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第十七話 「我は刺客で楽しむのである(後編)」

 末弟(ジュークー)の手にはめ込まれた赤い魔石へと、我の魔力が奔流となって流れ込んでいく。この魔石特有の性質なのか、一秒あたり三メガバンダほどの魔力が吸い込まれていく。


 実に興味深い。


 魔界にあった魔青石(ブルーエビル)と特徴は似通っている。ただ、あれほどの吸収特性は持ち合わせていなかった。


 血のように赤く輝く石。芸術的価値もそこそこある。邪神軍宝物庫の末席に加えてやってもいいかもしれん。


 赤魔石は我の魔力を貪るように吸収しながら、その輝きを増していく。魔力を吸えば吸うほど、内部から煌めく光が強まっていくようだ。恐らく三万近くの魔力を注げば、最大限の輝きを放つのだろう。


 見てみたいものだ。


 ——いや、だめか。そこに到達する前に、脆弱な術者のほうが先に壊れてしまう。


 末弟(ジュークー)へと視線を移す。


 末弟(ジュークー)は恍惚としたニヤケ顔で、我の魔力を遠慮なく吸い取り続けていた。


「はぁあああ、ぎもぢぃいいだぁあ! この瞬間がだまらねぇ。ち、ぢからが、ぢからが溢れるだ」


 末弟(ジュークー)は涎を垂らしながら、快感に身を委ねている。


 なるほど。魔石に溜め込んだ魔力をそのまま自分の力にしているのか。ただ、伝導率はそれほど良くなさそうだ。取りこぼした魔力がかなりある。赤魔石の特性を十分に活かしきれていない。未熟な術者のせいだ。


「ぎゃははっは、弟よ。絶対に殺すな。干からびる一歩手前で残しておけ。くっく、こいつは特上の獲物だ。たっぷり拷問してやるぜ」


 レッド兄は勝ち誇った笑みを浮かべると、傍に生えていた木を無造作にへし折った。


 メキリ、と乾いた音が響く。


 折り取った木を手に取り、レッド兄は丁寧に——いや、念入りに削り始めた。木の皮を剥ぎ、枝を払い、そして先端を尖らせていく。いや違う。わざと先端を鈍角に削っているのだ。拷問具としての木の杭を作り上げているらしい。


 不遜にも、我に百舌鳥の早贄をやるつもりか。


「くっく、銀髪の小娘ぇえ~今からこの杭をぶっ刺してやる。楽しい楽しい拷問タイムだぜ」

「あ、あんちゃん……」

「どうした?」

「へ、へんだ。おで、おで……」

「末弟よ、どうしたというのだ? ん!? そういえば魔力吸収(ごうもん)が、いつもよりのんびりしているな。なぶっているのか?」

「ち、ちがうんだ。おではちゃんとやってる。なのに、なのに……」

「お、おい、しっかりしろ。遊びはもういい。さっさと干からびさせろ!」

「だ、だめだ。む、むりだぁ。おで、おで……」


 さきほどの愉悦の声から一転、末弟(ジュークー)は哀願の声をあげる。手足は震え、全身が痙攣していた。


「貴様、末弟に何をしたぁああ!」


 いつもと違う末弟(ジュークー)の状況に、レッド兄がうろたえ絶叫する。


「少しだまってろ。後で我が相手をしてやるから」


 レッド兄の咆哮など意に介さず、我は赤魔石の特性観察に没頭する。


 我が知らぬ魔石の発見だ。久々に知的好奇心をそそられる。じっくりと調査させてもらおう。


 赤魔石は変わらず我の魔力を吸収し、血のような深紅の光を放ち続けている。

 対照的に、術者である末弟(ジュークー)は全身から大量の汗を噴き出し、激しい痙攣に苛まれていた。


 まぁ、当然の結果だろう。


 赤魔石から魔力を得られるといっても、それは無制限ではない。人間の身体という器には、明確な限界があるのだ。末弟(ジュークー)の魔力許容量は、せいぜい一万がやっと。我は既にその倍近い魔力を注ぎ込んでいる。


