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第八十二話 「ぼったくりにあっちゃった(中編)」

「ひっく、ひっく、ふぇええん!」

「いい加減に泣くのはやめな!」


 熟女の親分に脅され、びくっと震える。


 自分の迂闊さ加減に涙が止まらない。


 この熟女、ただの熟女じゃなかった。ヤクザまがいに脅してくる。典型的なボッタくり店の女店主だった。


 周りはがっちり熟女の手下に囲まれている。とても逃げ出せそうにない。


「さぁ、レズのお嬢ちゃん。いい加減に諦めて住所を教えてもらおうか?」

「ひぃ。さ、財布ごと持っていっていいです。ですから、住所だけは、ひっく、ふぇ、住所だけは勘弁してください」


 半べそをかきながら財布を女親分に渡す。


「ふーん、一枚、二枚、三枚……十万ゴールドか。けっこう持ってるじゃないか。豪遊する気だったのかい? 残念、足りないね。あと、三十万ほど不足だ」

「不足分は後日、必ず持ってきます。ひっく、お願いだから家に帰してください」

「だから信用できないって言ってるだろ。この場を逃げたいだけの方便につき合う気はないからね。必ず住所は吐いてもらうよ」


 冗談じゃない。こんなチンピラ集団に自宅がばれたらどんな目に合わせられるか。骨の髄までしゃぶられる。何よりこんな恥ずかしい話をティムや仲間達に聞かせられない。


「ティレアちゃん、ここは言うとおりにするしかないよ」


 ムチャが横から口を挟んでくる。


 どうやらムチャは、平身低頭逆らわないことに決めたらしい。奴らのいうことに唯々諾々と従うつもりだ。住所もとっくの昔にしゃべっている。


 くっ。勝手なこと言いやがって!


 そりゃムチャはいいだろう。こういう店で遊んだからっていつものことだ。そんなレッテルを張られても痛くもかゆくもない。身内もやれやれってただ呆れるだけだろうし……。


 だが、俺は違う。


 こんなところに遊びにきていたのを、皆にバレようものなら……。


『お姉ちゃん、不潔! いや、信じられない。こんないかがわしいお店に通ってたなんて。最低! 嫌い!』

『ティレア様、一時の欲望に負けるとは情けなさ過ぎますぞ。私を見なさい。この年まで健全を貫きとおしたこの純潔ぶりを。ふっ、この鉄壁のニールゼン、ティレア様と違いどこまでも童貞を守って見せますぞ』

『わが子房って、どういう意味だったのですか! エルフしゃぶしゃぶにつられたって……ドン引きです。そう言えば私を見る眼がちょっと危なかったような……あ、ちょっと近寄らないでください。里に帰らせていただきます。あと、里の住所は絶対に教えませんから』

『ティレア様、見下げ果てやした。今日で邪神軍とは縁を切らせていただきます。あっしも遊びに付き合うのはうんざりしてやした。今後は冒険者(ほんぎょう)に専念させてもらいやす』

『ティレア様、女同士って……そういう趣味がおありだったんですね。しかもそんな店で……最低です。そう言えば、やたらと私に抱きついてたような……クカノミじゃなくてあなたに注意すべきですね』

『こ、こんな人、私の師匠じゃない。えっちいのは嫌いです!』

『ティレア様、言っていただけたら穴場などいくらでも教えて差し上げましたのに……エビル地区は私の庭ですよ。案内所は活用されましたか? 今時ぼったくられるなんてもぐりですよ。仕方がありませんな。今度、一緒に行きましょう。いや、もう早速行きますか! いい店知ってますぞ。今の時間帯ならアケミがお(すす)めですな』

『オルティッシオ隊長、アケミは今日から早番に変わりましたよ』

『おぉそうか。さすがは我が右腕ギル、チェックに余念がないわ。ぐははぐはは!』

『愚王、死ね! エディム様の仮にも主でありながら愚かすぎる。間抜けすぎる。下剋上だ。さっそく王の立場から退いてもらうぞ。そこはエディム様の席だ!』

『ティレア様、困りますな。女同士など非生産すぎます。このマラーノ、臣下として苦言いたします。邪神軍の繁栄のために祖廟を絶やすわけにはいきません。この際、ご結婚するべきですな。候補はピックアップしております。魔王軍のヒドラー総督はどうですかな? 外交戦略としてはうってつけの相手ですぞ』


 こんな感じで非難殺到、雨あられの如く糾弾されるだろう。


 一部からは共感されるかもしれないけど……。


 とにかくこのことがばれたらおしまいだ。


 ムチャも震えているが、お前はいいだろう。というか、そもそもあなたは金足りているんじゃないか?


