第二十八話 「駅前留学、トゥゲザーしようぜ!(前編)」
はぁ~俺も駅前留学しなきゃね。
別に海外旅行するわけでも、翻訳の仕事に就くわけでもない。
俺がノバろうと思い立ったのには理由がある。
この前、うちのお店にゼノン語を話すお客さんが現れたのだ。
さすが王都である。グローバルだね。
紫のローブを着ていかにも魔法使いって感じの人が、
「How much is it? (おいくらですか?)」
って声をかけてきたんだよ。
うぁあ、英語じゃなくてゼノン語!?
しどろもどろになってしまった。
焦ったね!
テンぱったね!
固まっちゃったね!!
普段共通語で慣れているから、すぐには返事ができなかったのだ。
なんとか意識を切替え「ア、アイキャント、スピーク、ゼノンゴ。キョウツウゴ、オウケイ?」って言えたけど……。
「あ~はん。ゴメンナサイネ。つい母国語がデチャイマシタ」
なんて言われちゃった。
幸い、その人は共通語も使えたから問題なかったけど……。
そのうちゼノン語しか使えないお客さんも来店するかもしれない。
何せここは王都だ。国際交流豊かな都である。
ゼノン語しか使えない人も絶対にいるだろう。
俺の店が、国際的に有名になるのはいい。色んな国の人達に、俺の料理を楽しんでもらいたい。
ただね、まさか言葉の壁でつまづくとは思わなかった。
ここアルクダス王国だけでなく、殆どの国で共通語が使われている。前世みたいに外国人同士で通訳を介するなんて面倒は、ほぼ起きない。
ただ、たまに魔法大国ゼノン出身の人は共通言語を使わず、ゼノン語を使ってくる。母国の言語に誇りを持っているからだ。
確かにゼノン語は、歴史ある言語だからね。古典書などはゼノン語で記載され、魔法学のレポートもゼノン語が必須だとか。
ゼノン語、勉強しよう。
ゼノン語は前世の英語に近い、というかほぼ同じである。俺は、中学高校と六年間英語の勉強をしてきた。英検五級の資格も持っている。
別に勉強は得意ではないが、下地はあるのだ。すぐにペラペラになるさ。
ふふ、美味い料理だけでない。ゼノン語もできるレストランだ。
いいじゃない!
それなら俺だけでなく、従業員の変態にも習わせなきゃね。シェフとしての役割が大きい俺よりも、給仕が主な業務の変態のほうが、ゼノン出身のお客さんと応対する機会は多いはずだ。
みっちり勉強してもらおう。
そうだ。どうせならもう邪神軍全体で勉強するか!
ニートな奴らも資格がもてる。一石二鳥だ。
グッドなアイデアを閃いた俺は、皆がいる地下帝国へと向かう。
さてさて、まずは何をやるか……。
単語の書き取り。
英作文の作成。
英文の訳。
学生時代の英語の授業を思い出す。
……待てよ。
いきなり勉強しろと命令するのは早いかも。
まずは、現状の軍団員達の語学力を調査しよう。極端な話、アルファベットも知らない奴に文法の勉強をしろって言っても意味ないからね。
調査開始!
邪神軍エリート組の場合……。
ドリュアス君やティムのレベルを知る。
当然、俺よりもレベルが高いのはわかっているよ。なんたってティムは、魔法学園の秀才だ。ドリュアス君も、森の賢才エルフだしね。
二人ともプロの通訳並にペラペラだろう。
まずは、目指す高みを見てみようではないか。
ティムとドリュアス君がいる会議室へと向かう。
「ハロゥ、エブリバディ! キャンユー、スピーク、ゼノンゴ?」
ドアを開けるなり、ゼノン語をかましてやった。
「これはお姉様」
「キャンユー、スピーク、ゼノンゴ?」
「お姉様?」
ティムが怪訝な顔をしている。
まぁ、いきなりゼノン語なんて使ったからね。
「キャンユー、スピーク、ゼノンゴ? プリーズ、スピーク、ゼノンゴ」
調査のためだ。さらにゼノン語を続ける。
さぁ、どうだ?