「はぁ、はぁ、も、もうだ、だめ……」

「おっと、遠慮するな。絶対に離さんのだろう?」


 手を離そうとする末弟(ジュークー)の手を無理やり掴む。そして、強制的に魔力吸収を再開させた。


「ま、まで! もういい、もういいんだ」

「遠慮するな。受け取れ」


 赤魔石へと、さらに魔力を強引に注ぎ込む。


 末弟(ジュークー)の身体が、見る見るうちに膨張していく。


 許容量をはるかに超えた魔力を注がれたのだ。行き場を失った魔力は、末弟(ジュークー)の身体中で暴走している。青白い光が血管に沿って走り、うごめく魔力が内側から皮膚を突き破らんと蠢いていた。


 うむ、赤魔石の良き実験材料となったようだ。術者の限界を超えた時、魔力吸収がどのような帰結を迎えるのか——その成れの果てを、今まさに目の当たりにできる。


「うぐぁあああ! やべ、やべてくれ! は、はなじて」


 末弟(ジュークー)は目から血の涙を流し、喉が裂けんばかりの絶叫を上げていた。手足を痙攣的にばたつかせ、まるで溺れる者のようにもがいている。完全に発狂の淵に立たされているようだ。


 さぁ、どこまで耐えられるか?


 ——む!?


 赤魔石に異変が生じた。


 魔石の内部を透視すると、微細な亀裂が走り始めている。末弟(ジュークー)と赤魔石は魔力回路で繋がっているのだ。暴走した魔力の渦が逆流し、赤魔石を内部から破壊しようとしていた。


 これ以上の実験継続は不可能だな。術者の崩壊とともに、赤魔石まで損傷してしまう。せっかく手に入れた高位魔法具だ。惜しい——が、壊すわけにはいかん。


 そう判断を下すと、我は末弟(ジュークー)の腕を離すことにした。


 ただし、文字通り——両手首ごと切り取って、だが。


「うがぁああ! お、おでの手が、手がぁあ!」

「うるさいぞ。貴様があまりにもせがむから、離してやっただろうが」

「あ、あ、ちが、ぞういう意味じゃ……」

「くっく、なんだ違うのか? 我が勘違いしたようだな」

「うぅ、手、おでの手、よくも!」

「ほら、そんなに愛おしいなら返してやる」


 末弟(ジュークー)の手にはめ込まれていた赤魔石を丁寧に取り外すと、用済みとなった切断された手を、無造作に地面へと放り投げた。


 ごろり、と鈍い音を立てて、自らの手が土埃を上げる。


 末弟(ジュークー)は、地面に転がる自分の両手を——まるで他人の肉塊でも見るかのように——呆然と見つめていた。現実を拒絶するような、信じられないという表情。そして、その身体は小刻みに、わなわなと震え続けている。


「さぁ、拾え。我が必要なのは赤魔石のみ。小汚い貴様の手に用はない」

「お、お、お」

「どうした? 小汚すぎて拾えんか? あぁ、そうだった。その手では、拾えんのだったな」


 手首より先を無くした末弟(ジュークー)に向けて、ニヤリと笑みを浮かべる。


「お、怒ったど!」


 末弟(ジュークー)が、血を噴き出す手首の断面を前に突き出す。足元に魔方陣が浮かび上がった。


 ほう、最後の抵抗か。両手を失ってもなお、魔法を行使するつもりらしい。執念深いことだ。


「殺す、殺す、おめぇはおでがぁ――ごべらぁ!」


 言い終わる前に、我は木の杭を投擲していた。


 ズブリ、と鈍い音とともに、杭が末弟(ジュークー)の腹部へと深々と突き刺さる。


「あぐぐぅがぁ」

「くっく、貴様の魔法発動を待ってやってもよかったが——あまりにしょぼそうな魔法だったのでな。時間の無駄は好まん」


 腹に杭を突き立てられた末弟(ジュークー)は、血反吐を吐き散らしながらのたうち回る。


 この木の杭は、さきほどレッド兄が拷問用に削り上げた代物だ。我が瞬時に奪い取り、投げつけた。


 レッド兄の嗜虐性の賜物だろう——杭の先端はわざと鈍角に削られている。即死させず、臓器を抉りながら長く苦しませるための工夫だ。末弟(ジュークー)は、これからじわじわと苦痛に苛まれながら死んでいくことになる。


