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第三十七話 「ミレスと最大の危機(中編)」

 くっ、魔力が練れない。


 魔力が術式で封じられている。


 どうにかしないと!


 魔力が練れないなら、自力でこの部屋を脱出する。


 出口は?


 周囲を観察するが、この部屋窓がない。


 出口は一つだけだ。その唯一の出口も南京錠で固く閉じられている。


 どうすればいい?


 気持ちは焦るばかりで、頭がうまく回らない。意味もなく視線をあちこち移動させる。


 冷や汗が止まらない。


 自分でも挙動がおかしくなっているのを自覚している。


 落ち着け、落ち着こう。


 焦っては相手の思う壺だ。


 エビーンズと呼ばれた中年の男は、そんな私の様子を見て愉快に笑っている。


 笑ってられるのも今のうちだ。


 援軍(オルティッシオ)を呼べたら、状況は逆転する。オルティッシオやギルさんなら速やかにエビーンズを鎮圧してくれるだろう。


 考えろ。


 出口の鍵は、目の前にいるこの男が持っている。なんとか出し抜き、こいつから鍵を奪えばいい。


 エビーンズ……。


 年は四十代半ば、目が細く体型は普通だ。典型的な中年の男である。


 柔和な表情で人の良いおじさんのようにも見える。


 だけど、騙されはしない。


 あのエリザベスが任命した拷問官だ。そんな甘い奴じゃない。


 エビーンズはひとしきり笑った後、つかつかと近づいてきた。


 そして、私の前まで来て手を差し出してきた。


 握手をしろと?

 こいつ何を考えてる?


 うさんくさいにもほどがある。


 私は捕虜で、こいつは尋問官だ。それ以上でもそれ以下でもない。


 怒鳴り散らすのが普通なのに……。


 異様だ。


 白骨化した死体があちこちにある、この状況でだ。


 なぜ、そんな笑みを浮かべられる?

 なぜ、そんなにフレンドリーに接してくる?


 差し出された手を無視して、エビーンズを睨みつけた。


「おいおい無視かよ。これから短いようで長いつきあいになるんだ。人として挨拶は基本だぞ」

「わ、私に何をする気?」

「ん? まだ自分の現状を理解してない? 拷問だよ、拷問。わかってるだろ」


 エビーンズは、当然とばかりに口を開く。


 そして、胸倉を掴み、器用に転ばす。


 いたっ!


 地面にしたたかに打った。


 痛みに顔をしかめていると、


「い、いやぁあ! 何するのよ!」


 エビーンズはスカートの裾を掴み、びりびりと破いていくのだ。


 生足が露になる。


 エビーンズは私の足を掴み、どこからか取り出したペンで等間隔に線を入れていく。


「ひぃ! いったい、なんなのよ!」

「わかんない? これからお前を一寸刻みに斬るのさ。俺は細かいんでな。一寸なら一寸ごとに斬りたい。ずれたりすると落ち着かないんだよ」


 何を言っているのかわからない。

 わかりたくもない。

 理解したくない。


 怖い、怖い。


 それって、それって……。


「り、凌遅刑?」

「おぉ、正解。さすがに魔法学園の生徒だ。インテリだね。そう、古代のカン王朝で始まった処刑法さ。足の指先から少しずつ肉を削いでやるよ」

「い、いやぁあああ! 離して。いやだ、いやぁあああ!」


 身の毛がよだつ。


 怖い、怖すぎる。


 歯がガチガチと音が鳴った。震えが止まらない。


 この後自分がどうなるか、それが想像できた。


 手足をばたばたさせじたばた暴れるが、エビーンズはその膂力で逃がさない。


 はぁ、はぁ、はぁ、なんて力!


 びくともしない。膂力じゃ適わない。


「ははは、暴れんな。そうだよな。知ってたら怖いよな。それより知ってる? 凌遅刑ってさ、当時の皇后リョチが好んで実施したことからリョチ刑とも呼ばれるんだぜ。これマメ知識な」


 リョチは、世界の五大悪女列伝に登場する。残虐非道な皇后として有名だ。歴史の授業でその所業を学んだ時は、戦慄したものだ。


 それと同じ事が私の身にも起きるの?


