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第三十五話 「ミレスと強盗大作戦(後編)」

「な、なんで……?」


 思わずつぶやいてしまった。


 なぜ、ティレアさんがエリザベスのパーティに参加しているの?


 エリザベスはティムちゃんの(てき)なんだよ。


 もしかしてティレアさん、エリザベスに篭絡されたとか?


 姉妹で争うなんて嫌だよ――って、いやいや、それはない。


 ティムちゃんを気遣うティレアさんの優しい顔が浮かぶ。


 あんなにティムちゃんを可愛がっていたティレアさんにかぎって、絶対にありえない。


 即座にその可能性を消す。


 であれば、エリザベスに脅されてやむなく参加したとか?


 早く真相を問いただしたい。


「ティレアさん!」

「ふぁに?」


 ティレアさんは、口に食べ物を詰め込んだまま返答する。


 のんきな顔だ。


 もぐもぐと咀嚼をしながら、おいしそうに料理を口に運んでいる。


 食べ終わると、フォークを揺らしながら次の料理を物色していた。少し行儀が悪いけど、丁寧な所作で料理を小皿に取り分けていく。


 実に楽しそう。パーティーを満喫している。


 うん、篭絡も脅されてもいないね。


 じゃあなぜ?


 ……素朴な疑問が残った。


「ティレアさん、どうしてここに?」

「招待されたからね」

「ティレアさん、エリザベスと知り合いなんですか?」

「まぁ、知り合いといえば知り合いかな。彼女さ、以前うちに来て変な言いがかりをつけてきたんだよ。どうもティムと喧嘩をしたみたいでね」


 喧嘩って……。


 そんなレベルじゃない。


 エリザベスとティムちゃんの諍いは、生き死にのレベルだ。


 あいかわらずティレアさんはずれている。


「ティレアさん、ならエリザベスを知ってますよね。彼女がどんな人物か」

「うん、傲慢で礼儀しらずな子。ティムの悪口を言いまくってた。正直むかついたね」

「わかっているなら、なぜ、エリザベスなんかのパーティに参加したんですか!」


 ティレアさんの矛盾した返答にくってかかる。


「それがさ、エリザベスから手紙が届いたのよ。ティムと仲直りしたいみたい。あの時のことは悪かった。お店にも迷惑をかけた。まずは姉の私にお詫びをしたいからパーティに来てくれだってさ。そこまで言われたらね、私も大人になるよ。きっちり反省しているなら許してあげようと思ってね」


 エリザベスはそんな殊勝な性格じゃない。


 ティレアさんは騙されている。


「ティレアさんは、それを信じたんですか?」

「うん」

「うんって、そんな無用心な!」


 思わず声を荒げてしまった。


 やっぱり皇国のお姫様は、どこか浮世離れしている。今時、小さな子供でもティレアさんより用心している。


「あぁ、ミレスちゃん、誤解しないでね。用心はしているよ。彼女を塩まみれにしちゃったし、仕返しされるかもしれないからね。最強の護衛を連れてきてる」


 塩まみれ?


 エリザベスから罵声を浴びせられて、手近にあった調味料を投げつけたとか?


 いや、それぐらいじゃ塩まみれにならないよね。それこそ何十本も調味料を投げつけないと無理だ。


 それまでエリザベスがおとなしくされるがままなわけがない。


 状況がよくわからないよ。


 ティレアさんとエリザベスとの間で何があったんだろう?

 それに最強の護衛って誰?


 ギルさんやオルティッシオは、エリザベス邸の近くで待機している。


 執事のニールゼンさんのことかな?


