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第八十一話 「ぼったくりにあっちゃった(前編)」

「レイカちゅわ――ん♪」

「もう、しつこい!」

「ひぎゃ!」


 天下の往来でバチンと乾いた音が響く。ビンタされた男は頬を擦りながら、懲りずに別な女性に声をかけていく。そして、また叩かれる。


 二時間ばかり同じシーンの繰り返しだ。


 男はほっぺにモミジを残し、ひたすら女性にアプローチしている。


 この情けないナヨナヨした男の名は、メランコ・ムチャ。呉服屋の御曹司だ。ムチャの実家は五代は続く老舗問屋だ。そこで作られる衣服は王家御用達。庶民は気軽に入れない高級志向のお店である。


 そんな裕福な家に生まれたムチャは金払いは良い。だが、女癖が悪い。女と遊ぶことしか考えてない放蕩息子である。


 まったく昼間から働きもせずにプラプラ遊んでるんじゃねぇよ。まぁ、これは何もムチャだけを指しているわけではない。


 最近、西通りではナンパが流行っている。ムチャみたいなチャラ系のナンパ男達がタムロして女性に声をかけまくっているのだ。


 まさに前世でいう原宿だね。


 こうなった原因は、料理屋ベルムが繁盛してしまったせいでもある。


 料理屋ベルムは、ドリュアス君の斬新な経営改革により連日連夜、お客さんがひっきりなしに来るようになった。


 自分で言うのもなんだけど、料理は美味しい。しかも、美人な看板娘もいる。もともと流行る素地はあったのだ。さらにミューやエディム達吸血部隊が警備をしているから、不良やチンピラはやってこない。治安もぐんと良くなった。


 一度、ミューやエディム達がお店に因縁をつけてきた悪党達を叩きのめしたことがある。噂が噂を呼んで、不埒な真似をする者はお店に近寄らなくなったのだ。


 今や料理屋ベルムは、お客さんが安心して食事を楽しんでもらえる王都で一、二を争う優良店となったのである。栄養価満点の美味しい料理だけでなく、安心まで提供してくれる、女性や子供達にも人気なスポットとなった。


 そして、女性客が増えれば綺麗な女性も格段に集まってくる。


 結果……この西通りはナンパスポットとしても有名になってしまった。


 お店が繁盛したのは嬉しい。だけど、こんな副次効果は嬉しくない。こうやってチャラいナンパ野郎が日々集まってくるからね。


 エディムは、そういう不埒なナンパ野郎を見かけるたびに「海に沈めましょうか?」と問うてくる。


 昼間から働きもせず、女の尻を追っかけるようなナンパ野郎にエディムも思うところがあるのだろう。怒りを覚えているのだ。俺もエディムと同じ気持ちだ。けど、お店のお客さんに乱暴したり因縁をつけてくるわけではない。


