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第七話 「ミレスと親友とは」

 エリザベスの取り巻きたちに囲まれている。


 取り巻きたちをまとめているのは、エリザベスの従妹ギロティナだ。


 ギロティナは、この学園のナンバーツーと呼ばれている。ただ、ナンバーツーといっても、ギロティナ自身は平凡な能力の持ち主だ。魔法の実力も平均をやや下回る程度だろう。


 しかし、家柄だけは別格である。エリザベスの血縁——それだけで絶大な権力となる。ギロティナは、エリザベスと同じく尊大な態度で振る舞い、自身の卑小さを隠すように、ひたすら他者を害することに執着している。


 その我がままぶりは、エリザベス以上にたちが悪いかもしれない。


 ギロティナは愉悦を口元に浮かべている。まるでネズミを前にした猫のように、どう獲物をいたぶるかを考えているような目だった。


「アンタねぇ~エリザベスお姉様に逆らって、学園で……いや、この王都で生きていけると思ってるの?」

「べ、別に逆らう気はありません」

「ばかやろう! 銀髪小娘の味方をする者は全員、エリザベス様の敵なんだよ!」


 ギロティナに便乗して、取り巻きたちも恫喝に加わってくる。エリザベス一派に逆らって無事に済んだ者など、これまで皆無だった。


 震える。

 嫌な汗が背筋を伝う。


 ミレス・ヴィンセントは思った。

 考えないようにしていた現実が、ついに目の前に立ちはだかった。


 だれかれ構わずなぎ倒し、我が道を行くティムちゃんについていけば、いつかこうなるだろうって……。


 巻き添え。


 貴族とはいえ、私は名ばかりの貴族だ。没落貴族では、本物の貴族には逆らえない。


 いや、爵位を言い訳にするのはやめよう。それを言えば、ティムちゃんなんてただの庶民じゃないか。

 そう、ただ私が弱いだけ。私は、ティムちゃんのように強くない。心も弱い。


 現実的に考えれば、ティムちゃんから離れるべきだ。エリザベスに逆らった時点で、学園生活は危うくなる。


 だけど……。


「いい加減に態度を決めなさい。働きによっては給金を与えてもいいわ。お金欲しいんでしょう?」


 ギロティナが底意地の悪い顔で提案してくる。


 侮辱だ。


 友達を売った金を受け取るとでも?


 没落貴族とはいえ、私だって貴族のはしくれだ。最低限の誇りぐらい持っている。


「む、無理です」


 恐怖が全身を支配している中、搾り出すようになんとか返事をした。


「ヴィンセント家って、うちが出資していたよね?」

「はい、あの貧乏貴族は借金で首が回らないって聞いてます。へっへ、ギロティナ様が手を回せば一家心中するんじゃないっすか!」

「ち、ちょっとやめてください!」


 慌てて声を上げた。


 実家に迷惑をかける。


 貴族とはいえ、決して贅沢はできない。そんな中で、私のために父様が学費を出してくれたのだ。そこまでしてくれた親に迷惑をかけるわけにはいかない。退学はしたくない。


「なら、やることはわかってるでしょう」


 猫なで声で話しかけてくるギロティナだが、眼は違う。


 蛇のような目が私に絡みつく。断れば絶対に報復する——そう眼が語っていた。


 うぅ、両親のためだ……心が折れそうになる。


「で、でも……」

「あぁ、もういい加減、その煮えきれない態度はやめろ! 私が怖いんでしょ。なら逆らうな!」

「うぅ……は、はい」


 怖い……。

 逆らえば本当に地獄を見る。

 恫喝に屈して、承諾させられた。


 涙がポロポロとこぼれてくる。


「よし、アンタはこれから私のスパイよ。アンタは銀髪小娘の近くにいる。銀髪の小娘が油断している時に後ろからナイフで刺してもいいし、毒を盛ってもいい。私の合図を待ちなさい。あと、弱みを見つけたらすぐに知らせるのよ」

「あ、あ……」


 あぁ、とうとう友達を売っちゃった。


 悔しい、情けない。

 うぅ、ティムちゃん、ごめん。


 こんな情けない自分を殺してしまいたい。


 うぅ……ひっく、涙が止まらない。


 どうして、どうしてこうなっちゃうの?


