第四十五話 「最終決戦、悪役令嬢をやっつけろ その3」
こ、これは……。
西通りは、てんやわんやの大騒ぎになっていた。通路にこれでもかってぐらい人が押し寄せているのだ。皆、悲壮な顔で何やらわめいている。
もしかしてバッチョ特戦隊が攻め込んできたのか?
冷や汗が流れた。
早く逃げなきゃ――いや、そんな感じではないぞ。
それだとすると今頃、一面火の海、阿鼻叫喚な絵図になっているはずだ。
今は、がやがやと人だかりができているだけだからね。
じゃあ何が起きているのだろう?
……事情通のミレーさんに聞いてみるか。
人混みをかき分け、ミレーさんの自宅へと向かう。
「あ、ティレアちゃん、来ちゃだめ!」
ミレーさんの自宅前に着くなり、警告された。
ミレーさんの声は、切羽詰った様子である。
「え、え~と?」
「元凶がいやがったぞ」
「やっちまえ!」
血走った群集が戸惑う俺目掛けて、殺到してきた。
えっ!? えっ!? 一体何が!?
群衆は、まるで親の敵とばかりに咆哮する。
元凶?
俺、何かした?
そこまで恨まれる覚えはないんですけど!
怖い。
慌ててきびすを返そうとするが、人だかりがいっぱいで道が塞がれていた。
おぉ、なんてこった!
逃げられない。万事休すと目を瞑る。
ん!? 痛みがない。
なんか凄い殺気だった。
ぼこぼこにぶん殴られるのを覚悟していたのに……。
おそるおそる目を開けると、ミレーさんを始め西通りの隣人達が俺を庇うように前に出て、殺到する人達から身を守ってくれていた。
「あんた達、いたいけな女の子を犠牲にするなんて、恥ずかしくないの!」
「そうだ! ティレアちゃんみたいな優しい子を生贄にするたぁ、男の風上にも置けねぇな!」
世話好きのミレーさん。
言葉遣いは悪いが、キップがよくて優しい魚屋のゲンさん。
その他多くの人達が俺を庇って奴らを批判している。
一方、俺に向かってきた群衆も負けじと「俺を寄こせ」「ティムを連れて来い」と物騒な発言を連発していた。
それから幾ばくか……。
両者、にらみ合いの激しい罵り合いが続く。
なぜ、こんな暴動が起きたのか?
最初は話が見えなかった。
だが、皆の舌戦を聞いてたら、だんだん真相がわかってきたのだ。
どうやらエリザベスの奴が、この騒動に一枚噛んでいて「西通りを焼き討ちにする。火達磨にされたくなければ、俺とティムとオルティッシオを差し出せ」と脅したようだ。
き、汚い。汚すぎる。
内部からの瓦解を狙ったエリザベスの卑劣な罠である。
ここで、恨まれている俺やティムはともかく、なぜオルの名が出てくるかは不明だ。
オル、関係ないよね?
まぁ、トラブルボーヤのオルのことだ。俺の知らないところで、エリザベスに喧嘩を売ってたのかもしれない。
とにかくまずいことになったのは確かだ。
エリザベスめ!
前世のネット小説の影響が出たね。悪役令嬢と言えば、本当は良い子のツンデレ娘って先入観があった。
俺は油断してたのかもしれない。まさか西通りのご近所さん達にまで、ちょっかいをかけていたとは思いもしなかった。
エリザベスがここまで非道な手を打ってくるとは……。
俺やティムだけでない。西通りに住む皆の問題に発展しちゃったよ。
今、西通りの住人は、俺達姉妹をエリザベスに差し出す派とエリザベスから守る派で真っ二つに分かれている。
両者、一触即発の雰囲気だ。
「お前が貴族に目をつけられるから、俺達の命が危うくなったんだぞ。責任取れ!」
「そうだ。妹も連れてきて土下座しろ。迷惑かけてるのを自覚してんのか!」
エリザベスに差し出す派から凄まじい罵声が上がる。
あのバッチョ特戦隊が襲ってくるのだ。
最大級の危険を前に気が気ではないのだろう。
俺を指差し、激しく罵ってくる。
軽く二、三十はいる大の大人からのごうごう非難の嵐を前に、俺は思ったね。
……そうだよ。
俺達姉妹のせいで、迷惑をかけているのは事実だ。そこは申し訳ないと思っている。頭を下げてもいい。土下座だってしよう。
だがね、だからといって自分の命可愛さに「ティムを差し出せ!」とか言っている人でなしには謝りたくない。
ティムはまだ十四歳だぞ。まだ子供なんだ。
強がってはいるけど、内心では震えて怯えているに決まっている。そんないたいけな子供を悪徳貴族に差し出せってお前らは鬼かよ!
