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第三話 「ミレスと子兎の手紙」

 ティムちゃんが、エンケのグループに連れていかれようとしている……というより自ら進んで行こうとしている。


 必死にティムちゃんを止めようとしているが、彼女はうっとうしそうに私を睨んでくる。


 怖い……。


 ティムちゃんが睨むと、そこらの不良なんて目じゃないくらい迫力がある。まるで本物の支配者が下々の者を見下すような、そんな威圧感だった。


 で、でも、震えてはだめだ。


 こればかりは止めないと、ティムちゃんの命にかかわってくる。貴族に逆らえばろくな目にあわない。


「カミーラ様、本当にだめなんだってば!」

「しつこいぞ!」

「ひぃい!」


 ティムちゃんが、すごいオーラを放ってきた。


 瞬間、教室の空気が凍りついた。

 まるで絶対零度の吹雪が吹き荒れるような、身の毛もよだつ威圧感。生きる伝説の竜王が眼前に現れたかのような、圧倒的な支配者の威厳が私を押し潰そうとする。


 呼吸が苦しい。手足が震える。頭の奥で警鐘が鳴り響き、本能が叫んでいた——逃げろ、と。


 これが、庶民の少女が放つオーラなのか? 王族でさえ、ここまで人を圧倒する存在感は持たない。まるで生まれながらにして万物を統べる運命を背負った、真の支配者の眼差しだった。


 心臓が飛び出しそうになる。そのままペタリと座り込んでしまった。


 ち、ちょっとちびっちゃったかも……。


 そして、私が動転している間にティムちゃんはすたすたと立ち去っていった。


 もうエンケ派の不良たちとの遭遇は避けられないだろう。


 どうしよう?


 先生に相談?

 それとも生徒会のムヴォーデリ会長に助けてもらう?


 どちらにしても今すぐ行動しないと!


 足に力を入れて立ち上がろうとするが、うまく力が出せない。


 だ、だめだ。本当に腰が抜けている。足ががくがくして立ち上がれないよ。


 それから幾ばくか……。


 なんとか歩けるぐらいに回復した私は、助けを呼ぶため職員室に向かおうとしていた。気をもみながら廊下を歩いていると、ティムちゃんが何食わぬ顔で帰ってきた。


 ……無事みたい。

 あいつらに乱暴されなかったのかな?


「あ、あの、あいつらは……」

「つまらん。退屈な歓迎会だった。よって我が代わりに歓迎してやったぞ」


 ティムちゃんが悪そうな笑みを浮かべて答える。


 うん、とても新人とは思えない態度だ。すごい台詞で、一度は言ってみたい。


「でも、カミーラ様、退屈と言ってるわりに少しご機嫌だね」

「あぁ、やっと遊べるおもちゃが見つかりそうだからな。まぁ、とはいってもしょせんはただの羽虫共。過剰な期待はしておらんよ」


 羽虫!? 貴族を虫呼ばわりするなんて……。


 たちの悪い貴族に睨まれたら退学、もしくは命の危険性さえある。だから、後ろ盾のない庶民は汲々として生活しているというのに。


「カミーラ様、あまり喧嘩を買わないほうがいいよ。さっきの不良たちもたちが悪いけど、まだましなほう。この学園には、絶対に逆らってはいけない相手がいるんだから」

「ほぉ〜それは女王とか抜かす輩だな」

「カ、カミーラ様、もしかしてその人に喧嘩を売ったの?」

「まだだが、そのうち首を取るつもりだ」

「それはやめて! 彼女は本当に危険人物よ。彼女の家は、アルクダス王国の中枢に入り込んでいる。あの悪逆非道の悪鬼とも親交が深いのよ。彼女に逆らって何人もの人が行方不明になっている」

「ミレス、うるさい。やっと面白そうなおもちゃが現れたのだ。我の楽しみを奪えば許さんぞ」


 うぅ、ティムちゃん、わかっていないよ。


 あの女に逆らったらどんな酷い目に遭わされるか。


 でも、これ以上反対したら、ティムちゃんの機嫌がどんどん悪くなるだろう。ティムちゃん、怒るとすごく怖い。


 それに、ありえないはずなんだけど、庶民であるティムちゃんを怒らせたほうが他の何より恐ろしい気がするのも確かだ。


 とにかく、今の私が何を話してもティムちゃんの心に届かない。まずは親交を深めるのが先決だね。そのためにも、歓迎会ではティムちゃんと少しでも親しくなってみせる。


「カミーラ様、話は変わるけど、クラスの歓迎会は参加してくれるんだよね?」

「ミレス、くどいぞ。我はうそはつかん」

「そ、そう、良かっ——」

「で、我相手なのだ。お前たちは、全員まとめてかかってくればよいぞ」

「違う、違う! うちの歓迎会は違うからぁあ!」




 それから……。


 ティムちゃんの誤解を解いた私は、クラスの皆と一緒にティムちゃんをもてなしたのだった。


 ティムちゃん、喜んでくれたかな?


