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第四十一話 「ミレスとオルティッシオとの再会(後編)」

 周囲を探してみたが、ギルさんはいない。


どこかにはいるのだろう。だけど、探しにいけばオルティッシオ達とはぐれてしまう。


 しかたがない。


 ギルさんと合流してから事情を聞く。



 それから……。


 オルティッシオとその仲間達がエリザベス家の宝物庫に入って数十分が経過した。


 大丈夫かな?


 中はトラップだらけに違いない。


 現に魔法陣の発動を感知した。矢の発射音を幾度も聞いている。常人であれば、中に入ったとたんに蜂の巣にされるだろう。


 オルティッシオさん……。


 一流の戦闘力を持っているけど、頭脳が心配だ。


 油断していないといいけど……。


 心配になったので、少し宝物庫に近づいてみる。


 もちろん、中には入らない。


 私が中に入っても、罠にひっかかってオルティッシオの足をひっぱるのがオチだ。


 宝物庫入り口三メール手前まで近づく。


 ん!?


 オルティッシオの喜声が聞こえてきた。


「ふっはっはっはは、大漁ではないか! これなら二、三ヶ月分のノルマも達成できるぞ」

「隊長、見てください。奥にも大量の金貨が積んであります」

「おぉ、そうか! うむ、うむ、どんどん積み込め。一ゴールドたりとも残すな」

「「御意!」」


 うん、(トラップ)なんて気にも留めてない。


 オルティッシオ達は余裕綽々だ。


 会話の最中も(トラップ)が発動して、大量の矢や自動式の魔法弾が飛び交っている。


 オルティッシオ達は微塵も動じずに財宝を大八車に積んでいく。


 さらに運ぶのに(トラップ)が邪魔な場合は、魔法弾で(トラップ)ごと壊していた。


 ドドンと破裂音まで混じってきている。


 ふぅ~まぁ、いいや……。


 オルティッシオ達が無事なのはわかった。




 それからしばらくして、オルティッシオ達が戻ってきた。


「人形、目的は達した。帰還するぞ」

「お疲れ様でした。それにしてもすごい量ですね」


 大八車いっぱいに積まれた財宝の数々……。


 宝石や金銀細工だけでも数億ゴールドは有に超えている。


 さらに金塊や美術品などの歴史的価値も加えたら……正確な額は検討もつかない。


 一体どこまで民から搾取すれば、ここまで溜め込めるのか?


 エリザベスの非道さがここでも(あらわ)になった。


「子虫の分際で王都中の財貨を集めてたようだ。ティレア様の財を不当に占拠しおって、実にけしからん!」

「はは……」


 実際に盗みを働いている人の台詞じゃないよね。


 まぁ、エリザベスが不当に財貨を集めてたのは確かだ。


 それには同意する。


 ただね……こんな押し込み強盗のような真似。


 盗みに潜入する事は覚悟してた。


 ただ、ここまで大げさになるとは思いもしなかった。


 あちこちで戦闘が発生し、建物は轟々と燃えている。エリザベス家の家人限定だけど、死人も発生している。


 ちょっとした戦争だ。


 こちらに被害がなかったから良かったものの、本当にティレアさんはこんな命令をだしたのかな? 


 普段のティレアさんの性格を知っている。やっぱりこんなの全然ティレアさんらしくないよ。


 事情を聞きたい。


 オルティッシオの主観に満ちた回答ではなく、正確な情報をだ。


 ギルさんが必要だ。


 ギルさんじゃないと客観的事実に基づいた回答をしてくれない。


 ギルさん、本当どこにいるんだろう? 


 オルティッシオに聞いてみるか。


 部下達と大八車を引きながら、ほくほく顔のオルティッシオに近づく。


「あのオルティッシオさん」

「なんだ?」

「ギルさんが見当たらないんですけど、どこにいるんですか?」

「ギルなら別働隊を指揮している」


 そっか、兵を二手に分けたんですね。


 だとしたらギルさんと合流できるかわからない。


 隊の状況次第で、別口で撤退している可能性もある。


 ……しかたがない。


 かなり不安だけど、オルティッシオに事情を聞くとしよう。


「オルティッシオさん、聞きたいことがあります」

「どうした?」

「本当にティレア様が、今回の騒動をご命令したんですか?」

「そうだ」

「本当ですか? 以前聞きましたけど、ティレア様が今は【内政もーど】でおとなしくしておくようにご命令してたんですよね? 急にお心が変わったんですか?」

「そうだ。何度も言わせるな」


 自信たっぷりの肯定だ。


 オルティッシオは確信している。


 なんか腑に落ちない。


 そもそもティレアさんはここのシェフとの料理対決に燃えていた。


 それなのになぜ帰還したの?