 ニールゼンさんがいるなら少しは安心だ。でも、肝心のニールゼンさんがどこにもいない。


 辺りを見渡す。


 パーティ客はわんさかいる。


 だけど、ティレアさんの周囲は誰もいない。


「ティレアさん、護衛を連れてきているって言いましたけど、一人ですよね?」

「うん、今いないね。でも、パーティ会場にはいるから」


 いやいやいや、離れてたら護衛の意味がないです。そういうところが無用心ですよ。


 ティレアさんは、私の心配をよそにフォークを片手にキョロキョロ料理を吟味している。


 ときおり、料理の材料や工程をぶつぶつつぶやいているのは、料理人としての性なのかもしれない。


 ティレアさんは、料理店を営んでいる。


 仕事熱心なのはわかります。ですが、時と場合をわきまえてください。


 今は、そんな真剣に料理を食べている場合じゃないのに。


「ティレアさん、はっきりいいます。もっと身の安全に注意してください」

「ミレスちゃん、大丈夫だから。そんなに眉間に皺をよせないで。とりあえず料理でも食べながら話そう」


 ティレアさんは、にっこり笑顔を見せて私に取り皿を一つ渡してきた。


「すみません、私、今日は食事する気はないんです」

「あれ、ミレスちゃん、体調悪いの?」

「い、いえ、そういうわけではないのですが……」

「なら食べよう。元気の元は食事が一番よ。さぁさぁ、遠慮しないで」


 ティレアさんは、どうぞどうぞとフォークとスプーンを乗せた小皿をトントンと胸元に当ててきた。


 ……そうね、何も食べず、うろうろしているだけでは変に目立つかもしれない。


 ティレアさんから取り皿を受け取り、近くにあったスパゲティを盛る。


 申し訳程度の量のスパゲティが皿中央に乗った。


 オリーブの香りが鼻腔をくすぐる。


 フォークで軽く引き上げて、それをスプーンの上でくるくると丸め、チュルルと擬音を出しながら一口食べた。


 美味しい。


 無自覚だったが、お腹がすいていたらしい。


 さらに二口、三口と食べる。空腹の胃に染み渡った。


「あ、取り皿が足りないよね。すみませ~ん」


 私の食べる様子を見ていたティレアさんが給仕を呼ぶ。


「あ~ティレアさん、お気遣いなく。このスパゲティだけで十分です」

「ミレスちゃんは成長期、そんな炭水化物だけ食べてたらだめだよ」


 タ、タンスイカブツって?


 あいかわらずティレアさんの【ねっと】用語はよくわからない。ただ、私の健康を気遣っているのはよくわかる。


 本当にいい人だ。


 どうしよう?


