第八十四話 「ジェシカとアリアの行方」
ここは、魔法学園の生徒会室。
ジェシカは思う。
私は、生徒会室に入れる身分となった。そう、紆余曲折を経て生徒会書記となったのである。生徒会役員となり、日々、学園の自治業務に取り組んでいる。学園の勉強との両立は大変だが、それ以上に得るものがある。
魔族の王都襲撃直後は、親友の死を受け入れられず、生きる屍となっていた。何もやる気が起きず、登校拒否して寮に引きこもっていたのだ。
だけど、あることがキッカケで、前を向いて進もうと決意した。自分に足りないものを自覚できた。あとはそれを補うため、貪欲に吸収しようと思っている。
そういう意味で生徒会は、すごく成長できる場所だ。先輩方は私の未熟な部分を的確に指導してくれる。
すごく厳しい。泣いた日は数え切れないが、先輩方は優しい人達ばかりだ。ついていこうという気にさせてくれる。
ここで、私は強くなる。なってみせる。
学生とはいえ、アルクダス王国が誇る魔法学園の生徒会だ。生徒会業務は、実際の国家運営、戦場の兵站構築と比べても遜色ないレベルだと思う。そんな環境に身をおいて、私は日々、生徒会業務をこなしているのだ。
ただし、今日は生徒会業務をしない。
あの日、あの場所で親友から託された調査をする。
アリア、いったい何者なんだろう?
リリスちゃんの遺言。死の間際に「アリアを頼れ」と託された。
情けない私をいつも見守ってくれたリリスちゃんが、託す人だ。アリアは、きっと強くて優しいリリスちゃんみたいな人なのかもしれない。
その人とも親友になれるかな?
ふふ、勝手にリリスちゃんと重ねて迷惑だよね。
でも、親友になれなくてもいい、嫌われても構わない。
会いたい。
それは、親友が死ぬ寸前まで私を気遣い心配して託してくれた人だから。
もちろん、アリアの調査は私事だけが理由ではない。また魔族の襲撃が起こった場合、アリアは人類にとっての切り札になるはずだ。
魔族の王都襲撃から立ち直った私は、アリアの行方を探った。
人づてに尋ねたり、学園のデータベースにアクセスしたり、多方面に調査した。そして、幾人もの同名の者を見つけることはできた。
アリアという名は、そこまで珍しい名前ではない。さらに言えば、アーラ・リレル・ドゥルルアなど、通称でアリアという者もいる。そんな者も合わせると、かなりの該当者がいた。
そんな数十、数百の人達から話を聞く。
だが、該当する人物は見つからなかった。ほとんどただの市民であった。たまに、そこそこの冒険者を見つけたが、リリスちゃんが言う人物ではないだろう。
魔族から人類を守る切り札のような存在だと思っている。
アリア……名前か通称か不明だ。王都にいる者だけでも数万人、王都外も含めると数十万人の中から探す。かなり骨が折れる作業だ。
どこにいるの?
王都、国内、国外、いや、国外まで手を広げたら、どう考えてもお手上げである。
私は魔法学園の生徒とはいえ、実家はただの商屋だ。それほど、王家やギルドにコネがあるわけでもない。
個人でできることに限界を感じた私は、他者の力を頼ることにした。
その人は、学園の生徒会長でもあり実家が有力貴族でもある。そして、何より清廉潔白で腕が立つ。そう、魔法学園生徒会会長であるムヴォーデリ・デッサンに相談したのである。
会長は、軽々しく情報を漏らすような人ではない、信頼できる。
会長に相談してからの調査はみるみる進んだ。私が調べるよりも深いところのデータに潜り込み、私が持っているコネよりも上のレベルで調査したのである。
年齢、性別、容貌、戦歴などから候補を特定する。これはといった者には、直接話を聞きに行った。そうして、調査すること数ヶ月、アリアの該当リストは、瞬く間に数十人まで絞り込むことに成功したのだ。
生徒会が休みのときには、こうして会長と二人でアリア調査をしている。今日も、会長から調査の進捗状況を聞こうとしていたのだが、
「二コル君、ちょっといいか」
「はい」
会長は、重々しい表情で私に声をかけてきた。
調査に何かトラブルでもあったのだろうか?
