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第七十五話 「ティムの婚約者に鉄拳だね(中編)」

「これはお姉様」

「お姉様!? ということはお前が邪神か?」


 俺が近づくと、ザンザと呼ばれた男が敵意をこめた目で睨んできた。


 上等だよ。負けじとザンザを睨む。


「ザンザよ。昔のよしみで会ってやったが、お姉様へ無礼を働くなら容赦せぬ」

「なんだ? カミーラやる気か? 受けてたつぞ。久しぶりにお前の腕が見たい」


 ティムがザンザに魔弾をぶつけようとする。ザンザはそれに剣の柄に手をかけ応えようとする。


 両者の剣呑な雰囲気に慌てたザンザの連れが、ザンザを庇うように前に進み出てきた。変態(ニールゼン)もいつのまにかティムの前に進み出ている。


「ザンザ、これ以上の狼藉は近衛隊長の私が許さん。魔王軍との同盟もここまでとしれ!」

「ニールゼン、勘違いをするな。俺はカミーラが魔王軍を裏切った原因である邪神を見定めにきた。外交などどうでもよいわ」


 ふ~ん俺を見定めにきたね。それはこっちのセリフだってのよ。


 ザンザ、あなたがティムにくっつく悪い虫か見定めてやる。


「君達、喧嘩はやめなさい」

「し、しかし……」

「やめなさい!」

「は、はっ」


 俺の言葉を受け、ティムと変態(ニールゼン)が矛を収める。それを見たザンザも、剣の柄からゆっくりと手を離した。


「ザンザと言ったね。私に話があるんでしょ」

「あぁ、そうだ」

「奇遇ね。私もなんだ。どう? ちょっと別室に行って二人きりで話でもしない?」

「ティレア様、危険です。敵の将、それも六魔将と二人きりになるなど……」


 捕虜寝返組のチャカが見当違いの心配をしてくる。


 俺が危険?


 馬鹿言ってんじゃないよ。危険なのは奴のほうだ。もし、遊び半分でティムにちょっかいをかけようとしていたなら……。


 ふん!


 思いっきり腕を上下に振り下ろす。


 その時は、ザンザのアレをちょん切ってやるから。


「チャカ、あなた勘違いしているわ。危険なのはどっちかしらね」

「おぉ、お姉様が燃えておられる。ザンザめ、今宵限りの命となるだろう」

「はっ、見納めでございますな」


 変態(ニールゼン)とティムがザンザの末路を想像し、意気投合している。


 どうやら許嫁とか言ってたけど、ティムはザンザにそんなに執着していないみたいだね。恋人同士の雰囲気では無い。


 それとも照れてわざとそんな冷たい態度を取っているのか?


 う~ん、俺はザンザがティムに一方的に片思いしているだけだと思う。


 まぁ、ザンザを事情聴取すれば、(おの)ずと答えは見つかるか。


「で、来るの? 来ないの? それとも私と二人きりで話すのが怖い?」

「くっく、面白い。その挑発受け取った。邪神よ、二人きりでけりをつけようじゃないか!」


 ザンザが了承したので、一緒に別室に移動する。途中、ザンザの連れが「危険です!」と喚いていたが、ザンザが「さがれ!」と命令すると引き下がった。


 ただ、それでもザンザの連れはあきらめきれない様子なので、ティム達にザンザの連れがついてこないようにお願いしておく。


 これからこいつとかなり真剣な話し合いをしなければならない。邪魔されちゃ困る。


 そうだ!


 どうせなら邪魔が入らない静かな部屋がいいね。この会場だと軍団員がわんさかいて落ち着かない。


 よし、あそこにするか。


 それから俺達は、防音設備の整ったある小屋へと到着した。


 そう、そこは俺が剣を作りたいと言ったときに特別にあしらえてもらった鍛冶小屋である。鉄を打つときに音が響かないように頑丈に作ってもらった。ティム曰く「我が最大魔力を使ってコーディングしました。それゆえめったなことでは壊れません。ただし、お姉様がお使いになる場合は、不安ではあります」と。


