表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
186/256

第十七話 「我は、刺客で楽しむのである(後編)」

 末弟(ジュークー)の手にはめ込んである赤い魔石に魔力が流れていく。この魔石特有の性質なのか、一秒あたり三メガバンダほどの魔力が吸収される。


 実に興味深い。


 魔界にあった魔青石(ブルーエビル)に特徴は似ている。だが、ここまでの吸収特性はなかった。


 赤光する石。芸術的価値もそこそこある。邪神軍宝物庫の末席に加えてやってもいいかもしれん。


 赤魔石は、我の魔力を吸収しながら煌びやかに光る。魔力を吸えば吸うほど輝きが増すようだ。恐らく三万近くの魔力を吸えば、最大限輝きに満ちるだろう。


 見てみたい。


 いや、だめか、そこに到達する前に脆弱な術者が先に壊れる。


 末弟(ジュークー)を見る。


 末弟(ジュークー)は、ニヤケ顔で遠慮なしに我の魔力を吸い取っていた。


「はぁあああ、ぎもぢぃいいだぁあ! この瞬間がだまらねぇ。ち、ぢからが、ぢからが溢れるだ」


 末弟(ジュークー)は涎を垂らしながら、快感に身を委ねている。


 なるほど。魔石に溜めこんだ魔力をそのまま自分の力にしているのか。ただ、伝導率はそれほど良くなさそうだ。取りこぼした魔力がかなりある。赤魔石の特性を十分に活かしきれていない。未熟な術者のせいだ。


「ぎゃははっは、弟よ。殺すな。干からびる一歩手前で残しておけ。くっく、こいつは特上の獲物だ。たっぷり拷問してやるぜ」


 レッド兄は勝ち誇った顔で笑い、傍に生えてある木を折った。


 木は、丁寧に削られ杭の形に変えていく。どうやら拷問具である木の杭を作っているようだ。不遜にも、我に百舌鳥の早贄をやる気らしい。


「くっく、銀髪の小娘ぇえ~今からこの杭をぶっ刺してやる。楽しい楽しい拷問タイムだぜ」

「あ、あんちゃん……」

「どうした?」

「へ、へんだ。おで、おで……」

「末弟よ、どうしたというのだ? ん!? そういえば魔力吸収(ごうもん)が、いつもよりのんびりしているな。なぶっているのか?」

「ち、ちがうんだ。おではちゃんとやってる。なのに、なのに……」

「お、おい、しっかりしろ。遊びはもういい。さっさと干からびさせろ!」

「だ、だめだ。む、むりだぁ。おで、おで……」


 さきほどの愉悦の声から一転、末弟(ジュークー)は哀願の声をあげる。手足は震え、全身が痙攣していた。


「貴様、末弟に何をしたぁああ!」


 いつもと違う末弟(ジュークー)の状況に、レッド兄がうろたえ絶叫する。


「少しだまってろ。後で我が相手をしてやるから」


 レッド兄の咆哮を無視して、赤魔石の特性を観察する。


 我が知らぬ魔石の発見だ。久々に興味をそそられる。じっくり調査してやろう。


 赤魔石は、変わらず魔力を吸収して輝いている。


 かたや術者である末弟(ジュークー)は、大量の汗と痙攣を発していた。


 まぁ、当然だろう。


 赤魔石から魔力をもらえるといっても無制限ではない。受容する器に限界があるのだ。末弟(ジュークー)の許容量は、せいぜい一万がやっと。既にその倍近くの魔力を注いでいる。


「はぁ、はぁ、も、もうだ、だめ……」

「おっと、遠慮するな。絶対に離さんのだろう?」


 手を離そうとする末弟(ジュークー)の手を無理やり掴む。そして、強制的に魔力吸収を再開させた。


「ま、まで! もういい、もういいんだ」

「遠慮するな。受け取れ」


 赤魔石に魔力を強引に注ぎ込む。


 末弟(ジュークー)の体は見る見る膨らんでいく。


 許容量をはるかに超えて魔力を注がれたのだ。溢れた魔力は、身体中を暴れまわっているのだろう。うごめく魔力が末弟(ジュークー)の皮膚をつきやぶらんとしていた。


 うむ、赤魔石のよい実験になる。術者の限界を超えた動き。魔力吸収のなれのはてが拝めるな。


「うぐぁあああ! やべ、やべてくれ! は、はなじて」


 末弟(ジュークー)は目から血を流し、絶叫を上げていた。バタバタと手足をばたつかせ、発狂寸前である。


 さぁ、どこまで耐えれるか?