緊張した面持ちで会長を見つめる。
「結論から言おう。調査は中止だ」
「どうしてですか!」
思わず会長に詰め寄る。
アリアの行方は、リリスちゃんの命をかけた意志だ。そう簡単に諦めるわけにはいかない。私は、縋る思いで会長に調査続行を願い出た。
会長は困った顔をして、ふーっと溜息をつく。
「ニコル君、落ち着け。アリアの調査は危険なんだ」
「危険ですか……」
「そうだ。恐らくアリアは、裏組織の人間、しかも、かなり上の地位にいる人物だ。下手に正体を探ると、命の保証はしかねない」
やはりそういう人物なのか。裏の人間なら、リリスちゃんが所属していた魔滅五芒星所属なのかもしれない。
「裏組織って……魔滅五芒星ですか?」
「そうだね。可能性は高い」
「なら、大丈夫です。魔滅五芒星のメンバーは、命を懸けて魔族と戦ってくれました。私達人類の味方です」
「確かに奴らは王都を守った。不甲斐ない私達の代わりにね。彼らは人類の希望かもしれない。だが、あの組織は秘密に包まれている。秘密主義の組織は、自身の組織を探る者を嫌う。高確率で探った者は消されるだろうね」
「そ、そんな……なんとかならないんですか?」
「どうしようもない」
会長が手をあげて降参のジェスチャーをする。
調査が暗礁に乗り上げてしまった。
これからどうすればいいだろう?
「私もね、ニコル君が話すアリアに興味があったから話に乗った。アリアが裏組織の人間なら王家のためにも調べておく必要があるからね。本音を言えば、私も調査を続けたい」
「だったら!」
「だめだ。上から圧力がかかったんだよ」
「圧力ですか!?」
「あぁ、中止命令は私の父が出したが、直接の命令は、世界国家連合からだろう」
世界国家連合……。
確かアルクダス王国、マナフィント連合国、魔法大国など大国と呼ばれる国々、二十カ国の首脳部が集まった会合。
とてつもない権力の集まりだ。この組織に刃向ったが最後、家ごとつぶされるだろう。
うぅ、もう少しだったのに……。
会長のおかげで、候補を十数人まで絞り込めていた。もう少し調査すれば、きっと探し当てられたはず。
「あと少しじゃないですか! あと、ほんの少しの調査でいいんです」
「やめなさい。命にかかわる。君は死にたいのか!」
「構いません。私はリリスちゃんの思いを――」
「ニコル君!」
温和な性格の会長が、声を荒げてきた。
いつも冷静な会長が珍しい。
「先の戦いで多くの者が死んだ。生きている者が命を粗末にするのは、死者への冒涜だよ。絶対にやめるんだ。いいね!」
「……はい」
会長の様子だと、もう協力はしてくれないだろう。
潮時か。表から探るのは限界みたいだ。
ならば他の伝手を使う。
数日後……。
「エディム、ごめんね。急に呼び出したりしちゃって」
あれから私は、リントの喫茶店にエディムを誘った。
魔滅五芒星と同じような組織に所属しているエディムなら、アリアの情報を手に入れられるかもしれない。
「ジェシカ、私って超忙しいんだからね」
「ごめん」
そう、エディムは裏組織に入ってから多忙なのだ。このところ、ろくに顔を合わせていない。
調査を頼むのも気が引けてたけど、最近は落ち着いてきたと思ってたのに。
まだ無理なのかな?
