第七十八話 「カーチェイスの弟子入り騒動(前編)」
現在、俺はカーチェイスちゃんの面倒を見ている。家主とはいえ、オルにはもう任せられない。トラブルばかり起こすからね。
数日前、カーチェイスちゃん達は奉仕活動するのが嫌になり、変態達相手に大立ち回りしたあげく、逃げだした。
その時、カーチェイスちゃんが変態に殴られて怪我していると聞いたから、すぐに邪神軍を総動員して大捜索したのだ。
結局、最後はティムが見つけて連れ戻してきたのである。カーチェイスちゃんの怪我は、ティムが回復魔法で治してくれた。
大事にならなくて本当に良かったよ。
ちなみにカーチェイスちゃん以外の他の子達は、家に帰ったみたいだね。軍団員達は、贄にされてこの世から消えたと言ってたけど、もう突っこまない。
とにかく戻ってきたカーチェイスちゃん、彼女だけでもしっかりと更生させたいと思う。
ちなみにカーチェイスちゃんは、借りてきた猫のようにおとなしくしている。無理に連れ戻したのだ。また暴れて逃げ出すのを警戒していたけど、杞憂だったね。
よほどティムにお説教されたのが、骨身に染みたのだろう。
あと、カーチェイスちゃんの王都滞在が長期になりそうだから、彼女のご両親に連絡を取ろうとした。カーチェイスちゃんに連絡先を聞くと「親はいない」と言われた。
あぁ、辛いことを聞いてしまったと反省したんだけど、詳しく聞いたら、五十年も前に亡くなったんだって。
おい、じゃあ今お前は何歳なんだよ。八十歳ぐらいか?
こんな親不孝な嘘を言う子は、お説教してやると意気込んだが、ふと気づく。
カーチェイスちゃんがこんな下手な嘘をつくのはなぜ?
しばらく考えてある結論に達した。
……おそらく育児放棄だろう。
彼女のご両親は、金さえ与えておけばいいという典型的なだめ親にちがいない。カーチェイスちゃんがかまってほしいときに仕事、仕事で子供と向き合わなかったのだ。
カーチェイスちゃんが親がいないと嘘をつくのも理解できる。
親の愛情が不足しているのだ。誰かにかまってほしくて、不良になって暴れたり、金持ちのくせに泥棒したりしていたのだ。
どの世界でも不良になるきっかけは同じだね。
よし、わかった。
そういう事情なら俺がカーチェイスちゃんの親代わりになる。
そう決心し、四六時中カーチェイスちゃんをそばに置いて会話を心掛けたのである。
食事や買い物を一緒にしながら他愛もない会話にいそしみ、親交を深めた。
さすがに仕事中は無理だったけど、興味深げに料理する様子を見てくれたのは嬉しかったね。労働する喜びを知ってもらいたい。
今もカーチェイスちゃんは俺が料理をする姿をじっと見つめてくれている。
カーチェイスちゃん、こうやって働くのは大変よ。でも、自分が作った料理をお客さんが食べて喜んでくれるのは素敵でしょ。
ちらりと、カーチェイスちゃんの表情を見る。
おぉ、やはり興味深げに見ているぞ。そんなに興味深々なら、プロの技を見せてあげよう。
包丁をくるりと回転させ、目にも止まらぬ速さでキャベツを刻んでいく。
案の定、カーチェイスちゃんは驚きの表情をしている。
それから、調子に乗っていくつも料理技を見せてやってたら、
「ティレア様、どうか私をあなた様の部下にしてください!」
カーチェイスちゃんが、そう懇願してきたのだ。
頭を地面にこすりつけた、完璧な土下座である。
「本気なの?」
「はっ。今までの私を変えたい。そう、信じられるお方に出会えました。あなた様のことです」
どうやらカーチェイスちゃんは、俺が真摯な態度で仕事に取り組む姿に感銘を受けたようだ。
そうだね。金持ちのお嬢ちゃんだからこそ、アルバイト経験は必要だ。
「カーチェイスちゃん、感心したよ。それじゃあ、少し働いてもらおうかな」
「ははっ。ありがたき幸せ! 全力で勤めさせていただきます」
「うんうん、気合十分ね。期待しているわ」
「もったいなきお言葉です……そ、それとですね」
「な~に?」
「は、はい。不躾ながらティレア様の弟子にしていただきたく……」
「弟子か……」
「はい。ティレア様の神の如き技量に惚れました。ぜび神技の数々をご教授いただきたいです」
神技って……。
調子に乗って料理技を見せすぎたかな。ネギの高速微塵切りや、オムレツのフライパン返しなど、かなりアクロバットな技を見せたからね。
カーチェイスちゃんは、目をキラキラ輝かせて懇願してくる。
「うーん、お店で働くのはいいよ。でもね、弟子入りは即答できないわね」
弟子入りとなれば、秘伝の味を伝えなければならない。やる気だけではだめだ。その味を継承できる料理の才能が必要である。
俺のようにね!