「ムチャ、そういえばあなたはなんで帰れないのよ。あなたは払えるでしょ」

「レズのお嬢ちゃん、こいつもあと十万ゴールド足りないんだよ」

「うそ!? 宝石があるのに――」

「ティレアちゃん、だめだぁ――っ!」

「えっ!?」

「ふぅん、宝石ねぇ~」


 女親分がニヤリと笑い、ムチャの肩に手を乗せた。ムチャはプルプル震えている。


「そ、それはその……」

「クソガキ! お前金目の物はこれ以上持ってないって言ったよな?」

「い、いや、その……えへへ」

「お前達、こいつをひん剥いちまいな!」

「「へい!」」

「や、やめろぉお!」


 ムチャの絶叫が響く中、女親分の手下はあれよあれよとムチャを裸にした。


 ムチャはどうやら宝石を財布から取り出し、こっそり隠していたらしい。


 パンツの中から宝石が見つかった。


 ムチャは、宝石を取り上げられ意気消沈だ。かなりまいっている。


「あぁ、あぁ、ちくしょう! それ特注なんだぞ。めったに手に入らないのに」

「ふふ、これだけで五十万ゴールドはするね」

「くっ。せ、せめてお釣りは……?」

「ば~か! これはお前が嘘をついたペナルティだ。没収だよ」

「そ、そんなぁ~」

「嘆くな。これでお前の支払いは終わりだ。帰っていいんだぞ」

「ほ、本当?」


 ムチャが目を輝かせる。


 あ、ずるい!


 一人だけ帰る気か?


 置いてかないでくれ!


 一瞬、焦るが、よく考えるとこれはチャンスだ。ムチャに助けを呼んできてもらおう。できれば、レミリアさん以外の知らない治安部隊の人が望ましい。


「ただし、このことは他言無用だ。もしチクろうものなら……」


 女親分がムチャの首筋にナイフを当てて脅す。


「ひぃいい、わかってます。わかってます。誰にも言いません!」


 ムチャは、涙を流して鼻水を垂らしながら許しを請う。


 おいおい、もしかして……。


 俺は助けを呼んできてくれるんでしょって目をムチャに向ける。


 ムチャは……。


 手を顔の前で立てて、ごめんと言ってそのまま出口へと消えて行った。


 こ、こいつ逃げやがった。


 女親分達を騙すための演技ではない。完全に俺を見捨てやがった。


 あ、あんにゃろう! 普通、こんな時に女の子を見捨てるか? いくら俺がTS娘だからってあんまりだ。そんなんだからモテないんだよ。バカ野郎!


 くそ。あんな奴の口車に乗った俺が一番バカなんだけどね。


「さて。次はレズのお嬢ちゃんの番だ。住所をいい加減に吐きな。大人しくアタイが聞いているうちにね。荒っぽいことをさせるなよ」

「うぅ、住所だけは、住所だけは……お金は本当に本当に後で持ってきますから」

「はは、そのままトンずらされちゃかなわないって何度言ったらわかる。金はアタイの手下共に取りにいかせる。お嬢ちゃんはそれまでの人質だ」

「そ、そんな……」

「レズのお嬢ちゃん、安心しな。これ以上は取らない。関わらないよ」

「ほ、本当に?」

「あぁ、トップの言いつけで目立つことはできない。あんたのような戸籍のある町民を追いこんで殺したら治安部隊が出張ってくる。アタイらも騒動を起こしたってことで、上から大目玉さ」

「し、信じてもいいんですか? 本当にお金を払ったらこれっきりですよね? これ以上は本当に無理なんです」

「あぁ、約束は守る」

「そ、そう。それじゃあ、あ、でもな~」

「あ~もう優柔不断もいい加減にしときな。いいかい。あの呉服屋のドラ息子の情報をアタイは握っているんだよ。手間をかければ、あんたの住所ぐらいすぐに入手できる。その手間をとらせたいのかい?」


 そ、そうだよな。


 よく考えれば、ムチャがゲロった時点でほぼ詰みなのだ。ムチャを脅せば、すぐに俺の情報を売る。百パーセント売る、確信があるね。それなら俺の口から自白したほうがこいつらの心証は良いかもしれない。


