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第三十二話 「ミレスとエリザベス対策」

 ふたたびティレアさん達の隠れ屋敷に向かう。


 前回、オルティッシオとやりあった上に、ティレアさんと論争した。そのせいでヘトヘトになり、本来の主旨をまっとうできなかった。


 今日こそ、目的を達成する。


 東方王国執事のニールゼンさんにティムちゃんのことを相談するのだ。


 本来は、身内のティレアさんに相談するのが筋ではある。


 ただ、ティレアさんは相談向きの人ではない。それは前回の会話で把握した。ティレアさんはネットの影響を受けたせいで、ピンとのずれた回答をしてくることがある。


 相談しても「二十一せいきの未来では~こうだ」とか「そんな時は、けーさつに通報よ」とかよくわからないことを言いそうだ。


 実際、この前のティレアさんとの会話では【二十一せいき】【けーさつ】だけでなく、聞いたこともない言葉を連発された。


 正直、意味がわからなかった。


 多分、造語だろう。


 ネットやググルを恨むよ。ティレアさんが学習する大事な時期に変な言葉を吹き込んだ罪は重い。


 そういう次第でティレアさんには相談できないのだ。


 ティレアさんは癒しの人。性格は善良で慈愛に溢れている。そんな人は貴重で、こんなややこしく危険な事に巻き込みたくない。


 難しい荒事は、完璧執事のニールゼンさんに対処してもらうのが一番だ。


 ニールゼンさん……。


 少ししか会ってないが、私にはわかる。


 あの物腰、隙のない立ち振る舞い、あれだけ頼りになる人はいないと思う。何よりあのティムちゃんが【我が右腕】と絶賛する人だ。


 早く相談したい。


 学園でティムちゃんの権威が増加するにつれて、エリザベスの敵意はどんどん増している。


 どんなに注意しても、ティムちゃんはその女王的気質を控えようとしない。東方のお姫様だ。仕方がないと言えば仕方がないけど……。


 少しは上級生に気を遣わないと、敵を作るだけだ。


 ただ、もうティムちゃんを庶民出身とバカにする奴はいない。というか私が推測したように、王族のご落胤ではないかとまことしやかに噂が流れているのだ。


 ティムちゃんのずば抜けたカリスマがその噂を加速させている。


 学園の勢力図もティムちゃんとエリザベスの二強まで絞り込まれた。


 こんな短期間に勢力が膨らんだのは、ティムちゃんのカリスマとアナスィー先輩の政治力のおかげである。


 アナスィー先輩は、自身の家格と政治力を十二分に発揮した。またたくまに敵は駆逐し、味方を引き入れていったのだ。


 アナスィー先輩……。


 ティムちゃんとは別な意味で恐ろしい人だ。ティムちゃん以外は眼中なし。ティムちゃんのためなら、親であろうと殺しそうな気がする。


 そんな狂信ぶりを発揮するアナスィー先輩は、率先してエリザベスを煽っているのだ。元エリザベスの部下とはとても思えない。


 アナスィー先輩は、まるで「女王はカミーラ様、ただお一人。贋物は去れ!」という具合にエリザベスの領域を無遠慮に侵食する。


 そんな二人の行動がエリザベスの逆鱗を常に刺激しているのだ。


 ただ激情家のエリザベスだが、バカではない。今短慮を起こしても不利と判断したのか、沈黙を守っている。ティムちゃんに反発する貴族を取りまとめ、下がり続けてた勢力を全盛期に近づけつつあった。


 ティムちゃんは皇族の出自のせいか、どんな目上の者でも敬意を払わない。そのせいか敵対する貴族の数もばかにならない。そんな貴族を取りまとめ、反カミーラ連合を作り上げたエリザベスの手腕はなかなかといえよう。