すると、ティムはあごに手をあてて少し思案したかと思ったら……。
「Of course. Zenonese is a derivation of the magic language originally created by me. I learned it in my spare time. Honestly, of all the stupid things that the humans have done in this era... That not only their magic skills, but even their language skills have degraded, was truly shocking. (もちろんでございます。ゼノン語は、もともと我が作った魔法言語の亜種でございます。片手間で覚えました。まったく、この時代の人間の愚かなことといったら。魔法技術だけでなく言語まで劣化しているとは思いもしませんでした)」
「I can also speak it. When Camilla-sama created me, I inherited all her knowledge, to say nothing of languages.(私も話せます。カミーラ様にお作りしていただいた際、全ての知識を受け継いでおります。言語学もいわずもがなです)」
流暢なゼノン語がティムとドリュアス君の口から紡がれた。
さすが!
さらに会話を続けるように促すと、二人のエレガントなゼノン語が次々と飛び交っていく。
……
まるでハリウッド映画のワンシーンを見ているようだ。
流暢なゼノン語が流れる、流れる。
うん、二人ともパーフェクトだね。森の賢才ドリュアス君は当然のこと、ティムなんてまだ十四歳なのに、大人顔負けの語学力である。
ふふ、本当に俺の妹は優秀だ。お姉ちゃん鼻が高いよ。
「Dryas. Why do you think Oneesama asked us to speak Zenonese? (ドリュアスよ。お姉様は、なぜゼノン語を話すようお尋ねになったと思う?)」
「Let me see. I have a few ideas. The first is that she is hinting that we dispatch our forces to the Great Magical Nation of Zenon. The second is that she desires to abolish the use of Common Tongue. (そうですね。いくつか予想されます。一つは、魔法大国ゼノンへの出兵のご比喩ではないかと。二つ目はお言葉通り共通語の廃止ですね)」
二人の会話は留まることを知らない。
本当にすごい……。
もう本物の外人さんだ。ネィティブ言語だよ。
俺のなんちゃってゼノン語とは、発音が違う。響きが違う。使っている単語すら違う。
この二人、前世なら確実に英検一級を取れる。
しばらく二人の会話に聞き入っていると、急に疎外感が出てきた。
会話に参加できないのはなんか辛い。
二人は何言ってんだろう?
というか俺にも会話を振ってきてたよね?
なんとなく雰囲気でわかる。でも、意味がわからないから愛想笑いしてたよ。
こういうところは前世から変わらない。俺は典型的な日本人だ。
「あ~二人とももういいよ。共通語に戻して」
「わかりました」
「で、さっきから何を言ってたの?」
「はい。お姉様が急にゼノン語をお使いになられたので、ドリュアスとその意味を話しておりました。もしや、共通語を廃止するおつもりですか? そうであるならば、お任せ下さい。すぐにでも軍団員に徹底、共通語は禁止させます」
「カミーラ様、軍団員だけでは不十分です。ティレア様のご命令は、共通語の廃止による新言語の樹立と推測します。全世界で焚書と坑儒を執行し、この世から共通語を完全に消し去らなければなりません」
「おぉ、ドリュアスその通りだ。早速作戦を立てるぞ」
「二人ともそんなことは一言も言ってないからね。バカなことばかり言ってないで、今までどおり勉学に励んでなさい。君達は優秀なんだから」
二人に釘を刺し、会議室を後にした。
ふぅ、中二病だけど、さすがはエリートだ。言語にかんして文句のつけようがない。ゼノン人に会っても、臆することなくエスコートできるね。
わかっていたことだ。ここは心配ない。
問題はこいつら以外のメンバーである。
さぁ、ここからが本番、調査開始だ。
ベルム王都支店従業員控え室に向かう。
部屋に入ると、変態を見つけた。
「ハロー。キャンユー、スピーク、ゼノンゴ?」
「ティレア様、藪から棒に何を……」
いきなりゼノン語で挨拶した俺に、変態は困惑した顔を見せている。頭にハテナという文字が浮かんでいるようだ。
これは……。
いきなり脈絡なくゼノン語を使ったから困惑しているのか?