 レッド兄は、呆然と口を開けたまま、こちらを凝視していた。


「て、てめぇ、何者だ?」

「今更なんだ? 我のことは調べたのだろう?」

「……銀髪赤目、ベルガ村出身の少女。今年、魔法学園中等部に編入。魔力は低いが、身体能力は学生のレベルを超える。古武術の使い手……」

「なるほど。それだけか?」

「学生とはいえ、裏組織の刺客を次々と打ち破った。実戦能力は十分にある。冒険者ランクでいえば、Bランク相当と見積もっていた」

「そうか。では、そうなのだろう」

「なわけあるかぁあ! 俺達兄弟は、単独でもBランク程度の冒険者なら屠れる。三人がかりならAランクだろうと敵じゃない。そんな俺達を赤子の手を捻るように一蹴しやがって……!」


 レッド兄の声が震えている。恐怖と困惑が入り混じった、悲鳴に近い叫びだ。


「お前はいったい何者だ? 魔力は脆弱なはずなのに——その強さは、おかしい。おかしすぎる!」

「そんなにおかしいか?」

「あぁ、でたらめだ。ありえない」

「貴様に、我はどう見える?」

「……わかんねぇよ。悪夢だ。お前は弱いはずなのに——今じゃ全身の細胞が、貴様に恐怖して悲鳴を上げてやがる」

「では、答え合わせといこう」


 我はゆっくりと、一歩前に踏み出す。


「我は——貴様を蹂躙する強者である。虫けらよ、死ぬがよい」

「なっ!?」

「なんだ、驚いたのか? 虫が、より小さな虫を蹂躙して悦に入っていたようだが——自分達(にんげん)こそが蹂躙される側だと、気づいていなかったらしいな」


 ポキポキと指の骨を鳴らし、ゆっくりと肩を回す。


「さて、問答は終わりだ。十分に楽しませてもらった。後は——殺すだけだ」


 こいつらは学園関係者ではない。お姉様の不殺命令の対象外。つまり、手加減無用で駆除できるということだ。


「ま、待て! 俺を殺すと、ここから出られなくなるぞ!」


 レッド兄が必死に叫ぶ。


「ん?」

「この結界は、俺達兄弟が独自に編み込んだものだ。俺以外に解く術を知らない」

「ふぅん、戯言はそれだけか」


 一歩、レッド兄に近づく。


「ま、待てって! もちろん俺を殺しても結界は解けねぇ」

「まぁ、そうだろうな」


 欠片も気にせず、さらに一歩近づく。


「い、いいのか? ここに閉じ込められるんだぞ」

「六層重複結界に多重座標軸……くっく、その程度か。中心核の魔力循環パターンから逆算すれば、解除キーは自ずと導き出せる。解除キーは『ZX7-ΩΦ-932-ΔΛ』だな。転移した瞬間に全構造を解析済みだ」

「ば、馬鹿な!? な、なぜキーまで!? どうして——」

「だから隠蔽魔法を使えと忠告した。セキュリティをかけねば、魔法など丸裸だぞ」


 呆れてものが言えん。


 冷めた目でレッド兄に手を振りかざす。


「ま、待て。俺が悪かった。降伏する」


 レッド兄が地面に頭を擦りつけ、土下座してきた。


 また芸のない真似を。


「今更なんの真似だ? そんな愚行で我が止まるとでも?」

「か、金をやる」

「金? はぁ、つまらん」

「ま、待ってくれ。俺は名うての殺し屋だ。今まで稼いだ金は億を超えている。全部あんたにやるから」

「何度も言わせるな。つまらん」

「ち、ちょっと待って。わかった。一生、あんたの奴隷になる。俺の全てを捧げるから助けてくれ!」

「ふむ、奴隷か——しかし、貴様は見目が悪い。不合格といったのを忘れたか?」

「そ、そんな……頼む。見目が悪いなら傍に近づかない。不興を買わないようにあんたの視界の外にいる。どんな汚れ仕事も泥をすすってやり遂げる。だから!」

「くっく、不細工は不細工なりに我のために働く気になったか。やっと分を弁えたようだな」


 振りかざした手を下ろし、わざとらしく手を顎に当てる。


「少しは考えてやってもよくなった」


 数秒思考した後……。


「やはり、だめだ」

「なぜ! 本気であんたの奴隷になるんだぞ」

「我は魔法学園の学生だ。学園の規則で、犯罪人は捕縛するか殺すかしなければならん。貴様は殺し屋で指名手配されている身だろう? 我は優秀な学生なので、貴様を殺さねばならん」