「……わかりました」

「賢い選択だ」

「はぁ~」

「レズのお嬢ちゃん、そんな顔をしなさんな。いい勉強になっただろう? うちは、まだまっとうなほうだよ」


 確かに。もっと悪党なら金をせしめたあげく、俺の身体まで要求してくるだろう。俺の体なら値千金の価値があるし。


「それで住所は?」

「住所は、西通りのベルガって料理店です」

「ふぅん、料理屋か。あんたはさしずめそこの看板娘ってところか」

「そ、そんなところです」


 まぁ、店長兼シェフ兼ウェイトレスだけどね。


 でも、言わない。これ以上、情報は渡さないよ。


「で、店に行って誰に頼めば金を都合つけてくれる?」


 仲間に知られたくない。特に、ティムにばれて軽蔑されたら生きていけないよ。


 こんな間抜けな不祥事を話せるのは……オル一択だ。


「オル、オルティッシオを呼んでください」

「オルティッシオだね」

「はい」

「くっく、そいつはあんたのコレかい?」


 女親分が親指を立ててくる。


 冗談じゃない。


 あんたさっきまで俺をレズ呼ばわりしてたくせに。今度はバイ呼ばわりか!


「いえ、ただの……従業員です」

「ふぅん。本当かい?」

「本当ですよ」

「まぁ、いいさ。お嬢ちゃんがレズだろうがバイだろうが、どうでもいい。本当にそいつがあんたのためにお金を都合してくれる人物なのか知りたいのさ。あんたのことなどお構いなく治安部隊にチクられたら困るしね」

「オルは信用できます。私を見捨てたりはしません」

「そうかい。まぁ、お嬢ちゃんの言葉をとりあえずは信じてあげよう」


 俺から情報を引き出した女親分は、手下に命令を伝える。手下が数人ドアを開けて、出て行った。


 オル、本当に大丈夫だろうか?


 俺のために行動はしてくれると思う。オルは、なんだかんだで俺を慕ってくれているみたいだしね。


 問題は、オルの暴走だ。こんなことを話せるのはオルしかいないとはいえ、人選に不安を覚えてしまう。オルは斜め上の行動をしてくるから気が気じゃない。


 いや、今はオルを信じるしかない。


 三十万ゴールドぐらいならオルのポケットマネーでなんとかなる。後でお金は返せばいい。とにかく今は一刻も早くここから解放されたいのだ。


 それからしばらく女親分と待つ。


「遅い!」

「そ、そうですね」


 二時間は過ぎたんじゃないか?


 とっくに戻ってきてもおかしくない時間だ。でも、誰も帰ってこない。女親分は指でテーブルをとんとん叩きながらいらついている。


「お前、まさか嘘の住所を教えたんじゃないのか?」


 女親分の手下が俺の胸倉を掴み、脅しをかけてきた。


「う、嘘なんて言ってません。本当ですよ」

「本当か? でたらめほざくならお前の体で都合をつけてもいいんだぞ」

「ひぃ、それはやめ――」

「待ちな。嘘じゃないよ。嘘を言うデメリットをこのお嬢ちゃんはよくわかってるはずさ。なぁそうだろ?」

「は、はい。その通りです」


 こくこくと頷いて同意を示す。


 ここで下手な嘘をつくと、後の報復が恐ろしい。女親分はちゃんとわかっている。


 それにしてもいったい何があったんだ?


 オルはこの時間は地下帝国にいる。呼んだらすぐに出てくるはずだ。何かトラブルでもあったのだろうか?


 女親分の手下が店に行き、それから何があったか想像してみる。


 一つの予想として……。


『オルティッシオってのはどいつだ?』

『私だが、貴様は誰だ?』

『くっく、俺はエビル地区の風俗店で従業員をしている者だ』

『ふん、そんな奴が一体なんの用だ?』

『この店の看板娘ティレアが、俺達の店で三十万ゴールドの借金を抱えた。お前をご指名だぞ。さっさと用立てやがれ!』

『嘘をつくな。ティレア様が風俗店に行くわけがない』

『本当さ。そのティレア様が、俺達の店で女共を相手に痴態をさらしていたぞ』

『無礼者め。ティレア様がそんな真似をするわけがない。お前のような嘘つきは、邪神軍第二師団師団長にして破壊王の名を持つオルティッシオ様が成敗してやる』

『何だこのバカは? やる気か? 面白い。皆でたたんでしまえ!』

『うごっ!? お、お前、や、やめろ。た、助けて』


  で、ぼこぼこにされたと。なかなかいい推理だと思う。


 ん!? いや、違うか。それだとオルが役立たずで金を融通できなかったと女親分の手下達が戻ってくるよね。


 奴らが戻ってこない理由を考えてみる。


 そうか! じゃあこうだ。


『無礼者め。ティレア様がそんな真似をするわけない。エディム、やっちまえ!』

『え!? え!? で、でも、暴力なんてだめだよ』

『何を腑抜けたことを! こいつらは不当にティレア様を侮辱し、金品を巻き上げようとしたのだぞ。やれ、忠誠を見せろ!)