「あの、私がいない間にティレア様に何があったんですか?」

「深くは知らん。又聞きだからな」

「えっ!? ティレア様から直接ご命令されたわけじゃないんですか!」

「そうだ。なにか問題でもあるか?」


 オルティッシオは不思議そうな顔をする。


 いや、問題ありまくりでしょ。


 本当にその命令が正しいかわかんないじゃないですか!


 嫌な予感が当たった。


 どうもティレアさんらしくないと思ってたんだ。


 これは絶対にオルティッシオの暴走だ。命令をどこかで誤認しちゃってるよ。


「オルティッシオさん、それは誰からの又聞きなんですか?」

「うむ、たしかエディムの部下のダルなんとかだったか」


 ダル……はっ!?


「もしかしてダルフ・ガデリオさんですか!」

「そんな名だったか」


 以前ティレアさんのお店に立ち寄った時、エディムがダルフさんらしき人と話をしているのを見かけたことがある。


 ただ、ダルフさんとエディムに接点はないはず。


 だから、人違い、他人の空似かなぁと思ってた。


 オルティッシオの物言いだと本当らしい。


 えぇえ!? あの英雄ガデリオが東方王国に寝返ったの!?


 ダルフ・ガデリオ……。


 盗賊討伐や隣国との戦争で何度も勲章をもらった英雄である。指揮能力も高く、レミリア様がいなければ、治安部隊隊長の座はダルフさんと言われていた。


 王の信頼も厚いそんな知勇兼備の将が王家を裏切ったのだ。とんでもないスキャンダルだよ。一歩間違えば軍が瓦解する。


 ダルフ・ガデリオの裏切り。


 王家に報告するのが、魔法学生として当然の義務だ。


 ただ、ヴィンセント家は王家に不遇に扱われている。王家にそこまでの恩はない。男爵昇進もティムちゃんのおかげだし。


 何よりそんな家や身分のしがらみなんかより、ティレアさんやティムちゃんのほうが大切だ。


 うん、この件は黙っていよう。


 一国の浮沈にかかわる出来事なのに、オルティッシオ達は気軽に話してくれた。


 本当にティムちゃん達ってすごい集団なんだと実感する。


 はぁ~もう色々あってなんて言っていいやら……。


 英雄ガデリオが東方王国に仕えた事も驚きだが、そんな英雄を部下にしているエディムにも驚きだ。


 エディムは部隊を指揮できるの?


