第三十三話 「ミレスと強盗大作戦(前編)」
ギルさんの提案を聞き、頭を抱える。
この人もやはりオルティッシオの部下だ。
ギルさんの提案は、窃盗、いや、強盗である。
エリザベスの資金を盗み、その活動を阻害するのが目的だ。エリザベスは、その財力を使って様々な悪事を行ってきた。裏組織の殺し屋を絶えず雇えるのも、その豊富な資金力のおかげである。
ギルさんの提案は、資金源を断つという意味では、恐ろしく有効だ。正規の方法でエリザベスの悪事を訴えても、公爵の特権を振りかざされ不問にされるだろう。
エリザベスを止めるには、これしかない。
わかる、わかるよ。
だけど、完全に犯罪である。一般的に百万ゴールド以上の盗みは死刑だ。エリザベスの資金ともなれば、億はくだるまい。それを盗めば確実に死刑である。
しかも公爵家に押し入り強盗するのだ。どれほどの罪に問われるか……連座で一族郎党皆殺しだろう。
二人ともその辺のところ理解しているのだろうか?
リスクも考慮してる?
オルティッシオとギルさんの顔を見る。
普通だね。
悲壮感の欠片もない。
こんな危険で重大な話をしているのに、オルティッシオもギルさんも涼しい顔をしている。
気軽だ。
まるで近所のおばちゃんが井戸端会議をしているぐらいに気軽すぎる。
もう少し熟慮しましょうよ。
今の会話を誰かに聞かれるだけでも、身の破滅です。共謀罪で牢屋行き、死罪だ。ことは、自分の身だけではすまされない。周囲の親しい者にも危害が及ぶ。早まらず、他に賢い方法を考えましょう。
だが、私の心配をよそに、すでに二人は具体的な強盗の手順を話し合っていた。
はい、もうやることは決定なんですね。
すごい。やるかやらないかの議論すらない。ある意味命のやりとりに慣れている。鋼の心臓を持っているね。小心な私と違ってあたふたしていない。そういう意味では生粋の軍人達だ。
オルティッシオ達は、どれだけ気づかれずにエリザベス邸に潜入できるかを話し合っている。なのにオルティッシオの意見は、正面突破だ。単純極まりなく、ほぼ無策といってもいい。
彼は潜入という言葉を知っているのだろうか?
こんな作戦を真摯に聞いているギルさんの懐の深さに感動する。もう、オルティッシオの意見なんて無視すればよいのに。
反対にギルさんの作戦は、なかなか優れていた。
警備の配置、潜入する時間帯、事細かに調査した後、少数精鋭で突入する作戦だ。
本当に成功しそうな感じがする。
ただ、ギルさん自身も言っているが、この作戦には内部協力者が必須だ。
って、こんな話を私の目の前でやっちゃっていいの?
ペラペラおかまいなし。本当に私をただの人形、置物かなにかと思っているようだ。しないけど、仮に私が密告したらおしまいなのに……。
「おぉ、そうだ。名案が浮かんだぞ!」
二人の会話に聞き入っていると、突然、オルティッシオが叫ぶ。
嫌な予感がする。
オルティッシオの名案なんてろくなもんじゃないよ。
「オルティッシオ隊長、名案とは?」
ギルさんはオルティッシオに話の続きを促す。一歩身を乗り出し聞き入る姿勢だ。そこに馬鹿にした様子は微塵もない。
私の反応とは真逆な態度だ。
バカな上司でも忠義を尽くす。本当にギルさんは部下の鑑だね。
「ギル、お前の作戦なかなかよかった。だが、内部協力者がいないのがネックだったな?」
「はい、この作戦は内部からの手引きが必要不可欠です。諜報部隊の協力があれば別ですが……」
「諜報部隊!? あのクソ参謀に借りは作らんぞ」
「わかっております。他部隊の協力を得てはオルティッシオ隊長の手柄となりません」
「そうであろう。ここは我が第二師団だけでことにあたる。まぁ、我が部隊は戦闘部隊だ、こと潜入に不向きなのは理解している。だからこその我が策だ。人形、貴様の出番だぞ!」
「はい!?」
いきなり呼ばれてドキリとした。
こいつ私に何をさせる気だ?
