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第六話 「エリザベスとティレアの遭遇(後編)」

「ごほ、ごほっ!」


 エリザベスは咳き込みながら、俺を睨みつけてくる。


 塩まみれで苦しそうだ。悪役令嬢な性悪女とはいえ、これはちょっとやりすぎたかな。変態(ニールゼン)の斜め上の行動のせいだけど。


 ふむ、俺も頭に血が上って暴力行為を容認してしまった。


 正直、ざまあみろと思う気持ちもある。


 ただ、彼女はまだ子供な上に学生だ。年上で社会人でもある俺が大人にならなきゃいけないかもしれない。


「タオル、いる?」


 少し申し訳なさそうに声をかけてみる。


「ごほ、ご――はぁ、はぁ、殺す! ぶち殺す! 七代まで殺しつくす! 大貴族であるこのワタクシを、庶民如きが……薄汚い血のくせに、劣等種がぁああ!」


 うん、全然反省していない。それどころか、まだ差別主義むき出しである。これはどうやら荒療治が必要みたいだ。天狗になっている貴族主義をへし折ってやろう。


「ミュー、広場の噴水覚えてる?」

「へい」

「ちょっと頭を冷やしてもらって」

「御意」


 ミューはそれだけで俺の意図を察してくれた。


 エリザベスを抱えて外へと向かう。途中、エリザベスが暴れたが、がっちりとミューが取り押さえているから問題なし。スムーズに運んでくれている。


 塩まみれだし、ちょうどいいよね。


 塩と一緒にその愚劣な差別主義を洗い流してほしい。


 満足して厨房に戻ろうとすると、足元で何かにつまずいた。

 見下ろすと、店内で気絶したままのエリザベスの取り巻きたちが転がっている。


 そうだ、こいつらの処理を忘れていた。このまま放置するわけにはいかない。お客さんが来店したときに、気絶した男たちが床に散乱していては営業にならない。


 こいつらも噴水に投げ込む?


 いや、さすがに気絶しているところにそれは鬼畜の所業だ。噴水の近くに置いておくのがベストかな。

 軍団員たちにエリザベスの取り巻きたちを運ばせる。ちょうど大きめの荷台があったから、それに乗せれば大丈夫だろう。



 あとは……。

 塩まみれの店内だ。片づけないと。


 店内は惨憺たる有様だった。テーブルの上、椅子の間、カウンターの隙間まで、白い塩の粒が容赦なく散らばっている。一袋分がまるごと撒き散らされたのだから、まるで雪が降り積もったような光景だ。


 これを全て片づけるとなると、相当な時間がかかりそうだ。


 やれやれと床に散乱した塩を見る。


 塩は光に晒されて煌めくように輝いていた。


 上等の塩だね。もったいない。

 

 ん? 待てよ。これって宝玉の塩じゃないの?


 床に散乱している塩をひとつまみ取り、舌で舐めてみる。

 瞬間、口の中に広がる純粋な塩味。雑味が一切なく、ミネラルの深い旨みが舌の奥まで染み渡る。普通の塩とは明らかに違う、上品で複雑な味わい。


 や、やはり……。

 本物である。正真正銘の宝玉の塩だ。


 変態(ニールゼン)め、頭がおかしいんじゃないか?


 宝玉の塩は超高級調味料だ。確かスプーン一杯の塩と金が同価値で取引される。それをいとも簡単にぶちまけた。金銭感覚がおかしいぞ。


 まあ、それを言うならオルもそうだ。宝玉の塩を金庫に入れず、その辺にポンと置いている。

 本当にこいつらは物の価値がわかっていない。


 うう、もったいない。本当にもったいない。


 床一面に散らばった宝玉の塩。光に反射してキラキラと輝いている様は、まるで宝石を撒き散らしたようだ。


 スプーン一杯で金と同価値の塩が、こんなにも無造作に...


 膝をつき、丁寧に塩を袋に集め始めた。指先で一粒一粒を拾い上げる。


「ティレア様、何をしておられるのですか?」

「見てわからない? 回収よ、回収。塩がもったいない」

「おやめください。ティレア様が地べたに落ちたものを拾われる必要はございません。代わりの塩は、いくらでも買ってきますので」

「そんな簡単に言うけどね、これがどんだけ高価だと……はっ?」


 俺は何をやっているんだ……。

 変態(ニールゼン)の言うとおりだ。


 地べたに落ちたものをお客に出してもいいのか?