本当は怒鳴り散らしてやりたい。
ただ、迷惑をかけているのも事実なので、ぎりりと唇を噛んでその場を耐える。
「おい、黙ってないでなんとか言え!」
「お前、わかってんのか? 庶民は、貴族に逆らわない。常識だろ。まして大貴族のエリザベス様に逆らうなんてありえないぞ。お前達、頭がおかしいんじゃないか!」
「そうだ。早く妹も連れて来い。当事者だろうが!」
くそ、悔しい。
俺が黙ってたら言いたい放題だ。
敵意をもろにぶつけられて泣きそうになる。
「あんた達、いい加減にしなさい!」
「そうだ。こんなみっともない真似はやめろ!」
俺が半泣き状態なのを見かねてか、ミレーさん達が気合を入れて庇ってくれた。
両者、一歩も譲らず主張していると、姉妹を差し出す派の中から青年が数人前に躍り出てきた。
ヘラヘラ笑って、ちゃらついた態度である。
こいつらは確か……。
うん、思い出した。
確か王都にきてすぐの頃、俺にちょっかいをかけてきたチンピラだ。
下手なナンパをしたあげく、営業妨害をしてきたのだ。もちろん、ミューに頼んでぼこぼこに叩き出してやったけどね。
あれ以降、びびってお店に近づいてこなかったのに。
俺達がエリザベスに目をつけられたと知って形勢逆転したと思ったのだろう。
何事もなかったかのように平気な顔で現れ、殊更に俺やティムの言動を非難する。
くっ、ムカつく。
チンピラ共は、ミューの不在を知っているのか強気な態度を崩さない。
「お前ら、騙されるなよ~この女はろくでもない奴だぜ。そんな女のとばっちりで死んでもいいのか? 命あってのものだねだ」
「そうだ、そうだ。よく考えてみろ? あのバッチョ特戦隊だぞ。伝説も一つや二つじゃない。そんな奴らが襲ってくるんだ。抵抗なんてしようものなら、皆殺しだ。この女を差し出したほうがよっぽど利口だぜ」
チンピラ達が周囲に同意を求めるように話す。
バッチョの脅威が知られている分、効果が大きかったようだ。静観を決めていた人達の中に、こくりこくりと頷く人が出始めた。
くっ、嫌な流れだ。
誰だって命は惜しい。
しかも、揉め事の原因は俺達にあるのだ。そこをつかれたら何も言い返せない。
チンピラ達の演説に、姉妹を差し出す派の勢いが増す。
「なぁ、あんた達いい子ぶるなよ。下手な正義を唱えても無駄死にするだけだ。そんなの馬鹿らしいだろ? それより考え方を変えてみな。これはチャンスだ。こいつらを差し出したら、たんまり褒美がもらえるんじゃないか?」
「そ、そうだな。大貴族のエリザベス様だ。きっととんでもなくでかい褒賞かもしれない」
ピキッ! コメカミに青筋が浮かんだ。
下種野郎!
無関係なあんた達が俺達のせいで迷惑をかけているから、申し訳なく思ってた。
チンピラの褒美発言に、通りの何割かの人間が反応を示したのだ。
大金が入るかもしれないと、目の色を変えたのである。
お前ら、金で俺達姉妹を売ろうってのか!
