第三十九話 「ミレスとオルティッシオとの再会(前編)」
スヤスヤと眠る少女を連れて階段を駆け上がる。
杖を右手に持ち、周囲を探査しながら進んでいく。
優先すべきは、エリザベスの抹殺だ。
よからぬ事を企んでいたら計画ごと潰す。既に計画進行中なら速やかに対応をする。
あとは、この少女の保護とティ――すんなりとはいかないようね。
脳を高速回転させていると探査に反応があった。
階段を駆け上がった先に、人感反応が三つ。
こいつらは単なる見張りね。
エビーンズが誰かを拷問する際、不測の事態に備え階段先の部屋で待機させてたのだろう。
探査によれば、三人とも心音に乱れなし。
ろくに警戒していない。
平常通りだ。
不測の事態が発生しているのに、この低落ぶりだ。
油断というか、だらけきっている。
こいつらは、雑魚そのものだ。
部屋に駆け上がったと同時に速攻で倒す。
問題は外。
その三人がいる部屋に急速に近づく集団がいる。
反応は三十。
足並みは揃っていて隙がない。鍛えられた集団だ。エリザベス家のエリート護衛部隊だろう。
周囲を警戒しつつ、迅速に移動して来ている。
不測の事態が起きたと見ての行動だ。
全員、臨戦態勢である。
なぜばれた?
エビーンズを倒してまだ間もない。周囲に漏れるはずが……いや、そうか。
魔力封じの結界を二度も解除してしまった。
一度であれば、エビーンズの余興と思っただろう。
事実、捕虜とそうやって遊んだとエビーンズ自身が語っていた。
だが、二度も解除されれば事情は違ってくる。
それが敵の仕業だと予想されても不思議ではない。
あるいは、二度の解除は警告とエビーンズと本部との間で決まりを作っていたのかも。
とにかく不審に思って調査にきた集団だ。腕もそれなりの者を集めてきただろう。
油断はできない。
とりあえず部屋で監視している三人を倒すか。
出口ドア右付近に二人。
反対側奥に一人。
魔力はそれぞれ千百、三千、千三百。
作戦を立てるまでもない。奇襲で一気に決める。
少女を抱えたまま、一気に駆け上がった。
部屋に到達し、探査どおり三人の護衛を確認する。
すかさず闇魔法を発動!
指から放たれた影矢が三人の額に命中する。
男達は何が起こったかもわからず、口から泡をふいて倒れた。
影矢で強制的に意識を遮断させたのだ。しばらくは起きない。
三人を倒した後、少女を部屋の角に横たわらせる。
さて次は……。
七秒ほどで部屋に到達する集団を対処しよう。
雑魚ではないが、問題ない。これも時間をかけずに倒す。
闇魔法で闇のオーラをまとう。身体の隅々まで闇の衣が行き渡った。
これで、平均ナナミリオクロンの障壁を超えなければ、ダメージは与えられない。さらに闇の精神により反応速度、俊敏性は常人をはるかに超える。
攻防一体の攻撃ができるだろう。
足音が、じょじょに近づきドアの前で止まった。
来る!
「「hut (突入)!」」
掛け声が聞こえ、ドアが開かれた。
それと同時に集団に突っ込む。
杖を振りぬき、一番手前の男を昏倒させた。
「なっ!? 早い!」
右前方にいた男が驚愕の口を開く。
続けざまに第二撃を放ち、その男の意識を狩る。さらに三人目の男が詠唱しようとしたので、背後に移動し頚動脈を絞めた。
そうして、四人、五人、六人と踊るように次々と男達をしとめていく。
二十五、二十六、二十七人目……。
背後を振り返らずに回し蹴りを放ち、バックステップする。
二十八……。
「これで最後!」
裏拳を男の顔面に放とうとするが、空振りした。
拳の軌道上に男が乱入し、蹴りを放って妨害してきたのだ。
こいつ……。
私の攻撃に動じてない。なかなか戦いなれている。
その男の妨害のせいで、二人ほど取りこぼしてしまった。
一人別格がいた。
少し情報を探るか。
調査!
