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第三十四話 「ミレスと強盗大作戦(中編)」

 はぁ、はぁ、ふぅ~ミレスは深く呼吸する。


 緊張するなぁ。


 今私は、間諜をするためエリザベス邸の前にいる。


 正直、オルティッシオの口車に乗ってしまったと思う。


 なぜ、一介の学生が法を破り、命をかけて強盗しなければならないのか?


 もやもや感はあるが、最後は私自身で決めた。


 エリザベス邸に侵入して、財貨を奪う。


 それは大儀だ。


 あんな悪人が大金を持っててもろくなことに使わない。世のため、人のため、何より親友のティムちゃんのためだ。


 エリザベス邸の財貨強奪作戦……。


 やれるかな?


 ううん、弱気はだめだ。絶対にやる。やってみせる!


 エリザベスの資金を減らさないと、ティムちゃんはいつまでも刺客に狙われる。


 大丈夫。この日のためギルさんと何度も打ち合わせをした。


 ギルさんは、ティムちゃんに仕える軍人の中でもトップクラスの逸材だと思う。彼なら信頼できる。


 そのギルさん曰く、


 エリザベス邸には、不当に搾取した財貨が少なくとも数十億ゴールドはあるらしい。王都中の財が集中しているといっても過言ではない。


 いったいどれほどの悪事を行えば、そこまで溜め込めるのか?