この発言には、さすがに堪忍袋の尾が切れた。
「あ、あんた――」
「馬鹿野郎共がぁあああ! お前ら全員西通りから出ていけぇええ!」
俺が大声を上げるより先に、ゲンさんが一喝する。
いつのまにかゲンさんの手には、商売道具の出刃包丁があった。チンピラ共を刺し殺す勢いである。
ゲンさんの迫力に、チンピラ共はたじたじだ。
もともとチンピラ達は性根の座ってない軟弱者である。刃物を前にして堂々と持論を主張する度胸はない。
「でも、だって」とかしどろもどろに言い訳を始めた。
「あんた達、情けないにもほどがあるわ。顔を洗って出直してきなさい」
ミレーさんもゲンさんに続けと言い放つ。
「くっ。ババァが!」
「なんだ? ミレーさんに暴力を振るう気か?」
ゲンさんがチンピラに凄む。
出刃包丁がキラリと光って生々しい。見るからに切れ味良さそうな包丁だ。そして、ゲンさんは筋骨隆々の大男である。
そんなゲンさんのマジ切れに、チンピラ達はびびりながら後ずさりしていく。
「こ、後悔するぞ。相手はあのバッチョだ。アンタがいくら腕力に自信があっても無駄だ。確実に殺される」
「だからどうした? どんなに脅されても俺はティレアちゃん達を売ったりしない。絶対だ」
「あんた一人の問題じゃないぞ。たしかあんた、妻も子供もいたな? 全員殺される。ちゃんとわかってんのか!」
チンピラの発言にも一理ある。
ムカつくが、こいつの言うとおりだ。
エリザベスに逆らえば、一族郎党皆殺しに遭う。
ゲンさんには優しくて美人な奥さんと三歳の愛娘がいる。娘の名は、キララちゃんと言ってすごく可愛い。
小さいながらもお父さんのお手伝いをするその姿に、俺は何度も癒された。
ゲンさんが庇ってくれるのは感謝している。
でも、キララちゃんの身に危険が及ぶのはだめだ。
「ゲンさん、もういいです。気持ちはすごく嬉しい。でも、キララちゃんや奥さんの命が懸かっています。無理はしないでください」
「ティレアちゃん、勘違いするんじゃないよ。俺はな、ティレアちゃんのために貴族と戦おうとしているんじゃない。自分のためにしているんだ」
「自分のためですか」
「そうだ。俺はな、今までお天道様に恥じない生き方をしてきた。親父もじいさんも、俺の家系は代々そうやって生きてきたんだ。それを誇りに思っている。ここでよ、わが身可愛さにティレアちゃん達を売ったら、この先、どうやって生きていける? まっとうに生きていけねぇよ。ずっと下を向いた人生なんてまっぴらごめんだ。カカアにも娘にも合わせる顔がない」
「で、でも……」
「ティレアちゃん、いいのよ。これが、この人の性分なんだから」
ゲンさんの奥さんは、ゲンさんの腕を組みながらうっとりと顔を寄せている。
惚れてるねぇ。
いつもながらのあつあつっぷりだ。
美女と野獣の夫婦で有名な二人だけど、今ならわかる。
なぜ美人な奥さんが、いかつくて無骨なゲンさんに惚れたのか?
ゲンさん、かっこいい。
俺が女なら惚れているぐらいの男っぷりだ。
「あ、あの、ありがとう。正直、凄く嬉しいです。だけど、娘さん、キララちゃんの事も考えないと……」
「あら、娘も賛成しているのよ」
「ティレアお姉ちゃんをいじめるな!」
今度はキララちゃんも前に出て、俺達姉妹を差し出す派に石を投げてくれる。
「あら、勇ましい。さすがは私の娘ね。あんな情けない大人達とは大違い」
ゲンさんの奥さんは誇らしげにキララちゃんの頭を撫でる。
うぅ、その光景に目頭が熱くなってきた。
自然に涙がこぼれてくる。
「そうだ。こんな小さな子が頑張ってるのに。俺はなんて情けなかったんだ。ゲンさんの言うとおりだ。ここで逃げたら男じゃない!」
「おうよ。ここは生まれ育った俺達の町だ。貴族なんかに好きにさせねぇ。逃げも隠れもしないぞ」
「そうだな。もうこれはティレアちゃんだけの問題じゃない。貴族と庶民の真っ向対決だ。俺達の場所は俺達で守るぞ!」
感動したのは俺だけじゃないみたいだ。
キララちゃんの奮闘が皆に伝わったのか、静観していた人達が次々と奮起してくれた。庇うように前に進み出てくれる。
「皆さん、本当に、いいんですか? いや、でも、やっぱりだめ。ご迷惑をかけちゃう」
「ティレアちゃん、こういう時は大人を頼るもんだ。一人で悩んで辛かったな」
「そうよ。おばさんがいつも言ってるでしょ。困ったことがあったらいつでも相談してって。大丈夫、こっちには治安部隊のレミリア様がついているわ」
「ティレアちゃんに悲しい顔は似合わないぞ。いつもみたいに笑顔でいてくれ」
「そうだよ。俺達はいつもティレアちゃんの美味しい料理と笑顔に元気をもらっていたんだ。こんないい子を泣かす奴は誰であっても許さねぇ。そうだろ、皆!」
「「おぉ!」」
うぅ、やばい。
ゲンさんやミレーさん、西通りの住人達の温かさが心に染みる。
「うっ、ふぐっ……」
もう限界だ。俺はとめどなく涙を流す。
いい人達だ。こんないい人達が隣人だったんだね。
嬉しい。俺達は新参者なのに、こんなに親身になってくれた。
王都に引っ越してきて、この人達と一緒の町に住めて本当によかった。
「けっ、後悔しても知らねぇぞ!」
「あぁ、かっこつけても死んだらおしまいじゃねぇか!」
「お前ら、本当に大金を諦めるのか? 貴族様に取り入るいいチャンスだろ!」
……こういう奴らもいるけどね。
感動で打ち震えてたところに、本当に水を差してくれる。
別にいいけどさ。誰だって命は惜しい。こいつらの気持ちも少しはわかる。
ただ、金、金言ってる奴らだけはマジでぶっ殺してぇよ。
そんな下種野郎が最後のあがきとばかりにわめき散らす。
形勢は逆転している。
もう静観していた人達は皆、俺の味方だ。
俺達姉妹を守る派の人達がきっと睨みつける。
すると、俺達姉妹を差し出す派の面々はあたふたと捨て台詞を吐いて逃走したのだ。
俺達の勝利だ!
