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第二十五話 「現代知識って誤解されちゃうよね(中編)」

 ミレスちゃんの右手には、メラメラと火炎の玉が浮かんでいる。あれをもろにくらったら、火傷じゃ済まされない。大火傷の黒こげだ。火炎瓶を投げつけられるよりも凶悪かもしれない。


「ミレスちゃん、落ち着いて」

「ひっく、ひっく」


 落ち着くように声をかけるが、効果がない。


 ミレスちゃんは、きっとにらみ続けている。フーフー威嚇する猫みたい。


 というか服がずぶぬれだ。まずは着替えを用意してあげよう。ミレスちゃんが風邪をひいてはいけないしね。


 俺がミレスちゃんの着替えを用意しようとしていると、


「くっあっはっはっは! なんと愚かな。ティレア様に逆らおうなど大逆にもほどがある。人形、骨の髄まで後悔の念を叩きこんでやるわ!」


 またもやオルの高笑いが部屋に鳴り響く。


 あ~もう……俺がどれだけミレスちゃんを落ち着かせようか気をもんでいるのに。


 こいつは平気で煽ってくるね。俺がミレスちゃんを止めてなければ、今頃黒こげのハンバーグだよ。


 その辺のとこわかってんの?


 オルの顔を見る。


 オルは俺の視線を受けると、わかってますよとばかりににこやかに頷く。


 そして……。


 縄を持ってきた。びしびしと縄を引っ張って頑丈さを確かめている。


 ミレスちゃんは、あからさまに嫌悪の表情を深くしていた。


 ……シバリッシオめ、やはりわかってなかったか。


 人の機微を察するような奴じゃないと理解はしていた。だが、ここまで俺の意図と反対の行動を取ってくるとは。


 はぁ~ミレスちゃんと話をするのにオルは邪魔だ。オルの部下達も「殺せ!」とか「吊るせ!」とか野次がひどい。これでは、ミレスちゃんますます意固地になっちゃうよ。


 しょうがない。


 軍団員達のほうに身体の向きを変え、


「はい、注目!」


 パンパンと手をたたく。


 すると、あれだけ騒いでいた軍団員達が水を打ったように静かになった。


 一言もしゃべらない。


 俺の言葉を一言でも漏らさないとばかりに真剣な表情で注目してくれた。まるで、統率された正規の軍隊並みの反応である。


 さしずめ俺は、奴らにとっての鬼軍曹といったところだろう。


「コホン、勅命よ。全員、回れ右。この部屋から出て行きなさい」


 俺の一言で潮が引くように去っていく。


 うん、素直な君達は好きよ。素直すぎで怖いくらいだ。あれだけ周囲に我侭放題の奴らなのに、俺が勅命と言うと異常なくらい忠実に従う。


 軍団員達は、勅命を普段のお願いよりも重く捉えているみたいだ。「誰それを殺せ!」とか「自害しろ!」とか言っても従いそうなくらいに。


 勅命……便利だけど、あまり使わないほうがいいかな。中二病者にとって勅命は、心に痺れる麻薬のようなものなんだろう。


 軍団員達は、ぞろぞろと部屋から出て行く。


 ミレスちゃんは、無表情でそれを見ている。邪魔をする気はないみたいだね。


「あ、ギル君は待って」

「はっ」


 部屋から出ようとしたギル君がその場に留まり、片膝をつく。


「ギル君、ミレスちゃんの着替えを持ってきてくれる? ついでに髪を乾かすドライヤーもね」

「御意」


 ギル君は返事をすると、すぐに女物の服とドライヤーを持ってきてくれた。


 変なギャグを入れず、素早く正確に目的の物を用意する。この辺は、オルと違うね。ギル君、なかなか優秀だよ。


 着替えを受け取り、ギル君も部屋から退出させた。部屋には俺とミレスちゃんしかいない。二人きりになった。


「もう下品な男達は退散させたから」

「あ、あ、あの……」

「さぁ、服を着替えて。風邪をひいたら大変でしょ」


 ミレスちゃんに着替えを渡す。


「うっ、うっ、ごめんなさい。ごめんなさい。こんなに優しいティレアさんに……わ、私、私、なんでこんなこと」

「いいのよ、いいのよ。泣かないで」


 優しくミレスちゃんを抱きしめる。


 俺の胸の中でわんわん泣くミレスちゃん。


 魔法学園の生徒と言っても、ミレスちゃんはまだ十四歳の女の子である。怒ったり泣いたり情緒不安になるのもしょうがない。俺はミレスちゃんが落ち着くまで、優しく抱きしめてあげた。