 ただのナンパだからね~個人の自由だ。


 やり過ぎないかぎりは、ほおっておくように厳命しておいた。どうせ、ヤリチンどもはナンパが成功すれば、そのままどこかに去る。失敗すれば諦めて帰る。


 ほおっておくのが一番だ。


 そうやってこの一週間は折り合いをつけていた。


 ただ、ムチャだけは別格である。


 ほぼ毎日、何時間も女のケツを追っているのだ。


 さすがにもう限界だ。


 ムチャのせいで、女性客がさっきから全然お店に入ってこない。ムチャの変態ストーカーぶりに女性達が嫌悪感丸出しで去っていく。


 営業妨害だね。


 エディムもちらちらと俺を見て「叩き出してきましょうか?」と目で訴えてくる。しかも、脆弱なカーチェイスちゃんまでぽきぽきと拳を鳴らしているのだ。


 あなたも叩き出そうとしてくれるの? 可愛いね。


 でも、待ってくれ。あなた達が出ると、事態はややこしくなる。ここは、店長として俺が対処しよう。


 エディムやカーチェイスちゃん達にお店の業務を任せ、お店の前で懲りずにナンパしているムチャの元に向かう。


「ムチャ」

「あ、ティレアちゃん♪」


 ムチャが俺に気づき、抱きつこうとしてきた。


 すぐ様、横に避ける。


 ムチャは、勢い余って転倒した。地面に顔をぶつけたようで、うんうん唸っている。


「いてて。もうティレアちゃん、つれないなぁ~」

「ムチャ、いい加減ナンパはやめて帰りなさい。実家の呉服店忙しいんでしょ」

「ティレアちゃん、そんなお説教は親父達だけでたくさんだよ。それよりさ、俺とデートしよう? ね? ね?」

「はぁ~まったくぶれないね」


 こいつは俺に会うたびにデートの誘いをしてくる。何回断っても懲りない。ある意味、鋼の心臓をしている。


「ティレアちゃん、頼むよ。お願い、お願い。俺、ティレアちゃんと初めて会った時は、衝撃だったよ。こんな美人がこの世にいるなんて信じられなかった。ティレアちゃんが王都に引っ越してきたことは俺の生涯、ビックスリーに入る事件だったね。お願いだから美の天使ちゃん。俺と一回だけ、一回だけでいいからデートしよう?」


 ムチャは頭をヘコヘコ下げ、憐みを誘うように懇願してくる。


 ったく、なよっちいったらありゃしない。


「ムチャ、そんなガキみたいな真似はやめて、いい加減大人になりなさい」

「ティレアちゃん、そんな説教は聞きたくないって……あ、そうだ! ぐふふ。大人になるよ。だからティレアちゃんが俺を大人にしてくれない? 思い出をちょうだいよ。ティレアちゃんなら五十万ゴールドまで出してもいい」


 本当にどうしようもない奴だな。


 俺を金で買おうってか?


 はぁ~と大きく溜息をつき、きっとムチャを睨む。


「また入院したいの? ビセフさん、次は再起不能になるまで叩きのめすかもよ」

「ひっ、狂犬ビセフ!?」


 そうムチャは以前、ヘタレ(ビセフ)にボコボコにされた経験がある。


 俺にちょっかいをかけてきた時にたまたまヘタレ(ビセフ)がいた。そして、ヘタレ(ビセフ)は容赦なしに拳を振るったのである。


 ムチャは、全治一週間の傷を負ったんじゃないかな?


 それ以来、ムチャはヘタレ(ビセフ)にびびりまくりなのだ。


 ヘタレ(ビセフ)を思い出しているのか、ムチャはぷるぷる子犬のように震えている。この調子なら今日は大人しく帰るだろう。


「ムチャ、それじゃあね。ナンパばかりしていないで働きなさいよ」


 そう言ってお店に戻ろうとするが、

 

「あ、待って! ティレアちゃん、今晩さ、空いている?」


 ガクブル状態から復活したムチャに声をかけられた。


 まだナンパする気か? しつこすぎだ。


「もう何度言ったらわかるの! ビセフさんに本当に連絡するよ」

「やめて。やめてよ。あの狂犬に次、ティレアちゃんにちょっかいをかけたら殺すと脅されているんだ。まじで殺される」


 おぉ、完全に脅しが効いている。


 ヘタレ(ビセフ)は王都に戻って、折られた牙が完全に復活したね。


 なんかぶいぶい言わしているみたいだ。まぁ、とは言ってもムチャ程度をのしたぐらいでは自慢にならないんだけどね。ぶっちゃけ俺でもこいつならワンパンで倒せる自信はある。


「そんなにビビッているならもう私をナンパするのはやめなさい。それにはっきり言うけど、その気はまったくないから」

「わかってる。わかっているよ。ティレアちゃんは女の子が好きなんでしょ」

「いや、まぁ、そうにべもなく……」

「特にエルフ、レミリア様が好きなんだよね?」

「そうだけど、むやみやたらに言いふらさないでね」


 そう、あまりにしつこくナンパされたので、俺はムチャにレミリアさんへの恋心を正直に話してしまったのだ。男とどうなる気は百パーセントないと拒絶したが、ムチャはムチャで「百合もいいよね」とご満悦だった。


 他の男に取られるよりは女の子のほうがいいってことなんだろう。


「わかっているよ。ティレアちゃんの趣味は理解しているから。そんな百合百合なティレアちゃんに、とっておきの情報を教えてあげる」

「なにさ」

「じつはエビル地区にすごくムフフなお店があるらしいんだ。一緒に行かない?」


 ムフフなお店!?