それからオルティッシオは、得意げにその自信満々の策を語り始めた。
……
…………
………………
頭痛がする。
嫌な予感が当たりまくりだ。
オルティッシオの作戦はこうだ。
私がエリザベス邸に間諜として潜り込み、情報を入手。内部から手引きをしてオルティッシオ達を中に引き入れるのだ。
私は魔法学園の生徒だ。エリザベスとも面識がある。間諜として潜り込みやすいとのこと。
いやいや、一学生の私に間諜なんて無理。
それに私はエリザベスと敵対している。どうやって相手の懐に潜り込めばよいのだ。
難易度が高すぎる。
私が引きつった笑みを浮かべているのに、オルティッシオは自分の策に自信満々な顔をしている。
こちらの事情などおかまいなしだ。
「はぁ~オルティッシオさん、はっきりいいます。間諜なんて無理です。私は間諜のような特殊な訓練を積んでません」
「泣き言を言うな。主旨は理解しただろ」
「えぇ、まぁ。要するに私に盗みの手引きをしろってことですね」
「人形、【盗み】とはなんだ? 聞き捨てならん」
「いえ、どんなに取り繕っても私達がこれからやろうとしていることは犯罪です」
「はぁ? 貴様は何を勘違いしておる! 犯罪者は奴らだぞ」
「まぁ、そうですよ。エリザベスが悪人で犯罪者なのは事実です。ただ、これからお金を盗みに行く私達だって――」
「馬鹿ものがぁあ!! だから【盗み】とはなんだ。【盗み】とは! もともとティレア様の富をあやつが強奪したのだぞ。我らはそれを回収しにいくにすぎん」
「えっ!? では、王都に来られた時にエリザベスから襲撃を? 国の資金を奪われたんですか?」
「あほかぁあ!! 我らがあのような小虫どもに襲撃されるわけなかろうがぁ! そんな愚かな小蠅など返り討ちにしてやるわ!」
「じゃあ強奪って?」
「いいか。この世の財は全てティレア様のものだ。それを不当に占拠しているエリザベスこそコソ泥だ。わかったな」
オルティッシオが血走った目で力説する。
この人、やっぱりおかしい。
この世の全てって……ティレアさん達は世界の王とでも言いいたいの?
軍人が主君に忠誠を誓うのは理解できるが、これは常軌を逸している。
そういえば、昔、近所に住んでたおじさんがこんな感じでやばかった。「掃天既に死す!」とか叫んで暴れて、憲兵隊のお世話になってたのよね。
自説に固執するあまり、周囲がみえなくなるあたりが似ている。
「オルティッシオさん、主君にそこまで忠誠を尽くすのは素晴らしいと思います。ですが、やりすぎると逆に主君に迷惑がかかりますよ」
「人形、お前はどこまで愚かなのだ。今の会話のどこがやりすぎだ。ティレア様の素晴らしさを讃えるのに不足しているぐらいだぞ」
だ、だめだ。この人……。
本当にギルさんはこの人の下でよくやってるなぁ。
「人形、ぐだぐだ無駄話はもういい。で、やるのか、やらんのか? いや、違うな。やるのは決定している。準備をしておけ」
「い、いや、ちょっと待ってください。いきなりすぎな上、私に選択権もないんですか?」
「ミレス、これはお前にもチャンスなのだぞ」
ギルさんが横合いから会話に入ってきた。
ギルさんもオルティッシオの思いつきに賛成らしい。
「チャンスですか」
「そうだ。お前は一度ティレア様に無礼を働いた。その上、ここ地下帝国の機密まで知っている。本来であれば即刻処刑していたところだぞ」
うっ、ギルさんの鋭い眼光に背筋が震える。
「そ、それでは私を処刑するのですか?」
「正直に言おう。オルティッシオ隊長の不手際でお前に機密がばれた。部下として不穏分子は極力排除したい」
「そ、それじゃあ本当に……」
「いや、お前は勿体無くもティレア様のご寵愛を一身に受けている。お前を処刑するのは主君の意に反するのだ」
「ティレア様には感謝しています」
「言葉だけではだめだ。この作戦でお前の忠誠心を試す。お前の力では潜入も命がけだろう。だが、それはティレア様に忠誠を示すチャンスでもある。お前がティレア様、カミーラ様のために命がけで行動できるのであれば、ここの機密を知ってても問題ない」
「私の失態ではなくなるということだな」
オルティッシオもギルさんの意見に喜色を示す。
さすがギルさんだ。そこまで考えてたのか。オルティッシオとの違いを見せてくる。
「やれば私の忠誠を認めてくれるのですか?」
「そうだ。ミレス、ここで疑いの目を晴らしてみろ」
ギルさんのいう事にも一理ある。私は機密を知ったいわば不穏分子だ。ティレアさんはともかく、他の兵士は私に疑いの目を向けているだろう。