 しばらくして泣きやんだミレスちゃんは、渡した服に着替える。


 服はワンピースに近い代物だ。ミレスちゃんに似合っている。ミレスちゃんの清楚な感じがぐんとアップした。


 それにしてもギル君は誰の服を渡したのかな?


 邪神軍に女性は少ない。だから、おおよその見当はつく。キャスだとボディコンぽい服ばかり着ている。おそらくセレッセの服かな。体格的にもミレスちゃんに近いしね。


「ティレアさん、着替えありがとうございます」


 着替え終わったミレスちゃんがお辞儀をしてお礼を言ってきた。


「いいの、いいの。それよりサイズ合っててよかった。似合ってるよ、うんうん」

「本当にすみません。後日洗って返しにきますね」

「別にいいよ。私が言うのもなんだけど、ミレスちゃんが気にいったのならもらってって」

「そ、そんな悪いです。こんな上質な服もらえません」

「ううん、こちらが迷惑をかけたのよ。そんな遠慮はいらないから」


 セレッセが裕福なのは知っている。オルとは幼馴染の戦友とか言ってた。同じ貴族なんだろう。服の一着ぐらいで文句は言わないはずだ。後で俺から断りを入れておこう。


 それから俺はミレスちゃんを椅子に座らせる。


 濡れた髪をドライヤーで乾かしてあげるのだ。


 ミレスちゃんはポニーテールをしているだけあって、髪は長い。お手入れは入念にしてあげないとね。艶々にしてあげよう。


 ドライヤーをマイナスイオン送風に設定して、濡れた髪に当てていく。


「それ、すごいですね。温風を出す魔法具ですか?」


 ミレスちゃんが、ドライヤーを見て驚いていた。


 気持ち良さそうにドライヤーにあたりながら、乾いた髪を不思議そうになでていた。


「へへ、便利でしょ」

「はい、こんなに便利な魔法具初めて見ました」


 そうなのだ。この世界にドライヤーはない。


 だから、俺はティムやドリュアス君に相談して作らせた。材料費や作成費についてはオルに出してもらった。いつもいつも悪いと思いつつも、オルに頼ってしまう。


 オルは気前がいいからね。つい甘えちゃうのだ。もちろん、いずれ製品化させて売り上げが出たときには、借りた金は返すつもりだ。


 ……売り上げ出るよね?


 うん、そうに決まってる。


 この時代、長い髪の女性は、髪を乾かすのに苦労している。美しい髪をケアするためにも女性にとってドライヤーは必需品だよ。


 製品として売れないってことはないない……ないはず。


「ミレスちゃん、もしドライヤーが売ってたら買う?」

「買わないです」

「え~どうして?」

「贅沢品だからですよ。そんな高価な代物は買えません」

「ドライヤーってそこまで高価かな?」

「間違いなく高級品です。そのどらいやーって、風魔石と火魔石をうまいぐあいに配分して髪を乾かすのにちょうどよい温度に調整されているんですよね?」

「そうなのかな?」

「テ、ティレアさん、原理も知らずに使っているんですか?」

「いや~使い方さえ知っていればいいんだよ。原理なんて技術者が知ってれば十分」


 前世でもそうだった。皆、テレビがなんで映るのか原理を知らなくても使ってた。そんなのは理系の方々の領域である。家電製品なんてそんなものだよ。


「ティレアさん、その認識は改めたほうがいいですよ。魔法具はきちんとした知識を持って使わないと、大きな事故に繋がります」

「そ、そんな大げさな……」

「大げさではありません。魔法はまだ未知な部分も多いんです。普通原理を知らなかったら、使うのに不安になりません?」

「いや~ミレスちゃん、考えすぎだよ、考えすぎ。そんなこと言ってたらだれも製品扱えないじゃない。主婦の奥様方全員を理系にする気? 私が前住んでたところでは、幼児でもドライヤー使ってたよ」