 む!? 赤魔石に負荷だと。


 末弟(ジュークー)と赤魔石は繋がっている。暴走した魔力の渦が赤魔石に逆流して、内部から破壊しようとしていた。


 これ以上、続けるのは無理だな。術者とともに赤魔石まで傷つく。せっかくの高位魔法具だ。壊れるのは勿体ない。


 そう判断し、末弟(ジュークー)の腕を離す。


 ただし、文字通り末弟(ジュークー)の両手首ごと切り取って離した。


「うがぁああ! お、おでの手が、手がぁあ!」

「うるさいぞ。貴様があまりにもせがむから、(・・)してやっただろうが」

「あ、あ、ちが、ぞういう意味じゃ……」

「くっく、なんだ違うのか? 我が勘違いしたようだな」

「うぅ、手、おでの手、よくも!」

「ほら、そんなに愛おしいなら返してやる」


 末弟(ジュークー)の手にはまっている赤魔石を外すと、その切断した手を地べたにほおる。


末弟(ジュークー)は、無造作におかれた自分の手を信じられないといった表情で見つめ、その身体はわなわなと震えていた。


「さぁ、拾え。我が必要なのは赤魔石のみ。小汚い貴様の手に用はない」

「お、お、お」

「どうした? 小汚すぎて拾えんか? あぁ、そうだった。その手では、拾えんのだったな」


 手首より先を無くした末弟(ジュークー)に向けて、ニヤリと笑みを浮かべる。


「お、怒ったど!」


 末弟(ジュークー)は、魔方陣を浮かび上がらせた。


 何かしらの魔法弾を撃つらしい。


「殺す、殺す、おめぇはおでがぁ――ごべらぁ!」


 言い終わる前に末弟(ジュークー)の腹に木の杭を投げ、突き刺した。


「あぐぐぅがぁ」

「くっく、貴様の魔法発動を待ってもよかったが、しょぼそうな魔法だったからな。時間の無駄はしたくない」


 木の杭を刺された末弟(ジュークー)は、血反吐を吐いてもがく。


 木の杭は、さきほどレッド兄が作った杭である。レッド兄から瞬時に奪い、投げつけたのだ。レッド兄の嗜虐性により、木の杭は先をとがらせないようにしてある。末弟(ジュークー)は長く苦しむことになるだろう。


 レッド兄は、呆然とした表情でこちらを見ている。


「て、てめぇ、何者だ?」

「今更なんだ? 我のことは調べたのだろう?」

「……銀髪赤目、ベルガ村出身の少女。今年、魔法学園中等部に編入する。魔力は低いが、身体能力は学生のレベルを超える。古武術の使い手……」

「なるほど。それだけか?」

「学生とはいえ、裏組織の刺客を次々と打ち破った。実戦能力は十分にある。冒険者レベルでいえば、Bランク相当と考えていた」

「そうか。では、そうなのだろう」

「なわけあるかぁあ! 俺達兄弟は、単独でもBランク程度の冒険者は屠る自信がある。三人でかかればAランクだろうと敵じゃない。そんな俺達を簡単に一蹴する……お前はいったい何者だ? 魔力は脆弱なのにその強さはおかしすぎる!」