 歓迎会終了後、ティムちゃんのそばにいって声をかける。


「カミーラ様、どうだった?」

「うむ。じつに質素で簡素なお前たちらしい宴だった」


 うぐっ!? 

 ティムちゃん、辛辣ね……。


 庶民なのに全然臆した様子はない。


 学生とはいえ、天下の魔法学園の生徒が主催したパーティーなのだ。クラス全員で少しずつ集めたお金で、王都の高級食材店から取り寄せた前菜の数々。

 煌めくクリスタルのグラスに注がれたシャンパン。魔法で浮遊する色とりどりの花々が宙を舞い、音楽隊が奏でる優雅なメロディー。下手な商店のパーティーよりもクオリティーは高い。田舎では決して味わえない洗練された料理と華やかな飾り付けを準備していたのに。


 ティムちゃん、全然驚いていない。


 それどころか、まるで日常風景を見るかのような表情だった。シャンパンを口にする時の手つきは完璧で、グラスの持ち方から唇の当て方まで、教科書通りの上品さ。前菜を口に運ぶ際も、フォークの角度、背筋の伸ばし方、咀嚼の音ひとつ立てない食べ方——全てが一流貴族のそれだった。


 おかしい。どう見ても、田舎の庶民が身につけられる所作じゃない。王族の晩餐会に出席しても恥をかかないレベルの洗練されたマナー。

 何より、その立ち居振る舞いから自然に滲み出る高貴な気品は、血筋が違う者にしか纏えないものだった。


「カミーラ様って、貴族のパーティーに参加したことがあるの?」

「ミレス、前にも言ったはずだ。ゴミのパーティーなど知らん。ただ、パーティーなら幾度と経験した。貴様が想像すらできぬほどの豪華なものをな」


 普通に考えたら嘘だ。庶民がせいっぱい強がって発言をしていると取る。


 だけど、ティムちゃんが言うならそうなのかもと思ってしまう。


 不思議だ。本当に不思議だ。

 ティムちゃんってミステリアスすぎる。


「おぉ、そうだった。ミレス、貴様にこれを渡そう。有り難くも畏まって受け取れ」


 そう言って、ティムちゃんが懐から封筒を取り出した。

 その仕草は実に優雅で、まるで国家機密の重要書類を扱うかのような慎重さだった。封筒自体も只者ではない。真っ白な高級紙に金の縁取り、蝋で封じられた封印には見たこともない紋章が刻まれている。


「えっ!? カミーラ様、何これ?」


 何気なくその手紙を受け取ろうとして、片手をひょいと伸ばした瞬間——


「貴様! そんな態度で受け取るやつがあるか!」


 ティムちゃんの雷のような叱声が教室に響いた。周囲の生徒たちがびくりと身を竦ませる。


「えっ!?」

「まずは、片膝をつけ!」


 え、え、何? まるで騎士叙任の儀式みたい。


「え、えっと……」

「貴様、我を怒らせたいのか!」


 ティムちゃんの眼光が鋭く光る。本気で怒っている。

 たかが手紙を受け取るだけなのに、なぜこんなに……。


「わわ、ごめん」


 慌てて指示通りに片膝をつき、両手を天に向けて差し上げる。まるで国王陛下から直接勅令を賜るような、厳粛な姿勢だった。


 周囲のクラスメートたちが、呆然とした表情でこちらを見つめている。


「そうだ。その態度でないとな。これは、お姉様からの手紙だ。厳かに厳粛に受け取るのだ」


 ティムちゃんのお姉さんからの手紙?

 どうして、ティムちゃんのお姉さんが私に手紙を?