皆、笑顔で讃えあっている。
あのバッチョ達が相手だ。
抵抗すれば、死んでもおかしくない。それは皆、わかっている。それなのに、悲壮な覚悟で味方をしてくれるのだ。
誇りある人達だ。死なせたくない。
バッチョ特戦隊と戦う。
不安材料は多い。
でも、大丈夫。安心してくれ。
俺達の味方は、レミリアさん達治安部隊だけじゃない。秘密兵器がいる。
エディムとミューだ。
彼らがいれば、十分に勝機はある。
吸血鬼のエディムの事は内緒だが、ミューは教えても大丈夫だ。
皆を安心させてあげよう。
「大丈夫です。こっちには、凄腕冒険者のミュッヘンがいます。レミリアさんが戻ってくるまで、彼が皆を引っ張って戦ってくれます。安心してください」
「そうだよ。ミュッヘンさんがいるじゃないか! あの人凄いらしいな。噂は聞いているよ。なんでも歴代の記録を塗り替えて昇進街道爆走中らしいじゃないか」
「おぉ、そんな人もティレアちゃんの味方にいるんだね。心強い」
全員の士気が高まる。
よし、皆の不安が払拭されたと思う。
さすがはミューだね、貫禄がある。名だたる冒険者と比べても遜色ない。
皆、ミューの名を聞いて安心してるよ。
「それに、立派な櫓まであるんだ。これは勝てるぞ」
櫓? はて?
そんなの西通りにあったっけ?
結束を固めている中、ジョージさんが不思議な発言をした。
「ジョージさん、櫓ってなんの事ですか?」
「あれ? ティレアちゃん櫓を知らないのかい? こういう非常時のために作ってたんだろ?」
「知りません」
「あれ~そうなのかい。ティレアちゃんところに出入りする青年がはりきって作ってたから、てっきり」
うん!?
俺のお店に出入りする青年って……何やら心当たりがあるぞ。
「あれ、櫓だったのか。何作ってたのか気になってたんだ」
「俺も気になってた。ただ、彼ら鬼気迫る勢いで作ってたからね。声をかけづらかったんだ」
「それは声をかけなくて正解だ。俺は何気なしに近づいたら、彼らにいきなりぶん殴られたんだぞ。関係者以外立入禁止だってな。通りの真ん中に建物作っておいてそれはないだろ」
通りの何人かはその櫓について知ってたみたいだ。
いろいろ不満があったようで、愚痴みたいな感じで言い合っている。
うん、嫌な予感がする。
ほぼ予想は当たっているな。
不吉な予感をひしひしと感じながら、ジョージさんの示した場所に向かう。
そして……。
ぶっ!? な、なんじゃこれぇえええ!
西通りの入り口にどでかい櫓が立っていた。
綺麗に積み立てられた石垣と土塁の上に鉄筋で建てられた建物。
厚い壁と三層五階まである。
ちょっとした小城だよ。
知り合いで、こんな金のかかった事ができる奴と言ったら一人しかない。
櫓の周辺を徘徊している軍団員達の中から容疑者を探す。
いたよ、いた、オルだ。
トラブルが起きるところに奴がいる。
オルに事情を聞きに行く。
「これはティレア様」
俺が現れた事に気づいたオルが、にこやかに挨拶をしてくる。
「オル、単刀直入に聞くね。これは何かな、かな?」
少し指を震わせながら櫓を指差す。
「櫓ですな」
「いや、それはわかっている。そうじゃなくて、いつのまにこんなの作ったのよ!」
「はっ。ジョパンニーが一晩でやってくれました」
オルが誇らしげに部下のジョパンニーを褒めた。
ジョパンニー?