 今では、中立を保っていた貴族はほぼゼロだ。ティムちゃんかエリザベスのどちらかの陣営に属している。


 お互い準備は整ったといえよう。


 近いうちに両者は衝突する。


 そうなれば……。


 いくらティムちゃんの勢力が大きくなったと言っても、油断はできない。窮鼠猫を噛むと言う。しかもエリザベスはただのネズミではない。獰猛な狼だ。


 下手をすれば一気に勢力を崩される。それなのに、ティムちゃんは危機意識ゼロだ。ゲーム感覚でいる。絶対にニールゼンさんに(たしな)めてもらわないと。


 断固たる決意を胸に歩みを速める。


 そして……。


 ベルム王都支店料理屋の裏手に到着した。


 ここはティレアさん達東方の皇族が住まわれる隠れ別荘である。


 店内にニールゼンさんはいなかった。


 きっとここにいるんだろう。


 地下へと続く階段……。


 降りれば、地下とは思えない広大な空間が広がっている。その立地に特級の調度品の数々、まさに地下の王宮と言ってもいい。


 もちろん部外者が勝手に入っていい場所ではない。少なくとも絶対に許可が必要だ。


 でも、今回の相談はティレアさんやティムちゃんに内緒にしたい。ティレアさんは巻き込みたくないし、ティムちゃんに言ったら余計なお世話だと邪魔されるに決まっている。


 二人の許可は取れない。


 入っていいか、迷う。


 階段の前で逡巡していると、


「なんだ、人形か。そこで何をしている?」


 オルティッシオが声をかけてきた。


 うん、よく会う。


 ニールゼンさんだったらよかったのに。そしたらこの場で相談できた。


「オルティッシオさん、こんにちわ」

「挨拶はいい。何をしていると聞いているのだ?」


 本当にこいつは無骨すぎよね。


 まぁ、ちょうどいいか。ニールゼンさんに取り次いでもらおう。


「オルティッシオさん、お願いがあります。ニールゼンさんに会わせてもらえませんか?」

「またその話か。だめだと言っただろうが」

「なぜですか? ちょっと相談したいことがあるんですよ」

「だからその内容を言え! 貴様がよからぬことを考えていたら成敗せねばならんからな」


 ふぅ~またこの問答なの……。


 この前みたいに暴力は振るわれないと思う。だけど、頑としてお願いは聞いてもらえそうにない。


 本当にこいつってバカなんだよね。


「いい加減にしてください。何もやましいことなんて考えてません」

「信用できんな。貴様は一度、ティレア様に反旗を翻したからな」


 くっ!? あの時の醜態を言ってるの?


 あれは、確かにティレアさんにとても無礼な態度を取ってしまった。

 

 すごく反省している。


 でも、私が暴れた原因はあなたのせいなんですからね。


 それから私は、オルティッシオと「会わせて!」「理由を言え!」と押し問答を繰り返す。


「はぁ、はぁ、はぁ、もういい加減にしてください」

「貴様こそ、しつこすぎだ。私は貴様と違って忙しいのだぞ」

「私だって暇じゃありません」

「くそ、本来であれば殴って黙らせる。だが、ティレア様からの厳命でな。貴様には手を出せん」

「それはよかったです」

「くっ、生意気な」


 オルティッシオがギロリと睨む。


 本当に短気な人だ。


「主君の命令ですよ。暴力はやめてください」

「わかっておるわ! こやつどうしてやろうか~」

「どうもこうもないです。少しニールゼンさんとお話がしたいだけなのに」

「あ~さっきから会わせろ、話をさせろの一点張り。なんなんだ貴様は! だいたいニールゼン隊長は、今留守だぞ」

「えっ!? そうなんですか?」

「カノドの町に任務で出ている。貴様と違ってニールゼン隊長も忙しいのだ」


 カノド……。


 隣町とはいえ、行き帰りだけでも一週間はかかる。用事の度合いによっては、数週間は戻ってこれないだろう。


 どうしようか?


 この相談は早めにしておきたい。


 もう、いっそこいつに相談しようか?


