第四十二話 「最終決戦、悪役令嬢をやっつけろ その1」
悪役令嬢、許すまじ!
俺とティムは、魔族の王都襲撃以来の大ピンチに陥っている。
一つ目の危機、それはエリザベス邸で起きた。
一歩間違えば、俺とティムは極悪令嬢エリザベスに拷問されて殺されてたかもしれないのだ。九死に一生を得たのである。
数日前、俺はとある貴族のパーティにお呼ばれされた。
経緯は省略する。
色々パーティの料理を堪能していたら、なぜかそこの悪徳シェフと料理対決するはめになった。
それはいい。俺も料理人、常在戦場だ。
いついかなるときでも料理に関係することなら受けて立つ。
そして、俺が悪徳シェフと料理対決をしていたら、乱入者が現れた。
乱入者は、悪徳シェフの雇い主エリザベスである。
そうエリザベスは、料理対決を無理やり中断。パーティ客を下がらせると「俺の生皮を剥いで塩漬けにしてやる」と脅してきたのである。
最初は、笑えないブラックジョークかと思った。自分のお抱えシェフが料理対決でやられそうだから、煙に巻いてごまかそうとしているんじゃないかって。
だが……マジだった。
エリザベスの目はイッてたよ。
逆らえば、上身と下身に身体を半分こするって。
料理対決で熱くなってた俺の頭も、これには一気に冷えたね。
冗談じゃない!
料理で魚を三枚に下ろすことはあっても、自分がされそうになるなんて考えもしなかった。
さらにエリザベスは、ティムも俺と同じ目に遭わせてやると脅してきたのだ。
刺客を放ったから直に捕えてくる。姉妹共々さんざんにいたぶってやると!
もう狂気の沙汰だと思ったね。
俺とエリザベスにはいさかいがあった。ティムとも学園で幾度も喧嘩をしたのだろう。
でも、パーティに招待してくれて、お互い過去の事は水に流せると思ってたのに……。
俺が甘かった。
パーティへの招待は、俺を捕まえるための罠だったんだから、救えないよ。
エリザベスは俺の家族は皆殺し、三族まで滅ぼすと恫喝した。
そして、ニヤリと笑みを浮かべ俺を捕らえるべく家来達に命令してきたのだ。
この時は運がよかった。
念のためにとエディムを護衛として連れてきてた。エディムの眷属達も控えていた。料理対決で必要だからとエディムの眷属達に材料を持ってきてもらってたのだ。
捕えようとしてくるエリザベスに対し、十分に対処できる戦力が整ってたのである。
俺はエディムを連れてティムのもとに向かい、眷属達には迎撃を頼んだのだ。
お店に戻り、ティムの無事を確認し一安心した。
刺客が来なかったか聞いてみると、見回りをしていた変態が瞬く間に倒したんだと。
おいとツッコミを入れたくなったが、色々と疲れてたので割愛した。
変態の傍にミューがいたので、ミューが倒してくれたのだろう。
ふ~これだけでもB級映画さながらの怒濤の一日だった。
まぁ、ティムの無事も確認できた。
眷族達の無事もエディムが確認している。ひとまずは安心って思ってたけど、これは一つ目の危機を乗り切ったにすぎなかった。
俺が安堵したのもつかのま、二つ目の危機が訪れたのである。
それは、血相を変えて戻ってきたミレスちゃんが知らせてくれた情報だ。
そう、ミレスちゃんが言うには、エリザベス最強の配下バッチョ特戦隊が俺達姉妹を襲撃するらしいのだ。
それを聞いた時は、本気でびびったね。
相手はこの国の重鎮、霊長類最強の狂戦士だよ。
バッチョの噂は、噂好きのミレーさんから聞いてよく知っている。
曰く、腕力だけで大虎を絞め殺せる。
曰く、馬上で左手と右手、両方の腕で大弓を放てる。
曰く、その分厚い筋肉と闘気のせいで刃物を通さない。
他にも逸話は数え切れなくある。
王都には、治安部隊隊長にして勇者の末裔のレミリアさんがいるが、バッチョもその蛮勇を持って名を知らしめている。
人々は、東のレミリアに西のバッチョと王都の双璧のように称えているのだ。
ただ、ぶっちゃけバッチョの戦闘力は、レミリアさんを超えているらしい。レミリアさんがその人望とカリスマで名を馳せたのなら、バッチョはその肉体のみで名を轟かせたからだ。肉体技術だけでいえば王都最強の人だといえよう。
そして、凄いのはバッチョだけではない。それを支える幹部達もすごい。
弓のカエー……。
八町先のハエを射抜ける射撃の名手だ。その精密性もさることながら、トロルの頑健な頭を打ち抜く程の剛弓も併せ持っている。
槍のヘーハチ……。
戦場に出る事数百度。一度も身体に傷を負った事がない東方出身の侍だ。一万の兵に囲まれるも、縦横無尽に長槍を突きたて単騎で敵中突破を成し遂げたとか。
さらに口笛のヒューマ、魔法爆撃のシモヘンなど冒険者ギルド、傭兵時代に悪名を轟かせた強者がわんさか集結しているのが、バッチョ特戦隊なのだ。
そんなオールスターなメンツが俺達を襲ってくる。
どんな悪夢だよ。
さらにそんなVIP集団を私的な怨恨に使うエリザベスにも呆れる。
開いた口がふさがらない。
恥を知っているのか?