ここで命がけの仕事をしないと皆が認めてくれない。
やるしかないんだ。
でも、強盗かぁ~今までもこれからも、どんなに落ちぶれてもそんな真似は絶対にしないと思っていた。
……普通なら絶対に断る。
強盗なんて貴族の、いや、まっとうに生きる者にとって恥すべき行動だ。
だけど……何度も言うようにエリザベスの資金は、貧しい庶民から違法に搾取した金だ。その汚い金を使い、どんどん懸賞金をかけて、ティムちゃんの命を狙っている。
許せない外道だ。
綺麗ごとだけでは世の中はまわらない。
そうだ。当初の気持ちを思いだせ。
ティムちゃんの親友になると決めた。ならば、ここでオルティッシオ達の提案は渡りに船である。私なんかでも、ティムちゃんの力になれる。それを示したい。
「……一つ条件があります」
「条件だと!? 貴様はまだ自分の立場がわかっておらんのかぁ!」
オルティッシオが吠える。
本当にこいつは対話向きじゃない。頼むから会話はギルさんに任せて、黙ってて欲しい。
「誤解しないでください。私欲で言ったわけではありません」
「ではなんだ?」
「エリザベスから盗んだ金は、王都市民に与えてください」
「ふっ、なんでわざわざ手に入れた資金を脆弱な虫共に与えねばならん。話にならんな」
「いや、話になっているでしょ!」
思わず立ち上がってオルティッシオを睨みつけた。
「市民にお金を配れば、盗みではありません。民衆に還元する。立派な大儀よ」
「人形、愚かなことを抜かすな。蒙昧な愚物に情けは無用だ。油は絞れば絞るほど、良い」
「なっ!? それじゃあエリザベスと一緒です。上に立つ者の考えじゃありません。取り消してください」
「事実を言ったまでだ。取り消す必要はない」
「じゃあ、協力できません。民衆に還元しないのなら、盗みと一緒です」
「貴様、何度言わせる気だ! 【盗み】ではない。あれは、ティレア様の資金だぞ!」
「あなたこそ、いい加減にしてください。それではエリザベスと同じ穴の狢です」
「貴様、まだティレア様の偉大さがわからんのか! 一度教育をしなおさねばならないようだな」
話にならない。
「ギルさん、あなたは違いますよね? オルティッシオさん、あまりにおかしすぎです!」
「なんだと!? 頭がおかしいのは貴様だ! ギルよ、このわからずやの人形になんとか言ってやれ!」
私とオルティッシオの言葉を受けて、ギルさんが口を開く。
「オルティッシオ隊長、まずは、エリザベス邸の潜入作戦をつめましょう。成功後の話を今、話してもどうもなりませぬ」
「おぉ、そうだったな」
「ギルさん、市民に還元しないのなら私は協力しませんよ」
「ミレス、市民に還元すると言ったが、具体的に何か考えているのか?」
「そ、それは……盗んだお金を普通に配ればいいんじゃないんですか?」
「それではだめだ。一口に還元すると言っても、どこにどういう配分にするか決めねばならん。不公平になっては諍いの元だぞ」
「で、でも、還元しないなら本当に泥棒ですよ」
「ミレス、市民への還元は今すべき議案か?」
「で、でも……」
「ミレス、還元するにしても諍いが起きないように詳細な計画書を立てねばならん。そこまでの時間はあるのか? お前が言ってたであろう。エリザベスの脅威は一刻を争うと。それにだ、還元された者がエリザベスから報復されたらどうするのだ? あるいは王家から盗賊の一味として処罰されるかもしれんのだぞ?」
考えてなかった。
エリザベスの資金を受け取ったのがばれたら、その人がエリザベスに報復される。
資金を強奪するなら、最後まで責任を取るべきだ。エリザベスの恨みは盗んだ私達が引き受けないと。
ギルさんの言うとおりだね。
市民への還元はエリザベスを完全に倒してからだ。さすがギルさんだ。ギルさんに任せておけば万事抜かりはないだろう。
きっと市民への還元も滞りなくやってくれるはず。
「すみません、考えが足りませんでした」
「わかればいい。ではやってくれるな」
「わかりました。せいっぱい頑張ります」
それからギルさんは詳細な作戦をたてるため、他の隊員達と一緒にエリザベス邸の周囲の調査に向かった。
ギルさん、本当に働き者だ。
会議中もテキパキ動き、いつのまにか部屋もきれいに片付いてある。
並行した仕事を楽にこなすその姿。できる大人って感じだ。オルティッシオと上役を交替すればいいのに。
肝心の上司オルティッシオは、何やらにこにことパンフレットらしきものを見ていた。
そんなに熱心に何を読んでいるのだろう?