 皇后リョチの施政では、何十万、何百万もの民が犠牲になったとされる。


 無辜の民でさえそうなのだ。捕虜や間諜の最後は、言うまでもない。そのあまりな所業に、この刑は「残虐である」と後に廃止が決定された。


 捕虜や間諜の尋問に対して、最低限の決まりを作るきっかけになったとされる。


 現在では、法で定められた範囲での尋問しか許可されていない。


 平民や奴隷にはまだまだ施行が十分に行き届いていないが、貴族に対しては、いきすぎた尋問は禁じてあるのだ。


 そう、凌遅刑なんて時代を逆行する蛮行よ!


「か、過度な拷問は、王国法で禁じられてるわ」

「ぷっ、くっ、あははははははは!! 王国法? 王国法だって? お前、どこまでお嬢様なんだ! おいおいおい、あんまり笑わせるなよ。あはははは、腹が痛い。なんだよ。くっくっくっ、あはははは! 王国法、お前それギャグで言ってる? おっけい、俺は笑った。センスあるぞ」


 エビーンズは腹を抱えてげらげら笑う。


 そして、机の引き出しから一冊の黒いノートを取り出した。


 そのノートで何をする気だ?


 狂人の行動は予測できない。


「何をする気?」

「くっく、そんなびびんな。ただのノートさ。お嬢様は、捕虜をいたぶるのが好きでな。大抵はご自身でやる。だが、今回のようにお忙しいときは、俺が代わりにやるんだ。代理の条件として、お嬢様に捕虜の呻きや様子をお聞かせしなければいけないんだよ。そのための記録さ。詳細に書けば書くほど、お嬢様が喜ぶ。もちろん、俺も後で笑わせてもらう。今の台詞はポイント高いぞ」


 捕虜の尋問記録……いや、苦痛記録とでも言えばいいのか。


 悪趣味なんてものじゃない。まともな神経は一本も通っていない悪鬼の所業だ。


 人間としての何かが欠落している。


「あなたもエリザベスも狂ってるわ」

「心外だなぁ。お嬢様はともかく、俺はこれでも紳士で通ってるんだ。拷問紳士エビーンズ様とは俺のことだ」


 エビーンズは腕を上げ、ピシっとポーズを決める。


 悔しい。


 ふざけた奴だが、その力は侮りがたい。


 私がどんなに暴れてもびくともしなかった。


 私を押さえつけながら、たんたんと私の足、腕、胴体と線を記載していく。


 そして……。


「ふ~終わった。こんなもんかな」


 私の身体は、等間隔に線が刻まれた。


 エビーンズは、ペンをしまい満足げな様子である。


「こ、こんな真似許されない。裁判もなく、こんな処刑まがいの拷問。王家が黙っていないわ」

「あはは、裁判? まだそんな甘い事ほざいてんのか? 罪なんていくらでもでっちあげられる。それに公開する気なんてない。お前は行方不明になるのさ」

「私がエリザベス邸に行ったのは、アナスィー先輩も知っている。私が消えれば、治安部隊が動くわ。捜査のメスが入る。こんな残虐器具を所有しているだけで罪に問われるわよ」

「へへへ、口がまわるね。やっぱりインテリはいい。会話の反応がまるで違う。この前なんか無学のチンピラを拷問したんだけどよ。『助けてくれ、やめてくれ!』の一点ばり。芸がないよ。俺がせっかく、拷問器具の歴史を事細かに説明してやってんのにだぜ。はりあいがない。その点、ミレス、君は違う」


 くっ、だめか。


 公爵家に簡単に捜査のメスが入るわけない。仮に捜査されても、私の死体は細切れだ。証拠がなければ罪にならない。


 私が行方不明とされて終わるのがオチだ。


 エビーンズは、よくわかってる。


 エビーンズは、鼻歌を歌いながら鉈の刃を研いでいる。


 今から料理でもするかのような態度だ。拷問するのに良心の呵責もない。


「あんたは化物よ。こんな非道を平気でやれる。人間じゃない」

「それ、よく言われるんだよ。『お前は狂ってる、おかしい』ってな。俺に言わせれば、周りがおかしいと思うぜ。俺は普通だ。ただ我慢していないだけ。皆、猫被ってるのさ」

「なわけないでしょ! こ、こんなむごい、ひどすぎる」

「あ~わかってないな。例えばよ、知人の葬式とか出るじゃん。皆が皆、しんと静まり返ってるわけよ。厳かな雰囲気って奴、バカみたいに思わない? 皆もそう思ってるのに、やせ我慢してる。俺なんて、正直だからよ。つい葬式で笑っちゃうのよ。なんかおかしくない? 不謹慎だって言うけどさ、ふっ、ふっははははは!」