『確かにティレア様が風俗に行くわけありませんよね。私の友人を侮辱するなんて許さない。チンピラめ、こらしめてやる。吸血鬼パンチをくらえ! えい、や、べし、ばし』

『うごっ!? お、お前、や、やめろ。た、助けて』


 それで、手下共はのされて気絶していると。


 うん、この線だな。たまたまエディムがオルのそばにいれば、ありうる展開だ。


 他にボコにしたのはミューって線もあるけど、今ミューは王都外に遠征中で無理だからね。


 結論……ほぼ間違いなく奴らは、今、店の前で気絶している。


 そして、高確率でオルが奴らを縄で縛っているだろう。オルは、ことあるごとに人を縄で縛る性癖がある。大罪人と称して、レミリアさんや集落の子供達を縄でふんじばった前歴があるのだ。こんな胡散臭い連中が気絶したのなら、必ずオルは縛る。


 ふ~ってことは、あのシバリッシオのせいで女親分の手下達がこっちに戻ってくる可能性は低い。このまま待ってたら、いつまでたっても解放されないぞ。


 くそ~どうする?


 し、しかたがない。


「あ、あの~」

「なんだい? やっぱり嘘の住所を言ってたのかい?」

「ち、違います。さっきの人達が戻ってこない理由がわかりました」

「ふぅん、言ってごらん。なぜなんだい?」

「おそらく、(うち)で雇っている用心棒にやられちゃったんじゃないかと」


 吸血鬼にやられたと正直には言えない。こう言うしかなかった。


「用心棒だって!? あんたの店にはそんなのがいるのかい?」

「は、はい」

「へぇ~こりゃ、よっぽど稼ぎのいいお店なんだね」

「うっ……」


 藪蛇だったか?


 繁盛しているなんて思われたらカモられるかも。だが、うまい言い訳が思いつかなかった。


「まぁ、いいさ。ゴロツキとはいえ、そこそこ腕が立つあいつらが戻ってこないんだ。かなり上位の冒険者を雇っているんだろう?」

「は、はい。まぁ……」

「ふぅん。アンタを人質にしているから、アタイの部下達を治安部隊に引き渡すようなふざけた真似はしていないだろう。せいぜい縄で縛って捕虜にしているってところか」

「多分そうです。あ、それなら私が戻って解放するように言いますので」

「おっと待った。その手には乗らないよ。そのままボディガードのもとに行かれたらたまらない。解放の指示も私の手下にやってもらう」

「で、でも、私の言葉じゃないとまた同じことの繰り返しのような」

「くっく、安心しな。手出しをしてきたら人質を殺すと脅すから問題ないさ」

「うっ!?」

「で、またそのオルティッシオってのに言えばいいのかい? それとも用心棒のほうかい?」

「オルでいいです」

「わかった。じゃあ手下に連絡する。ただ、アタイの部下達を傷つけたんだ。料金を加算してもらうよ」

「ど、どれくらいですか?」

「三百万ゴールド払ってもらう」

「さ、三百って……十倍ですか!」

「当たり前だろ。ペナルティだ。アタイの部下達の治療費も含めて払ってもらう」

「う、うぅ、わかりました」


 ここは従うしかない。何か金づるにされそうな気がしないでもないけど……解放されてから今後のことを考えよう。


「あ、そうだ。オルには私からの密命と伝えてください」

「ぷっ!? なんだい。あははは、恋の暗号か? 女主人と下僕って寸法かい。くっくお嬢ちゃん、あんたやっぱりバイだったんだな」


 女親分達は、ゲラゲラと笑っている。


 恥をかいたけど、これで良し。


 オルは俺からの密命と聞けば、盲目的にすっとんでくる。問答無用でエディムにボこらせるような真似はしないだろう。それに密命だから、他の皆にべらべらとしゃべりはしないだろうしね。


 そして……。


「ティレア様! ティレア様! 不肖オルティッシオ、参りましたぞ!」


 はやっ!


