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第二十四話 「現代知識って誤解されちゃうよね(前編)」

 ミレスちゃんが、トイレに行くと言って店の外へと飛び出していった。しばらく待ったけど、いつまでたっても戻ってこない。


 トイレは、店のすぐ横に設置してある。よっぽどのうっかり屋さんじゃないかぎり迷うはずがない。


 どうしたんだろう?

 お腹でも壊したのかな?


 気になって様子を見に行く。


 トイレの前に到着し、コンコンとドアをノックしてみた。


 返答がない。


「ミレスちゃん、大丈夫?」


 声もかけてみる。


 うんともすんとも返事がない。


 結論……ミレスちゃんはここにいないようだ。


 念のためドアを開け、中をのぞく。


 トイレは使った形跡がなかった。トイレには立ち寄らなかったみたいである。


 何かトラブルにでも巻き込まれたのか、心配になったので、店の周辺を探してみることにした。


「ミレスちゃ~ん、どこにいるの?」


 声をかけながら辺りを探す。


 すると、一分も経たないうちに有力な情報を入手した。


 どうやらオルがミレスちゃんを地下帝国に運んだらしい。その光景をばっちり軍団員のオウホンが見ていたのである。


 またオルの奴、何をしでかしたんだ?


 不安にかられ、第二師団が駐屯しているオルの部屋へ向かう。地下帝国に通じる階段を降り、第二師団室の前に到着。


 軽くノックをして、ドアを開けた。


 ぶっ!? な、何やってんだ、あいつ!


 目の前の光景が信じられず、ドアを閉め瞼をこすった。


 いくらなんでもおかしいよね。ありえない。ありえない。どこの犯罪集団だ。きっと俺は、仕事のしすぎで疲れているのだ。だから、幻を見たんだよ。


 落ち着こう。


 深く息を吸い、吐く。それを数回繰り返す。


 よし、落ち着いた。


 再びドアを開ける。


 うん、変わらないね。


 そこには、いたいけな少女(ミレス)に袋を被せて乱心するオルの姿があった。


 はぁ~まったく、いつもいつもあいつは……。


 コンコンと靴を地面に当てて、履き具合を調節する。


 そして……。


「お前は、何をやっとんのじゃあ!!」

「ほげぇえ!!」


 変態オルにとび蹴りを食らわす。オルは、俺のとび蹴りをくらって壁に激突した。


 ミレスちゃんは頭に被った袋を外して、ごほごほ言っている。


 ふぅ~間に合ってよかった。


 あやうくミレスちゃんが、オルの毒牙にかかり心にトラウマができるところだったよ。あのまま放置していたら、オルの暴走がエスカレートして、何しでかすかわかったものじゃないからね。


 オルは、ぶくぶく泡をふいて気絶していた。

 ミレスちゃんは、ショックだったのか涙目でうなっている。


 ミレスちゃんに近づき、優しく抱きしめる。


「ごめんね、ミレスちゃん。怖かったでしょ」

「うぅうぅ、えっぐ、ひっく、ティレアさん」


 泣きじゃくるミレスちゃん……。


 よっぽど怖かったのだろう。ミレスちゃんは、ぎゅっと俺の背中に手を回してしがみついてくる。俺はそんなミレスちゃんの背中を、子供をあやす母のようにさすってやった。


 しばらくそうしてミレスちゃんを落ち着かせていると、オルが復活した。


 オルの友達のギル君が、ポーションを飲ませたらしい。オルは、よろよろとふらつきながらも立ち上がった。オルは自分がなぜ飛び蹴りをくらったのか、わからないといった様子だ。不思議に首をひねっている。


 なんかデジャブだね。ジェシカちゃんの時から二度目だ。オルめ、反省したと思っていたのに。女の子に暴力をふるうなんて最低だよ。


 下唇を噛み、きっとオルを睨みつける。オルは俺の態度にびくつき、身体をぷるぷる震えさせていた。


「オル、二度はないと言ったはずだよ。よくもまぁ、同じ間違いをしでかしたものね。信頼を裏切るなんて許さないよ」

「ご、誤解でございます。これには深い深い理由があるのでございます」

「ふ~ん、理由って何さ。オル、私けっこう頭にきているからね。今までみたいになぁなぁでは済まさないから」


 拳骨を作り、はぁ~と拳に息をかける。そして、ぽきぽきと拳も鳴らす。


「テ、テ、ティレア様、ち、ち、違うのです。誤解です。誤解ですよ」


 オルは、何やら言い訳を始めた。暴力でなく、治癒だと主張する。必死に、涙声で憐みを誘うように訴えてくるのだ。


 ふむ。よっぽど俺に殴られたくないみたいだね。ここまで怯えるオルが、俺との約束を破るとは考えにくい。


 では本当に暴力でなく治癒? 