 少し食指が動く。


 だが、慌てるな。エビル地区はすごく治安が悪い。美少女な俺が気軽に行っていい場所ではない。


「ムチャ、エビル地区みたいな危ない場所に行けるわけないでしょ」

「ティレアちゃん、最近はエビル地区は治安がいいんだよ。地区を預かるトップが悪党を完全にコントロールしているみたいだからね」

「闇の帝王……」

「そうそう、エビル地区で暴れるとそいつに目をつけられるから皆、行儀がいい」

「でもね、女性が行くところじゃないし……」

「ティレアちゃん、エビル地区は女性が働くところだよ。エビル地区には女の子がいっぱいいる。俺は何度も女の子と一緒に出掛けているよ。まぁ同伴料金がかかっちゃったけどね」


 なるほど……そういう事情ならあまり絡まれないかな。ムチャの同伴相手と思われるのはシャクだが、安全に行動できるのならしょうがない。


 ムチャ推薦のムフフなお店。キャバクラみたいな感じかな。


 前世、一度、そういうお店に行ったことがある。ボッタクリと恐喝と暴行のコンボを決められたトラウマから二度とそういう場所に足を踏み入ることはなかった。


 結局、前世では、童貞から素人童貞にすらチェンジできなかったのだ。


 いい機会だし、俺も行ってみるか……。


 いやいや、治安が良くなろうともやっぱり女の子が行くべき場所ではない。


「ムチャ、誘ってくれて悪いんだけど、一人で行ってきて」

「エルフっ娘がいるんだよ」

「えっ!?」


 こ、こいつ、今、何を言った!?


「あ、あの今なんて……?」


「ふふ。何度も言うよ。どうもね、そこはエルフっ娘を集めたお店らしいんだよ」

「へ、へぇ~そ、そうなんだ。で、でも行かないよ。うん、行かない。私にはレミリアさんという心に決めた人が……」


 動揺を抑えながらも、震えは止まらない。


 エルフっ娘達のお店だと!


 あんなことやこんなことをしてくれるのかな?


 エルフは種族意識が強いのに、そんなサービスをしてくれるなんて、実にけしからん。


 うらやま……けしからぬ。


「もったいないなぁ。きっと巨乳エルフから褐色エルフと様々なタイプがいるよ。ティレアちゃんは会いたくないの?」

「そ、そりゃ会ってみたいけど……」

「じゃあ、行こうよ~それに練習は必要だよ。一度は経験しておかないと本番で不覚を取るね。レミリア様に情けなく思われたくないでしょ」

「た、確かに……」


 俺はまったく経験がない。これでは、レミリアさんとの大事な場面で侮蔑されるかもしれない。


 ただ、女の子が行くのは倫理的にどうだろうか……。


「でもね、そういう遊びをしてもいいのか……」

「ティレアちゃん、何もそんなに重く考える必要はないよ。軽く考えて。可愛い女の子と楽しいおしゃべりをしにいくんだよ」

「そうか。楽しいおしゃべりをするならいいよね」

「そうそう。それにこういうところで働く女の子は経済的に困っている子が多いからね。俺は援助しに行っているの。人助けだよ」

「な、なるほど……」


 もし、お金に困っているエルフっ娘がいたら、お店で雇えばいい。


 そう、困窮しているエルフっ娘を救いに行くのだ。ま、まぁ、その後、意気投合して大人な関係になったとしても自由恋愛だ。うんうん、どこに出会いがあるかわからない。


 俺はムチャの誘いを受けることにした。


 一旦、お店に帰り、夜に待ち合わせをする。


 そして午後九時……。


 待ち合わせ場所に向かう。普通の商店街はしまってある。エビル地区の歓楽街はここからが本番だ。


「あ、ティレアちゃん」

「待たせたね」


 物陰からそっと顔を出し、周りの様子を窺う。


 うん、ついてきていないようね。


 邪神軍の皆がお供するって聞かないから大変だったよ。


 ふぅ、本気で撒いてきた。音速は越えたと思う。


 邪神軍の皆って意外にかんがいいんだよね。夜中にこそっと出かけようとしたら、すぐに見つかった。誤魔化すのに苦労したよ。


「ティレアちゃん、軍資金はいくら持ってきた?」

「一応、十万ゴールド持ってきた。足りるかな?」

「足りる、足りる。一晩十分に遊べるよ。お釣りがでるくらいさ」

「そっか。それでムチャのほうは?」

「俺はいつも財布に三十万ゴールド入れている。それに今日は女の子へのプレゼント用に宝石もいくつか持ってきた」


 おいおい、気合入ってんな。


 いくら老舗の若旦那でも散財しすぎじゃないか?