 エビーンズは、そう言ってゲラゲラと笑っている。


 こいつは、狂ってる。


 会話が成立しているようで、していない。人間に見えて人間じゃない。


「ふっはははははは! いやいや、会話の途中で悪い、悪い。思い出し笑いしちゃった。俺って昔、衛士だったんよ。けっこう腕が立って隊長とかしちゃってさ。で、俺の強さに憧れた部下がいたんだよ。その慕っていた部下がある日、敵の矢から俺を庇って戦死しちゃってさ。くっくっ、あはははそいつの葬儀でさ、大笑いしちゃったのよ」

「……」

「お! いきなり黙っちゃって。なんだ、俺なんかとは会話もしたくないってか? まぁ、聞けや。俺がなんで大笑いしたかってな、傑作なのはそいつの臨終の言葉よ。なんでも隊長の強さにいつも憧れてたって。これで隊長の強さに近づけたかなだってよ。ぷっ、くっ、あはははははははは! おいおい、なんで無様に敵の矢をくらって俺の強さに近づけるんだ? わけわからねぇよ。余計な真似しなくても避けれたっちゅうねん。くっく、しまいには、そいつの母親がよ『息子はあなたを尊敬してました。よろしければ一言息子に手向けを』なんて言いやがった。笑えるだろ? あはははは、俺は棺の前で大笑いしちゃったね。いや~一言言ってやったよ。お前、名前なんてったけって?」


 エビーンズは机の上をバンバンと手で叩いて、狂ったように笑っている。


「くっく、面白かったろ? 勝手に庇って勝手に死んで勝手にさとったんだぜ。いったい奴は何がしたかったんだ?」

「……あんたには一生わからない」

「なんだ、怒ってるのか? ここは笑うとこだぞ」

「屑、人間の屑! それ以外の感想はない」

「なんだよ、白けるな。やっぱり俺の気持ちを理解できるのは、お嬢様だけさ。お嬢様はこの話を聞いたら腹を抱えて笑ったぞ」

「……」

「だんまりか。じゃあ次だ。お前の右後ろを見ろ!」


 エビーンズが指差した方向には、メイドらしき少女の死体が浮かんでいた。


 年は同じか下だろうか?


 幼い。首に絞殺された跡がある。


 苦しかったのだろう。その顔は恐怖に歪んでいる。


「むごい」

「むごい? 違う。傑作なんだよ。そいつさ、お嬢様の理不尽な要求にさらりと応えるぐらい優秀なメイドだったのよ。お嬢様も使える駒として気に入ってた。それがよ、たった一回、たった一回の失態でこれさ」


 エビーンズは舌をベロベロと出し、首をちょんと切るジェスチャーをしておどけている。


「へへ、それでその一回ってどんな失態か想像できるか?」

「……死ね」

「くっく、会話になってねぇぞ。まぁ、いい。教えてやる。そいつ、その日ネンネだったのかよ~精神が不安定だったようで、お嬢様の理不尽な要求に我慢できなかった。怒りで一瞬理性を忘れたんだろうな。お嬢様にその場にあったハンガーを投げつけたのよ。くっくっくっ、すぐにはっとして謝ったらしいけどよ。お嬢様は許さない。哀れ少女は、そのままそのハンガーで絞め殺されたってわけ。ハンガーで吊るされた女(ハンガー)ってなぁ! くっはははは! 俺はハンガー事件と名づけて笑ってるよ」

「……」

「なんだよ、その目。笑えよ」

「ぺっ!」


 返答を返さず、エビーンズに唾を吐く。


 これ以上、ケダモノの話を聞いてられない。


「おいおい、やってくれるね」


 エビーンズは顔にかかった唾を拭いながら、近づいてきた。


 手には鉈を持っている。


 鉈でパンパンと地面を叩きながら、威嚇してきた。


 脅しているつもりだろう。こんな屑に怯えてたまるものか!