「本当ですか! 信じられません」


 まぁ、科学と魔法の違いはあるけどね。こまけぇこたぁいいんだよ。似たようなもの、似たようなもの。


「ミレスちゃんが信じられないのもわかる。でも、事実なんだ」

「そうなんですか。こんな高価で高品質な魔法具を幼児が使うなんて……すごい国ですね」


 うん、別世界の二十一世紀の知識があるっていったら驚くかな、かな?


 さすがにそれを言ったら頭のおかしな人認定されるから言わないけどね。


「ミレスちゃん、ドライヤー珍しいと思ってるよね? でも、本来これは、一般大衆に広まったお手軽な製品なんだ」

「し、信じられません。これが高品質な贅沢品じゃないなんて……ボタン一つで風の強弱がつき、【まいなすいおん】という未知なエネルギーも放出しているんですよ」

「あはは、マイナスイオンはシャレだったんだけどね」


 恐らくティムもドリュアス君もマイナスイオンの本当の意味を理解していないと思う。実は説明していた俺ですら、マイナスイオンってなんじゃらって感じだったからね。


 空気中の良い成分と伝えたけど、本当何が出てんだろう?


「とにかくティレアさんがなんと言おうとも、どらいやーが高品質なのは間違いありません。温風を出す理論はなんとなく予想できます。応用できそうな魔法力学もいくつか思い浮かびました。ですが、理論は理論です。実現させるには、恐ろしいほどの緻密な計算と高度な魔法技術が必要なんです」

「なんか聞いているだけで、作るのにすごいお金がかかりそうって感じた」

「イエスです。優秀な魔法技師と高設備が必要で大幅な開発費がかかると思いますよ。それに魔石自体も貴重ですから」

「そうなんだ」


 な、なにげなしに頼んだだけなんだけど……。


 オル、そうとう金使ったね。


 多分オルパパに頼んで、相当な人脈と資金を消費してドライヤーを作ったのだろう。い、一千万ゴールドぐらい使ったかも。


 うん、もう少しオルには優しくしてやるかな。


 それからミレスちゃんの髪を全て乾かし、温かいお茶を淹れミレスちゃんに振舞う。


 ミレスちゃんはふ~ふ~言いながらお茶をすすっていた。


 しばらくして……。


「……どうして」

「うん?」

「どうして、あんなことを言ったんですか?」


 ミレスちゃんが真剣な顔で訊ねてきた。


 あんなこととは、つまりオルを擁護した話だね。


 ふ~ここからが正念場だ。


 ミレスちゃんに現代医学の英知を教えないとね。


 軽く目を閉じ、深く息をする。


 そして、語った。


 溺れた際は、人工呼吸するのが大切だという事実。

 心臓マッサージにマウストゥマウスの手順。

 パニック症候群に陥った際の対処法。


 ミレスちゃんは、俺の説明を訝しげに聞いている。その眼は、だんだんとかわいそうな人を見る目に変わった。


「ティレアさん、その知識はどなたからお聞きになったんですか?」

「え、え~と、漫画、ネット、いや、ググル先生というべきか、う~ん、説明が難しいなぁ」

「はっきり言います。ティレアさんは、ググルに騙されています。そんな救助方法は聞いたことがありません」


 話を聞いた後のミレスちゃんの第一声……。


 予想はしていた。


 恐らく信じないだろうと。ミレスちゃんがそう思うのも理解できる。最新の医療技術を、魔法技術は発達しているが、絶対王政のこの時代の人に簡単に理解できるとは思えない。


 でも、人工呼吸は救助の要だ。これを知っているだけでも生存率は格段に上がる。世に広めるべきだ。


 頑張れ、ティレア!


