第四十六話 「最終決戦、悪役令嬢をやっつけろ その4」
西通りの入り口ど真ん中には、城壁と見間違えるかのような立派な櫓が立っている。
オルの暴走が、今回は上手い具合にファインプレーに繋がったのだ。
高さ四メートル以上ある立派な櫓を見て、西通りの住人達はがぜんやる気を出していた。
俺達は作戦を話し合う。
ゲンさん、ミレーさん、西通りの主だったメンバーがフルに知恵を働かせる。
そして……。
皆の出した結論は、援軍を待って篭城するだ。
篭城も凝った事はしない。
俺達は戦闘の素人だ。やれることはかぎられている。バッチョ特戦隊と正面から戦うわけにはいかない。せいぜい櫓の上から矢を射るぐらいが関の山だと思う。
ち、ちょっと不安かな……。
正直、作戦といえるものじゃない。シンプルすぎる。
い、いや、大丈夫!
スモモダファミリーが作ったかのような堅固な櫓に、凄腕冒険者ミューが防戦指揮を執るのだ。皆には内緒だけど、エディムも裏から支えるしね。
いくらバッチョ特戦隊といえども、この防衛ラインは容易に突破できないよ。
そうやって時間を稼いでいれば、レミリアさん達治安部隊が戻ってくる。
最後は治安部隊と挟撃して、バッチョ特戦隊を倒すって寸法だ。
現在、レミリアさん率いる治安部隊は各都市に散らばっている。なんでも同時多発テロが発生したので、鎮圧に追われているそうだ。
本当、こんな時にかぎって間が悪いったらありゃしない。
とにかくレミリアさん達が戻ってくるまで、特戦隊の猛攻を防ぎきればこちらの勝ちだ。
あと、戦力の配置だ。
西通り正面は、俺達邪神軍が担当する。
残りの住人達には裏手を守ってもらうことにした。
ゲンさんをはじめ西通りの腕っ節の強い人達は、激戦区の正面を希望したんだけどね……。
裏手から進入されても困るとか、
立派な櫓があるからとか、
従業員が数だけはいるから大丈夫とか、
なんとか理由をつけて諦めてもらった。
だってね~皆の目があったら、吸血鬼のエディムが縦横無尽に活躍できなくなるからね。
申し出は嬉しかったけど、戦線を別にしてもらったのだ。
エディムと櫓がある分、正面に戦力が偏っていると思う。
そこは、防戦指揮を執るミューの采配に期待しよう。
いや、待てよ。
へっぽこ軍団員が足を引っ張って、戦力の釣り合いが取れているともいえなくはないか。
むしろ裏手のほうが戦力あったりして……。
……まぁ、いい。
突撃癖のある軍団員達には、これから俺がきっちり言い聞かせる。
最初は、奴らを隔離しようと思ったが、状況は変わった。
櫓から弓矢を射るのに人手がいくらあっても足りない。
今は猫の手も借りたいぐらい非常時なのだ。
いくら貧弱なあいつらでも、猫よりは役に立つ。
牽制の矢ぐらい撃てるよね?
軍団員達は、暇があればトレーニング室に入り浸っている。以前よりは、筋肉がついているはずだ。
多分、弦ぐらい引けるだろう……。
う、うん、きっと大丈夫。
今時分、子供だって弓が使えるのだ。
そこはね……信じてあげよう。
的に当たるかは二の次だ。とりあえずまっすぐ飛んでくれればいい。
ちなみに、弓矢の弾数については心配がなくなった。
武器屋を営むダンおじさんが大量に提供してくれたからだ。焼き討ちされたら何も残らないって、倉庫にある武器を全て持ってきてくれたんだよ。
太っ腹だね。
他にも西通りの有志が一人、二人と提供してくれた。
結局、弓が約三百、それに付随する矢が数千本近くまで集まったのだ。
昨今の治安事情もあって、自衛のためにどの家もそれなりに武器を置いている。
特に、剣や槍と違い遠距離から攻撃できる弓は、皆が重宝していたという次第だ。
俺達は、西通り正面担当としてその六割をもらった。
皆からは「もっと持っていけ」って言われたけどね。裏手の守備だって疎かにはできない。そこは遠慮しておいた。
そして、各々に武器が行き渡ると作戦会議は終了、解散となった。
後は、自分に与えられた仕事をこなすだけである。
俺は、もらった弓矢を大八車に乗せて、地下帝国へと戻っていった。
矢弾の大部分は櫓に置き、軍団員分だけ運んでいる。
軍団員達に実技で説明する必要があるからね。
地下帝国に着くと、大広間に皆を集合させた。
その場にいた軍団員数人にも協力してもらって、弓矢も運び入れてある。
皆には、これからのことを話す。
軍団員達を見る。
皆、ものの見事に整列していた。
微塵も動かない。微動だにせずに、俺の下知を待っている。
最初は、片膝をついて臣下の礼を取っていた。「面を上げぇい!」から始まり、ここに落ち着いている。
第三者が見たら厳格な軍隊だと勘違いするかもね。
実際、こいつら俺が召集して五分もしないうちに集まった。
妙なところできびきびしている。
真面目に遊んでいるな、君達。
まぁ、いい。
気を取りなおして、デモンストレーションといきますか!