 英雄ガデリオが指揮をするのなら納得できるけど。


 エディムの東方王国での立ち位置がわからない。


 また一つ疑問が沸いた。


「もしかしてエディムはけっこう上の地位にいるんですか?」

「あぁ、そこそこの地位にいる。まったく実力と地位が釣合っておらんがな。奴のために、何度尻拭いをしてやったことか」


 オルティッシオが言うとかなり嘘くさい。


 まぁ、今回ばかりはオルティッシオが正しいだろう。


 エディムが仕事に不慣れなのは当然考えられる。何せまだ学生の身だ。実践との違いに戸惑っているのだろう。それに部隊の指揮なんて新人の仕事じゃないよ。


 ミスして当り前だ。


 普通、魔法学園を卒業してもいきなり上になれるわけではない。それは王宮やギルドに就職する時でも一緒だ。


 幹部候補生でも、まずは下積みを経験させられる。


「よくわからないんですが、入ったばかりの新人がそんな上の地位に就けるものなんですか?」

「エディムは、ティレア様、カミーラ様のご寵愛を受けている。その恩恵によるものだ。決して実力ではないぞ」


 そうなんだ。コネ人事もいいとこだね。


 まぁ、ティレアさん達は、東方王国から落ち延びてきた集団だ。法を順守した国家を形成できていないのかも。王家の裁断が他の王家よりも強く働くのだろう。


 ぶっちゃけティムちゃんが強権を発動したら、だれも反対できそうにない。新人のエディムをどんな地位につけても周囲の不満を抑えるだろうね。


 ティレアさんもティレアさんで深く考えないで、上の地位に推薦しそうだ。


 エディム、なんだかんだで二人に愛されているんだね。


 ちょっと嫉妬しちゃう。


 ただ、エディムにとって、それがいいことには繋がらない。自分の実力以上の地位についても辛いだけだ。出世するなら一歩一歩成長しながら進んでいくのが正しい道だと思う。


「だいたいわかりました。私が言うべき事ではありませんが、そのような人事はやめたほうがいいと思います」

「ふむ、人形もそう思うか。まさしくその通りだ。エディムの奴、半人前のくせに、口だけは達者でな。私の足をひっぱるぐらいしかせん」

「ま、まぁ、一流のオルティッシオさんと比べたらエディムは半人前かもしれません。ですが、エディムは一応魔法学園でも期待された人材です。長い眼で見てやってください」

「人形、お前はわかっておるな。そう、私は一流だ。人形は、このように道理をわかっているから可愛げがある。だがな、エディムの奴は小生意気にもほどがある。長い眼でみてられるか!」


 あぁ、エディムの悪いところが出てるよ。


 エディムは口が悪いところがある。オルティッシオは腕はあるけど、こんな性格だ。


 衝突は眼に見えてる。


「ま、まぁ、口ではそう言ってますが、エディムはオルティッシオさんを尊敬していると思いますよ」

「どうだかな。この前、ある小虫を退治に行ったが、エディムが脆弱なせいで一度失敗した。その失態をエディムはいけしゃあしゃあと私のせいにしたのだぞ? 脆弱な半端者のせいだというのに。ありえんよな?」


 小虫?


 エリザベスの刺客の事かな?


 詳しく聞くと、オルティッシオとエディムは、ある悪徳貴族の館に攻撃をしかけたみたいだ。


 その当主は、どうもティレアさんを狙ってたらしいね。


 エディムがそこで仕事を失敗したらしい。突撃役のエディムが、さんざんに負けてきたとか。


 オルティッシオの話だ。話半分に聞かなきゃいけない。


 うん、二人には色々あったみたいだね。




 それから、オルティッシオの愚痴を聞きながら移動していると、出口付近でギルさんが率いる部隊と合流した。


 やった!


 これで真相が掴める。


 オルティッシオの傍を離れ、ギルさんのもとへ向かう。


 そして、事の顛末を説明してもらった。


 まず、ティレアさんは料理対決を開始。


 次から次へと料理の素材を持ってくるように部下へ伝えたそうだ。その命令でエディムの部隊、ダルフさん達も大勢合流したんだと。


 ここでエリザベスが登場する。


 ティレアさんを拷問にかけるとさんざんに脅したそうだ。さらにはお店にいるティムちゃんにまで刺客を放ったと恫喝したとか。


「そうだったんですか。ティレア様は、さぞかしお怒りになったでしょう」

「あぁ、ダルフの話だと一触即発だったらしい」

「それで、こんな戦争状態に?」

「あぁ、恐れ多くもエリザベスはティレア様を捕縛しようと攻勢にでた。ティレア様はダルフ達に迎撃をご命令され、ご自身はエディムを連れてカミーラ様のもとへ向かわれたのだ」

「そうですか。心配していたので、ティレア様がお逃げになられてよかったです」

「人形、馬鹿な事を抜かすな! ティレア様が逃げるわけなかろう。ティレア様は、カミーラ様が華麗に敵を粉砕するお姿をご覧になりに行かれたのだ」


 オルティッシオがギルさんとの会話に横から口を挟んできた。


 いや、ティレアさんは普通にティムちゃんが心配になったからだよ。


 なぜ、この人はそう斜め上の着眼点を持つかな。


 それにしてもエリザベスの奴、本当に卑劣な事をポンポン考える。


 何度刺客を送れば気が済むのだ!


 ティムちゃん、大丈夫かな?


