにしている。何よりとても大事にされておられる。
ドリュアスの気配はない。
さぁっと血の気がひいた。
私もドリュアスのことを言えない。
ドリュアスの石頭ぶりに頭に来て、とんでもないことをしてしまった。
住人達を守ってドリュアスを殺した……これでは、本末転倒である。