 今はそのティレアさんの優しさが困る。私には任務があって、腰をすえて食べる気はない。


 うぅ、ティレアさんは引いてくれそうにないし……。




 そして……。


 数分もしないうちにティレアさんに呼ばれて一人のメイドが現れた。


「「あ!」」


 メイドと声がはもる。


 まずい奴に会った。


 こいつはエリザベスに仕えるメイドの一人だ。私の顔を知っている。


 メイドも私の顔を覚えていたようだ。


 あからさまに嫌悪の表情を見せてきた。なんで主人の敵がここにいるのかって顔をしている。


「取り皿が欲しいんだけど」


 ティレアさんは、私と彼女の葛藤など関係なくマイペースに要望を伝えた。


「……ふん」


 メイドは、ティレアさんも私の仲間と認識したらしい。ティレアさんを無視してきびすを返す。


「え~と、どったの? メイドさん、聞こえてる?」


 ティレアさんは困惑しているが、メイドは当然のようにティレアさんを無視してスタスタと歩いていく。


「ねぇ、ねぇ、取り皿が欲しいんだってば」


 ティレアさんは、なおもメイドに追いすがって注文する。


 メイドはさらに無視するが、ティレアさんはさらにメイドの前に回りこむ。


「おーい、無視しないで。取り皿が欲しい。皿よ、皿よ。言っている意味わかる? ワンモア、ディッシュ、プリーズ」


 ティレアさんはめげない。執拗にメイドにアピールを繰り返した。


 そんなやりとりを繰り返していると……。


「あ~うるさい! さっきから皿、皿、なんなんだ。取り皿なら持ってるだろうが!」


 とうとうメイドが切れてしまった。


 メイドは私が持っている小皿を指差して大声で怒鳴る。


「え、え~っ! 逆切れってひどくない? ミレスちゃん、取り皿一つしかないの。困ってるのよ」

「一つあれば十分だろうが!」

「は? あなた何言ってんの! ゴマラソースの物もチジリソースの物も同じ皿で取れっていうの!」


 ティレアさんが少し興奮してメイドに反論した。


 ゴマラソースとチジリソースの特性を伝え、その二つが混ざり、いかに料理の味を損なうか力説しているのだ。


 メイドも意地になり、ティレアさんの要求をがんとはねつけていた。


 今日は食事がメインではない。


 ソースが単一だろうが、混ざろうがどうでもいい。


 そんなことより……ティレアさん、頼みますから騒ぎを起こさないで。


 ん!? 何かヒソヒソと話し声が聞こえる。


 いけない。


 この騒ぎで周りが注目し始めていた。


 早くティレアさんを止めないと。


 ティレアさんの肩を掴んで声をかける。


「テ、ティレアさん、別に取り皿なくてもかまいませんから」

「でも、それじゃミレスちゃんが……」

「いいんです。混ざったほうが美味しいんですよ」

「いや~それはないでしょ」


 ティレアさんが手を横に振ってないないと主張した。


 私もそう思うが、論点はそこではない。


 早く話を切り上げないと。


「あるんです! 私はそう思ってるんです。味オンチなんで、混ざったほうがおいしいんです。信じてください!」

「そ、そう。まぁ、ミレスちゃんがそこまで言うなら」


 必死な説得でティレアさんは引き下がってくれた。


 ふぅ、とにかくこれ以上目立たないようにしたい。


 ティレアさんを連れて、再び会場の端に移動した。


 こんな騒動を起こして、ティレアさんには敵地にいる自覚がまるでない。


 ティレアさんにエリザベスの脅威を伝えて、早くニールゼンさんと合流して帰るように注意しよう。


 ティレアさんを見る。


 ティレアさんは、食事を再開したようだ。


 またもや、どれにしようかと料理の上をあちこちとフォークを動かしていた。


 テ、ティレアさん……。 


 気が緩んでいる。緩みすぎている。

 そのまま後ろからブスリと刺されてもおかしくないぐらい油断している。


 今、ここに刺客がいたら一発でアウトだ。


 ティレアさんは、こんな大勢いる場所で暗殺されないと思っているみたい。


 ここはエリザベス邸だ。何が起きても不思議ではないのに。


 このままではティレアさんがエリザベスの餌食になってしまう。


 まずい。非常にまずいよ。


「ティレアさん、聞いてください。非常にまずいです」

「まずい!」


 そうまずいのよって、ん?


「ティレアさん?」


 のんきな顔をしていたティレアさんが突然、しかめ面で大声を上げた。


 ティレアさん、ようやく取り巻く現状を理解したのかな?


「だめよ、だめ。この(オーク)バラ煮込みは、出来損ないだ。食べられないよ!」


 ティレアさんはオークの煮込みを食べて、ひとり不満をあらわにしていた。


「まずいって料理のことですか?」

「そうだよ。それ以外ないでしょ」


 それ以外にいっぱいあるんです。


 ティレアさんは渋面で口をとがらせていた。


 (オーク)バラ煮込みがよほどお気に召さないらしい。あれほど食事を続けていた手を止め、憤慨している。


 そんなに不味いの?


 クンクンと匂いをかぐ。


 香ばしい匂いがして、美味しそうだ。


 大皿に乗ってあるオーク煮込みを一切れフォークで差し、一口食べてみた。


 うん、美味しい。


 舌にとろけるよ。


 上質のオーク肉だ。


 以前、ティレアさんにご馳走してもらったお肉料理ほどではないが、これだって普通に美味しい。


「ティレアさん、十分に美味しいですよ」

「ううん、これじゃ材料が泣いている。煮込みが足りなさ過ぎるよ。ごりごりとして臭みも抜けていない。あと、十時間は煮込まないと。さらに言えば、これ、皮が一番美味しいんだよ。その皮を取っちゃってる。あぁ、せっかくのいい材料がもったいない、もったいない」


 ティレアさんはもったいない、もったいないと悔しそうに何度も繰り返す。


 料理に熱心なのはわかる。だけど、何度も言うようにここは敵地だ。


 早くティレアさんにはニールゼンさんと合流してもらいたい。


「ティレアさん、気持ちはわかりますが、落ち着いてください」

「ミレスちゃん、そうは言うけど……なっ!?」


 またティレアさんが大声をあげた。


 もう、本当に目立っちゃうよ。


「今度はどうしたんですか?」

「そ、そのチキン……」


 ティレアさんがチキンを見て驚いていた。


 どうしたんだろう?