自称、邪神軍の拠点、地下帝国を作った人だっけ?
王都に来た当初、自分のお店が欲しいとぼやいてた時期がある。
オルが俺の愚痴を聞いて、地下帝国とお店を用意してくれたのだ。
確かこの時もオルは「ジョパンニーが一月でやってくれた」とか言ってた気がする。
いや、一月でこんなどでかいもの作れるわけねぇだろうが!
ただオル家の別荘を片付けただけだろ?
こっちはわかってんだよ。
何、超人のフリしてんだ。この中二病共がぁ!
って思ったんだ。
今回も同じパターンなのね。
別荘の片づけを手伝ったジョパンニー君。今回も櫓作成になんらかの手助けをしてくれたのだろう。
しかし、まじな話。
こんな豪華な櫓いつ作ったんだ?
少なくとも一週間前は確実になかったはず。
う~ん、じゃあどうやって?
短期間にこんな立派な櫓を作るなんて奇跡だ。
あ~待てよ。
そんな奇跡を起こした歴史上の人物がいたな。
多分、秀吉の一夜城みたいな感じで作ったんだ。部品だけをある程度、仕上げといて現地で組み立てるという仕組みだ。
もともとオルは、魔王軍(笑)との戦いのために櫓のパーツを抱えてたんだろう。
それを運搬して組み立てたのだ。
またオル父がオルの我儘を聞いてあげたんだね。
総指揮はオル家の完璧執事セバスちゃん、ジョパンニー君はその組み立てを徹夜で手伝ったってところかな。
ジョパンニーを見る。
ジョパンニーの目はうつろで身体はゆらゆらと揺れていた。まさに徹夜明けのバイト君って感じだ。
おそらく予想は当たっているね。
「あ~ジョパンニー、大丈夫?」
「も、問題ありません。多少、魔力欠乏症に陥ってるぐらいです」
大丈夫ではなさそうだ。
目の隈がすごい。顔色は真っ青だ。今にも吐血しそうな勢いである。
「本当に? すごい疲れてみえるよ」
「は、は……だ、大丈夫で、です。生成魔法の一つや二つ…こ、これでも魔人のはしくれですので」
「ティレア様、ジョパンニーは戦闘面では今一つです。ですが、その分、工兵部隊として活躍できる人材でございます。土塁や拠点作りの生成ならお手の物。この程度で根を上げるようなヤワな鍛え方はしておりません」
櫓を生成したって発言は置いとくとして……。
ジョパンニーの奴、どれだけ魔力使ってんだよ。作業のために光源魔法を一晩中かけてたのかな?
虚弱のくせに頑張りすぎだ。
「頑張ったんだね」
「さすがは我が部下です。それでティレア様、どうです? この櫓ご満足いただけましたでしょうか?」
「う、うん、立派だね。大満足よ」
「ははっ。ありがたき幸せにございまする」
オルは喜び、頭を下げる。
そして、ジョパンニーに向かってびっと親指を立てていた。
ジョパンニーもフラフラで倒れる寸前のくせにオルを相手してやって、敬礼しようとしている。
いやいや、彼は休ませてあげよう。
オル、あんたのテンションにつき合わせてたら可哀想だよ。
「ジョパンニー、ありがとね。疲れたでしょうから、安静にしてなさい」
俺がそう言うと、ジョパンニーは一礼し、足元をふらつかせながらもお店へと戻っていった。
「はぁ~それにしてもオル、今回は驚いた。バッチョが襲撃するからって、すごい行動力だよ。よくこんなの作る気になったわね」
「えっ!? 作るようにご命令されたのはティレア様ですが……」
「ぬぁに!?」
よくよくオルから事情を聞く。
すると思い出した。
確かに言った。
昨日、バッチョ特戦隊の脅威が迫る中、西通りに城壁でもあったらよかったみたいなことをつぶやいた気がする。
言った事は言った。