べ、別に血統主義で弟子入りに反対しているんじゃないよ。ベルムの店は、一子相伝というわけではない。俺だって父さんから同じようなことを言われたのだ。娘だからって甘やかされなかった。小さい頃から何年も修行し、俺にやる気と才能を見出してくれて、やっと父さんが作り出した味を教えてくれたのだ。
「やはり、だめでしょうか……」
「こればっかりは、やる気だけではだめ。ある程度の才能も必要よ。それに素人に一から教えるのはちょっと厳しいかな……」
「一応、プロとしての実績もあります。腕にはいささか自信があります」
「本当に? あなた素人でしょ」
「た、確かにティレア様の御前で醜態をさらしました。そうお思いになるのは当然です。ですが、これでも私は一族の中でトップクラスの実力でした」
ふむ、正直料理経験があるとは思えない。それどころか、あのやんちゃっぷりから判断するに、ろくに労働もしていなかったように見える。
ただ、カーチェイスちゃんは金持ちとはいえ、女の子だ。もしかしたら、花嫁修業で料理をしていた可能性も否定できない。
「じゃあ、少し腕前を見せてもらおうか」
「お願いします。もう醜態はさらしません。私の本気をお見せします」
カーチェイスちゃんは、やる気に満ちている。まるで歴戦の殺し屋のような気合の入りっぷりだ。
これは、少しは期待してもいいかもしれない。ひょんなところで俺の後継者ができるかも?
「それじゃあチャーハンを作ってみて」
「はぁ? 今なんと?」
カーチェイスちゃんが、間の抜けたような顔で返事をしてきた。俺の言葉をちゃんと聞いていなかったらしい。
大丈夫か? 試験はもう始まっているんだよ。ちゃんと集中してないとね。
「チャーハンを作ってって言ったの」
先ほどよりも大きな声で明瞭に復唱した。
だが、カーチェイスちゃんは、まだ意味がわかっていない顔をしている。
もしやチャーハンを知らないとか? それは料理人として話にもならないぞ。
「あなた、もちろんチャーハン知ってるよね? それを作れって言ってるだけよ」
「は、はい。料理に出てくる炒め物、なわけないですから……そうか! チャ・ハーンというモンゴリ族の王を傀儡にして邪神政権を作れという意味ですね?」
どうやらチャーハンは知っているようだ。
ただ……これふざけているよね? 俺の言葉からモンゴリ族って無理やりすぎだろ!
「あなたふざけているの? チャーハンっていったら料理の炒飯に決まっているでしょ。まじめにやらないなら、この話は終わりにするよ」
「も、申し訳ございません。ですが、何ゆえ炒飯を作らればならないのです?」
ふぅ、馬脚を現したね。炒飯は料理の基本だ。炒め物の技術を見るのに一番適している。つまり、まともに炒飯も作れない奴は料理人として失格なのだ。これくらい料理を少しでもかじっている者なら誰でもわかるはずなんだけどね。
「カーチェイスちゃん、あなたの心情を言ってあげようか?」
「は、はい」
「腕前を見るのになぜ炒飯を作らなければならない。腕前を見るなら別な内容にしろよって思ってるでしょ」
「仰る通りです。試験でしたら、生涯をかけて編み出した大技の数々をご覧いただきたい。ティレア様のお眼鏡に叶うかと思います」
「はぁ~あなたの小手先の技術を見ても意味がないわ。炒飯もまともに作れない奴は、基本ができていないの。まずはあなたの基本から見ていくからね」
「そ、そんな……炒飯を作っただけで、私の実力がおわかりになるとは思いません」
「ストップ。もうね、あなたの言葉を聴いているだけで、プロなら、あ、こいつトーシロだなって思っちゃうよ」
「えぇっ!? そ、そうなのですか?」
「そうなの。プロの目から言うとね。こういう受け答えをしている時点で、あなたは失格なのよ」
カーチェイスちゃんは、俺の言葉に唖然としている。
だが、しばらく何か考えるようなそぶりを見せ、その後、納得したような顔を見せてきた。
やっと意図を理解してくれたのかな?