それとも、ゼノン語がわからないから困惑しているのか?
変態だもんね。後者の可能性が高い。
とりあえず、共通語に戻そう。
「ごめん、いきなりわけわかんなかったよね。実は、ニールに聞きたいことがあったんだ」
「はっ。なんなりとお尋ねください」
「じゃあ、ずばり聞くよ。あなたってゼノン語話せるの?」
「話せます」
「そう、話せないのは恥じゃないよ。これから勉強すればいいから――ほえっ!? 今、なんて?」
「ゼノン語を話せます。武人のたしなみですな」
変態は、臆面もなく言い放った。
本当か?
いつもの虚言だろ?
半分、いや九割疑いの目で変態を見る。
変態は、俺の疑いの視線にまったく動じていない。清廉潔白だといわんばかりだ。
本当にこいつはどんなときでも強気だな。自分を完璧執事と思ってやがる。いつもだったら変態の虚言に付き合う義理はない。
だが、今は軍団員の語学力の調査中だ。変態は従業員である。こいつの語学力は特に把握する必要がある。
とりあえず実力を見てやろう。
「じゃあ、やってみせて」
「Understood. I have actually been looking for a chance to report to you on the current status of our Evil God Army's war power. My apologies in advance for my clumsy Zenonese. At present, in order to dispatch troops to the Manafinto Confederation…… (はっ。では、ちょうど邪神軍の最新の戦力図をティレア様に説明予定でございました。拙くて恐縮ですが、ゼノン語で報告します。現在、マナフィント連邦国への出兵のため……」
な、なんだと!?
なかなか流暢に話しやがる。
変態め、一瞬、海外でバリバリ活躍するエリート社長に思えたぞ。
へ、変態のくせに生意気な。
も、もしかしてガチで変態って俺より偏差値高い?
いや、認めん。認めんぞ。
ぐ、偶然だ。偶然、たまたま今の文章を記憶していただけかも。本当は会話ができないかもしれない。
今度は、こっちからゼノン語で質問してやる。
「ドゥ、ユー、ハブ、ア、ブック?」
「Yes. I have books. What kind of book do you mean? A tactics manual? In that case, three days ago I―― (はっ。本は持っております。で、どんな種類の本をお尋ねでしょうか? 戦術書でしょうか? それでしたら三日前に――)」
ぐふっ。や、やるな。
なんだ、そのレパートリー豊富な語彙は!
ま、負けるか!
「アーユーフロム?」
「Yes, milady. I have mentioned it earlier, but I was born in Sirena, of the Elrard region. Only, at the time it was still demon territory, so perhaps it is no longer called that. (はっ。以前にもお話しましたが、生まれはエルラード地方のシレナでございます。ただ、元魔王領の辺りなので、現在もそう呼ばれているかはわかりません。)」
ぐはっ!? だからなんなんだよ。その豊富な語彙は!
完璧な答え……だと思う。
語彙力の差で変態が何言っているか正確にはわからない。ただ、適当に言っているわけじゃないのは、うっすらとだがわかる。
勉強が苦手だった俺でも、それを判断するぐらいのレベルはあるよ。
変態は確実に質問の内容を把握している。
それからいくつか変態にゼノン語で質問してみた。俺の英検五級の全ての力を行使してみたが、全て回答された。
かなりの語学力である。
「ニ、ニールなかなかやるわね」
「Yes, if it is just conversational Zenonese, like this. (はっ。これぐらいの日常会話であれば)」
「くっ!?」
見せつけられた。変態のくせに!