ただの独り言だったんだけど……。
そういえば近くにオルがいたね。
ははっとか言ってどっかに飛び出して行ったのは覚えている。
もうね、俺はその時、心配事だらけでいっぱいいっぱい。それどころじゃなかったから、ほおっておいたけど。
眼前の立派な櫓を見る。
すごい。
オルの資金力と行動力を舐めていた。
邪神軍で遊んでただけのくせに。こいつ、なんて本格的な要塞を作ってんだ。俺も軍事は良く知らないからなんとも言えんが、これは戦場でも十分に通じると思う。
さて、事情もわかった。
櫓の出現に驚いている西通りの皆に、ある程度事情を説明した。
金持ちの知り合いがいて、そいつが作ってくれたと。
短期間に作れたのは、秀吉の一夜城の要領で人員と金をふんだんに使った結果だと。
皆の反応は様々だった。
金持ちの仲間がいる、心強い味方だと肯定する人。
信頼できるのか? エリザベスのスパイじゃないかと疑う人。
勝手にこんなもの作ってと怒る人もいた。
何せ通路のど真ん中に櫓を立てたのだ。商売上迷惑がかかった人もいたよね。俺が代わりに謝罪しておいたよ。
彼に悪気はなかった。
ただただ俺のために、バッチョの脅威に対抗するために考えなしにしただけだって。
最後は皆、納得してくれた。
なんたってバッチョ特戦隊と戦うのだ。櫓の有無は、とてつもなく重要だからね。
ちなみにオルに懸かった費用を聞いてみた。
かるく数億ゴールド使ったらしい。
……聞いてない、聞いてない。
また胃が痛くなってくるよ。
ただ、オルが勝手にしたこと――ってつっぱねるわけにはいかない。
オル家に出させるのは筋違いである。
これは西通りの治安の問題だ。後で、自治体に請求しておこう。
■ ◇ ■ ◇
「ベルナンデス、捕捉しているか?」
邪神軍参謀ドリュアス・ボ・マルフェランドは、邪神軍第四師団ベルナンデス・ボ・マクドに問う。
「御意にございまする。エリザベス邸からの間諜が七名、その間諜にそそのかされた町民が二百三十四名、王都外に逃走しております。そのうちの五十三名は、ティレア様の情報を売りにエリザベス陣営に向かっております」
「そうか」
ドリュアスの目は冷ややかに獲物を見つめている。
「ドリュアス様、いかがされますか? 第一陣が、あと数十分ほどで西通りの区画を通りぬけます」
「無論全員殺す。奴らはティレア様を裏切った害虫である。ティレア様に仇なす害虫を、この世に生かしておくわけにはいかん」
「ははっ。では、手はずどおり奥の西区広場に誘導して殺します」
ベルナンデス他数名の隊員が四方に飛ぶ。
私も待ち伏せするか。
西区広場に先回りする。
そして……。
「へへ、いいかっこしが。勝手に死んでろってな!」
「あぁ、バカばかりで笑っちまう。早く貴族様に御注進といこうぜ」
「そうだな。他にも貴族様に逆らう不穏分子を見つけたって」
不愉快極まる戯言をほざく害虫共が広場に到着した。
害虫共の行く手をふさぐように通路の真ん中に移動する。
「ん!? だれだ貴様、そこをどけ!」
害虫の言に返さず、手のひらを向けた。そして、代わりに魔弾を放出する。
強烈な爆発音とともに、害虫共の足元に大穴が出現した。
爆風の衝撃で吹き飛ばされた害虫。吹き飛ばされなくても、その光景がよほど衝撃だったのだろう。
周囲は、水を打ったように静かになった。
害虫共は、何が起こったかわからず呆然している。
口を開く者はいない。
雑音が消えたか……。
だが、それもつかの間であった。
後から到着した害虫共が、その光景を見てがやがやと騒ぎ始めた。
騒がしい害虫め!