「あなた達なんかに絶対に屈しない!」


 腹に力を入れてそう叫んだと同時に、ドスンと音がした。


 えっ!?


 右足が熱く感じる。


「うっ、あああああ!」


 痛い、痛い!


 斬られた。足がじんじんする。


 右足の親指辺りから血が出ているようだ。


 足元が赤く染まっていく。


 傷みからその場にうずくまる。


「おいおい、もうダウンか? まだほんの触りだぞ。一センチも刻んでない」

「うっ、うぅ痛い」

「はは、さっきまでの威勢はどうした? 今からそれじゃあこの後がもたんぞ」

「な、何を――うぁああああ!」


 エビーンズに足を掴まれ、何かを塗られた。


 激痛が全身を襲う。


 さきほどまでの痛みの非ではない。


 立ってられない。


 呻き声を上げながら地面を転がる。


「くっくっ、痛いだろうな。なんたって塩を塗ったんだからな」


 塩って!


 エビーンズは、塩を一袋傍らに置いていた。


 あんなに大量の塩を拷問で使うのか!


 あぁああああああ、怖い、痛い、助けて!


「痛い、痛いよぉ。嫌だ、もう嫌だ。助けて、父様、母様」

「おほぉ~いいね、いいね。その泣き顔。おじさん、興奮してきちゃった」


 エビーンズは、嬉々としながら今度は薬草を塗りつけてきた。


「失血死なんてさせないからな。斬ったら薬草で血止めだ。これを繰り返す。はっきり言うぜ。これぐらいじゃ人は死なない。ここには、ポーションの類もわんさかある。延命処置する薬剤もある。ふふ、絶望はこれからだぜ」


 エビーンズは、うきうきな表情でそう説明してきた。まるで子供がおもちゃをもらったかのように。


 どうすれば、どうすれば……。


 うぅ、こんな激痛がずっと続くの?


 嫌だ。嫌だ。


 もう無理だ。無理だよ。


 あぁ、もうだめ。


「えっぐ、助けて、助けてよ。お願い、お願いです。やめて、やめてよ~」

「あははは、もう降参か? 安心しろ。可哀想な哀れな少女よ。お前の泣き顔を見てたら、おじさん胸を打たれた。うんうん、俺も紳士だ。お前の頼みを聞いて……やらないからな!」

「ひぃ!」

「あははははははははは! 何度も壊してやる。何度でも泣かしてやる。魔法学園通ってんだろ! エリート様のプライド見せてみろよぉおお!」


 エビーンズが薬草を剥がし、再び塩を塗りつけてきた。


 忘れていた痛みが復活する。


「うぅ、うぅああああ、痛い、痛いよぉ。誰か、誰か助けて! あああああ!」

「うほぉ! やっぱり美少女の悲鳴は最高だな。う~ん、なんて甘美なメロディーだ。九十点!」


 さらにエビーンズが塩を傷口にねりつけていく。


「あぁああ、痛い、痛いよぉ。もう嫌だ。夢よ。これは夢、夢なんだ」

「くっく、夢か。悲鳴って、色んなバージョンがあるから面白いな。あぁ笑った。笑った。それにしてもよ~所詮は貴族のお嬢様だな。落ちるのが早い、早い。新記録だ。お前の根性がだらしないのか、俺の手腕がすごいのか。うん、両方だな」

「あぁあぁ、ああああ」

「くっく、そんなわめくな。薬草を塗ってやるよ。そして、次はお待ちかねの……凌遅刑だぁああ! 一寸ごとに刻んでいく。ノンストップだからな。ちゃんと素敵な音楽(ひめい)を奏でるように喉の調子を整えてろよ」

「うぁあああ! 夢よ、夢なんだ」

「はぁ~面白いな。そうそうこの拷問、傷口に塩ってアイデアはお嬢様なんだぜ。なんでも、ティレアって女がお嬢様を塩まみれにしたんだってな。はぁ~そいつ命知らずにもほどがあるね。そんでよ、やられたままじゃ終わらないのがお嬢様だ。ティレアを拷問する時は塩まみれにする。た・だ・し、全身の皮という皮、生皮を剥いでから塩まみれにするがな。あははははは! そいつ、どんな音楽(ひめい)聞かせてくれるかなぁ~」


