第十六話 「我は、刺客で楽しむのである(前編)」
つまらん、つまらん。退屈で死にそうである。
魔法学園からの帰宅中、カミーラは不満を漏らす。
学園の授業は言わずもがな、試験、実技、あまりにレベルが低すぎて蕁麻疹が出てきた。最初は、我をからかっているのかと思った。だが、教師も生徒も真面目にあのレベルを許容しているのだ。
このままでは近いうちに頭がおかしくなる。
そう思った我は、自分でおもちゃを見つけ学園生活を楽しむことにした。あれこれつまみ食いしていく中で、面白そうなおもちゃを見つけた。
エリザベスと言ったか、あの程度の才能とたかが人族如きの爵位を誇りにしている愉快な人間だ。
からかって遊んでたら、なかなか面白い反応をする。煽れば煽るほど、刺客を寄こしてきた。特に、裏切者をぶつけてきた時は、久しぶりに大声で笑ったものだ。
ザコにしては、面白い。戦力としては使えぬが、邪神軍のおもちゃとしてなら使える。そう思っていたのに……。
最近は、腑抜けておる!
まず、学園ではもはや我に対抗さえせん。学園の我は、特に退屈しておる。
せっせと我を楽しませる刺客を寄こせ!
さらに落胆させたのが、刺客の質だ。学園外で周期的に襲撃してくる敵も雑魚そのものである。本気で来いとハッパをかけたのに、もう力尽きたか?
指を折った程度ではだめか、いっそ背負い投げで多少のショックを与え――いや、エリザベスは脆弱すぎる。力加減を覚えてきているとはいえ、じゅうどうを使うと死にかねん。
エリザベスは、我の学園生活を潤す大事なおもちゃだ。簡単に壊れては困る。
やはり指を折るのがいいだろう。今度会ったらもう何本かいっておくか。
エリザベスへの方針を決め、残りの人間を見る。
両脇にいる人形、アナスィーとミレスは朝から何度も同じ会話をしていた。
ミレスがしきりにアナスィーに謝辞を述べている。ミレスが借金のせいで学園に通えないと言い出した。だから、アナスィーに命じて借金を完済させた。ついでに、ゴロが悪いので爵位も変えさせたのだ。
そうしてあれこれ話していたミレスだが、アナスィーから我が命じたと知ると目を丸くして驚いている。
「え~とカミーラ様が私を救ってくれたの?」
「うむ。ミレス、貴様は我の人形なのだ。勝手に学園を離れるのは許さんぞ」
「そ、そう。カミーラ様、ありがとうね」
さらに爵位の話になって、アナスィーが降格して男爵になると言ってきた。人間の爵位などどうでもいいが、伯爵より男爵のほうが響きがよい。
二つ返事で承諾してやった。
アナスィーは、嬉しそうな表情を見せる。
よほど我の関心を買いたいのだろう。劣等種とはいえ、その心根や良し。このまま忠勤を積めば、我の御伽衆として傍に置いてやってもよい。
そんな風に考えていると、
ん!? これは……。
殺気が色濃く変わる。
ここで殺る気か?
学園を出てからつけている奴がいるのはわかっていた。ただ、この辺はまだ人通りがある。もう少し人気のないところで襲撃すると睨んでいたが……。
「カミーラ様、いかがされましたか?」
我が表情を変えたのを見て、アナスィーが心配げに声をかけてきた。
「刺客の気配が変わった。アナスィー、ミレスを守っていろ」
「また刺客ですか! おのれぇえ、エリザベス! こうなればアナスィー家の総力を挙げて、あの女殺してやります」
アナスィーが歯を剝き出しにして吠える。
怒髪天を突く様子だ。
実際、アナスィー家はエリザベスに近い高位貴族だ。こやつ自身もそこそこ上の実力を持っている……らしい。
我にはレベルが低すぎてわからん。
諜報員の調査で、アナスィーは上位の人物だと挙がっている。そんなアナスィーが気合を入れて行動すれば、予想がつく。
こやつは、我のおもちゃを壊す。
「アナスィー、気合を入れるのはいいが、まずは聞け。こいつらは我の獲物だ。貴様は我の所有物を守っておけ」
「し、しかし……」
「わかったな!」
「ぎ、御意」
アナスィーを言い聞かせると、襲撃者の気配を探る。
ふむ、これまでの雑魚とは違うな。潜行術もなかなかのもの。まぁ、人間にしてはだが。
少しは楽しめるか?
