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第七十七話 「カーチェイスちゃんが逃げちゃった」

「えっ!? カーチェイスちゃんが逃げ出したって!?」


 変態(ニールゼン)達の報告に思わず声を上げる。


 カーチェイスちゃん達は、オル家の家具窃盗未遂の罪で奉仕活動をさせていた。奉仕活動については、ティム達に任せていたので具体的な内容は知らない。おそらくオル家の別荘であるこの地下帝国の掃除や雑務をお願いしていたのだろう。


 ティム達は、活きのいい奴隷が入ったと喜んでいた……。


 ふむ、苛めたりしなかっただろうな? まぁ、調子にのるが、根はいい奴らだ。そこまであくどい真似はしてないだろう。


 とにかく現状を把握しないとね。


「あなた達……一応、見ておいてね、とお願いしていたでしょ」

「「申し訳ございません」」


 変態(ニールゼン)と第二師団の面々が、地べたに土下座をする。


 まったくあなた達は……ってオルがいない?


 家主であるオルがメインで、カーチェイスちゃん達を監督するはずなのに。


「オルは?」

「オルティッシオは、カーチェイスに殴られ気絶しております」


 ……まじかよ。


 オル、そこまでひ弱だったか。普通、小学生な女の子に殴られたぐらいで、大の大人が気絶する?


 まぁ、オルならありうるか。


「オルについてはわかった。でも、あなた達も雁首を揃えていたでしょ。カーチェイスちゃん達のような子供に逃げられるなんてありえないよ。ちゃんと見ていてくれたの?」

「は、はっ。ただ、ティレア様が『監禁はするな』とのご指示でしたので、監視もそこまで厳しくしておりませんでした」

「当たり前でしょ! 私は、カーチェイスちゃん達がちゃんと奉仕活動をしているか横目で見ていてねって感じで言ったんだよ。お前ら、それくらいもできなかったか!」

「た、大変申し訳ございません。ただ、カーチェイスめ。小癪にも禁術法を使って、魔力の増大を図り……」


 禁術法? またこいつら何を抜かしてんだ?


 この中二病者共め、どんな言い訳をするか少し興味がわいたぞ。


「具体的に説明してくれる?」

「はっ。カーチェイスは、自身の魔力を数倍に変化させる(にえ)の禁術法を使ったようです」

(にえ)?」

「はっ。(にえ)の禁術法を使えば、一族全員の魔力を吸収できるようです」

「じゃあ何? 要約するに、カーチェイスちゃんが里の人達を犠牲にしてパワーアップしたからてこずっちゃったと……」

「御意」


 と、とんでもないこと言いやがる。


 カーチェイスちゃんは確かに武道をかじっている節があった。大の大人とはいえ、ひ弱なこいつらの場合、やられる可能性は十分に考えられる。さすがに子供にやられたと言うのは恥ずかしいから、こんな作り話を考えたのだろう。


 本来であれば「くだらない嘘をつくな!」と叱る。


 だけど……。


 よく観察すると、変態(ニールゼン)達は顔に青タンができていた。


 こいつらオルみたいに気絶はしなかったとはいえ、小さな女の子から無様に殴られたのだ。大の大人が小さな女の子にやられて、男のプライドがずたずたに違いない。


 さすがのこいつらも屈辱を感じているんだね。あまりに哀れだ。話を合わせてやるか。


「話はわかったわ。魔力が五十三万に増幅したのなら、さすがに手に負えなくなるわね。それはしょうがない」

「いえ。そこまでのパワーアップはしておりません。恐らく三万ほどでしょう」


 なんだよ。せっかく話を合わせてあげたのに。


 三万って……また微妙な設定をしてくるね。


 五十三万だとあまりにリアリティに欠ける。だから三万ぐらいにしようと思ったのか? 