 苦労もあったけれど、あんなに楽しかった学園生活にはもう戻れない。これからは罪悪感に苛まれながら、ずっと生きていかなければならない。


 あぁ、誰か助けて。


 父様、母様。


 ジェシカ……。

 ふと、今は不登校の親友の顔を思い出す。


 優しいが、気弱な少女だと思っていた。

 だけど、違う。いざとなれば気高い勇気を持っている。


 もう一人の親友であるエディムが上級生に目をつけられた時期があった。当時、友達になったばかりの私では庇うことができなかった。


 いや、これも言い訳ね。そう、怖かったのだ。今と同じように。


 そして退学寸前まで追い込まれたエディムに手を差し伸べたのは、ジェシカだった。心ある先生や信頼できる先輩たちと協力してエディムを守った。上級生に睨まれるのが怖くて二の足を踏んでいた私とは違って。


 もともとエディムが揉めたのも、弱い者いじめをしていた先輩の一人をこらしめたからだ。そんな勇気ある二人と友達になれたことに、すごく誇りを感じていた。そして、勇気を出せなかった弱い自分を恥じていた。


 そうだ。そうよ。もうあんな思いは二度としたくない。


 成長しないでどうする!


 ティムちゃん……。

 傲岸不遜、唯我独尊。


 私のことも対等な友達とは思っていないだろう。それでもいい。平凡な魔力で並みいる不良たちをバッタバッタとなぎ倒すその姿は、物語の英雄譚に出てきそうだ。


 どんな巨大な敵にも媚びない気高い精神を持っている。下僕のごとく付き従っているアナスィー先輩ほどじゃないけれど、私だってティムちゃんに魅せられている。


 でも、やっぱり決め手となったのは……。


 お姉さんを自慢するティムちゃんの顔が浮かぶ。


 美味しそうにお弁当を食べるティムちゃんを、素直に可愛いと思った。こんな可愛い子が、悪逆非道な外道に狙われているのだ。


 不甲斐なく弱い自分でも、勇気が湧いてくる。どんな形でもいいから守ってあげたい。

 もう私は、ティムちゃんの親友なのだ。


「やっぱり無理です」

「はぁ? なんて言ったの?」

「そんな真似は絶対にできません!」


 もう迷わない。ギロティナの目を見据えて、きっぱりと拒絶した。断られると思っていなかったのだろう、ギロティナたちは狐につままれたような顔をしている。


「……私の耳がおかしくなかったら、こいつ断ったの?」


 ギロティナが、蔑んだ目で私を睨んでくる。


 お前たちのような外道には負けたくない。

 負けじと睨み返す。


「アンタねぇ。さっきも言ったけど、私を怒らせたらアンタの実家に害が及ぶのよ。出資から手を引いてもいいの?」

「……構いません」

「へっ、学費を払えなくて退学するぞ。それどころか、お前の家は借金で爵位も失うかもしれないな」

「友達を売ってまで学園にいるつもりはありません。友達を売って爵位を保つ? ありえない。父様もわかってくれます。それどころか、家のために友達を売ったなんて知れば、父様は激怒するに決まってる」

「ふん、やっぱり没落するだけあるな。まともな判断もできやしない」

「本当、落ちぶれたくないものね」

「確かに私の家は落ちぶれています。ですが、貴族の志は持っています。だから、怖かったけれど、魔族襲撃の際は命をかけて戦いました」

「なにそれ? もしかして、たかがそんなことを自慢してるの?」

「別に自慢はしてません。あの時、命をかけて戦っていたのは私だけではないから。級友や先生、治安部隊の人たち……ううん、大切な人たちを守るために、王都にいる全員が誇りを持って戦いました。あ、あんたたちのように魔族にビビって逃げ出した奴らなんて、一人もいないんだから!」

「なっ!? びびっただと!」

「聞き捨てならねぇな!」

「そうよ。私たちは、たまたまエリザベスお姉様のサポートに行ってたんだから」


 そう、エリザベス一派は魔族襲撃の際、国外にいた。

 こいつらは逃げ出したのだ。


 魔法学園の生徒たちは、生徒会のムヴォーデリ会長をリーダーに一致団結して魔族に対抗したというのに……。


 国を守るために戦った多くの者が殺され、卑怯にも逃げ出した者が助かった。


 皮肉にも、そんな背景があって、ムヴォーデリ会長とエリザベスの均衡していた勢力図が崩れてしまった。


 こんな虎の威を借る狐が増長したのである。


「そんな話を信じると思ってるんですか!」

「なぁに、信じないなら信じるまで教育してやればすむこと」

「まったく、ギロティナ様のおっしゃる通りです」


 こいつら、相当腐っている。許せない。


「そんなどうでもいい話よりスパイの件よ。もう一度聞くわ。受けるよね?」

「いやです!」

「はぁ~もしかして銀髪の小娘が怖いの? 大丈夫、調べはついてるんだから。あいつ、昼食では馬鹿みたいに隙だらけで弁当食べてるみたいじゃない。こっそり毒を入れるなんて、近くにいるアンタなら簡単でしょ」