 いつも華麗に敵を倒しているティムちゃんだ。


 今回も大丈夫と思うけど……。


「カミーラ様、心配ですね」

「人形、いい加減に見当違いな発言はやめろ! カミーラ様が、そのような刺客如きにやられるわけなかろうが」

「それはそうですけど……まぁ、店内にはニールゼンさんもいます。大丈夫ですよね」

「まったくもってその通りだ。ニールゼン隊長まで護衛しておられるのだ。刺客はもはやこの世に塵一つ残しておらんだろうな」


 オルティッシオは大げさすぎるが……まぁ、そうだね。


 完璧執事のニールゼンさんがいるんだ。そうそうティムちゃんもやられないと思う。


「だいたい事情はわかりました。で、なぜギルさん達は突入してこんなに大暴れしているんですか?」


 さらに説明を促すと、ギルさんが説明の続きを始めた。


 私の救難信号を受信したオルティッシオ達は邸宅に突入。


 ここまでは計画どおりだ。


 この辺の記憶がないが、多分戦闘中に私が魔力を急激に上昇させたのだろう。


 で、突入した先ではダルフさん達がすでにエリザベス達と戦ってたらしい。


 ダルフから事情を聞いたオルティッシオは計画を急遽反転。


 すぐさま潜入作戦から正面突破の武力行使に切り替えたんだって。


「オルティッシオさん、それって命令の拡大解釈ですよね? 実際に迎撃のご命令を受けたのはダルフさん達ですよ。オルティッシオさん達が暴れていい理由にはなりません」

「人形、何をいうか! 我が軍が攻撃されているのだぞ。悠長に指を加えて黙ってられるか! このままエディムの部隊がやられてみろ。我が軍が弱兵だと敵に舐められるではないか!」


 オルティッシオの反論に二の句が継げない。


 さすがにバカとはいえ、現場を知っているプロの軍人である。


 その言葉には重みがあった。


 ただ、だからと言ってここまで大暴れしてもいいかと聞かれればクエスチョンだ。


 ティレアさんもそれは望んでいないはず。


「オルティッシオさんの言葉にも一理あります。ですが、ティレア様のご命令は違うのでは?」

「人形、よく聞け。こういう場合について、すでにティレア様からご命令を受けている。『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に』だ。この意味わかるな?」


 いえ、わかりません。


 それってただの行き当たりばったりな言葉に聞こえます。さらに言えば、オルティッシオみたいな人には絶対に言っちゃいけない言葉だ。


 ティレアさん……言葉はかっこいいです。


 多分また【ねっと】用語でしょ。あまり多用しないように言っておこう。


「ミレス、納得していないようだな」

「は、はい」


 オルティッシオの言葉に納得していないことをギルさんに見抜かれてしまった。


 ギルさんがオルティッシオの説明に補足を始める。


「ミレス、友軍が攻撃を受けているのだぞ。我が軍が黙って見ていれば、それはそれで不忠な行為だ。現場ではリアルタイムな判断が要求される。命令を待っているだけでは、取り返しのつかない事だって起きうるかもしれん。例え攻撃禁止の命令を受けてたとしても、そこは判断しなければならんのだ。それを隊長はおっしゃっている」


 ギルさんの説明を聞き、目から鱗が落ちた。


 まだまだ学生気分が抜けてなかったと実感する。


 ギルさんの言う通りだ。


 仲間がピンチに陥っているのだ。手をこまねいていいわけがない。


 ティレアさんだって、オルティッシオ達が来ていることを知ったら、一緒に戦うように命令したに決まっている。


「すみません、私が間違ってました」

「無学な人形には、いい勉強になったろ」


 オルティッシオが勝ち誇った顔で言う。


 オルティッシオに言われると、なんか納得いかないけど……。


 たしかにダルフさん達が攻撃されていたんだ。エリザベスの精鋭部隊に押されて死人が出たかもしれない。


 オルティッシオ達が、参戦するのも当然だね。


「それでダルフさん達は?」

「敵を殲滅したので、解散した」

「えぇ! エリザベスの精鋭部隊を壊滅させたんですか!」

「あぁ」


 なんでもないようにギルさんは答えたけど、これはすごい事だよ。


 王家の正規軍ですら、エリザベスの精鋭には手を出せなかったのに……。


 本当かな?


 でも、確かに今は戦闘音が発生していない。


 敵の姿も見えない。本当に壊滅したのだろう。


 やっぱりギルさん、ダルフさんはすごい。


 そうだよね、英雄ガデリオと東方王国の重鎮ギルさんが組んだのだ。


 この二人が組めば、やれない事はないよね。


 ん!? エリザベスの精鋭を倒した。


 それはいい。


 じゃあ肝心のエリザベスはどうなったのだろう?


「あのエリザベスは?」

「あぁ、あの不遜な小虫か。あ~どうしたか。おい、あの小虫はどこにやったか? そこら辺に転がしていたよな」


 今度はオルティッシオがなんでもないように爆弾発言をしてきた。


 エリザベスを転がす?

 一体何が?