 うん、ティムが作ってくれたのは嬉しかったよ。


 ただ、突貫で作った小屋だ。現実問題、補強に不安があったのである。


 実際、剣を作成中に壁がぽろぽろ落ちてきそうだった。だから、とりあえずの補強で邪神金で壁全体をコーディングしたのだ。それから実力者のミューやエディムにも頼んで、さらに壁を強化した。


 とまぁ、いろいろ経緯があり、ここは邪神軍の中で一番防音が整っている施設になっている。こういうプライベートな話をするには、うってつけの部屋だね。


 小屋の中に入り、ザンザを中央に置いてある椅子に座らせる。俺はザンザの対面に座った。


 さぁ、話し合いを始めましょう。


「まず、あなたに聞きたい。ティムに本気なの?」

「ティムとは誰だ? 俺こそ聞きたい。貴様はカミーラを口先八丁で丸め込み、何を企んでる。カミーラは知勇ともに優れた武将だ。魔王軍を裏切るなどにわかに信じられなかった。いったいあいつに何を吹き込みやがった!」


 開口一番それか!


 ふぅ~もうね。


 妹の本名を知っているのか知らないのかわからないけどさ……。


 それはないんじゃない?


 恋人の家族へのあいさつまで、中二病を通してくるなんてね。もう無礼を通り越して、あきれたよ。


 父さんだったらこの時点で叩き帰しているね。中二病に理解がある俺だから、かろうじて怒りを抑えているんだ。


「おいどうなんだ?」

「いやね。私はあなたがティムとおつきあいしてるって聞いたから。ティムの姉として、話し合いを持ちかけたのよ。それなのにあなたときたら……別にさ、三つ指立てて土下座しろとまでは言わないよ。だけど、その態度はないんじゃない? 常識ある大人として見識を疑っちゃうね」

「なんだその言いぐさは! さっきから貴様は俺を侮辱しているのか!」

「あぁ、もういい。不合格よ。あなたはティムにふさわしくない」

「それはこちらの台詞だ!」


 ザンザは大声で怒鳴り、鞘に手をかける。そして、居合いの如く剣を抜こうとしてきた。


 少し注意されただけで、逆切れする。予想どおりの行動だ。


 抜かせはしないよ。


 ザンザが剣を抜く前に、ザンザの剣が収まっている鞘を素早く握った。


「なっ!?」

「抜かせはしないわよ」


 どうせこの剣も摸擬刀でなく本物なんだろう。まさに何とかに刃物だよ。法律で取り締まって欲しいね。


「くっ、お、お、おのれぇ!」


 ザンザは必死に剣を抜こうとするが、抜けない。


 俺がぎゅうっと鞘を掴んで抑えているからだ。いくら俺が料理で身体を鍛えているからといって、大の男が女に負けるなんて情けないぞ。


「はぁ、はぁ、なんて握力だ」

「あなたがひ弱なだけでしょ」

「だれがひ弱だぁああ!」


 ザンザが血管が浮き出るほど力を入れる。限界近く力を振り絞っているのか、もう顔はまっかっかだ。


 おいおい、なかなか頑張るじゃないか!


