第八十話 「カーチェイスの弟子入り騒動(後編)」★
今日はカーチェイスちゃんの弟子入り試験の日だ。
カーチェイスちゃんがここに来てから早三か月が過ぎている。
月日が経つのも早いね。
カーチェイスちゃんは、前回の試験で不合格になってから、目の色を変えて頑張ってくれた。変態も初めての部下、邪神軍での遊びの部下ではなく、本当の意味で仕事の部下ができて嬉しかったみたい。カーチェイスちゃん以上にはりきって頑張ってくれたよ。
試験のお題は、前回と同じく炒飯だ。料理の基礎を知らないとうまく作れない。簡単なようで難しい料理なのだ。付け焼刃はだめ。生半可な小手先の技術より、地味でもしっかりとした基礎力を見せて欲しい。
カーチェイスちゃんの指導に関しては、変態に一任していた。私は、修行の内容はほとんど知らない。料理の基礎力がどれだけ上がっているか期待が膨らむ。
カーチェイスちゃんが朝早くから夜遅くまで頑張っていたのは知っている。変態の気合の入った声に、カーチェイスちゃんが健気に応えてたのが本当の師弟みたいで微笑ましかった。
変態はまるで鬼軍曹並にしごいてたみたいだね。自分に甘く他人に厳しい変態の指導だ。カーチェイスちゃんが反発するかと不安だったが、存外にうまくやれたみたいだ。
聞いた話では、変態は、まずカーチェイスちゃんの体力をつけることから始めてたらしい。地下帝国のトレーニング室で筋トレをやらせてたみたいだね。
うん、それはもちろん重要だ。料理をする上で体力は必須である。カーチェイスちゃんは華奢な上に脆弱だ。そこからスタートさせるのは正解だと思う。
後は、肝心の料理スキルなのだが……。
一応、変態はそつなく執事の真似事ができる。ベルガにいた時から料理の基礎的なイロハも教えてた。素人に料理の基礎を教えるぐらいはできるはずだ。
もちろん、あの変態だ。不安はあった。助言もしたかったよ。
でもね、俺が出張ってたらいつまでたっても変態は成長しない。
だから忙しかったのもあったけど、見てしまうといろいろ口を出しそうだから二人の様子を見に行くのは止めた。
カーチェイスちゃんが半人前なら変態も指導するのは半人前、お互いに切磋琢磨するのを祈っていたのだ。
という次第で正直、あまり期待はしていなかった。教師が変態だからね。素人に毛が生えた程度でも成長してくれれば御の字ぐらいに考えていた。
だけど、カーチェイスちゃんが厨房に現れた時に不安は無くなっていたよ。
ふっ、いい顔しているじゃない。あれは何かをやり遂げた顔だ。
「カーチェイスちゃん、期待しているよ」
「はっ。恐れながら以前の私とは格段に違います。早くティレア様にその成果をお見せしたいです」
「うんうん、頑張ってね」
この自信に満ちた声。期待が持てる。
早速、炒飯を作るように指示を出す。
カーチェイスちゃんは、待ってましたとばかりに冷蔵庫から材料を取り出し、まな板に置いた。そして、棚から包丁を取り出しみじん切りにしていく。
材料を切った後は、鍋に入れ炒める。味を調えた後は完成だ。どかっとテーブルに置かれた炒飯。出来立てほやほやの湯気が立っている。
「どうでしたか?」
「……」
「ティレア様?」
ま、まるで成長していない……。
ど、どういうこと?
三か月も修行していて何も変わってない。
最初の試験のまんまだよ。包丁の持ち方までは良かった。だけど、具材の切り方、味付けがむちゃくちゃだ。調和のバランスも取れていない。料理の基礎がわかってないよ。その自分勝手な動き、料理の手順を無視した個人プレイの数々。料理を作ったら、お客さんに出すということを理解しているのか?
カーチェイスちゃん、あなたのために料理があるんじゃないの。食べてくれるお客さんのために料理があるの。
はぁ~まったく料理を知らない素人じゃないんだぞ。三か月も修行をして何を学んでいたんだ。
大体、こんな自分勝手な動きをさせるなんて指導者は何をしていたんだ?
あぁ、そうか。やっぱりそうだよね。
原因はわかった。
「あ、あの、試験の結果は?」
カーチェイスちゃんが心配そうに尋ねてくる。
とても不安なのだろう。自信がないんだね。
うん、あなたの想像どおり不合格よ。三か月も修行をしてまるっきり進歩がないんだもの。きっぱりと結果を伝えよう。
「カーチェイスちゃん」
「は、はい」
ふと、カーチェイスちゃんと視線が合った。
だめよ。だめだめ。あなたがいくらそんな目で見ても結果は変わらない。プロの世界は厳しいのだ。
くっ!? カーチェイスちゃんは上目づかいに訴えかけてくる。可憐な少女が必死に訴えてくるのだ。無理、こんな幼気な少女を悲しませたくはない。
よ、よし。とりあえず原因究明が先だ。結果通告よりもそっちを優先しよう。
「あ~カーチェイスちゃん、合否よりも先に聞きたいことがあるの」
「はい、なんでしょうか?」
「あのね、この三か月、何をしていたか教えてくれる?」
「はっ。まずは重力制覇から始まり組み手、それから……」
カーチェイスちゃんの話を聞いていくうちに頭が痛くなってきた。
これ、ただ遊んでいただけだよね?
体力は多少つくかもしれないが、それがなんなのだ。料理店の研修だぞ。料理を教えてなんぼだ。
それぐらい言われなくてもわかっていると思ってたが……。
変態よ。あなたは一応、一年以上勤めた従業員だ。仕事の分別ぐらいつけろ。いつまでもニートの精神ではこの先やっていけないぞ。
「ふぅ。どうやらこの三か月、遊んでただけのようね」
「そ、そんな……」
「あ、別にカーチェイスちゃんのせいじゃないよ。悪いのは指導したニールの責任だから」
「ティレア様、私は遊び半分で修行していません。どうか信じてください。この三か月、私は死ぬ気で修行しました。というか、二、三回は死んだかもしれません」
「大げさね。というか、そういう言い方をしてくる自体、必死に修行してこなかったように聞こえるよ」
「本当です。私は必死でした。組み手では両手両足が動かなくなっても舌を使って攻撃しましたし、他にも――」
「ストップ。舌って何?」
「は、はい。ニールゼン様の顔面に舌でこう……ぺっと」
カーチェイスちゃんがその愛らしい舌をペロッと出して、キツツキのようにとんとん突き出してくる。
うん、確定だ。犯罪だ。情状酌量の余地は無し。出るとこ出たら百パーセントお縄だよ。
変態は遊んでいただけではない。無垢なカーチェイスちゃんに変態行為までしていたのだ。
「カーチェイスちゃん、もういいわ」
カーチェイスちゃんの話を中断させる。まだ話し足りなさそうなカーチェイスちゃんだったが、もう十分、お腹いっぱいだ。
「ちょっと待っててね。少し用事ができたから」
厨房に置いてあった金属バットもどきを持ち、そのまま地下帝国へと降り立っていく。
さぁ、お仕置きの時間だ。ことお店の業務でふざけたらどういうことになるか、変態にきっちり教育してあげないとね。
今回、挿絵第十一弾を入れてみました。イメージどおりで素晴らしかったです。イラストレーターの山田様に感謝です。