 まったく、ムチャしやがって。


「それじゃ行こうか」


 ムチャの案内されるがまま、エビル地区を歩く。


 ネオンが眩い。


 治安が良くなったとはいえ、道行く男共が振り返ってくる。中には口笛まで吹いてくる奴までいた。


 でも、注目されてはいるが、そこまで浮いてなかった。ムチャの言う通りだ。ここは女の子がいっぱいいる。


 俺ほどの美女がいてもそこまで目立つことはないみたいだ。それにしても、腕を組み男と同伴出勤している女性がいっぱいいる。


 この後、しっぽりすっぽりやるのだろう。


 街全体を色気が覆っているようだ。


 久しぶりに来たけど変わっていない。すごい色気ムンムンの女性がお店の前に立ち、行きゆく男達を挑発している。


 目の毒だよ。どこを見てもピンク、ピンクだ。


 うお! さらにすごいのを見つけた。スケスケの服をきたお姉さんが、艶めかしいダンスを踊っているのだ。


 こ、これは……ゴクッ!?


 思わす生唾を飲み込む。


 もっと見ていたいが、今日の趣旨は違う。


いくつもの誘惑を振り切りながら歩く。そして、ムチャが一軒のお店を指差した。古びた雑居店の中の一つである。


 怪しい。


場末のキャバクラか?


 地雷店の匂いがプンプンしてくる。


「ねぇ、ここ怪しくない?」

「だから穴場なのさ。合法的にエルフを夜のお店で働かせているなんてばれたら大変だろ?」


 確かに治安部隊の隊長はエルフのレミリアさんだ。アルクダス王家の何代か忘れちゃったけど、その王妃もエルフだったらしい。だから今の王家にもエルフの血が入っている。


 そんな王家がこんなエルフを働かせるようなお店を知ったらすぐに営業停止、いや経営者を牢屋に入れるぐらいはするだろう。


 だから人目を忍んで営業してもおかしくない……うん、一応筋は通っているな。


「すごいらしいよ。噂だと、ぐふふ、エルフが何も穿いてないで酌をしてくれるんだって!」

「うほ!」


 どこのノーパンシャブシャブかよ。経営者の奴、やりおるな。


 顔がニヤニヤしそうになるのを必死に我慢する。興奮して震えてきた。


 す――は――深呼吸する。


 深呼吸を繰り返して落ち着くのだ。


 父さん、母さん、井上、とうとう大人になる時がやってきた。


 幾分、リラックスした後、ドアを開ける。


「いらっしゃいませ~」

「うっ!?」


 思わず顔をしかめる。


 出迎えてくれたのは五人。魑魅魍魎な化け物がニンマリと笑みを浮かべて待ち構えていた。


 ど、どこのクリーチャーだよ!!


 まず、真ん中にいる人。とうをすぎたご婦人だ。四十代ぐらいか?


 それはまだいい。許せる。


 だが、両脇にいる化け物達はなんだ? 


 まず、左側の化け物。筋肉が服を食いちぎりそうなくらいでかい。腕なんて俺のウエストぐらいないか?


 オーガかよ!


 左側の化け物もすごい。オークかゴブリンの合いの子じゃないのか?


 仮装無しで化けれるね。ていうか一人、完全な男がいるぞ。胸毛生えてる。顔も髭剃り跡というか青髭すげー。


 そんななりで可愛い服とポニーテールをしているところがまたなんというか……って、ここまで加齢臭がしてくる!?


 俺は「話が違うじゃねぇか!」と抗議の目線をムチャに送る。ムチャは「大丈夫、きっとプレミアコースで本命が出てくるんだよ」と目線を返してくる。


 ふむ。ムチャを信じたい。


 だが、店内は不潔で女の子という表現を使っていいレベルじゃないメンバー……いや、女かどうかより人かどうか判断するのが先なレベルだ。


 どこの妖怪屋敷だよ。


 理性では、このまま回れ右をしたほうがよいと訴えている。


 う~ん、でも、この人達はカモフラージュで奥にエルフっ娘が控えている可能性もある。こういうクリーチャー達を全面に押し出しておけば、官憲の目もごまかせるしね。


 淡い期待が膨らむ。


 うぅ、迷う。


 ムチャはどう考えている?