 ミレスちゃんを説得できないで、どうして他の皆を納得させられるのだ。絶対に説得してみせる。


「ミレスちゃんが信じられないのもわかる。でも、これは科学的知識に基づいた行為なんだ」

「ティレアさん、冷静に考えてみてください。例えば袋を被せる行為。パニックになっている人に、頭から袋をかぶせるなんてよけいに悪化しますよ」

「そ、それは酸素の吸いすぎでパニックに陥っているから。酸素を吸いすぎないようにしているんだよ」

「さんそ? さんそってなんなんですか?」

「そこから!」

「そこがどこかわかりませんが、まずは『さんそ』を説明してください」


 さすがは中世。科学もへったくれもないなぁ。


 なんて説明すればいいんだろう。もともと化学なんて苦手な分野だ。そんな俺が一から説明できるだろうか。


 四大元素って言うんだったっけ?


 すいへーりーべい、ぼっくのふねぇ~しか知らないぞ。


 しょうがない。


「え~と簡単に言うと空気かな」


 かなりアバウトだが、これ以上うまく説明できない。


「ふ~私は袋を被せられて呼吸困難に陥りました。空気が不足しているからです。吸いすぎってなんなんですか! 逆です。袋を被せられて空気がなくなったから悪化したんです」

「ミレスちゃんの言っていることは一見辻褄が合っている。私も『おぉ、そうか』って言いそう。でもね、それは科学的には間違っているんだよ」

「ティレアさん、自慢ではありませんが、私は魔法学園の生徒です」

「うん、知ってる」

「大陸で最も魔法が発展している国が、魔法大国ゼノン。次がここ、アルクダス王国です。その王国の知識が集中している場所は、アルクダス魔法学園なんですよ。そこで何年も学んでいる私でも初めて知りました。ティレアさんの話は突拍子がなさすぎです!」


 だめだ。ミレスちゃん、まるっきり信じようとしない。


 俺の話を妄言と決めつけている。


 しょうがないか。科学的知識が軽く五百年は違うのだ。今更化学式から説明しても理解できないよね。下手したら、この時代の人は、五臓六腑の位置も正しく知らないんじゃないか。


「ティレアさんがふざけていないのはわかりました。あと、オルティッシオさんも忠実にティレアさんの指示に従っただけみたいですね」

「そうなんだよ。誤解ってわかってもらってよかった」


 おぉ、とりあえず悪意を持ってミレスちゃんに行為を及んだんじゃないってわかってくれた。あとは、どう現代医学を理解してもらえるかだね。


「ティレアさん、一つ忠告します。あなたの知識は間違ってます。何度も言いますが、私はアルクダス王国が誇る魔法学園で研鑽を積んでいます。まだまだ未熟な私ですが、そこそこの知識を有している自負があります。ティレアさん、あなたのやり方は、一歩間違えば死人が出てもおかしくない治療法ですよ。よければ、正しい知識を伝授しましょうか?」


 ミレスちゃん、頑固だな。


 邪神軍の軍団員達なんて、一片の疑いも無く信じたんだぞ。反論のはの字もなかった。実は俺の心臓は二つあるって法螺を吹いたとしても信じちゃうぐらいに。


 まぁ、それはそれで問題かもしれないが。


 とにかくどうしようか?


 とりあえずパニック症候群の治療法の説明は断念しよう。


 あれは、俺も実はよくわかっていない。漫画の知識に頼っただけだ。今更ではあるが、ミレスちゃんの主張が正しいような気がしてきた。確かにパニックになっている人に袋被せたらよけいにパニクるよ。


 でも、人工呼吸の大切さは教えたいなぁ。これは、前世でも世間が周知していた救助法の必須科目だ。反論の余地もない正しい救助方法である。


 人工呼吸の大切さを教えるためには……。


 どうしたら、中世の人に現代知識を理解させられる?


 う~ん、やはり実践して見せたほうがいいかな。口でいくら説明しても、イメージできないのかもしれない。


「ミレスちゃん、ちょっと待っててね」


 部屋を出て、ある物を取りに行く。

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