 密命効果抜群だな。予想どおり単細胞と言うかなんというか、ドアを乱暴にあけてオルが登場した。


 すぐさまオルに手をふると、子犬が尻尾をふってご主人に近づくかのごとく、嬉しそうに歩み寄ってきた。


「オル、よく来てくれたわ」

「ティレア様、密命を与えていただき、感激にございます。この命に賭けて任務に取り組みまする」

「そ、そう、ありがとう。ところで、他の皆にはこの件言ってないよね?」

「もちろんでございます。ティレア様の密命ですので全員下がらせました。くっく、皆悔しがっておりましたぞ。特に、あのクソ参謀の顔と言ったらなかったですな」


 そっか。とりあえずオル以外にはばれていないようだ。


 ひとまずほっとする。


 なんとかお金の配達と人質解放の役目を果たしてくれ――あれ? でもなんでオル一人だけ来ているんだ? 人質はどうしたの?


 疑問に思ってオルに質問しようとすると、女親分が近づいてきた。


「くっく、恋人との愛しの対面は終わったかい? さぁ、次はこっちの番だよ。オルティッシオ、金を渡しな。それとアタイの部下達はどうした?」

「なんだ? 貴様は?」

「ふぅん、生意気な口を利くね。痛い目にあいたいか?」

「痛い目だと? 身の程知らずが! 八つ裂きにしてやろうか!」

「青二才、どこのボンボンか知らないが、非常識は身を滅ぼすことを教えてやる」

「青二才だと! もう許せん。たかが人間の分際で――」


 いかん。オルが中二病全開で女親分に喧嘩を売っている。まったく空気の読めないのはあいかわらずだな。このままではオルの命が露と消えてしまう。


 すぐさまオルの背後に回り、そのままチョークスリーパーをかます。


「ぐふっ! て、ティレ……アさ、ま?」

「本当にすまないと思ってるわ」


 ごめん。乱暴だけど、これはあなたのためにやっているの。


 あなたの強気は評価する。だけど、ここでは命の危険に発展するんだから。そして、オルを落とすと、そのまま女親分に頭を下げる。


「すみません。この子はちょっと口が悪い上に世間知らずなんです。きちんと言い聞かせますから。許してください」

「ふん。二度はないよ」


 ふぅ、なんとか女親分の機嫌を損なわなくて済んだ。


 チョークスリーパーをほどくと、気絶して酸欠気味のオルのほっぺを二、三度叩く。


「オル、ごめんね。大丈夫だった?」

「ぜぇ、ぜぇ、も、問題ありません。あと少し、はぁ、はぁ、でヴァルハラに到達しそうでしたが、だ、大丈夫です」

「うん、それだけ中二言語を話せるなら大丈夫みたいね」


 それから俺は、女親分に口答えしないようにオルに厳命させた。


 オルは「たかが人間になぜ?」「ティレア様への無礼は許せん!」と納得しなかった。


 こいつを暴走させると俺とオル二人の命が危ない。


 だから、勅命に逆らうは逆賊と言ってごり押しした。本当に勅命って便利だね。


「ところでオル、女親分の手下達はどうなったの?」

「手下とは?」


 ん!? なんか要領が得ないぞ。


 もしかして金も持ってきてないんじゃないか?


「もしかしてお金も持ってきてないとか?」

「いえ。ここに」


 そう言ってオルは白金がじゃらじゃらと入った革袋を五個ほど取り出す。


 どうやらお金は持ってきてくれたみたいだ。一袋に数十枚はある。これって三百万ゴールド以上入ってないか?


「オル、私は三百万ゴールド持ってきてって伝えたのよ。どうしてあなたはその五倍以上も持ってきているの? かるく一千万ゴールドぐらいあるよね?」

「はい。正確には二千万ゴールドぐらいですか」

「はぁ? なんでそんなに持ってきているのよ!」

「ティレア様、私は普段、この程度の額は持ち歩いています。確かにかさばりますな。承知しました。もっと希少で小さな宝石に変えます」


 な、何トンチンカンなことを言ってんだ。そうじゃない。そんなカモネギ状態でよく今まで強盗に会わなかったな。


「あ、あのね。一言だけ言うわ。あなた強盗に金を盗まれたいの?」

「ふふ、ティレア様、邪神軍の軍資金に手をだそうとする愚かな盗人は、このオルティッシオが正義の鉄槌を与えてご覧に入れます」


 そう言って、オルはシュシュとパンチを繰り出す。そんな蠅が止まるようなストレートパンチでどうにかなるとでも?