「ほれ、姿を見せろ。我自ら選別してやる」
「ほっ! すげぇなぁ。俺達の尾行に気づくか!」
少し驚いた風を見せ、二人組みの男が姿を表した。
目つきはらんらんとしていて獲物を狙う鷹のようだ。歩行、しぐさ、何より身に纏う殺気が、その職業をたやすく連想させる。
殺し屋……。
軽く千人は殺しているな。殺し殺され負の怨念が身に纏わりついている。
人間の基準では上だろう。
まぁ、だからどうだということだが……。
魔族に当てはめれば――いや、やめよう。それを基準にすれば、もはや楽しめん。
お姉様のお言葉を思い出すのだ。
「面白きこともなき学園を面白く」
うむうむ、なんと含蓄のあるお言葉であろうか。
そう、面白くないのであれば、我が面白くすればよいのだ。お姉様はいつも我を導いてくださる。
「それで貴様らは何を見せてくれる? 我を楽しませてみろ」
「くっく威勢がいいな、銀髪のお嬢ちゃん。とりあえずここは人目がつく。少し裏通りに来ないか?」
「別に騒ぎになるようなことはない。一瞬でカタがつくからな」
「へっ、情報どおり大口たたくねぇ~」
「大口かどうかは今にわかる。さぁ、かかってこい」
「まぁ、焦るな。少しはやるようだが、いいのか? ここだと大切なお友達を巻き込むことになるぞ」
二人組の男がパチンと手を鳴らすと、さらに有象無象共が湧いてきた。
奴らの手下のようだ。まったくこういうゴミは次から次へと湧いてくるな。
アナスィーとミレスは、この事態に緊張を隠せないでいる。殺しのプロとの実戦経験の差が出ているせいか、動きが固い。
アナスィーはまだましだが、ミレスがまずい。この雰囲気に呑まれている。逃げ出すこともままならないだろう。
どうする?
チラリと後方を見る。
完璧に気配を消して佇む強者が一人。我の人形であるアナスィーとミレスには、近衛隊員を交代で張り付かせてある。
この前、ミレスを壊されそうになったので対策を講じたのだ。我の人形を他人が勝手に汚すのは我慢ならんからな。
今日の当番は、我が右腕ニールゼンである。最強戦力の護衛だ。
ニールゼンに任せるか?
いや、だめだ。学園潜伏という意味では、あまりニールゼンを表に出したくはない。
では、範囲魔法で全滅させるか?
