第二十話 「ミレスとティレアの会合(後編)」
宴が始まった。
緊張を持続させたまま、テーブルに座る。
しばらくすると、ティムちゃんが近づいてきた。
「あ、カミーラ様!」
声をかけると、ティムちゃんは軽くうなずく。
そして、私の肩に手を置くと、
「お姉様、こやつがミレスです。我が最近見つけたおもちゃにございます。我の人形として、退屈凌ぎになってますよ」
そう紹介してきたのだ。
あいかわらず辛らつだな。
没落したとはいえ、私の家はれっきとした爵位持ちの貴族なのに。こんな扱いをされたのは、生まれて初めてだ。
庶民出身のティムちゃんが王族のように振る舞い、貴族出身である私が平民のように振る舞っている。
まぁ、いいんだけどね。それがティムちゃんらしい。ティムちゃんは、有無を言わさないカリスマを持っている。
なんか受け入れてしまう。
「ティム、そんな言い方したらだめでしょ!」
「そうでした。我の人形でなくお姉様の人形でした」
「ティームゥ!」
ティムちゃんの物言いにティレアさんが怒ったようだ。おもむろにティムちゃんのほっぺをぎゅうっとつねりだしたのだ。
うぁあ!? てぃむちゃんの柔らかそうなほっぺがびよ~っと伸びている。
もちもちしてて、なんというか、わ、私もやってみたい……じゃない!
なんてこと……ティムちゃんにそんな真似をしたら、いくら身内のお姉さんでも厳しい制裁が――ってあれ!?
う、受け入れている。
し、信じられない。
どれほど巨大な相手だろうと、逆らう者には躊躇なく三倍返ししているティムちゃんが!
冷酷極まりない鬼騎士よりも怖い手段で報復するあのティムちゃんが!
……ティレアさんのされるがままなのだ。
目の前の光景に唖然としていると、
「ほら、ミレスちゃんに謝りなさい」
「み、ひぇす、すまにゃんだ」
謝った!? 傲岸不遜の塊であるティムちゃんが!?
九分九厘、いや十割こちらに非がある時でも謝らなかったティムちゃんが!?
さらに唖然とすることとなった。
頬を引っ張られながらも不器用に謝るティムちゃんが、可愛い。それにお姉さんに叱られる可愛い妹って図も、姉妹愛が見えてついつい頬が緩むよ。
うん、来てよかった。ギャップ萌えだね。
それから色々話を聞いてみる。
どうやら昨日もティムちゃんとティレアさんとの間でひと悶着あったらしい。なんでもティムちゃんが、給仕をするのをためらったとか。給仕なる俗なことは、奴隷の私にさせたかったんだって。
うん、いつものティムちゃんだ。私もその可能性は十分に考えていた。食事のご招待を受けた側でありえないことだが、ティムちゃんなら言ってくる。
私もしょうがないなと、給仕ぐらいする気だった。
それがティレアさんのお説教を受けて、ティムちゃんが前言を翻しやめたのである。
今の現状……。
ティムちゃんが、私のためにナイフとフォークをテーブルに置いてくれる。
ティムちゃんが、私のためにポットでお茶を注いでくれる。
ティムちゃんが、私のために料理を運んでくれる。
あのティムちゃんが!
傲岸不遜でドアノブ一つ開けるのも自分で行わず、アナスィー先輩にさせていたティムちゃんが!
不平一つ漏らさず、甲斐甲斐しく働いているのである。
信じられない光景だ。
これを見たら、アナスィー先輩もクラスの皆もびっくりするだろうな。
ティムちゃん、本当にお姉さんに従順である。
そんな甲斐甲斐しく働くティムちゃんの後ろ姿を、ティレアさんは慈愛に満ちた表情で見守っていた。
「ミレスちゃん、ティムがお世話になってるね。ありがとう」
「い、いえ。そんな私がカミーラ様にお世話になってます」
「ぐふっ、カミーラ様かぁ……」
ん!? ティレアさんが変な顔をしている。カミーラ様って言ったからかな。
いいんだよね?