「皆に、お願いがあるの」
「「はっ。なんなりとご命じくださいませ。我らの命は、ティレア様に捧げております!」」
あいかわらず引くぐらいの熱烈な忠義を示してくれる。
俺が命令すれば、火の中水の中だろうと飛び込む勢いだ。
実際、逃げ出さずに、俺やティムのために命がけでバッチョ達と戦ってくれるのだ。
その言葉に偽りはないのだろう。
まぁ、好意は嬉しいんだけどね。暴走だけはさせないようにしないと。
「コホン、じゃあ、今から各人に武器を渡すから。これでバッチョの襲撃に応戦するのよ」
「おぉ、ティレア様から武器を賜れるのですか!」
「今度はどのような神具なのでしょうか?」
軍団員達が色めき立つ。
予想通り、武器と聞いて中二心を刺激されたらしい。
騒ぐな、騒ぐな。
ドヤとばかりに大八車に被せていたシーツを取る。
箱一杯に敷き詰められた矢と弓が出現した。
形状はまばらだが、弓と矢がずらっと並んでいる。
小弓と呼ばれるショートボウから木で作られた和弓、はては全長二百センチ以上もあるロングボウまで。
武器マニアがみたら垂涎の光景だよね。
さぁ、とくと驚きなさい!
ん!? 反応が薄いな。
しーんと静まり返っている。
皆、微妙な顔してるね……もしかしてがっかりしてる?
いや、そんなたまじゃない。
奴らは、俺が作る素人まがいの武器でさえ、歓声を上げて喜ぶのだ。
武器屋で売っている本物の武器を見て感動しないわけがない。
おかしい、おかしいぞ。
武器大好きっ子なくせに、なんだその反応は!
「どうしたの? 何か言いなさいよ」
「は、はっ。てっきりティレア様がお作りし神具と思ってましたので……」
「違うよ。普通に武器屋で売っている弓矢だって。定価で買えば五十万ゴールドはする大弓だってあるんだよ。どう、この量すごいでしょ? 全員の分あるからね」
説明を聞いてさらに困惑したようだ。
うろたえている。
なんだ? 何が不満なんだ?
いつもは目を輝かせて喜ぶくせに。
もしや美少女の俺の手作りじゃないとだめってか?
お前ら、そこまでの重度オタクか?
それとも弓は不満とか?
弓士ってなんかダセェって思ってる?
こいつらは普段、剣や槍を振り回している。
もしかして、こいつら的に言えば、弓は武器のカテゴリーに入らないのかもしれない。
確かに記憶を思い出してみると、軍団員達の中で弓を射ている人はいなかった。
いや、でも、この時代にそんな事がありえるのか?
弓矢は、狩りをするのに必須だぞ。何度も言うように子供だって、親から教わって弓を射るのだ。
「あなた達、もちろん弓を射たことあるよね?」
「「いえ、ありません」」
う、うそだろ!
弓矢を射た事がないだと!
こいつら剣や槍、はては槍斧まで振り回すくせに。
やはり弓士はださいと思っているのか?