いや、それもだめだ。
我は縛りプレイ中である。魔法も使いたくない。それに、久しぶりに活きのいい獲物だ。じっくり楽しみたいのも事実。
そうなると、ここで戦えばアナスィーはともかくミレスが巻き添えになるやもしれん。縛りプレイで防御魔法をミレスにかけられない。ただの爆風を受けただけでも、ミレスは死ぬだろう。
何せミレスは脆弱な人間の中でもさらに脆弱だからな。
ふむ、戦場を移すのはこちらとしても願ったりだ。
「良かろう。貴様達についていってやる」
「カミーラ様、危険です! 思い出しました。こいつらは裏組織でも悪名高いレッド兄弟です。こいつらは腕もさることながら、とにかく残忍な悪党で有名です。全員でかかりましょう!」
「そ、そうだよ。カミーラ様の重荷にはならない。私はもう自分の大事なことには絶対に逃げないから。覚悟を決めている。一緒に戦おう!」
「いいから貴様達は、自分の身を守っていろ!」
アナスィーとミレスが反対するのを制し、レッド兄弟のあとをついていく。
「へっへっ、友達思いで涙が出るな。いいだろう。大人しくついてくるなら二人には手を出さ――んとでも言うと思ったか! バカめ、お前達ぶっ殺せぇえ!」
「「へぇい!」」
裏路地に入った辺りでレッド兄が、その手下共に号令をかけた。
アナスィーとミレスに有象無象共が襲い掛かる。
我の予想通り。
配置しているニールゼンに目配せをする。ニールゼンは、御意とばかりに一礼をしてその場を去った。
これでよし。表立って行動させるわけにはいかない。ニールゼンには、影からバックアップさせる。我が右腕なら、なんなくやり遂げるだろう。
それと……。
そっと防御魔法をミレスとアナスィーにかける。
防御膜が二人を覆う。本気でないとはいえ、我が発動させた防御結界である。そんじょそこらの者では、破るのは不可能だ。
アナスィーとミレスは、明らかに格上とわかる敵に屈せずに吠えている。人形は人形なりに忠誠心を示してきた。
うむ、我の人形としては、十分な気概である。縛りプレイ中とはいえ、気分がよい。特例だ。褒美を受け取るがよい。
ニールゼンのバックアップと我の防御魔法をかけた。これであやつらは問題ない。
気に入ったおもちゃは、壊れんように引き出しに入れておかねばならんからな。
「銀髪の小娘、残念だったな。約束は破るためにあるんだ」
「そうだね、兄ちゃん。騙されるほうが悪いのさ」
「ふむ、実に的外れな意見だ。だが、反論はせんぞ。馬鹿と話すよりさっさと始めたい。それともまだ奥まで行くのか?」
「くっく、いいぜ、いいぜ。その高慢ちきな態度。そんな奴の心をへし折るのが実に楽しみだ」
「いいから質問に答えろ! 我は気が長いほうではないぞ」
「あぁ、終わりだよ。ここが終点だ。生意気な小娘!」
レッド兄弟がここで終わりとばかりに歩みを止め、手を広げる。
……見るからに胡散臭い場所だ。
魔力のゆらぎがある。何かしらの罠をはっておるな。調査魔法を使わないと決めているので、罠の種類はわからない。
まぁ、人間の罠だ。事前にわかれば興ざめだからこれでよい。
「さぁ、何を見せてくれる?」
「へっへっへ、それはこれだぁああ!」
レッド兄が術式を発動する。
魔方陣が地面に輝く。
これは転移魔方陣!?
強制的に別な空間に移動する。
典型的な罠だ。
綿密に殺す計画を立てていたのだろう。地面には、あらかじめ書かれていた術式が浮かび上がった。
転移が終り周囲を見渡す。
辺り一面に死臭が溢れている。風に乗って漂ってくる死の香り。王都で最も治安が悪いエビル地区でもこうはない。
古の時代の戦争を思い出す。このような戦場があちらこちらにあった。
それにしても匂いがきつい。
匂いのもとは……あれか。
森だ。いや、違う。森でなく杭である。杭で串刺しにされた死体が集まって森に見えるのだ。中にはまだ生存し、うごめいている者すらいた。そこに何百という腐乱鳥が群がっている。
「いぎぇええ……こ、殺せ、殺してくれ……」
殺してくれと懇願する男の腹に杭がささっている。腹からじわじわと血が流れていた。失血死しないように、苦しみが続くように杭の先を尖らせないようにしているのだ。
まるで百舌鳥の速贄だな。
百舌鳥は、捕らえた獲物を木の枝で刺して晒す習性がある。
「陰惨な顔をしているな。小娘には刺激がきつ過ぎたか?」
からかうような声を出し、レッド兄弟も現れた。我の転移に合わせて転移してきたようだ。
「我は王都に来たばかりだ。全てを知っているわけではない。こんな場所もあるんだな」
「へっへっへ、ここは俺たちの狩場なんだ。特殊な結界を敷いててな。泣いて叫んでも誰も来ない」
こやつらの言うとおり、周囲に人の住んでいる気配はない。瓦礫やゴミが散乱している。唯一、人の気配があるのは杭の周りだけだ。
「い、痛い。こ、殺せ、殺してくれよ……」
「た、頼む。お、俺が悪かった……」
杭からは、途切れ途切れに懇願する男達の声が響く。
「まぁ、いいか。新しいおもちゃができるしね」
「そうだな、弟よ。もう飽きたし殺すか」
「うん」
「「ほら、慈悲だぜ!」」
「がはっ!」
レッド兄弟の槍が苦悶の声を上げていた男達の頭を貫く。次々と男達の額に穴が開き、糸の切れた人形のように動かなくなった。
「ふむ……」
「どうした? びびってんのか?」
「我がこの程度のことで臆しているように見えるか? 節穴だな」
「へっ、本当に憎らしいぐらい強気な女だな。いたぶりがいがあるってもんだ」
「兄ちゃん、そうだね。そうやって強がった奴が、最後は俺達の足を舐めて命乞いをしてくるんだもん。たまらないね」
「くっく銀髪の小娘、お前もすぐに跪かせて俺のナニをしゃぶらせてやる」
「おぉ、それいいな兄ちゃん、俺のナニにも刺激をわけてよね」
……下品な奴らだ。
まずは、そのナニを切り落とすか?