あれだけティムちゃんが、口をすっぱくして注意していることだ。お姉さんのティレアさんだって、私がティムって勝手に呼んだら怒ると思う。
……違うのかな?
ティレアさんは、気のいいお姉さんに見える。普通にティムちゃんって言ったほうが喜ぶかもしれない。
「あ、あのティム――ひっ!?」
ティムちゃんにすごい顔で睨まれた。
やっぱり禁句みたいだね。そこには、いつもの女王であるティムちゃんがいた。
うん、ティレアさんの思惑はどうあれ、ティムちゃんに嫌われるからやめたほうがいい。
カミーラ様にしとこう。
メイド服を着て甲斐甲斐しく振舞っていても、ティムちゃんの中身は傲岸不遜な女王様だ。ただ、学園でのティムちゃんと違って家では大人しい。さっきも睨むだけでなく、凄まじい罵声が飛んできてもおかしくなかった。
やはりお姉さんであるティレアさんの存在が大きいのだろう。
う~ん、ティレアさんは、朗らかで優しい気のいいお姉さんだ。だが、あのティムちゃんを律するような威厳は欠片もない。
ティムちゃんは、なんでこんなにもお姉さんに従順なんだろう? ティムちゃんなら、「脆弱な姉め!」とか言いそうなのになぁ。
「あ、あのカミーラ様って、家ではいつもこんな感じなんですか?」
ティムちゃんが、厨房に戻った隙にティレアさんに聞いてみた。
学園のティムちゃんとあまりにギャップがありすぎる。猫を被るどころではない。もう別人だ。双子のもう一人のほうだって言われても信じたぐらいだ。
「そうね~いつもよりテンション高いかも。きっと初めて友達を招待したから浮かれているのね」
「そうなんですか?」
「うん、そうだよ。ティムには同い年の友達がいなかったからね。ミレスちゃんみたいないい子と友達になれて、内心飛び跳ねて喜んでいるんだよ」
本当にそうだったらとても嬉しい。だけど、それはティムちゃんのキャラと違う。ただたんにお姉さんと一緒に食事ができるから喜んでいるだけだと思う。
「カミーラ様は――」
「ねぇ、ミレスちゃん、さっきからつっこもうか迷ってたけど言うね。クラスメートにカミーラ様はないでしょ。普通にティムって呼んでよ」
「で、でも、カミーラ様がそう呼べと」
「なるほど……そうだよね。ティムならそう言う。そう言わないはずがない」
ティレアさんが独り納得している。
どうやらティレアさんがティムちゃんに強制させたわけじゃないらしい。
じゃあなぜ、ティムちゃんは皆にカミーラって呼ばせているんだろう?
大好きなお姉ちゃんの命令でもない。自分を魔族の名で呼ばせるなんて、周囲と軋轢を生むだけなのに。
「素朴な疑問なんですけど、なぜカミーラ様は、皆にカミーラ様って呼ばせてるんですか?」
「あぁ、そう思うよね。うんうん、中二病はわかんないか――ミレスちゃんさ、小さいときってダークなヒーロに憧れたりしたかった?」
「英雄じゃなくてですか?」
「うん、そう。天下の大泥棒とか山賊王とか、なんでもいいんだけど。子供ってね、強くて悪い奴に憧れる時期があるのよ。今、ティムはそれなの。だから、自分をカミーラとか言ってニヒっちゃってるのよ」
なるほど。確かに昔、近所の悪ガキが歴史に残るような大山賊や大盗賊に成りきって遊んでいたことがあった。
それとティムちゃんが同じ?
う~ん、本当にそうかな?