 鞘から剣が少しだけ出てきた。


 こいつ変態(ニールゼン)やオルより力があるよ。ティム並の腕力はあるみたいだ。


 だけど……まだまだだね。


 ていっと力を逆に加えて、ザンザから剣をひったくる。ザンザは勢い余って地面に転がった。


「これは話が終わるまで没収するから」

「はぁ、はぁ、はぁ。て、てめぇ!」


 ザンザが怒りに任せて、殴りかかってくる。


「この、いい加減にしなさい!」


 多少、力をこめてザンザの後頭部を叩く。


 ザンザは、またもや地面に転がった。無様に痛みに呻いている様子だ。


「ザンザ、あなたの態度は最悪よ。ティムの姉の前で、ティムの偽名を言うわ。暴力を振るうわ。もう少し常識ある大人になりなさい」

「はぁ、はぁ、だれが偽名だ。カミーラこそ俺が愛する恋人の名だ。ティムだと? そうか。今生の仮の名を言ってるのだな。ティムこそ偽名――ぐはっ!」


 ムカついたので、口上の途中で蹴りを入れる。


 ザンザは、こともあろうに尊敬する両親が名づけたティムの名を貶めたのだ。


 いくら中二病だろうと許せん。


「ザンザ、訂正しなさい」

「だ、誰が訂正するか! ティムなどふざけた名で呼ぶわけがな――ごはっ!」


 さらに殴る。


 ザンザは、悶絶して呻く。


「あなた、真面目に話す気あるの? 訂正しなさい」

「お前こそ真面目に話す気はあるのか! クソティムなど誰が言うもの――がはっ!」


 さらに殴る。


 ザンザがティムの名を貶めるたびに殴り続けた。


 それから何十発殴ったか……さすがにザンザは虫の息だ。これはさすがにやりすぎたかもしれない。傷害罪に値する。


 とりあえず、殴るのはここまでにしよう。


「ザンザ、もう一度聞くわ。訂正しなさい」

「はぁ、はぁ、はぁ、ティ……ティムなど誰が言うか」

「……これ以上意地をはると、あなた足腰たたなくなっちゃうよ」

「はぁ、はぁ、う、うるさい。俺の愛する恋人の名はただ一つ。カミーラだぁあ!」


 な、なんて頑固な奴……。


 ふざけている。相当ふざけているが、こいつの叫びは魂を揺さぶるぐらい感情が籠っていた。


 カミーラという名に命をかけている。


 ふむ、こいつはこいつなりにティムに惚れているのだろう。少なくとも遊び半分ではない。上っ面だけなら、とっくに根を上げている。


 自慢じゃないが、俺の腕力は大の男並にある。俺のパンチはかなりこたえたはずだ。


「……いいわ。どうやら本気みたいね。少しは認めてあげる。話し合いを再開しましょう。とりあえず体力回復が先ね。ティムを呼んで回復魔法をかけてあげる」

「はぁ、はぁ、ま、待て。その必要はない」

「でも、あなたひどい怪我をしているよ」

「はぁ、はぁ、て、敵地に来たのだ。もしものためにスペシャルポーションを持ってきておいた」


 ザンザは道具袋からポーションらしき飲み物を取り出し、ごくごくと飲み始めた。するとどうだ。見る見るザンザの怪我が治っていく。


 うん、それなりに高価なポーションを持ってきてたみたい。


 なるほど。敵地うんぬんはともかく、ここまで長旅だったはずだ。盗賊や山賊に襲われたときのために備えはしてくるか。


 それにしても飲み過ぎじゃない?


 一、五リットルばりのポーションをもう二本も飲んでいる。


「ちょっと飲み過ぎじゃない? 過ぎたるは及ばざるがごとしだよ」

「ぷっはぁあ! 誰のせいでこうしていると思っている? 貴様のせいで死にかけたのだぞ。よくもまぁ、一口で並の魔人なら完全回復できるスペシャルポーションを三本も使わせやがって」


 うん、もう大丈夫みたいだ。それだけ中二言語を発せるのなら問題ない。


 それから完全回復したザンザは一息つくと、俺をじぃっと見つめ始めた。その視線には、さきほどの叩きつけるような敵意は感じられない。


「……どうやらカミーラを従えるに十分な実力を持っているようだな」

「あなたは、ティムの恋人として力量不足だけどね」

「ぐぬぬ……」

「な~に、文句がありそうな顔ね。どうする? また怒りに任せて私を襲う?」

「……わかった。俺も男だ。負けを認める。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「別に煮たり焼いたりしないわ。とりあえず、やっと話し合いはできそうね」

「話し合いか……良かろう。俺も貴様と腹を割って話がしたくなった」

「じゃあさ、もう一回聞くね。あなたティムをどう思っているの?」

「惚れている」

「もろ直球ね」

「腹を割って話すと言っただろう。男に二言はない」

「そう、ティムに惚れているからここまで会いにきたんだね」

「あぁ、先も言ったとおり、俺は外交交渉で来たつもりはない。許嫁のカミーラが心配でここまできた」

「い、許嫁ねぇ」

「そうだ。許嫁のカミーラが魔王軍を裏切ったと聞き、しばし茫然とした。そして、邪神軍という新興集団に下ったと聞いて怒りに任せて飛んできたのだ。もし、邪神がカミーラを甘言を用いて(たぶら)かしていたのなら、邪神を殺そうとな」

