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第二十九話 「オルとエディムのゼノン語騒動!(前編)」

「うぅおおおおお、やるぞ。やってやるぞぉおお! 大将軍になってみせる!」


 オルティッシオは雄叫びを上げ、地下通路を駆ける。駆ける。走り抜ける!


 さきほどのティレア様のお言葉を思い出す。


 ゼノン語を習得すれば大将軍に抜擢していただけるという。


 ふふ、こんな簡単にティレア様のご関心を買える手段があろうとはな。


 大将軍ともなれば、もうクソ参謀やミュッヘンの野郎にでかい(つら)をされなくてすむ。


 一気に寵臣の道へと突き進んでやるわ。


 ゼノン語……。


 魔法大国ゼノンの母国語であり、元はカミーラ様がお作りになった魔法言語の亜種である。


 語彙数一万文字だったか?


 ビー動詞を使ったり、五W一Hを使ったり。


 他に特色は……忘れたが、所詮は劣化言語である。その気になれば、軽く習得できるであろう。


 そのためにもまずは勉強だ。


 ゼノン語関連の参考書を見つけて読む。それから内容を把握して覚える。


 それから……。


 はて? どうすればよかったか?


 まずい。封印されてから久しく、勉学の仕方を忘れている。


 いや、違う。生まれてこのかたあまり勉学はしてこなかった。もともとやり方がわからんのだ。


 どうすればよい?