それからレッド兄弟の自慢話が続く。
やれ、どれだけ殺したとか、拷問したとか。拷問現場を目撃した同業者が「臭い」と言って来たので、同じように串刺しにして、特別に悪臭の届かぬ一番高い所に掲げてやったとか。
ふむ、どうしたものか。
「なんだ?」
「我は学園生活で退屈をもてあましておる。よって面白そうなおもちゃは、できるだけ生かして遊ぶつもりだ。脆弱な輩が多い中、貴様達はそれなりに持ちそうだ」
「はっ? おべっかのつもりか? 当たり前だ。俺達は、他よりだんぜん強いぜ」
「勘違いするでない。あくまでマシというレベルだ。おまけのおまけだ。普通は生かして遊ぶ。だが、貴様らはだめだ。見苦しい」
「はは、なんだよ。結局お説教か。そうか、お前はそういうタイプか。いるんだよなぁ。そうやって正義面して俺達を非難する奴」
「そうだね、兄ちゃんむかつくよね」
「あぁ、だからそんな輩は、念入りに拷問して殺してやった。ほら、見てみろ!」
レッド兄が、杭にさされて一部白骨化した死体を指差す。
その死体は他よりも多くの杭が刺さっていた。身動きもとれず、苦しみ悶えた表情が窺える。
「あいつ、面白かったよね。人の道理をこんこんと諭してきやがったから、できるだけとがらせない杭で刺してやった。最後は間抜けだったよね。あんなにえらそうだったのに、『自分が間違ってた。助けてくれ!』って何度も泣き叫ぶんだもん。だ・か・らできるだけ生かしてやったよぉ」
「ふふ、お前も同じ運命を辿らせてやる。いいか、人の本質ってのは、誰もが同じだ。心の内に欲望を滾らせている。それを善性とか誇りとかいい子ぶって覆い隠す野郎は、虫唾が走る。覚悟しておけ! てめぇは楽には殺さねぇえ!」
レッド兄弟は目を血走らせ、狂気に満ちた声で叫ぶ。
手に持った槍の切っ先を向けて、今にも噛みつかんとする勢いだ。
「だから、勘違いするでない。貴様達の行為が見苦しいといっているわけではない。確かに品はないが、似た行動をしていた元同僚を知っている。別に驚くことでもない」
「はぁ? 元同僚だぁ? 破壊の悪魔と言われた俺達兄弟に匹敵する奴がいたとでもいうのか!」
「あぁ、そやつも槍を使う下品な男だった。言動も貴様達に似ている。まぁ、貴様達とは殺した桁が違うがな。やることなすこと盾突いて、最後は我に殺された哀れな男だ。今考えれば、奴も貴様達と一緒だったのだな。腕に自信がないから、腕を誇る。獲物を杭に刺して晒すのもそのせいだ。自慢しているのだろう? 『すごいだろ? 褒めて褒めてママ』といったところか」
「て、てめぇ、舐めてんのか……」
「まぁ、何が言いたいかというと、貴様達は顔が不細工過ぎる。見苦しい。それが、不合格の理由だ。いくら面白くても、見目が悪ければ手元には置かん。もう一度言おう、貴様達の面は見苦しい。さらに言えば臭い。風呂もろくに入ってないだろう? 悪臭を放っておるぞ」
「あ、兄ちゃん……」
「弟よ、わかっている」
レッド兄弟がお互いに顔を見合わせコクリと頷く。
そして……。
「「死ねやぁああ!」」
憤怒の表情で槍を振るってきた。我を前後で挟み、連撃してくる。しかも、我の手足や肩など急所を外した個所を狙ってきた。
