第八十五話 「群雄割拠、アリアとヒドラー」
くちゅ、くちゅ、くちゅ、ちゅ。
薄暗い部屋にグロテスクな擬音が鳴っている。
「は、はぁ、はぁ。や、やめ……ろ……」
「ふぅん、なるほどな。アルクダス王国から来たのか。わざわざアリアを捜しにご苦労なことだ」
「はぁ、はぁ。な、なぜ口が勝手に……」
アリアは捕らえた魔族を拷問し、口を割らせていく。
「それで総帥はティレア、軍のまとめはカミーラか。ヒドラーはどうした?」
「は、はぁ、はぁ、だれが言うか! ぐふっ。うぅ、ヒ、ヒドラーは魔王軍、我らは邪神軍だ。組織が違う。ヒドラーは仮想敵国の総督だ」
「ほぉ~それは興味深い。まだまだしゃべってもらうぞ」
「はぁ、はぁ。て、てめぇ、ひ弱な人間の分際で、魔族をなめるなぁあ!」
「ふん!」
「ぐはぁあ!」
魔族の言葉に激高し、つい力が入り過ぎてしまった。
魔族の絶叫が室内に響く。
高慢な魔族の物言いは、相変わらず虫唾が走る。とても我慢できなかった。
「ん!? さすがに壊れたか?」
アリアは、さめた目でその冷たくなった躯を見る。
下っ端魔族のようだが、なかなかの情報を入手できた。
第四師団所属と言ったか?
かなり大きな組織である。
邪神軍……。
どうやら魔王軍と袂を分かれた軍団があるらしい。
古の強者、カミーラが心酔しているという邪神……。
面白い。実に面白い。
潜伏しているジャスマーからの報告と照らし合わせるに……。
くっく、とうとう見つけたぞ!
長年の悲願が実を結ぶ。
笑みを隠しきれない。
魔族共め、根絶やしにしてやる。総力戦といこうではないか!
そして……。
「アリア様、報告です。円卓の騎士が到着しました」
「来たか」
五大陸に散っていた魔滅五芒星最強の戦士達を呼び寄せた。
魔滅五芒星が誇るエリート中のエリートである。もちろん情報秘匿のため表の世界では知られてない。
ただし、こいつらの前では、Sランクの冒険者も裸足で逃げ出すだろう。
「アリア様、お召しにより参上仕りました」
「ガウェインか。早いな」
「ははっ。アリア様のご尊顔を再び拝謁できるとあらば、たとえ異界の秘境であろうと疾風の如く馳せ参じる所存でございます」
「くっく、相変わらずな奴だ」
円卓最強の戦士が恍惚とした表情でアリアを見つめ、片膝をつく。他の幹部達よりいち早く参上してきたことから分かるように、アリアに対する心酔は他戦士の追従を許さない。
そして、遅れること数刻、室内に黒髪を靡かせた美女が慌てて入ってきた。
「アリア様、遅れて申し訳ありません」
「ランスロットか。よく来てくれた」
「遅刻とは不届き千万。怠慢だぞ、ランスロット」
「くっ。ガウェイン卿、来ていたのか」
「当然だ。アリア様のご命令だぞ。何をおいても馳せ参じるのが忠臣だ」
「そ、そうだな。アリア様、本当に申し訳ございません。ロッシュ・ウィエイ戦線の引き継ぎに手間取りました」
「そうか。苦労をかけたな」
「あ、あのアリア様?」
「なんだ?」
「はい、円卓の騎士全員に召集をかけたのは本当ですか?」
「あぁ、事実だ」
「何故でしょうか? 我らが帰還したことで戦線が崩壊する危険があります。現にボールス卿やエレック卿のところでは、世界国家連合からの横槍で――」
「貴様、アリア様のご命令に不満か! そんな不忠者は我が剣の錆にしてやる」
「ガウェインそこまでだ。剣を抜くのは許さんぞ」
「で、ですが……」
「わかったな!」
「は、はっ」
アリアがガウェイン、ランスロットとそんなやり取りをしていると、パーシヴァルが現れ、彼女の到着と時を同じくしてトリスタン、モルドレッドと残りのメンバー……円卓の騎士が勢ぞろいした。
総勢十二人の戦士がアリアを囲むようにして頭を下げている。
「皆、よく来てくれた」
「「ははっ。我ら円卓の騎士は、アリア様の剣。いかようにもお使いください」」
「うむ。皆の忠誠、心より感謝する」
円卓の騎士達の挨拶を受けた後、アリア達は円卓に座る。
皆、突然の招集に疑問を持っているようだ。
「アリア様、何故我らを招集したのですか?」
円卓の騎士最年少のパーシヴァルが、早速発言をした。年齢もあってか好奇心を抑えきれないようだ。