 じゃあなぜ、ミレスちゃんは、俺の背中に隠れておびえているのだ?


「ひっく、ほ、本当です! 直そうと、ただただ直そうとしただけなのに……」


 オルは、嗚咽交じりに主張する。


 ここまで切実に言うと胸に来るものがあるぞ。


「あ、あなたさっきから何を訳のわからないことを! ティレアさん、こいつは嘘つきです! こいつは私にキスをしてきたり、胸を揉もうとしたり、しまいには袋をかぶせて殺そうとしたんですよ!」


 あまりのオルの物言いにとうとうミレスちゃんが切れたようだ。俺の背中越しから大声でオルに反論している。


 この娘、こんなに活発だったんだってぐらい大きな声だ。よっぽど腹に据えかねているのだろう。


 オルはそんなミレスちゃんの抗議にめげずに「違うのです。違うのです!」と言って必死に抗弁している。


 ミレスちゃんはミレスちゃんで「変態! 痴漢! 王家につきだしてやる!」と叫んでいる。


 もう二人が互いに叫び合いをして収拾がつかないよ。


「ち、ちょっと二人とも落ち着いて」

「こ、こいつが!」

「き、貴様がぁ!」

「いいから落ち着きなさい!」


 少し大声を出し、二人を牽制した。


 罵りあってた二人だが、俺の制止の声で落ち着きを取り戻したみたいだ。互いに睨み合ってはいるものの、文句を言うのはやめてくれたのである。


「ちゃんと説明してくれる?」


 興奮しないように優しく二人に声をかけた。


「直そうとしたんです」

「弄ばされ、殺されそうになりました」


 うん、両者の回答が真逆すぎる。


「ティレア様」


 ここで、第三の人物が声をかけてきた。そうオルの友達ムッツリ青年ギル君である。こいつは、ムッツリだけど、オルの部隊の中では冷静で真面目な奴である。丁寧に現状を説明してくれるだろう。


「ギル君、何があったか説明してくれる?」

「ははっ」


 ……それからギル君の説明を聞いた。


 途中、ミレスちゃんが「違う! 嘘つき!」って怒鳴って横から口を挟んできたけど、落ち着いてもらった。


 普段なら問答無用でミレスちゃんの味方をする。ミレスちゃんは、女の子で何よりティムの友達だ。


 ただ、この場合はね~。


 だってオルの行動……俺が推奨していることだから。


 なるほど。要約すると、こうだ。


 ミレスちゃんはオルと出会い、口論をした。ここでなんで口論したのかは割愛する。どうせ中二病のオルがミレスちゃんにちょっかいをかけたのだろう。それを問題にしてたらきりがない。


 とにかく、ミレスちゃんはオルと口論をし、何かの拍子でこけちゃったんだね。そして、足をすりむいた。その様子を見たオルが暴走して、ポーション風呂にミレスちゃんをぶちこんだと。ここまででツッコミたいところは山ほどある。


 だが、大事なのは一つ。オルの行為は人助けということだ。まぁ、原因を紐解いていけば、全てはオルが悪いのだが……。


 とはいえ、ここでオルを叱れば萎縮する。そしたら、本当に人助けをする場面で躊躇するかも。ここで助けてもいいのか、また叱られるのではないかと迷うかもしれない。溺れた人がいたら躊躇せずに救助する。その行動力が大切なのだ。


 ここは、オルを褒めるべきだ。その心意気をね。やり方が拙いのは、後で俺がみっちりレクチャーしてやろう。


「あ、あの……ティレア様、私はまた何か間違えたのでしょうか?」


 オルは、この世の終りとばかりに不安な顔で聞いてくる。


 やはりな。オルの顔を見て確信した。ここで俺が叱れば、オルは二度と救助行為をしなくなるだろう。それはだめだ。


 俺は満面の笑みを浮かべる。いつも零点ばかりを取る劣等生が、三十点を取ったのだ。できの悪い生徒でも褒めるときは褒めないとね。


「ううん、そんなことない。よくやったわ。オル、その迅速な対応が大切なのよ」

「ははっ、ありがたき幸せ。そうですか。やはり私が正しかったのですな」

「う、うん、またやり方についてはもう一度教えるから」

「なんと! またマンツーマンでティレア様の英知をお教えくださるのですか!」


 オルは、またたくまに笑顔になってスキップしている。俺の発言一つでここまで変わるなんて。素直というか単純というか。


 さっき泣いたカラスがなんとやらだよ。


 ん!? おわっ!!


