第四十四話 「エリザベスの逆襲(ブラックリベンジン)」
「も、もう一度言ってくれるかしら?」
全身包帯姿のエリザベスは、顔を引くつかせながら家人に問う。
「は、はっ。宝物庫が襲撃されました。根こそぎ財貨が奪われております」
にわかに信じがたい。
宝物庫は、腕利きの護衛と最強の大罠で守られている。王家の正規精鋭部隊でも攻略は不可能……いえ、現実を認めましょう。実際、当主のワタクシが大怪我を負ったのです。
奴らは、突破したのでしょうね。
ま、まぁ、いいですわ。
これはワタクシの油断が招いたこと。挽回の機会はいくらでもあります。
「それで、被害総額はいくらですの?」
「そ、それは……」
「いいから、はっきりと答えなさい!」
「は、はっ。被害総額は百億以上は確実かと。なにせ全て奪われておりますので」
「はぁ? そんなわけないでしょ。あの莫大な量の財貨を運搬したって言うんですの! 中にはトン単位の美術品も置いてますのよ。ありえません!」
「お、おそらく、運搬用の人足を雇われたのでは?」
「人足ですって! 証拠はありますの!」
「い、いえ。なにぶん護衛も含めて目撃者は全員殺されておりました。真相は闇の中です。ただそのぐらいしか検討がつきません」
そんなことが可能なのだろうか?
骨董品、美術品合わせれば七、八トン以上はある。生半可な重量ではなかったはず。
まさか千人単位で人足を雇ったとでも言いますの?
「誤報ではありませんよね?」
「でしたら空の宝物庫を見に行かれますか?」
家人の表情を見るに嘘を報告しているようには見えない。
眩暈がしてくる。
累代の当主が集めた金塊、宝石の数々……。
遠征や政敵を打ち滅ぼして奪った国宝級の財貨を全て盗まれてしまった。
はっ!? ではエリザベス家の三種の神器も!
「本当に全部ですの? ゴ、ゴッポンの絵画は? 家宝の青玉は無事なんでしょうね?」
「も、申し訳ございません。盗まれております」
「くっ、じゃあ残っているのはなんなんですの!」
「ですので、ゼロです。絵画や壺、調度品はもちろん、金貨、銀貨、銅貨に至るまで一ゴールドも残ってません」
「銀髪の小娘ぇええ!」
苛立たしげにテーブルを叩く。
金髪の姉を人質に取るつもりが、逆に襲撃を受けた。
まさか本邸の財貨を狙っていたとは予想もできなかった。
「し、仕方がありませんわ。裏金を使います。手配しなさい」
こういう時のため、資産は分散してある。
本邸の宝物庫が主流だ。
だが、別荘や別地にある隠し財産も全て集めれば、それなりの額になる。
「ありません」
「はぁ? どういうことですの?」
「隠し財産は、暗殺者リュコーが依頼料として全て持っていきました」
「何言ってますの! 奴は依頼に失敗したのですよ。こちらが払う義務はありません。むしろ、失敗した奴が賠償金を払うべきですわ!」
「お、おっしゃるとおりです。ですが、リュコーは『依頼に失敗したので、成功報酬はいらん。だが、経費がかかりすぎた』と無理やり資金を奪っていきました」
「あ、あなた、そんな無茶を通しましたの!」
「も、申し訳ございません。何しろリュコーは天下の暗殺集団、漆黒殺戮団の一員です。抵抗した家人も全員殺されて止めようがございませんでした」
「く、くそがぁあああ! コソ泥共めぇえ! どいつもこいつも許さねぇえ!」
激情のままに魔法弾を家人にぶつけた。
家人は悲鳴を上げ逃走しようとするが、逃がさない。
追撃の魔法弾を全身に浴びせる。家人は、壁のはしっこまでふっとび絶命した。
ちくしょう!
リュコーめ。暗殺に失敗したばかりか、裏金まで強奪しやがった!
銀髪小娘め。白昼堂々、トン単位で財貨を盗んでいきやがった!