害虫相手に何度も説明するのは、煩わしい事この上ない。
ベルナンデスが誘導した害虫共が、全員広場に集まるまで待つとしよう。
そして……。
害虫二百四十一名が到着した。
ようやくか。
「害虫共、よく聞け。これから貴様達を処刑する!」
高らかに宣言後、ガクガクと震えて怯える害虫と怒声を上げてわめく害虫と二つにわかれた。
前者は、さきほど私の魔弾を見て驚いていた害虫共である。
「お、おい、頭沸いてんのか? お前、エルフだろ? なんで、こんなとこにいるのか知らねぇが、俺達の邪魔をするなら容赦――」
言い切る前に害虫の首をスパンと刎ねた。
ポトリと頭が地面に落ち、首から噴水のように血が噴出する。
「「うぅああああ!!」」
恐慌状態に陥った害虫共が、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
もちろん一匹たりとも逃がさない。
ベルナンデスとともに、中央に引きずり戻す。
反抗的な害虫は手足をへし折った。
涙を流し鼻水をたらす害虫共は、肩を寄せ合い震えている。
「さて、害虫共、話の途中だったな。お前達はとてつもない大罪を犯した。これから順番に首を切り落とす」
「あぁ、なんで俺達が……」
「いやだ。死にたくない」
害虫共は、次々と泣き叫ぶ。
まるで自分の罪を自覚していない。これは問題だ。
「どうやらお前達は、自分達が犯した大罪を理解していないようだな。これは処刑の前に少ししつけをしなければならん」
殺意を少し解放すると、
「ま、待ってくれ。あ、あんたが凄腕なのはわかった。生意気な態度を取ったのは謝る。だから、助けてくれ」
中央にいる男が必死な形相で訴えてきた。
右手をへし折られたためか、額には脂汗が浮かでいる。
ベルナンデスの報告によると、こいつはエリザベスの間諜だったな。
カミーラ様、そして、ティレア様を不当に陥れようとした大罪人である。
「……許しを乞う相手を間違っている。お前の大罪には相応の報いを与えてやる」
「い、いや、待てってば。あんたエルフだろ? 誇り高い種族のくせに、なんであんな頭の緩い小娘の言いなり――ぎゃぁあああ!」
あまりに不遜な言葉にその口を真っ二つに引き裂く。
「はぁ、はぁ、はぁ、このぉぉおお、ごみがぁああああ! 地べたを這いずる害虫の分際で、ティレア様を! 天上の神に等しいお方に何をほざいたぁああ!」
さらに腕、足、胸から一閃し、八つ裂きにしてやった。
身体を八つに分断された害虫はピクピクと痙攣を起こし、そのまま動かなくなった。
はぁ、はぁ、くそっ!
加減のない本気の殺意を周囲に放ってしまった。
ほとんどの害虫が失禁して、涎を垂らしながら気絶している。
それから……幾分、冷静になった頭で分析した。
失敗だ。
私としたことが、安易な死を与えてしまった。
もっとじっくり、その大罪に応じた報いを与えねばならなかったのに……。
怒りで我を忘れた。
まだまだ未熟だな。
次は、失敗しまい。
気絶した害虫共を魔力で強制的に叩き起こす。
「それでは、害虫共処刑を再開するぞ」
「ま、待ってくれ! 俺はエリザベス様の使いだ。あんたを幹部に推薦する。相応の見返りを与えるから――がはっ!」
精神魔法を発動させ、害虫の身体の自由を奪う。
「面倒だ。余計な発言をした者は、強制的に身体の自由を奪う。心しておけ」
「ひ、ひぃ」
脅しが効いたのか、それ以降話をする者はいない。
「まずは、第一級の罪を犯した害虫を裁く」
エリザベスが放った間諜六名を立たせた。
「汚物は少毒だ」
神経毒を注入する。
身体の自由を奪われた間諜六名は、涎を垂らしながら、もがき苦しむ。
この神経毒は、毒量が少ない。全身に毒が回るのに時間がかかる。せいぜい長く苦しみながら死んでいけ。
「次に第二級の罪を犯した害虫を裁く」
エリザベスに寝返ろうとした五十二名を立たせた。
「な、何をするんだ?」
「や、やめろ。な、なぁ、それだけの腕があるならあんたが王になればいい」
「そうだよ。あの金髪娘が気に入ってるなら、妾にでも――ふぐぁあああ!」
あまりの怒りでそのままくびり殺すところだった。
なんとか怒りを押さえ込む。
「汚物は、焦土苦だ」
火炎魔弾を叩き込む。
この炎は、どんなにあがこうともその身を焦がしつくすまで消えない。その身を焼き苦しめ続けるがよい。
「最後に、第三級の罪を犯した害虫を裁く」
エリザベス如きの脅威に怯え、ティレア様を裏切り逃走を図った臆病者達を立たせた。
「ま、待ってくれ! し、仕方がなかったんだ。俺には妻と子供がいて」
「あぁ、あんた達がそんなに強いなら逃げなかった」
「お願い。娘だけは娘だけは助けて」
害虫共は、思い思いに泣き叫ぶ。
「なるほど。逃げたのは本位ではないと。妻や子供のためと言うんだな」
「は、はい」
「……そうか」
「はい、お願いします。もうティレア様を見捨てたりはしません。俺達も戦います。なんでもしますから助けてください」
「ふぅ~なんでもするんだな?」
「は、はい」
「では、妻と子を殺せ」
「えっ!?」
「どうした? なんでもするのだろ?」
「い、いや、無理です」
「そうか。では処刑だ。最優先すべきはティレア様である。自分の命より、それこそ妻や子よりもだ。それができない者は、この世に生きる資格はない」
「そ、そんな無茶苦茶な! お願いします。妻や子は誰よりも大事な宝なんです。それ以外のご命令ならなんだってします。どうかお助け下さい」
「くっくっ……世迷言を。ティレア様より子や妻を優先するだとぉ? ふざけるなぁああ! そんな不忠な害虫はいらん。まずはその子や妻から殺してやるわ!」
「ま、待ってください」
「ひぃ、いやだ。お母さん」
泣き叫ぶ子虫共に魔弾を放つ――
カキン!