「い、今さら何言ってんだ! あんた、学生って柄じゃねぇだろ! 生まれついての悪だ。こっち側の人間だろうが!」

「ふむ……」

「なぁ、頼むよ。見逃してくれ」


 レッド兄は必死に頭を下げ続ける。


 よほど生き延びたいのだろう——瓦礫やごみが散乱する地面に、何度も何度も顔を擦りつけていた。額から血が滲んでいる。


 懐から懐中時計を取り出し、文字盤を確認する。すでに下校時間を大幅に過ぎていた。


 学生タイムは終わりか……。


「よかろう。見逃してやる」

「本当ですか!」

「あぁ、学生カミーラはここまでだ。捕縛も捕殺もしない。ここからは魔人カミーラとして事に当たる」

「ま、魔人!?」

「ふん!」


 抑えていた魔力を解き放つ。もちろん全力ではない。全開にすればこいつは即座にショック死する——いや、魂ごと消滅するだろう。半分ほどに留めた。


 瞬間、どっ——と目に見えぬ重圧が周囲を押し潰す。大気が震え、地面が軋み、空間そのものが歪んだ。


「な、なんて魔力だ……」


 レッド兄は驚愕に目を見開いている。足ががくがくと震え、膝から崩れ落ちた。


「はぁ、はぁ、はぁ、迫りくる殺意の塊……本物の魔族?」

「偽者に見えるか?」

「いや……はは、本物だ。本物の魔族だ。くっくっく、あっはっはははは」


 レッド兄は気が狂ったように笑い出す。恐怖が極限に達したのだろう。


「さて、貴様の処遇だが……」

「カミーラ様、俺は役に立ちますぜ!」


 レッド兄が勢いよく叫ぶ。


「あなた様のためならどんな汚れ仕事でも引き受けます。生贄が必要ならいくらでも連れてきます。女子供、赤子だって容赦しねぇ。へっへ、よく考えりゃ、魔族様の手下のほうが性分に合ってるってもんだ」


 レッド兄は、邪悪さを滲ませた笑みを浮かべている。まるで地獄の閻魔に殺しの免罪符を授けられたかのようだ。


 そして、我の家臣になったかのように片膝をついてきた。


 ふむ……見目は悪いうえに戦力としても期待外れ。


 ただ、邪神軍の天下統一のため、駒は多いに越したことはない。捨て駒にするだけでも価値はあろう。もちろん、駒として最低限の力量は必要となるが。


「いいだろう。殺すのはやめてやる」

「本当ですか! それじゃあ、晴れて俺は魔王軍の一員に?」

「はやまるでない。我の審査に合格すればの話だ。本来であれば即刻処分していた。とはいえ、貴様は我を楽しませた。その褒美でおまけしてやる」

「よっしゃあ! へっへっ、それで審査ってなんなんで?」

「審査は実技だ」


 我は死霊魔術(ネクロマンシー)の呪文を紡ぎ始める。


 古代魔族語の韻律が、夜気を震わせて響き渡る。足元から死霊のシンボル——骸骨と鎌を組み合わせた紋章——が浮かび上がり、円を描きながら広がっていく。複雑な魔法陣が地面を蛇のように這い、淡い緑色の燐光を放った。


 幾ばくかして、杭に刺さっていた死体が——ぴくり、と震えた。


 そして、まるで糸で引かれるように、ゆっくりと首が動く。腕が動く。生前の恨みを思い出したかのように、死体が蘇生し始めた。


「ひ、ひぃ。な、なんだ、これ?」

動死体(ゾンビ)だ。知らんのか?」

「し、知ってます。確か死霊魔術(ネクロマンシー)で生成するとか」

「これぐらいは知っているようだな。あまりに無知だと、その場で処断していたぞ」


 それから数十分——我の死霊魔術が、廃墟の隅々にまで浸透していく。


 黒い瘴気が地を這い、死者たちを目覚めさせるべく染み込んでいった。沈黙を破るように、杭に刺された死体たちがざわめき始める。腐肉が軋み、骨が軋む。数十、数百の動死体(ゾンビ)が——新しい者も古い者も、肉を纏った者も白骨化した者も——次々に蘇生し、杭から己の身を引き剥がして這い出してきた。