 貴重な塩とかは関係ない。これは料理人としての矜持の問題だ。お客様には最高のサービスを提供する。いくら黄金と等しい価値の塩だろうと、落ちたものは落ちたものだ。衛生的にもよろしくない。


「ニール、あなたの言うとおりよ」

「はっ。差し出がましいことでした」

「ううん、よく言ってくれた。あなたもプロとしての自覚ができて嬉しいわ」

「恐縮です」

「それじゃあ、塩の追加注文をしよう」

「御意」

「お店の運営資金ってまだ残ってた?」

「いえ、底をついております。ですが、ご安心ください。すぐにでもオルティッシオに資金を吐き出させます」

「うっ? そ、そっか。オルにこれ以上の出費をさせるのは心苦しいけど……」

「はっはっは! ティレア様、あやつにお気遣いする必要はございません。オルティッシオには、馬車馬のように働かせます」


 相変わらずオルへの風当たりが強い。


 他にアイデアがあればいいが、資金調達のめどがオルにしかないのも確かである。とりあえず、またオルに借金するしかないだろう。


 うう、またお店の赤字が膨らみそうだ。

 だ、大丈夫。巻き返し、巻き返しすればいいのだ。




 ★☆★☆★




「あ、あ、あなた、こんなまねを、ごほ、ごほっ、はぁ、はぁ、して……ただで済むと思って……ごほっ、ごほっ」


 苦しい。塩が気管に入って咳が止まらない。


 はぁ、はぁ、なんでワタクシがこんな目に……。


 使えない取り巻きの意見を聞くのではなかった。まさかこんな屈辱を受けるはめになるとは思いもしなかった。


 塩まみれ……。


 丁寧に整えた自慢の髪も塩でぐちゃぐちゃだ。お抱えの衣装商に特別に作らせた制服も真っ白である。

 高貴なワタクシのイメージをぶち壊してくれやがって!


 まさか、塩をかけてくるとは思わなかった。


 塩が高価なのは周知の事実である。しかも、かけてきた塩は高品質のものだ。美食家であるワタクシの舌に間違いはない。


 こんな上等な塩を惜しげもなく使うところから判断できる。この金髪娘には、なかなかのパトロンがいるらしい。


 どこかの金持ち貴族の愛人か?


 ふん、庶民らしい薄汚い成り上がり方法だ。


 さげすみの目で金髪娘を睨む。


 そして、金髪娘に思う存分思いの丈をぶちまけた。

 その出自がいかに卑しいか、ワタクシの血がどれほど尊いかを熱烈に説いてやったのだ。


 金髪娘は、ワナワナと怒りに震えているようだ。


 そして……。


「ミュー、広場の噴水覚えてる?」

「へい」

「ちょっと頭を冷やしてもらって」

「御意」


 なっ? まさか、ワタクシを噴水に叩き込むとでも言いますの?


 金髪娘はとんでもない発言をかましてきたのだった。


 ……信じられない。


 貴族、いや王家ゆかりの者であろうとも、あの銀髪の小娘以外にここまであからさまにワタクシに舐めた真似をする者はいなかった。


 ミューと言われた男が、ワタクシを無理やり抱える。


「あ、あなた、やめなさい。ワタクシが誰かわかってますの! エリザベス家を舐めると後悔しますわよ」


 奴の耳元でせいっぱい声を張り上げて脅す。


 ミュッヘンは、ピクリともワタクシの言葉に反応しない。ワタクシの脅しがまるで通じていないのだ。


「くっ、やめなさい。や、やめろぉお!」


 力の限り抵抗する。両手でミュッヘンの腕を掴み、引き剥がそうとする。足をじたばたと動かし、体をよじって逃れようとするが、まるで岩に抱きつかれているかのようにびくともしない。


 な、なんて腕力……しかも、ワタクシが魔法弾を撃てないように完全に魔力で圧している。


 くっ、この冒険者強い。そんじょそこらの冒険者如きに遅れをとるワタクシではない。学園最強は伊達ではないのだ。


 そんな強者であるワタクシが手も足も出ない。


 金髪娘の言葉も全てがハッタリではないのだろう。こいつはSランクとは言わなくても、確実にAランクの実力を持っている。


「あ、あなた、いくらで契約を結んでますの? 倍額を払いましょう! ワタクシにつきなさい」

「ティレア様、それでは行って参ります」

「うん、よろしくね」


 なっ? ワタクシを無視ですって! 高貴なワタクシが下手に出て交渉してやったのに。


 ミュッヘンは、ワタクシを歯牙にもかけていない。


 はぁ、はぁ、はぁ、殺す! たかが傭兵の分際で、お前も叩き潰す!


 それから、あらゆる手でミュッヘンを揺さぶってみた。


 アメと鞭。

 たかが冒険者風情では得られない相当な報酬額を提示した。また、あらゆる機関を使って冒険者ミュッヘンの将来を潰すと脅しもした。


 だが、のれんに腕押し。ワタクシの言葉に耳を貸さない。貸そうともしない。金髪娘の命令をただただ忠実にこなす。まるで人形のようだ。


 そして、広場の噴水前に到着……。


「ひっ! いやああああ、ひいいい、つ、冷たい!」


 噴水に容赦なく投げ込まれた。


 大貴族たるワタクシに、一片の躊躇さえない。

 春先とはいえ、この季節に水中に投げ込まれたら、たまったものじゃない。


 はぁ、はぁ、はぁ、汚い。臭い。


 水が髪から滴り落ち、高級な制服は水を含んで重くのしかかる。春先の冷たい水に浸かった体は震えが止まらず、唇も青ざめていた。何より耐え難いのは、この水が庶民たちの飲み水として使われている下賤な水だということ。そんな汚らわしい水に、高貴なワタクシの肌が触れているのだ。


 早く出ませんと!