「パーシヴァル卿の言う通りです。それも緊急ということでしたから、慌てて持ち場を離れました。部下達も奮戦しておりますが、恐らく魔族共に戦線を押し戻されているでしょう」
パーシヴァルの発言に乗っかるように、ランスロットが少し批判めいた言葉を放ってきた。他メンバーも思うところがあるようで幾人コクコクと頷いている。
「良いのだ。もうどこが勝とうが、負けようが関係ない。意味はないのだ。これから魔族と最終決戦を行う」
「最終決戦ですか!?」
「そうだ。今、戦闘中の魔族とは比較にならない格上の魔族と戦う。戦死も覚悟しておけ」
「ふっ、我ら円卓の騎士がいるのです。どのような敵であれ打ち砕いてみせます」
「実に頼もしい。ぜひ、その雄姿を直に見せてもらうぞ」
「えっ!? それはもしや……」
「あぁ、私も参戦する」
「おやめください。アリア様にもしもがあってはなりません。世界にアリア様は、無くてはならない存在なのですよ」
「お前達の言い分は理解できる。だが、これはもう決定事項だ。私は、このために気が狂うほどの時間を待ち続けたのだ。誰にも邪魔はさせん。わかったな」
「「は、ははっ」」
そう、長年の集大成を見せるのだ。たとえ側近であろうとも邪魔はさせない。
「ところで、アリア様」
「なんだ?」
「どうしてネズミをそのままにしているのですか?」
ランスロットの鋭い視線が部屋奥に降り注ぐ。
「ちっ!」
舌うちの後、数十の魔弾が放たれ、そいつが飛び出してきた。
アリアは、器用にその魔弾を全て撃ち落としていく。
「下郎、アリア様には指一本触れさせぬ!」
ガウェインがアリアの前に出て庇おうとする。
「待て。こいつは私がやる」
アリアは、それを手で制し一歩前に進む。
アリアの能力は完成した。実践でならしておく必要がある。アリアは、測定魔法を侵入者に発動させた。
魔力は二万五千強……。
ほぉ、魔力をコントロールできるのか?
雑魚と思って放置していたが、こいつは思わぬ収穫だ。この前、侵入してきた魔族より格上である。
ただし、人類では最強の部類に入る二万クラスの魔力保持者でも、我が時空魔法の前ではなんら意味を為さない。
「つぶれろ。第七位時空魔法!」
次元の狭間につぶれるがよい。
アリアは時空魔法を発動させて、侵入した魔族の周辺空間に干渉する。
「ぐおぉ! 空間がゆ、ゆがむ!?」
侵入した魔族は驚愕している。
目を見開き、その呼吸も荒い。
空間が魔族の体を締めつけているからだ。
「こ、これほどの魔法……俺の部下を殺したのは、き、貴様だな?」
「そうだ。お前は、この前の奴より活きが良い。たんまり情報を吐いてもらう」
「くっ。だれが、情報など――ぐはぁああああ!!」
くちゅ、くちゅ、くちゅ……。
ふふ、尋問開始だ。
「ここへの潜入は、ティレアの指示か?」
「はぁ、はぁ、はぁ。な、なぜ、うぐっ! テ、ティレア様は存じ上げていない。こ、これはエディムという半魔族からの情報だ。しかも、業務外扱いだから新人に調査をさせた。だが、その新人が帰ってこないので、俺が調査を引き継いだのだ」
「ふぅん、そうか。この調査を知っている者は、お前以外に誰がいる?」
「はぁ、はぁ、誰がしゃべるも――うぐぁあ! エ、エディムとベルナンデス様」
「なんだ。邪神軍の上層部は、知らないのだな。これは動きやすくなった」
「はぁ、はぁ、はぁ。く、くそ……カミーラ様並の魔力と技術……お、お前は、な、なんだ。一体なんなんだ?」
「私か? 私は魔族を狩る者だ」
「はは、エディムめ。と、とんだ爆弾を引き当てやがった。はぁ、はぁ、はぁ。お、お前は危険だ。危険な奴だ。はぁ、はぁ。こ、ここで終わらせる!」
魔族の体が発光を始めた。
恐らく自爆魔法だろう。
魔力が暴発しているので、こいつの死は確定だ。これ以上、情報を得られない。
「……死ぬ気か? もしかしたら情報を吐けば助けたかもしれんぞ」
「ほ、ほざけ。はぁ、はぁ、このままいいようにされるぐらいなら……死を選ぶ。そ、それもこの場にいる全員一緒だ」
魔族の発光がさらに輝きを増していく。
「ふむ。確かにお前の魔力量からいけば、この部屋全体どころか、この基地を崩壊してもままならないぐらいの威力があるだろうな」
「へ、へっ。ざまぁ見ろ!」