悔しい。悔しすぎる。客観的にみて変態の語学力は確実に俺より上だ。
ま、まぁ変態は、あれでも年を食ってる。亀の甲より年の功だ。そこそこ語学に堪能でも不思議でない。もしかしたら、魔法大国ゼノンに住んだことがあるのかもしれない。うん、きっとそうだ。
け、経験の差だね。
変態は俺の驚愕をよそに、これぐらい嗜みですよ、とばかりに平然としていた。
お、王者だ。王者の余裕を感じる。
変態とは半年ぐらいの付き合いだが、まさかこんな特技を持っていたとはね。知らなかったよ。少し変態を見る目が変わった。
ん!? というか変態ばかじゃね! なんでベルムでの面接で、これをアピールしなかったんだよ!
ものすごいアピールになったぞ。語学堪能なんて、それだけで俺の評価は高かった。本当に執事に抜擢してたかもしれない。
それを魔力四万二千とか、ヴェラードでの撤退戦とか、中二言語をほざいている場合じゃないだろ。
も、もったいなさすぎる。せっかくの能力も中二病のせいでオジャンだ。
「Tirea-sama, is something the matter? If you have any concerns, please leave it to I, Nielsen. (ティレア様、どうされましたか? 何かご心配事がおありでしたら、このニールゼンにお任せください)」
「も、もうゼノン語はいいから」
「はっ。それでは共通語に戻します」
そういうと、変態は言葉をゼノン語から共通語に戻す。
慣れた感じだ。変態は、完全にゼノン語の日常会話をマスターしている。
完敗だ。ぐぅの音も出ない。
「ニ、ニール、意外な才能があったのね。あなたがこんなに語学に堪能だったなんて思いもしなかった」
「ティレア様、私の語学力などそれほどでもありません。この程度、邪神軍には掃いて捨てるほどいます」
「ニール、謙遜も過ぎると嫌味になるよ。あなたほど語学力のある人がそうそういるもんですか」
「いえ、本当でございます。ゼノン語は、カミーラ様がお作りになった魔法言語の亜種でございます。魔法言語さえ覚えていれば、容易に応用できまする。それにしても偉大なのはカミーラ様でございます。魔界大戦の際には八に分かれていた言語を、一に統一しました。それが魔法体系の素、魔法言語の始めを創造――」
でぇええい、中二病はもういいわっ!!
せっかく見直しかけてたのに、やっぱり変態は変態だ。
こんな中二病者に負けるなんて屈辱でしかない。絶対に勉強して変態を超えてやる。
従業員控え室を飛び出す。
それにしても変態は気になることを言っていた。
変態程度の語学力など、掃いて捨てるほどいると。
なわけあるかっての! ほかだ、ほか!
もっと若い奴を探そう。やっぱり年くっている奴は経験豊富だよ。
俺より下手な奴は絶対にいるはずだ。
地下帝国をぶらぶらとうろつく。
おっ!? あそこにいるはオウホンだ。
オウホンは、真面目な兵士が哨戒しているが如く、きびきびと通路を歩いていた。自分をいっぱしの軍人と思っているのだろう。
いつものごとく中二病全開だ。
オウホンは年も若い。人生で、変態のように魔法大国ゼノンに住んでた経験はないだろう。
ふふ、こいつには勝てる。
突撃、ウィ●キーさんだぁあ!
オウホンに駆け寄る。
「ハロー。キャンユー、スピーク、ゼノンゴ?」
「これはティレア様」
「チッ、チッ。ノン、ノン。キャンユー、スピーク、ゼノンゴ?」
「……え、え~と、どういう意味でしょうか?」
「プリーズ、スピーク、ゼノンゴ。」
「I understand. If it is your order, then I shall obey. I will speak in Zenonese. (御意。それがティレア様のご命令であれば。ゼノン語で話します)」
「あ、あ、あぐっ」
「So, Tirea-sama. Please excuse me for asking, but how long must we speak Zenonese? Is there some point in time that we are to stop? (それでティレア様、質問ですが、ゼノン語はいつまで話せばよろしいのですか? 期限はあるのですか?)」
うぉおおおお、ちくしょおおおう!
オウホンの奴、インテリぶりやがって!
