第五話 「エリザベスとティレアの遭遇(前編)」
殺す!
エリザベスは包帯で巻かれた右手を見つめながら、憤激の炎に身を焼かれていた。
薬指と小指——二本の指が異様な角度に曲がっていた光景が、まぶたの裏に焼きついている。あの瞬間の、骨が砕ける音。激痛が脳天を突き抜けた感覚。そして何より、生まれてこの方一度も味わったことのない屈辱。
ワタクシが——エリザベス・ガイラが、庶民の小娘に蹂躙されたのだ。
特製のポーションを三本も使い、我が家の専属神官が一晩中ヒールをかけ続けて、ようやく骨はくっついた。だが神官は言った。「お嬢様、骨は治りましたが、神経の損傷が酷く……しばらくは激痛が続くでしょう」と。
現に今も、指の奥で鈍痛が脈打っている。包帯越しでも分かる、わずかな腫れ。
そして何より——この指は、もう以前のように美しくはない。かすかに歪んでいる。完璧だったワタクシの肢体に、初めて刻まれた傷跡。
それだけではない。あの時ワタクシは、集まってきた大勢の生徒の前で地面に這いつくばらされたのだ。泥を顔に塗りたくられ、みっともなく泣き叫んだ。学園の女王としての威厳など、跡形もなく踏みにじられた。
あの瞬間から、廊下ですれ違う下級生たちの視線が変わった。以前なら畏怖に満ちていた眼差しが、今は好奇心と——いや、軽蔑を含んでいるのだ。
許せない。絶対に許せない。
ワタクシは王国の頂点に立つ存在。生まれながらにして他の全てを見下ろす高みにいる。それが——それがあの銀髪の小娘のせいで!
銀髪の小娘——自分をカミーラと抜かす痛い女だが、実力は本物だった。上級生数十人で囲んでも平然としている胆力。何より、ワタクシが油断していたとはいえ、魔法勝負で負けたのだ。
口にするのも悔しいが、少なくともワタクシと同程度の才能を持っている。生徒会長のムヴォーデリよりもはるかに強い。
今まで相対してきた中で最も強き者だろう。
だが、それがどうした!
これまで生意気な口を利く者は、容赦なく処断してきた。誰であろうともワタクシの前では媚びへつらうことしかできない。まだ表立っては言えないが、王家の血筋の者でさえ土下座させ、亡き者にしたことさえある。
ワタクシは、ワタクシに逆らう者を絶対に許さない!
ギリリと爪を噛む。
その修羅のような様子に、周囲の取り巻き達も一言も言葉を交わさない。
情けない。ワタクシの顔色を見るだけの脆弱者達。
バッタ達戦闘部隊が全員倒されてしまった。ここにいる者はワタクシの威光のおこぼれに群がった、身分が高いだけの青びょうたん達である。こいつらでは、銀髪の小娘相手はとても無理だ。
戦闘組で無傷は、アナスィーのみ――。
そういえば、アナスィーがいない。ワタクシが主催する会合に来なかったことは一度もないのに。
いや、そもそもなぜアナスィーだけ無傷だったのか?