「なるほど。炒飯を作って腕前を見るんですね?」
「だからそう言っているでしょ。まだ理解できない?」
「いえ。試験の趣旨が理解できまいた。以前、カミーラ様やニールゼン様からお聞きしたことがあります。お店の手伝いをすることで修行をしていたと。だから、今回もお店の仕事である炒飯作りで、私の実力をお測りになるのですね」
「その通り。ただ、そんなに悩むことじゃないよ。本当にあなたのレベルが知りたいだけなの」
「わかりました。それでは、炒飯を作ってみます」
「うん、始めて」
「はっ。まずは、魔力を抑えます。はぁああ!」
カーチェイスちゃんは、腕をクロスにして仁王立ちする。そして、気合とともに声を荒げてきた。
俺は、中二病に理解がある。でも、今回は料理の審査だ。プロの料理人として厳しくいくよ。
「あーそういうのは無しにして欲しいんだよね」
「と、言いますと?」
「いや、ふざけているようにしか見えないよ。だいたい料理するのにその構えとか『はぁあ!』とか雄叫びを上げる必要はないでしょ」
「も、申し訳ございません。未熟な私のレベルでは、現状このやり方がせいいっぱいです。いずれ自然にできるようにしたいです」
うん、料理するなら自然にやって欲しい。心を落ち着かせたいなら深呼吸で十分でしょう。
まぁ、この大仰な動きが中二病患者のカーチェイスちゃんなりのリラックス方法だろう。テストだから緊張するのはわかる。中二病がすぐに治らないということも理解している。
しょうがない。減点はするが、大目に見てあげよう。
「しょうがないわね。本来なら、すぐに試験は中止だけど……まぁ、いいわ。とりあえず、その自称プロの腕前を審査してあげる」
「ははっ。とくとご覧ください」
「カーチェイスちゃん、プロの前でプロと言ったんだからね。お子ちゃまとはいえ厳しく審査するよ」
「はっ。ティレア様の御前でプロというのもおこがましいですが……頑張ります」
最後は聞き取れないぐらいに小さな声だった。
そうだよ。プロの前で素人がプロ宣言するのは恥ずかしいことなんだから。
予想では、カーチェイスちゃんの料理経歴は、せいぜい家族や友達にふるまったぐらいだろう。それ、はっきり言って家庭料理だからね。
そして、緊張した面持ちで、カーチェイスちゃんが料理を開始した。
まずは、手際を見てみよう。
カーチェイスちゃんが冷蔵庫から材料を取り出す。炒飯の材料は、ご飯、卵、ベーコン、ネギ、塩、醤油、油などだ。カーチェイスちゃんは卵、ベーコン、ネギ、ご飯と手際よく集めていく。第一関門はクリアかな。いくら何でも炒飯の材料を知らなかったら料理人として問題外だからね。
次に、カーチェイスちゃんは棚から包丁を取り出し、握る。具材をまな板に置き、みじん切りにしていくのだ。プロの料理人からすれば、刃物の扱い方一つでどの程度のレベルかだいたいわかる。
カーチェイスちゃんの刃物の扱いはなかなかだ。刃物に対する恐れもない。力の使い方もわかっている。
「カーチェイスちゃん、あなたなかなか様になっているじゃない。包丁はけっこう握ってた?」
「そうですね。だいたいの武器には精通しております。特に、ナイフは若い時から愛用していましたので、応用できます」
なるほど。武器に精通うんぬんは置いといて、少しはできるようね。
ただ、具材の切り方は素人だな。どう切れば美味しくなるかわかってない。ただ、細かく切っているにすぎないのだ。それじゃあ料理人としてはまだまだ及第点はあげられない。
次に、カーチェイスちゃんは、切った具材を大鍋に入れ炒めていく。ここは炒飯作りの重要な場面だ。余分の油を飛ばし、飯をパラパラにするためには、鍋の振り方がものをいう。鍋を大きく振って、空中に米粒を舞い上がらせないと、パラパラ炒飯は作れない。
見るとカーチェイスちゃんの鍋の振り方は普通だ。普通に炒めている。下手とは言わないが、これは素人の域を越えてない。
ふむ、包丁を握ったあたりはまだ許容範囲だった。
だが、調味料を入れ、味を調えたり、鍋に具材を入れ、火を通し始めたあたりから、素人くささが爆発した。
どうしよう。これは試食するまでもない。
もう試験中止しようか?