次だ、次よ。他の奴なら!
……
…………
………………
なんてことだ。
あれから行き交う軍団員に聞き込み調査を実施した。
全員が全員、流暢なゼノン語をしゃべるのである。
信じられん。
中二病患者と馬鹿にしてたのに。軍団員達は、ちゃんとした教育を受けているのが、わかったのだ。こいつら全員なんだかんだで教養高いぞ。
そうか、そうだよな。
こんなニートな遊びをして暮らせるような連中だ。家は裕福だろう。上流階級なら、小さい頃に英才教育を受けていたに違いない。専属の家庭教師がいたんだな。
くっ。舐めてた。
全員が全員、語学力が高いなんて。前世で言うなら、こいつらいいとこの坊ちゃんだ。普通に大学進学できるんじゃないか?
冷や汗が出てきた。
バカだ、バカだとバカにしていたこいつらが実は俺より賢かったなんて……。
ううん、違う。
結論を出すのは早い。なにせこいつらは勉強したばかり。俺はなんだかんだで数十年ぶりの英語だ。忘れてもしかたがない。もとからハンデがありすぎなんだよ。
それに、それにだ。まだ下はいる。俺はドンケツではない。
第二師団が駐屯している部屋へと移動する。
お目当ての相手……。
そう、泣き虫番長の異名をとり、邪神軍一のおバカキャラ、オルティッシオだ。
うん、いくら言い訳をしようが、こいつに負けるようでは終りだ。
最後に、この部屋の主を調査しよう。
真のおバカは誰か?
ここで負けたら俺は……多分心が折れる。バカのキングオブキングが決定するから。
二度とゼノン語なんて言わないだろう。
意を決し、中に入る。
「これはティレア様」
オルはいた。
俺が中にはいると、笑顔で声をかけてきた。
それでは、ラストクエスチョンだ。
「オル、キャンユー、スピーク、ゼノンゴ?」
「ティレア様?」
オルは怪訝な顔をしている。
ここまでは他の軍団員と同じ反応だ。
いきなり脈絡なくゼノン語を使ったから困惑しているのか?
それとも、ゼノン語がわからないから困惑しているのか?
今度こそ後者だと思う。
さらにゼノン語をかましてやる。
「クィックリィ、アンサー!」
「え~とティレア様?」
まだ困惑顔だ。
もっとゆっくり話してみるか。
「オル、キャンユ~、スピ~ィイク、ゼノンゴ?」
「ア、リトルですな。武人たるもの言葉を解せず、拳で語るべきです」
うん、安心した。
どっと力が抜ける。
このそこはかとなく漂うおバカ臭……こいつには勝てるかな。A little(少しだけ)を言えたのは、予想外だったけど。
「オル、あなたはこっち側ね」
空中で線を引いて俺側にいることを伝える。
「おぉ、私如きがティレア様と同じ側とは! お言葉、感涙の極みにございます」
いや、褒めてないからね。むしろこっち側は危機感をもたなきゃ。
俺達はあっち側に行くのよ。お互い頑張りましょう。
「オル、あなたはゼノン語を軽視してるね。それじゃ時代に後れる。これからは共通語だけじゃない、ゼノン語も必要よ」
「はぁ。お言葉ですが、私は武人にございます。戦いに言葉、しかもマイナーなゼノン語が必要なのでしょうか?」
絶対に言うと思った。
こいつがまともに勉強する気なんかないと。
どうせ邪神軍の覇道に必要なのは腕力のみとか言うんでしょ。非力のくせに言う事だけは勇ましい。
オルには、正確にはオルの親には大分世話になっている。お店の運営資金を始め、住むところまで用意してもらった。
しかも、住居は、あばら家でなくオル家の別荘だ。
部屋は広いし、お風呂もついている。さらには家具もベットも豪華だ。冷蔵庫もあるときたもんだ。
いたれりつくせり……。
まともに家賃を払ったら月百万ゴールド以上はかかると思う。そんな豪華な住居にティムと俺は数ヶ月もただで暮らしている。
うん、少しでも恩を返しておきたい。
オルパパも息子のちゃらんぽらんさに頭を痛めていると思う。
ここで俺がオルにゼノン語を勉強させる。
もちろん、ゼノン語が堪能になったからといって、それだけで自立できるほど世の中は甘くない。でも、これがきっかけになればいい。
オルが努力し、ゼノン語が堪能になれば一つの自信に繋がる。その自信がオルを一つ大人にさせるだろう。