あの時は銀髪の小娘への怒りで、それどころではなかった。冷静になって考えると、これは明らかに裏切り行為である。
「アナスィーは、今どこにいますの?」
「そ、それが……どうやら銀髪の小娘のところに入り浸っているようです。おそらくエリザベス様を裏切っ——ひぃ!」
ワタクシの怒髪天を衝く表情に、報告した取り巻きの一人が腰を抜かす。
そう、それが……あなたの答えですの。そっちにつくんですね。
愚かな。そこそこ使える道具だから重宝していたのに。裏切りには極刑をもって償わせてやる。
「裏切り者には相応の報いを与えてやります。ですが、その前に銀髪の小娘への処断が先です」
「そ、そうですね。庶民のくせに生意気な小娘です」
「そうだ、そうだ。分不相応な態度は許せん!」
「エリザベス様への許し難い行為。これは鉄槌を与えてやらねばいけません!」
取り巻き達は、ワタクシの歓心を買おうと必死にアピールしてくる。どうにも薄っぺらい。中身も精神も脆弱だから、口先だけに聞こえるのだ。
「あなた達の忠誠心は嬉しく思います。では、具体的に何をしてくれますの? あなた達全員の力を合わせたとして、バッタ一人にも値しませんわよね」
「そ、それは……あ、そうだ! 俺の家の専属ボディガードを使いましょう! こいつは、Bランクの冒険者です。多少腕が立つ程度の小娘など、プロにはかないますまい」
「いいですね。私も冒険者ギルドにツテがあります。腕利きを数人寄越してもらいます」
「俺の家は、エビル地区に出資しているんですよ。そのツテでゴロツキを大量に動かせます。こいつらに銀髪の小娘を一家ごと無茶苦茶にしてやるのはどうです?」
「きひゃははは! それいいな。前、商家を襲ったときを思い出すよ。あれは、面白かった。泣き叫ぶ庶民のクズ達を念入りに殺してやったもんな」
「うしし、そうそう。なにを臆する必要があったか。多少腕が立つと言っても庶民は庶民だ。俺達の権力を使えばどうとでもなる」
「くふふ、その通り。銀髪の小娘、どれだけ遊べるか楽しも——ぐはぁああああ!」
愉悦を交えて語っていた男達が、ワタクシの放った火炎に包まれながらもだえ苦しむ。
「遊ぶ? 多少腕が立つ程度の小娘? じゃあそんな小娘にやられたワタクシはもっと愚かな小娘なんでしょうね!」
両手から炎を噴き出しながら叫んだ。怒りで全身が震えている。
「ひぃい! ち、ちがぁあ——ぎゃああああ、あつ、熱いいいい!!」
さきほど商家を襲ったと自慢していた貴族の子弟二人が黒焦げになって地面に倒れた。そのあまりな凄惨な姿に、口を滑らせていた他の取り巻き達も口をつむぐ。
「……面白半分で意見する者は皆こうします」
取り巻き達が、コクコクと頷く。その表情は、恐怖に引きつっていた。
「ワタクシは銀髪の小娘から堪えがたき苦痛と屈辱を受けたのです。それを楽しそうに狩りと言われてはね……わかるでしょう?」
「は、はい、わかります。こいつらはあまりに愚かでした」
「そう。では、建設的な意見を述べなさい。もちろん、こいつらの意見程度はワタクシも考えています。ワタクシの権力を使えば、世界最高峰の人材を集められるのです。あなた達程度のコネなど必要ありません。庶民の小娘など殺そうと思えば簡単に殺せます」
「そ、そうですよね。エリザベス様のお力は王家も凌ぎます」
「あぁ、エリザベス様に逆らう者は全て根絶やしにされる。わかりきったことだ」
「で、では、エリザベス様、銀髪の小娘を懲らしめるために腕利きを招集されるのですか?」
「もちろん、一流どころを集めるのは可能です。ただね……」
「は、はい」
「さくっと殺すだけじゃあ、ワタクシの腸が煮えくり返っておさまりがつかないんですよ! わかりますか!」
激昂し、部屋に置いてあるテーブルに魔法弾をぶつける。頑丈なテーブルは見るも無残に破裂した。テーブルが急に消失し、ぐらつきながらも取り巻き達は慌てて頷く。
「わ、わかります。エリザベス様の御心がどれほど傷つかれておられるか、痛いほどわかります」
「そ、そうです。我々が必ずエリザベス様の無念を晴らしますので」
「あ、あの一つ調べてわかったのですが……」
一人の取り巻きがびくつきながらも、にやけた顔でそう進言してきた。
「なんですの? くだらない意見だったら、あの二人のようにしてやりますわよ」