 エリザベスは、定期的にパーティを開催している。


 下がった自分の権威を上げたいのか、派閥の取り込みに必死だ。月に何度もパーティを開催して、その度に有力者とコネを広げている。


 実際、今日もエリザベス邸はパーティの日だ。


 エリザベスと顔をつなぐ絶好の機会。護衛もパーティのVIPの警護に集中している。そこまで間諜に注意を払わないだろう。


 この日のために、シミュレーションした。

 エリザベス達、高位貴族にひけをとらないドレスも仕立てた。

 ダミーだが、ティムちゃんの軍事機密も用意した。


 エリザベスの懐に入るには、十分な土産である。


 最初は、エリザベスとの顔合わせとなるだろう。


 初日に内部を動き回れるとは思っていない。まずはエリザベスの信用を得ることが第一だ。あわよくば、金庫の位置がわかればもっけものである。


 意を決し、エリザベス邸門に向かう。


 門番が私に気づいたらしい。怪訝な顔をしている。


「誰だ?」

「あ、あの私エリザベス様と同じ学園に通っている者です」


 魔法学生の証である学生証を門番の一人に渡す。


 緊張して手が震えそうになったが、なんとか耐えた。


 門番は渡した学生証を見ながら、じろじろと値踏みをするように見てくる。


「お前の顔は見た事がない」

「そうですね。初めて来ましたので」

「……初見か。魔法学園中等部の二年、エリザベス様と同級でもない。お前、招待状は持っているのか?」

「持っておりませんが、エリザベス様とどうしてもお話がしたくて。なんとか取り次いでいただけませんか?」

「だめだ。招待状がない者をみだりに入場させるわけにはいかん」

「そこをなんとか。どうしても、どうしてもエリザベス様とお近づきになりたくて……だめですか?」


 上目づかいに媚びた表情を見せて言ってみた。


「ふ~ん、最近お前のような奴が多いな。エリザベス様に取り入ろうと必死だ。お前、パーティ会場に飛び入りしてまでおべっかしたいのか?」

「は、はい」


 門番がばかにした顔を見せてくる。


 どこかの貧乏貴族が必死に上を目指して足掻いていると思ったのだろう。


 屈辱だが、間諜と疑われるよりはいい。


「まぁ、お前の気持ちもわからんでもない。最近のエリザベス様の勢いはすごいからな」

「そ、そうでしょ。だからお願いします!」


 門番に向かって頭を下げる。


「そうだな~どうしようかな~」

「お願いします!」

「よし、いいだろう」

「本当ですか!」

「ただ、俺も職務でな。何かいい思いでもしないとお目こぼしはできんな」


 門番はだらしなく口をゆがめ、ドレスから出た足をちら見してきた。


 下劣極まりない。


 【その家の本質を見たければ、その家来を見ればいい】とはよく言ったものだ。


 少し媚びりすぎたか。


 門番が調子に乗っている。


 巍然とした態度も見せたほうがいいかもしれない。


「……無礼は許しませんよ。これでも男爵家の娘です。さぁ通してください」

「ふん、男爵か。それがどうした? どうせエリザベス様の派閥にも入れない貧乏貴族なんだろ。そんな態度でよ。ここを通れなくてもいいんだな」

「そっちこそいいんですか? 貴族には無礼撃ちの特権が認められてます。死にたいんですか?」


 手のひらを門番に向け、魔法弾を撃つかまえを見せ脅す。


「や、やってみろ。大方、爵位持ちも嘘なんじゃないか? こっちだってな、エリザベス様から許可をもらっている。不審者は問答無用で斬っていいんだ」


 門番が興奮してわめく。


 この様子では、私が要求を呑まない限り通してはくれまい。


 門番は、腰に差してある剣の柄を握っていつでも抜ける状態だ。これ以上刺激しれば、間違いなく斬りかかってくるだろう。


 ここで騒ぐのは得策ではない。


 私の爵位でごり押しは無理だったか。


 まぁ、想定内だ。


 次善の策も用意してある。


 もう一つの作戦キーマン、守銭奴(ロンド)を使う。


「もういいです。ではロンド様に確認してもらえませんか? 私の身元を保証してくれます」

「お、お前、ロンド様の知り合いか?」

「はい」


 門番は目に見えて狼狽え始めた。


「う、嘘だったら、ただじゃおかねぇぞ」

「嘘ではありません」

「う、嘘だ。ロンド様のお知り合いなら招待状を持ってるはずだ」

「招待状はたまたま間に合わなかっただけです。次は持ってきますよ」

「そ、そんな……で、でたらめ――」

「いいから確認してもらえればわかります。私を怒らせたいんですか!」


 少し強めに主張する。


 門番は、私の言い分に慌てふためき、邸内に確認に向かった。


 狙い通り。


 ロンドはエリザベスの取り巻きトップファイブの一人だ。そんな大物の連れに失礼があったら、首が飛んでもおかしくはない。


 それから門番に呼ばれてロンドが現れた。


 門番は私とロンドの関係を知ったのだろう。大汗をかき可哀想なくらいびくついていた。


「あら、ミレスよくきたわね」

「ロンド様、お会いできて嬉しく思います」

「ミレス、あなた招待状はもちろんないわよね?」

「は、はい。その件でお願いがございます。前々からお話していたようにどうしてもエリザベス様の派閥に入れてほしくて。マナー違反とは知りつつも、今日のパーティにやってきた次第です」