どうやら宣言どおり、楽に殺す気はないらしい。徐々に弱らせて拷問にかける気なのだろう。
「死ね、死ね、死ね! 俺達を舐めてんと容赦しねぇええ!」
「兄ちゃん、こいつは俺に殺させてくれよ」
目にも留まらない攻撃……と自分を誤魔化せないか。
ぬるい、ぬるすぎる。
我の政敵だった六魔将キラーほどは求めんが……。
あまりに拙すぎる。子供の児戯に等しい。
なまじキラーのような槍使いを知っているせいか、落胆が大きい。
こやつらは、劣化版の劣化版のさらに劣化版の……キラーといったところだな。
このような凡撃、何百、何千振るわれようが、無駄だ。
目を瞑ってても避けられる。というか避ける必要さえない。筋肉のみで止められる。
レッド兄弟が振り回した槍を回避し、時には合気で薙ぎ払う。我が回避するたびに槍のスピードは増していったが、限界がきたらしい。
レッド兄弟は、ぜぇぜぇと肩で息をしている。
「はぁ、はぁ、はぁ……だ、だめだ。捕らえられん」
「ほ、本物の化け物? に、兄ちゃん、こいつおかしいよ」
槍の連撃に絶対の自信があったのだろう、レッド兄弟は驚愕に満ちた表情でこちらを見ていた。
「どうした? 早く本気を見せんと殺してしまうぞ」
「お、弟よ」
「わ、わかってる兄ちゃん」
我の挑発にレッド兄弟の足取りが変わる。ようやく本気の本気になったようだ。さきほどまでの力に任せた攻撃ではない。何やら誘っている節がある。
ふふ、隠し球か。早く見せろ。
我が期待を寄せていると、後方に魔力の揺らぎを感じた。
……。
くっ、我の高すぎる魔法技術が憎い。せっかく楽しみにしていたのに隠し球の正体が二秒でわかってしまった。
こやつら隠蔽魔法ぐらい使えんのか?
レッド兄は不適な笑みを見せている。よっぽど隠し球に自信があるらしい。
はぁ~下手な推理小説を読んでいるようでぶん投げたくなる。
そして……。
「取ったぁああ!」
レッド兄の咆哮とともに後方に異空間が生じた。
そこから槍の穂先が見える。
……遅い。
異空間から出現した槍を指で挟んで受け止めた。軽い羽毛のような衝撃が手に伝わってくる。そして、そのまま力を入れ槍をレッド兄から奪う。
「なっ!?」
「甘いな。物質転移での強襲か。奇襲を行うのだ。せめて隠蔽魔法ぐらい使え!」
「い、隠蔽魔法だと……?」
「知らんのか……ならよい。貴様達は、潜行が他の人間よりましだったので、少しは期待していた。だが、こんなものか」
「お、俺達を舐めると……」
「すごむな、人間。期待するだけ落胆が大きいと知った」
我が興味を失った目で見ていると、レッド弟がプルプルと震えだした。
「だまれ、だまれ、だまれぇええ!」
レッド弟が、力任せに槍を突く。
「それも甘い。抜く手を見せぬとはいわんが、もう少し速く突けんのか?」
「だ、だまれ」
「もうよい!」
レッド弟の槍を持っていた槍ではじく。
レッド弟は、その反動で大いにのけぞった。
「そら、槍とはこうやって使うのだ!」
「ぶぎゃぁあ!」
振り向き様にレッド弟のナニに槍をぶつける。
レッド弟は、強烈な勢いて後方に吹っ飛んだ。槍はその衝撃で根本からぽきりと折れてしまった。
「ガラクタの槍だな。半分も力を入れておらんのに……」