そうなれば、しめたものだ。オルはきっと勉学の面白さに気づき、自分の将来に必要なものを色々学んでいくに違いない。
オルパパも息子が立派になって喜ぶという寸法だ。
オルパパの恩義に報いるためにも、オルを説得する。もちろん説得は俺のためでもある。勉強仲間がいたほうがはりがあるからね。
「オル、あなたの気持ちはわかる。私も昔はそうだった。ゼノン語ができたからどうなの? 別にできなくても生きていけるってね。でも、それは大きな間違いよ」
「そうなのですか。戦の連携は、共通語でことたりまする。ゼノン語ができようができまいが、関係ありません。それにゼノン語を母語とする魔法大国ゼノンは、遅かれ早かれ邪神軍に滅ぼされる存在です。結局のところ、習得したとしても失われた言語となりませんか?」
中二言語全開だ。
いくら勉強がしたくないからって、昔の俺でもここまで堂々と言い訳しなかったぞ。
さてさて、どうやってこいつ説得しようか。
やっぱりこういう中二病患者にやれといってもやらないだろう。
いや、違うか。オルは俺に従順だ。俺がやれと言えばやるのかな。ただ、モチベーションは最悪になる。しぶしぶやっつけ仕事になるだろうね。
それでは意味がない。勉学というのはやる気があってこそだ。そうじゃないと、身につかない。
中二病患者にやる気を出させて、勉強をさせる。
普通の人には無理だ。実際、オルパパもしつけができず、息子にわがまま放題させているからね。
だが、俺は中二病患者を誰よりも理解している。こういう場合の説得の仕方なら任せておけ。
「オル、あなた自分の立場をわかっている?」
「は、はい。私は、ティレア様の忠実な僕でございます。はっ!? ご命令であればゼノン語を死ぬ気で習得します」
「いや、そうじゃなくて。あなたは第二師団の隊長さんよね?」
「はっ。私は栄えある邪神軍の一角を担う師団長にございます!」
「そう、あなたは万を統べる将軍なのよ。将軍なら色々なことを知っておく必要がある」
万を統べるは言い過ぎかな。遊びで数十人を部下にしているみたいだけど、実際は三人も統率できないだろう。
「こ、これは……申し訳ございません。早速、戦術学、魔法学の復習をいたします」
「あ~待った、待った。そんなに一度に覚えられないでしょ。まずはゼノン語から始めなさい」
「あ、あの~」
「なに?」
「いえ、魔法学や戦術学よりなぜ先にゼノン語なのですか? いまだにゼノン語を習得する意義がわからないのですが……」
ゼノン語を習得する意義。それはグローバルな人材になるためよ。
と、真面目に説得しても無駄だ。
よって、こうなる。
「オル、あなたが将軍で、部隊を率いてたとするね。それでゼノン語が未習得なせいで奇襲されたらどうするの?」
「お言葉ですが、ゼノン語の習得が奇襲に関係しているのでしょうか? それに奇襲されたら、不肖オルティッシオ、力の限り拳を振るい反撃します」
オルからの反論。
そうだね。ゼノン語と奇襲は関係ないよ。無茶苦茶言っているのは自覚している。だが、中二病者を説得するには、これで押す。
「あのねぇ、それは猪武者って言うの! 捕まえた敵の斥候がゼノン語しか話せなかったらどうするの? 言葉がわからないからって斬るの? 情報の大切さはわかっているでしょ!」
「あの、部下のギルがその辺は万事そつなくこなせます。その場合は、ギルに任せておけば問題ありません」
「シャアラァアアプ!! あなた、だからだめなのよ。部下に任せてばかりではだめ。ギル君がその場にいなかったらどうするの? なんでもできてこその将軍よ」
「そ、そうでした。愚かな発言お許しください。ティレア様率いる軍団の将となれば、完璧でなければいけません」
「そうよ。私は完璧な将を求める。だからゼノン語習得はひとつのきっかけ。他にもオルがこれまでと違うところを見せることが大事なの。そうやって向上心があるところを見せたら、私の心は決まるかもしれないわ」
「ティレア様、お心が決まるというのは?」
「ふっ。今の邪神軍には大将軍が空席だったわね」
「そ、それはもしや、私が大将軍に?」
心なしかオルの足が震えている。
おい、そんなに緊張するほどの地位か?