身を乗り出して、覗き込む。
こ、これは……。
ナナエブランド!?
オルティッシオが読んでいるのは、誰もが知るかの有名アンティーク店のカタログだ。
ここの調度品は、創始者のナナエ・モーリからちなんでナナエブランドと呼ばれている。
たしかパンフレットを取り寄せるだけでも百万ゴールド近くかかるとか。超セレブ御用達のアンティーク店である。
そうか、ここの調度品はナナエから購入したんだね。どうりで質のいい調度品が揃っているはずだよ。
オルティッシオは、ナナエブランドのカタログを見ながら、ほぉ、ほぉ、唸っている。時折、「この椅子はカミーラ様に合うなぁ」とか「この皿はティレア様に献上しよう」とか独り言を言っているし……。
ところどころ付箋紙をはってチェックしている。
って、うぁあ! あんなにいっぱい買うの?
数十の付箋紙がはってびっちりとなったカタログ。
こいつの金銭感覚はおかしい。
これだけの資金をどうするんだ――ってうん、わかりやすい奴だ。
こいつは完全に私とギルさんの会話を誤解している。
オルティッシオは、強奪した資金を私物化する気まんまんだ。強奪したら、その足でナナエブランドの調度品を購入しにいくのだろう。
「オルティッシオさん、私とギルさんの会話わかってますよね?」
「もちろんだ。貴様がぐだぐだ抜かしたが、結局スパイを引き受けた。あまり手間をとらせるな」
「そうじゃありません。そんなにカタログをじっと見て、魂胆は見え見えですよ。やめてください」
「魂胆とはなんだ? 何言いがかりをつけている」
「では、率直に言います。資金を勝手に使わないでください」
「なるほど。お前が勘違いするのもわかる。私が回収した資金を使って調度品を購入するのはおかしいと思っているのだな」
「え、えぇ、その通りです。わかっているならなぜですか?」
「確かに取引するのは手間だ。殺して回収すれば、簡単である。だがな、ナナエは世界中の名品を一気に取り扱っている大店だ。つぶすより利用したほうがよい。まどろっこしいと思うかもしれん。だが、これも戦略という奴だな。貴様も少しは頭を使うことを覚えるのだ」
「い、いや、何言ってんですが! 全然違いますよ。市民へ還元する話をしたかったんです」
「はぁ? 貴様、何を言っておる? ギルは一言もそんなこと言ってなかったぞ!」
「ギルさんは、今は還元する時間がないって言ったんです。つまり、後々は市民に強奪した資金を還元するつもりなんですよ」
「わけのわからんことを言うな。そんなわけあるか! それにだ【強奪】とはなんだ! 【強奪】ではないと何回説明すれば理解する。あまりにバカすぎる。そうか、だからギルが言っていた意味がわからんのだな。いいか、よく聞け。今回の作戦の主旨を説明する。エリザベスから資金を回収し、我が軍の繁栄に繋げる、以上だ。今度は忘れるな」
うん、お話にならない。もう何度この言葉を思ったか。
よし、オルティッシオは無視だ。説得するのも説明するのも骨が折れる。
それによく考えたらオルティッシオに説明する必要はなかった。
ギルさん、ニールゼンさんがいるんだ。強奪した資金も市民のために有効活用してくれるに決まっている。
「すみません。変な事言っちゃいましたね。忘れてください」
「ったく、あまりぼけてんじゃないぞ」
ふぅ、バカはほっとけ。
ギルさんの言うとおり、還元はまだ先の話だ。まずは潜入について考えよう。
どうやってエリザベスの懐に入るか?
私は、ティムちゃんの派閥に組している。しかも、一番長くティムちゃんの傍にいるので、腹心と思われているに違いない。
そんな私が寝返ると言ってもエリザベスが信じてくれるだろうか?