「まぁ、いいか。私もジェシカにお願いがあったし、ちょうど良かった」
「お願いって?」
「ほら、前に私の眷属が暴走した事件があったでしょ」
「うん。確かギニゥって男だったよね? 私が人を襲っている吸血鬼がいるって教えたら、エディムが解決してくれた」
「あの時は助かったわ。愚かな眷属に鉄槌を与えられたから」
「もう、眷属達にあんな事件は起こさせないでね」
「そう、それなのよ。眷族の暴走は絶対に阻止したい。だからね、ジェシカに監視してもらいたい女がいるの」
「え!? む、無理だよ。私の力じゃ、そいつが暴れても抑えられない」
「早まらないで。そいつは私に忠誠を誓っていないだけで基本はおとなしいから」
「忠誠を誓ってないのなら、暴れるんじゃないの?」
「大丈夫。基本は分別ある女だ。ティレア様に逆らうはずはないから」
「そっか。ティレアさんに忠誠を誓っているなら大丈夫だね。ん!? なら監視も必要ないんじゃない?」
「……そうは言ってもね、私に忠誠を誓ってないから不安なのよ。何をされるかわかったものじゃない。だから勝手な行動を起こさないように監視をしておきたい。私や私の部下達だと警戒されているから」
「エディムの力になりたいけど……吸血鬼相手だと私の手に負えないよ。レミリア様かティレアさんにお願いしようよ」
「ふ~ジェシカ……まず、レミリアはだめだ。外部に情報を漏洩させられない。それと、ティレア様のお手を煩わせるなんてもってのほか。何度言ったらわかるの? 私を困らせたいわけ?」
「うぅ。で、でも、私にできるかなぁ~。何かあったときは、返り討ちにあっちゃうかも……」
「安心して。ジェシカはティレア様のお気に入りだから、あの女は手を出してこない。手を出してきたら、それはそれで糾弾……なんでもないわ」
何か最後のほうに聞き捨てならないことを言われたような……でも、頼みごとをするんだ。こちらもお願いを聞いてあげないとね。
「わかった。協力する」
「ジェシカ、助かったよ。私の部下のくせに隠れてコソコソ変な行動をされるとすごい迷惑だから」
「うん、そうだね。街の皆の安全が懸かってるんだ。そいつが暴れないように監視するね」
そうだ。何を怖がっていたのだ。
私は、リリスちゃんや死んでいった仲間達の代わりに街を守るって決めた。ギニゥみたいな事件は、二度とあってはならない。エディムに忠誠を誓ってない吸血鬼なんだ。隠れて人を襲ってるかもしれない。
それからエディムに監視対象について説明を受けた。
その吸血鬼の名は、キッカ・キ・メルカート。
北通りにある老舗百貨店の娘だ。何度かお店で買い物をしたことがある。彼女は、番頭や手代にきびきび命令をしていた。理知的で大人な女性って感じだった。あの人まで吸血鬼なのか。
「それで、ジェシカの頼みって?」
「うん。あのね、リリスちゃんって覚えてる?」
「あぁ、魔法学園の生徒で不良の……」
「う、うん。態度は無愛想だけど、不良じゃないんだよ」
「ふぅん、まぁどうでもいいさ。その不良じゃない無愛想なだけの私の脇腹に大槌をぶん投げてきたリリスがなんだって?」
「なっ!? エディム知ってたの?」
「まぁね。あの時は脇腹をさすりながら、そんな生意気な真似をしてくれた犯人も探してたからね」
「そ、そうなんだ。てっきりアルキューネを殺したティレアさんや私を捜してたとばかり思ってた」
「うっ!? そ、そうだけど……その過程でリリスも知ったというか……あぁ、もういい! ジェシカ、そ、それを言うのは勘弁して。私の中ですっごく思い出したくない。本当に後悔している出来事なんだから」
エディムが身を乗りだして興奮している。
あの時のことをよっぽど後悔しているみたい。
うふふ、ティレアさんを殺そうとしたのを気にしているのね。私もそう思ってくれたのかな? そうであってほしい。
「な、なに、ニヤニヤしてんのよ。ジェシカのくせに生意気よ」
「ふふふ、別に……」
「い、いいから本題に入りなさい。そのリリスがどうしたのよ? 確か死んだって聞いたけど」
「う、うん。そのリリスちゃんに関係していて探したい人が……」
「なに? リリスに仲間でもいるの?」
エディムの顔が獰猛な表情に変貌する。
ま、まるで魔族のような……怖い。プレッシャーを感じる。
「い、いや、違うよ。そ、そのリリスちゃんを埋葬する時にお世話になった人がいたの。当時はショックでろくにお礼もできなかったから、その人にお礼がしたくて。でも、名前しか知らなくて。その人がどこにいるか調べて欲しいんだ」
つい、嘘をついちゃった。
なんとなく今のエディムに真実を告げたら、いけないような気がした。
……そ、そうよ。
エディムが所属している組織とライバル関係かもしれない。敵対関係だったらこじれちゃう。
あ、あるいは魔族……ううん、違う。そんわけない。
嫌な予感を無理やり振り払う。
「はぁ~あんた、まだそんなくだらないことをひきずってんの? もう一年も経つんだよ」
「くだらないって……エディム、ひどいよ。そんなひどいことを言う子じゃなかった。や、やっぱり……」
「はいはい、ごめんなさい」
「何よ。その言い方! たくさんの人が亡くなって、今も苦しんでいる人がいる。あの事件を――」
「わかった。謝るわ。もう、そんなに怒らないで」
「む、昔は、そんなことを平気で言わなかった。たまにキツイことを言うけど、誰よりも人を思いやる優しい――」
「しつこいね。そんなに私が人間らしくない? 化け物だって言うの? ジェシカは親友だと思ってたのに」
「あ……」
エディムが悲しそうな表情を見せてくる。
傷ついている?