 そして、オルティッシオの部下の一人が気を利かしたようだ。広間に置いてあるテーブルの陰に倒れていたエリザベスをこちらに運んできたのだ。


「はっはっははは、どうだ人形。突入の際に、この不遜な小虫をこらしめてやったぞ」


 オルティッシオが得意げに語る。


 エリザベスは、手足をだらんとさせて芋虫のように這っていた。


 両手両足ともにオルティッシオにへし折られたのだろう。その手足はあらぬ方向に曲げられていた。


 エリザベスは、苦悶の声をあげている。


 はぁ、はぁと荒い呼吸をして、時折咳き込んでもいた。


 怪我のせいでうまく魔力が練れないのだろう。移動するのもやっとだ。胴体ごとずるずる這い、そしておもむろに顔を上げた。


 エリザベスと眼が合う。


 エリザベス!?


 瞬間――拷問部屋での記憶がフラッシュバックした。


 エリザベスに見せられたあまりに惨い少女の死体。

 人豚と称した非道極まる仕打ち。


 脳内の記憶が蘇った。


 途切れ途切れになっていた記憶が一つになる。


 あの子の無念な表情……。


 どれだけ恐ろしかったか?

 どれだけ悔しかったか?


 頭が沸騰した。


 今までの人生でこれほど怒りを覚えた事はなかったかもしれない。


 それぐらい感情が制御できなくなった。


 今の私は魔力欠乏症だ。


 魔法の一切が仕えない。


 だからどうした!


 魔力がなかろうと関係ない。魔力がないなら、物理で攻撃する。


 エリザベスは四肢を折られてまともに動けない。


 だからどうした!


 相手が怪我をして無防備でも関係ない。紳士でない攻撃も、相手が悪魔なら許される。


「うぁああああ!」


 大声を上げて、エリザベスに向かって走る。


 そして、倒れているエリザベスの胸倉を掴み、拳を振りかぶってせいっぱい殴りつけた。


「がはっ!」


 エリザベスの右頬に当たり、再びエリザベスは地面に倒れた。


「死ね、死ね、許さない。みんなの恨みよ!」


 動けないところを馬乗りになり、何度も殴りつけた。


 右手で殴り拳が痛くなったら、今度は左手で殴る。


 交互に殴り続けた。


 エリザベスは身をよじって避けようとするが、逃がさない。


 逃がすわけがない。呼吸をするのも忘れて殴り続けた。


「はぁ、はぁ、あ、あなた、わたくしにこんな真似を!」

「黙れぇ! 死ねぇ!」


 十数発殴ったところで、オルティッシオに手を掴まれ止められた。


「はぁ、はぁ、は、離して! 離してよ! こいつは、こいつだけは許さない。生かしておけない」

「だめだ」

「どうしてですか!」


 邪魔をしたオルティッシオを睨む。


 こんな外道を庇うオルティッシオにすら憎しみがわく。


「お前の手が汚れる」


 なっ!?


 思いがけない言葉をもらって硬直した。


 もしかして人殺しをするなって言いたいの?


 馬鹿と思っていたオルティッシオの意外な一面を見た。


 そっか。オルティッシオは私の事を考えてくれたんだ。


 こんな外道のために堕ちるなと。


 オルティッシオの思いには応えたい。


 だけど……。


 だけど……。


 こいつは人としての一線を軽々と越えた悪鬼羅刹の外道だ。


 こいつだけは許さない。許しては絶対にだめなのだ。


「オルティッシオさん、ごめんなさい。これだけは譲れません。汚れてもいい。私はとっくに覚悟を決めている」

「だから、人形としての矜持を持てと何度言わせる気だ! お前は、カミーラ様の人形だぞ。常に清潔であれ。それを素手で殴るなど言語道断だ。見ろ。血で汚れたではないか!」


 けしからん、けしからんと言って、また懐から布きれを取り出した。そして、その布きれで私の手を拭き始めたのだ。


 ……本当に、本当に、ぶれない人ですね。


 オルティッシオを見てたらクールダウンした。


「……わかりました。では、オルティッシオさんあなたがこいつを殺してください。お願いします」

「だめだ」

「なぜですか? まさか法を犯すのが……いや、今更あなたが倫理観や法なんて気にしませんよね。何が不満なんです?」

「何度も言わせるな。エリザベスはカミーラ様の獲物だ。家臣が勝手に主君の獲物を取るわけにはいかぬ」

「いや、おかしいですって。もう色々わかったでしょ。エリザベスがどんなに非道で悪なのか。資金強奪だけなんて生ぬるい。こいつは必ず殺しておかないと後の禍根となります。ティレア様やカミーラ様を危険にさらしてもいいんですか?」

「人形、いい加減にわかれ。エリザベスなど小虫だ。ティレア様、カミーラ様の敵ではない。ただの玩具だ。もう何度言ったかわからんぞ。本当にお前ほど理解力のない奴はめずらしい」