う~ん、ただカーチェイスちゃんの真剣な表情を見ていると、中止にできない。とりあえず、最後までやらせてあげよう。
そして……。
「ティレア様、完成です。いかがでしょうか?」
テーブルに置かれた炒飯を見る。
料理としては、まぁ普通だ。
下手とは言わない。でも、俺の弟子となるに値するような輝きはない。お金を取ってお客さんに出せるレベルではないよ。
「ふぅ、食べるまでもない。あなたも本当はわかっているでしょ」
「い、いえ、さっぱり……あ、あの弟子入りはだめなんでしょうか?」
カーチェイスちゃんが今にも泣きそうな顔をしている。
これは、断りづらい。今まで、不良してた子が初めてまともに働こうとしているのだ。お姉さんな俺としては、門出を祝ってあげたい。
ここは断るより、まずはカーチェイスちゃんに修行をさせるほうがいいかな。カーチェイスちゃんは見込みがある。まずは下積みを経験してもらい、また後で試験してあげよう。
となると、変態の部下として雇うか?
変態も最近では、そつなく業務をこなせている。今度は、一つステージを上げてみるか。部下指導をやらせてみるのもいいかもしれない。
「カーチェイスちゃん、ちょっと待っててね」
地下帝国にいる変態を呼び出す。
変態は呼び出しを受けダッシュで現れると、片膝をついて頭を垂れる。
「ニール、いきなりなんだけど、この子あなたの部下にするから。きちんと面倒を見てよね」
「ははっ。ティレア様たってのご命令です。必ずやカーチェイスを一人前の戦士に育ててしんぜます」
こいつの中二病は相変わらず治らない。とりあえず、釘は刺しておこう。
「あなたの性格は知っているけど、念を押しておく。カーチェイスちゃんがきちんと仕事ができるように指導すること。今までのお店の仕事はもちろん、部下の指導もあなたの仕事になるからね」
「ははっ。身命を賭して励む所存です」
「よろしい。それじゃあ、カーチェイスちゃん、とりあえず三か月、試用期間で雇ってあげる。まずはニールの下で腕を磨きなさい。腕を上げたら、もう一度試験してあげよう。うまくいけば私の弟子にしてあげるから」
「まことでございますか!」
「な、なんと、うらやましい奴め!」
カーチェイスちゃんが歓喜して叫び、変態は悔しさを滲ませ叫んでいる。
お祭り騒ぎが好きな奴らだな。
こうして見ると、この二人はどこか共通点があるように思う。
こいつら本当に大丈夫だろうか。命令しておいてなんだけど、なかなかの迷コンビになりそうな気がして怖い。
■ ◇ ■ ◇
決死の脱出劇から三日が過ぎた。
カーチェイスは、自問する。
源基球、オールドレイン、魔瞬拳……一族の奥義を惜しげもなく使い、さらには禁術法も使用したが、一時的に逃げるのがせいいっぱいであった。
邪神、いや、ティレア様の大いなる御力の前では、我らの力など露に等しく、完膚なきまでに一蹴されたのである。
我ら一族は負けた。完全なる敗北である。ただ、全ての力を出し切って敗れたのだ。殺されても悔いはない。
現在、私はティレア様の監視下に置かれている。
私の処断は、まだ決定されていない。
処刑か? それともまた魔法奴隷に戻されるのか?
カミーラ様との戦いでは、一撃も入れられずに気絶してしまった。あまりに情けない。カミーラ様には、奥義の魔瞬拳を褒めていただけたが、予断は許さないだろう。
奴隷は嫌だ。奴隷になるぐらいなら、戦士として処刑されたい。
少なくとも、オルティッシオのようなバカ者の下で一生奴隷になるぐらいなら自害する。
魔法奴隷にされていた時は、筆舌しがたい屈辱を味わった。あいつの思いつきでどれほど振り回されたか!