「一つ聞いていいかな?」
軍団員達に事情を聞く。
……
一通りの尋問が終わった。
軍団員達曰く、遠距離攻撃するなら魔弾があるからいいそうだ。弓など脆弱な人間の武器だってさ。
「ティレア様、我らぐらいになりますと、弓で射るより魔弾を撃つほうが、速く正確でしかも強力なのです」
「それに下手な武器だと壊れますからな」
「そうそう、俺達は肉体が既に強力な武器です」
こんな調子だよ。
なに、この緊張感の無さ!
いっそ緊張感を植えつけるために、奴らの頭の上にリンゴを乗せてウィリアム・テルしてやろうか!
「あ~もういいわ。理由はわかった。でも、今回は弓を射てもらうからね。我儘は許さないよ」
「ティレア様、ご命令とあらば、従います。ですが、なぜこのような脆弱な武器を使う必要があるのですか?」
「もしや脆弱な小虫が相手なので、すぐに殺さないためですか?」
「なるほど。それでしたら、精神魔法でいたぶるというのはいかがでしょう?」
軍団員達は、あ~だこ~だと見当違いな議論をする。
どこまでものん気な奴らだ。
やはりウィリアム・テルしよう。
台所にリンゴを取りに行こうとすると、
「お前達、ティレア様のお心がわからんのか!」
変態が進み出て声を荒げた。
とたんに議論がやむ。
好き勝手に意見を述べていた軍団員達の注目が集まる。
「ニールゼン隊長、どういうことでしょうか?」
「隊長、教えてください」
「ティレア様、私から部下達に説明してもよろしいですか?」
変態が少し口角を上げ、できる執事をアピールする。
この顔をした時の変態はやばい。
絶対にとんでもない方向に勘違いしている。
本来であれば、止める。
だけど、ミレスちゃんが変態を名執事と褒めていた。俺の知らないところで、変態は成長していたのかもしれない。
であるならば雇用主として、変態の成長を見過ごすわけにはいくまい。
意識が朦朧としていたミレスちゃんの勘違いの線が濃厚だけど、賭けてみよう。
不安を覚えながらもコクリと頷き、変態に話をするように促す。
変態は俺の了承を確認すると、軍団員達に向き直った。
「お前達、吸血鬼騒動を思い出してみろ!」
「「あっ!?」」
「そうだ。あの時もあえて脆弱な武器、いや武器ともいえない木の杭を使い、敵を倒した。わかるな」
「そうでした。ティレア様は、我らのレベルアップをお考えなのだ」
「やっとわかったか。ティレア様はいついかなるときも我らの成長を願っておられるのだ」
「「おぉ、なんと慈悲深き君主ですか!」」
軍団員達が目を輝かせて俺を見る。
……確かに成長願ってるよ。
ある意味、正解を出してるじゃないか!
やるな。
……頭が痛くなってきた。
こいつらはいたってマイペースだ。
それから変態の迷演説を聴いて、軍団員達はやる気を新たにした。サンプルである弓矢を装備して、あれやこれや中二言語で討論を始める。
「むぅ~思ったよりこの弦、ゆるゆるですな~これでは敵を貫通しない恐れがあります」
「そうですね。せめて魔力で矢を強化しないと話にならないやもしれません」
「お前ら、魔力を使えば簡単に敵を屠れてしまう。それではティレア様のご主旨に背くぞ。ここは、あえて物理のみ。脆弱な武器を使い、精密な射撃で倒すのだ」
「なるほど。それは難しい。魔力を使えば敵を簡単に殺してしまう。脆弱なこの武器で、どれほど致命傷を与えてやれるか」
「それだけティレア様は貴様達に期待しておられるのだ。脆弱な武器だからこそ、頭を使え。鎧の隙間、眉間といった急所を狙えばいい。一瞬の隙も見逃すな」
「「はっ!」」
だめだ。こりゃ。
はぁ~俺が西通りの住人達と熱い語らいをしてきたというのに。
こいつらときたら……。
自分が死ぬかもしれないとは一ミリも思っていないのだ。
もうほおっておこう。
こんな馬鹿どもにかまってられない。
防戦指揮官のミューに会って、現実的な作戦を練るとしよう。
いつまでも中二言語をかます変態達を尻目に、大広間を出る。
はぁ~疲れた。
お店に戻ってしばし休憩。
お茶を飲みながらミューが帰宅するのを待つ。
……遅いね。
あれから一時間以上経った。
まだミューが戻った様子はない。
もしかして、知らないうちに帰宅したとか?