所詮は遊びの上だぞ。本当に邪神軍好きなんだな。まぁ、俺もそれを狙って言ってる。
大将軍は、将軍の上の将軍である。俺がお遊びで少し話した。緊急時に老中から大老を選ぶ江戸時代の制度みたいな感じで説明をした記憶がある。
適当だよ。自分でもうろ覚えだ。
だが、オルには効果覿面だ。真剣そのもので聞いている。
「オル、あなたの想像通りよ。あなたがものになれば、大将軍に任命するわ」
「おぉ、本当でございまするかぁ!」
オルが飛び上がって喜んでいる。
うんうん、俺の思惑通りだね。これぐらいの褒美があれば、オルも身を入れて勉強するだろう。
「で、ですが、ニールゼン隊長を差し置いて私如きがよろしいのですか?」
しばらく目を輝かせて喜んでいたオルだったが、そう言って急にトーンダウンした。
本当に躁鬱が激しい奴。まぁ、いつも皆から責められているからね、急に持ち上げられても不安なんだろう。
仕方がない。いつものカウンセリングの要領でオルに自信をつけさせてやる。
「ふっ。いつもいつもニールが総隊長じゃおかしいでしょ。組織が活性化しないじゃない。ここは若手の星、オルに任せるわ」
「おぉ、私如きがそのように! でも、ミュッヘンもいますが……」
あのね、ミューは本職が忙しいの。あなた達の遊びに巻き込むんじゃない。
この辺もしっかり言い含めておくか。
「オル、ミューはギルドの仕事で忙しいの。邪魔しちゃだめ。大将軍はあなたがしっかりこなしなさい」
「おぉ、そうでございますか! あ!? で、ですが、参謀殿が横槍を入れてきそうです。あやつのことです。あらぬ難癖をつけてくるでしょう」
「ドリュアス君には文句を言わせない。それとも私の言葉じゃ信用できない?」
「いえいえいえ、とんでもございません」
「オル、安心しなさい。皆には文句を言わせないから」
「おぉ、おぉ、そうなのですか!」
オルの目に輝きが増す。
ここでダメ押しと行くか。
オルの背後に立ち、オルの肩をポンポンと叩く。
そして……。
「あなたには期待しているわ」
耳元で囁く。
まるで新入社員に向けて檄を飛ばす社長ばりの演技をかもした。
「おぉ、頑張ります! ティレア様のためなら命を惜しみませぬ!」
「ふっ、その意気よ。私に百万の軍勢を指揮させたいと言わせて見なさい」
本当は二人でも指揮させたくない。そこは嘘も方便である。オルがやる気になってくれるのなら、いくらでも法螺はふこう。
「わ、わかりましたぁああ! 早速、ゼノン語を習得してみせまする!」
オルは「大将軍だぁあ!」と叫び、火の玉の如く部屋を飛び出していった。
幸いにも、ここにはゼノン語が堪能な仲間がたくさんいる。オルもいい刺激になるだろう。
――って、最初の主旨を忘れるな。俺もゼノン語を勉強したいのだ。
オル、待ちなさい。俺も勉強する!
一緒にトゥゲザァアしましょう!
慌ててオルの後を追いかけた。