 バカのオルティッシオに言われたくない。


 はぁ~ここまで頑固なオルティッシオをどう説得しよう。


 私が頭を悩ませていると、


「ふっふっ、ふっあはははははは! 許さねぇえ! 絶対に許さねぇからなぁああ! クソ共ぉおおお!!」


 地べたを這っていたエリザベスが凄まじい形相で雄叫びを上げたのだ。


「オルティッシオオオオ、よくもこのワタクシにこんな真似をしてくれたなぁ! 裏切者の貴様は一本一本丁寧に歯と爪を引き裂いて引き抜いて殺ぉおおす! ミレェエエエスゥウウウ! 貴様は全身の皮という皮を裂いて生きたままオークのエサにしてやる! そして、銀髪金髪小娘姉妹は、全身の穴という穴にありとあらゆる獣の■☆ぎぇを注ぎ、狂い殺してやる! ひゃあはははぁあははははは!」


 エリザベスは、腫れあがった顔に狂気の相を浮かべて高笑いをする。


 やはり殺す!


 こいつを生かしてたらティレアさんやティムちゃん、私の大切な人達に危険が及ぶのは目に見えている。


「黙らんかぁあ!」

「がばああああ」

「この不遜者がぁあ! 恥を知れ! 身の程を知れ!」

「がばっ! げぎぇっ!」


 オルティッシオがエリザベスの折れた腕をさらに折る、捻る、回す。


 エリザベスの右腕は曲がりくねった歪な形になった。


「なるほどな。人形、貴様の言い分もわかるぞ。ティレア様、カミーラ様に対しなんたる不遜、なんたる傲慢だ。こやつ七回殺しても飽き足らぬわ」

「なら、殺しましょう」

「うむ、気持ちは人形、貴様と同じだ。ぶん殴りたくなるが、手加減できない。私の力ではこいつを殺してしまう」

「だから殺しましょうって」

「だ、だがな。殺すのはまずいのだ」

「オルティッシオさん! 大切な人達をここまで侮辱されたんですよ。このままにはしておけません」

「むむ、一理あるな。よし、我が主君に対する不埒な暴言には大罰を以て処す。ミレス手を前に出せ」


 オルティッシオに言われるがまま、右手を前に出す。


 すると、オルティッシオは、私の手に手甲をはめてきたのだ。


「これなら血で汚れることもあるまい。きっちりと小虫を断罪しろ。遠慮するな。脆弱なお前なら本気で殴っても死にはしないだろう」

「この手甲……すごい」

「すごくはない。ただのオリハルコン製だ。デラックスで偉大で厳かな金属を知った今となっては、骨董品だな」


 オリハルコンなら国宝級と言っても過言ではない。


 それをノーマルな支給品みたいに言う。こういうところがオルティッシオがオルティッシオたるゆえんだ。


 まぁ、いい。レア武器を貸してもらったのだ。


 これでエリザベスを殺す。


 右手をだらんとさせて、地面に這いつくばっているエリザベスに馬乗りになる。


 先ほどの続きだ。


「死ね!」


 手甲をはめた右手で思いっきりエリザベスの脇腹を殴った。


「がぁははあ! な、な、なにが、うがぁああ!」


 今までにないエリザベスの絶叫が辺りに響く。


 手に残る鈍い感触……。


 手ごたえからいって、アバラを何本か確実に破壊したのだろう。


 魔力で底上げしていない私の非力な腕力ですごい威力だ。


 それに手は全然痛くない。すごく軽い上に衝撃を全て吸収してくれた。


 さすがレア武器だ。


 これならいくらでも殴り続けられる。


「はぁ、はぁ、な、く、こ、殺す。し、死ね」

「違う。死ぬのはあなた。地獄で後悔することね」

「はぁ、はぁ、てめぇら、絶対に許さない。エリザベスの名にかけて誓う。はぁ、はぁ、何百倍にして返す。お前も、そこの男も、その家族も……はぁ、はぁ、銀髪金髪の小娘にかかわった者は全員生き地獄を味合わせてやる」


 これだけの大怪我にもかかわらず、いささかも闘志が衰えない。


 エリザベスは、呪いの篭った表情で睨みつけてくる。


「まだそんな不遜な事を抜かすか! 人形、遠慮するな。親指だ。親指を眼に突っ込みながら殴れ!」


 オルティッシオもエリザベスの発言に憤慨したようだ。


 えげつない方法を教えてくれる。


 さすがプロの軍人だ。


 ただ、手甲をはめた状態でそれは難しい。親指は、装備で固定されている。


 ちゃんと状況を考えて欲しい。


 それなのにオルティッシオは「親指だ! つっこめ!」の一点ばり。


 正直やりにくい。


 でも、ここで終わらせる。


 この手甲があれば、なんなくエリザベスを殴り殺せるだろう。


 死ね!