 いやいや、三万でも十分にリアリティに欠けるぞ……って、まぁ、いい。


 問題は、その場かぎりの口からでまかせを言っているこいつらだ。


 あなた達、そんな調子だから前言ってたことと矛盾しているよ。


「ニール、以前、魔力は四万二千ほどって言ってたよね? 三万程度の魔力なら、捕まえなさいよ」

「いえ、現在は七万まで上昇しております」


 なんでそこで張り合うかな。


「あーそう、なら七万でも十万でもいい。なおさら、たかが三万程度の魔力の女の子ぐらい取り押さえなさい」

「それが、カーチェイスの奴め。魔力が上がっただけではありません。その暗殺技術と瞬間的にですが、魔力を数倍にできる技術を隠し持っておりました」

「わかった。わかった」


 瞬間的に魔力を増大って……カ●オー拳か?


 もうグダグダだ。こいつらの言い訳を聞いていたら話が進まない。


「それで、アンディ達も逃げちゃったのね」

「いえ、アンディ達は禁術法の(にえ)にされたため灰となって消えました」

「あーそういう設定だったね」


 どうする?


 カーチェイスちゃん達には、ある程度奉仕活動をしてもらった。そろそろ解放していいかもしれない。一応、窃盗という罪に対して贖罪できただろう。


 それに、途中で逃げ出すような根性無し達だ。無理に連れ戻しても、また逃げ出すのがオチだろうしね。


「わかったわ。もうほっときましょ。どうせとっくに自分の家に帰ったんでしょ。今から探してもきっと無駄だね」

「ご安心ください。カミーラ様に追手をお任せしました」

「はぁ? あなたティムにそんなことを頼んだの?」


 少し格闘経験があるとはいえ、小学生な女の子だぞ。たかが幼女を捕まえるぐらい自分達でなんとかしろ。


 こんなくだらない些事に魔法学園主席のティムを巻き込むんじゃない。


 ティムには学業に専念させたいから、最近は、お店の仕事も頼んでいないんだぞ。


 こいつらときたら……情けない。


「も、申し訳ございません。ですが、カミーラ様なら必ずやカーチェイスを連れ戻してこられるでしょう」

「当たり前よ。あなたティムをなんだと思ってんの? これくらいの些事ならあなた達で解決して欲しかったわ」

「め、面目次第もございません」

「本当に情けない。あんな小さな女の子に手も足も出ずにやられるなんて……」

「ティレア様、我らは不覚を取りましたが、ニールゼン総司令はカーチェイスめに一矢報いております」


 おいおい、第二師団の面々が不吉な言葉を放ってきたぞ。


 嫌な予感がする。


「詳しく説明して」

「はっ。カーチェイスには超魔爆炎撃(ボンバーファイヤ)を喰らわせました。さすがにやられっぱなしでは邪神軍の面子に関わってきますからな」


 変態(ニールゼン)は口角を上げて、拳を見せつけてくる。


「えーつまり、あなたは暴れるカーチェイスちゃんをぶん殴ったってこと?」

「御意」

「手加減なしで?」

「御意」

「肋骨いっちゃった?」

「おそらく」


 ……。


「なにやっとんじゃあ、おまぇええ!」


 変態(ニールゼン)を力任せにアイアンクローする。


 最近、オルにばかり目が言ってたよ。変態(ニールゼン)だって負けたものじゃなかった。


 久しぶりのアイアンクローだ。念入りにその腐った頭をシェイクしてやる。


「うごぉおおおお!」


 うごぉおおおおじゃねえよ。


 お前、なに小学生相手にまじパンチしてんの?