「おい、たったそれだけでギロティナ様の配下になれるんだ。ありがたい名誉なことだろうが!」

「まさに。それにしても銀髪の小娘、弁当持参なんてやっぱり庶民ね。貧乏は悲惨だわ。実家はしがない料理屋みたいだし、余りものでも持ってきてるんでしょう」

「本当ね~庶民は庶民。いくらいきがろうとも、貧相な食糧事情があるのよ」

「黙りなさい! あなたたちに私の友人を蔑む資格などない。ティムちゃんは確かに庶民の出身だだけど、あなたたちよりもはるかに気高い心を持っている。それに貧相な食事だって? 笑わせないで。あなたたちが日頃口にしている形式だけの貴族料理など、ティムちゃんのお弁当の足元にも及ばないわ!」


 あまりな物言いに我慢ができなくなった。ありったけの大声で本音をぶちまけた。


 高笑いをしていたギロティナたちの顔色が変わる。


 没落貴族に楯突かれたのが癇に障ったのだろう。ギロティナは眉間に皺を寄せている。


「ギロティナ様、どうやら説得は難しいようです。とんだ馬鹿でしたな」

「ふぅ~仕方ない。使えない奴は、別の意味で役に立ってもらうか……」

「ギロティナ様、それはもしや!」

「ふふ、肉便器なんかどう?」

「ひょーほぉい、やった! これだからギロティナ様についていくんですよ」

「本当にありがたいことですぜ。くふぅ、今回の獲物はなかなかの上玉だ」


 こいつら、まさか私を襲うの?