 噴水の縁に手をかけて這い上がろうとするが、腕に力が入らない。あの冒険者ミュッヘンに脇の下をきつく締められた時の痺れが、まだ腕全体に残っている。


 二度、三度と手が滑り、ついに四度目でなんとか噴水から脱出した。その無様な姿を、通りがかりの庶民たちが遠巻きに見ている。ひそひそと囁き合う声が聞こえる。


「あの人、学園の制服着てるけど……」

「噴水に落ちたのかしら」

「みっともないわね」


 ワタクシを見下す視線。

 あの銀髪の小娘に続き、今度は庶民たちからの軽蔑だ。屈辱が重なっていく。


 それから、あの生意気な冒険者ミュッヘンの姿は消えていた。


 代わりに役にも立たない取り巻き共が、噴水の傍らでのんきに気絶していたのである。

 さて、ワタクシがこんな目に遭っているのに、こいつらときたら……。



「エリザベス様、着替えでございます」

「ご苦労」


 エリザベス家専属の執事を呼んで着替えを持ってこさせた。塩まみれの制服を脱ぎ、新品の服に着替える。


 ふう、着替えをして一息つきました。


「処理はしましたか?」

「はっ。いつものように埋めておきました」

「よろしい」


 クソの役にも立たない取り巻き共を皆殺しにした。呑気に気絶している能無し共に思いっきり魔法弾をぶつけてやったのだ。


 絶叫が響き、少しは溜飲が下がった。

 だが、まだ気は治まらない。


 金髪の馬鹿娘に銀髪の小娘……。

 庶民のくせに有望な冒険者と契約をしている。


 店内を見渡したら、なかなかの調度品を置いていた。それなりに資金力もある。ワタクシの魔法弾を打ち消すなんらかのマジックアイテムも所有している。それに、魔力をものともしない古武術の使い手だ。


 いいでしょう。あなたたちを敵と認めます。我が家の総力を挙げて潰します。


 待機している家宰を呼びつける。


「すぐにバッチョを呼び戻しなさい」

「バッチョ様は、アビスモ戦線の指揮を執っております。いま引けば、お味方の敗北は必定……ひいい!」


 家宰の喉元に魔法弾を当てるフリをする。

 これ以上、無能な道具を見ていると虫唾が走ってしょうがない。


「口答えは許しません。バッチョを呼び戻しなさい!」

「は、ははっ!」

「それとギルド、王家、全ての機関に通達。奴ら姉妹の首に賞金をかけなさい」

「かなりの費用がかかってしまいますが……」

「構いません。無くなった資金は、また弱者から奪えばいいのです」

「はっ、すぐに連絡いたします」

「よろしい。それと、漆黒殺戮団とも連絡を取りなさい」

「なっ? あの縛不出来者(アンチェイン)たちと接触するのですか!」

「ええ、何か問題でも?」

「そ、そこまでする必要はあるのですか? 奴らは国の要人でもあっさりと殺せる凄腕の殺し屋たちですよ」

「……そうですね。ただ、あの姉妹はワタクシが初めて本気になった敵なのです。そう、敵。敵に対しては、ワタクシは完膚なきまでに叩き潰さなければなりません。ワタクシを怒らせたあいつらが悪いのです。徹底的に苦しめないとね」

「エリザベス様、縛不出来者(アンチェイン)たちは、世界が生み出した化け物です。関わり合いになるのは相当危険かと」

「承知しています。ですが、あのクソ生意気な姉妹の顔を恐怖に引きつらせるためなら多少のリスクは覚悟の上です」

「し、しかし……」

「なんですの! これ以上逆らうなら、まずはあなたを生贄にしてあげましょうか?」

「も、申し訳ございません。すぐに取り掛かります」


 漆黒殺戮団……。

 裏の世界では知らぬ者のない暗殺集団。

 Aランクの賞金首。


 家宰が怖気づくのも無理はない。特に、縛不出来者(アンチェイン)たちと呼ばれる者たちは、数多の国々と秘密裏に不戦条約を結んでいるらしい。噂では、皇太子が奴らの前で敵対しない宣誓をしないと王座につけない国もあるとか。


 個人が国に匹敵する化け物たち。


 ふふ、少々やり過ぎましたかね。でも、ワタクシを怒らせたのです。蟻の入る隙間さえない布陣で叩き潰します。


 くくく、ワタクシが生意気な姉妹たちの苦しむ姿を夢想していると、


「エ、エリザベス様、お耳を……」


 一人の家人が慌てて走り寄ってきた。


「なんですの?」


 不躾な行動に舌打ちしながら、一応、その内容を聞いていく。


 なっ? 銀髪のクソ娘がああああ!


 許さん。絶対に許さん。このワタクシをどこまで舐めさらすんだああああ!

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