 武人は、腕さえ磨いていればそれでいいと思っていた。だが、違った。それはティレア様が求める将軍像ではない。


 将軍には、智も必要なのだ。


 くそ、今まで努力してこなかったツケがきている。


 このまま見よう見まね、手探りで勉強しても時間がかかりすぎるぞ。


 独学は拙い手だ。手っ取り早く習得するには誰かに教わるのが一番だろう。


 適任は……やはり我が右腕ギルしかいない。


 第二師団の頭脳。


 ややこしいことは全て副隊長のギルに任せている。


 捕虜の尋問……。

 調度品の明細記録……。

 遠征の調整……。


 ギルの仕事は枚挙に暇ない。ギルに教わるのがベストだな。


 ギルは今、食料庫で食材の点検をしていたはずだ。


 早速、食料庫に向かう。


「ギィール!!」


 雄叫びを上げ、再度地下通路を走った。


 ……数分後、食料庫に到着。


 ギルは、運び終えた食材を丁寧に点検をしていた。


「ギル!」

「これはオルティッシオ隊長」


 ギルは手元のメモにペンを走らせながら、返答する。


「話がある。少しいいか?」

「申し訳ございません。しばしお待ちを。今、食材を【れいぞうこ】に搬入中でございます。生ものゆえ、早めに搬入したく、部下に指示をだしてからでもよろしいですか?」


 ティレア様の大事な食材を腐らすわけにはいかない。


「うむ。仕事を優先してくれ」


 ギルに了承する。


 返答を聞いたギルはそれからテキパキと指示を出し、食材を整理していく。


 いつ見ても見事なものだな。


 どうすれば最善でどうすれば効率が良いかわかっている。


 またたくまに食材は【れいぞうこ】に納まっていく。このペースなら一分もかからないうちに完了するだろう。


 あっぱれな部下だ。


 そういえば、ギルは食材の点検だけではない。この後、べらぼうな数の業務をこなさなければならなかった。


 調度品の資金調達、獣人の制圧計画など他にも仕事が山積みだ。


 ギルは、第二師団の大部分の指揮をとっている。ギルのパワーを裂くのは、非常にまずい。第二師団の業務のほとんどが滞ってしまう。


 では、他の部下にするか……いや、ギルほどでないとはいえ、ギル以外の部下達も忙しい。ゼノン語の教師をすれば、第二師団の業務に支障をきたす。


 うむ、部下達はつかえんな。


「オルティッシオ隊長、お待たせして申し訳ございませんでした。なんなりとご命じください」


 しばらく考え事をしていたら、ギルがいつのまにか戻り片膝をついてきた。


「いや、もういい」

「よろしいのですか?」

「うむ、よい。仕事に励め」

「ははっ」


 返答を聞き、ギルは再び職務に戻った。


 そう、ただでさえうちはノルマがきつい。いっぱいいっぱいなのだ。ここでギルの時間を奪うわけにはいかん。


 仕方がない。他の隊の軍団員にするか。


 教わるとなれば、頭のいい奴がいい。順当に考えればベルナンデスか。


 第四師団師団長ベルナンデス・ボ・マクド……。


 邪神軍諜報部隊の長である。古の大戦でも敵陣深くに潜入し、敵部隊の情報を入手してきた。情報分析力は、カミーラ軍でも随一である。


 奴は、同期の中でも小器用で博識だ。ゼノン語もうまく教えてくれるだろう。


 ベルナンデスにしよ……いや、だめだ。


 よく考えればベルナンデスは、クソ参謀の直属部下だ。ベルナンデスの力を借りれば、絶対にクソ参謀の耳に入る。耳に入れば、クソ参謀のことだ。横槍を入れてくるのは間違いない。


 私の大将軍就任をしゃにむに阻止してくるだろう。


 うむ、そう考えれば第四師団は全員だめだな。クソ参謀のテリトリーにかかわるとろくな目にあわん。


 では、カミーラ様……は無理だ。


 そんな頼み事を言った時点で首を刎ねられる。恐らく「くっく、オルティッシオ、よもやそんな戯言を抜かすとはな。どれ、その腐った脳をかき混ぜてやろう」とか仰るに違いない。


 主君に頼むなんて論外だ。同様にニールゼン総司令も無理だな。上司の手を煩わせるわけにはいかぬ。


 では第一、第三師団の隊員にするか。


 ただ自分の隊の部下でないので、長の耳に入れる必要がある。


 ミュッヘン、ムラム、奴らは悪鬼討伐でさんざんに邪魔をしてきたからなぁ。快く部下を貸してくれるかわからん。


 あ~どこかに暇でいて融通がきく、それなりに語学に堪能な奴はいないか。


 邪神軍の人員について、思考を巡らせる。


 ……

 …………

 ………………


 天啓が降りた。


 くっくっくっ。いた、いたではないか!


 使い捨てで、不眠不休で馬車馬の如く働かせても問題なしの半魔族(エディム)が!


 食料庫を出ると、邪神軍吸血鬼部隊がいる駐屯所に向かった。


 


 ■ ◇ ■ ◇


 


「エディム、エディム!」


 野太い声が居室に響く。


 エディムが今、一番聞きたくない声だ。


 返事をせず、無視をする。


 こいつには極力かかわりたくない。


「エディム、いるか? おい、エディム!」


 居留守を使う。


 どんなに喚こうが、絶対にドアを開けるものか。


「エディム! エディム!」


 ドアがドンドンと力強く叩かれる。留め具の金具が軋み、壊れそうだ。


 お前は、凶悪な高利貸かぁ!


 あまりに強引すぎる。


 絶対に開けない。開けるもんか。


 お前が諦めるまで何時間でも籠城してやる。


 てこでも動かん。


 そう決意していたが、そのダミ声の持ち主は無神経さが一味違った。とうとう許可なくドアをこじ開けて入ってきたのだ。


 本当に最悪な奴。


「エディム、いるではないか。おい、聞こえているか?」

「……」


 私の眼の前に来て、大声で怒鳴ってくる。


「おい、なんとか言え!」


 さすがにこれ以上、無視をすればこちらに被害が及ぶか。


「あぁ、オルティッシオ様ですか。任務に集中して聞こえませんでした」

「任務に集中してただぁ? 逆だ、馬鹿者! 上官の声を聞き逃すなど集中していない証拠だ!」

「いたぁ!」


 バカティッシオから拳骨をくらった。


 どうやら喧嘩を売っているらしい。


 頭を擦りながら、すくっと立ち上がる。拳を前に出し、ファイティングポーズを取った。


 我慢の限界だ。


 このバカの顔を見てから、ムカムカと怒りが抑えられそうにない。きっと、私の眼は怒りで座っているだろう。


「なんだ、その眼は? 文句でもあるのか?」


 文句? あるに決まっているだろうがぁあ! 本当にこいつはぶっ殺したいわ。


「本当に無神経ですね。この前のことを忘れたとは言わせませんよ」

「この前?」

「悪鬼討伐の件です」


 悪鬼討伐では、なんとか任務は達成できたものの、このバカのせいであやうく命を落としかね、さらにカミーラ様の信頼を失墜するはめになった。


 呪詛で殺せるなら百回は殺してただろう。


「はぁ~あの件か。ったく、覚えておるに決まっているだろうが。貴様のせいで、任務失敗に陥るところだった。本来であれば貴様を制裁するところだが、広い心で許してやる。感謝するのだぞ」