「そんなにおかしいか?」

「あぁ、でたらめた。お前は一体なんなんだ?」

「貴様に我はどうみえる?」

「……わかんねぇよ。悪夢だ。お前は弱いはずなのに。今では全身の細胞が貴様に恐怖している」

「では、答え合わせだ。我は貴様を蹂躙する強者である。虫けらよ、死ぬがよい」

「なっ!?」

「なんだ、驚いたのか? 虫が小虫を蹂躙し、いきがっていたようだが、自分達(にんげん)が蹂躙される側だとわかっていなかったようだな」


 ポキポキと骨を鳴らし、肩をまわす。


「さて、話は終りだ。十分に楽しんだ。後は殺す」


 こいつらは、学園関係者ではない。お姉様の不殺命令の対象外だ。手加減無用で駆除できる。


「ま、待て! 俺を殺すと、ここから出られなくなるぞ!」


 レッド兄が、慌てふためき忠告してくる。


「ん?」

「この結界は、俺達兄弟が独自に編みこんだものだ。俺以外に解く術を知らない」

「ふぅん、戯言はそれだけか」


 一歩レッド兄に近づく。


「ま、待てって! もちろん俺を殺しても結界はとけねぇ」

「まぁ、そうだろうな」


 レッド兄の言葉を欠片も気にせず、さらに近づく。


「い、いいのか? ここに閉じ込められるんだぞ!」

「ふぅ~中心線がZ4567923、そして右辺がWSE394。その右辺をキーとして転移展開したってところか」

「ば、馬鹿な!? なぜ!」

「だから隠蔽魔法を使えと忠告した。セキュリティをかけねば、魔法など丸裸だぞ。転移した時にほぼ解析済みだ」


 あきれてものが言えん。


 冷めた目でレッド兄に手を振りかざす。


「ま、待て。俺が悪かった。降伏する」


 レッド兄が地べたに頭を擦りつけ土下座をしてきた。


 また芸のない陳腐な真似をする。


「今更なんの真似だ? そんな愚行で我が止まるとでも?」

「か、金をやる」

「金? はぁ、つまらんな」

「ま、待ってくれ。俺は名うての殺し屋だ。今まで稼いだ金は、億を超えている。全部あんたにやるから」

「何度も言わせるな。つまらん」

「ち、ちょっと待って。わかった。一生、あんたの奴隷になる。俺の全てを捧げるから助けてくれ!」

「ふむ、奴隷か……だが、貴様は見目が悪い。不合格といったのを忘れたか?」

「そ、そんな……頼む。見目が悪いなら傍に近づかない。不興を買わないようにあんたの視界の外にいる。どんな汚れ仕事も泥をすすってやり遂げる。だから!」

「くっく、不細工は不細工なりに我のために働く気になったか。やっと分を弁えたようだな。少しは考えても良くなった」


 振りかざした手を下ろし、考えるように手をあごに乗せる。


 数秒思考した後……。


「やはり、だめだ」

「なぜ! 本気であんたの奴隷になるんだぞ」

「我は魔法学園の学生だ。確か学園の規則で、犯罪人は捕縛するか殺すかしなければならん。貴様は殺し屋で指名手配の犯罪人であろう? 我は優秀な学生なので貴様を殺さねばならん」

「い、今さら何言ってんだ! あんた、学生って玉じゃないだろ! 生まれついての悪。こっち側だ」

「ふむ……」

「なぁ、頼むよ。見逃してください」


 レッド兄は、必死に頭を下げ続ける。


 よほど助かりたいのだろう、瓦礫やごみが散乱しているにもかかわらず、地面に顔面を何度も擦りつけていた。


 懐に入れていた懐中時計を見る。すでに下校時間を大幅に過ぎていた。


 学生タイムは終りか……。


「よかろう。見逃してやる」

「本当ですか!」

「あぁ、学生カミーラはここまで。捕縛も捕殺もしない。ここからは魔人カミーラとしてことにあたろう」

「ま、魔人!?」

「ふん!」


 抑えていた魔力を解き放つ。もちろん全力ではない。こいつがショック死しかねん。半分ほど魔力を解き放った。


「な、なんて魔力だ……」


 レッド兄は、驚愕で目を見開いている。ガクガク足が震えており、その場に崩れ落ちてしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ、迫りくる殺意の塊……本物の魔族?」

「偽者に見えるか?」

「いや……はは、本物だ。すげー本物の魔族だよ。くっくっくあっはっはははは」


 レッド兄は、気が狂ったように大声で笑う。


「さて、貴様の処遇だが……」

「カミーラ様、俺は役に立ちますぜ。あなた様のためならどんな汚れ仕事でも引き受ける。生贄が必要ならいくらでも連れてきます。女子供、赤子だって容赦しねぇ。へっへ、よく考えれば、魔族様の手下のほうが性分があってるぜ」