ちょっと信じられない。
ただ、浮世離れしたティレアさんだけど、ティレアさんはティムちゃんの姉である。ティレアさんがそう言うならそうなのかもしれない。
「そう言えば、魔族カミーラは一部に熱狂的な人気があるんでした」
「どういうこと?」
「魔族のほうのカミーラなんですけど、彼女は魔法の第一人者で有名です。ですから魔法の深淵を極めたい人達が勝手に祀り上げているんですよ」
「へぇ~そんな奴らがいるんだ」
「はい、熱狂的な信者の中には、自身をカミーラの子孫と称し、カミーラ王を名乗っている王様もいます。魔族カミーラのような強い国家をめざし、国旗を魔族カミーラを象ったものにしたとか」
「そりゃまたなんとも。そんなにカミーラってすごいの?」
「はい、伝承によりますと、カミーラはとてつもなく膨大な魔力を持っていたそうです。それは現代の強者が簡単に弱者の位置に落ちるぐらいに。さらに卓越した魔法技術とそれに勝るとも劣らない頑強な肉体を備えていたとか。仮にカミーラの魔弾を掻い潜って接近できた者がいたとしても、その分厚い障壁と肉体の前に倒れることでしょう」
「か、完全無欠だね。もしかしてだけど、この前の王都襲撃にそのカミーラって魔族がいたらどうなってたかな?」
「伝承通りの強さなら壊滅してますね。それは王都に留まらず世界の終焉となっていたでしょう。何せ魔族カミーラの魔弾は流星の如き強さだったとか」
「流星って――隕石並の強さだったの!」
「はい、一発で町を吹き飛ばすほどの威力の魔弾を、流星のように降らせることができたそうです」
「話半分でもすごいや。それだけの強さなら熱狂的な信者もできるわけね」
「はい」
「むむ、じゃあ、そのうちティムも信者になるかも?」
「う~ん、どうでしょうか。カミーラ様は、魔族カミーラを狂信しているというより魔族カミーラそのものですし」
ん!? 自分で言っててなんか気づいてしまった。
まさか、まさかありえないと一笑にしていたことがある。
「あ、あの、テ、ティレアさん達って、ひょっとしてま、ま、まぞ――」
はっ!? 何を言おうとしていたんだ。
ありえない。ティムちゃんの魔力は平凡そのものだ。いくら戦闘技術が高くてもあの魔力でそれはありえない。
そうそう、なんてひどい妄想だ。
……いや、平凡な魔力であのエリザベスを倒せるだろうか?
それに、魔法の第一人者なら魔力なんてどうにでもできる気がする。人間の眼を欺く隠蔽魔法なんて軽くこなせるだろうし。
「どうしたの、ミレスちゃん?」
「ひぃいい!!」
その仮説を導き出したとたんに怖くなった。
思わず悲鳴を上げる。
「ど、どうしたの、本当に?」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい。私何もみてません。魔族には逆らいません」
「ち、ちょっとミレスちゃん、魔族ってどういうことよ」
「えっ!? えっ!? だって」
「もしかして、さっきの会話からティムが魔族と思ったの? ちよっとちょっとそれはあんまりよ」
ティレアさんは、やれやれと言った表情を見せている。
正体がばれて口封じとかそんな雰囲気ではない。
私の考えすぎ?
「……本当に魔族じゃないんですか?」
「あ、あのね。ティムが人間でなく魔族カミーラ? じゃあ私は何? 魔王とでも言うの?」
「い、いえ」
ティレアさんが魔族なんて考えられない。こんな朗らかな人が魔族だったら、王都の住人全員が悪鬼羅刹の類になっちゃうよ。
冷静になろう。
……うん、そうだ。そうだよ。
仮にティムちゃんが魔族として学園に通う理由はなに?
魔族カミーラが授業を受ける理由は?
人間達をスパイするため?
いやいや、それならもっと重要な施設はごまんとある。なんでわざわざ学園に潜入するのだ。なによりそんなスパイなどせずとも、魔族カミーラの力なら、世界は簡単に滅ぼせる。
昨日なんか魔族カミーラがスポーツテストを受けてたんだよ。
ありえないって。
伝説級の魔族がお昼に校庭でランチを食べる理由はなに?