これで全ての財貨はパァだ。
髪をかきむしる。
指に髪がからみつく。また抜けたかもしれない。
「あぁあああ、許さねぇえ! 思い出すだけでも腹立たしい。死にやがれぇえ!」
手当たり次第に魔法弾を放ち、壁に何十もの穴ぼこを作っていく。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
「くっく、いつになく不機嫌全開だな、お姫様」
「バッチョ!」
声のした方向を振り向くと、王都の守護神にして最強の部下バッチョが背後に立っていた。
変わっていない。
誰であっても態度を変えない。
このワタクシが相手であろうと、からかい交じりに挨拶をしてくる。
ちっ! いらいらしますわね。
バッチョのそんな態度を不愉快に思っても、その類まれな技量を買い黙認してきた。
だが、今はそんな余裕はない。
「あなた今まで、どこをほっつき歩いていたんですの!」
苛立ち混じりに言い放つ。
「おいおい、ご挨拶だな。あの火薬庫と呼ばれるアビスモ戦線からこれだけの短期間で引き上げてきたんだぜ。驚けよ。アタイの隊以外は無理な話だ」
「自慢は聞きたくありませんわ。あなたがいないせいで、どれだけワタクシが不幸な目に遭ったと思いますの!」
「くっく、面白い。姫とは長い付き合いだが、そんなに焦るところは初めてみたぞ」
「バッチョ!」
「落ち着け。冗談だ。で、何があった?」
「ワタクシに敵がいることは知ってますわね?」
「あぁ。姫から定期的に送られてきた手紙と、その辺にいる家人をひっつかまえてある程度は聞いた。銀髪の小娘だったな?」
「えぇ、銀髪の小娘ですわ。経緯は省略しますが、あの泥棒が我が家の財貨を全てかっさらっていきやがったのです」
「おっほ~やるなぁ。詳しい話を聞かせてくれ?」
バッチョは手近にあった椅子に腰掛け、興味津々な様子で聞いてくる。
正直、不覚を取った忌々しい記憶は思い出したくない。
話すのは精神的にくる。
だが、これから襲撃をするのに、バッチョに敵情報を渡さないのは拙い。
意を決し、事実だけをたんたんと説明した。
「くっく、なるほどね~姫の初黒星か。包帯が痛々しいねぇ」
「笑い事ではありませんわ。全身、打撲と裂傷と骨折で死ぬ一歩手前でした!」
「怒るな、怒るな。それでも死んでないんだから、よかったじゃねぇか」
「よかった? よいわけありません。ワタクシの右腕はもう動かないんですよ!」
ダランと動かない右腕をバッチョに見せつけ、抗議する。
「お、そうなのか? ちゃんと処置しなかったのかよ」
「したに決まってます。特上の回復薬と大僧正に大回復魔法をかけさせました。ですが、これ以上の回復は無理だと。右腕は神経からズタズタ、他にも見えない箇所でいくつかの組織が断裂してるそうです。あのクソ野郎に思い切り全身を壊されましたからね!」
「ぷっ! オルティッシオってあれだろ? 姫が手紙で書いてたよな? 好待遇で雇ったのにいきなり裏切ったんだよな。あはは、悪い男もいたもんだ」
バッチョは壺に入ったのか、愉快気に大笑いした。
いらつく。
舐められるのは、死ぬほど嫌いだ。正直、バッチョでなければ即殺していたところである。
落ち着け。これからの復讐にバッチョがいなければ話にならない。
ここは冷静になるべきだ。怒りを無理やり腹の中におさめる。
「……バッチョ、もういいかしら」
「あはは、ウケるわ」
「バッチョ! これ以上の侮辱は――」
「はい、はい、わかったよ。もうからかわない。それでか、姫の右半身の動きがおかしいと思った。それじゃあ、もう前線に出るのは無理だな」
「えぇ、残念ですが、ワタクシは今後、戦闘はできませんわね」
「そうか、惜しいな。真面目な話、姫は才能があった。のちのちアタイの隊に入れようと思ってたんだぜ」
