第二十七話 「ミレスと魔法科学とは」
く、苦しい。
変態ッシオに袋をかぶせられ、呼吸困難に陥ってる。
なんとか袋から脱出しようともがいているが、変態ッシオがものすごい豪腕で押さえつけるので、抜け出せない。
……も、もうだめ。
意識を失いそうになったその時、
「ほぎゃああ!」
間抜けな声が部屋に響き、拘束していた圧力が一気に軽くなった。
すぐに袋を頭から外し、大きく息を吸う。
はぁ、はぁ、はぁ、苦しかった。
何度も呼吸を繰り返し、息を整える。
何が起きたの?
視界が開けてみると、変態ッシオが壁に激突していた。
ぴくぴく痙攣している。
「ごめんねぇ、ミレスちゃん」
「ティレアさん!」
ティレアさんがいる。
半ば反射で抱きしめていた。
あぁ、いい匂い。お日様のように暖かくて心地よい。
ティレアさん、きれい……。
間近で見るとより美人さに気づく。
金髪碧眼の美人。
さらに性格は温和そのものだ。高位者にある傲慢さの欠片もない。優しさで溢れている。本当に素敵なお姉さんだ。
庶民的な気配りと、東方のお姫様なだけあってふとした仕草に気品もある。そういうところはやっぱり皇族だ。本来であれば近づくことも、下手すれば言葉を交わすこともできない人なのだ。
そんな人が私を抱きしめてくれる。
嬉しい。
しばらくそのままティレアさんに身を預ける。
……
…………
………………
落ち着いた。
うぅ、溺れてパニックになってたとはいえ、ティレアさんに情けないところを見せちゃったな。
それに、ズブ濡れなのにお構いなしにティレアさんに抱きついてしまった。泣きじゃくったのもあって、ティレアさんの服を大分汚しちゃったよ。ティレアさんは気にしていないみたいだけど、なんて無礼なことをしちゃったんだろう。
恥ずかしい。
顔が赤面するのを自覚する。頬が熱い。きっと真っ赤だろう。
魔法学園の生徒は、国から選ばれたエリートだ。民の規範にならなければいけないのに。
情けない。
しっかりしろ、ミレス。
体内の魔力を循環させ、気分を落ち着かせる。魔法学生なら誰でもできる簡易的な心身リラックス術だ。
ふぅ~冷静になり、余裕ができた。
周囲を観察する。
変態兵士オルティッシオは、壁に激突したままだ。変態ッシオの部下達も口を開けて唖然としている。
すごい。
あれほど強かった変態ッシオを一蹴するなんて……。
ティレアさん、やっぱりティムちゃんのお姉さんなだけあるよ。自分の腕は大したことないって言ってたけど、謙遜していたようだ。
その力、ティムちゃんに勝るとも劣らない。
「ティレアさんってやっぱり強かったんですね」
「まぁね。私は料理人よ。虚弱な変態野郎なんかには負けないんだから」
ん!? 料理人?
料理人は関係ないよね。
それに変態だが、屈強な戦士である変態ッシオを虚弱?
どういうこと?
ティレアさんが本当に実力者なら、オルティッシオの強さも理解できるはず。
はっ!? もしかしてさっきのは、変態ッシオが手加減したの?