 エビーンズは狂気のように笑ってる。


 脅しでない、こいつは実際にやる。


「テ、ティレアさん……」

「おっ!? 壊れたかと思いきや、まだ元気か?」

「や、やめろ」

「おほっ、ミレスも心配か? そうだよな。俺もそう思う。全身の生皮を剥ぐなんて、途中で発狂死するのが先だぜ。なかなか難しい注文をしてくれる。だが、お嬢様たってのご指示だ。これはやり方を考えないとな。楽しみだ」


 はぁ、はぁ、はぁ、ティレアさんが!


 ティレアさんが!


 料理を作ってくれた。

 ご馳走してくれた。

 優しい言葉をかけてくれた。


 妹を大切に思う優しい人。


 ティレアさんの顔が浮かぶ。


 はぁ、はぁ、はぁ、怖い。


 今でも恐怖で足がすくんでいる。


 だけど……だけど!


 私にだって矜持がある。


 最後の最後に残った意地だ。


 ティレアさんが、拷問される?


 冗談じゃない。


 そんなのを想像するだけで他の何よりも恐怖が走る。


 これ以上の地獄はない。


 殺す。


 こいつはこの場で絶対に殺す。


 ここでこいつに屈したら、ティレアさんやティムちゃんに危害が及ぶ。


「やめろ、やめろ、やめろ! 絶対にさせない。ティレアさんに指一本触れさせない! お前は絶対に私が殺してやる!」

「おぉ、まだそんなに元気か? よしよし、塩味が足りなかったかなぁ~」


 エビーンズは塩を傷口に練りこむ。


「うっ、うぐぅああ! く、くっ、い、痛くない。屈しない。屈しない。私はお前なんかに負けなぁい!」


 足が焼けるように熱い。


 痛みで脂汗が出る。


 でも、負けない。負けるものか!


 なんとかしてこいつを殺す。


 殺さないとあの優しくて暖かい人がむごい目に遭う。こんな場所を見せちゃだめだ。経験させちゃだめだ。彼女は暖かい場所にいないと。


 勇気が戻る。


 確実な殺意を持ってエビーンズを睨む。


「ふぅん、驚いた。あの状態から復活しやがったぞ。震えながらも大切な者のために健気にがんばる美少女か。いいね、いいね。ルックスも俺の好みだ。よし、決めた!」


 エビーンズはそう言うとベルトを外し、ズボンを脱ぎ始めた。


「な、何をする気よ!」


 エビーンズの突然の奇行に驚く。


「わかってるだろ? 子作りだ、子作り。貴族のたしなみだろうが、苦痛だけでは辛い。おじさんからのサービスだ」

「く、来るな。だれがあんたなんかと!」

「へへ……へへへへへ、これから永遠と拷問が続く。子作りしている間は、痛みから解放される。気持ちいいぞ。そのうちお前のほうから誘ってくるようになる」

「死ね! 殺してやる!」

「おいおい、聞けって。お嬢様に逆らった以上、お前の家は一門全員惨殺される。ヴィンセント家が断絶してもいいのか? 俺が子を作ってやれば血が残るぞ。まぁ、奴隷としてだがな」