 いつニールゼンさんに会えるかわからない。


 こいつはバカだけど、腕はある。ティレアさん達への忠誠心も十分だ。何より腐ってもあのニールゼンさんの部下だしね。


「じゃあ、あなたに相談します。カミーラ様のことです」

「カミーラ様だと?」

「はい、カミーラ様の進退にかかわる話です。最悪、お命にかかわるやもしれません」

「なに!? それは由々しき事態だ。ティレア様、カミーラ様、第一の臣として、是が非でも貴様を尋問する。こい」

「は、はい」


 それからオルティッシオに半ば強引に連れられて地下の隠れ屋敷へと降り立つ。


 改めて通路を見渡す。


 すごい。


 溜息もでない。ここに降りるのは二度目だけど、驚きの連続だ。


 高級、いや超高級、いやいやそんなものじゃない超弩級の調度品の数々だ。


 アルクダス王国の王宮なんて目じゃない。


 東方ってあまり情報が入ってこないから、舐めてた。


 右を見ても左を見ても、安物が一つも置いてない。


 例えば、右端に置いてある流麗な模様が入った花瓶。


 この花瓶一つで、実家の屋敷が何件買えるだろうか?


 うちの年収十数年分の皿や彫刻が所狭しと並べてある。


「本当にすごいところですよね。こんな豪華な調度品の数々初めて見ました」


 傍らを歩くオルティッシオに感嘆交じりに話す。


「まったくこの程度の調度品で驚いてどうする。これらの品々は仮に集めたものだ。カミーラ様を満足させられる代物ではない」

「そうなんですか?」

「当たり前だろうが! ここはティレア様、カミーラ様の居城だぞ。最大にして最高の調度品でないと示しがつかぬ……ただ、それを集めるのがすごく大変だがな」


 ん!? 最後のほうよく聞き取れなかった。


 いきなりオルティッシオの声が、自信なさげに変わる。顔色も青くなった。


 オルティッシオの奴、何か調度品のことでトラブルにでもあったのかもしれない。


 いつも変に自信を持っているオルティッシオが弱気になっている。


 一体、どんなトラブルを……まぁ、どうでもいいや。


 とにかく一つ謎が解けた。


 ティムちゃん、本当にすごい生活してたんだね。パーティ慣れしてたのも頷ける。


 ……今更ながらに思う。


 ティムちゃんをクラスの歓迎会によく呼べたな。ティムちゃんが「庶民的でお前達らしいパーティー」と言ってた意味が真に理解できたよ。ティムちゃんが参加したくないわけだ。大好きなお姉さんの頼みだからしぶしぶ参加したんだね。


 それから驚き、溜息を繰り返しながら、第二師団駐屯室に入る。


 オルティッシオは、どうやらこの第二師団の隊長みたいだ。一室をあてがわれているのだ、やはり幹部なんだろう。部下も何人もいる。階級で言えば、近衛兵団の部隊長クラスに匹敵するのかな。そこそこ高い地位にいる。


 ただ、どうもオルティッシオは、ティレアさんやティムちゃんから軽く扱われているような気がしてならない。


 なぜ?


 オルティッシオの横顔を見る。


「なんだ?」

「い、いえ」


 顔は普通だ。着痩せしているけど、鋼の肉体を持つ武人である。軍人としては合格、むしろ優良であろう。


 今度はオルティッシオでなく、第二師団駐屯室を観察する。


 第二師団室の中は、書類が雑多に溢れかえっていた。


 出しっぱなしの書類。

 本棚に直さない書籍。

 羽ペンは書類の上に放置。

 インクも蓋が開封したまま。


「……散らかってますね」


 ポツリと心情を述べた。


「誤解するな。いつもは整理整頓してある。ここ数日、ギルが不在で片づけをしていないだけだ」


 オルティッシオが言い訳を始めた。


 いつもギルが片付けをしているのか。


 そのギルがたった数日いないだけで、ここまで散らかせるものなの?