 普通のチキン料理よね?


 大皿には、カリカリに焼かれた鳥のオーブルがタレと一緒に和えてあった。


「このチキン料理がどうかしたんですか?」

「まずい。まずいよ。何を考えてんだ」

「あの、おいしそうに見えますよ。また料理工程が酷いんですか?」

「違う。いや、工程が甘いのもそうだけど、問題なのは材料」

「材料って……この鳥になにか問題でも?」

「問題大ありね。その鳥は、リョコウバトって言ってね。保護鳥よ。今の時期は取っちゃだめなの。産卵時期の乱獲は、その種を確実に滅ぼしちゃうのに」


 保護鳥……聞いたことがある。


「ワシントン法でしたっけ?」

「そうよ。さすが秀才のミレスちゃん、良く知ってるね」


 ティレアさんは、ワシントン法について説明した。


 ワシントン法は、絶滅危惧種の乱獲を防ぐために、種の存続を目的とした法律である。


 私も雑学程度しか知らないが、ティレアさんはなかなか細部にわたって知っていた。そこに矛盾も【ねっと】用語もない。


 ティレアさんの料理に対する深い愛情と知識が窺えた。


 ティレアさんは料理関係だけはまともな知識がある。


 ティレアさん曰く、リョコウバトは保護鳥の中でも最も絶滅に瀕している種であり、狩る時期や数量を大幅に規制しているとの話だ。


 なるほど。エリザベスのパーティらしい。そんな希少な料理を出し、自分の権威を高めたいのだろう。


 自家が法すら超えている存在だと存外にアピールしているのだ。


「うん、これは注意しないと。料理人としてほおっておけない。さっきのも許せないけど、これはもっとだめ」

「い、いや、ちょっと待って」

「うん、うん、ミレスちゃんが止めるのもわかる。料理人の面子をつぶしちゃダメって言っているんでしょ。でもね、これはどう見てもアウトよ」


 いや、違う。本当によく勘違いする人だ。


「ティレアさん、もう帰ったほうがいいですよ」

「ううん、まだ帰れない。ちょっとシェフに文句を言ってくる」

「そ、そんな待ってください! 危険です」

「わかってる。わかってるよ。冷静に注意するから。喧嘩なんてしないよ。ちゃんと大人な対応できるから安心して」


 ティレアさんは、厨房に小走りで向かっていった。


 あぁ、ティレアさん行っちゃった……。


 ん!? また周囲がヒソヒソ話をしている。


 さっきからティレアさん、目立ちすぎだ。


 厨房に入るときも「たのもう!」とか言って、どこかの道場破りみたいな挨拶してた。


 これはトラブルは避けられない。


 そのティレアさんと一緒にいる私もけっこう目立っちゃったかも。


 まだエリザベスとの顔合わせもしていない。ここで間諜とばれるわけにはいかないのに。


 そうだね。ティレアさんと親しく話すべきではなかった。


 私は間諜だ。あくまでエリザベスに取り入りにきたという体を見せないと。


 ここまでイレギュラーな行動を取ってしまった。ティレアさんの存在が、ついつい素の自分をさらけ出してしまった。


 反省しよう。


 作戦の指針に戻る。


 ごめんなさい。ティレアさんを助けたいけど、それは護衛のニールゼンさんに任せよう。


 私は私で本来の目的を果たす。


 エリザベスとの顔合わせを無事に済ませる。


 会場中央の壇上に目を向ける。


 エリザベスはまだ壇上でパーティ客に取り囲まれていた。


 主役だから簡単には近づけない。ロンドのとりなしを待つとしよう。


 それから再度、パーティ会場をうろつき、パーティ客の顔をチェックしていく。




 すると……。


 な、なんでエディムがいるの?


