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第八話 「エリザベスの反撃」

 家人の緊急報告に、怒り心頭で学園に向かった。


 我が従姉妹ギロティナが裸にされ、学園の屋根に吊るされているという。

 にわかには信じられない暴挙だが、銀髪の小娘が絡んでいるとなれば納得がいく。あのクソ生意気な小娘ならやりかねない。


 聞けば、ギロティナは銀髪の小娘にちょっかいをかけて返り討ちにあったのだと。これまで我が一派が受けた被害は、もはやシャレにならないレベルに達している。


 ギロティナ・モンテスキュー——モンテスキュー家はエリザベス家の分家の一つで、ギロティナはその跡取り娘。本家でないとはいえ、エリザベス家の分家であれば大貴族である。何より、この女王たるワタクシと血がつながっているのだ。


 だからこそ優遇し、ワタクシの卒業後は学園女王の座を引き継がせる予定だった。


 それが——。


 学園に戻ると、ギロティナが学園の屋根にくくりつけられ、みっともなく泣き叫んでいる光景が目に飛び込んだ。夕日に照らされた屋根の上で、白い肌が痛々しく晒されている。


 あさましい。あさましすぎる。貴族の振る舞いではない。


「なぜ、すぐに降ろしませんの!」


 これ以上、我が一族の失態を衆目に晒すわけにはいかない。そばにいた家人をどなりつけた。


「そ、それが……ギロティナ様の周囲に結界が張ってあり、うかつに近づけないのです」

「結界? 生意気な真似を!」


 ギロティナの括られた周辺に目を凝らすと、確かに魔力の波動を感じる。青白い光が網目状に空中を走り、複雑な魔法陣を形成している。さらに詳しく感知していくと、結界が幾重にもギロティナを囲んでいるのがわかった。


 なかなか厄介な結界である。難易度でいえばAランクといってもよい。


「銀髪の小娘が結界魔法を?」

「それが、裏切り者のアナスィーの結界です」


 アナスィーィイ! 殺して殺して殺しつくす!


 怒りが頂点に達した。百回殺しても飽き足らない。


 だが、合点がいった。庶民らしからぬ高度な魔法技術だと思ったが、アナスィーが手を貸していたのだ。


 サファイヤ・バリガン——結界魔法を生業とするアナスィー家の奥義である。アナスィーが惜しげもなく銀髪の小娘のために宝具を使ったのだろう。これでは、どうひいき目にみても、ワタクシの部下では結界を解除できない。


 家宰を呼び、結界破壊の魔法具の調達を命じる。しかし数日はかかるという。


 冷酷に判断を下す。


「この場所をただちに封鎖しなさい。生徒職員全員立ち入り禁止にすること」


 高貴なワタクシが屋根に登り、結界解除に数時間も格闘するなど、ありえない。ギロティナには恥をさらした罰として、そこで反省してもらおう。



 数日後——。


 結界破壊の魔法具と専門の術者を召還し、ようやく結界は解かれた。憔悴しきったギロティナに特製のポーションを与え、連れてきた神官に回復魔法を施させた。


 ポーションと回復魔法によって、ギロティナの目が徐々に見開いてくる。最初は虚ろだった瞳に、少しずつ光が戻ってきた。


「ああ、あの銀髪つぅううう!」


 がばっと起き上がり、ギロティナは叫び声をあげた。目は血走り、雄叫びを上げている。見苦しいことこの上ない。


「だから手をだすなと言ったのです」

「はぁ、はぁ、エリザベスお姉様、別に手を出してはいません。あの銀髪小娘の下僕に接触していたら、銀髪の小娘のほうから現れたのです」

「それは手を出しているのと同義です。本当に、あなたは馬鹿ですねぇ」

「馬鹿ですって!」

「それ以上の何者でもないでしょ」


 ギロティナの憤慨など意に介さず、続けた。


「とにかくエリザベスお姉様、我ら一族に喧嘩を売ったのです。天下の大罪です。さっそく殺しましょう! 奴らを根絶やしにしてやりませんと気がすみません」

「だから、待ちなさいと」

「エリザベスお姉様らしくない。いつまでも敵を調子づかせているなんて!」

「いいから少し待ちなさい」

「ひょっとしてびびってるんじゃないですか?」


 血が逆流するのを感じた。全身に怒りが駆け巡る。


「……なんですって?」

「だから、びびっているんじゃないですか! ワタシが、大貴族であるこのワタシが庶民如きに耐えがたい屈辱を受けたのよ。それなのに敵討ちをしようとしないエリザベスお姉様が悪いんです!」

「ギロティナ、もう一度だけ聞きます。誰に向かって口を利いているのです」

「だ、だから……お、おまえだぁああ! お前に言ってんだよ! なにぐずぐずしてんのよ。いいからさっさと敵討ちをしろよぉお! あんた一族の代表だろうが!」


 その瞬間、何かがワタクシの中で弾けた。


 分家の、しかも凡庸な能力しか持たない従姉妹が——本家の長たるワタクシに向かって「お前」だと? 「びびっている」だと?