 ここに来るまでにあったいくつかの部屋を窓越しに見た。どの部屋も清潔できっちりとしていたのに。


 こんなに散らかしちゃって。


 この部屋は、隊長であるオルティッシオの性格がよく出ている。


「オルティッシオさん、部外者が言うのもなんですが、ギルさんがいないのならあなた自身でやればいいのでは?」

「貴様はバカか! ギル以外が片づけをして……もし重要な書類を紛失したらどうするのだ!」


 じゃあ、散らかすなよ。


 ティレアさん達が軽く扱うのもわかる。


 バカだからだ。きっとそう。


 オルティッシオの物言いに疲れを覚えた。


 まぁ、気にしてもしかたがない。私が口出す問題じゃないしね。几帳面なせいか、つい乱雑に置いてある書類だけでも片付けたくなる。


 だけど、オルティッシオの言うとおり機密文書なら勝手に触るわけにはいかない。


 むずむずする気持ちを抑え、部屋中央にあるテーブルの横に置いてある椅子に座る。


「うっわ!?」


 思わず声が漏れた。視界に映ったものに驚きを禁じえない。


 部屋に入ってから、色々言いたいことはあった。


 でも、これは酷すぎる。


 テーブルに白金がばらばらと置かれているのだ。


 白金一枚は平均的な市民の月収六ヶ月分に相当する。そんな大金が無造作にばらまいてあるのだ。数枚は床に転がっているし。


 あまりに無用心すぎる。


 さっきは部外者が口を出す問題じゃないと思ったが、これは注意しておこう。


「オルティッシオさん」

「なんだ?」

「お金が出しっぱなしですよ」

「ん!? あぁ、巾着に入れるのを忘れてたな」


 オルティッシオは、無造作に白金を掴むと自身が持っていた巾着に入れていく。ただ、あまりに雑なのでまた白金がぽろぽろとこぼれている。


「ち、ちょっと、落ちてますよ」

「後で拾う」

「いや、盗まれたらどうするんですか!」

「はぁ? 貴様はバカか! ここに泥棒を働くような不届き者はおらんわ」


 オルティッシオは非難めいた目で私を睨む。


 えっ!? 私が悪いの?


 確かにここにいる人達は、忠誠心溢れる人達だ。何せはるか東方からティムちゃん達を慕ってここまでついてきたのだ。コソ泥するような不忠者はいないだろう。でも、外部から泥棒が入るかもしれないのに。


「確かにここにそんな不埒者はいないかもしれません。ですが、外から泥棒が入ってくるかもしれませんよ」

「ふふ、貴様は本当に愚かだ。この鉄壁を誇る地下帝国に忍び込める者などおらぬわ。それより、カミーラ様のお命にかかわる話とはなんだ! ()くと言え!」


 オルティッシオは泥棒に入られる可能性をまったく考えていない。


 これだけ高価な調度品が置いてある屋敷だ。


 泥棒にとっては……って違うか。


 心配しすぎだったね。よく考えたら料理屋の地下にこんなお宝が眠っているなんて誰も思わない。それに誰か気づいたとしても、あのニールゼンさんがいるんだ。その辺もきっちりガードしているのだろう。


「すみません、余計なお世話でしたね。本題に移ります。相談というのは……」


 それからティムちゃんと対立しているエリザベスの事を伝えた。


 いかにエリザベスが恐ろしく狡猾なのか。

 いかにエリザベスが敵対した者に容赦しない残虐な性質なのか。


 エピソードを交えながら話したのだ。


 オルティッシオは、意外にもエリザベスを知っていた。なにか資金繰りの関係でエリザベスと接触していたらしい。


 おかげで話をするにも説明が早かった。


 エリザベスと会ったならわかるはずだ。

 エリザベスはとても危険だ。


 そんな敵を前にしても、ゲーム感覚でまるで危機意識がないティムちゃんを(たしな)めて欲しい。


 話を聞き終えたオルティッシオは一つ溜息をついた。


「はぁ~何事かと真剣に聞いてみれば、そんな話か」

「えっ!? ちゃんと聞いてましたか?」

「当たり前だ。何がカミーラ様のお命にかかわるだ。貴様の心配は杞憂にすぎん」

「杞憂ではありません。エリザベスは危険人物です。カミーラ様は、そんな奴に敵対しているんですよ。それなのにカミーラ様は全然危機意識がないんです。家臣なら諫言すべきでしょ!」

「あのなぁ~人形、よく聞け。カミーラ様はそのエリザベスとかいう小虫で遊んでおられるのだ。主君がゲームを楽しんでおられるのに、それを止めるほうが不忠だ。わかったな」


 こいつ、信じられない。


 何がゲームを楽しんでいるよ。ティムちゃんはそんなんじゃ――そんな性格だったね。エリザベスの脅威を【危機】じゃなく【嬉々】として感じている。


 でも、だからこそ危うい。油断に油断を重ねているのが今のティムちゃんだ。エリザベスはそんな隙を見逃さない。こうしている間にもエリザベスは着々とティムちゃんの暗殺計画を練っているだろう。