なぜここまで俺達姉妹が恨まれなくちゃいけない?
庶民のティムが優秀なのがそこまで許せないか?
逆恨みもいいとこだ。全てはティムの才能に嫉妬したエリザベスの心の弱さが原因だ。
貴族の血統主義には反吐がでる。
エリザベスは、これまでも己を超えようとする者には、容赦なく家の権力を行使してきたにちがいない。血も涙もない極悪人だよ。
ティム……そんな外道貴族に目をつけられて、怖かったろうね。
肥大化したプライドが、エリザベスを狂気に走らせている。
とにかくそういう次第でミレスちゃんがもたらしてくれた情報はとてつもなく重要で衝撃だったのだ。
そして、そのミレスちゃんだが、エリザベスの家で監禁されてたらしい。
ティムの友達だからって、エリザベスに酷い目に遭わされてたみたいだ。
というか、パーティにミレスちゃんがいたのは知っていた。いくらティムが心配で頭がいっぱいだからって、その可能性を考えなかったのは俺の失態である。
眷属達に迎撃を頼んだときに、一緒にミレスちゃん救出を伝えておけばよかった。
ミレスちゃんは、記憶を失うぐらい本気で抵抗してなんとかエリザベスの魔の手から逃げてこられたみたいだ。
不幸中の幸い。本当に良かったよ。
そして、自分がそんな大変な目にあったにもかかわらず、俺とティムのために新たな危機を伝えてくれたのだ。
ミレスちゃん……本当にありがとう。
感謝で胸がいっぱいだ。いつか恩を返したい。
ん!? そういえば、そろそろ起きてもいい頃よね?
ミレスちゃんは、現在地下帝国の一室で眠っている。バッチョの危機を伝えた後、ふらふらと倒れこんだのだ。
ティム曰く、闇魔法の使いすぎなせいだって。
魔力欠乏症で精神、肉体ともに消耗しているので、ある程度の休息が必要みたい。これはポーションや回復魔法ではだめで、純粋な睡眠じゃないと回復しないそうだ。
闇魔法うんぬんは置いとくとして。ミレスちゃんは、エリザベスの護衛達と必死にやりあったのだ。そりゃMPも限界まで消費しちゃうよ。
ミレスちゃんが倒れ、すぐに俺は地下帝国の一室に運んで休ませたのだ。
学園寮に送ろうかとも考えたけど、学園内ではエリザベスの手の者がミレスちゃんを襲ってこないとは限らない。
地下帝国ならゆっくり休養できるからね。
それに、ここの部屋、ぶっちゃけ前世の帝国ホテルかってぐらい豪華で過ごしやすい。休養するにはピッタリな場所なのだ。
さてさて、ミレスちゃん元気になったかな?
様子を見るため、ミレスちゃんがいる寝室へと向かう。
寝室に到着し、ミレスちゃんを看護していた軍団員に様子を聞く。
軍団員が言うには、時折起きて水を飲んだり、流動食を食べたりしていたらしい。でも、疲労が抜け切っていないようで、またすぐに眠りについたとか。
俺も心配でちょくちょく様子を窺ったけど、眠っている姿しか見られなかった。
医者に見せようかとも考えたが、何度も言うように魔力欠乏症は睡眠しか回復する方法がないらしい。
だから、このまま寝かせて様子を見ているのだ。
ただね、心配が一つ。
ミレスちゃん時折、うなされているんだよ。
監禁中、何かされたんだと思う。ミレスちゃんに「何があったの?」って聞いたんだけど、具体的な事は何も教えてくれなかった。
「監禁されてた」と言うだけだ。ただ、その時ふっと微笑んだんだよ。
その笑みがね……。
まるで気にしなくてもいいですよ。あなたが想像しているよりずっと酷い目に遭いました。でも、心配をかけたくないので言いませんって言っているようで……。
意味深な笑顔だったね。
ミレスちゃん、いったい何をされたんだろう?