わざと攻撃をくらった振りをした。
ティレアさんは王族である。王家の者に反撃したり避けたりするのを、変態ッシオが躊躇ったのかもしれない。
ありえる話だ。
実際、王家の歴史を紐解いてもこのような例はいくらでもある。
ある剣術好きの王太子は、自分を古今無双の剣士と勘違いしていた。なぜならその王太子は、剣で一度も負けたことがなかったから。試合や稽古で、時の最強と言われた護衛や指南役を打ち倒してきた。
王太子は知らない。彼らが王太子を憚り、わざと負けたふりをしていたことを。哀れ王太子だけがその真実に気づかずにいたのだ。
結局、その王太子は自分の実力もわからず、戦場で突撃を繰り返し、最後は敵国の兵士に斬り殺されたのである。
王太子のご機嫌を取ることにだけに固執し、本質を教えなかった護衛や指南役の過失であった。
ティレアさんも同じ状況に陥っているのかもしれない。
うん、確かめてみよう。
「ティレアさんってあの変態――オルティッシオをよく殴ったり蹴ったりしてるんですか?」
「よくってことはないけど、それなりにね。バカをやった時は、きちんとしつけてたはずなんだけど……今回のことは本当にごめんなさい」
ティレアさんが深々と頭を下げてくる。
「そ、そんな頭を上げてください。ティレアさんが悪いんじゃありません」
「ううん、私の監督不行き届きよ。まさかオルが私の目を盗んでこんな不埒な真似をしてたなんてね」
「全ての元凶はオルティッシオです。ティレアさんが気に病むことはありません。それより殴ったときオルティッシオに反撃されなかったんですか?」
「んにゃ。たいてい受け入れて大人しくしてたね。ってか、そんな逆切れは許さないよ。仮に反撃してきたら倍返ししてやるから」
ティレアさんは、変態ッシオをどこぞの近所の悪ガキ程度に認識している。
性格はともかく、あれほどの実力者を強者と思っていないのだ。
やはり推測は当たってると思う。
変態ッシオの実力なら一方的にやられることもない。少なくとも攻撃を捌いて嗜めるぐらいできる。
それをせず、ただ一方的にやられていたなんておかしい。変態ッシオは、本来教えるべき現実をティレアさんに教えず、ご機嫌を取ることだけに固執しているのだ。
なんて愚かな!
佞臣そのものである。
そもそも、ティレアさんの言動からは強者の風格を感じない。常人の反応だよ。普通人のティレアさんの攻撃でふっとんだ振りをするなんて……変態ッシオの奴、よっぽどのおべっか使いだ。
変態ッシオを見る。
うん、おべっかを常に使っているだけに、実にうまい気絶だ。本当に気絶しているみたい。変態ッシオは舌を出して、プルプル震えている。
武人のくせにそこまでおもねるか!
見ているだけでいらっとくる。
さっさと起きなさいよ。下手な演技、でなく上手い演技もそこまでよ。
じっと変態ッシオを見る。
だが、変態ッシオは一向に起きない。白目をむいて気絶したままだ。
……本当にふりだよね?
なかなか起きない。
試しに空中にジャンプしてそのまま足めがけてダイブしても起きなさそうだ。白目をむいたまま骨折しそう。
ん? よく見ると変態ッシオは、痙攣して汗もかいている。
え、演技でないかも?
あ、あれっ? 私の仮説は間違いだったの?
じゃあティレアさんはやっぱり強者なのかな?
でも、言動がそぐわない……本当にティレアさん、ティムちゃんって謎だよ。ますます疑問が沸く。
そんな中、ムッツリスケベのギルがようやく落ち着きを取り戻した。
唖然としてた顔を引き締め、どこからかポーションを取り出す。そして、変態ッシオにそれを飲ませ始めたのだ。
ポーションを飲み、変態ッシオの身体に変化が起こり始める。
オルティッシオの身体がむくむくと膨れ上がっていく。
よっぽどのダメージだったらしい。筋肉が活性化している。これが演技なら本当に芸が細かい。部下のギルとともに演技雑技団に入っても通用する。
とにかく変態ッシオは復活した。
変態ッシオはポーションを飲み終えると、もぞもぞと動き始める。
そして、私に気づくと、眼光鋭く睨みつけてきた。
ひぃ!?
とっさにティレアさんの背中に隠れる。
変態ッシオは首をコキコキと鳴らしてこちらに歩み寄ってきた。
この変態、一見のっぺりとした平凡顔だが、騙されてはいけない。見た目に反し、バカで凶暴な性質を持っている。
もしかしたら、蹴られた腹いせに暴力を振るってくるかもしれない。主君には手を出さなくても、人形と言って蔑む私には躊躇しないだろう。
変態ッシオはつかつかとさらに近づいてくる。
この眼光……獲物を狙うハゲタカよりも鋭い。人を斬ることに一切躊躇しない暗殺者の類だ。
まずい。
変態ッシオの怒りの度合いが伝わる。これは、私だけじゃない。もしかしたらティレアさんにも手をだすよ。今までもティレアさんに殴られて怒りが溜まってたはずだ。
こいつの性格からいって、いつまでも我慢できないと思う。短気で逆上しかねない。
とうとう堪忍袋の緒が切れて、姫様に手を出す可能性も……なかったね。
眼前まで近づいた変態ッシオは、これでもかというぐらいにティレアさんに頭をペコペコ下げていた。
見ててわかるぐらい恐縮している。
なるほど。
変態ッシオは、上に媚びて下に粗暴な典型的な小人タイプみたいだね。私には殺気の篭った目で睨みつけるが、主君にはそれをおくびにも出さない。
変態ッシオは、必死に抗弁している。
ティレアさんは聞く耳を持っていないようだ。ティレアさんは、変態ッシオへの糾弾の手を緩めない。
ティレアさん、やっちゃってください。
変態ッシオがいくら戦闘力が高くても、性格に難がありすぎです。ここは首にしたほうがいいですよ。
「ティレア様、お待ちください」
変態ッシオの部下ギルが横から口を挟んできた。
変態ッシオよりは口がたつようだけど、無駄よ。
あなた達のような変態は、ティレアさんやティムちゃんの部下にふさわしくない。
治療と称してキスを迫ったり、袋をかぶせたり、明らかに常軌を逸した行動だ。いくら変わり者のティレアさんだって、こいつらの所業は許せないはず。
だが……。
え!? なんか信じている!