 こいつはいつか、いつか罪を犯すと思っていた。


 案の定、やりやがった。


 完全に幼児虐待である。小学生な女の子に傷害罪って……もうお天道様の前で堂々と歩けないね。


 はっ!? いかん。


 カーチェイスちゃんは、現在怪我をしている。早急に保護しなければならない。いくら変態(ニールゼン)が非力とはいえ、幼女の骨はやわらかだ。骨にヒビでも入ってたら大変だよ。


「全員、カーチェイスちゃんの捜索よ。きばりなさい!」

「「ははっ!」」




 ■ ◇ ■ ◇



 

 カーチェイスは、思う。


 なんてところだ。


 あの日、邪神の天地魔トゥーによって気絶した我らは邪神軍の奴隷となった。確実に死んだと思ったが、邪神の言葉どおり戦闘でなくお遊びだったのだろう。あれほどの大技を寸止めされたのだ。屈辱よりも恐れのほうが大きかった。あれだけの魔力量を帯びた攻撃を遊びのように出したり引っ込めたりできる邪神の力には、ただただ畏怖しかない。


 アンディ達はものの見事に自信を砕かれ、生きる屍となってしまった。


 そして、我らはひたすら【れいぞうこ】とかいう巨大な冷凍装置を冷やし続ける奴隷となったのである。オルティッシオというクソ幹部から毎日のように「一度下げろ。二度下げろ。下げ過ぎだ。れいとうこじゃないんだぞ!」と罵倒される毎日だ。


 さらには我ら一族が他人間より魔力が高いことに気づかれ、魔力供給の燃料とされた。集落から一人二人と連れてこられ【れいぞうこ】の番として魔力を絞られていく。


 いい加減、なんとかしなければならない。このままでは我ら一族は滅亡だ。


「サンドラ」

「ひぃいい! 邪神様、た、助けてぇ」


 サンドラが子供のように怯えて震えている。


 ちっ、まだ邪神に壊されたままか。


「ビィビィア」

「怖い。怖い。なんてところに来ちまった。恐ろしい恐ろしい」


 ビィビィアが呪いを受けたかの如くうわ言を繰り返していた。


 くそ、こいつもまだ邪神の影におびえている。


「アンデ――」

「こらぁあ、貴様ぁあああ!! さぼるんじゃない。きびきび魔力を吐き出さんか!」

「ひぃ、オルティッシオ様、も、申し訳ございません」

「謝る暇があるなら、とっとと魔力を上げろ!」

「は、はいぃいいい!」

「ほぉ、尻を叩けばなんとやら。なかなか良質な魔力だな。よし。れいぞうこは二台に増やすか……」

「に、二台! か、勘弁してぐれ……」


 アンディがオルティッシオにいびられ、鼻水を出して泣いている。


 これが我が漆黒殺戮団(ブラックマーダー)のエリート達だったと思うと悲しくなってくる。


 教育方針を間違えた。


 こいつらには、失敗をさせるべきだった。


 こいつらは自らの才に溺れて、本当の意味でのレベルアップをしてこなかった。


 エリートは逆境に弱い。




 そして日課の魔力供給後、アンディ達に声をかける。


「お前達……」

「カ、カーチェイス、俺が間違ってた。おろかだった。間抜けだった。ここは地獄だ。なんと恐ろしい魔窟に踏み入れてしまったんだ」

「アンディの言う通りだ。俺達は無力だ。もうおしまいだ」

「邪神怖い怖い。た、助けてよ」


 息絶え絶えに弱音を吐く面々。


 そうか、そうなんだな。


「お前達……あとは私に任せろ」


 安心させるようににっこりと笑みを浮かべてみせる。


「カーチェイス! な、何か策が、起死回生の策があるんだな」

「ある」

「「おぉおお!!」」

「……もう心配するな。ゆっくり休んでいろ」


 アンディ達は、心を折られて精神が弱っている。私の救いの言葉になんの疑問も持たず、心の底からほっとしていた。


 だめだ。もうこいつらは戦えない。


 そろそろ覚悟を決めよう。


 それから奴隷として魔力供給をされつつ、ひそかにある準備に取り掛かった。幸い、監禁されることもなく監視もそこまで強くなかった。


 それだけ舐められているという証であるが、準備は邪魔されることもなく進んだ。




 数日後――。


 はぁ~禁術法を使ってしまった。


 カーチェイスは、独り溜息をつく。


 一生使わないと律していた禁術法【オールドレイン】。一族に内緒でほどこしていた個人的なとっておきである。


 術式を発動すれば、一族の全魔力が私に集約される。一族全員の死と引き換えに巨大な力を得られるのだ。源基球で倒せない敵が現れたときの保険である。


 伝家の宝刀……使わないことに意味があるというのに使ってしまった。


 一族全員を犠牲に生き延びても、我が漆黒殺戮団(ブラックマーダー)はどうなる?