痺れをきらし、第一師団が駐屯する部屋へと向かう。
部屋に到着し、こんこんとノックすると隊員の一人が顔を出した。
「ミュー、帰ってる?」
「いえ、戻られておりません」
「そう、いつ帰ってくるか知ってる?」
「はっ、隊長からメッセージが届いております。帰宅は、来週になるそうです」
「うそ? たしか予定ではおとといには、帰ってるはずだよね?」
「はっ、隊長の伝言では、ギルドから突発な指令があったそうです。それを受けなければ、ランクが下がる、はては登録自体を抹消されかれない様子でした」
ま、まじですか!
運が悪すぎる。
この大変な時期に突発指令があるなんて……。
なんとかミューに連絡できないかな?
――だめだ。
電話もメールもないこの世界、もう取れる手段はない。
残念ながら、ミューは間に合わない。
これは予想以上にまずい状況だ。
ま、まぁいい。
まだ慌てる時間ではない。
ミューがいなくても、こっちにはエディムがいる。
エディムがいたのは確認しているからね。
それは大丈夫。
学生のエディムに突発的な指令なんてない。
今度こそ、安心しよう。
さてさて、エディムはどこに行ったんだ?
エディムが駐屯している吸血組の部屋に行く。
部屋に到着して、中に入ると誰もいない。
まぁ、吸血組は全員、王都外にいるからね。
そりゃそうだ。
でも、隊長のエディムは部屋で待機しているはずなのに。
誰かに聞いてみるか。
「あ、オル」
「これはティレア様」
廊下を歩いていたオルに尋ねる。
「エディム、知らない?」
「エディムならカノドの町へ買出しに行かせました」
「ぬぁんだって?」
ここにきて、エディム不在の原因が判明した。
オルの仕業だったか!
トラブルが起きた時から嫌な予感がしていた。
【トラブルあるところにオルあり】
この法則はいまだ崩れていない。
エディムを買い出しに行かせた?
しかも、カノドの町?
どこまで遠方に行かせてんだよ!
「オル、なんでエディムを買い出しに行かせたのよ!」
「えっ!? 買い出しはティレア様がご命令されたはずですが……」
そうね。オルの言う通り。
買い出しを頼んだのは俺だ。
なんでかって篭城に必要だからだよ。
俺達が必死に抵抗すれば、バッチョも慎重な攻撃に変化するはずだ。
ちょっとした小城のような櫓である。
城攻めするには、十倍の兵力がいると聞く。
膠着状態が続く可能性は十分にある。
そうやって、攻めあぐんだバッチョ特戦隊と櫓をはさんで何日も睨み合いが続けば、食料が欠乏してくるだろう。
それこそ一週間以上籠城すれば、食料はすっからかんになる。
そういう不測の事態に備えて、食料を溜め込もうと思った。
だから、俺は手の空いている人に食料を買ってきて欲しいとオルに頼んだのだ。
この軍団の大蔵大臣のオルにね。
でもね、だからってなんでよりにもよってエディムに頼むんだよ!
お前だって本当はわかってんだろ?
エディムが最強なんだって。
バッチョ特戦隊が襲撃してくんのに、何してんだよ!