「さ、さいですか」

「はったりではないぞ。邪神もその仲間も斬って斬って斬りまくる予定だった。だが、貴様の実力を知りわかった。カミーラは(たぶら)かされたわけではない。魔王様に匹敵する貴様に心酔して下ったんだとな」


 うん、大人しくなったのはいい。飾らず本音を話してくれたのもグッドだ。ただ、中二言語が全開すぎる。ふざけていないのはもうわかっているけどさ。


 ふぅ~これはどうしたものか。


 脳内にある中二言語翻訳機に通しても、ザンザの言っている意味がよくわからん。わかるのは、ザンザのティムへの気持ちが本物ということだけだ。


「ザンザ、色々ツッコミたいところはある。けど、あなたがティムを大事に思っているのはわかった」

「俺もだ。貴様が本当にカミーラを大事にしていることが拳から伝わってきた。カミーラから話を聞いたときは眉唾ものだったが、今はわかる。義姉妹とはいえ、貴様とカミーラの間には本物の絆があるようだ」


 いや、義理じゃねぇえよ。本物の姉妹だっての! お前、ティムから何を聞いてたんだよ!


「……ザンザ、私とティムは本物の姉妹だからね」

「ふっ、わかっている。本物以上の絆だ」


 わかってねぇじゃないか!


 これだから中二病患者は始末が悪い。話すこと話すことずれていく。もう突っ込んでたらきりがないな。


「とりあえず話を元に戻すわね。私はあなたがティムに相応しい男か確認したい」

「良かろう。今日は己の立場は置いておく。魔王軍、邪神軍を抜きに話をしようではないか」

「じゃあティムとのなれそめは……もういいや。お腹いっぱいだし。それより、あなたの現状を知りたい。あなた今何をしているの? 職業は?」

「ん!? 藪から棒になんだその質問は? 俺は六魔将進撃のザンザだ。それ以上に何を知りたいのだ?」

「あーつまり、無職なわけね?」

「はぁ? 無職とはどういう意味だ? 質問の意図がさっぱりわからん」


 こいつ、とぼけやがって……。


 無職を隠そうとしているのはバレバレだよ。これは黄信号から赤信号だ。無職ならティムへのおつきあい以前の問題だ。


 まずは働けと言いたい。


 ただ、ニートには寛容であれ。俺は、前世同じように辛い思いをした。いきなり切り捨てたりはしない。今は仕事に就いてなくてもいい。将来性のある何かを持っていればまだなんとかなる。ザンザにそれがあるか聞いてみるか。


「それじゃあ、あなたの特技って何?」

「貴様はカミーラに聞いていないのか? 俺は六魔将進撃のザンザだぞ」

「悪いけど、聞いてない。で、何?」

「……剣だ。俺は生涯にわたって剣で道を切り開いてきた。俺の誇りだ」


 ザンザは得意げに語る。


 水を差すようで悪いが、剣で飯が食えるのか?


 まぁ、今の世は冒険者ギルドがある分、前世より門は広がってはいるだろう。だけどね、剣で飯が食えるのは全体の数パーセントぐらいじゃないか。限られた才能のある者だけがその地位を保てる。


 普通は、護身のためとか趣味のためとか健康のためとかに剣を振るう。そんな人が大半だ。兼業剣士というのも聞いたことがある。普段は商店や農業をして生計を立て、空いた時間を使って剣の腕を磨く。お偉方のボディガードや冒険者ギルドの上位ランクでないかぎり剣一本では生活できないのだ。