 また一から組織を作らなければらない。あれほどの暗殺技術を持った集団を作るのにどれほどの年月が必要か。


 それは蛸が足を食っているようなものだ。この禁術法メリットはあるが、デメリットも大きい。私一人が犠牲になればいいならそうする。


 だが、やらざるをえない状況であった。


 オルティッシオの苛烈な供給、あれが決め手だった。


 ふっ、らしくないな。後悔はここまでだ。あとは脱出するのみ!


 今日は魔王軍から使者が来るということで、あらかたの軍団員が外交使節の宿舎へ移動している。今をおいて逃走する機会はないだろう。


 魔力は三万近くまで上昇している。だが、この程度ではこの化け物屋敷を逃走するのは心許ない。


 暗殺技術の中でも一番リスクの高い魔瞬拳を使う。魔瞬拳は瞬間的に自身の魔力を底上げできるのだ。もちろんリスクはある。時間制限もあるし、何より技を終えた後の反動がすさまじい。使った反動で三日は身動きできなくなるだろう。それまでに邪神軍の影響外まで逃げる必要がある。


 ひそかに奴隷部屋を出ると、食糧格納庫に入る。


 食糧格納庫ではオルティッシオが食糧の点検を行っていた。魔王軍との外交折衝という大事な日にこんなところにいる。


 もしや干されているのか?


 とりあえず、今、この地下帝国にいる幹部はオルティッシオただ一人。こいつを倒せば、第一関門突破だ。


「オルティッシオ様」

「なんだ? どこに行ってた? れいぞうこの室温が0.5度ほど上がっているぞ」

「申し訳ございません」

「ぐずぐずせずにさっさと冷凍しろ」

「はっ」


 素直に応え、ゆっくりとオルティッシオに近寄る。


 気取られてはいけない。殺気を内に隠しながら歩く。


「カーチェイス、待て」

「はい」


 気づかれたか!?


 こいつはバカ野郎だが、腐っても邪神軍の幹部だ。さすがに舐めてかかってはいけない。


 冷や汗が背中を伝わる。


「冷やす前に食材を移動する。やはり野菜室は真ん中がいいと思わんか?」


 くそ下らんッ! いつもの思いつきだった。


 ったくこいつは……何度も何度も「食材の位置が悪い」とか「卵のストックを増やす」とか言ってれいぞうこの整理をさせるのだ。


 しかも、思いつきだからてんで効率が悪い。


 いかん。怒りで殺気が外に漏れそうだ。平常心を保ちつつ、オルティッシオの指示どおりに野菜を運ぶ。そして、いい具合にオルティッシオの背後を取った。


「カーチェイス、そこのモロイヤを運べ」

「……」

「カーチェイス?」

「魔瞬拳!」


 一気に魔力を増幅させる。


「なっ!? カーチェイス、その魔力は――ぐばっ!」


 魔瞬拳を使い、オルティッシオの顔面をぶっ叩き食糧庫を抜け出した。


 第一関門突破だ。


 これで奴隷の監視を担当していた第二師団は平隊員しかいない。隊長不在だ。指揮系統は、混乱するだろう。


 魔瞬拳を使って出口までひた走る。


「オルティッシオ師団長!」

「いかん。オルティッシオ師団長がやられた」

「出会え出会え! 逃亡だ。逃亡奴隷だぞ!」


 さすがに一筋縄ではいかない。あっというまに警備に異変を嗅ぎつけられた。追手が迫ってくる。


死曲(デスウォーク)!」


 暗殺歩行である死曲(デスウォーク)を使い、追手に拳を入れる。魔瞬拳によって、瞬間で魔力を六万近くまで上昇させ殴っているのだ。A級ランクの冒険者を一撃で粉砕する攻撃力であるが、邪神軍の軍団員には一時的に戦闘不能にさせるのがせいっぱいだった。


 だが、これで良し!