最初、ティレアさんはギルの言葉を不審がって聞いていた。
なのにいつのまにか納得しているのだ。
「ふむふむ」とか「あ~なるなる」とか「それは悲しい誤解よね」とか言っている。
変態ッシオの言動を擁護するなんて……。
「ティレアさん、オルティッシオは女の敵です! こいつはただの嘘つきよ。卑怯者、恥を知りなさい!」
ティレアさんに声高に叫ぶ。
胸を揉まれそうになったり、しまいにはキスまで。最後は殺される寸前まで溺れさせられたのだ。
絶対に許しておけない。
だが、ティレアさんは困った顔で「ミレスちゃん、落ち着いて。誤解よ、誤解よ」と言って取り合ってくれない。
誤解?
誤解なもんか!
ティレアさんは、変態ッシオをよくやったと褒めている。
あんな変態行為をなぜ褒めるの?
あぁ、そっか。
所詮、私は余所者だ。部下のご機嫌取りを優先させるんだ。今まで没落貴族出身で、高位貴族からたくさん嫌な思いをしてきた。
そういうことなんだろう。
信じてたのに……。
友達と思ってたのに……。
ティレアさんとなら身分の垣根を越えて一生の付き合いができる、そう思ってたのに……。
信じてた分、裏切られた感が強い。
頭が真っ白になって暴れた。
魔法を使い、脅して、今までの鬱憤をはらすかのように怒鳴り喚き散らした。
……
…………
………………
本当に誤解だった。
うぅ、恥ずかしい。
王族だからと色眼鏡で見てたのは自分だ。
王族だから自分の国、部下を優先する。勝手にそう思った。そんな愚かな妄想をした自分が情けない。
私はなんて愚かなの。
ティレアさんは、オルティッシオ達を部屋から退出させると、優しく抱きしめてくれた。
こんな酷い振る舞いをしたのに……。
招待された身で暴言を吐き、暴れた。どんなに温厚な人でも絶対に怒る。それを笑って許してくれたのだ。
そう、今までも美味しい料理を振舞ってくれて、とてもとても大事にしてくれた。ずっとその優しさを感じていたのに。
姉妹で争うのも珍しくない王族の家系、にもかかわらず妹のティムちゃんを思いやる本当に優しい人なのだ。
暖かくて優しい。
ティレアさんは、今も慈愛の目で私を見つめてくる。
こんな目で見られたのは久しぶりだ。実家の両親を思い出す。
もう我慢できない。
無我夢中でティレアさんの胸の中に飛び込み、泣いた。やんごとなき身分の人で、こんなことしちゃいけないってわかってても止められない。
エリザベスの脅威、実家の困窮、様々なストレスが知らぬうちに心にダメージを与えてたみたいだ。その心のヒビにティレアさんの優しさが染み込んでいく。
うぅ、ティレアさん、なんて優しいの。
しばらく幼子が母親に縋るように大泣きした。
それから落ち着いた私は、用意された服に着替える。
さらにティレアさんに【どらいやー】という魔法具で髪を乾かしてもらった。
ティレアさんからの思いやり。その一つ一つが心地よい。
【どらいやー】とかすごい魔法具を持っている。
変態ッシオを撃退できる力を持っている。
ティレアさん、色々謎が多い人。
ただ、これだけは言える。
ティレアさんはすごくいい人だ。優しく暖かで太陽みたいな人だ。この人だけは、信じられる。
それにしても……。
髪が乾き、一息つくとある疑問が疼いていく。
ティレアさんに悪意の欠片もない。
これは絶対だ。それがわかっているだけに思うのだ。
なぜ、変態ッシオの行為を擁護したんだろう?