 エビーンズに無理やり仰向けに倒される。


「やめ、やめろ!」

「そんな暴れんなや。力を抜け。そうだ。生まれてくる子の名前は何がいい?」

「殺す!」

「コロス? ちょっと殺伐すぎないか? どうせなら【キル】なんてどうだ?」

「そういう意味じゃない! 死ねぇ!」

「わかってるよ。のりわるいな。冗談だよ。名前は【イヌ】でも【ネコ】でも適当につけておくぜ」

「やめろぉおお!」

「ぐはっ! て、てめっ!」


 はぁ、はぁ、はぁ、指を噛み切ってやった。


 ばかめ、油断してるからだ。


 エビーンズの人差し指から血がポタポタと流れている。


 一矢報いてやった。


 思わず笑みを浮かべる。


「ふ~そうか、そうだよな。まずはおイタする手足を斬ってからにするか!」


 エビーンズは、暗い笑いをしながら鉈を振るった。


 ぐしゃりと音が聞こえた。


 あぁ……。


 あぁ……。


 人は痛みが許容量を超えると、おかしくなるらしい。


 あぁ、痛いのか、痛くないのか、わからなくなる。


 ただ苦しい。


 あぁ、苦しい。苦しいよぉ。


 身体が悲鳴を上げているのは間違いない。


 でも、それ以上に苦しいのは心だ。心が悲鳴を上げている。


 この悪魔をのさばらせている。


 この悪魔が私の大切な人達を傷つけようとしているのが許せない。


 それが絶対に許せない。


 抵抗する。ありとあらゆる方法で抵抗する。


 魔力が練れない。力が入らない。


 誰か、誰か!


 誰でもいい。この屑を殺せるならなんだってする。全てを捨ててもいい。


 お願い、お願いします!


 だれかぁあ!!!


 心の底から祈りを捧げた。


 全身の力を振り絞り抵抗する。練れない魔力を必死に練る。


 練る。練る……練る!


 そして……脳髄が焼き切れるような感覚の後、


 ティムちゃんの顔が浮かんだ。


 ティムちゃん……。


 それはある昼食中の出来事だ。


 唐突に思い出す。


 あれ? なんで今頃思い出すんだろう?