 身の毛がよだつ。

 どこまでもどこまでも非道で下種な奴らだ。


 とっさに逃げようとするが、ギロティナたちに取り囲まれて動けない。


「さぁ、アンタの相手はいっぱいいるわ。持ちなさいよ。そして、私を楽しませなさい」

「こ、こんなことしてただで済むと……」

「ふふ、ただでさえ王都は治安が悪化してるのよ。王家が没落貴族如きの訴えを聞いてる余裕はないわ。もちろん、学長もね」


 ギロティナが邪悪な笑みを浮かべた瞬間、男たちが一斉に襲いかかってきた。


「やめて!」


 制服の袖が引き裂かれる音が響いた。容赦なく伸びてくる手から逃れようともがくが、数の差は圧倒的だった。


 獣のような眼差し。

 私に馬乗りになろうとする男たち。


 絶望が心を押し潰していく。


 このまま辱めを受けるくらいなら、いっそ——


「がはああ!!」


 その時、男の一人が苦悶の声を上げて吹き飛んだ。


 恐る恐る目を開けると、


「ティムちゃん!?」

「ミレス、何をやっているのだ? こんなところで油を売るな。我の人形が勝手に離れてどうする!」


 颯爽と現れたティムちゃんが、私に覆いかぶさっていた男を蹴り飛ばしていた。夕日を背負った銀髪が、まるで後光のように輝いて見える。


 うぅ、ティムちゃん。


 涙が溢れてくる。まさに絶体絶命の瞬間に現れた、物語の英雄のように。


「ひどいことをするねぇ」

「アナスィー先輩」


 アナスィー先輩が現れ、倒れた私に手を差し伸べてくれた。


「ミレス、貴様は我の人形なのだ。勝手に汚れるでない。それに、我のことはカミーラ様と呼べと言っただろうが!」

「ご、ごめんなさい」

「まったく、後で躾け直しが必要だな。それに、あの程度の三下に翻弄されるとは情けない」

「はは、そうだよね。情けないよね。本当に自分が恥ずかしい」


 屈辱に負けそうになった自分への嫌悪が込み上げる。


「ふん、脆弱極まりないが……先ほどの啖呵は悪くなかった。特に、お姉様のお弁当を讃えた部分は評価してやる。うむ、我の人形ならそれぐらいの矜持を示さんとな」


 意外な言葉だった。

 ティムちゃんらしい傲慢な物言いだが、その奥に僅かな承認を感じ取れた。胸の奥が少し温かくなる。


「あんたたち……!」


 ギロティナの怒声が響いた。


 ギロティナたちが、ティムちゃんたちを敵意むき出しで睨みつけている。特にアナスィー先輩への視線は、裏切り者に向けられる憎悪そのものだった。


「アナスィー、この裏切り者が!」

「真の主君を見つけただけのことだ。偽りの女王にいつまでも仕えるつもりはない」

「貴様……!」

「口を慎め。カミーラ様の御前であることを忘れるな」


 アナスィー先輩の声に、有無を言わさぬ威圧感があった。まるで忠実な騎士が主君を護るかのような、揺るぎない忠誠心を感じさせる。


「アナスィー、貴様はミレスを守っていろ。我はあやつらと遊んでくる」

「ははっ。それでは、カミーラ様のご雄姿を拝見させていただきます」


 ティムちゃんが静かに歩み寄る。

 そして、最も近くにいた取り巻きの頬を正確に打ち抜いた。


「がはっ! て、てめ、庶民の分際で!」


 鈍い衝撃音と共に、男の頬が赤く腫れ上がった。それでも男はまだ意識を保っている。


「一発目」


 ティムちゃんが淡々と数を数える。


「二発目」


 今度は腹部への一撃。男の体が「く」の字に折れ曲がり、呼吸が止まった。


「げほぉ! お、お父様にも殴られたことがないのに。たかが庶民が、や、やめ――ぐあはあ!」

「三発目」

「お見事です」


 アナスィー先輩が満足そうに頷く。


「カミーラ様の拳は、いつ見ても芸術的ですね」


 ティムちゃんは左のジャブ、右のフック、そしてアッパーと、まるで武術の型を演じるかのように正確な打撃を繰り出していく。


「四発目、五発目、六発目……」


 男の顔は見る見るうちに腫れ上がっていく。鼻血が止まらず、左目は完全に塞がってしまった。


「ひぃ、ひぃ、や、やめて、やめてください!」

「七発目……」


 ティムちゃんは男の胸倉を掴み、至近距離から拳を打ち込んだ。男の体が宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられる。


「ふん、まだ十発にも満たないのに、もうこの様か」

「がはぁ、あぁ、た、助けて!」

「うるさい」


 ティムちゃんは男の頭部を軽く小突いた。それだけで男の意識が飛んだ。


「汚い悲鳴のせいで、いまいちなサンドバッグだな」


 すごい台詞だ。ティムちゃんにかかれば、貴族もただの練習台になってしまう。


 次のターゲットを探すティムちゃん。その目に、怯えて震えている別の取り巻きが映った。


「次はお前だ」


 ティムちゃんが一歩踏み出すと、男は腰を抜かして座り込んだ。


「ひ、ひいい! や、やめてくれ!」

「逃げるのか?」


 ティムちゃんは肩をすくめると、男に近づいた。


 そして二人目の男にも、同じように拳を浴びせ始めた。一発、二発、三発……と正確にカウントしながら、絶妙な力加減で殴り続ける。


 男の顔は腫れ上がり、鼻血が流れているが、まだ意識を保っている。


 それを見ていた他の取り巻きたちが、一斉に後ずさりした。


 ティムちゃんの独壇場が始まった。


 次々と取り巻きたちに拳を浴びせ、何発で気絶するかを数えている。まるで実験をしているかのような、冷静で計算された暴力だった。


 アナスィー先輩は、その様子を惚れ惚れとした表情で見つめている。ティムちゃん、アナスィー先輩を完全に虜にしてる。


 アナスィー先輩は、うっとりとティムちゃんを見つめながら、倒れている取り巻きたちに魔法弾を浴びせ――って、ええぇ!