 あぁ、主君の命の危険が迫っているのに。オルティッシオの奴、主君の勘気に触れるのが怖くて逆らわないのだ。


 弱虫の卑怯者よ。


「……あなた第一の臣なんて言って、カミーラ様の不興を買うのが怖くて、諫言しないんでしょ。軽蔑します」


 怒りで自然、(なじ)るような口調になる。


「はぁ? 貴様、侮辱する気か! 私は主君のためなら命さえ惜しまぬわ」

「じゃあ、なぜ諫言しないんですか? 本当にカミーラ様を思うのなら、不興を買ってでもお止めするべきですよね」

「いや、本当にお命の危険が迫っているならそうする。だが、今回は明らかに違う。貴様もカミーラ様の人形ならわかるはずだ。カミーラ様のお力を知っておろう?」

「それは知ってます。カミーラ様のお力は、常人を超えております。それこそ魔法学生が束になってかかっても勝てないぐらいに。でも、エリザベスだって大貴族です。資金は豊富でプロの殺し屋を大量に雇えるんですよ。そんな裏の殺し屋に何人も狙われたら、いくらカミーラ様だって……」

「何をトンチンカンなことを言っている。小虫が数十人来たからどうだと言うのだ。お前、本当にカミーラ様のお力を知っておるのか?」

「もちろんです。東方のお姫様。強いのも王家の武術師範に直々に教わったから。古武術の達人なんでしょ」

「いやいやいや、東方? 王家の武術師範? 頭がぼけているのか? 侮辱にもほどがあるぞ。貴様はもったいなくもカミーラ様の人形だろうが。そんな理解しかしておらんのか?」


 オルティッシオに頭の心配をされるなんて心外にもほどがある。


 でも、オルティッシオの物言いから推測するに、ティムちゃんは東方の出身ではないみたいだ。


 そういえばティレアさんと話をして【にほん】という島国に住んでいたと言っていた。そこが東方かどうか尋ねたら、ティレアさんは「だいたいそんな感じなとこ」と言ってたっけ。


 このセリフから察するに、ティレアさん達の出身は、東方王国とは違う国なのかもしれない。


 東方よりもさらに南とか?


 もしかしたら東方王国は、ティムちゃんの国と敵対していた国かもしれない。そうであれば、オルティッシオの態度にも頷ける。


「おっしゃるとおりです。私はカミーラ様達を理解しておりませんでした。東方も武術師範の手ほどきも私の勝手な想像でした。では、改めてお聞きします。カミーラ様って何者なんですか?」

「お、お前……あれだけティレア様、カミーラ様のご寵愛を受けておきながら、今更そんな質問をするのか? ありえんぞ」


 オルティッシオがあきれ返った顔をしている。


「あきれられるのは承知の上です。でも、知りたいんです。今更な質問ですが、ティレア様、カミーラ様はやんごとなき身分のお方なんですよね?」

「当然だろうがぁああ! 貴様、そこもわかってなかったとはいわせんぞ! どれだけ頭がわいておるのだぁあ!」


 オルティッシオが烈火の如く吠えた。


 当り前よね。皇国のお姫様に対して、今更高貴な方ですかと尋ねたからだ。


 ビリビリとすごい圧力を感じる。


 な、なんて威圧……。


 気を抜くとそのまま気絶しそうである。ここまですごい闘気を放つオルティッシオはやはり只者ではない。そして、そんな部下を持つティレアさん、ティムちゃんは大国の姫様で間違いないだろう。


「大変申し訳ございません。もちろんわかってます。ティレア様、カミーラ様がとてつもなく高貴な方だと認識してます」

「はぁ? わかっているならなぜそんな質問をしてくる?」

「それはティレア様が自分達を庶民と言い張るものですから」

「へっ!? ティレア様がそのようにおっしゃったのか?」


 オルティッシオのきょとんとした顔。


 わかります。すごくわかります。絶対にありえませんからね。


 ティレアさんは皇族出身とばれたくないから、そんな嘘を言っていると思う。だけど、もう少しマシな嘘を考えて欲しい。


「そうですよ。ティレア様はかたくなに自分達を庶民と言ってます。明らかに違いますよね?」

「ティレア様が、本当にご自身を庶民だとおっしゃったのか?」

「はい」

「では、ティレア様もカミーラ様も庶民だ。わかったな」


 わかるわけないでしょ。あれだけ、やんごとなき身分かどうか聞いたら怒ってたくせに。


 その反応からバレバレでしょうが!