対象を前面の男に設定する。
情報収集……。
名前は、セバスチャ・アランドロ。
エリザベス家家宰、筆頭護衛官……。
そうか。この男がエリザベス家の精密機械。たんたんと冷徹に主の命令を遂行することから機械者の異名を持つ。
セバスチャは、残されたもう一人の部下に軽く目配せをする。部下は、コクリと頷き背後に回った。
前後に挟まれた軽い包囲網である。
「一つ聞く」
セバスチャが、鋭い目つきで話しかけてきた。
話しかけてきても、構えは微動だにしていない。
堂に入っている。
右手に持った戦斧がギラリと光を放つ。
「なに?」
「エビーンズはどうした?」
「殺した」
「そうか」
「今更そんな事聞くの? 異常事態はわかってたんでしょ」
「まぁな。だが、今も部下達を気絶させただけだ。もしかしたらと思ってな」
「あいつは、死に値する屑だ。本当は、お前達も殺してよかった」
「そうだ。なぜ殺さない?」
「できるだけ人死には避ける。それが我が神のお教えだからよ」
「敵に情けをかけるか。アルクダス教で、そんな教えはない。異端の神か?」
「我が神を侮辱するなら七代まで滅ぼすわ」
「いや、侮辱ではないぞ。お前の信じる神は、ずいぶんとお優しいんだなと感じ入ってたわけだ」
「えぇ、最高の神よ。なんなら入教する?」
「遠慮しておく。その経典はいささか戦いには向かない。戦場で情けは命取りだ」
セバスチャは戦斧を振り上げ、本格的な臨戦態勢を取った。
「そう……最終警告よ。逃げるなら追わないわ」
「説得は無駄だ」
「あなた死ぬよ」
「それはどうかな。勝負は水物というだろ?」
「……もう警告はしない。エリザベスが行ってきた数々の凶行。警護長のあなたなら知っているでしょ。十分に責任があるわ。だから殺す」
「私を殺すか」
「えぇ、うそじゃない。私の力なら造作もないこと」
「わかっている。なにせお前は魔力封じの結界を自力で解除したのだからな」
「それぐらいで?」
「あの結界は、魔法大国ゼノン折り紙つきの結界だ。正式な解除キー以外に解けるはずがない。そういう作りなのだ。それを解いたお前は化物と言ってもよい」
「それがわかってるならどうして?」
「これでも腐るほど死線を潜り抜けてきている。そのかんがいっている。今のお前なら勝てる。いや、このタイミングでないと無理だろうな!」
セバスチャが大口を開けて咆哮した。
大気が振動する。
こいつ、魔力を抑えてた。
これは見た目どおりの魔力じゃない。万超えもありうる。
簡易探査でなく詳細探査をするべきか?
いや、問題なし。闇魔法の前では、どんな強者も抗えない。
闇の杖をセバスチャに向ける。
セバスチャはそれを見るや身を低く突進し、戦斧を使って袈裟懸けに切りかかってきた。
黒豹の如き素早い動きだ。
人間にしてはやる、ただそれだけだ。
十分に対処可能だ。
「闇の杖よ、我に力を示せ!」
なっ!? 影矢が出ない!?
セバスチャの動きを止めようとしたが、闇魔法が不発した。
くっ、なぜ……?
悩んでいる暇はない。
セバスチャの戦斧がまじかに迫っている。
「ならば水魔法、氷止!」
水魔法を発動させ、セバスチャの足元を凍らせた。
セバスチャの足が止まる。
ただし、氷止は、攻撃属性の低い魔法だ。せいぜい数秒の足止めがせいっぱいである。
とりあえず時間は稼げた。
今のうちに……闇魔法が不発だった原因を探る。
自己調――
【緊急! 緊急! 緊急! 緊急! 緊急! 緊急! 緊急!】
突然、脳内に緊急信号が鳴り響く。
何度も何度も繰り返し声が鳴り響く。
何が起こった?
くっ、闇の衣が溶けていく。
【緊急! 緊急! 省エネモード開始!】
省エネモード?
とにかく早急に解析が必要だ。
自己分析!
組織診断開始……。
筋組織……。
骨格筋……。
……。
体内魔力……。
なっ!? 体内魔力が減少している!?
三十、二十、十五……。
どんどん低下している。
まずい、まずい。
早急に解決しないと、このペースではすぐに魔力が枯渇してしまう。
なぜ?
さらに詳細な解析開始。
タスクマネージャ起動!
魔力プロセスを展開。
AtrioSide.exe……メモリ33.6444K
dme.exe……メモリ22.6222K
ieplore……メモリ143.434K
shadow.steck……メモリ6549.232M
grown.body……メモリ348.234K
……
…………
………………
はぁ!?
一つだけ大幅に魔力メモリを使っている。
原因はこれだ。
「Return the terefar! 帰還しろ。闇の杖!」
咄嗟に闇の杖を消失させた。
はぁ、はぁ、はぁ、危なかった。
どうやら闇の杖は、装備しているだけで莫大な魔力を消費するようだ。
さらに闇魔法を連続使用した。特に、大闇魔法を使ったのが痛かった。これほどの大魔術を使って身体に影響がないわけがない。
ん!? そういえば、これほどの大魔術を発動できる魔力が内在していたのもおかしい……私の魔力量では不可能だ。
なぜなのか?