 ザンザの剣の腕前はお世辞にもいいとはいえない。所詮は学生スポーツのレベルを超えないだろう。現に俺程度に剣を取り上げられる始末だからね。


「ザンザ、剣と言われてもね。不安になってくるよ。あなた程度の未熟な腕でティムを守れるとはとても思えない」

「お、俺が未熟だと!」

「実際、私にてんで(かな)わなかったでしょ」

「い、いや、それは貴様だからであって……」

「なにその言い訳? ティムを脅かす敵の前で、あなたは同じセリフを吐くの? 『いや~あなた様のようなお強い人には(かな)いません、えん、えん』ってね」

「くっ。そんな脆弱なことは言わん。俺はカミーラのためなら、どんな巨大な敵であろうとも臆しはせん」


 口だけは達者だが……実際どうだか。


 将来のために行政書士みたいな免許を取ろうとしているわけでもない。ただただ棒切れを振っているだけの男だ。


「ふ~あなた今収入ゼロだよね。ただただ棒切れを振ってこのまま生活できると思っているわけ?」

「さっきからなんなんだ? 常識的に考えろ。魔王軍の宿老たる俺が無収入なわけないだろうが!」


 おっ!? これは色眼鏡で見過ぎたようだ。てっきりニートとばかり思ってたよ。どうやらザンザは兼業剣士のようだ。


「ふぅん、なら年収はいくら?」

「ふ、ふざけるなぁあ――っ! 俺は貴様がカミーラを大事にしていると思えばこそ、敵味方を越えて真摯に話をしている。それがなんだ! 収入だの、年収だの、貴様は俺を侮辱しているのかぁあ!」


 ザンザが激高している。


 愛を語っているのに、金や地位は関係ないだろと言っているのだ。


 わかる。わかるよ。俺だって学歴や年収で人を選んだりしない。肝心なのは中身だ。中身を聞かれず年収を聞かれ侮辱されたと思うのは十分に理解できる。


 だけどね。青い、青すぎる。結婚ってのはね、それだけじゃだめなんだよ。


 甲斐性って言葉があるだろ?


 そりゃ中身空っぽの金持ちなど論外だ。だが、将来、二人でやっていくには生活力だって必要なのだ。


「ザンザ、あなた青すぎる」

「なっ!? 俺は齢三千年を超えた大魔族だぞ。貴様こそ、何歳なのだ?」

「十七よ」

「十七万歳か! なるほど邪神というだけあるな」


 もうね、こんな大事な場面でもこういう言い方しかできない。そういうところがガキなのよ。まぁ、でも若さゆえの過ちと許してあげよう。前世、中二病だった俺に感謝しなさい。


「ザンザ、あなたがなぜ青いか説明してあげる」

「あぁ、説明してもらおうか」

「ティムとつきあいたいならね。そりゃ思いも大事。それは本当よ。でもね、稼がなければその思いもうすっぺらになっちゃうわ。だってね、思いがあるならそれだけ頑張れるでしょ。頑張る人は高収入になる。だからあなたの年収を聞いたのよ」

「貴様の言い分はわかりにくい。だが、俺なりに解釈してみた。カミーラへの思いがあるなら、武官の仕事はもちろん収入を(つかさど)る文官の仕事もきっちりこなせと言っているのだな」

「え~と、わかってくれたんだよね?」

「あぁ、意図は理解した」

「それじゃあ年収はいくら?」

「概算でいいか?」

「えぇ、およそでいいわ。どうせ源泉徴収なんてないだろうしね」

「百二十弱だな」


 ふむ。年収百二十万ゴールドか……。


 厳しい、厳しすぎる。ティムと二人だけの生活ならまだいい。でも、いくら物価が安いとはいえ、子供ができてちゃんとした教育を受けさせようと考えたら足りない。


 まぁ、でも共働きなら問題ないか。ティムは魔法学園のエリートだからかなり稼ぐだろう。


 その場合は、ティムにおんぶにだっことなる。姉として大事な妹を任せられるとは言えない。


「正直、厳しいねぇ。少なくとも四百。ティムのパートナーを気取るなら八百は欲しいところね」

「なっ!? 俺は覚醒したばかりだぞ。八百など、よほど旨味のある領土がないと無理だ」

「いきなり言い訳? 情けないなぁ。ティムなら将来これくらいすぐに稼げるよ」

「ぬぬぬ! い、今は無理だ。だが、いずれ手柄を立て、その倍は稼いでみせよう」


 まぁ、覚醒したばかりって言ってたし、要するに就職して間もないのだろう。あまり収入を聞くのも酷だね。将来に期待だ。


「結論から言うわね。あなたはまだまだひよっこ。とてもじゃないけどティムのパートナーには認められない。だけど、まだ審査は保留にしてあげる。あなたの思いに免じてね。また男をあげたらいらっしゃい」

「ふっ、面白い。俺が七つの大陸を制覇した暁にはカミーラをもらいにくる。覚えておけ」

「その中二病も治ってて欲しいけど……」

「ちゅうにびょうとは何だ?」

「別に……それよりあなたの剣を返すわね」


 ザンザから取り上げていた剣を返す。ザンザの剣は、装飾も立派でそれなりに良い剣のようだ。さすがに剣を趣味にしているだけあるね。


 あ、そうだ!