純粋な疑問だ。
ティレアさんらしくない。
素直にティレアさんに聞いてみよう。
そして……。
ティレアさんは、私の質問に静かに語り始めた。
【じんこうこきゅう】
【袋を被せる治療法】
それがどんなに有効で意義のあるものか熱心に説明してくれた。
こ、これは……。
そういうことだったんですね。
ティレアさんの説明は、未開の風習に共通する。魔法技術が遅れているので、回復魔法をできる者がいない。
未開の者は、根拠もない呪い師のいう事を信じる。【さんそ】とかわけのわからない言葉を称するのもそう。空気の吸いすぎとか奇抜なことを言って注目を浴びるのだ。
人体学を学んだ者ならわかる。
人は空気を吸うことによって生きている。
呼吸が荒くなったり、汗をかくのはその空気が少なくなったからだ。だから密閉空間に閉じこめられた人は、呼吸が荒くなったり、浅くなったりするのだ。それは、吸う空気の量が少なくなるからであり、決して【さんそ】の吸いすぎなんてものじゃない。
魔法科学的にも立証されている。
さらに【じんこうこきゅう】なんてもっと酷い説だ。他人の息で呼吸をしたってうまくいくわけがない。しかも、溺れて弱っている時に、あんなに胸を押さえられたら、苦しくてしょうがないよ。
あぁ、なんてこと……。
ティレアさん、騙されているよ。
ティレアさんは、どうやら誰かに嘘を吹き込まれらしい。近所のおばちゃんが、悪徳行商に騙されて購入した幸せを呼ぶ壺を思い出す。
ティレアさんの場合は、その怪しげな救助方法の練習のために作ったと言われる高位ゴーレムがそれだね。
あれほど高性能なゴーレムだ。かの魔法大国ゼノンの特注品だろう。少なく見積もっても億はくだるまい。こんな与太話のために、大金をつぎ込むなんて。
誰かティレアさんを止める人はいなかったのか?
こういうところは、庶民離れしているお姫様だ。
【じんこうこきゅう】なんて嘘を教えて、さらに練習のためだといって高位ゴーレムを作らせた。きっとそのゴーレムを作った時に、その嘘を教えた人はなんらかの利益をうけたのだろう。
悪人め!
人のよい者を騙し、食い物にする人間がどこにでもいる。
ティレアさんみたいに優しくて純粋な人を騙すなんて許せない。
できれば、その人を見つけてぶん殴ってやりたいよ。
「ティレアさん、つかぬ事をお聞きしますが、その知識ってご両親から教わったんじゃありませんよね?」
「そうだよ。これは特殊な知識だからね」
「そうですか。では、その特殊な知識は誰から教わったんですか? 少なくともカミーラ様おつきの教育係ではありませんよね?」
「まぁね。ティムは知らない。この知識は前に住んでたところの知識で、ネットで仕入れたというか、う~ん、どう説明すればいいんだろう。あ~本当のことを言ってもひかないかなぁ」
ティレアさんが言い淀んでいる。
自分が庶子だと言いあぐねているのだ。恐らく庶子のティレアさんには、まともな教育係がいなかったのだろう。
正当な血筋のティムちゃんには高度な知識を与えれられ、庶民の血が入っているティレアさんにはろくな教育係をあてられなかったのだ。
前に住んでた所という言い方からすると、最初はティムちゃんと暮らしていなくて、都から離れた田舎に押し込まれてたのかもしれない。
王家にはよからぬ輩が集まってくる。
そのうちの一人がティレアさんに間違った知識を与えたのだろう。
唯一まともだったのは、ティレアさんの母方の実家だ。実家が料理屋と言ってたから、料理だけはまともに教えられたみたいだ。
このままでは、ティレアさんが間違った知識を行使してしまう。
それは不幸につながる。これだけいい人が不幸になってはいけない。
「ティレアさん、はっきり言います。その知識は間違ってます。そのネットって教師は信用できません」
「いや~ネットというのは人じゃないんだ」
「では、書物ですか?」
「う~んそうだね。厳密には違うけど、それでいいや」
「じゃあその著者は信用できません」
「ネットに著者はいないよ」
「著者がいないんですか!」
「うん、あるのもあるけど、たいていは個人が特定できない書き込みだね」
信じられない。
書物を作るには、途方もない額と手間がかかる。一個人で使うわけでもなく、それなりの人に広めようと思ったら数百冊は写本が必要だろう。
それだけの物を作るのだから、内容はかなりの質が求められる。虚偽は絶対に認められない。根拠のない理論はおのずと削られる。著名は責任を取るためにも絶対に必要なのだ。
「ティレアさん、それは悪本です。世の中に出ていいものではありません。すみやかにその内容は忘れてください」
「いやいや、ミレスちゃん、誤解だよ。ネットはね、すごいんだよ。私の住んでたところでは、ほとんどの人がネットを使ってたんだ。わかならいことがあれば、ググル先生に聞けってぐらいすごいんだから。なんでも応えてくれる」
ティレアさんからまた新たな言葉が出てきた。
ググル?