せめて奴隷になるとしても、ティレア様かカミーラ様の直属がいい。
私の思いを知ってか知らず、ティレア様は私を手元に置きながら、他愛もない雑談を繰り返すのみである。
配下になりたい。私を少なからず気に入っているからこそ、手元に置いておられるのだと思う。
蛇の生殺し状態だ。言葉を交わしていただけるのは、光栄極まりない。
ただ、最近は、何を話していいかわからなくなってきている。
この前、ティレア様が私の親についてお聞きになったことがあった。
私にご興味を持っておられる!?
配下にしてもらう絶好のチャンスと思い、当時の状況をつぶさに説明した。
もう数十年も前の話だが、覚えていることは全て話をした。
当主だけに明かす禁術法。
父との共同で行った依頼の数々。
裏事情をもろもろ話したのだが……。
ティレア様は渋い顔をしただけであった。
邪神軍は新興の軍隊である。情報の入手は困難なはずだ。最近ならともかく数十年前の裏事情なら重宝されると思ったのに、空回りしてしまった。
いったいティレア様がお喜びになる情報とはいかなるものか?
わからない。
どこかの国の王を殺して来いといわれたほうがよっぽど気が楽だ。
うぅ、ティレア様は私をどうされたいのだろうか?
これでも私は、裏家業を長年勤め上げてきたプロの殺し屋だ。腕もある。その道の情報にも詳しい。部下としてお役に立てると思う。
それなのに全然、私に興味を示してくださらない。
ティレア様は、今もご趣味である料理を黙々としているだけである。
まぁ、私は逃亡奴隷だ。焦っては目的を達せない。
ここは、情報を集めるのが先決である。ティレア様の思考、好み、部下に何をお求めになっているのか、探ろう。
そして、是が非でも私の価値を認めてもらいたい。
じっとティレア様の料理をする様を観察する。
ティレア様は手際が良い。れいぞうこから食材を取り出し、料理を完成させるまでの工程に無駄が無い。
私は料理に興味は無いが、一流の料理人と呼ばれる者は何人も知っている。そんなプロの料理人と比べても、ティレア様の技術は遜色ない。発想力だけで言えば、頭二つは飛びぬけている。
さすがはティレア様だ。ご趣味の料理が趣味のレベルを超えている。有能な方は何をされても一流なのだ。
それから、ティレア様は立て続けに料理を作り上げていく。
どんな分野でも一流の者が行う所作は、見ていて気持ちが良い。いつのまにかティレア様の料理をする姿に引き込まれてしまった。
時間を忘れて拝見していると、
うん!? ティレア様の気配が変わった。
ティレア様はくるりと包丁を回し、尋常でないスピードで食材を切り刻んでいくのだ。
し、視認できない。
な、なんて包丁さばきだ……。
目にも留まらぬ。速い。速すぎる。放たれた矢を素手で掴め、さらには矢じりの種類まで見分けられる私の動体視力で捉えられない。
上手くて速い。
料理屋「ベルム」は、ティレア様が一人で賄いをされておられると聞いていたが、頷ける。この手際であれば、多少客が増えようが関係ない。
あっというまにできたキャベツの千切りの山。
ティレア様がドヤといった顔をされている。
拍手をするべきか?
称えるべき……いや、ティレア様にとってこのくらいは朝飯前だ。この程度で賞賛すれば、逆に無礼にあたる。
それからもティレア様は、アクロバットな料理の技を次々とお見せになった。そのどれもが速い。速くて匠だ。
思えば天地魔トゥーという神の如き、大技を拝見したときから心は動かされていた。このお方のもとで働きたい。
うん、決めた。お手打ちになってもいい。逃亡奴隷の分際で厚かましいとは思う。だが、この思いをぶつけてみよう。
「ティレア様、どうか私をあなた様の部下にしてください!」
頭を地面に擦りつけて土下座をする。
「本気なの?」
ティレア様が疑うような目つきで問いかけてこられた。
今までが今までだけに疑われるのは当然だ。だが、信じて欲しい。私はあなた様を心底崇拝しているのです。
溢れんばかりの激情、思いの丈をぶつけた。
するとティレア様は頷いて私を部下にすると約束してくれたのである。
なんという僥倖!