高速思考……。
…………。
…………思考完了。
そうか。杖自身に込められた魔力を使用した。
初回は、ティムちゃんが杖に魔力を注入した。それを使い切ったので、今後は自己魔力だけで補わなければならなくなったのだ。
これは当分闇魔法は使用できない。
闇魔法無しでセバスチャを倒さなければならない。
高速思考でその方法を模索――
【緊急! 緊急! 緊急! 緊急! 緊急! 緊急! 緊急!】
なっ!? またなの!
脳内からの必死の警告である。
【緊急! 緊急! 体内魔力が十パーセントをきりました。省エネモードから休息モードに変換します!】
休息モード!?
杖の帰還でもかなりもってかれたようだ。
魔力が枯渇したのだろう。
どうやら休息モードに入るらしい。いわゆるスイッチの強制オフ状態だ。闇魔法を使った反動を押さえるため、一定以上の力を使うと、安全弁が作用し身体が強制的に休息モードに移行してしまう。
計算によると、残り二分四十七秒でスイッチが強制オフされる。
回路負荷したようだ。
もう残された時間は少ない。
残り敵二人の排除ができるか?
一人は、エリザベス家の筆頭護衛官、機械者だ。闇魔法が使えないのなら、厳しい相手となる。
さらに身体に残る影響もある。
ざっと考えるだけでも……。
肉体疲労
倦怠感
吐き気
動悸
睡眠増大
全身のだるさ
記憶消失
……
一番の問題は、記憶容量への負荷から起こる記憶消失ね。
脳幹に七百DL程度の負荷がかかった。脳全体でいえば、数パーセント以下の割合だが、おそらくここ十数分程度の記憶が破壊される。
スイッチを入切した記憶もなくなってしまう。
あの時の感覚を忘れてしまったら……。
一度オフしたら、そう簡単にはオンできない。
せめて館から脱出するまでもちたかった。
記憶消去したミレスが、今の状況を解決できるか?
無理ね。
スイッチが切れた私の戦闘力では、セバスチャには勝てない。
セバスチャが咆哮を上げて斬りかかってくる。
残り魔力0.04321……。
ほぼゼロだ。魔力は枯渇しているといっていい。
魔法を使用するには魔力が足りない。
近接戦闘で倒す?
筋力、敏捷性、総合的なフィジカルの差は、相手が三、七四倍高い。
高速思考モード出力全開!
解決策を模索……。
……
…………
………………
そうね、これしかない。
時間稼ぎに徹する。
セバスチャの攻撃はいなし続ける。
もう一人の護衛は片づける。
そして……。
どうやら間に合ったようだ。
「人形! どこだ? どこにいる?」
オルティッシオの声が聞こえた。
そう、援軍を待つ。
オルティッシオなら、セバスチャを倒せるだろう。
なにせ彼は……。
「くらえぇえ!」
真っ直ぐに疾走してくるセバスチャの姿を確認。
右四十五度からの高速斬撃、セバスチャの必殺技だ。戦斧の回転技である。ダッキングして避ける。
顔面横を戦斧が通過した。
危ない。
集中しなきゃね。
オルティッシオ到着まで、十、九、八、七、六、五秒……。
四秒……。
「とどめだぁ!」
セバスチャのフェイントだ。
戦斧が避けられるのを前提として、セバスチャの魔法拳が放たれる。これも避けたが、さらにセバスチャが蹴りを放ってきた。
二秒、一秒……。
最後の難関だ。
三度フェイントを織り交ぜたセバスチャの隠し球である。
もちろん読んでいる。
入射角右四十五度、顔左側面に二、一三秒後に到達予定。左三十度に側転して回避すれば問題無し。
「おのれ! ちょこまかと!」
セバスチャが吠える。
ゼロ。
時間だ。
「オルティッシオけんざぁあん!」
「ぐはっ!」
勢いよくドアが放たれ、オルティッシオがセバスチャを吹っ飛ばす。
それと同時にこちらも時間切れだ。
脳内のスイッチがOFFへと傾いていく。
あぁ、力が抜ける。
全ての根源の力も身体奥深くに沈み込んでいく。
ここまでね。
今はまだ自分の精神、肉体がこの力を使うのに適していない。
いつの日か、取り戻そう。
信念を持って使えるその日まで。
それまでしばしのお別れだ。
愛すべき我が神、邪神ティレファーに誓う。
強制オフモード完了……。
私は、糸の切れた人形のようにガクリとその場に倒れこんだ。
……
…………
………………
うぅう~ん。
ここ、どこ?