聞いたこともない。
先生と言われているから教師だろう。わからないことは全て答えるというのが怪しすぎる。
「ティレアさん、そのググルっって教師は怪しすぎます。人はなんでも知っているわけではありません。知っていることだけを知っているんです。その人は大言壮語を吐く小人です」
「いや~本当にどう言ったらいいのかな」
ティレアさんは困ったように頭をかいている。
私のいう事を信じているわけではないようだ。
ティレアさんに何度忠告しても、ティレアさんはなかなか自論を曲げない。よほどネットやググルを信用しているみたいだ。
よし、こうなればとことん議論する。
不遜だと思われてもいい。ティレアさんのためならなんだってできる。
そして……衝撃の事実を聞いた。
あぁ、ティレアさん、なんて辛い生い立ちだったんだろう。
ところどころ言い淀むので、全容がわかったわけではない。
ただ、どうやらある時期、ティレアさんは【にほん】という島国でティムちゃんと別れて暮らしてたらしい。
【まんがきっさ】なるところで難民生活をしてたというから驚きだ。
東方ってよっぽど政情が不安定な国なんだね。庶子とはいえ、王族が難民生活をしてたなんて。
なんでも【まんがきっさ】なるキャンプは、四方二メートルもないとても狭い部屋だそうだ。
私なら一時間もいられない。仮にそこで生活を余儀なくされたら、すぐに発狂してただろう。
そんなところでティレアさんは一週間、数ケ月平気で暮らしていたそうだ。
苦労を知っている平民でも無理だよ。
ティレアさんは、何事もなかったかのように話す。
「あの頃は若かったよ」とか言ってるけど、そうでしょうね。
計算すると、相当小さい頃にそんな生活をしていたことになる。
ティレアさんの強さの秘密がわかった気がする。
どんな紆余曲折を得て、ティレアさんがティムちゃんと出会い、そして今の暮らしに繋がったのかはわからない。
でも、苦しい時代があったのだ。
そんなときにググルやネットと知り合ったのだろう。
苦しい時に見つけた物に人は縋ってしまう。それは人としての性だ。盲信するのもしかたがない。
でも、誰かが言わないといけない。
きっと誰もティレアさんの身分を恐れて止めなかったのだ。
オルティッシオを見ればわかる。
身内のティムちゃんも姉大好きが極まっているから厳しいことは言えないのだろう。
それなら私が言うしかない。
「ティレアさん、カミーラ様と離れて暮らしてきたのは寂しかったと思います。そのネットやググルに頼る生活になるのもわかります」
「いや~ミレスちゃん、なにか変に勘違いさせちゃったね。前世って説明したほうが良かったかな。でも、頭のおかしい人に思われるのも嫌だなぁって」
「ティレアさんは頭がおかしくはありません。全ての元凶はネットです。そのネット生活がティレアさんを誤った知識に誘導させちゃったんです」
「なんか勘違いしているのに、真実をついちゃってるね。うん、ネット生活がその時の自分に悪影響を与えたのは確かだよ。でもね、私の言っていることは正しいんだ。どうしようか、まずは未来の概念から話そうかな」
「ティレアさん、もういいです。お願いだから聞いてください。ティレアさんもうすうす気づいているはずです。ネットの知識を鵜呑みにしてはいけません!」
「ぐぼっ! ミレスちゃんやるね。そ、それ、久しぶりに聞いた」
あ、やっぱり自覚はあったんですね。