「ひぃい! だ、大丈夫です。きっとエリザベス様の御心にそえるかと」
「そこまで言うなら話してみなさい」
「は、はい。銀髪の小娘には西通りで料理屋を営む姉がいるそうです」
「料理屋? その姉は学園には通っていませんの?」
「はい、その姉は魔力がない典型的な庶民のようです。とても学園に通う実力はないただの弱者です」
「それでその姉を銀髪の小娘の前で殺してやるとでも言いますの?」
「へっへ、それは面白いですぜ。エリザベス様、そのときは存分にいたぶってやりましょう!」
男の取り巻きが、下卑た声を上げる。
姉をいたぶるか……それなりに効果はある? いや、あの小生意気な銀髪の小娘がそれでダメージを受けるとはとても思えない。弱き姉がただ死んだだけだと、感情のないまま捨て置く気がする。
「的外れな意見ですね。あの生意気な銀髪の小娘のこと、自分の姉がどうなろうと動じるとはとても思いません」
「それが違うんです! あの不遜な銀髪の小娘が唯一慕っているのがその姉みたいなんです。西通りでも有名な仲睦まじい姉妹だとか」
「へっへ、エリザベス様、どうやら人質として有効みたいですぜ。たっぷり楽しみましょう!」
「いえ、それよりも面白い方法があります」
姉の情報を持ってきた取り巻きが、さらに卑しく顔を歪ませて話をしてきた。
「それはなんですの?」
「ふふ、銀髪の小娘は、姉を慕っているようです。ですが、姉もそうなんでしょうか? 私は違うと思います。心の中では妹を憎悪しているに決まっています。自分はしがない料理屋、妹は王都が誇る我が魔法学園の生徒ですよ。葛藤がないわけありません。きっと姉は、妹の力が怖くて表面上は仲良くしているだけでしょう。ここで仮に我らが力を貸すと言えば……」
取り巻きの意見を聞きながら、思わず笑みを浮かべる。
面白い。
銀髪の小娘、信頼していた身内からの裏切りだ。貴様に絶望というものを味わわせてやる!
★☆★☆★
うーん、どうしよう?
ティレアは頭を抱えていた。
料理屋ベルム王都支店、開店できたのは良かった。邪神軍の仲間に大貴族の御曹司オルティッシオがいたおかげで、開店資金を溜める必要がなかったのだ。
ただ、その後の経営が……みるみる赤字が膨らんでいく。
邪神軍の皆も絶賛した俺の料理で、なぜ赤字になるのだ?
リピート客もいる。料理がまずいというわけではない、むしろ美味い。
どうして? なぜ?
お店の経営状況を嘆いていると、若い男女のグループが店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
すぐさま笑顔を見せ、お客さんに声をかける。
「金髪、碧眼……あなた名前は?」
「ティレアですけど……」
「ふぅん。あなたがねぇ~」
お店に入ってきた少女は、俺を上から下まで無遠慮にジロジロ見てきた。なんだか値踏みされているようで嫌な感じである。
この子だれ? 制服を着ているから魔法学園の生徒だよね?
金髪ロングの少々つり目だが、目鼻は整っている。美少女だ。でも、性格がきつそう……振る舞いがなんとなく傍若無人な気がする。
はっ! 何を考えている。お客さんに失礼すぎだろ!
つり目のお嬢さんは、腕組みをして立ちっぱなしだ。そのお友達もつり目のお嬢さんの背後でスタンバイしている。すぐに席に案内しないとね。
「え~と、五名様ですね? それではこちらのテーブル席にどうぞ」
日当たりの良い特等席へ案内しようとする。だが、彼女達は移動してくれない。俺を無視し、その場に佇んでいる。
もしかして席が気に入らないのかな?
「え、え~と、それではお好きな席でいいですよ」
「くっく……」
フリー席でいいと言っても同じである。
なんで移動してくれないの?
彼女達は、ただただ不気味な笑みを浮かべるだけである。
ふむ、席を迷っているのかな?
煮え切れない人達だ。優柔不断みたいだね。席ぐらいぱっぱと決めてよ。
まぁ、いいや。混んでいるわけでもなし。ゆっくり席は決めてくれればいい。とりあえず注文だけは聞いておこう。
「えーとご注文は?」
「ふふ、ティムの姉であるあなたに朗報を持ってきましたわ」
「おぉ! あなた達、ティムの友達なのね!」
突然、つり目のお嬢さんがティムの名前を出してきた。
そうだよ。魔法学園の生徒がうちにくる理由といったら、ティムの縁に決まっているじゃないか!