「あ、あの審査って……」

「貴様を駒にするとして、見目が悪いので人形の価値はない。ならば戦力として期待する他あるまい」

「つまり?」

「腕を見せろということだ。こいつらを倒せ」

「で、でも……こ、これだけの数を?」

「そう、たったこれだけの数だ。簡単だろう?」

「うぅ、ご、五百以上はいますぜ」

「貴様は運がいいぞ。今日の我は実に優しい。この程度の審査で邪神軍の奴隷にしてやるのだ」

「む、無理です。動死体(ゾンビ)は致命傷を与えても死にません。ばらばらにしないとだめだ。それを五百も、ですか?」

「文句が多いぞ。審査はやめにするか? ならば、このまま引導を渡そう」


 我は右手をゆっくりと持ち上げ、掌に魔力を収束させ始める。淡い光が指先に集まり、殺意を帯びた魔弾の形を成していく。


「ひっ!? いえいえ、やります。やらせてください」


 レッド兄は倒れているレッド弟の傍へと駆け寄り、その手から槍を拾い上げた。血と泥に汚れた柄を握りしめ、震える両手で構える。


 どうやら覚悟を決めたらしい。


「さぁ、戦え。こいつらを倒したら認めてやる」

「うぅうあああ!」


 レッド兄は必死な形相で、群がり寄る動死体(ゾンビ)に槍を突き立てていく。


 一体、二体——頭部を砕き、内臓を抉り、手足を薙ぎ払う。槍の連撃で腐肉が飛び散った。


 ……。


「はぁ、はぁ、はぁ、お、多い」

「ほれ、がんばれ。何を息を切らしておる。まだ数十体しか倒しておらんぞ。まだまだおかわりはたんとあるからな」


 数十体の動死体(ゾンビ)が細切れになり、地に転がっている。


 しかし、まだ数百体のゾンビがうごめいていた。中には完全に白骨化し、スケルトンと化している者もいる。


「はぁ、はぁ、はぁ、や、やってやる。みんなぶっ殺してやる!」

「おぉ、まだ元気だな」


 我は腕を組んで観察を続ける。


「ただ気をつけておけ。動死体(ゾンビ)は生前の恨みが強いほど、執念深くなる。油断していると足をすくわれるぞ」

「えっ!? し、しまっ——や、やめろぉお!!」


 その瞬間だった。


 レッド兄に身体の九割を吹き飛ばされてもなお、執念で這い寄る動死体(ゾンビ)がいたのだ。胴体だけになっても、顎を動かしてレッド兄の足首に噛みついた。


 一瞬の隙。


 それだけで十分だった。動死体(ゾンビ)が次から次へとレッド兄に殺到する。手に、足に、首筋に——いたるところを噛みつくしていく。


 生前、よほど恨みを買っていたのだろう。レッド兄に食らいつき、決して離さない。


「ぐあああ! やめろ、離せ、離せぇええ!」


 レッド兄の絶叫が廃墟に響き渡る。


 やがて——


 断続的に続いていた悲鳴が、途切れた。


 レッド兄が事切れたようである。


 動死体(ゾンビ)たちに食い尽くされ、レッド兄の肉片が辺り一面に散乱していた。もはや人の形すら留めていない。


「はぁ~期待外れだったな」


 我は小さく溜息をつく。


「合格すれば、辺境の門番ぐらいにはしてやろうと思ったが……まぁ、所詮は人間か」


 辺りは再び静寂に包まれている。


 動死体(ゾンビ)たちはレッド兄を食い殺すと、まるで糸が切れたようにパタリ、パタリと倒れ、動かなくなった。


 活動時間は三十分ほどか。


 まだまだ実戦投入には程遠い。まぁ、死霊魔術(ネクロマンシー)は我の専門外だ。こうした実験に使う程度が妥当だろう。


 あとは……後片付けだな。


「ふん!」


 我は指を軽く弾く。


 瞬間、凄まじい轟音とともに巨大なクレーターが出現した。死体、ごみ、瓦礫で埋め尽くされていたこの忌まわしい地域を——魔弾で地面ごと消し飛ばしたのだ。


 煙が晴れると、そこには深さ十メートルほどの綺麗な窪地が広がっていた。


 うむ、綺麗になった。


 お姉様のおわす大地は、常にクリーンに保たねばならん。

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