「それでエディムはいつ帰ってくるの?」
「カノドの街まで行かせましたからな。明日の日没までは帰ってこないかと」
「お、おま……い、今がどういう状況かわかってるよね?」
あまりに平然と話すオルに、少し口を震わせながらも問う。
「はっ。エリザベスとかいう小虫の駆除ですね。腕が鳴ります」
「わかってるなら、なんでエディムを行かせたの? 買い出しなんて、あなたか、それ以外の隊員でもいいわよね?」
「我らは戦の準備がありますので。ちょうど暇を持て余した半魔族が手持ちぶたさにうろついてたのは僥倖でした。わたりに舟という奴ですな、あはは」
「あ、頭が痛くなってくる」
「ご安心ください。ティレア様が食料をお急ぎのようでしたので、駆け足でいかせました。ノロマとはいえ、多少は早く戻ってくるでしょう」
くっ、気休めにもならない。
「あのね、そもそも食料なら王都の市場でも買えるよね? なんで隣町まで行かせたのよ」
「それがお聞きください。ティレア様が気にしておられたデラートの雫。それがカノドの町に入ってきたと耳にしましてな。ティレア様があれほど熱望していた食材です。ここを逃してはまずいと、いてもたってもいられずエディムに買い出しに行かせた次第です。これでスペシャルなディナーをご用意できますぞ」
「そう、そういうこと。無駄に気を利かしてくれてありがとよ!」
オルのせいで根本的に作戦のやり直しだ。
くそ、わかってたはずだ。
オルに何かを頼むときの鉄則、一から十まで教えないといけなかったのに。
いや、違った。オルは一を聞いて0.5を知る人だ。
さらに同じ内容を何度も復唱させなければいけなかった。
俺としたことが……。
過ぎたことはしょうがない。
エディムが戻ってくるまで、一日持ちこたえればいいのだ。
大丈夫。
敵も戻ったばかりで休んでいるよ。
無理やり自分を納得させようとしたのだが……。
現実は非常であった。
馬がいななく音とともに、土煙がもうもうと上がる。
カンカンと物見台に置いてある警鐘が西通りに鳴り響く。
バッチョ特戦隊のご到着だ。
■ ◇ ■ ◇
あ~眠い、眠いよ。
まどろみの中にミレスはいる。
私、何してたっけ?
エリザベス舘から脱出した。
ティレアさんのお店に駆け込んだ。
そして、そのまま倒れて看護してもらった。
そうだ。
今は、魔力欠乏症で倒れているんだった。
う~情けないな。
ここまで体調をコントロールできなかったのは初めてだ。
眠くて、眠くて……。
どんなに寝ても疲労が取れない。
いったい私の身体どうなったの?
……
…………
………………
それから寝たり起きたりの繰り返しだ。
また静かに眠る。
あ~暗闇の海に漂っている感じだ。
あ!? 何か聞こえる。
『ミレスちゃん、全然疲れが取れないみたいね。ティムの回復魔法で治せる?』
『お姉様、やはり人間の身で闇魔法を使うのは無理があったようです。種族の限界ですね。ここはミレスを合成獣か吸血種に改造することをお勧めします』
『ティ~ム、ふざけないで。ちゃんと回復魔法をかけてよね。冗談でもエディムに頼んでガブリなんてことしちゃだめだからね! いくら元気になるからって吸血種なんてもってのほかよ。合成獣もだめ! ってか合成獣って?』
『しかし、お姉様。ミレスを診断しました。ただの人間の状態では、かなり長期的な治療が必要です』
『そんなに深刻な病気なの? ど、どうしよう? やっぱりお医者様に見せたほうがいいのかな?』
『ご安心ください。お姉様が人間種にこだわるのであれば、人間種のまま我がミレスを治療します。我にお任せください』
『うん、頼んだよ。本当にふざけないで、きっちり治療してね』
『わかりました。それでは高位人間に改造します。それでお姉様にもご協力して欲しいことが……』
『うん、何でも言って。私にできることなら、というか高位人間って何さ? いいからふざけるなって』
……ティムちゃんが物騒な事を言っている。
ティムちゃん、僧侶でも医者でもないのに私に何をしようとしてるの?
「怖いから、やめて」と言いたいのに……。
身体が疲労を訴える。とても起きられる状態じゃない。
ティレアさんにティムちゃんを止めて欲しい。
だめだ。なんだかんだでティレアさんもティムちゃんに協力するみたい。
何かを私にしている?
うぅ、お願いだからお医者様に見せてよ~
もう体中がくすぐったいというか、
むずむずするというか、
さなぎが蝶に脱皮するというか、
体中が変になっている気がする。
あぁ、私どうなるの?
それから……。
目が覚めた。
頭がすごいクリアだ。
気持ちいい。
自分が自分じゃないみたいだ。
絶好調?