 またもやパーティにいるはずのない人物を見かけた。


 私の瞳に親友エディムの姿が映る。


 エディムも私に気づいたようだ。


 スタスタと無言で近づいてきた。


「エディム、どうしてここに?」

「それは、こちらの台詞だ。ミレス、あんたがなぜここにいる?」

「先に私の質問に答えてよ。どうしてエディムがここにいるの?」

「私は、ティレア様のお供できた」

「そっか。ティレア様の護衛ってエディムだったんだ」

「護衛? はぁ~?」

「違うの?」

「……あ~そうだった。ティレア様は、東方のか弱きお姫様だったよな」

「し――っ! エディム、部下の自覚が足りないよ。そんな大事な秘密をこんな場所で言わないの!」


 人差し指を口に当てて、エディムを(たしな)める。


 エディムは護衛の自覚が足りない。


 こんな衆人の前で東方王家の秘密を話すなんて、誰が聞いているかわからないんだよ。


 東方王家の秘密について、以前、エディムと話をした。


 エディムは黙って私の推測を聞いてくれた。エディムは肯定も否定もしなかったが、黙っているのは肯定したようなものだ。


 エディムは東方王国に仕えたけど、まだまだ自覚が足りないと思う。


 防諜はしっかりして欲しい。


 その辺を忠告したら、エディムはうっとおしそうに「くだらんこと考えてないで、人形としての矜持を守れ」とか言われたっけ……。


 オルティッシオといい、エディムも同じだ。人形って何よ、少し腹が立つ。


 まぁ、それはいい。


 一番の問題は、護衛なのにティレアさんの傍を離れていることだ。


 エディム、大チョンボだよ。


 こんな大観衆の前で事が起きるわけがないと安心しているなら大間違いだ。歴史上、大観衆の前でも暗殺が遂行された例はいくらでもある。


 エディムはもっと慎重な性格だと思っていた。


 いや、待てよ。


 エディム以外に護衛がいるのかもしれない。だから、エディムは平気な顔でティレアさんの傍から離れたのかも。


「ティレア様のお供は他にいないの?」

「私一人だ」


 ぐっ、私の予想が外れた。


 ますますエディムの行動がわからなくなる。


「どうしてティレア様のお傍を離れたの?」

「い、いや、別に私はどうでもよかったのだが、ティレア様に知った顔に挨拶をしてこいとご命令されてな」

「エディム、主君の命令を聞くのは部下として当然よ。だけど、これは違うでしょ。護衛なら主君の不興を買ってでも自分を通さないと。ティレア様の身に危険が迫っているのよ」

「あ、あのなぁ。好き勝手ほざきやがって。本当に危険ならお傍を離れるわけないだろうが!」

「危険じゃないって……エディムは、エリザベスの脅威を知っているよね?」

「脅威? ふっ」


 エディムは小馬鹿にしたように笑う。


 むかっときた。


 まるで私を無知な少女だとばかりに嘲笑(あざわら)っているのだ。やっぱりエディムは少し性格が変わったよ。東方王国に仕えて、傲慢になったと思う。


 エディムは、自分をいっぱしの護衛と思っているみたい。エリザベス如きにびくつく必要はない。少しばかり離れても完璧に護衛できると過剰な自信を持っている。


 さもあろう。


 アルクダス王宮を上回る設備、ニールゼンさんやギルさんといった一流の軍人達。東方王国は一級と言ってもよい。そんな国に仕えて、浮かれないはずがない。


 エディムは油断している。


 そうだよ。完璧執事のニールゼンさんが護衛なら、一時とはいえティレアさんの傍を離れるわけがない。


 やっぱりエディムじゃだめ。


 ニールゼンさんなら安心してティレアさんを任せておけた。プロの軍人だからだ。エディムも魔法学園の優等生とはいえ、まだ学生である。腕も私とどっこいどっこいだ。


 この魔窟から帰還するには少し頼りない。


「エディム、ティレア様と一緒にすぐに帰って」

「……私に命令するな。それより、次は私の質問だ。ミレス、あんたがなぜここにいる?」

「それは――」


 どうしよう?

 エディムに任務について話そうか?