 エリザベスを処刑するため、右手を大きく振りかぶる。


「オルティッシオ隊長、申し上げます。そろそろ撤退をしなければなりません」


 黙って見守っていたギルさんが横から口を挟んできた。


「なぜだ? 撤退は、この小虫に罰を与えてからでよいではないか」

「隊長、これだけの騒動です。そろそろ治安部隊が動き始めてもおかしくはありません」


 そうだった。ギルさんの言うとおりだ。


 あまり長居をしていたら治安部隊が出動してくる。


 鉢合わせしたら言い訳できない。これだけの騒動を起こしたのだ。


 罪に問われれば、A級の大犯罪者として処断されるだろう。


 撤退するしかない。


 エリザベスは半死半生の目に合わせた。


 希望的観測だけど、しばらくは大人しくしていることを期待しよう。


 それにオルティッシオ部隊の精強さも認識した。


 しばらくティレアさんやティムちゃんの護衛としてはりついてもらえれば心強い。


 私達はギルさんの進言を受け入れ、すぐにエリザベス邸をあとにした。





 はぁ~疲れた。


 一応、計画は成功したのかな。


 大八車いっぱいに積みこんだ財宝の強奪に成功した。


 これで、当分エリザベスは資金難に喘ぐだろう。刺客もおいそれと雇えない。


 惜しむらくは、エリザベスをあのまま放置したことだ。


 エリザベスを殺すチャンスをふいにした。


 それがのちのち災いにならなければいいけど……。


 こんな心配をしているのにオルティッシオ達はのんきな様子だ。


 特に、オルティッシオが酷い。


 鼻歌交じりにナナエブランドの雑誌を読んでいる。


 あれやこれやとブランド家具の購入を検討しているようだ。


「人形、お前にも服を買ってやらねばな」


 えっ!? 唐突に言われた言葉。


 ナナエブランドの服……。


 カタログを見せてもらったけど、欲しかったのがある。


 冬物の素敵なコートを――って、違う、違う!


「オルティッシオさん、何度でも注意しますよ。本来の主旨と違うことに資金を使わないでくださいね」

「何をいうか! 趣旨は合ってるぞ。貴様はカミーラ様の人形だ。それに相応しく装飾せねばならん」

「これはエリザベスが不当に溜め込んだ資金です。それをそんな理由で使ってはいけません」

「人形、貴様の使命は身なりを綺麗にして、着飾ることだ。それ以外は考えるな」


 ある意味、世の女性が羨むような台詞ではある。


 だけど、おかしい、おかしいんだからね。


 もう疲れた。


 反論する気も起きない。


 どうせこれらの財宝は、ニールゼンさんかギルさんに没収されるんだ。オルティッシオの暴走はほっとこう。


 それから帰路を急いでいると、


「む、しばしお待ちを!」


 ギルさんが何かを発見したようだ。


 行軍を止めて警戒する。


「ギル、どうした?」

「およそ数千からなる部隊がこちらに近づいてます」


 部隊が近づいている!?


「もしかして治安部隊ですか?」

「いや、治安部隊ではない。旗が違う。装備品にアルクダス王家の紋章も入っていない。王家の軍隊でもないな」


 すごい。ギルさんって、ここからそんな細部な情報が見えるの?


 ギルさんが示す方向には、確かに良く見ると、砂煙が舞っていた。


 何かしらの集団が近づいているのはわかる。


 でも、ギルさんが注意しなかったらわからないぐらいに微細な変化だ。それぐらい離れた距離なのに、旗や装備品まで見えるんだ。


 すごい眼の良さだ。そして、オルティッシオ達が油断している中、一人警戒するだけの思慮深さもある。どれだけ優秀なんだろう。


「それにしてもそんな大部隊、どこの所属ですかね」

「旗のシンボルは……集合体だな。色々な部族の形を集めたと言えばいいか」


 えっ!? 今なんて!