ううん、そんな言葉じゃ表現できない。
今まで生きてきた人生の中で一番、充実している。
今までの身体って死んでたんじゃないかとさえ思えてしまう。
これは生まれ変わったのかな?
身体も魔力も以前とは桁違いだ。
ティレアさん……。
我が神に会いに行こう。
ティレアさんを探す。
ティレアさんは西通りにいた。
ティレアさんと西通りの住人達とのやりとりを聞く。
ふふ、自然と笑みがこぼれる。
それでこそ我が神だ。
私が身も心も捧げるお方である。
ティレアさんとともに戦うことを決意した住人達……。
ティレアさんの力を知らない。
でも、その人柄を十分に知っている。
だからこそ、命がけでティレアさんを守ろうとしている。
敬虔な信徒達だ。
彼らに神のご加護を……。
闇の杖を一振り、彼らに少なからずの補助をかけてやる。
では、それに反し逃げた住人達は……。
正直、思うところはある。
だが、しかたがない。
家族が大事と思う気持ちは理解できる。逃げるなら逃げればいい。どこかで勝手に暮らすといい。
ただし、我が神の加護は得られない。
馬鹿な奴らだ。
そして、我が神の情報を売ろうとしている輩達……。
こいつらは許し難し。
我が神を侮辱した罪は、その身をもって購ってもらう!
逃げた住人のうち金に目が眩んだ屑を追っていると、ドリュアスさん達が罠をはっていた。
次々と処刑される屑達。
ドリュアスさん達は、私のやりたいことをやってくれた。
ちょっと過激だけど、いい気味だ。
しばらく屑達の処刑を見守る。
あ、いつまでも覗き見しているわけにもいかない。
挨拶をしようと近づく。
すると、ドリュアスさんは第三級の罪と称して逃げた住人達、子供も含めて殺そうとする。
すぐさまドリュアスさんと住人達の間に割って入った。
闇の杖を振るい、住人達に向かっていた魔弾をそらす。
「あ、あなた達、何やってんですか」
極端にもほどがある。
ティレアさんへの忠義はわかるが、行き過ぎだ。
逃げた住民達、特に子供まで殺すのは、神の意思に背く。
ティレアさんも悲しむ。
それがわからないのか?
「問答無用!」
わからないらしい。
ドリュアスさんが凄まじい殺気を放ち、襲いかかってきた。
「ち、ちょっと……」
すぐさま闇の杖で迎撃する。
「あなた達はさっさと逃げなさい」
とりあえず巻き込まれないように住人達に伝えた。
「逃がすと思うのか?」
ドリュアスさんの低い声が響く。
これは本気だ。
確実にここにいる全員を始末する気だ。
「は、早く逃げて!」
注意するが、住人達は顔を見合わせるばかりで動かない。
「囲め!」
「「はっ」」
ドリュアスさんがベルナンデスさん達に号令する。
私と住人達を囲むように陣形を作った。
完全に囲まれている。
住人達の顔からは血の気が引き、身体がぶるぶると震えていた。
これでは走るどころか、ろくに歩けもしないだろう。
この完璧な布陣……。
ドリュアスさん達を倒さない限りここからは抜け出せない。
住人達を守りながら、それが可能だろうか?