「ア、アナスィー先輩、こ、殺してしまいますよ」

「うん、殺してるからね」


 アナスィー先輩はにっこりと笑顔を見せ、淡々と殺人を犯す。


 た、確かにこいつらは殺されてもいいぐらいの非道な下種どもだけど……。


「おい、アナスィー、何をしている?」


 アナスィー先輩の所業に気づいたティムちゃんが声を荒げる。


「はっ。こいつらはカミーラ様に無礼を働きました。それは決して許されない大罪です。死で償うべきかと」

「アナスィー、言ったはずだ。我はお姉様に学園での不殺を命じられている。貴様は我にお姉様との約定を違えさせる気か!」

「いえ、殺しているのは俺ですので、約を違えてはいないかと」

「むむ、確かに」

「ですので、カミーラ様ご自らこのような下種どもに手をお出しになる必要はありません。汚れ仕事はすべてこのアナスィーめに」

「そうだな、一理ある……いや、やはりだめだ。貴様は我の道具、おもちゃだ。道具の責任は我の責任になる」

「こ、これはおっしゃる通りでした。このアナスィーの全てをカミーラ様に捧げております。どうか、この愚かな下僕に断罪の刃をお許しください」

「ふぅ~まぁ、こいつらは偉大なお姉様がお作りになったお弁当を不遜に貶した。その罪は重い。死は当然だ。よし、アナスィー、今回の件は不問に処す。我の道具が暴発した。ただそれだけだ」

「ははっ、寛大なるご処置に感謝いたします」


 ……な、なんだろう、これ。


 二人の雰囲気に入っていけない。アナスィー先輩、どこまでティムちゃんに入れ込んでるんだろう。


 それからしばらく殴り続けていたティムちゃん。


「ふむ、これ以上殴ったら死ぬかな。アナスィー、記録は?」

「はっ。記録は五十三発でございます」

「そうか、新記録だな。このような脆弱な羽虫を殺さずに殴るのは骨だったが、なかなかコントロールできるようになった」

「お見事でございます」


 なんかゲームをしているようだ。


 二人の会話から察するに、ティムちゃんはまだまだ本気じゃないみたい。ティムちゃんの底がまったく見えない。


 私を襲った男は、ピクピク痙攣して虫の息だ。


 ティムちゃんは興味のなくなった目で壊れた男を無造作に投げ捨て、また別の獲物を探し求める。

 そして、二人の活躍が続き、あっという間にギロティナ以外は地面に倒れた。


 ギロティナは身を縮めて怯えている。


 当然だ。ティムちゃんは鬼神のように強かった。


「わ、私に手を出したらエリザベスお姉様が黙ってないぞ」


 ギロティナは虚勢を張って口撃するけれど、ティムちゃんには通用しない。それどころか逆効果になる。


 あぁ、でもこいつに手を出すと本当にしゃれにならなくなる。


 貴族は自分の一族に危害を加える者に非常に敵意を持つ。自分の血に誇りを持っている家ほど、その傾向が強い。


「あ、あのカミーラ様」

「なんだ?」

「エリザベスは、本当にこいつを気に入ってるの。従妹に手を出したら、烈火のごとく怒り狂うのは間違いないよ」

「ふむ」


 私の言葉に考え込むティムちゃん。


 もう手遅れかもしれない。だけど、これ以上エリザベスと事を構えるのはまずい。あの一家は王家だけでなく、闇組織ともつながっていると噂がある。


 これ以上挑発すれば、世界中の殺し屋に狙われるかもしれないのだ。


 ティムちゃん、ここは我慢よ。


 わかってくれたかな?


「ふふ、そうよ。エリザベスお姉様は、私をすごく可愛がってるの。その意味、わかる? だったら跪いて許しを乞いなさい!」


 ティムちゃんの沈黙を弱気と取ったのか、ギロティナが上から目線で怒鳴る。


 やばい、嫌な予感がする。


「アナスィー」

「はっ」

「こやつを裸にして、校舎のてっぺんに吊るしてこい」

「ち、ちょっとちょっと、カミーラ様!」

「なんだ?」

「ほ、本当にやるの……?」


 もうわかってはいるけれど、訊かずにはいられない。


「嘘を言ってどうする? 本来、こやつは我の所有物に手を出した罪で死罪だ。さらにいえば、我やお姉様まで侮辱したのだ。磔獄門でも生ぬるい。だが、それをやるとお姉様のお言いつけに背くことになる。だから代刑を考えてやったのだ」