 というかこんなアルクダス王宮も霞むくらい豪華な屋敷に住んでいる庶民って、どんな庶民ですか!


「あ、あの……オルティッシオさん、いくらなんでも庶民は無理がありますよ」

「黙れ! 誰がなんといおうと、ティレア様、カミーラ様は庶民であらせられる。わかったな!」

「む、無理やりすぎです。それで納得しろと?」

「そうだ。納得しろ。だいたい貴様は口数が多すぎる。人形なら、黙って人形としての役割を果たせ!」


 無茶苦茶言うな。


 それからオルティッシオは強引に話を進める。信じろ、これは命令だと。


 オルティッシオはわかっているのだろうか?


 そんな態度をするから余計ティレアさん達を庶民に思えないというのに。


 まぁ、別にティレアさん達の秘密を暴きたいわけでもない。信じたフリをしてもいいよ。


「オルティッシオ隊長」


 私とオルティッシオの問答を、いつのまにか帰ってきていたギルが横から口を挟んできた。


「おぉ、ギル、帰還したか」

「はっ。つつがなく任務は完了しました」

「よくやった」

「それでオルティッシオ隊長」

「どうした?」

「さきほどの会話を聞いておりました。さすがに強引に話を進めるには無理があります。ミレスにはある程度の情報を与えましょう」

「なっ!? それではティレア様のご命令に背くことにならんか?」

「しかたがありません。もはやミレスがティレア様やカミーラ様を庶民と思うのは不可能です」

「そうなのか?」

「はい。我々の態度、そしてこの地下帝国を見られたのです。ミレスにはある程度の推測ができているでしょう。問題は、核心の部分を暴かれなければよいのです」

「それはじゃ――」

「し――っ。オルティッシオ隊長、ここは私にお任せください」


 ギルがオルティッシオの代わりに私の真向かいに座った。


 ギルとは、ほとんど話したことがない。


 だけど、オルティッシオとは違い格段に理知的なのは知っている。さきほどの二人の会話で核心の部分は暴かれないようにと言っていた。


 恐らくティレアさん達の出身国の名前とか正確な場所とかは教えてくれないのだろう。ただ、ある程度、建設的な話ができるにちがいない。


「ミレス、改めて名乗ろう。第二師団の副長を務めているギルだ」

「は、はい。ミレス・ヴィンセントです」

「ではミレス、少し話をするぞ」

「わかりました」

「ミレス、お前もわかっているだろうが、ティレア様、カミーラ様は高貴な身分のお方である」

「はい」

「うむ。では、お前なりに組み立てたティレア様達がどういった方なのか、推論を話してみろ」


 それからギルの言うとおりに、自分なりの推論を話した。


 ティムちゃんが東方のお姫様であること。

 武術師範から古武術を習ったこと。

 政争で敗れて落ち延びたことなど、無礼にならないように慎重に話をする。


 話をしている最中、オルティッシオはあきれたような、バカにしたような顔をしていた。どこか推論に間違いがあったのかな。だが、大筋は間違っていないはず。


 オルティッシオとは反対にギルは黙って私の話を聞いている。


 私の推論に対してどう思っているのか、その表情からは読み取れない。


「――と私は推測しました。合っていますか?」

「そうだな。私の立場ではお前の話は合っているとも間違っているともいわん。だが、これだけは伝えておく。ティレア様達は、その正体を隠されておられる。もちろん、この地下帝国も含めてだ。口外すればどうなるか……わかるな」

「もちろんです。誰にも話しません」


 ギルから鋭い圧力を受ける。


 理知的な分、オルティッシオとは違った迫力がある。口外したら、極刑は免れないだろう。


 まぁ、口外する気はさらさらないけど。


「おい、ギル、まずいことに気づいたぞ」


 ギルと話をしていると、黙っていたオルティッシオが会話に参加をしてきた。


「どうされましたか?」

「うむ。ティレア様は、この人形に地下帝国の存在を明かされていない。それどころか、ご自身の正体も隠されておられた。それなのに私は人形にこの地下帝国の存在をばらしてしまった。これは失態ではないか?」

「……失態でしょう」

「なっ!? ではどうすればよい?」

「本来であれば口封じをするべきです」


 口封じ!?