ベッドでスヤスヤと眠るミレスちゃんの顔を見る。ミレスちゃんの額に汗が滲んでいたので、傍に置いてあるタオルで拭く。
あ!? またうなされている。
ミレスちゃんは眉を寄せて、苦しそうだ。
やっぱり何かトラウマ的な事をされたんだ。
ひょっとして鞭でビシバシ叩かれたのかな?
いや、ミレスちゃんの身体には鞭の跡なんてなかった。それどころか傷一つない綺麗な身体をしていた。
それは汗を拭く時に確認している。
傷があったらすぐに治療しないといけないからね。申し訳ないが、それはきちんとやったよ。もちろん、男性はフェードアウトさせて女性軍団員でお世話しているからね。
ミレスちゃんは、苦しそうにぶつぶつ言っている。
耳をミレスちゃんの口元に近づけると「スイッチが……スイッチが、押す、押せない。どうしたら……」って聞こえた。
これって、さっきから同じうわ言繰り返しているよね?
前に聞いた寝言もスイッチがどうたら言っていた。
間違いない。
きっとエリザベス邸でスイッチにかんする拷問をされたんだ。
あぁ、可哀そうなミレスちゃん……。
でも、素朴な疑問。スイッチにかんする拷問って何?
う~んひたすらスイッチをオンオフさせられたとか?
単純作業を強いられるのって、ある種苦痛だし。
……いやいや、それはないか。
そんなシュールな拷問聞いた事がない。
それにここまでうなされているのだ。もっと根深いトラウマになるような拷問なはず。
そうだよ。
ミレスちゃんは美少女だ――はっ!?
もしかして、こういうことでは……。
『くっく、いい恰好だな』
『こ、この変態! どこに入れてんのよ。外しなさい!』
『だ~めだね。外さない。それに本当は外して欲しくないんじゃないか?』
『な、なわけないでしょ! は、早く外して。おかしくなる』
『くっくく、お楽しみはこれからだぞ。さ~て、これ何かわかるかな?』
『それは、スイッチ? も、もしかしてこれに連動しているの?』
『ご名答! そうだ。これを押すとすさまじい振動が発生する。そうなればどうなると思う? ねぇ、押すとどうなる?」
『い、いやぁああ! へ、変態! そんなことはさせない。そのスイッチ絶対に押させないから!』
『いいや限界だ。押すね!』
カチッ!
ビィイイイイイイン!!
『ら、らめぇえええええ!』
あ、ありうる話だ。
スイッチを押すだの押さないだの、こういう事だよ。
ミレスちゃんが言いたくなかったってのも、うなずける。
くそ、なんて卑劣なエリザベス!
同じ女性としての心がないのかよ!
ミレスちゃんの心のケアはしっかりしてあげよう。
今はゆっくり休んで。
ミレスちゃんがいる寝室を後にする。
ふ~見た感じだと、ミレスちゃんはまだまだ回復しそうにない。
正直、ミレスちゃんには相談したいことが山ほどある。
できれば起きてもらって色々アドバイスをもらいたい。
何せティムを初めとしてここにいる奴らはとんでもない中二病患者の集まりだ。
相談できる人が一人もいない。
正確には一人いるけど、ギルドの仕事から戻っていないからできない。
軍師のドリュアス君もお店経営とか資金運営とか【政】にかかわるものだとすごい頼りになる。
だけど、軍事に関してはでたらめそのものだ。俺やティム、変態を単騎で突撃させても平気な戦略を立てるんだよ。
どうも軍団員の奴らは【ぼくがかんがえたさいきょうのじゃしんぐん】ってものが頭にあるらしく、てんで話にならないのだ。
例えば、バッチョ特戦隊の襲撃について、
それを知った時の軍団員の反応はどんなだったと思う?
敵将の首は一人五個までとか、まるで兎狩りするぐらい軽いノリだったんだよ。
俺がバッチョの伝説をいくら言い聞かせても無駄も無駄だった。軍団員の頭には負けるという文字はない。どう勝とうか、それしかないのだ。
まぁ、奴らがこんなに増長したのにはね、俺にも責任の一旦はある。
トレーニングをする時、ただたんにやるよりはイメージが大切だと思った。だから、軍団員にはよく言ってた。
「忘れちゃだめ。イメージするのは常に最強の自分だ」ってね。
最強の自分を想像してトレーニングに励んでほしい、ただそれだけだったんだよ。
それが蓋を開けてみれば……。
いやいやいやいや、どんだけ最強をイメージしてんだよ!
物事には限度があるだろうが!