「だが、死ぬなら異次元で死ね!」
アリアは空間の歪みをさらに膨張させ、魔族をその狭間に押し込んでいく。
「はぁ、はぁ、ち、ちくしょう! カミーラ様、ティレア様ぁああ!!」
魔族が消滅した。
時空魔法に隙はない。どんなに魔力が高かろうと無駄だ。例えアリアの百倍の魔力を持ってしても、この時空魔法を打ち崩すことはできない。
完成した。
これが最後の戦いだ。
ジェシカが発端みたいだが、巻き込みたくなかった。
現実は非情である。
ジェシカ……今度こそ。
アリア号令のもと最強の刺客達が、アルクダス王国へ向けて進軍を開始する。
■ ◇ ■ ◇
「総督、ご決断を!」
「総督!」
ヒドラーは、静かに目を閉じている。
チシマ・カラブト交換条約にて、チシマを我ら魔王軍、カラブトの南半分を邪神軍領土と協定を結び、同盟を締結した。
我らに不利な条約内容だったが、ゾルグ様不在の中での交渉である。上出来といったところだろう。
ゾルグ様が復活するまでの辛抱だ。
そう、言い聞かせて忍従の道を決めていたのだが……。
まず、邪神は六魔将ザンザへ調略をしかけてきた。
ザンザは勝手な行動を取る面もあるが、基本忠誠心溢れる武将だ。そんなザンザが、いきなり反逆してきたときは驚いた。
しかも、強力凶悪な刀まで装備していたからたまらない。シャレにならないほどの被害を出しながらも、なんとか幽閉することができた。我も少なからず手傷を負った最悪の事件だった。
停戦中の引き抜きはグレーゾーン、いや、敵対行為に等しい。しかも、ザンザは六魔将だ。重臣中の重臣を引き抜いてきたのだ。いやいや、反乱まで唆したのだから、これは調略の枠を超えている。
戦争を起こす火種としては、十分だ。
まぁ、とは言えあのプライドの高いザンザを寝返らせた邪神の手腕には、正直敵味方を超えて舌を巻いた。
邪神は、魔王ゾルグ様に匹敵するカリスマの持ち主といえる。そんな恐ろしい敵を前に、戦争を仕掛けるのは愚の骨頂だ。
慎重に慎重を重ねて軍事活動すべきだが……。
「ヨーゼよ。邪神軍の動きは?」
「はっ。チシマを占領した邪神軍は、破竹の勢いで進軍しております」
そう、調略だけならまだしも侵略まで開始したのである。
「ぐぬぬ。我らの軍勢が引き上げたのをいいことに好き勝手しおって」
「やはり、兵を置かなかったのは失策だった」
「だが、兵を置いては邪神軍を刺激するからやめておけと進言したのは貴様だ」
部下達も、口ぐちに不満を漏らしている。
責任の擦り合いは見苦しいが、部下達が動揺するのも十分に理解できた。
これまでカミーラの謀反。キラー、ガルムの敗退。ザンザの反逆にルクセンブルクの失踪。
現在、六魔将は、ポーただ一人となっているのだ。浮足立つのも無理はない。
「進軍している軍団の将は?」
「旗は第二。将は、第二師団のオルティッシオと見受けられます」
オルティッシオか……。
カミーラ隊では、一、二を争う好戦的な男であった。その血の気の多さから爆弾の導火線とも言われている。
こういう男は、敵国との境界線というシビアな方面には配置しないのがセオリーというものだ。
邪神め、なかなかあじな采配をしてくるわ。
我が邪神軍の行動に頭を悩ませていると、
「申し上げます」
注進が飛び込んできた。
チシマを占領したオルティッシオについて調査を依頼していた部下だ。
「うむ、申せ」
「はっ。警備をしていた生き残り兵からの報告によりますと、我が軍が引き上げたその翌日に、オルティッシオはチシマを占領したとのことです」
同盟が、わずか一日しか守られていなかったとは……。
「しかも、チシマに残していた転移陣から宝物庫に侵入。魔王城の宝をごっそりと盗んでいったもようです」
お、おのれ……奴は、ゾルグ様から預かった大切な宝まで奪っていったのか。
「さらに、も、申し上げます。オルティッシオは戦意向上を掲げ、我ら魔王軍の旗を焼いております」
ここまで舐められておったとは……。
これ以上の狼藉は、ゾルグ様の沽券にかかわってくる。
「我慢ならん! 各方面に出撃している軍を呼び戻せ。全軍出撃だ!」
「「おぉ!」」
「我も出陣する。狙うはオルティッシオの首。そして一気に王都を攻め滅ぼすぞ」
「うぉおおお!」