「ふふ、せっかちねぇ。招待状なら近いうちに、この私がそろえてあげてたのに」


 ふん、誰がその言葉を信じるか。


 招待状(エサ)をぶらさげて、長々と見返りを要求してくるのはわかっている。


 それでは遅い。ティムちゃんの命がかかっているのだ。


「申し訳ございません。ロンド様やエリザベス様の陣営へ一刻も早く馳せ参じたいと、思いが先走りすぎたようです」

「だからって、アポなしで――」

「あぁ、この思い、またロンド様になにか、なにかとびっきりのものでお返ししたい気分です」

「ふぅ~まぁいいでしょう。せっかく来たのに追い返すのもなんですしね。私がエリザベス様に許可を取ってきます」

「ありがとうございます」

「ミレス、感謝するのよ」

「はい、ロンド様には、色々便宜を図っていただき感謝しております」

「えぇ、色々骨を折ったからね。感謝なら形あるものでしてもらおうかしら」


 ロンドは親指と人差し指を合わせ擦りながら、露骨に賄賂をアピールしてきた。


 守銭奴の俗物……。


 ギルさんから調査結果を聞いた時は空いた口が塞がらなかった。


 ロンドの家は伯爵。王家十大貴族に連なっている。そんな大貴族にもかかわらず、借金で首が回らないそうだ。


 歴代当主が散財を繰り返した結果である。


 そんな状況なのに次期当主のロンドは豪奢な生活をやめられず、家計はますます火の車だとか。


 賄賂(・・)が最も効果的に働く人物である。


「はい、また前回と同様に誠意(・・)をお見せしますね」

「よろしい」


 ロンドは満足げに微笑む。


 前回、ギルさんから必要経費と少なくないお金をもらった。それをロンドに手渡したのである。


「それにしても、ミレスあなたは幸運ですわね。爵位を保つのも怪しかったビィンセント家の領地に鉱山が見つかるなんて」


 そう、お金の出所は、ヴィンセント家の領地で発見した新鉱山からの利益としている。


「本当に幸運でした。これもロンド様のお引き立てのおかげです。これからもどうぞよしなに」

「えぇ、えぇ、これからも良い関係でいましょ」


 ロンドは、厭らしい笑みを浮かべる。


 俄か成金と思っている私に利用価値を見出したらしい。ロンドは私との関係強化に努めている。


 守銭奴ロンドのおかげでエリザベス主催のパーティに参加できた。エリザベスとの橋渡しにも貢献してくれるだろう。


 数分後……。


 ロンドの口利きで邸宅へのパーティ参加が認められた。


 ロンドに連れられ、恐る恐る中に入る。


 ……ここがエリザベス邸。


 無数の美術品。

 部屋中央で一際輝くシャンデリア。

 所狭しと並んでいる料理のフルコース。


 贅を尽くした間はある。


 エリザベス家の財力を見せつけられた。相当に潤っている。下手な貴族より遥かに豪華な邸宅なのは間違いない。


 アルクダス王国の王宮に引けをとらないだろう。


 ただ私は最近、最高品質の調度品を見てしまった。東方王国(そこ)と比べれば、見劣りするのはいなめない。


 例えば、部屋中央に飾られている豪奢なシャンデリアを見る。


 シャンデリア本体から出た美しいフォルムのアームはダイヤでできていた。時価数億はくだるまい。


 今までであれば、溜息を連発していただろう。


 今は……。


 はぁ~これから先どんな高級な調度品を見ても感動しないかもしれない。


「ミレス、またあとで」

「は、はい」


 ロンドは、他の貴族にあいさつしに向かった。


 貴族はパーティが華。ロンドは借金を抱えているとはいえ、十大貴族の一人である。ロンドにご機嫌伺いする貴族が次々と現れた。


 しばらくロンドは挨拶で時間を取られるだろう。


 今の私はフリーだ。


 パーティ会場をそっと抜け出し、本宅に向かえるかも。


 金庫の位置、方向ぐらいは探りたい。


 出口を見る。


 警護もここに集中している。


 チャンスだ。


 いや、待って。


 ()いては事をしそんじる。


 まずはエリザベスとの顔合わせが先だ。エリザベスに信頼されないと、本宅で万が一見つかっても言い訳できない。


 エリザベスを探そう。


 パーティ会場をくまなく捜す。


 すると……。


 エリザベスがいた。


 豪奢なドレスを着て、多くの取り巻きが詰め掛けている。エリザベスが何か言うたびに、賛美が飛び交い会場が沸き立つ。


 今は挨拶に行けない。人が多すぎる。


 エリザベスに背を向け、パーティ会場の端に移動した。


 パーティ会場は人で埋め尽くされていた。


 著名人もわんさかいる。


 エリザベスの派閥がここまで持ち返していたとは……。


 こいつらは全員ティムちゃんの敵だ。


 顔を覚えておこう。


 パーティ会場の出席者を確認していく。


 知っている顔も何人かいた。私を見てヒソヒソと話している。


 白い目で見る貴族の子弟達。


 まぁ、私はティムちゃん派閥の人だと誰もが周知しているからね。


 ロンドも最初は疑っていた。


 ティムちゃん派閥筆頭の私が何を企んでいるのか詰問してきた。


 結局、ロンドは喉から手がでるほどお金が欲しかったのだろう。大金に目がくらみ詰問もそこそこに、エリザベス陣営に引っ張ってきたのだ。


 もちろん出席者は貴族だけではない。有力商人もいる。


 バース、フォード、 エディンバラ……。


 この辺の顔ぶれは変わらない。


 エリザベスを両脇から支える財閥だ。


 貴族に見初められるチャンスと思ったのか、奴らの娘達も出席している。高級な生地を何枚も重ねがけしたドレス。豪奢なダイヤかサファイヤの宝石をイヤリングと首飾りでこれでもかと身にまとっている。


 だいたい他の出席者も同じ。キラキラと豪勢な姫のようだ。


 外見はいい。でも、会話は誰かの不幸話や、自慢自慢のオンパレード。高級なドレスをまとって化粧をしても、その薄汚い本性が透けて見える。


 これだから貴族のパーティは嫌い。


 こんなところあまり長居はしたくない。それが嘘偽りない私の気持ちだ。


 はぁ~でも調査のため自分の気持ちは二の次だ。


 改めて出席者の確認をする。


 他には……。


 へぇ~なかなかの美人がいる。


 金髪で綺麗な髪。

 他も美人は美人だが、輝きが違う。


 宝石を身にまとってなく、地味なドレスである。だが、それを補ってあまる素の美しさ。それに感じる雰囲気が段違いだ。


 今までの高飛車で傲慢な娘達と違う。

 ぽかぽかと優しい気持ちになる――ってティレアさん!?


 どうして、ティレアさんがエリザベスのパーティに来ているの?


 そこには見知った顔のティレアさんがいた。


 ティレアさんはパーティドレスを着て、骨付き肉をほおばっている。


 ここにいるはずのない人物がいたことに驚いていると、


「やっほう! ミレスちゃんも来たんだね」


 向こうも私に気づいたようだ。


 片手に持った肉を振りながら挨拶をしてきた。

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