うん、馬鹿らしい。
それならどこかの国の皇族なり名家の武門出身が、政争で敗れて落ち延びているって設定のほうがしっくりいく。
むしろ、その疑いが強まっているんだよね。
「ティレアさん、ごめんなさい。なんか疲れてたみたいです」
「そうなの? 勉強も根つめないでね」
「はい」
「話を戻すよ。考えたんだけど、やっぱりティムのそれは一過性のものだね。ミレスちゃんには悪いけど、少しばかりつきあってあげて」
「わ、わかりました」
「ごめんね。私が無理やりやめさせてもいいけど、あまり強制させてもヘソを曲げちゃうしね。ティムって呼ぶと怒るんでしょ」
「はい、それはすごい剣幕で」
殺されるかと思うぐらいに怒る。ティムちゃんの怒りは凄まじい。あれを経験すれば、大抵のことが怖くなくなったからね。
「ミレスちゃんは大人だね。ティムが迷惑をかけるけど、見捨てないでやって」
「いえ、そんな……迷惑だなんて思ってません。それに見捨てるなんてとんでもないです。むしろ私が見捨てられないように、カミーラ様の友達になれるよう必死にがんばっているところです」
「そう、でも違うよ。ティムはとっくにあなたを友達と思ってる」
「えっ!? そうなんですか!」
「ティムは、あんな性格だから素直になれないけど、ミレスちゃんを気に入っているのは確かだよ」
「本当ですか?」
「うん、ティムはあれでわがままだからね。嫌いな人を傍にいさせない。ミレスちゃんを友達と思ってるからこそ、ずっと一緒にいるんだよ」
本当かな。学園でずっと一緒にいるのは友達としてでなく、ただたんに私を人形とみなしているだけな気がするんだけど……。
「なんか信じられません」
「ミレスちゃんみたいな才色兼備のお嬢さんが、なんでそんなに弱気なのかわからない。でもね、私はティムのお姉さんなんだよ。ティムのことは私が一番よく知っている」
ティレアさんは、確信を持った物言いでそう言ってくる。
ティレアさんの勘違いだと思う。でも、そう言ってくれるのはとても嬉しい。
「それじゃあ、私カミーラ様の友達と思ってていいんですか?」
「当たり前じゃない。むしろ友達じゃないなんて悲しいこと言わないでね。もうあなたはティムの親友、そして大事な妹と仲良くしてくれるミレスちゃんは私にとっても親友だよ」
うっ、ちょっと涙が出てきちゃった。
ティレアさん、暖かくてとてもいい人だ。こぼれるような親しみを満面に浮かべるティレアさん、ティムちゃんがあれだけ懐くはずだよ。
それから、ティムちゃんがテーブルの向いに座った。給仕をニールゼンさんって人と交代したらしい。
従業員の人なのかな?
今は、食前茶を三人で楽しんでいる。ディナーの前に食前茶を飲むことで、胃の調子を整えるんだって。
ふ~ん、知らなかった。
ティムちゃんは、古武術を使っている。ティレアさん達は東方の出身だと思う。食前茶も東方の風習なのかもしれない。
「ところでミレスちゃん、ティムは学園でどんな感じ?」
ティレアさんからの問いに思わず食前茶を吹き出しそうになった。
血で血を争う鬼武者、破壊王、銀髪の悪魔、下克上の権化……。
あのエリザベス軍団をまたたくまに制圧しているティムちゃんには、様々な二つ名が飛び交っている。
正直に言っていいだろうか?