あ、謝らなきゃ。で、でも、何か演技をしているようにも見える。
エディムの態度に戸惑っていると、エディムが私の手に手を重ねてくる。
「ねぇ。感謝しているんだよ。ジェシカは、私のことを王家に黙ってくれている。私達、親友だよね?」
「う、うん。ごめん」
そうだよ。
こんなに親友と言ってくれるエディムを疑うなんてどうかしている。
……で、でも、さっき見せた表情は、本当に魔族のようだった。
敵を見つけた獰猛な目。
今は普通にしているけど、かつて学園に潜んで凶行を繰り返していたアルキューネのように人間のふりをして牙を隠している。
ううん、違う。違う。絶対に違う!
私のような小娘にそんな演技をする必要はない。
エディムが、吸血鬼だと知っている私を放置する理由がない。そうだよ。本当に魔族なら私のような小娘、あっさり殺すはずだ。それにエディムの上司であるティレアさんの存在が、何より説明つかないよ。
ティレアさんが悪の幹部?
似ても似つかない。
確かに実力は天下一品だけど、性格は善良そのものだ。
そうよ。エディムは敵じゃない。ティレアさんの言うとおり吸血鬼だけど、人間の心を持っている。私もあれから何度もエディムに助けられた。エディムは親友だ。絶対に絶対にそうなんだ!
私のカンが囁く。
不愉快な妄想。エディムだけでなくティレアさんも魔族なんじゃ――やめよう。これ以上、思考していたら本当に心が壊れる。
思いっきりかぶりを振って、思考を中断させた。
私の親友は死んでない。私の親友は、今もここにいる。
「ジェシカ、どうしたの? さっきから顔を青くしたり、頭を振り払ったりバカみたいよ」
「え、えっと、あはは」
「変な行動はやめてよね。バカやるのは、バカ上司だけで十分だから」
「……うん」
「まぁ、いいさ。親友の頼みだ。あんたのお願い聞いてあげよう」
「ほんと!」
「えぇ。邪――う、うちの組織の諜報力を使えば、それくらい片手間でけりがつく。大した負担じゃないからね。それに、ジェシカにはスパイをしてもらうし、情報交換するためにも、こうやって定期的にお茶でもしようか?」
「ほんとうに!」
「嘘は言わないわ」
ふふ。懐かしい。去年までは、いつもエディムとお茶をしていた。
ギクシャクもしたけど、また、昔みたいに戻れるよね?