 ギルの言葉に心臓がドキリと跳ね上がった。


 ま、まぁ、ありえる話だ。私は他国の機密に触れている。例えば、アルクダス王宮に勝手に侵入したら間者として死刑は免れない。


「では……やるか?」

「それは悪手です。これだけ寵愛を受けているミレスを勝手に壊すわけにもいかないでしょう。口外しないと言ったミレスの忠誠心に期待するしかありません」

「大丈夫か? こいつにそんな忠誠心はあるのか?」


 オルティッシオは慌てふためいている。


 失礼な人だ。


 私がティレアさん達姉妹を裏切るはずがないのに。


「ご安心ください。私がティレア様、カミーラ様を裏切るなんてありえません」

「本当だな?」

「本当です。誓います」

「本当に本当か? 貴様は一度ティレア様に反旗を翻したのだぞ」

「だまれぇえ!! 私は、私は、ティレア様の、カミーラ様の力になるって決めたんだ。あなたさっきからうるさい!」


 オルティッシオの言い分に腹が立った。思わず怒鳴ってしまう。


「お、お、おのれ。貴様、人形の分際で……」


 やばい、オルティッシオが切れる。


 こいつはバカで短気で、腕が立つんだった。


「オルティッシオ隊長、お待ちください。短慮は身を滅ぼします。私にはさきほどのミレスの言葉に忠誠心を見ました。安心してよいかと」


 ギルの言葉にオルティッシオは不承不承だが、納得したようだ。


 矛を収めてくる。


 ギル、いやギルさん見直したかも。


 オルティッシオはバカだけど、ギルさんはいい。ニールゼンさんのかわりになれるのはギルさんかもしれない。


「あ、あのギルさん、お話が……」


 中断していたエリザベスの話をギルさんに相談した。


 全てを話し終えると……。


「だから、貴様は人形というのだ。そんな心配は滑稽そのもの。カミーラ様の本質を理解しておらん」


 オルティッシオがまた茶々を入れてきた。


 いい加減にして欲しい。私はギルさんに話しているのだ。


「オルティッシオ隊長、エリザベスの件、第二師団で事にあたりましょう」


 さすがギルさん! 


 ギルさんならわかってくれると思ってた。


 ギルさんの返答にオルティッシオはありえないといった顔をしている。


 ありえないのはお前だ。ギルさんは家臣の鏡だ。見習え。


「ギル、なぜだ? まさか切れ者のお前がこんな人形の話を信じたのか? 天地がひっくり返ってもありえんだろ。エリザベスなど地べたに這うミミズだ。カミーラ様の脅威となろうはずがない」

「いえ、ミレスの話で気になったのは、エリザベスが裏の殺し屋を大量に雇えるという点です」

「それがどうした。カミーラ様だぞ。雑魚が何人集まろうと物の数ではなかろう」

「私が心配しているのは、そういう有象無象共がティレア様の料理店にちょっかいをかけやしないかと」

「あっ!? そ、そうか」

「はい、ティレア様はことのほか料理店を大事にされておられます。それはまるで宝石箱のように。奴らが正攻法で来るのなら、店内に入る前に私共が叩きのめします。ですが、奴らは姑息な裏の者です。毒を入れたり、周囲の者をけしかけたり、流通や客等の間接的なところから攻めてくるやもしれません。そうなれば面倒です。何より奴らとの攻勢で、料理店の売り上げが落ちれば、ティレア様が悲しまれます」

「むむ、確かに。では、エリザベスを我らで殺すか? だが、エリザベスはカミーラ様の獲物だ。勝手に手を出すわけにはいかん」

「では、こういうのはどうでしょうか?」


 ギルさんからの提案……。


 前言撤回。


 やっぱりギルさんはオルティッシオの部下だ。普通じゃない。なんてこと考えるんだろう。

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