 レッド兄は、邪悪さを滲ませて笑みを浮かべている。まるで、地獄の閻魔に殺しの免罪符をもらったかのようだ。


 そして、レッド兄は我の家臣になったかのように片膝をついてきた。


 ふむ……見目は悪いうえに戦力としては期待外れ。


 ただ、邪神軍の天下統一のために駒は多いほうがよいかもしれん。捨て駒にするだけでも価値はある。もちろん駒として最低限の力量が必要なのも事実。


「いいだろう。殺すのはやめてやる」

「本当ですか! それじゃあ、はれて俺は魔王軍の一員に?」

「はやまるでない。我の審査に合格すればの話だ。本来であれば、即刻処分していた。だが、一応、貴様は我を楽しませた。その褒美でおまけしてやる」

「よっしゃあ! へっへっ、それで審査ってなんなんですか?」

「審査は実技だ」


 我は、死霊魔術(ネクロマンシー)の呪文を唱える。


 死霊のシンボルが円柱上に輝き、魔法陣が浮かび上がった。


 幾ばくかして、杭に刺さっていた死体がぴくぴくと震え、動き出す。


「ひ、ひぃ。な、なんだ?」

動死体(ゾンビ)だ。知らんのか?」

「し、知ってます。確か死霊魔術(ネクロマンシー)で生成するとか」

「これぐらいは知っているようだな。あまりに無知だと、さすがにその場で処断してたぞ」


 それから数十分、我の秘術がここら一帯に浸透したのだろう。


 数十、数百の動死体(ゾンビ)が、次々に生まれ這い出していく。


「あ、あの審査って……」

「貴様を駒にするとして、見目が悪いので人形の価値はない。なら戦力として期待する他あるまい」

「つ、つまり?」

「腕を見せろということだ。こいつらを倒せ!」

「で、でも……こ、これだけの数を?」

「そう、たったこれだけの数だ。簡単だろ?」

「うぅ、ご、五百以上はいますぜ」

「貴様は運がいいぞ。今日の我は実に優しい。この程度の審査で邪神軍の奴隷にしてやるのだ」

「む、無理です。動死体(ぞんび)は、致命傷を与えても死にません。ばらばらにしないとだめだ。それを五百も、ですか?」

「文句が多いぞ。審査はやめにするか? ならば、このまま引導を渡そう」

「い、いえいえ、やります。やらせてください」


 レッド兄はレッド弟が使っていた槍を拾い、構える。


 どうやら覚悟を決めたらしい。


「さぁ、戦え。こいつらを倒したら認めてやる」

「うぅうあああ!」


 レッド兄は必死な形相で群がってくる動死体(ゾンビ)に槍を突きたてていく。


 一人、二人と頭部、内臓、手足を槍の連撃で吹き飛ばした。


 ……。


「はぁ、はぁ、はぁ、お、多い」

「ほれ、がんばれ。何を息を切らしておる。まだ数十匹しか倒しておらんぞ。まだまだおかわりはたんとあるからな」


 数十体の動死体(ゾンビ)が細切れになった。


 だが、まだ数百体のゾンビが、うごめいている。中には完全に白骨化してスケルトンになっている者もいた。


「はぁ、はぁ、はぁ、や、やってやる。みんなぶっ殺してやる!」

「おぉ、まだ元気だな。ただ気をつけておけ。動死体(ゾンビ)は、生前の恨みがつよいほど、強くなる。油断していると足をすくわれるぞ」

「えっ!? し、しまっ――や、やめろぉお!!」


 レッド兄に身体の九割を吹き飛ばされても、執念で噛みついている動死体(ゾンビ)がいたのだ。


 一瞬の隙をつかれ、動死体(ゾンビ)が次から次へとレッド兄に群がった。手、足、内臓のいたるところを噛みつくす。


 生前、よほど恨みを買っていたのだろう。レッド兄に食いついて離さない。


 そして……。


 断続的に続いていたレッド兄の悲鳴が止まった。


 レッド兄が事切れたようである。


 動死体(ゾンビ)に食いちぎられ、レッド兄の肉片が辺りに散らばった。


「はぁ~期待外れだったな。合格すれば、辺境の門番ぐらいにはしてやろうとは思ったが……」


 辺りは静けさを取り戻している。


 動死体(ゾンビ)はレッド兄を食い殺すと、そのままパタリと倒れて動かなくなった。


 活動時間は、三十分ほどか。


 まだまだ実践で使える術ではない。まぁ、死霊魔術(ネクロマンシー)は専門外だ。実験に使うぐらいが妥当だろう。


 あとは……。


「ふん!」


 指をくぃっと動かし、クレーターを出現させた。


 死体、ごみ、瓦礫で一杯になっているこの地域を、魔弾で地面ごと吹き飛ばしたのである。


 うむ、綺麗になった。


 お姉様のおわす大地は常にクリーンにしておかねばならん。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