「さすがはカミーラ様です」


 アナスィー先輩がティムちゃんに追従する。


「で、でも……」

「ミレスが反対するのもわかる。お姉様との約があるとはいえ、あまりに甘い刑だからな。我も丸くなったものだ」

「いや、そういう意味じゃ……」


 だめだ。一旦乗り気になったティムちゃんを止めるのは不可能である。


 アナスィー先輩はティムちゃんの信者だ。一切の躊躇なく嫌がるギロティナを裸に剥いて縄で縛っている。本気で屋根に吊るすつもりだ。


「エリザベスが本気で怒ると思うけど……」

「あぁ、少しは本気になってもらわねば困る。正直、いつまでもショボい刺客ばかりでうんざりしていたところだ」

「あはは……」


 もう笑うしかない。


 ギロティナはじたばたもがいている。だが、アナスィー先輩ががっちり掴んでいるから逃げられない。そのまま淡々と運ばれていく。


「アナスィー、三日は降ろすな」

「御意」


 ティムちゃんの容赦ない一言に、微塵の揺らぎもなく応えるアナスィー先輩。


 アナスィー先輩は校舎の屋根に上ると、本当にギロティナを屋根の天辺に縛り付けている。


「や、やめろ! やめて! 私はエリザベスお姉様の従妹よ。こんなことをしたら――」


 ギロティナの必死の抗議も、アナスィー先輩には全く通じない。手慣れた様子で縄を結んでいく。


「アナスィー先輩、本当に三日も?」

「カミーラ様のご命令は絶対だよ」


 アナスィー先輩の手際は見事だった。ギロティナの手首と足首を縄で縛り、校舎の尖塔部分にしっかりと固定する。ギロティナは身動きが取れない状態で空中にぶら下がる形になった。


「ひ、ひいい! 高い。怖い!」


 屋根の天辺は地上から見上げるより遥かに高い。風が強く、ギロティナの体が左右に揺れる。


「助けて。誰か助けて!」


 ギロティナの絶叫が学園中に響いた。

 昼休み中だった学園の生徒たちが、次々と中庭に集まってくる。


「あ、あれって……」

「ギロティナじゃない?」

「エリザベスの従妹の?」

「なんで裸で吊るされてるの?」


 ざわめきが広がっていく。みんな、屋根の上を指差して騒いでいる。


「きゃああああ! 見ないで。見ないでぇ!」


 ギロティナは全裸で縄に縛られている。学園中の生徒から丸見えの状態だった。これ以上ない屈辱だ。


「うわあ、あれはひどい」

「でも、ギロティナって結構悪いことしてたからなあ」

「自業自得じゃない?」

「それにしても、誰がやったんだろう」


 群衆の中から、同情の声より好奇の視線の方が多いことに気づく。それだけギロティナは嫌われていたのだろう。


「私を降ろしなさい。降ろしなさいよぉ!」


 ギロティナの泣き声が風に乗って響く。


 ティムちゃんは満足そうにその光景を見上げていた。


「馬鹿は高所で頭を冷やさんとな」


 まるで当然のことをしたかのような、平然とした表情だった。


「あ、あの銀髪の子って……」

「ティムよ、例の転校生」

「自分をカミーラって名乗ってる」

「今度はナンバー2のギロティナまで……」

「エリザベス一派に本格的に宣戦布告ね」

「恐ろしい子……」


 生徒たちの注目は、次第にティムちゃんたちに向けられた。しかし、ティムちゃんは全く意に介さない様子で、悠然と歩いている。


「カミーラ様、学園中の注目を集めておりますが」

「構わん。どうせ雑魚どもだ」


 そんな会話を交わしながら、ティムちゃんとアナスィー先輩は中庭を後にした。


 後に残されたのは、屋根の上で泣き叫ぶギロティナと、それを見上げる大勢の生徒たちだった。


「エリザベスが知ったら大変なことになるよ」

「でも、誰も降ろしに行けないよね」

「三日間って言ってたけど、本気かな?」


 囁き合う声が聞こえる中、私は複雑な気持ちでその光景を見つめていた。


 確かにギロティナは酷いことをした。

 でも、ここまで公然と辱めを受けるのは……いや、でも私を襲おうとしたのも事実だ。


 ティムちゃんが救ってくれなかったら、どうなっていたか分からない。

 これが、ティムちゃんなりの正義なのだろう。


 屋根の上のギロティナの泣き声を聞きながら、私は心に決めた。


 どんなことがあっても、ティムちゃんの味方でいよう。真の友情とは、そういうものだから。

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