 とどめを刺して殺す必要はない。手間取っていたら、あっというまに増援が来てしまう。魔瞬拳は時間制限もある。解除時の肉体への反動が大きい。


 できるだけ戦闘を避けて短時間で脱出したい。


 数人の警備を気絶させ出口へと進む。


 平隊員とはいえさすがは魔族だ。死曲(デスウォーク)で分身の如く動く私に翻弄されない。確実に対応してくる。

 

 こうなってくると、警備をまとめていたオルティッシオを早々に退場させたのが良かった。組織だった行動がとれていない。


 今のうちに出口付近まで近づく。


 もうすぐ出口――。


 ほっとしたのもつかの間、人の気配を感じ素早く物陰に潜む。


「何の騒ぎだ?」

「ニールゼン総司令! 良いところに」


 口髭の生えた老紳士の威厳のある声に、警備隊員がほっとした様子で答える。


 くっ、予想外の事態が発生した。


 邪神軍の要、鉄壁のニールゼンが帰還したのである。


 もう魔王軍との会談が終了したのか?


 早すぎる。まずい。まごまごしていたら、カミーラ、そして邪神ととんでもない化け物達が戻ってくる。そうなれば脱出など夢のまた夢だ。


 幸い、ニールゼンは私の接近に気づいていない。


 一気にニールゼンの横を通り抜ける。


「なっ!? もうこんなところまで……」

「いかん。逃げられるぞ」


 警備隊員達が注意を促すが、遅い。


 通り抜けにニールゼン達の顔面に渾身の一撃を入れる。


 ニールゼン達は、不意打ちの攻撃に体勢を崩す。


 やった。運がよい。ふいをつけたのはまったくの偶然だった。もう出口はそこだ。


 駆ける足をさらに加速させようとすると、


 背筋にひんやりと悪寒が走る。これまで死線を潜り抜けてきたかんが(ささや)く。


 警戒しろ!


 すぐに障壁を五重に張った。


 予想通り。ニールゼンは拳を突出し、居合のごとく拳撃を飛ばしてきたのだ。


 あ、危なかった。一瞬遅ければそのまま――ぐはっ!


 う、嘘……。


 ニールゼンの拳撃は、六万近くまで上昇していた私の障壁をいとも簡単に突き破ったのだ。ブーストさせた魔力を使って五つの障壁を展開したのだが、ニールゼンの拳撃は次々にその壁を壊し、私のアバラを抉ったのである。


 な、なんて貫通力のある一撃だ。禁術法を使ってなければ、身体がばらばらに砕け散っていたところである。


 に、逃げなければ……。


 深いダメージのせいで気絶しそうだ。強制的に意識を起こし、その場を離脱する。得意の暗殺潜行技術を使い、どうにか地下帝国を脱出することはできた。


 はぁ、はぁ、足が重い。


 今までの戦闘でところどころ負傷をしている。回復魔法をかけたいが、もう魔力は底をついた。自然回復では回復が追いつかない。


 特に、ニールゼンから受けたアバラが重傷だ。どこかで休息を取らないと意識を失う。


 はぁ、はぁ、はぁ、逃げなければ、もっと遠くに……。


 追手がきたらもう戦えない。疲労と怪我で満身創痍である。


 むっ!? これはいい。


 手近にあった廃屋に身をひそめた。


 はぁ、はぁ、はぁ、だいぶ体力を消耗した。それにそろそろ魔瞬拳を使った副作用がくる。


 壁に背を預け深呼吸をする。二日、少なくとも一日はこのままじっとしていないと、逃走は無理だ。


 ば、化け物共め。最強を自負していた自分が情けなくなる。全ての手札をさらし、逃げ出すことがせいっぱいだった。


 自嘲気味にためいきをつくと、


 ドア付近に気配を感じた。


 くっ。もう追手が!?