「え、えっと、どうして手紙を……」

「うむ。じつはお姉様から学園でご学友という名目の我の所有物に手紙を渡すようにご命令を受けてな」

「それで私を?」

「そうだ。ミレス、貴様は我の人形第一号だ。質素で簡素とはいえ、我をもてなす歓迎会を取り仕切った。十分に受け取る資格がある」

「あはは……」


 もう、なんと言っていいやら……。


 でも、こんなティムちゃんのお姉さんからの手紙なんだ。

 奴隷としての心得とか書いてありそう。


 とにかく、ティムちゃんの機嫌を損ねる前に手紙を受け取ろう。


 最敬礼して手紙を受け取る。


 そして、不安と緊張で胸が高まりながらも、意を決して開いてみた。


 さぁ、どんな文面なのか……。


『こんにちは! 私、ティレアっていいます。ティムの姉だよ。よろしくね。いや〜いきなり手紙を受け取って驚いているよね。ごめんね……ティムの友達であるあなたに相談があるんだ。うちの妹は田舎出身の上、この時期に編入しているから目立っているじゃない。だから、意地悪な子に苛められるんじゃないかって心配しているんだ。ティムは強がって我とかカミーラであるとか言ってると思うけど、心の中ではみんなとうまくやっていけるか不安で不安で子兎のようにびくびく震えていると思う』


 子兎? ティムちゃんが?


 思わず手紙から顔を上げて、ティムちゃんを見つめた。

 

 どう見ても猛獣だ。それも伝説級の。まさか本当にお姉さんの前では可愛い妹を演じているのだろうか。


 ティムちゃんが私の視線に気づき、怪訝そうな表情を浮かべる。

 慌てて手紙に視線を戻した。


『……だからね。ティムの友人であるあなたに見守ってもらいたいんだ。ティムってさ、あんな性格でしょ? きっと自分から助けてとは言わない。それどころか周囲の皆に迷惑をかけていると思うんだ。というかあなたに既にかけているよね? 本当にごめん。でもね、ティムは心優しいすごくいい子なんだよ。ティムの親友となって後悔はしない。絶対に! だから、これからもティムと友達をしてくれたらすごく嬉しいな。と、心配性の姉からの頼みごとです。そうだ! うちはね、西通りのベルムってお店で料理店を開いているんだよ。こう見えてもお姉さんは、プロの料理人、料理が得意なのだ。今度、遊びにきて。ティムの友人なら大歓迎だよ。もちろんお代はいらない、ご馳走してあげるから』


 そして、手紙の最後にはティムちゃんのお姉さんの顔らしき似顔絵がにこやかに書かれて締めくくられていた。


 手紙を読み終えて、しばらく呆然としていた。


 この気持ちをどう整理すればいいのか分からない。文章は確かに子供っぽいけれど、行間から滲み出る優しさと愛情が伝わってくる。


 普通のお姉さんだ。とても普通の、心配性で優しいお姉さんの手紙だった。


「あ、あの、これ本当にカミーラ様のお姉様からのお手紙なんですよね?」

「む!? まだ我を侮辱する気か!」

「いえ、そういうわけじゃ——あ、あのカミーラ様はこの手紙の内容を知っているのかな〜なんて?」

「馬鹿を言え! お姉様の手紙を勝手に読むわけなかろう!」

「そ、そうだよね。じゃあ、知らないんだね」

「うむ。だが、大体予想はついておる」

「へぇ〜どんな風に?」

「いつも我を気にかけてくださるお姉様のことだ。我の学園生活をスムーズにするため、我の人形にまで心を砕かれておられるのだろう。おそらく人形が人形らしくあるための心得が書いてあるにちがいない」

「はは……」


 ティムちゃんのお姉さん、あなたのお気持ちはわかりました。

 でもティムちゃんは強がって……はいなく、もともとあんな性格だと思います。


 ただこんな子、私の周囲にいません。すごく気になります。それにカリスマというか魅力溢れる不思議な子です。私もぜひティムちゃんとは仲良くしていきたい。




☆★




 それから、数日……。


 お姉さんが危惧する通り、ティムちゃんはいくつもの先輩グループから苛めを通り越した暴力……襲撃を受けていた。


 その辺はお姉さんの予想どおりだったね。


 ティムちゃんの性格に反発するグループがわんさか発生する。


 ティムちゃん、いったいどれだけ喧嘩を売っているんだろう?