 ムチャを見ると、


「あ、ばか、座りやがった」


 ムチャは熟女に言われるがまま席に案内されていた。


 よく見ると、ムチャは腕を組まれてて熟女の胸がムチャに当たっている。ムチャはまんざらでもない様子だ。どれだけスケベなんだよ。ストライクゾーンが広すぎる。


 ったくもうキャンセルできないぞ。


 座ってしまえば席料を取られる。


 しょうがない。俺も腹をくくろう。


 エルフがいることを期待して俺もテーブルにつく。


「お客さん、仕事帰り?」


 ムチャは、熟女にお決まりの言葉を言われて酌をされていた。ムチャは老舗の若旦那だが、仕事はしていない。いつも遊び呆けている。


 どう返す気だ?


 ムチャはドヤ顔をして平然と嘘を捲し立てていた。


 こいつ言い慣れてやがる。だてに遊び慣れていない。ムチャは、さも有能な商社マンとばかりに「今月の仕入れは上々」とか「来月には支店を出す」とかエラそうに言っている。確か支店ができるというのは聞いているから、事実は事実だね。


 だが、お前……それはあなたの親父さんの手柄でしょうが!


 それに何を正直に話しているのだ。こういうところで自分の経歴をつぶさに話すのはいかがなものかと思う。どうもこの世界の人間は個人情報というものを疎かにするね。


 まぁ、人のことはいいか。


 代わって俺のテーブル。俺の隣にはオーク娘さんとオーガ―娘さんが付き添っている。


「女の子のお客さんって珍し――! 最初は求人に来たのかと思っちゃった」

「本当、本当! ライバル出現って奴? なはは! カナ、ドキドキだった!」

「はは……」


 オーク娘さんとオーガ―娘さん、は見かけと違って少女な声をしていた。心も少女みたいだね。歩くたびに床が軋みそうなゴツイ体つきで仕草は乙女そのものだ。


 外見さえ気にしなければこの人達は少女だ。少女二人に囲まれている。


 そう思い込めばここも天国に見える……ごめん。無理です。


 人の想像には限界がある。両脇をクリーチャーに固められて全身鳥肌が立ってきた。寒気も襲ってくる。思わずぶるっと身震いをした。


「あれ? 緊張しているの? 震えているよ」


 オーク娘さんが俺を上目使いで見てくる。


 こ、怖い。


 獲物を前にした肉食動物の目だ。食わないでね。


「こういう店初めて? かわいい~♪」


 オーガ―娘さんは、少女のようなセリフを吐き何度も俺の太ももを擦ってくる。そんな逞しい腕で触られたら俺の脚が折れそうだ。やめてくれ。


「あ、あの、あまり触らないで……」

「何、女の子同士だから遠慮してるの? 大丈夫。そういう趣味の人ってけっこういるのよ。私は男でも女でもどっちも大丈夫。うふ♪」

「そ、そうですか……」


 オーガ―娘さんのウインク攻撃(金縛り×百)を直視できずに目線を逸らす。


 顔は直視できない。せめて可愛らしい衣装でも見て――


「やだぁ!」

「えっ!? 何?」

「私が何も穿いてないのをわかっているでしょ。このす・け・べぇ!」


 おげぇえええ!!


 だ、誰か、助けて!


 オーガ―娘さんがスカートをチラチラさせ暗黒物質を見せつけてくるのだ。


 脳内に危険信号ががんがん鳴り響く。


 レミリアさんを始め、ティムやエディムやカーチェイスちゃん、美少女がそばにいるのが当たり前になっている俺にとってここは地獄だよ。


 さ、酸欠で死にそうだ。


 酸欠状態に陥り口をパクパクさせていると、さらにオーク娘さんが、


「ねぇ、この後は別料金だけど……する?」


 肩紐をするっと解いて胸の谷間を見せてくる。


 オーク娘さんのバストからヒップまで全て三ケタ越えをした素晴らしい肉体美(恐怖)の前に俺のSUN値はガリガリと下がり地面に到達し、さらには地中深くまで埋没してしまった。


 か、勘弁してくれ。


 もう、鏡を見て自分を見ながらしていたほうがよっぽどいいわ。というか、こいつらはなんでこんなにも自信に溢れているのだ?


 もしかして美醜の逆転した世界から来たとでもいうのか?