倒れたレッド弟を見下ろし、吐き捨てるように呟く。
「うぅうぉお……ぐぇえええ」
レッド弟は白目を剥いて震えている。レッド弟のナニを中心として二十センチほどの円形の穴が出来ていた。
そのうち出血多量で死ぬだろう。
「お、おとうとぉおお!!」
レッド兄の絶叫が響く。涙を流し、嗚咽に震えている。
「ふふ、貴様達があまりに騒がしいからな。ナニとやらに刺激を与えてやったぞ」
「貴様、許さん。絶対に許さんからな!」
「安心しろ。すぐに弟のもとへ逝かせてやる。良かったな。似た者兄弟だ。同じ地獄で再会できるぞ」
我は死刑執行を告げるべく、一歩一歩レッド兄に近づく。
レッド兄はそれに合わせて後退していく。
ほぉ~あれほど激怒していたので、飛びかかってくると思っていた。
……意外に冷静だな。
いや、これは誘っているのか?
転移魔方陣と同じ作為さを感じる。
十中八九罠だな。
面白い。のってやろう。
脆弱な人間なのだ。真っ向勝負ではすぐに終わる。人間の得意な罠を食い破ってこのゲームは終わらせよう。
さらに一歩近づくと、
「へっへっへっ、捕まえたど!」
「む!? ゴミの中に隠れてただと?」
「馬鹿め! 俺達は三兄弟なのさ。でかしたぞ、末弟」
突如、ゴミの中から人が現れ、我の腕を掴んだ。
人の気配はしていなかった。
我を掴んでいるその男は、小太りで細目をしている。三兄弟といっていたから、兄弟の一人か。見目は悪い。特筆すべきは、手に仕込んでいる宝石か。高位魔石のようだ。ある程度の魔力波動を感じる。
しかし、気配察知できなかった。こいつの技量、いや、生命活動すらなかった。
これはもしや……。
「そうか。仮死状態で潜行していたか」
「ほっ!? 本当にお前はすごいな。そうさ、末弟は、俺達のとっておきの切り札だ。普段は仮死状態で隠れている。だから気配探知では絶対に見つからん。そして、周期的に起きてトラップを発動させるのさ。さすがのお前もほぼ死人の気配は探れなかったようだな」
「あぁ、見事だ。褒めてやろう。実は、本気になれば探れんことはないのだが、それは言わぬが花だな。うむ、努力賞だ」
「本当に憎らしい野郎だなぁあ。やれ、末弟よぉお!」
「わがっだよ。ジンゾ兄ちゃん」
末弟と呼ばれた男が、我を掴んでいる腕に力を入れていく。
む!? 力が抜ける!
体から魔力が吸い取られていくのがわかる。
「貴様、魔力吸収か?」
「ひゃっははは! そうさ、弟の魔力吸収は特別だぞ。特別な魔石を使っている。かの魔法大国ゼノアで大金を払って入手した一品だ。お前の貧弱な魔力ならすぐに干上がるだろうぜ」
勝ち誇ったレッド兄の声が響く。
「くっくっ……」
「なんだ、泣いているのか? 後悔しろ、絶望に震えるんだな」
「絶望? 貴様達は本当にずれた会話が好きだな。やっと面白くなってきたのだ。これは歓喜の声だ」
「ほえ面かきやがって。その生意気な顔を絶望の色に染めてやる。末弟よ、わかってるな!」
「わがっでる。はなぁざないがら、蹴っても無駄だど。ニンゲ兄ちゃんの敵だ」
「そうか、離さないか。絶対だな?」
ニヤリと笑みを浮かべ、末弟を見る。末弟の手には、我から流れる大量の魔力が見えた。