 ワタクシは今まで、血のつながりを理由にギロティナを優遇してきた。平凡な魔力、並以下の知能、取り柄といえば家柄だけの小娘を、ワタクシの威光で学園のナンバー2の地位まで押し上げてやった。


 そんな恩も忘れて——。


 魔力が手の中で渦巻く。


「ギロティナ、最後に一つだけ教えてあげますわ」


 立ち上がり、魔法弾を形成した。純粋な怒りで練り上げられた、殺意の塊。


「え? 何を——まさかワタシに向けて?」


 ギロティナがようやく事態を理解し始める。


「エリザベス家で『お前』と呼んでいいのは、ワタクシだけですの」


 魔法弾がギロティナの腹部を貫いた。


「ぐばぁああ!」


 従姉妹の目が見開かれる。信じられないという表情。まさか本当に撃たれるとは思っていなかったのだろう。甘い。甘すぎる。


「い、痛い! な、なんで?」

「……誰であろうとワタクシを侮辱する者は許しません」

「だ、だからって、お、お前、やっていいことと……」


 ……まだ言うか。


「この分家風情がぁああ! さっきからその口の利き方はなんだぁあ! 誰がびびっているだって。調子こいてんじゃねええ!」


 堰を切ったように怒りが爆発する。魔法弾を連射した。


 一発、二発、三発——。


 ギロティナの体が踊る。血飛沫が舞う。悲鳴が響く。


 四発目で右腕が千切れ、五発目で左脚が吹き飛んだ。六発目が胸を貫いた時、ようやくギロティナの体が崩れ落ちた。


 静寂が戻る。


 床には、かつて従姉妹だった肉塊が散らばっている。血の海が石床に広がり、部屋中に鉄の匂いが充満していた。


 深く息を吸った。ようやく胸のつかえが取れた気分だった。


 屋根に吊るされ鼻水を垂らし、喚き散らす従姉妹——わが一族の恥となった。何より本家の長であるワタクシを侮辱するなど、あってはならないこと。凡人の能力しか有していないくせに、今までワタクシの威光でいい思いをしてきたのだ。ここで死んでも本望だろう。




☆★




 それから——。


「エリザベス様。各機関より選抜メンバーが到着しました」

「通しなさい」


 ここは、エリザベス家の秘密会議室。重厚な石造りの壁には代々の当主の肖像画が並び、暗い色調の高級家具が威圧感を放っている。天井の装飾シャンデリアが、密談に相応しい薄暗い光を投げかけていた。入室許可を出すと、強面の男達が次々と現れた。


 金さえ出せばなんでもやる悪党達である。エリザベス家が長年、各機関に多額の寄付をしてきた成果だった。いずれも高ランクの実力者で、非情な手段を躊躇なく実行する。冒険者ギルド、護衛部隊、治安部隊等にいるはみ出し者達を集めた集団——通称、無法集団アウトレインジ。メンバー全員【悪】が売りの組織である。


 次々と名の知れた悪党が部屋に入り……。


 ん? 知らない男だ。


 各機関の精鋭は全員頭に入れている。ビィトの次に現れたところを見ると、冒険者ギルドの新人か。顔は、どこにでもいる普通の男であった。茶色の髪、平凡な顔立ち、特に印象に残るような特徴もない。


 レベルの指標であるプレートはカッパー


「なんで、こんな素人を呼びましたの!」

「いえいえ、こいつは新人ながら優秀な男ですよ。俺が太鼓判を押しますぜ」


 長年エリザベス家に協力してきたビィトが口を挟んでくる。ビィトには裏仕事を完遂してきた実績がある。だから、ビィトの言葉には信憑性があるのだが……。


 こいつが強者?


 魔力もそこそこしか感じない。体格も普通だ。何よりこいつは新人である。絶対的な戦闘経験が足りない。これでは、銀髪の小娘にしてやられるのがオチだ。


「ビィト、私は腕利きを集めろと命じたはずです。こんな中途半端な戦力は邪魔以外の何者でもないですわ! さっさと叩き出して——なっ?」


 ビィトに目線を向けた一瞬の隙を、男は見逃さなかった。


 気がついた時には、既に背後に回り込まれていた。


 いつ動いたのか?


 魔力の波動すら感じなかった。純粋な身体能力だけでこの速度を——?


 男の拳が後頭部に触れている。


「どうだ? 証明になったか?」


 男の声は低く、抑制されていた。


「私はさっさとランクをあげたい。つべこべ言ってたら殺すぞ」


 男が後頭部をこつん、こつんと叩いてきた。


 不遜。冒険者風情が!