「……仕方がありませんわ。運がなかったのです。ただし! 奴らには、ワタクシの輝く才能を潰した罪をきっちり購ってもらいますわ」
「姫、やる気だな」
「もちろんです。バッチョ、あなたも気合を入れて事にあたりなさい」
「へっ!」
「なんですの? その含みのある笑いは? 不愉快ですわ」
「いやな~そんな当たり前のように命令されても……あ、そういや酒ないか? 姫のところに高級酒あったろ? あれをくれ」
「……ありませんわ」
「ない? どうして? あれだけ自慢してただろ? ビンテージを集めたとか言ってたよな。一つぐらいいいじゃねぇか」
「高級酒も宝物庫に入れてました。あのクソ野郎に全部持っていかれましたわ」
「ぷっ、くっあはははは! 姫にとってとことん疫病神な奴だな」
「バッチョ!」
「わかった、わかった。ないなら仕方が無い」
バッチョは部下に命じて酒を持ってこさせた。
特戦隊で保有の発泡酒だろう。
バッチョはボトルの細い口を豪快に素手で折り、そのままぐいっと一息に飲み干す。
「ぷはっ! たまらんな。くっく」
「バッチョ、話をはぐらかすんじゃありません。酒盛りしている場合じゃありませんのよ。すぐに戦の準備をしなさい」
「戦の準備ねぇ~」
「なんですの? あなた、まさか戦わない気ですか?」
「んにゃ。久しぶりに面白い敵が現れたんだ。血わき踊るって奴さ」
「なら、すぐに動きなさい。だらだら酒を飲んでいる暇はありません」
「なぁ、姫よ」
「バッチョ、さっきからなんなんですの?」
「いやな、敵は潰す。それ以上でもそれ以下でもない、特戦隊の掟さ。それはいいとして、アタイらへの報酬は払ってくれんのかい?」
「報酬? わかってて言ってますわよね?」
「くっく、そんなに睨むな。全部盗まれたからそりゃ払えないよな」
「今のワタクシに冗談は通じませんのよ」
「だがよ、アタイらの部隊にタダ働きさせようってなら甘いぜ。姫には何かと世話になった。だが、アタイらはプロの傭兵だ。この先は言わないでもわかるよな」
バッチョは目を細めて威嚇する。
生半可な回答では動かない。それどころか、下手な回答をすれば、そのままくびり殺そうとしてくる気配が伝わってきた。
「わかってますわ。タダ働きはさせません。後で払います」
「それを信じろと?」
「えぇ、信じるでしょ。ワタクシは王家ですら縛れなかったアナタ達をずっと雇ってきた。今更私の手腕を疑ってませんわよね?」
「そうだな。今回の事でケチがついたとはいえ、姫はアタイが気に入った唯一の雇用主だ。姫が払うって言うなら払うんだろ?」
「当然ですわ」
「ちなみに方法はどうやるんだ?」
「ふっ、簡単ですわ。資金が無いのなら作る。金髪銀髪の小娘から財貨を奪い返せばすむことですわ。奴らだいぶ溜め込んでいるようです。前より増えるかもしれませんわね」
「お~略奪OKの焼き討ち、豪快だねぇ。さすがに治安部隊に目をつけられるぞ」
「奴らは、それどころではありませんわ」
「おや、さすがは姫、色々企んでたのか?」
「えぇ、治安部隊は王都の重要施設に散らばってますわ」
「おやおや、なんでそんなことに?」
「なんでもここ最近、同時多発テロが頻発していましてよ。流言飛語も飛び交って、真偽を正すのに手一杯らしいですわ」
「あはは、やるじゃないか!」
「バッチョ、舐めてもらっては困りますわ。確かに襲撃を受けたのは痛恨の極みでした。ですが、ワタクシだって、この数ヶ月ただ指を加えて黙っていたわけではありません。冒険者ギルド、治安部隊、金髪銀髪の小娘に友好的な者は調査で割り出しましたわ。奴らは、ワタクシの権力で巧妙に王都外に散らばらせました。今は、どの機関もワタクシの息のかかった奴らばかりです」
「なるほど。ただよ~割り出したにしては襲撃を受けたみたいだが?」
バッチョがにやついて茶々を入れてきた。