 傲慢になったエディムだけど、ティムちゃんやティレアさんを裏切ることはないと思う。協力してもらえれば、間諜も楽になる。


 いや、エディムには早急にティレアさんを連れて、ここから逃げてもらいたい。今はあまり負担をかけられないよ。


 私が返答に窮していると、


「こんなところにいましたの? さぁ、エリザベス様にご挨拶に行きますわよ」


 有力貴族との挨拶が終わったのだろう。


 ロンドが現れた。


「ロ、ロンド様、少しお待ちを」

「ミレス、誰としゃべって――あ~あなた見たことがあるわ。中等部の二年ね。そう、あなたもエリザベス様にご挨拶がしたいのね。わかったわ。わたしがとりなしをしてあげる。だから、見返りを用意しなさい」

「あ、あのロンド様、エリザベス様にご挨拶に向かうのですよね? 行きましょう。すぐに向かいましょう」

「まぁ、待ちなさい。金づ――いえ、味方は多いほうがよろしくてよ。さぁ、あなたもミレスを見習いなさい。私に貢物を持ってくるの」


 問題発生だ。


 ロンドがエディムに賄賂を要求してきた。


 初対面の下級生相手に露骨に金銭を要求するなんて……。


 ロンドは借金でなりふりかまわなくなっているようだ。


「おい、ミレス、どういうことだ?」


 エディムの目が細まる。


 私を裏切者と思っているのかもしれない。


「いや、違――」


 弁解したら今までの苦労が水の泡だ。慌てて口を閉ざす。


 ギルさんに少なくないお金を都合してもらった。ロンドの前では、うかつにしゃべれない。せっかく、ロンドを信用させるところまでこぎつけたのだ。


 よし、敵を騙すには味方から。ここはエディムに嘘をつこう。協力体制を築きたかったけど、しょうがない。


 エディム、ごめんね。任務とはいえ、今から辛いこと言っちゃう。


 後で説明するから。


 できるかぎり酷薄な顔をはりつけてエディムを見る。


「あ~あ、ばれちゃったか」

「どういう意味だ?」

「エディムには関係ないでしょ。それよりロンド様、こいつの家は貧乏なんです。とてもロンド様のお役に立てるとは思えません」

「あら、そうなの。じゃあ用はないわ。行きましょう」

「はい、ロンド様。じゃあね、エディム。あなた達にエリザベス様のパーティは不釣合いよ。さっさと連れと一緒に帰りなさい」


 わざとつれない態度で、エディムの脇を通り抜けようとする。


 すると、


「待て!」


 エディムに腕を掴まれた。


「どいて。関係ないでしょ」

「大いに関係がある。ミレス、あんたはカミーラ様のものだ。なのになぜエリザベスのパーティに来ている? 何より今の言動……まさかお前……」

「そうよ。かんが鈍いのね。パーティに参加したのは、エリザベス様の派閥に入れてもらうためよ。エディムもわかるでしょ。エリザベス様の恐ろしさが。あの子についていたのは成り行き。本当迷惑しているんだから」

「ミレス、あの子とは誰を指している?」


 エディムがすさまじく恐ろしい顔をしてくる。


 ……ティムちゃんに本格的に仕えたというのは本当ね。まるで親の(かたき)とばかりに睨んできた。


 忠義は本物とわかるよ。これは一発殴られるかもしれない。


 我慢しよう。


 エリザベス陣営に参加するという演技に磨きがかかる。ロンドの目にも私が本気だと映るに違いない。


「決まっているでしょ。ティムよ、あの田舎娘のことよ!」

「ミレス! 貴様は究極に愚かな選択をした」


 エディムが目をかっと見開き、殺気をどばどばと放ってきた。


 こ、怖い。


 でも、大丈夫。エディムと私では力量にそれほど差があるわけではない。


 ここが正念場だ。


「エディム、あなたこそ選択を間違えている。いいわ。私が口ぞえしてあげる。あんな田舎娘よりいいでしょ。あなたもエリザベス様に頭を垂れるのよ」

「殺す! もはや肉片ひとつ残さず、塵としてやるわ!」


 エディムの腰が沈む。


 拳に圧がある。


 体重を乗せた重いパンチがきそうだ。


 痛そう……少し防御魔法をかけて――って速い!?


 高速でエディムの拳が迫ってくる。


 こ、これ、死んじゃうかも?

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