目が覚めた。
ただ、頭の中にぼんやり霞がかかったようで何も考えられない。
「私、何をして……?」
ふと手足に書かれた線を見る。
「あ! そうだ、エビーンズは?」
私、拷問されそうになってたんだ。
エビーンズが身の毛もよだつあの恐ろしい――って、なんともない!?
自分の手足をぐるりと見回す。
ペンで等間隔に線が書かれてあるだけだ。怪我一つ、染み一つない身体である。
刑は執行されてないみたいだ。
ほっ。
肩の力が抜ける。
でも、あの状態でどうやって抜け出せたんだろう?
悔しいけど、エビーンズとの力の差は歴然だった。
あれから何があった?
記憶がすっぽり抜けている。
それに、だるい。
体中が睡眠を欲している。
お布団にダイブしたい。猛烈な眠気が襲ってるよ。
この症状……。
あ! 魔力欠乏症だ。
幼年部の時、何度か魔力の修行中にやらかした。
それと一緒の症状だから、覚えている。
う~ん、ということはだ。
やっぱりエビーンズと死闘をしてきたのかな?
魔力がすっからかんになるぐらい、記憶がとぶほど頑張ってエビーンズを倒した?
階段を降りて確かめたいけど、今更地獄に戻る気はない。
「人形、おい人形!」
オルティッシオの大声が頭に響く。
うるさい。
もう、考え事もできないじゃないの!
「人形、しっかりしろ! 助けにきてやったぞ」
オルティッシオが助けにきてくれたのか。
って、あれは……?
オルティッシオの背後で老執事が倒れている。
たしかセバスチャと言ったっけ?
エリザベスの筆頭執事だったはず。
ん!?
セバスチャはいきなり立ち上がると、戦斧を振り上げてオルティッシオに迫ろうとしている。
危ない!
とっさにセバスチャに手のひらを向け、魔法弾を撃とうとするが……。
し、しまった。
がくんと力が抜ける。
あ、あ、そうだった。
私、魔力欠乏症だったんだ。
魔力欠乏状態で無理やり魔法を発動させると、呼吸困難や身体全身に痙攣が襲う。
時には死の危険さえある油断できない状態なのだ。だから、魔法学生は常に魔力容量に気を配る必要があるのに。
うぅ、なんてチョンボだ。
入学したての新入生じゃあるまいし、わかってたはずじゃない。
あ、あ、呼吸が苦しい。声が出ない。
オルティッシオに危険を伝えないと!
「あ、あ、あ」
「なんだ、感動したのか! 当然であろう。貴様はカミーラ様の人形だ。忠臣の私が気にかけないわけなかろう。貴様もよくやったぞ」
「ち、ちが、あ、あれ」
声がうまく出ないので、後ろを指差そうとする。
だが、痙攣が治まっておらず、なかなかうまくいかない。
「なんだ、そこまで感動に震えておるのか! うむ、今回の作戦、貴様は脆弱なくせに良くやった。命がけで潜入捜査したのだ。貴様の忠義を認めてやろう。今後も真摯に励めよ」
「だ、だから、あ、くっ、うぁ、あれ……だって」
うまくしゃべれない。
オルティッシオ、後ろ、後ろだって!
手で、足で、顎を使って、後ろを気づかせようとするのに気づかない。
なんて鈍いんだ、この男。
その間にも、セバスチャは、オルティッシオにそろりそろりと近づいて来る。
はぁ、はぁ、はぁ、とっさに手を伸ばそうとするが、届かない。
このバカ、どこまでバカなのよ。
落ち着け。落ち着くのよ。
魔力が欠乏しているなら【流】で体調を整える。
授業で習ったじゃない。魔力欠乏からくるパニックは治せる。
こぉおおお!
深く息を吸い、吐く。そして、魔力を練るのではなく、調整するように流を使うのだ。空焚きするのではなく、スムーズに回るように。
ふぅ~よし、痙攣は治まった。言葉も話せる。
「オルティッシオさん、うしろぉお!」
「なんだ、いきなり大声を出して。後ろがなんだというのだ?」
オルティッシオが振り向いた先には、戦斧が高速で振り下ろされていた。
間に合わない。どう考えても遅かった。
セバスチャがニヤリと笑みを浮かべている。
オルティッシオがやられる!?