 ふと振り返ると、ミレスちゃんが首を横に振りながら信じられないといった表情をしていた。


 ……忘れてた。


 オルのフォローに気をとられ、ミレスちゃんを放置してたよ。


 ミレスちゃんは、まるで信頼していた恋人が実は親の(かたき)だったみたいな顔で、いやいやと左右に顔を振っているのだ。


 うん、完璧に誤解されている。


 俺の発言は、まるでオルの痴漢を推奨したかのように見えたかもしれないね。


「あ、あの……」


 とっさにミレスちゃんの袖を掴もうとする。


「放してください!」

「ち、ちょっと落ち着いて!」

「ひ、ひどい。信じていたのに。信じていたのに……」


 これはまずい。相当な誤解を与えたみたいだ。


「あ、あのミレスちゃん?」

「……失礼します」


 ミレスちゃんは、唇をかみながら悔しそうな顔で走り去ろうとしている。ここで逃げられたら、ミレスちゃんとの仲は終わるにちがいない。


 すぐにダッシュして、ミレスちゃんの行く手を遮った。


「どいてください!」

「ま、まって」

「いやぁあ!」


 ミレスちゃんは、俺の横を通り過ぎて逃げようとする。


 すぐさま回り込み、両手を横に広げて通せんぼをした。


「くっ、どいて!」

「嫌よ」

「どいてって」

「どかない」


 逃げ出すミレスちゃんに対し、反復横とびの要領で右に左に動いて妨害する。


「はぁ、はぁ、はぁ、そんなに邪魔をするなら、次は魔法を使いますよ」

「うっ」


 ミレスちゃんが、右手に魔法弾を生成していく。火炎の渦のようなものがどんどん集まり、一つの球になっていくのが見える。


 これはピンチだ。


 ミレスちゃんは、魔法学園の生徒である。本気になったらあっというまにやられてしまう。


「素人に魔法を使いたくはありません。でも、これ以上邪魔をするなら……」


 ミレスちゃんの目が座っている。


 これはやばい。


 あの大きさの火炎球を喰らったら、怪我では済まない。大火傷を負って、下手をしたら死ぬかも。


 あ、でも素人に魔法を使いたくないんだね?


 だから、オルにあれほどの目にあわされても魔法を使わなかったんだ。ミレスちゃんは、高いプロ意識を持っている。 


 なら、今度もはったり?


 いや、違うか。溺れて息ができなかったから、魔法が使えなかっただけだ。いくら何でも貞操の危機にまで我慢する必要はない。


 きっと、オルと口論をした場面では使わなかった。だけど、溺れそうになった時は使いたかったはずだ。そして、今、目が座って静かに怒っているミレスちゃんなら、魔法弾を使うのに躊躇しない。


 ひんやりと汗をかく。


 ミレスちゃんなら俺のような素人魔法でなく、プロの魔法を使える。きっと弾丸のような魔法弾を撃てるに違いない。前世で言うなら、拳銃を絶えず持っているようなものだ。


 そんな人を怒らせたら……。


 ミレスちゃんの誤解の根は深い。説得に失敗したら、目も当てられない惨劇が起こるだろう。


 あれ、あれ、それに良く考えたらミレスちゃんって貴族だよね?


 切り捨て御免とかの法があるかもしれない。オルの行動は、十分切り捨てられても文句は言えないぐらいの無礼を働いている。


 あ、でもオルは貴族だし大丈夫か。いや、むしろ庶民の俺だけ処刑されるかも。


 冷や汗が止まらない。


「ふっははははは! 無知にもほどがある。ティレア様からは逃れられんわ!」


 俺の心配をよそに、オルは高笑いしていた。


 誰のためにやっていると思ってんだ。てめぇの尻拭いだぞ。もうオル、見捨てちゃおうか。ミレスちゃんに生贄として捧げるのもいいかもしれない。

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