ふふ、嬉しいな。早速、ティムの友達が来店してくれた。これは妹がお世話になっているお礼にご馳走してあげないとね。
「あなた達ならお代はいらないよ。ご馳走してあげるから」
「ワタクシ達は、食事をしにきたわけではありません」
「そうなの。それじゃまたお腹が空いている時にでもおいで。とびっきりのご馳走を作ってあげるよ」
「ふふ、あなた相当妹に気を使っているみたいね」
「そうかな? 普通だと思うけど……」
「光栄に思いなさい。学園の女王たるこのワタクシ、エリザベスがあなたの力になってあげますわよ」
「それはどうも」
なんだよ。この人、いい人じゃないか! なんか性格きつそうな人だと思ってた、失礼したよ。
ティムの友達だから、姉である俺にも親切にしてくれるのかな。
「噂で聞きましたわ。あなた達は仲睦まじい姉妹だと」
「へぇ~そんな噂があるんだ。ふふ、大正解だね」
「おためごかしはやめなさい。今まで虐げられて無念だったでしょ。妹の力が怖くて何も言えなかったのはわかりますわ」
「へっ!? どういう意味?」
「ふふ、妹は魔法学園の才女。あなたはただの定食屋の娘。思うところがあるでしょう?」
「そうだね。立派な妹で鼻が高いよ」
「……本音を吐きなさい」
「嘘は言ってないよ」
「はぁ~あなたは学園に通っていない。つまり古武術はできても魔力はないただの平民。同じ庶民でも妹のほうがはるかに上なのよね」
古武術!? あ~柔道のことか。
大層な名前を言ってくるから一瞬わからなかったよ。
「確かにそうだね。ティムのほうが私より上よ。私は魔法学園に行くほどの魔力もなければ才能もない」
「ならわかるでしょ」
「何を?」
「……胸に手を当てて考えてみなさい。それとも、まだ妹が怖くて口をつぐんでますの? 大丈夫。ワタクシが力を貸してあげますわ」
「さっきから何言ってんの?」
「……イライラしますわね。あなた飲み込みが悪すぎますわ」
「あなたこそ、とんちんかんなことを言わないでよ」
「すっとぼけるのもいい加減にしろ! 本当は悔しいんだろ。あの生意気な小娘に差をつけられて忸怩たる思いがあるだろうが! あの小娘はお前を『お姉様』とか言っているみたいだが、内心はお前を馬鹿にしているんだぞ。お前は永久にあの高慢ちきな妹に馬鹿にされ続けるんだ。それでいいのか!」
お嬢様言葉から一転した。
エリザベスは髪を振りかざし、唾を吐きながら興奮している。どうやらこれが素の姿みたいだ。
「ティムが私をバカにする? ありえないわ。ティムは姉思いの良い子だよ。変な言いがかりはやめてよね」
「はぁ、はぁ、お、お前はまだそんなことをほざきますの! 妹が怖いからってそこまで負け犬根性が染みついてますの! 学園を支配するワタクシが力を貸すんですよ。さぁ、その偽りの仮面をとっとと外せ。本音を吐きやがれ!」
エリザベスが、本音を吐けと鬼気迫るような表情で叫ぶ。その仲間達もヤンヤヤンヤと騒ぎ始めた。それからさらにヒートアップしたのか、エリザベスはティムの悪口を次から次へと喚き散らす。
罵詈雑言、聞くに堪えない。どうやらこいつらティムの友達じゃないみたいだ。
「はぁ~あなた馬鹿じゃないの?」
「なっ!? ワタクシをバカですって! 庶民の分際で生意気な。妹が妹なら姉も姉ですわ!」
「エリザベス様、どうやらこいつも銀髪の小娘と同じですぜ。貴族に対する礼儀を知らない」
「そうですね。エリザベス様、プランを変更しましょう。物わかりの悪いバカにエリザベス様の御威光を見せつけてやるんです」
エリザベス達が俺を取り囲む。話を聞くに、こいつらどうやらティムとひと悶着を起こしたらしい。そして、姉である俺にも仕返しをしにきたみたいだ。
愚かだね。
「あなた達、暴力はやめなさい。ここは料理屋よ。他のお客に迷惑がかかるから」
「へっ。何が他のお客だ。閑古鳥が鳴いているじゃないか!」
「うっ。い、今からお客がくるのよ。とにかく、あなた達、誇りある魔法学園の生徒なんでしょ。こんなチンピラのような行為はすぐにやめなさい」
「ふん、庶民のくせに貴族に逆らうお前達が悪いのだ!」
「そうだ、そうだ。エリザベス様の受けた屈辱を思いしれ!」
「あなた達、恥ずかしくないの! 貴族ならその行いで手本を示しなさいよ」
「うるせぇ。生意気な!」