 学園生活を静かに過ごしたければ、できるだけ敵を作らないようにおとなしくしているのが基本だ。


 だが、もうわかっている。ティムちゃんの性根なんて完全にわかっている。ティムちゃんは、たとえ大貴族だろうが、王家の皇族であろうが、気に入らないものは容赦なく叩きのめす。


 昨日も放課後、中庭で——。


「ほぉ〜貴様らも我の歓迎会を開いてくれるか!」


 三年生の不良グループに囲まれたティムちゃんが、むしろ嬉しそうに声を上げた。相手は五人。全員がティムちゃんより一回りも二回りも大きい。


「くっ。こいつ生意気ね。上級生に対する態度じゃない」

「あぁ、痛い目に遭わせてしまえぇ!」

「おぉ! やっちまえ!」


 不良たちが一斉に襲いかかる。だが——


「ふん、やまあらしぃいい!」


 ティムちゃんの身体が風のように動いた。


「「ぎゃあああ!」」


 屈強な上級生たちが次々と宙を舞い、地面に叩きつけられていく。


 もはや最近の日課だった。


 編入当初は心配で、必死にティムちゃんを止めようとしていた。でも今では、教科書を読みながら「今日は何人倒すのかな」と眺めている自分がいる。


 ティムちゃんの腕っぷしを目の当たりにして、心配する必要がないと悟ったのだ。それどころか、相手の方が気の毒に思えてくる。


 ティムちゃんって本当にすごい。


 古武術だっけ?


 魔力はそこそこなのに、とは言ってもクラスでトップテンに入る魔力量だけどね。それを補う肉体技術がすごい。魔法技術も的確だ。魔力を上回る相手に先の先を取っている。


 そんなティムちゃんと、今日は初めて一緒にランチができることになった。


「さて、午前の軽い運動も済ませた。昼食にするか」

「は、はは……そ、そうだね。あ! カミーラ様、私ランチをするのにいい場所知っているんだ」

「うむ、案内するがよい」

「ここだよ」


 日差しが良い芝生を陣取る。

 一新入生ではとれない。中等部の二年になり、やっとまわってきたポジションだ。


 ふふ、ティムちゃんと初めてのランチ、楽しみだ。


 それというのも先輩たちのティムちゃんへの襲撃が続き、ティムちゃんとはランチの時間がずれていたのだ。


 今日はたまたま、昼休みに決闘の誘いがなかったので一緒に食べられる。


 ティムちゃんに座る場所を示す。


 ティムちゃんは優雅に座り、お弁当を広げてきた。


「うわわ、すごい! カミーラ様のお弁当豪華ですね」


 五段重ねの漆塗りのお重箱。蓋を開けるたび、宝石箱を覗くような彩り豊かな料理が現れる。


 一段目には、つややかに光る海老の照り焼きと、貝柱の繊細な白さが映える帆立のソテー。二段目には、香ばしい焼き色をつけた豚肉のロースト、薄紅色に美しく仕上げられた人参の花切り、翠緑の絹さやが宝石のように並んでいる。


 そして三段目の卵焼き——黄金色に輝く表面は鏡のように滑らかで、箸で軽く押すとふわりと弾力を返してくる。まるで雲のような柔らかさだ。


 これは庶民の弁当じゃない。王侯貴族の晩餐会に出されても遜色ないレベルの芸術品だった。一体どれほどの手間と技術が込められているのだろう。見ているだけで、豊かな香りが鼻腔をくすぐり、唾液が溢れてくる。


「うむ。ここにある料理は、全て至高の品々である」


 ティムちゃんの言い回しから察するに、このお弁当は手紙で料理人って言ってたティムちゃんのお姉さんが作ったのだろう。


「このお弁当ってまさか……」

「うむ。勿体無くもお姉様がお作りになった」


 やっぱり。


 それにしても、ティムちゃんのお姉さんのイメージがいまだに掴めない。こんな細やかな愛情たっぷりの弁当を作る人だ。ティムちゃんが話してくれるお姉さん像よりもどっちかというと手紙を書いてくれた人、そのもののイメージがする。


「ぬぅう、うまい! 至高にして偉大なお姉様が、わざわざ我のためにお作りになった。これ以上の至福があるだろうか!」


 いつもしかめっ面のティムちゃんが、破顔してホクホク食べている。


 可愛い。いきなりティムちゃんのテンションがあがった。お姉さんのお弁当がよっぽど好きなんだね。うん、でもわかる。すごく美味しそう。


 見た目もそうだけど、さっきからおいしそうな匂いが私の鼻腔をくすぐってしょうがない。少し分けて欲しいな?