やつらのイメージでは、レミリアさん以上の戦闘力は当たり前。バッチョなどワンパンで倒せる自分を想像しているようだ。
もう自分達は戦闘民族か何かと勘違いしているみたい。
はぁ~もうやんになるよ。
これが一人か二人ならともかく全員だからね。
例外なしだよ。
普通はね、こんな危機に直面したらピリピリするのに。全然、緊張感を漂わせてない。俺とミレスちゃんだけが、現実を把握していたのだ。
あぁ、ミレスちゃん、助けて!
だが、彼女の助けは借りれない。俺達姉妹のためにここまで心を尽くし犠牲になったミレスちゃんに無理はさせられないのだ。
まぁ、治安部隊のレミリアさんとかお嬢とか、外部に色々頼もしい友人はいる。
だけど、今度は吸血鬼エディムや犯罪者オルティッシオの件があるからうかつに地下帝国に呼べない。
俺が腕を組み対策を考えていると、前方から変態が現れた。
こいつも普段通りだ。
パニックになるよりはましだけど、現実を直視していないのは問題である。
「これはティレア様」
変態が俺に気づき声をかけてきた。
「やぁ、ニール。大変な事になったね」
「ふふ、腕が鳴りまする」
「……王都の守護神の意味わかってる?」
「もちろんでございます。我が邪神軍に楯突く愚かな敵です。その名ごと粉砕してご覧にいれましょう!」
変態は不敵な面構えを崩さず、自信満々にそう言い放つ。
「……ニールは給仕していたから、お客さんからバッチョ特戦隊の数々の逸話も聞いているよね?」
「はっ、どれも失笑ものですな。とくに槍のヘーハチでしたか。あれは酷過ぎる。迂闊に殺せませんね」
おっ!? 引っかかる言い方もあるが、少しは現実を理解したのか?
「そうでしょ。殺せるわけないの。少しは理解したようね」
「御意。一瞬で殺しては傷を負わした事を奴に理解させられませぬ。ここは、我らが最初の傷を与えてやりましょう。きちんと奴の身体に傷を負わせ、誰に刃向ったのかを徹底的にわからせるのです」
「……そう、頑張って」
「はっ。ヘーハチを殺る際には一瞬で殺さぬように部下全員に伝達しておきます。即死させては生涯無傷だと勘違いさせたままですからな」
変態はスタスタとその場を去って行った。
本当に部下達に伝達するんだろう。
止めないよ。お前達の遊びにかかわっている暇はない。
若干、苛つき度が増したのを実感しつつ地下帝国をうろついていると、
「ティレア様、ティレア様!」
トラブルボーイの声が聞こえてきた。
「オル、なにかな?」
「ティレア様、聞いてください。あのクソ参謀が、ヒドイのです。あまりにも理不尽なのです!」
またいつものケンカか?
本当に飽きないね。今はそれどこではないのだが、半泣きで訴えてくるオルを無下にはできない。
「それで今度はどうしたの? あまりに理不尽なら私からドリュアス君に言っておくから」
「あぁ、ティレア様、なんとお優しきかな。うぅ、私は、私は……」
「い、いや、そんな咽び泣かなくていいから。早く教えて」
今は危急存亡の時なのだ。
喧嘩の仲裁は早々に終わらせたい。
「あ、あのクソ参謀! 敵将の首は一人五個までとかほざきながら、我が第二師団は、全員で二つしかだめだと抜かすのです! ひどい不公平です。あんまりじゃないですか!」
うん、真面目に聞いて損をした。
だが、オルにとっては譲れない事なのだろう。
鼻水を垂らして必死な顔をして縋ってくる。
「そうなの。あなた達だけ二つなの」
「そうなんですよ。敵将の首には限りがある。だから我慢をしろと。だからその我慢をいつもいつもなぜ我らがしなくてはならないのですか!」
「わかった。わかったわ。よし、特別にあなた達には切り取り次第の免状を渡すわ。無制限よ。好きなだけ首を取っていい」
「本当ですか! ティレア様のご恩終生忘れませぬ。では早速――」
「あ~オル待ちなさい。勝手に出陣するのは禁止よ。絶対に外には出ないこと、わかった?」
「で、ですが……」
「そう、聞き分けがないのなら、免状は無しにする」
「い、いえ、めっそうもございません。承知しました。では、出陣の下知が出るまで待機してます」
オルは満面の笑顔で立ち去っていった。
はぁ~もうどうしようか?
変態といいオルといい、ここにいる奴らは平気でバッチョ特戦隊に突っ込んでいく大バカ野郎達だ。
こいつらは最悪どこかに隔離させておくべきかもしれない。