「それじゃあ、このリストに書いてある人達の居場所を調べてくれる?」
数十人まで絞り込んだアリアの情報を書いた紙をエディムに渡す。
エディムは、調査リストを受け取り、その名を確認していく。
「ふぅん、ここまで名前がわかっているなら、自分で調べられるんじゃないの?」
「ううん。だめだったの。そこに書かれている人達は全員行方不明。しかも、知人家族も見つからなかった。誰も知らないのよ」
「確かにあの騒動で王都の人口は激減したからね。でも、うちの組織にかかれば問題ない。そいつの初祖まで割り出してやるよ。それより行方不明ってことは、ただたんに全員死んでいるんじゃないの? まぁ、リリスを埋葬した時点では生存していたみたいだけどさ」
「亡くなっているなら、それはそれできちんと知りたいんだ」
「わかった。とりあえず、こいつの居場所が分かったら連絡する」
「うん。エディム、ありがとう」
■ ◇ ■ ◇
エディムは気だるそうに自身の執務室に戻り、ジェシカから渡されたリストを読む。
アリアねぇ~。
本当にただの恩人なのか……。
ジェシカが義理堅いのは知っている。
ただ、何か引っかかる。
たかが親友の埋葬を手伝ったぐらいで、ここまで調査するだろうか?
王都復興のため、やるべきことは多々あるはずだ。真面目なジェシカがそんな私事にいつまでもこだわるとは思えない。
ジェシカ、何を隠している?
カミーラ様やティレア様に害をなすというなら、ただじゃおかない。
思わず、リストを握りつぶしそうになる。
まぁ、いいか。
何を隠していようが、問題なし。ジェシカ如きに何ができようか。偉大なるカミーラ様、ティレア様のお力の前では塵に等しい存在だ。
こんな些事にかかわっている暇は無い。
私には、いくつも頭を悩ませる懸念事項があるのだ。
吸血御陵衛士の問題……。
ジェジェやキッカといった不忠な部下達が勝手な行動を取ってくる。特に、キッカは不穏な動きを見せており油断できない。
第二師団の問題……。
バカティッシオは、あいかわらずこきつかってくる。こいつのせいで、我が吸血組の政務の半分は犠牲になっているといっていい。
魔王軍の問題……。
この前の外交交渉で私は、魔王軍と邪神軍の窓口となった。双方が無茶な要求をしてくるので、胃が痛いことこの上ない。
うぅ、とりあえず簡単な案件から済ませよう。
邪神軍の諜報部隊である第四師団の執務室へと移動する。
ドアをノックし部屋に入ると、第四師団の師団長ベルナンデス様が忙しそうに書類をさばいていた。
「お忙しいところ申し訳ございません。エディムです」
「エディムか。何用だ?」
「はい、諜報部隊に折り入って頼みがありまして……」
ベルナンデス様にジェシカからの依頼を伝える。
正直、ベルナンデス様にこのような些事を頼むのは気が引けた。
ただ、なにぶん私の部隊は全員忙しい。生半可じゃなく忙しい。
このような些事をやるほど暇な人材はいないのだ。第四師団も忙しいとは思うが、うちとは規模も能力も違う格上の部隊だ。
この程度の些事なら片手間で処理をしてくださるだろう。
「エディム、正気か? そんなくだらん雑務をやれと? 貴様は第四師団の存在意義を理解しているのか?」
「あ、う……」
し、しまった……。
ベルナンデス様がお怒りになるのも当然だ。
第四師団は、邪神軍の天下統一のために最新の情勢を仕入れている。それなのに、あまりに無礼な頼みだった。
どんなに忙しくても、吸血組でやるべきである。
「まったく、お前はどこか抜けている。こんな雑務にかまけて……カミーラ様、ティレア様がお知りになれば、どんなにお怒りになることか」
「も、申し訳ございません」
深く頭を下げた。
完全に私が悪い。
反省の意で、しばらく頭を下げ続けていると、
「……まぁ、お前が大変なのは理解している。邪神軍の業務外、合間になら引き受けてやる」
ベルナンデス様が仕方なしとばかりに承諾してくれたのである。
おぉ、言ってみるものだ。
ベルナンデス様は、私がバカティッシオに苦労しているのをご存知である。同情してくれたのであろう。
「ありがとうございます!」
「あぁ、若手の育成も兼ねてやらせてみる。諜報のいい練習になるだろう」
「よろしくお願いいたします。結果はまた後日、伺いにまいりますので」
ベルナンデス様にリストを渡し、第四師団の執務室を出る。
うん、上出来だ。ベルナンデス様に借りを作ってしまったが、バカティッシオよりはるかにましである。