 背筋に冷や汗が流れた。


 嫌な予感がする。


 当たって欲しくない最悪のシナリオだ。


「あ、あの、もしかして、は、旗の中央に逆十字のシンボルはないですか?」

「ミレスの言う通りあるぞ。ん!? そうか。あの旗は殲滅数を表しているのだな。部族のシンボルを十字に上手い具合に切っている」


 そう、旗の意味合いは、虐殺だ。


 これまで滅ぼしてきた部族の集団を旗に組み込んでいるのだ。数百からなる部族を滅ぼし、その蛮行を自慢するように旗にしている集団なんて一つしかない。


 間違いない。


「バッチョ特戦隊!」


 思わず叫んでしまった。


 あ、あ、なんてこと!


 アビスモ戦線からもう戻ってきたっていうの?


 あまりにも早すぎる。あの火薬庫と言われた戦場から撤退するだけでも多くの年月がかかると言われているのに……。


 エリザベスの最終兵器。シセンシの戦いでは、わずか五千の兵力で十万以上の兵士を虐殺し、鬼兵士集団と恐れられた。


 滅ぼした部族は数知れず。


 外征でも活躍し、アルクダス王家の版図拡大に大きく貢献した。ゆえにその蛮行があってさえ王都の守護神と讃えられたのだ。


 さ、最悪だ。


 そんなバッチョが今のエリザベスのもとに向かっているのだ。


「は、はやく、行きましょう!」

「人形、何を慌てておる!」

「いいから早く。ここにいたら奴らと鉢合わせになります」

「ふん、そのバッチョとやらか。そんな小虫部隊など蹴散らしてしまえばよい」

「いいですか! 簡単に説明しますよ。今まで戦ってきたエリザベス家の精鋭部隊ですが、バッチョ特戦隊と比べれば話になりません。例えるなら蟻と巨人です。あの無法集団(アウトレインジ)すらバッチョ特戦隊の前では目を合わせず、借りてきた猫のように大人しくしてたんです。あの部隊こそ本物。エリザベスの最終兵器です」

「そうか。どうりで邸内の奴らは、弱っちいと思っていた。少しは楽しめるか?」

「だから、そんな事言っている場合じゃないんです! あぁ、早く逃げないと。最悪財宝を置いて逃げることも視野に入れましょう」

「バカをいうなぁ! なんで戦利品を置いていかねばならん!」


 オルティッシオが引いていた大八車の取っ手をドンと叩いて叫ぶ。


 その衝撃で積み上げられていた財宝が地面にばらばらとこぼれてしまった。


「あぁ、人形、お前がごちゃごちゃ言うからこぼれたぞ。お前達、拾え、一ゴールドも見逃すな」

「「はっ!」」


 それどころじゃない。それどころじゃないのに……。


 オルティッシオ達は、こぼれた財宝を積みなおしている。今は財宝を置いてすぐにでもこの場を撤退しないといけないのだ。


 東方王国出身のオルティッシオ達にはわからないのだろう。バッチョの伝説は伊達じゃない。


 それからあらかた財宝を積み終わったオルティッシオ達だが、なぜか移動しない。


 一ゴールド硬貨といった小銭まで拾い集めているのだ。


「オルティッシオさん、どうしたんですか? 小銭には無頓着でしたよね!」


 オルティッシオの部屋で無造作に置かれた巾着。


 巾着から白金がぽろぽろと地面に落ちた記憶が新しい。


「ふっ、人形やはり無学だな。いいだろう、ティレア様のありがたいお言葉を教えてやる。【一ゴールドに笑うものは一ゴールドに泣く】意味はわかるな?」


 わかりません。


 いえ、意味はわかりますよ。

 たとえわずかな金でも軽んじてはいけないという戒めでしょ。


 なかなか含蓄あるお言葉ですね。かなりまともな言葉も知ってて、ティレアさんを見直しました。普段であれば、すごく共感して同意します。


 ただ、それを今実践するのがわからないんです。


 今は本当それどころじゃないんです!

 その一ゴールドのために死が近づいているんですよ!


 あぁ、なんでわかってくれないの?


 私がどんなにバッチョ特戦隊の怖さを伝えても、こんな道路のど真ん中で行軍をストップして小銭拾いを続けている。


「あぁ、早くして! 間に合わなくなっても知らないわよ!」


 大声で叫ぶが、オルティッシオ達は小銭拾いをやめない。


 部下総出だ。今度は下水の取っ手口も空けて、本格的に散らばった小銭を拾い集め始めたのだ。


 ……もうだめかもしれない。


 馬軍の砂煙は、私の肉眼でもはっきり見えるぐらいに近づいていた。

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