ティレアさんと話をして、わかったことがある。
ティレアさん、多分ティムちゃんの現状を知らない。恐らく学園で勉学に部活に健全に頑張っていると思っている。
札付きの悪を片っ端からのしているとは、露ほどにも思っていないよ。
ティレアさんは頬杖をつき、にこにこと返答を待っている。
「札付きの悪党共を土下寝させてます」は、ティレアさんの期待する答えではないと思う。
「カ、カミーラ様は、学園生活を満喫されております」
「そっか、そっか。ミレスちゃんのようないい子が友達でいてくれるからだね。ありがとう」
う、嘘は言っていないよね。うんうん。
「ティム、ミレスちゃんと友達になれてよかったね」
「はい、すべてはお姉様のおかげでございます」
「そ、そこで、なんで私が出てくるかなぁ~私は関係ないよね?」
「そんなことはございません。我が受ける恩恵は、お姉様あってこそです。そして、これは何も我だけに言えることではなく、生きとし生ける者は、全てお姉様に頭を垂れるべきなのです」
「……まぁ、ティムは中二病だからしょうがないか」
「はい、我は中二病でございます」
「……よ、よし、じゃあ他の話題。クラスメートとはうまくやれている?」
「ご安心ください。学園の支配は、着実に浸透しております」
ティレアさんは、苦笑いをしている。
ティムちゃんはにこにこと笑っていて、さも大好きなお姉さんの期待に添えているって思っているみたいだ。
ティムちゃん、それティレアさんの望んでいる答えじゃないよ。
なんかさっきから会話が微妙にずれている気がしてならない。
謎だ。謎の姉妹だよ。
ティムちゃん達って、ちゃんとお互いを理解しているの?
どんな家庭で育ったらこんな突き抜けた姉妹になるのだ。
知りたい。
そう言えば、ティムちゃん達のご両親はどんな感じなんだろう?
この親にしてこの子ありと考えるなら、ご両親もとんでもなく変わっているんだろうな。
「あの、ティレアさん?」
「な~に?」
「唐突なんですけど、ご両親の話を聞かせてもらってもいいですか?」
「いいよ。父さんは、腕利きの料理人なんだ。ベルガで料理屋をやっていて母さんもその手伝いをしているよ。二人とも優しいし、頼りになる。自慢の両親だね」
ティレアさんは、誇らしげに胸を張る。
へぇ~料理人なんだ。まぁ、ここは料理店だ。ご両親が料理人でも、なんら不思議はない。
ないんだけど……。
「あ、あの不躾で申し訳ないんですが、お父様の武勇伝を伺いたいです。もちろんただの料理人ではないんですよね?」
「うん、ただの料理人じゃないよ」
やはり! ティレアさんから肯定の返事がきた。
あれだけの武勇を誇るティムちゃんが、ただの庶民なわけがない。さぞかし名のある武門の家柄なんだろう。
「父さんは、超一流の料理人だよ。遠方から足を運んでくるお客さんも数知れず。Sランク料理人の認定も受けているんだから」
料理の話ではないんだけど……。
それから当たり障りのない事からそれなりに突っ込んだ話も聞いてみた。
……訊く限り普通の家庭だ。
むしろ家族団欒で理想の家庭ともいえる。ティムちゃんもティレアさんに同意しているし、本当に優しいご両親なのだろう。
会ってみたかったけど、今はお二人ともベルガにいて無理だ。
ティムちゃん達のご両親に会えば、ティムちゃん達の謎も少しは解明できたのに。
「さぁ、話はこれくらいにして。そろそろ料理を食べよう。冷めないうちにね」
ティレアさんからの提案。
話に夢中になってて忘れていた。
そうなのだ。ティレアさんの料理はすごく美味である。ティムちゃんからおすそ分けされた弁当のおかずを食べてから、ずっと楽しみにしていた。
テーブル一杯に敷き詰められた料理を見る。
前菜からメインデッシュまで既に運ばれていた。
全ての料理のお皿の上には、銀製の蓋がのっていて中は見えない。蓋は、自分の顔が映るくらいにまばゆく輝いていて一級の代物であることがわかる。貴族御用達の高級料理店のそれと比較してもなんら遜色がない。
すごい。
よく見ると、蓋だけでなくお皿や椅子、フォークにナイフといった細かな調度品まで一級品が使われている。
ティレアさんは、庶民派のお店と言ったけど、どう考えてもそれはないよ。
調度品は一級品。料理もそれに見合ったものであることは間違いない。ティレアさんの料理の腕は知っている。
期待が高まり、ごくりと唾を飲む。
さぁ、いざ!