俺の言に怒り狂って襲ってきた男達だが……。
「ミュー、やっちゃって」
「へい」
その瞬間、店の奥から一筋の銀光が走った。
最初の男が拳を振り上げた時、すでにミューの剣は動いていた。抜刀の音すら聞こえない。ただ、風を切る微かな音と共に、男の動きが止まる。
「え?」
男は自分に何が起こったか理解できずにいた。そして次の瞬間、膝から崩れ落ちる。峰打ちとはいえ、その正確無比な一撃は男の意識を刈り取るには十分だった。
「なっ、何だと!?」
二人目の男が慌てて魔法弾を放とうとする。だがミューの足音はもう彼の真横にあった。
「遅い」
低く響く声と共に、剣の柄が男の鳩尾を捉える。魔法の詠唱は中断され、男は息も絶え絶えに倒れ込んだ。
残る三人の男達が、恐怖で後ずさりする。
「ま、魔法で一斉に——」
「無駄だ」
ミューが小さく息を吐く。その瞬間、ミューの姿が霞のように消えた。いや、消えたのではない。あまりの速さで、目が追いつかないのだ。
気がつけば、三人の男達は既に地面に転がっていた。一人は気絶し、一人は剣を握ったまま震えており、もう一人は腰を抜かして座り込んでいる。
その間、わずか十秒足らず。
ミューは剣を鞘に収めながら、まるで散歩でもしてきたかのような涼しい顔で俺の前に戻ってきた。息一つ乱れていない。
「お疲れ様、ミュー。さすがね」
「いえいえ、準備運動にもなりやせんでした」
そんな会話を交わす俺たちを、エリザベスは震え声で見つめていた。
「ど、どういうことですの!」
「ふふ、表にある看板見なかった? ここは凄腕冒険者ミュッヘン御用達のお店なの。こういう因縁をつけてくるチンピラはみんな叩きのめしているんだから」
「ミュッヘン……聞いたことありませんわ」
「今に有名になるよ。Sランクに到達する実力を持っている」
「Sランク? はったりはよしなさい」
「あなたの目は節穴? ミュッヘンの剣さばきを見なかった? あれでも手加減をしているんだよ。安心しなさい、みんな峰打ちだから」
「た、確かに見事な剣技でした。でも、なんでそんな一流の冒険者が庶民如きと契約してますの!」
連れを全員倒されて、エリザベスがわなわなと震えている。時折、庶民が、庶民のくせにとぶつぶつ文句を垂れる姿がなんとも醜い。
ミューがこいつもやっちゃいますかという目をしてくるが、奥の部屋に下がらせた。一応、このエリザベスがグループのリーダーみたいだし、事の是非を説いて反省してもらわないとね。
「さぁ、暴力が通じないのはわかったでしょ。きちんと反省しなさい」
「この屈辱、許せませんわ。庶民の分際で学園の女王たるワタクシを……」
「さっきから庶民庶民って……庶民出身のティムが学園に入学したのがそんなに気に障る? あなた情けないにもほどがあるよ。人は身分で評価されるんじゃない、その能力や行いで評価されるの」
「ふん、庶民の考えそうな思想ですわ。真理は違います。能力が高いからこそ身分が高いのです。そして、その最高峰たるのがこのワタクシ、エリザベスなのです」
はぁ~こいつ典型的な悪役令嬢だよ。ティムのような庶民出身をバカにして、能力もやる気のある者を苛める。身分をかさに横暴を振るう者が、最後はどんな結末になるかわかっていない。
「そんなんだからティムに負けたのよ」
「ワタクシが負けた!? あの銀髪の小娘が言いふらしたんですの!」
「ティムは、そんなはしたない真似はしない。だいたいわかっちゃった。あなた、ティムに魔法も勉強もかなわないから嫉妬してこんな嫌がらせをしているんでしょ」
「なわけないでしょ。あ、あれはワタクシが油断しただけ。能力も才能もワタクシが一番ですの!」
「そうやって現実から目を背けてもいいことなんてないよ」
「だまれ! だまれぇ!」
エリザベスは、血走った眼で叫ぶ。図星をつつかれ、今度は実力行使で黙らせる気だ。エリザベスの手に魔法弾の波動が集まっていき、そして放たれた。
「店内で魔法なんてやめなさい!」
思わず大声を出してその行為を制止しようとするが、魔法弾は途中でそのまま掻き消えてしまった。
「ば、ばかな……き、気合だけでワタクシの魔法弾を……」
なんかエリザベスが驚いているようだが……。
アホか! 気合だけで魔法弾を消せるわけないだろうが!