言ってみるものだ。やはりティレア様は私をお気に入りにしておられる。よし、この際だ。不躾ではあるが、弟子入りについてもお願いしてみよう。
遠慮がちに弟子入りも希望してみたが、さすがにそれは即答してもらえなかった。
ただし、弟子入りのための試験をしていただけることになったのである。これほどのチャンスは二度とない。やってやる。どんな難題でもこなしてみせる。屈強な番兵がわんさかいる堅固な牢獄にも潜入するし、逮捕不可、縛不出来者達といわれる賞金首を狩ってこいといわれてもこなしてみせる。
ティレア様からのお題を想像し、闘志を燃やしていると、
「それじゃあチャーハンを作ってみて」
「はぁ? 今何と?」
思わず間の抜けた声で聞き返してしまった。自分の耳を疑ったが、再度、ティレア様が復唱したので聞き間違いではなかったみたいだ。
指令は……。
チャーハンを作れ。
チャーハンとは、どういう意味だ?
何かの隠語だろうか?
世界共通の暗号言語にはない。
国家機密の暗号? どこの国だ?
アルクダス王国? それともマナフィント連合国?
どれも違う。というか、ほぼ全ての国家の暗号コードは網羅しているつもりだ。そのどれでもない。
それでは、邪神軍独自のコードとか?
そうなると私は邪神軍の暗号コードを知らないから手の打ちようがない。
いや、そんな内部情報を試験にはしないだろう。
私がティレア様の指令に混乱していると、ティレア様がさらに念を押される。そんな簡単なことも知らないのかと言われたようで、つい炒め物の炒飯ですかと言いそうになった。
そんなわけない。もしや人名か?
モンゴリ国の第四公子にチャ・ハーンという者がいたような気がする。
私は正解を導き出したとばかりに言ってみたが、叱責されてしまった。
正解は本当に料理の炒飯らしい。
炒飯? なぜ炒飯?
私が疑問を醸し出していると、ティレア様があきれたような表情を見せてくる。
まずい。落胆されておられる。
必死に頭を回転させる。そして、しばらく思考していると、
はっ!? もしや、魔力を抑えて作れという意味か!
正解を導きだすことができた。
そう、ティレア様はいつも魔力を押さえ込んだ状態で料理をされていた。ティレア様の魔力調整はすごく自然なのだ。ニールゼン様がおっしゃっていた。お店での修行は何よりも得がたいものだったと。当初はニールゼン様でさえ、大鍋をひっくりかえしてたとか。私も試しに魔力をせいっぱい押さえ込んでみたが、歩くのがやっとであった。確かに、あれほど魔力を押さえこんだ状態で、手早く動き回るのは相当な熟練が必要になってくる。
趣旨を理解した私は、料理ができうるだけの量で魔力を押さえ込み、料理を開始した。幸い、炒飯の作り方は知っている。たまたま料理店に潜入する仕事があって、いくつか料理を覚えたことがあったのだ。その時の経験を活かす。
そして、完成した。
どうだろうか……。
一応、限界近くまで魔力を抑えた状態で料理を作れた。それなりにうまく動けたと思う。
「ティレア様、完成です。どうでしょうか?」
テーブルに作った炒飯を置く。料理の出来はまぁ普通だろう。味付けなどはよく分からん。だが、動きは良かったはず。魔力を抑え込んだ状態で料理を完成できたのだから。
「うーん」
ティレア様が思い悩んでおられる。
くっ。だめか……。
魔力を三分の一程度にしか抑えられなかった。少なくとも魔力千以下に抑えないと話にならないのだろう。
不安に苛まれそうになるが、ティレア様は、
「カーチェイスちゃん。ちょっと待っててね」
と言って、地下帝国へと降り立って行った。
そして、ニールゼン様を呼び出し、その指導を仰げと命令されたのだ。
試験の結果は不合格だが、再試験有りの保留となったのである。
ふぅ~ティレア様の弟子にはなれなかった。だが、ニールゼン様から直接ご指導してもらえるのだ。まずは御の字。
仮とはいえ邪神軍への採用も決まった。再試験もしてもらえる。後は私の実力を周囲に示すのみだ。まずはニールゼン様に認めてもらう。