「もういい。とにかく余計な金はしまって――」

「はぁい、そこまで。くっく。可愛い恋人を持って幸せじゃない。二千万ゴールドか。あいつらが後遺症を残してたらいけない。これは全部もらっていくよ」


 女親分が、白金の入った革袋を全部ひったっていく。


 オルはその様子をギロリと睨んだが、そこまで。口を酸っぱくして注意したおかげで様子を見るだけにとどめてくれた。


 女親分は、隣のテーブルに移り、手下達と歓喜の声をあげていた。楽しそうに金を数えている。


 思わぬ大金が手に入ったからね。はしゃぐのもわかる。


 というか手下達のことは聞かなくていいのかよ。仲間より大金が大事なの?


 まぁ、俺がつっこむ話じゃないか。


 こっちはこっちで問題だ。二千万ゴールドの損失……オル、あなたよく考えればムチャ以上に無茶な野郎なんだよね。


 とりあえず、奪われた金は後で考えよう。


 後は邪神軍の地下帝国で縛られている女親分の手下達がどうなっているかだ。


 なぜ、オルと一緒にこなかったのだ?


 もしやそのまま縄で縛られたままとか……。


「それでさ。オル、どうして一人できたの? 奴らの仲間がきたはずよね?」

「ティレア様、奴らとは?」

「ほら、私の伝言を届けにきた人と、その前に尋ねて来た人がいたでしょ」

「あぁ、そいつらのことですか」

「そうそう、そいつらどうしてる?」

「奴らなら死にましたぞ」

「はい?」

「ですから死にました。内臓が飛び散っておりましたな」


 えっ!? えっ!? どういうことだってばよ?


 どうして、そんなアカデミックな事件に発展しているんだ?


「エディムが奴らを殺したってこと? そんな無益な殺生をエディムがするとは思えないんだけど……」

「はい、エディムは殺していません」

「そうでしょ。そうでしょ」

「殺したのはエディムの部下です」

「ほぇえ!? まじですか! 誰よ。そんなことをしでかしたバカは!」

「申し訳ございません。末端の末端、クソのような小物で名を覚えておりませんでした」

「何よそれ……少しも覚えていないの? その場にエディムもいたんでしょ。そいつの名を呼んでたはずよ」

「おっしゃるとおりですな。むむ、確かジェなんとかと言ってた気がします」

「ジェジェ?」

「おぉ、まさしくその名です。さすがはティレア様、どんな小粒な存在でも網羅されておられる」

「そんなどうでもいいおべっかはいいから。それより一体何があったのよ!」

「はっ。これより数刻ほど前、貧弱そうな人間が数人、邪神軍地下帝国前に現れました。そして、ちょうど警備を担当していたエディムに遭遇。奴らは趣味の悪いことにエディムにちょっかいをかけてきたのです。それを見たジェジェが『エディム様に何たる無礼!』と激昂し、魔弾をぶつけてました」

「お店にきた全員を?」

「御意。全員殺してましたな」

「な、なんてこと……理解できない」

「同感でございます。私も理解できません。私が来るのがもう少し遅ければ大事なティレア様の密命も聞けないところでした。殺すなら情報をすべて吸い出す。そして、どうせ殺すなら魔法奴隷にして使い潰したほうがどれだけ有効か。エディム如きを馬鹿にされたぐらいで頭に血が上るとは許せませんな」


 オルへのツッコミはいいとして……。


 ジェジェめ。そんなスナック菓子を食べるかのごとく簡単に人を殺したのかよ。


 本来であれば、そんな導火線の取れた爆弾が俺の仲間にいるわけないと否定する。


 だが、ジェジェならやる。エディムが罵られ絡まれたのだ。きっとジェジェなら奴らを遠慮なく葬っているだろう。


 くっ、斜め上の展開だよ。これは予想できなかった。


 まずい。気絶して縄で縛られているぐらいだと思ったのに。


 まさかKILLしてたなんて……。


「それにしても、あのジェジェとかいう小物。あの程度の雑魚を殺すのに十秒もかかってました。なんとも弱っちい野郎です。私なら秒殺、いや瞬殺ですな!」


 オルはオルでこんな感じだ。今の置かれている状況をまったく理解していない。


 ど、どうしよう?


 事態はさらに混沌としてしまったようだ。

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