突如現れた少女よって魔弾が弾かれてしまった。
「あ、あなた達、何やってんですか」
「ミレスか」
現れた少女は、カミーラ様お気に入りの人形ミレスであった。
ミレスは闇の杖をくるりと振り、怪我を負った害虫共を治療していく。
闇魔法の使いすぎで休息していたはずだが……。
今のミレスは、気力体力ともに充実している。
動きや魔力が流麗で見事だ。身体能力もずばぬけて向上している。平軍団員のそれに迫る勢いだ。何より闇の杖を使いこなしている。
普通の人間ではできない。
人間を超えた人間、高位人間だ。
そうか。カミーラ様がミレスを魔改造されると仰っていた。
その結果だろう。
さすがはカミーラ様だ。
人間という種族の枠、限界ぎりぎりまでポテンシャルを引き上げておられる。
そして、ミレスはその能力を十全に活かしていた。
死の危機を乗り越えたと聞いていたが、本当らしい。その精神的なレベルアップは、なかなかのものだ。
「ミレス、その急成長振りは見事だ。賞賛に値する」
「どうも」
「その力、ティレア様のために使う。当たり前だが、聞いておこう。間違いないな?」
「聞くまでもありません。我が神の導くままに。この身、全てを捧げることを誓います」
「うむ、信じよう。お前がティレア様の覇業の一助となればいう事はない。ただな、そうなると気になる点が一つ」
「なんでしょう?」
「ティレア様の忠実な僕なら、なぜ邪魔をした? こいつらはティレア様を裏切った大罪人だぞ」
ミレスを殺意をこめた目で睨む。
ミレスは、一瞬キョトンとした後、はぁ~と溜息をついた。
「あ、あのですね。あなたはティレア様を理解していない。確かにティレア様を見捨てて裏切ったこいつらはむかつきますよ。こいつらは、結局自分の家族のことしか考えていない。ティレア様がエリザベスに殺され乱暴されてもやむなしと考えている。家族を免罪符にしてね」
「ならわかるな。こいつらは反逆者だ。ティレア様を裏切った害虫共に、相応の報いを与えねばならん。それが忠臣の務めだぞ」
「いいえ、違うわ。あなたは間違ってる。この人達を殺してはだめです。特に、子供を殺すなんてもってのほかよ」
「ミレス、お前子供に同情しているな?」
「えぇ、いけないですか?」
「……お前は、本当にティレア様を最優先に考えているのか?」
「もちろんです」
「では、ティレア様のために、その子供を殺せるか?」
「……殺せません。でも、殺さないことがティレア様のためです」
「もういい。残念だが、カミーラ様の改造は失敗したようだ。お前の忠誠心には重大な欠陥がある。欠陥品をティレア様のお傍に仕えさせるわけにはいかん」
「ち、ちょっと待ってください。だからティレア様のために――」
「カミーラ様には申し訳ないが、欠陥品は廃棄処分とする」
困惑するミレスに魔弾を放つ。
魔弾はミレスに当たる寸前で闇の杖に弾かれた。
本気でないとはいえ、我が魔弾を弾くか。
ミレスが持つ闇の杖が少々厄介だな。
あれは、カミーラ様がお作りになった稀代の逸品である。オルティッシオ程度であれば、喰われるだろう。
問題なしだ。
私はティレア様の軍師、【我が子房】とまで讃えられた完璧軍師なのだ。この欠陥人形を処分する道筋はすでに閃いている。