「くっ、お、お、おの……れ」

「む!? エディム肩を震わしてどうした? もしや私の寛大な処置に感涙でもしたか。まぁ、そうだろうな。本当に未熟な部下を持つと苦労するわ。エディム、失敗は功を持って償わせてやる。実はな、お前に頼みが――」

「死ねぇえええ!!」


 考えるよりも身体が動いた。


 目の前のバカ目がけて本気の右ストレートを放つ。


 出し惜しみをしない。


 全魔力をかけて殺す気で撃った。


「何を暴れておる」

「あ、いたぁ! ち、ちょっと、待って」


 バカティッシオに腕を掴まれ、そのまま背後に回られ関節を曲げられた。


 い、痛い。


 完全に極まっている。尋常でない力が腕に加わった。


「ち、ちょ、お、折れる。折れます。お、折れるって、おい! このバカ、力入れ過ぎだぞ」

「バカだとぉ?」

「んぐっはぁあ!」


 バカティッシオがさらに力を加えてきた。


「い、痛い、痛い! わ、わかった。わかりました。こ、降参です。は、放してください」

「ったく、おイタもほどほどにしておけ!」


 そう言ってバカティッシオから解放された。


 はぁ、はぁ、馬鹿力め、腕が折れるところだったぞ。


 あ~くそ、悔しい。悔しいが、やはりこいつは純粋な魔族だ。ポテンシャルが違う。実力では到底こいつには敵わない。


 恨みをはらしたいが、しばらくは大人しくしているしかないか。


「……それで、何か用ですか?」


 腕をさすりながらバカティッシオに尋ねる。


 とりあえず、今日はさっさとこいつの用件を済ませることにしよう。


「実はな。ゼノン語をスタディしようと思ってな。エディム、貴様はたしか魔法学園とかいう人間(ムシ)の学び舎で勉強していたのだろう。私にテーチしろ。これはコマンドである」


 こ、こいつ何とちくるったこと言ってんだ?


 ゼノン語を勉強する?


 邪神軍の天下統一で忙しいときに、このバカは何をほざいているのだ。会話の途中、途中で使ってくるゼノン語にもイラッとくる。


「正気ですか?」

「当たり前だ。私はノーマルだ。さぁ、さっさとテーチしろ!」


 バカティッシオの目はマジだ。


 どういう経緯でこうなったか知らんが、このバカ、本気でゼノン語を勉強する気みたいである。どう考えても異常だ。


 大バカとは思っていたが、まぁ、本当に狂ったようだな。


 ……ん!? そうだ。いいこと思いついた。


「オルティッシオ様、わかりました。ゼノン語を教えればいいんですね~」

「な、なんだ。急に猫なで声など出しおって。気持ち悪いぞ」


 くっ、殺す!


 いや、我慢だ。


 このバカにつきあっていると、すぐにくっ殺状態に陥る。だが、これはこのバカを滅するチャンスなのだ。冷静にならなければ。


 ふぅ~軽く深呼吸をする。


「失礼しました。ゼノン語なら私に任せていただければ、一日でマスターさせてさしあげます」

「おぉ、そうか。一日でか。うむ、私の才能ならオフコースだな」

「では、オルティッシオ様。ABCDとアルファベットの順に斉唱してください」

「なに? そんな簡単なことでいいのか?」

「まずはおさらいですよ。千里の道も一歩からです」

「しかし、さすがにアルファベッドぐらいは知っているぞ。もっとディフィカルトな問題を用意しろ」

「いえいえ、まずは斉唱からです。それともなんですか? もしかして斉唱する自信がないのですか?」

「む! なめるな。この程度、朝飯前もいいところだ。よかろう。耳をかっぽじって聞け! エイ、ビィー、スィー、ディー……」

「声が小さいです。もう少し大きな声でお願いします。それとも腹から声が出ませんか?」

「なんだとぉ! よかろう。私のビッグマウスを思い知れ! エイ! ビィー! スィー! ディー……」


 バカティッシオは、ABCDと声を張り上げて唄っている。


 いや、本当にバカだな、お前。


 くっくっ、この状況をカミーラ様に報告する。


 ゼノン語を大声で歌うバカ。こんなバカが邪神軍の幹部など恥知らず以外の何者でもない。カミーラ様がこの光景をご覧になれば、すぐにバカティッシオの首をお刎ねになるだろう。