真相は、多分俺が大声を出したから、術式が乱れて魔法弾の生成に失敗しただけの話だろう。
はぁ~ちょっと大声を出したぐらいで集中が乱れるなんて情けない。
「未熟の一言ね」
「あ、あなた何者?」
「とっくにご存じのはずでしょ」
「あなたのような得体の知れない者を知るわけがありませんわ」
「いや、最初に名乗ったでしょ。ティレアだって。人の挨拶を覚えとくのは基本だよ」
「そういう意味ではありません。名などとっくに知っている。あなた、馬鹿すぎますわ!」
「なっ!? 馬鹿ですって!」
「馬鹿以外のなんと? いや、それはどうでもいいことですわ。あなた、いやあなた達姉妹は貴族ですの?」
「ん!? もしかしてティムが優秀だから貴族のお仲間だと思ってる? 残念でした。ティムは庶民よ。ただし、才能もあるし、努力もする。身分をかさにきた貴族なんかよりもずっと立派な庶民なんだから」
「はっ! 立派な庶民? 笑わせないで欲しいですわ。そうですか、庶民ですか。なら絶対に許しません。庶民のくせにつけあがるなんてあってはならないこと。あなた達姉妹は絶対に潰す!」
「くだらない。くだらなすぎる。そんなくだらない努力をする暇があったら、己を鍛えなさい。そんなんだからしょぼい魔法弾しか撃てないんだよ」
「う、うるさい! ワタクシに逆らう者は誰だろうと許しません。ワタクシの全ての権力を使ってお前も銀髪の小娘も地獄に叩き落してあげますから」
それから、エリザベスはありとあらゆる卑劣な行為をすると宣言。
しかも俺を馬鹿扱いしだし、ティム、ついには俺の両親まで口汚く罵りだしたのだ。
もう限界だ。こいつの話なんて聞いてられない。こいつはとうてい反省はしないだろう。庶民だからって俺だけでなく、ティムや父さん、母さんまで馬鹿にされる覚えはない。
今も売女の姉妹とか薄汚い血だとかわめいている。
おのれぇ、この悪役令嬢め。堪忍袋の緒が切れたぞ。
「ニール、ニールはいる!」
大声で呼ぶと、奥から慌ただしい足音が響いた。どうやら厨房で仕込みをしていたらしく、エプロンに小麦粉をつけた変態が駆けつけてくる。
「はっ。こちらに」
「塩、塩を持ってきて!」
「承知しました」
変態が台所に塩を取りに行く。
「何を!?」
突然の権幕に驚くエリザベス。慌てても、もう遅い。
「ティレア様、塩でございます!」
背後から変態の声が聞こえる。
「ニール、その塩をかけて。招かれざる客には塩をかけるの!」
「御意!」
威勢の良い返答後、変態が塩をエリザベスにぶっかける――って袋ごとかよぉ!
変態は自分の背丈の半分もある大きさ、塩一袋まるごとぶっかけたのだ。エリザベスは、ゴホゴホ言いながら塩の海に溺れている。
そのまま溺死しろとは言わないが、ティムを苛めるのなら容赦しないから。