「あ、あのカミーラ様」

「なんだ?」

「いや〜お弁当のおかず、少しもらえないかな〜なんて」

「なんだミレス、我の弁当が欲しいのか? たかが人形のくせに身の程知らずで懲罰ものだぞ」


 ぐふっ、あいかわらずだな。

 やはり、とても強がっているだけとは思えない。素の性格だよ。


「そ、そっか。それは残念——」

「いや、我はお姉様の偉大さを世に知らしめる必要もある。ミレス、貴様は我の人形だ。お姉様の偉大さを知る必要がある」

「じゃあ、もらえるの?」

「うむ、しっかりと堪能するのだ。ミレス、貴様は本当に運が良い。本来、ありえぬことなんだぞ」


 なんて言い草……普通であればこんな高飛車な子、友達付き合いなんて到底無理だ。

 ただ、ティムちゃんならなんか納得してしまう。


 でも、本当に美味しそう——はっ!? これで味がもし変だったら、どうしよう?


 こんなにお姉さん好き好き光線を出しているティムちゃんの前で微妙な顔をしたとしたら……。


 本気でティムちゃんにぶっとばされそうだ。


 まずくても美味しそうに食べられるかな?


 見た目はすごく美味しそうだ。匂いもいい。味も大丈夫と信じたい。


 緊張しながら、ティムちゃんの弁当に入っている卵焼きをフォークで刺し、口に入れる。


「ん!? 美味しい! すごく美味しいよ! カミーラ様」

「当然だ。我のお姉様は何事にも完璧なお方なのだ」


 杞憂だったよ。すごく美味しい。口の中で卵の旨みがとろけていく。柔らかくそれでいて上品な味わい。私がたまに作る卵焼きと全然違う。


 昔、親に連れて行ってもらった高級料理店なんかより美味しいかも……。


 ティムちゃんは、私があまりに美味しそうに食べていたせいか、他のおかずも食べていいと言ってきた。さすがにこんなに食べたら太るかなと一瞬迷ったけど、食欲に負けてしまった。


 今度は、唐揚げを食べてみる。


 弁当に整然と詰めてある唐揚げの一つをフォークで刺して口に運ぶ。


 う、美味い!


 カリッと香ばしく焼かれて歯ごたえが良い。噛むごとに口の中にスパイスの香ばしさが広がった。


 ほか! ほかのおかずはどうなの?


 そうしてティムちゃんの言葉に甘えて舌鼓をうっていると、いつのまにかティムちゃんがどこかに消えていた。



 ティムちゃん、どこ?


 周囲を見渡すと、


「ん!? ち、ちょっとティじゃなかったカミーラ様!」


 ティムちゃんは、いつのまにか芝生の一段高いところにある休憩施設のソファーに寝そべっている。


 この休憩施設は、ギリシア様式を模した「王妃殿(クィーンルーム)」である。王都でも有名な建築家が建てた魔法学園が誇る施設の一つだ。


 この休憩施設の展望からは、王都の豊かな森林を眺望でき、室内は様々な宝石をちりばめてある。ソファーも一級のデザイナーが作った最高品質のものだ。一つ一つの材料が目の玉が飛び出るくらい高値だとか。他にも目を見張る芸術品を揃えている。


 そう、この施設自体が不朽の名画を鑑賞している雰囲気を醸し出しているのだ。


 もちろん、そんな施設だから普通の生徒が入るのは最大限のタブーである。最上級生、それも大貴族しか入れない。


 しかも、そこのソファーに座れるのは、この学園でもただ一人。


 以前、何も知らない新入生がうっかりこの施設に入ってしまい、とんでもない目に遭ったと聞く。真相は、彼女が自主退学してしまい迷宮入りしちゃったけど。


 やばい。早く止めないと!


 いくら先生をやりこます魔法の実力があっても……。

 いくら不良グループを一蹴できる力があっても……。


 あの女王だけは、怒らせたら無事ではすまない。エンケとは比べ物にならないほどの大貴族なんだ。


「カミーラ様、起きて!」

「ん!? ミレスか。行儀が悪いとか言うなよ。これはな、お姉様からの教えなのだ。よく学びよく遊べ。食休みというものらしい。我は十五分ばかり昼寝をする」

「そう、休息は大事——ってそういう場合じゃない!」


 ティムちゃんは、のんきにすやすやと眠っている。


 うぅ、可愛い寝顔で起こしたくはない。だけど、これだけはまずい。


 ああ、早く見つからないうちに……。


「ふふ、噂どおり厚顔無恥な小娘みたいね」


 き、きたぁあ! 


 この学園の女王にして、絶大なる権力をもっている。エリザベス・ガイラの登場だ。

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