いや、考えてもしかたがない。
やるしかないのだ。
それから戦闘が始まり……。
隊員達から容赦なく魔弾の砲撃を受けた。
ドリュアスさんからは容赦なく、遠近合わせた攻撃を受けた。
ベルナンデスさんから気配を殺した暗殺攻撃を受けた。
とてつもない猛攻の嵐だ。
以前の私なら百回は死んでただろう。
そんな中、闇の杖をフルに使い、その全ての攻撃をいなし続けた。
はぁ、はぁ、はぁ、き、きつい……。
人間に相手できるレベルじゃないよ。
相手が悪すぎる。魔族、しかも上級に位置する人達だ。
特に、ドリュアスさんの戦闘力は群を抜いている。
一対一でも分が悪いのに……。
一応、まだまだ戦闘は続けられる。
ところどころ浅い傷はあるが、致命傷は受けていない。
でも、そろそろ限界だ。
相手が闇の杖の攻撃に徐々に慣れてきている。
ドリュアスさんが上手く闇の杖の攻撃ないし守備パターンを収集していた。相手の動きがどんどん洗練されているのだ。
まずい。そろそろ攻略される。
目覚めた時は、究極の力を持ったと少し天狗になってた。
今の私ならなんでもできると、うぬぼれだね。
私、死ぬかも……。
あぁ、それなら最後にティレアさんの顔を見てからにしたかったよ。
「し、しまった」
あまりの劣勢にほんの少しだけ生を諦めた……その一瞬をつかれる。
突然背後にベルナンデスさんが現れた。
暗殺歩行って技だ。
これが地味にきつい。
気づかないうちに近くに寄られるのだ。
ベルナンデスさんの手刀が首筋にかかる――すぐに首をひねって回避する。
ベルナンデスさんも瞬時に転換、暗殺歩行を駆使して懐に飛び込まれた。
闇の杖を振るうが、間に合わない。
「ぐはっ!」
綺麗に蹴りを入れられた。
肋骨の何本かは折れただろう。
「うぅ……」
とりあえず応急処理だ。
肋骨を固定し、素早く闇の衣で患部を覆う。
簡易的だが、これで十分。戦闘に支障はない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
呼吸が苦しくなってきた。
しんどいよ。
「見事だ。我ら魔人を相手にそこまで戦えるか」
ドリュアスさんが戦いの手を止め、褒めてくる。
ドリュアスさんの性格からして、お世辞ではないだろう。
少なからず賛辞を送っているようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、そうですか」
「あぁ、戦ってみて実感した。その戦闘力を壊すのは惜しい。さすがはカミーラ様がお作りし人形だ」
「はは、それはどうも」
「それでだミレス、提案がある」
「なんですか?」
「そいつらを殺せ。それで今回の件は不問としてやる」
はぁ~~これでもかってぐらい長い溜息が出た。
わかってくれない。
これじゃあ堂々巡りである。
ドリュアスさんを説得するのは骨だ。この頑固さは親ゆずりだね。
どうしようか?
このままではジリ貧だ。
……賭けに出るしかない。
大技を出して現状を変える。話し合いのテーブルを作らないことには始まらない。
闇の杖を勢いよくまわす。
我が神よ。
申し訳ございません。偉大なその御技を拝借します。
邪神七百七十七の技の一つ……。
【飛蝗の蹴り】
闇の杖が闇衣となり、全身を覆う。
五感が一気に冴えわたった。
周囲数メートルの動きが手に取るようにわかる。軍団員一人一人の足運び、呼吸音まで事細かに伝わった。
あ! ベルナンデスさんが一歩一歩近づいてきている。
足音一つせず、流れるように移動してくるベルナンデスさんの挙動が伝わるよ。
捕らえた!
「……飛蝗蹴!」
神速でベルナンデスさんに向かってダッシュする。
そして、大ジャンプ!
空中で宙返りしながら、その遠心力を使い右足を前に出し、蹴りを放つ。
ベルナンデスさんの鳩尾に蹴りが命中した。
ベルナンデスさんは勢いよく吹き飛ばされ、大木に激突した。
その衝撃で大木は根元から折れている。樹齢千年は超えていそうな直径五メートル以上の巨木が折れたのだ。すさまじい威力だったのが窺える。
「た、隊長!」
「お、お前ぇえ!」
ベルナンデスさんの部下達が激高して襲ってきた。
「闇の杖!」
『OK マスター』
「自動変換、飛蝗の二輪車!」
闇の杖が、車輪が二つついた奇妙な物体に変換される。
この世に実在しない物だ。
でも、私の知識にはある。私の身体が覚えている。これは乗り物だ。
それにまたがると、アクセルを全開にした。
群がってきたベルナンデスさんの部下達を次々に跳ね飛ばしていく。
すごいスピード、そして凄まじい威力だ。
今更ながら我が神の偉大さを実感してしまう。
そして、第四師団は全滅した。
ベルナンデスさん達は地に伏し、ドリュアスさんがただ一人立っている。
ドリュアスさんの目つきは一層鋭くなっていた。
顔には隠しきれない嫌悪が現れている。