 それどころじゃない。そんな事を考えている場合じゃないのに……。


『む、どうしてそんなに強気でいられるかだと?』

『うん、カミーラ様は怖くないの? 相手はこの学園の女王、王都を牛耳っている大貴族エリザベスなんだよ』

『はぁ~くだらん、くだらん。ミレス、いつも言っているだろ。これはゲームだ。ゲームは楽しんでやる。ただそれだけだ』

『カミーラ様こそ、ちゃんと考えてよ。これはゲームじゃない。負けたら死んじゃうんだから」

『ほぉ~我が負けるとでも? そんな世迷言ばかり言ってないで、少しは成長というものを見せてみろ』


 そう、いつものように危機意識のないティムちゃんに注意したんだ。そして、いつものようにティムちゃんに私の弱気を窘められた。


 それから……。


『そ、そうだね。ごめん、私、成長してないよね。守られてカミーラ様の足をひっぱってばかりだ』

『ふん、貴様に戦闘など期待していない。貴様は我の人形だ。その分を守っておればよい』

『うぅ、そうだけど……私も、私だって役に立ちたいよ。カミーラ様や、ティレア様の危機の時に何もできないなんていやだよ』

『はぁ~まったくしかたのない奴め』

『えっ!? いったい何を?』

『ミレス、貴様の脆弱さは常々思うところがあった。いい機会だ。これからお前の脳内にスイッチを入れる。あとは貴様次第だ』


 そうそう、そんな感じな事を言われた。


 そして、ティムちゃんが私の頭の上に手を置いて、おまじないみたいな何かをつぶやいた。


 その後は……。


 え、えっとたしか……。


『カミーラ様、スイッチってなに? 全然、変わってないよ』

『頭にスイッチが浮かぶはずだ。魔力を深く練ってみろ』

『えぇ、わかんないよ。魔力の流れは変わらないみたいだけど……』

『くっ、ここまで才がなかったか。貴様はどこまで脆弱なのか。いっそ、合成獣(キメラ)鬼族(デーモン)に種族転換させたほうが、てっとりばやい気がするな』

『ち、ちょっとカミーラ様、冗談でも怖いよ』

『ならば、本気でやれ! 今の貴様が真剣に魔力を練れば、そこそこ力がつくようにしてある』

『いやいやいや、わけわかんないよ。カミーラ様がただ手を置いただけじゃん。変わってないってば。それより古武術(じゅうどう)を教えて欲しいなぁ』

『貴様には十万年早い修行だ。身体が消し飛ぶぞ。それより、ほら魔力を練ってみろ、根性を入れろミレス!』

『わ、わかったよ。はぁああああ! どう?』

『ふむ……もうよい。貴様は人形、それだけだ。我はさじを投げる』


 うんうん、そんなひどい事言われたんだ。


 あぁ、そうかこれは走馬灯だ。


 わたし死ぬんだ。


 全身から力が抜けていくのがわかる。


 気力だけでは身体はついていけない。


 あぁ、悔しい。


 あんな屑にいいようにやられて死ぬんだ。


 ティムちゃん、ティレアさん、ごめん。


 わたし、もう……。


『う~ん、美味い! お姉様が自らお作りになったのだぞ。我ほどの果報者はおらんな』

『そうだね、カミーラ様のお弁当はいつみても凄いよ。味も量も天下一品。それを毎日、作ってくれるなんて。こんな素敵なお姉様、他にいないよね』

『うむ、ミレスわかっておるな。そうなのだ。お姉様は偉大すぎる。我如きにこのようなお気遣い。あぁ、このご恩、どう返せばよい? 我はどうやったらお姉様に報いる事ができよう。秘宝を献上する? 国をおとす? いや、天下の財は全てお姉様のものだ。その行為に意味はない。あ~だめだ。ミレス、ほれ何か良いアイデアはないか?』


 あぁ、思い出す。

 思い出してしまう。


『お~い、ミレスちゃん、見てよ。ほらティムが作ってくれたんだよ。この鍋や包丁、手作りなんだ』

『はい、すごいですね。私も鑑定のプロでないですが、一流の機材というのはわかります。う~ん、というか何かすごい魔法付与がかかってません?』

『へぇ~ティムが付与してくれたのかな?』

『いえ、一介の学生には無理……でも、ティムちゃんならできるかも……いや、ティムちゃんの魔力じゃできないよね? う~ん、それとも材料にもともと付与がかかってたのかなぁ。でも、そんな貴重な素材、あ、東方王国の秘宝』

『東宝王国?』

『いえ、なんでもないです。とにかくすごい価値がありますよ。カミーラ様、作るのに苦労したんじゃないかな~』

『ふふ、そうでしょ。そうでしょ。ティムはね、すごいんだ。学園の勉強も大変だろうに、こんなふうに気を遣ってくれるんだよ。優しい子なんだ。うんうん、頑張っているティムには何かご褒美をあげたいなぁ。服? 宝石? いや、中二病だから武器が一番喜ぶんだろうなぁ。でも、それはなぁ~年頃の女の子として問題だ。ねぇ、ミレスちゃん、何がいいと思う?』


 そうだ。そうなのだ。


 傲岸不遜なティムちゃん、お馬鹿で天然なティレアさん。


 まるっきり正反対のような二人だけど、似ている。すごく似ているんだ。


 そう、この似たもの姉妹の笑顔を守りたい。


 学園の皆は、ティムちゃんをカリスマ溢れる女王だと思っている。


 実際にそうだ。それは私も否定しない。


 だけど、私だけが知っている、ティムちゃんのもう一つの素顔。


 そうすごく可愛い、可愛いんだ。


 ティレアさんもティムちゃんもすごく可愛いんだから!


 私は一人っ子だから、こんな姉妹に憧れてた。


 あぁ、こんな素敵な姉妹を見ているだけで人生が楽しくなった。


 私は貧乏貴族の生まれだ。色々嫌な事も辛い事もたくさんあった。


 でも、全て吹き飛んでいた。


 この二人と出会ってからが楽しくて楽しくて仕方が無かったんだ。


 あぁ、思い出した。思い出したよ。


 思い出したからには負けられない。諦めるわけにはいかない。


 うん、今ならわかる。


 頭にスイッチがあるよ。


 魔力を練って練って、本当に死ぬ思いをして練ったら見つかった。


 ティムちゃんの言う通りだった。


 私って才能がない。それに不真面目だ。


 本当の本当に危機にならないと必死にならないみたい。


 スイッチ、入れてみよう。


 あ!


 瞬間、五感が一気に冴え渡った。


 カチリと何かが入ったみたい。何かが濁流のように身体の隅々まで流れていく。


 なんだろう?


 抜けていたパズルのピースが埋まったというか、鍵穴に鍵が入ったというか……。


 う~ん、今の状態を表すとそんな感じだ。


 エビーンズを見る。


 はぁ~なんでこんな奴に怯えていたんだろう?


 私は、ティムちゃんの友達だ。あの傲岸ながらも、美しく誇り高い女王の友達なんだ。


 こんなの困難でもなんでもない。


 さっさと終わらせよう。


 早くティレアさんを迎えに行かないとね。

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