「ザンザ、良かったら最後にあなたの剣の腕前を見せてくれる?」

「剣の腕だと?」

「えぇ、あなたがそんなに誇りにする剣、一応、見ておいてあげる」

「そうだな。あれが俺の実力だと思われるのもしゃくだ。とくと見ろ!」


 ザンザは腰を落として居合の構えをとる。その構えは堂に入っているようにも見えた。剣士と言うにはほど遠い膂力と思われたが、素人よりは振れるのかもしれない。


 少し期待して見よう。


「ザンザ、どうせならティムへの思いを込めて剣を振ってみせなさい」

「良かろう」


 ザンザの体が震え、ザンザの剣がまばゆく光に包まれていく。


 そして……。


「ぬぅおおおお! 奥義、超魔剣戟閃(トランスオーシャン)!」


 ザンザの剣撃がうなりをあげて壁に激突した。衝撃音が室内に響き、壁にうっすらと傷がついていた。


 おぉ、ミューとエディムで魔力補強した壁に傷がついたよ。多分、強度が一番薄いところに当たったんだろうけど……。


 うん、見てよかった。あなたのティムへの思いがあればこそ、実力以上の力を発揮しこれだけの威力になったのだ。へっぽこと思ったけど、なかなかやるじゃん。型はきちんとしている。研鑚を積めば冒険者ギルドで活躍できるかもしれない。


「ザンザ、すごいじゃない。ここの壁ってかなり固いんだよ。それにうっすらとだけど傷がついている」

「バ、バカな……俺の最強奥義だぞ。大山を砕き、大海を裂ける斬撃を……悪いが、ここの小屋を吹き飛ばす勢いで斬った。それなのに……この小屋のでたらめな強度はなんなんだ……信じられん」


 ザンザが驚愕している。


 まぁ、普通は刀で切りつけたら壁に傷ぐらい簡単につくからね。それがうっすらとしかつかなかったんだ。剣に自信があるなら、それはショックだろう。種明かしをすれば、有名冒険者と吸血鬼の魔力を使って補強しているんだ。下手をすれば上位ランクの冒険者でもこの小屋の壁を壊すのは難儀するかもしれない。だから、ザンザがそこまで落ち込むことはないのだ。


「ザンザ、この小屋は特別に固いのよ。あなたが落ち込む必要はない」

「だが、たかが小屋一つ壊せないとは俺もまだまだ修行が足りぬということか」

「そうね、研鑚を積めってことよ。それより、私にもその剣を貸して」

「別に構わないが、何をするんだ?」

「あなたのティムへの思いを見せてもらった。今度は私が思いを見せる番よ」

「ほぉ、それは楽しみだ」

「まぁ、見てなさい」


 ザンザから剣を受け取り、上段に構える。


 そして……。


「てぇええええい!」


 ティムに対する思いを込めながら思いっきり剣を振り下ろした。


 ん!? うぉおおおあああ!


 思いっきり振り下ろしすぎたらしい。


 なんとザンザの剣は柄や刀身がばらばらになってしまったのだ。


 な、なんという粗悪品だ!?


 見た目は綺麗だったのに、強度がまるでなっていないよ。おもちゃだ、おもちゃ。


「うん……刀剣(かたな)じゃない」

「刀剣に決まっているだろうがぁあ!」


 ザンザが信じられないといった目つきで吠える。


「え、え~と……なんかもろい剣だね」

「お、お前、なんてことをしやがる」

「ご、ごめん、そんなに大事な剣だった?」

「当たり前だ! これは 真魔剛人剣、魔界の名工と呼ばれた稀代の鍛冶士ロン・ベルンの作だぞ。この時代では二度と手に入らない名剣だ」

「名剣?」

「そうだ。俺の魔力に耐えうる唯一の剣だったのに……どうしてくれるんだぁ!」


 ザンザが見るに堪えないくらい気落ちしている。あんなおもちゃによほど大金を出して買ったんだろう。


 あぁ、気の毒に……天下の名工とか言われて騙されちゃったんだね。

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