 護衛の一人に目配せする。


「おい、エリザベス様に無礼だろ!」


 ボディガードの一人が、ワタクシの意志に気づき慌てて動き出す。エリザベス家が誇る精鋭の一人——元王国騎士団で、Aランク相当の実力を持つ男だ。剣を抜く音が部屋に響く。


 本気の一撃だった。多少、腕の覚えのある新人では絶対に対処できない。


 だが——。


「ふん」


 男が振り返った瞬間、ボディガードの剣戟が空を切った。


 いや、違う。男はその場にいた。ただ、ほんのわずかに体を逸らしただけ。

 ボディガードの渾身の一撃が、紙一重でかわされたのだ。


 そして——男の右拳が、時が止まったかのようにゆっくりと、ボディガードの胸に触れた。


 轟音。


 ボディガードの体が宙を舞った。まるで大砲で撃ち抜かれたかのように、一直線に部屋の壁まで吹き飛ぶ。鎧を着た大男が、まるで人形のように舞い踊った。


 石造りの壁に激突する音が響いた。ひび割れが壁面に走る。


 ボディガードはそのまま崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。血が口の端から流れている。


 呆然としてしまった。


 今のは——なに?


 ボディーガードは決して弱くない。天下のエリザベス家が金に糸目をつけず雇っているのだ。一般的なボディガードの水準をはるかに超えている。


 そんな優秀な護衛を——一撃で?

 しかも、まるで遊んでいるかのような動作だ。


 男が振り返る。まだやるのかとでも言いたげに、軽く首を傾げた。


「貴様ぁあ! よくもぉお!」

「待ちなさい」


 残りのボディガードが反撃しようとするのを制止する。


 ふふ、これはとんでもない拾い物ですわね。


 不遜な態度は目に余る。それでも、それを補って余りある実力——いや、それ以上だ。


 ミュッヘンは確かに優秀だった。ただ、どこか機械的だった。人形のように感情がなく、何を考えているかわからない。あの冒険者は金髪娘の命令をただただ忠実にこなす。まるで意志を持たない道具のように。こういう男に飴と鞭を使っても無駄だ。


 しかし、この男は違う。


 野心を隠そうともしない。ランクアップへの執着も露骨だ。ミュッヘンのような機械的な忠実さではなく、自分の目的のために動く意志がある。


 普通なら、こんな危険で不遜な男など側に置きたくない。だが——ワタクシは普通の貴族ではない。エリザベス家の当主として、あらゆる手段を使って敵を粉砕する義務がある。


 実力さえあれば、多少の不遜は目を瞑ろう。


 この男は、求めていた完璧な刃かもしれない。


「すばらしい。褒めてあげますわ。先ほどの無礼も許してあげます」

「当然だ。それより依頼内容を早く聞かせろ。さっさと片付けて一刻も早く報酬が欲しい」


 ふふ、新人のくせになんという自信と欲。こういう奴は使える。わかりやすい。


「いいですわ。ちょいとばかし小生意気な小娘をいたぶる簡単な仕事です。一応、聞いておきますが、女子供には手を出さないとかくだらないポリシーを持っていませんわよね?」

「ふん。戦場では女も子供も関係ないだろ。拳の赴くまま粉砕するのみ」


 一瞬の迷いもなく即答した。こいつは本当に躊躇なく拳を振るう。


 この暴力性。内に秘めた欲望。


 これは期待できますわ。上手く手綱を握れば、いい道具になりそうです。


「ワタクシ、功あるものには厚く報いて差し上げます。あなたなら前金で百万ゴールド渡しますわ」

「そんなものよりランクだ。お前の依頼を受けたら、ギルドでのランクがすぐに上がると聞いたのだ。ランクをすぐに上げろ」


 金に興味がない?


 金にがめつい冒険者には珍しい。そうか、こいつは新人だ。まずは確固たる地位が欲しいのか。これだけの実力で何をあせっているのか知らないが、大いに利用してやる。


「問題ないですわ」

「本当だな」

「えぇ。我がエリザベス家は、冒険者ギルドに多大な寄付をしてますの。すぐにでも昇進させてあげます」


 ワタクシの言葉に男はにやりと笑みを浮かべる。本当にわかりやすい。


 冒険者とはいえ、ワタクシの背後を取り、ボディガードを一撃で粉砕した実力。


 この男に興味がわいた。


「あなた、名はなんて言いますの?」

「オルティッシオ・バッハ。Sランクになる男だ」


 これまでの刺客とは格が違う。

 この男なら——この男なら銀髪の小娘を粉砕できるわ。


 銀髪の小娘よ、今度こそ地獄を見せてやる。

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