う~ん、生半可な言葉では難しいだろう。やっぱり難易度が高すぎるよ。
学園の試験みたいに答えがあるわけではないからね。
これが実践なんだ。
だが、あきらめちゃだめだ。考えろ。何か突破口があるはず。
まずは敵を知る。
エリザベスは公爵の血筋でプライドが高い。誰よりも血統主義を貫いている。
よし、そこをくすぐってみるか。
ストーリーとして……。
私はティムちゃんの古武術の力に怯えて仕方なく従っていた。でも、男爵で一応爵位持ちの私は、庶民のティムちゃんに従っているのが常々不満であった。どうせ仕えるのなら公爵で大貴族のエリザベスがいいと、寝返った。
エリザベスは生粋の血統主義だ。
貴族が庶民に仕えるのは最大限に屈辱だと思っている。そこを全面に押し出せば、私の言葉もそこそこ信用してもらえるかもしれない。
ティムちゃんの上から目線の横暴さも有名だ。私はつねづね苛められているとでも言えば、さらに説得力は上がるかも。
ただ懸念はある。
エリザベスの従姉妹ギロティナの時に一度、私はエリザベス陣営への勧誘を断っている。
そこをつかれたら……。
いや、ギロティナはエリザベスと諍いを起こした。最後はエリザベスの手で殺された。エリザベスのギロティナへの心象は最悪と言っていいだろう。
ならば……。
本当は勧誘を受けたかった。だけど、ギロティナがエリザベスの悪口を言ったので、気に入らず断ったと言えば辻褄があうよね。
エリザベスの自尊心をくすぐるし、いいアイデアと思う。
それから私は、潜入の際にエリザベスから詰問されるであろう内容を考えていく。それに対し、一つ一つ丁寧に回答を導いた。
うん、こんなところかな。
後は私の演技しだい。
身震いする。
エリザベスの苛烈さは知っている。間諜とばれたらただじゃすまされない。
念には念を入れよう。
ギルさんからの詳細な調査報告はまだだが、オルティッシオと話をして、潜入作戦をしっかり予習しておこう。
「オルティッシオさん、一つ確認があります」
「なんだ?」
「オルティッシオさん達は近くで待機しているんですよね?」
「そうだ。今は【内政ふぇーず】で、主だった軍事行動ができない。少数で待機しておくぞ」
内政ふぇーず?
またわけのわからない言葉を……多分ティレアさんの造語だろう。
ティレアさんがおかしな発言をして、オルティッシオがおかしな捉え方をしたんだと思う。
オルティッシオはティレアさんの影響をもろに受けそうだし。
「……それってティレア様の方針ですよね?」
「その通りだ。少しは人形らしい発言をしたな。今は【内政ふえーず】。国力を充実せねばならん。戦争はまだ先だ。本当は正面から派手にドンパチしたいのだがな。残念だ」
正面からドンパチって、戦争する気か!
内紛扱いで国軍が介入してくるよ。
「し、慎重にお願いしますね。エリザベス邸には相当数の警護がいますので」
「わかっている。貴様も抜かりなく潜入しておけ。しっかり金庫の位置を探ってくるのだぞ。貴様の合図をもとに突撃する」
「合図って、私、通信魔法が使えませんけど」
「承知の上だ。貴様の魔力を覚えている。貴様が金庫を発見したら急激に魔力を高めろ。それを期に突入する」
えっ!? 魔力を覚えたって、それ犯罪ですけど……。
魔力を覚えられたら、その位置情報が丸わかりになる。だから、勝手に他人の魔力を覚えるのは違反だ。仮に任務で他人の魔力を覚える必要があるなら、いくつもの契約書にサインをしなければならない。
本当にこいつは息をするように罪を犯す。
……まぁ、いいか。
これから強盗するんだ。今さらだね。
「わかりました。魔力を急激に高めるって、つまり【増】をするんですね?」
「ん!? そんな名前だったか」
軍人のくせに魔力操作の基本【増】を知らないの?
どこまでバカなのか。
「あ、あの大丈夫ですよね? 作戦の連携ミスがおきたら目もあてられませんよ」
「問題ない。そんな心配よりその【増】とやらをやってみろ」
「は、はい」
魔力を操作し、自身に宿る魔力を一時的にアップさせた。
うん、いい感じ。
全身を伝わる魔力に淀みがない。魔力が八百近くまで増加した。
「どうした? 人形、はやくやれ。それと、その【増】とやらは緊急時にも使用しろ。その場合も突入する。お前の命は、カミーラ様のものだ。勝手に壊れるのは許さんからな」
「あ、あの」
「なんだ? さっさとやってみせてみろ」
「いや、やってますけど」
「はぁ? 本当に魔力を高めているのか?」
「高めてますよ! ほら!」
オルティッシオに魔力を見せるように腕を広げた。
オルティッシオは、目を細めてじぃっと見ている。
「むむ、なんという脆弱さだ。ほとんど変化しておらんな」
いや、変化しているでしょ。
もしかしてこいつ魔力探査が苦手とか?
だ、大丈夫かな。こいつに任せて本当に突入してくれるの?
今更ながらに不安になってきたよ。