 吸血部隊の部屋を出て、カミーラ様がおわす居室に向かう。


 このバカの醜態っぷりを早く報告したい。


 スキップ気味に通路を移動していると、


「オル、やーい」


 ティレア様のお声が聞こえた。


「迷子の迷子のオルやーい」


 どうやらティレア様がバカティッシオをお探しのようだ。部下としては、バカの居場所をすぐにお伝えしなければならない。


 うーん、本当はカミーラ様に報告したかった。カミーラ様であれば、ほぼ百パーセント、バカティッシオを処刑するだろう。


 ティレア様だとバカティッシオを断罪してくださるかわからない。


 どうしようか?


 いや、何を考えている。主君がお困りなのだ。すぐにお助けするのが忠臣だ。


「ティレア様」


 通路を歩いているティレア様に声をかける。


「ハロー、エディム。オル知らない?」


 ハ、ハロー?


 ん? ん? ティレア様のご様子が……こ、これはもしや。


「おーい、エディム? 聞いている?」


 はっ!? いけない。何を考え込んでいる。主君からの問いかけだぞ。


「し、失礼しました。オルティッシオ様は我が居室にいます」

「なんだ。エディムのところにいたんだ」

「はい、私の居室います。それではティレア様、こちらにどうぞ」


 ティレア様を吸血部隊の部屋へ案内する。


 そして居室に着くと、ドアを開けバカの醜態をお見せした。


「ご覧ください。オルティッシオ様は任務を放棄して、こんなところで遊んでます。ゼノン語で喚いて狂ったとしか思えません。即刻、軍法会議にかけましょう。いえ、もうティレア様の手でお手打ちされてもよいかもしれませんね」


 早口気味でバカティッシオの処刑を提案したのだが、


「うん、うん。オル、やる気に満ちているね。いい傾向よ」

「えっ!? えっ!? テ、ティレア様?」


 なぜかティレア様はバカティッシオを見て、お褒めになるのだ。


「あの~どういうことでしょうか?」

「エディムがオルにゼノン語を教えてあげているのね」

「は、はい、いえ、あれ?」

「私も仲間に入れてよ。ゼノン語をスタディしたくて。私にもテーチして」


 ぐはっ!