 すぐに臨戦態勢を取る。


「どこを向いておる?」

「なっ!?」


 いつの間に!


 完璧に背後を取られた。


 負傷していたとはいえ、一流の暗殺者として不覚どころの話ではない。


「しばらくだな」

「カ、カミーラ……」


 振り返った先には、銀髪を靡かせ妖美な笑みを見せる魔族がいた。組織のナンバーツーが自ら追手とは……私の運もここまでか。


「どうした? 手薄だったとはいえ、我の子飼いの部下達の監視を突破したのだ。その力見せてみろ」


 カミーラが愉快気に挑発してくる。


 万全の状態でもかなわぬ相手だ。しかも今は負傷している上に、魔瞬拳の副作用が全身を襲ってきている。


 絶望が支配する。


 降伏か死か?


 戦うにしても勝機はゼロだ。


 どう動けば最善の道か、思考をぐるぐる回していると、


「うぐあっ!?」


 突然、カミーラから風圧拳を受けた。


 頭の奥が熱くなり、額からじんわりと血が滲んでくる。


「何を油断しておる? 集中が途切れておったぞ。我と相対しておるのだ。最大級に警戒しろ!」


 は、速い。なんという速さだ。


 下手な作戦を考えても無意味か。


 覚悟を決める。


 これしかない。


 邪神のお株、天地魔トゥーの構えをとった。


「ほぉ。生意気にもお姉様の構えをとるか」

「あれほど理にかなった型はない」

「おもしろい。おもしろい」


 カミーラは高笑いをすると手をかざしてきた。


 こ、これは……回復魔法だと……?


 降り注ぐ回復魔法にただただ驚く。


 開いていた傷が一瞬にして元通りに修復していくのだ。なんという効き目、完全回復したぞ。


「……どういうつもりだ? 覚悟は決めていた。情けは侮辱ととるぞ」

「くっく、貴様はニィガと同じ反応をするな。そういえば、どことなくニィガと戦闘体系がかぶる」

「ニィガと私は一時期、共闘していた。一緒に修行をしていたこともある」

「そうか。どうりでな。よし、勝負といこう。本来であれば、逃亡奴隷などすぐに処刑するが、気が変わった」

「どういう意味だ?」

「力を見せろ。貴様を殺すには惜しいと思わせれば、命は助けてやる」

「……奴隷に戻るくらいなら死を賜りたい」

「安心しろ。我は、気に入った者をたんなる魔法奴隷になどせん。部下として戦士として扱ってやる」

「そうか」


 欲が湧く。


 このとんでもない化け物集団の一員になれるのなら……。


 カミーラのおかげで体力、気力ともに完全回復している。魔瞬拳も三倍までなら実行可能であろう。


「魔瞬拳!」

「なるほど。それが我の部下達を倒した技か。実に興味深い。その技、貴様の体内に施してある呪印によるものだな」


 鋭い。いきなり看破された。さすがは魔法体系の先駆者カミーラだ。出し惜しみをしていては負ける。


「魔瞬拳……三倍だぁあ!」


 魔力を十万近くまで上昇してカミーラに拳を叩きこもうとするが、


「ふむ。よく練れた拳撃だ。褒めてやる」


 カミーラはいとも簡単に私の拳を受け止めたのである。今の攻撃で一筋も動揺を見せないカミーラに思わず歯噛みする。


 終わった。


 魔瞬拳を三倍まで使うと十秒ほどしか意識がもたない。


 一気に反動がきた私はその場にぱたりと気絶したのであった。

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