「くっ。それは……まさか英雄ガデリオが王家を裏切っていたなんて考えもしませんでした」
「襲撃した中には、ガデリオだけでなく女傑冒険者キャス、狙撃主ジンもいたんだよな? なかなか名のとおっている奴らを引き抜いているじゃないか」
「えぇ、ワタクシも少々油断してました。銀髪の小娘が、ここまで勢力をのばしていたとは……」
「そんで、そいつらはどうするんだ? アタイ達がやってもいいが……ガデリオは、外征部隊の総隊長だ。万の軍を動かせる。前金なしで、そいつら相手に兵を削りたくないな」
「ほおっておいて構いませんわ。アナタ達は、あくまで銀髪金髪小娘の首を獲ればいいのです」
「じゃあ奴らはそのままか? 邪魔をしてくるのは目に見えている」
「対策は考えてあります。というより相手がきっと自滅しますわ」
「なぜだ?」
「ワタクシの性格はわかってますね? 敵には容赦しない。敵の家族もまとめて地獄に落とす」
「そうだな。姫の苛烈さは誰もが知っている」
「そう、ワタクシの苛烈さは王都でも周知の事実です。仮にど田舎出身で知らなくても、学園出身の腰巾着が嫌というほど伝えているでしょ。なら相手の動きは簡単ですわ。敵のトップ、金髪小娘の性格はわかってます。主力を分散して家族の警護にあてるでしょう。どちらも見捨てられない。親も大事なら友達の家族も大事。取捨選択はできません」
「仮にも姫の邸に襲撃する奴らがそんな甘ちゃんか?」
「えぇ、二、三度会話するだけでわかりますわ。金髪小娘は超がつくほどのお人よしバカです。ワタクシの予想どおりなら、今頃、虎の子のガデリオ部隊を各地に派遣しているところでしょう」
ワタクシの説明にバッチョは、杯を重ねながら無言で聞いている。
バッチョは戦闘が強いだけのバカではない。ワタクシの情報を聞きながら、勝利のために敵勢力を分析しているのだろう。
ワタクシは、鋼鉄のような忠義で行動する冒険者ミュッヘン、学園で真しやかに噂されている東方王国から落ち延びてきた皇族という話まで、あますことなく奴らについて説明する。
「……という話でワタクシの邸を襲撃する軍事力を持っている。金髪小娘の頭がゆるいからと言って、決して奴らを侮ってはいけません。今回の企ても銀髪小娘の仕業でしょう。彼女は、金髪小娘と違い冷酷無比で残忍です。勝利のために取捨選択のできる王才を持ってますわ」
「なら銀髪の小娘が反対するんじゃないか? いくら家族が大事だからって、アタイ達相手に兵力分散なんて愚は犯さないだろ」
「します。断言しますわ。ワタクシの見立てでは銀髪小娘は、金髪小娘の言いなりです。金髪小娘が立てた作戦に反対は絶対にしません。銀髪小娘唯一の弱点と言っていいでしょう」
「くっく、身内に甘いか。愚かだな。情に流されると碌なことにはならん」
「まったくその通りですわ。そんな甘ちゃんな奴らです。つけ入る隙はいくらでもありますわ」
「姫の考えを聞かせろ」
「まずは、西通りの住人ですわね」
「どうするんだ?」
「当然、全員死んでもらいますわ」
「へっへへ、かわいそうに。ただ同じ通りに住んでいるだけでとばっちりか!」
「あの銀髪金髪小娘と同じ通りに住んでいる、それだけで罪ですわ。もちろん、色々引っ掻き回した後からですけどね」
「おぉ、怖い、怖い」
「それだけじゃありませんわよ。敵主力のミュッヘン、ガデリオ、オルティッシオそれぞれ破滅させるストーリーはでき上がってます」
バッチョに作戦情報を渡すと、バッチョの顔はみるみる愉悦な表情に変貌する。
「くっく、姫の悪知恵には毎度驚かされる。これじゃあ張り合いがないぞ!」
「作戦名は【ブラックリベンジン】。全員、地獄に叩き落としてやりますわ!」
バッチョは、私の宣言を愉快そうに聞いた。そして、口角を上げたままクィッと杯を飲み干したのであった。