 そ、そういうことですか。


 うん、よく考えれば、わけのわからないことが起きた時は、必ずティレア様がかかわっているのだった。


 バカティッシオが妙にやる気を見せているのもティレア様のせいであろう。


 予想の裏付けを取るため、ティレア様に状況を確認した。


 うん、やっぱり。


 はっきりいって邪神軍の覇権にはまったく関係がない。ゼノン語の習得なんてやる意味がない。ただティレア様のご趣味の料理店にかかわってくるみたいだ。


 ……正直に言うと、ゼノン語の教師は遠慮したい。


 私は吸血組隊長として、やるべき業務が山ほどあるのだ。ただ、ドリュアス様がいつも仰っている。ティレア様のご命令が最優先であると。


 ここは腹をくくろう。


 本気でゼノン語を教えなければいけないようだ。


 それからティレア様とバカティッシオをテーブルに備えつきの椅子に座らせて、授業形式でゼノン語を教えることになった。


「え~ではまずお聞きします。ティレア様、オルティッシオ様、ゼノン語はどれほどおできになるのでしょうか? 自己申告で構いませんのでお教えください」

「そうだね、簡単なゼノン語ならできるよ。ズィス、イズ、ア、ペンとか」

「私も簡単な会話ならできるぞ。アイム、ストロングとかな」


 うん、本当に簡単な会話ですね。簡単すぎるといっていいぐらいに。


 色々言いたいことはある。


 まずは気になった事が一つ。ティレア様もバカティッシオも発音が共通語よりしすぎている。


 確かめてみるか。


「あの、私の後に続けてゼノン語を発音してみてください。How are you? (ご機嫌いかがですか?)」

「「ハゥアーユー?」」

「つづけてI’m OK.(悪くはないです)」

「「アイム、オウケイ」」

「さらにいきます。I……」


 それからいくつかの会話文を斉唱してみた。


 や、やはりだ。


 ティレア様もバカティッシオもネィティブな発音ができていない。ここまで共通語が染みついた発音だと、一朝一夕では取れないと思う。


 頭を抱える。


「なんだエディム、問題でもあるのか?」

「い、いえ、ちょっと発音が……」

「なんだ、貴様。ティレア様や私の素晴らしき発音に文句でもつけるのか!」

「そ、そういうわけではありません」

「ちょっと、オル。せっかく教えてくれているのに文句言っちゃだめだよ」

「で、ですがエディムが……」

「オル、私もあなたの発音については気になっていた」

「おぉ、そうなのですか? ぜひご教授ください」

「うん、教えてあげる。オル、あなたは【R】の発音が悪いのよ。エディムはそれを言っているの。巻き舌にしないとね」

「巻き舌ですか」

「そうよ。【R】は巻き舌。これは鉄板ね。例えば、ラァアア~ビット!」

「おぉ、さすがはティレア様、私と発音が全然違いまする」

「でしょ、でしょ。さぁ、オルも一緒に。ラァアア~ビット!」

「ラァアア~ビット!」


 それからティレア様とバカティッシオは妙に舌を丸めながら発音していく。


 音をこもらせているので、それっぽくなってはいるけど……。


 ち、違います。それ、全然違いますから。


 どうしよう?


 ティレア様は自信満々に仰っている。


 これは訂正すると、ティレア様の面子を潰すことになるのかな。


 いや、でも、お間違えになっているのに、教えないのも不敬だよね。


「申し訳ありません。ティレア様、その発音は誤りです。兎の発音は【rabbit】です。【r】は、喉の奥を鳴らす感覚で発音してみてください」

「あ、そうなんだ」

「はい、【rabbit】です。どうぞ続けて言ってみてください」

「ラビット!」


 うん、変わってないですよ。


 ティレア様、そんなできたよ、みたいなお顔をされても……。


「……あのお二方、【æ】と言ってもらえませんか?」

「ア!」

「エ!」


 ど、どうしよう? 本当にどうしよう? ここから教えるの?


「おい、エディム、さっきからなんなのだ。このような基礎はわかっている。さっさと次に進め!」


 いや、お前、本気で言っている? 全然できてないぞ!


 お前の【æ】はエだ。ちゃんと聞けや!


「オル、ちゃんとエディムのいう事を聞きなさい。あなたの発音はまだ少しおかしいよ。ちゃんと私みたいに直してから次に進まなきゃ」

「おぉ、そうですか。ならばもう一度やってみます。エア!」

「うん、できたかな」


 い、いえ、できてません。


 バカティッシオのそれはただの奇声です。


 それにティレア様の発音もおかしいです。ティレア様の【æ】はアに聞こえますよ。もう少しエを混じらせて言ってみてください。


 二人の顔を見る。


 うん、完全にできているって顔をしている。


 はぁ、はぁ、はぁ、眩暈がしそうだ。


 と、とりあえず、指針を立てないといつまでも終わらないぞ。


「あの~ティレア様、オルティッシオ様」

「なに?」

「なんだ?」


 ティレア様とバカティッシオの声がはもる。


「確認なんですが、ゼノン語はどの程度のレベル向上を考えてますか?」

「そうね。贅沢はいわないよ。ゼノン語で簡単な日常会話ができたらいいね。お店でお客さんに料理の紹介とか要望を聞けたらベストかな」

「私も最低限でよいぞ。戦場でゼノン人スパイの尋問ができたらよい」


 き、厳しい。厳しすぎるよ。


 今のティレア様とバカティッシオのレベルからそこまで上げるには、どれほど教え込めばよいか……。


 どうやら私はまたもや成功率数パーセントの任務を引き受けたみたいだ。

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