 とにかくこの地獄から抜け出したい。


 当初の目的を果たそう。


「あ、あのスペシャルプランがあるって聞いたんですけど……」

「スペシャル?」

「ほ、ほらエルフが……」

「あ~そうだったね。スペシャルコースは三万ゴールドかかるけど大丈夫?」


 くっ、地味に高い。


 だが、ここまで来たらもう後にはひけない。こんな目にあったのだ。何がなんでもエルフっ娘を見届けてやる。


「うん。別料金で良いから早く交代して」

「ちょっと待っててね」


 奥に引っ込むクリーチャーの皆様。


 隣のテーブルに座っているムチャも熟女から交代した青髭ガールにやられたようだ。げっそりとしている。このスペシャルコースへのチェンジは、奴にとっても渡りに舟だったみたいだね。


 ムチャは俺に向けてグッジョブと親指を立ててきた。


 それからしばらくして……。

 期待を胸に現れたのは……。


  エルフ耳のかざりをつけた先ほどのクリーチャー達だった。

 

  オーガ―娘さんがつけ耳をつけて吠える。オーク娘さんがつけ耳をつけて踊る。踊り子の衣装がまたセクシー(棒)だ。青髭ガールが着け耳をつけてタップする。胸毛を主張する衣装がまた何とも趣深い(棒)。

 

  くっ、どこの魔窟だ。

 

  ……

  …………

  ………………

 

 ひどい、ひどすぎる。


 エルフっ娘がいないのは、心のどこかで認めていた。こんなお店だしね。0.1%の期待を持った俺が馬鹿だっただけだ。


 だけどね。せめてメンバーぐらいは交代しろや!


 偽のエルフでもいい。人間に耳飾りをつけて誤魔化してもいいからもっとマシな……言っても仕方がないか……。


 それにしてもひどい。お客を騙すにしてももう少し本気になれよ。エルフの耳かざりが取れかかっているのだ。幼稚園児の工作レベルの耳かざりである。雑さが否めない。


 ムチャもショックなようで開いた口が塞がらないようだ。飲みかけのお酒をぼたぼた口からこぼしている。


 そんなショックを受けていた俺達に熟女が現れて、


「五万ゴールドになります」


 そうのたまいやがったのだ。


 ブチンと俺の中の何かが切れた音がした。


 おもむろに立ち上がり、下を向く。


「ティレアちゃん、いきなり立ち上がってどうした――」

「よくも騙したなぁ! 騙してくれたなぁぁああ!!」


 もう典型的なぼったくりだよ。何が五万ゴールドだ。ふざけるな! 精神的慰謝料でこっちがもらいたいぐらいだよ。


「帰ります!」

「えっ!? ティレアちゃん?」

「ムチャ。帰るよ。ケツの毛まで毟り取られたいなら別だけど」


 憤怒を隠さず、そのまま出口まで向かう。


「途中退席はペナルティだよ」


 熟女が後ろから声をかけてくるが、無視だ。


 ムチャを連れて、ずんずんと歩いていく。


「そうかい。お客さんのお帰りだよ」


 熟女がそう言うと受付に人が現れた。


 さっさと帰りたかったが、さすがに無銭飲食はだめだ。一応、お粗末ではあるが、酒とつまみは出ていた。凍える思いをした上にまずい料理を喰わされたが、しょうがない。


 不満を覚えながらも財布の口を開ける。


「おいくらですか?」

「四十三万七千ゴールドになります」

「はい?」

「お一人様、四十三万七千ゴールドになります」

「いや、聞こえてますって。ちょっと蒸留酒飲んでつまみを食べた程度だよ。桁が一つどころか二つほど違うんじゃない?」


 暴利すぎる。これはいくらなんでもあんまりだ。


 ムチャも文句を言っている。


「お客様、うちで出した酒も料理も最高級の品です。それに女性のサービス料も含んでいるです。適正な価格ですよ」

「な、何言ってんの! 私を舐めないでくれる! 酒も料理も三級品どころか、犬も食わないレベルだよ。それに、それにぃ! そんな料理よりもひどいのが女性のサービスだよ。あ、あれは何だよ。ひどい、ひどすぎる!」

「……お客様、いちゃもんをつけているのですか?」

「な、何がいちゃもんだ! こんな思いをして四十三万ゴールド支払え? ふざけるな。絶対に払わないから」

「困りましたね」


 受付が溜息をつくと、どこにいたのか天幕からぞろぞろとチンピラ風の男達が現れた。その数は十数名。あっという間に囲まれた。


 これはやばい。


 すぐさま逃げようとするが、


「ば~~~~っかじゃないの! 逃がすと思ってんの?」


 先ほどの熟女が首にナイフをつきつけてきたのだ。


 あばばばばばばばばばばば!


 ど、どうしよう? 俺のバカ、アホ、間抜け!


 ぼったくりの中でも最悪のパターンにはまっちゃったよ。

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