銀の蓋を取り外す。
真っ白な湯気が、周囲に立ち上る。
「うぁあ! いい匂い!」
鼻腔をくすぐる濃厚な食材のハーモニーに声が出てしまった。
「ふふ、じゃあ今日のディナー【春の友情きらめきコース】の説明をするね。前菜は、赤椎茸のメルボニー、シーザーサラダ―、ミル貝とグルの詰め合わせ。主菜は、ベルム風豚王族の胡椒掛けと怪鳥と白レバーの煮込み。デザートには、抹茶入りアイスクリームとフルーツパイナップルを用意しているから」
ティレアさんから料理について説明を受ける。
前菜の赤椎茸のメルボニー……。
見た目は、クリーム色の汁と人参、ジャガイモ、赤椎茸が四つ切にして入ってあるただのシチューに見える。だが、その匂いがたまらない。マナーも忘れてがぶ飲みしそうになっちゃう。
主菜のベルム風豚王族……。
でんと置かれた肉の威圧感が凄い。豚王族の肩肉なのか。たっぷりと肉がつき、はたから見てもその肉汁が溢れだしているのがわかる。
さらに、柔らかそうなパンが何種類も置いてあり、それを飾るバター、マーガリン、ジャムも添えてある。
どの料理も、胃袋に直接働きかけるような強烈な食欲が沸き起こされた。
おかしい。
緊張と不安であまり食欲が無かったはずなのに……。
それだけ目の前の料理が規格外なんだろう。若干震える手を誤魔化しながら、ナイフとフォークを手に取り食べることにする。
まずは一口……。
「お、美味しい! すごく美味しいです!」
あまりの美味しさに、感嘆の声を上げた。
あぁ、表情が綻ぶ。
記憶に残る数少ない高級料理店の料理も比較にならない。
あぁ、ミル貝とグルの心地よい食感が、口の中で弾けていく。
「お口に合ってよかった。一杯食べてね」
「うむ。お姉様からお許しが出たのだ。堪能するがよい」
「はい!」
ティレアさんとティムちゃんが目を細めてそう言ってくる。
うんうん、きてよかった、よかったよ。
こんなに美味しい料理初めて食べる。
すごい、すごすぎる。
主菜のお肉を食べる。
「おいしい……」
口の中に広がるたっぷりとした肉汁。胡椒がピリリと効いて絶妙な加減の肉味になっている。肉の質はもちろん、胡椒一つとっても飛び抜けているよ。今まで使っていた香辛料が偽物と思うぐらいに。
あぁ、夢のようだ。
これも美味しい。あれも美味しい。
どの皿に載せてある料理も美味しいのだ。フォークが止まらないよ。
そして……。
さすがに食べ過ぎたかな。太ることも気にせずに思いっきり食べたのは久しぶりである。
ただ、私の健闘もなんのその皿の上にはまだまだ料理が山のように重ねられていた。
う~ん、いくら美味しくてもこんなに一杯食べられない。
「残したら死刑ってことないよね?」
「もちろん、死刑にきまっておる。勿体なくもお姉様が御作りした料理だぞ。残すなど言語道断。腹がパンクしても構わん。死んでも残すな」
軽く聞いただけなのに、ティムちゃんから痛烈な批判を受けた。
はは、私大丈夫かな?
ちゃんと生き残れるんだろうか?
滅多にないご馳走を前にして浮かれてたけど、また胃痛が激しさを増してきた。