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第七十四話 「ティムの婚約者に鉄拳だね(前編)」

 今日は邪神軍で会場を借り切っての歓迎会だ。軍団員は上へ下へと準備に追われている。


 魔王軍様、ご一同歓迎……。


 以前、エディムとオルが特使として魔王軍のもとへ外交に行ったことがある。だから今度は魔王軍から返礼の使者がやってきたのだ。使節の規模は十人前後。代表は、六魔将ザンザという人らしい。


 また出たよ、六魔将。


 でも、今度はキラーさんやガルムみたいに文句を言いにこないだけましである。せっかくつながりができたサークル仲間なのだ。仲良くしないとね。


 という次第でザンザさん一行をもてなすため、西通りにある貴族の館を貸しきっている。なかなか洒落た洋館で、パーティー会場にもってこいだ。


 最初は、邪神軍の地下帝国でパーティーすればいいと思ったよ。地下帝国はすごく広いからね。だけど、ドリュアス君以下幹部連中に反対されたのだ。本拠地を敵に知られたくないんだってさ。


 まぁ、名目上邪神軍と魔王軍は敵対関係だ。そう主張するよね。


 俺もよくよく考えたら案外正解だと考え直した。だって、オル家の秘密別荘でドンチャン騒ぎをして物が壊れたり無くなったりしたら嫌だもん。


 ここも広いし、清潔だ。もてなすには十分である。


 さてさて軍団員はバタバタと忙しそうだ。俺も何か手伝いましょうかね。


 何をしようか……。


 よし、決めた。


 ザンザさん達は既にここに到着している。美味しいお茶でも淹れて持っていってあげよう。


 会場の給湯室に入り、茶葉を捜す。戸棚を開け物色したら、マスマテクの茶葉を見つけた。貴族が良く使っている高級茶葉である。末端価格で目が飛び出るくらいの値段がつく。こんな茶葉を鍵もかけずに堂々と置いているのだ。


 オル家の財力に驚嘆だね。


 基本、ここにある物はすべて自由に使っていいとオルに許可をもらっている。さらに言えば、この世の物は全て俺のものだから許可を取る必要はないとも言ってくれた。


 うん、そこまで言われたのだ。高級茶葉だが、使っても問題ないだろう。


 遠慮なく末端価格ウン百万ゴールドの茶葉をポットに入れた。空気を多く含ませ沸かした熱湯と一緒に注いでいく。


 この時、スプーンで葉をそっとかき回し、濃さを均一にして最後の一滴まで注ぐのがポイントだ。


 よし、タイミングばっちり!


 マスマテクの葉の香りが鼻腔をくすぐる。素人とは違うプロの技だ。欲を言えば、使った水が軟水だったらベストな香りがしただろう。


 自己採点八十九点ってところかな。


 淹れたお茶と焼き上げた茶菓子をトレーにのせ、ザンザさん達のいる控え室に向かう。


 うん!? 控え室に行くにつれ、軍団員の数が膨れ上がっていく。


 左右の通路に二、三十人は待機している。さらに、いたるところで軍団員達が歩哨にあたっていた。


 何これ? ものものしすぎんぞ。


 護送中の凶悪犯を連れてきたみたいだ。警備が厳重すぎる。


 軍団員達の気合っぷりにあきれつつ移動していると、エディ父と遭遇した。


 エディ父は、忙しそうに他の眷属達に指示を出している。内容は「やれ、階段奥に二人追加」とか「北側の警備が薄い」とか会場の警備についてだ。


 お前、大統領の警護SPでもしてるのかよ!


 つっこみたいが、しかたがない。エディ父は吸血鬼になった副作用のため、本気で邪神軍の天下を目指している。こんな遊びのパーティーでも真剣そのものだ。さすがに元軍人だけあって指示に凄みがある。


 雰囲気がぴりぴりしてるよ。邪魔しちゃ悪いよね。


「ちょっとごめんなさい」


 小走りにエディ父の脇を通り過ぎようとするが、


「ティレア様」


 エディ父に止められてしまった。


 はぁ、またか……。


 エディ父は吸血鬼になってから、ことあるごとに小言を言ってくる。「もっと君主らしい振る舞いをしろ」とうるさい。


 ジェジェのように嫌味ではないが、とにかくしつこいのだ。


「エディムのお父さん、説教は後で聞きますから」

「ティレア様、何度も申し上げますが……」

「はいはい、わかってます。わかってます。君主らしく振舞えですよね」


 せっかくいい感じにお茶を淹れたのに……。


 もたもたしてたら冷めちゃうよ。


 とにかくまともに相手をしてられない。適当に話を合わせて、エディ父を満足させよう。


 ゴホンと一つ咳払いをする。そして、エディ父に向かって指をさす。


「マラーノや、そこをどいてたもれ。余は急いでおるのじゃ」

「ふぅ。またそのようにふざけて……」


 どうやら俺なりに考えた君主らしいセリフがお気に召さなかったようだ。女王様風に言ってみたのに。


 それならおじゃる言葉で試してみよう。


 口元に扇子があるかのような仕草をする。そして、エディ父に向かって指をさす。


「まろは急いでおる。そこをどくのでおじゃる」

「……もうけっこうです。お言葉遣いについては、後でみっちり教えて差し上げる」

「うん、また今度ね。それじゃあそこをどいて」

「お待ちください。何をされようとしてますか?」

「見てわからない? 魔王軍からのお客さんにお茶を持ってきてあげたのよ」


 俺の言葉を聴き、エディ父は大きく溜息をつく。


 最近、多いね。こう何度も目の前で溜息されたら、さすがに傷つくぞ。


「ティレア様、何度も申し上げているでしょうが!」

「わかった。わかってるって」

「どこがですか! 国家元首自らお茶くみするなど有史以来ありえない暴挙ですぞ! はぁ、はぁ、はぁ」

「まぁまぁ、エディムのお父さん、落ち着いて。そんなに固く考えなくてもいいじゃない。邪神軍は、類を見ないアットホームな軍団です」

「このバッ……し、失礼。ティレア様、魔王軍は同盟中とはいえ仮想敵国の中でも最大国なのですぞ。この外交戦でも威信がかかっております。君主の、あなた様の一挙一動がすべての局面に関わってまいります。おわかりですか!」

「はい、はい、承知しました。あなたが大将よ」

「あなたが大将でしょうが! この際、言っておきます。ティレア様の言動は目に余るものがある」


 だめだ。エディ父が説教モードに入った。


 こうなったときは長い。拷問のような説教が一時間も二時間も続く。


 あぁ、もういいや。面倒くさい。


 お茶は誰か他の人に持っていってもらおう。


 ザンザさん達へお茶を持っていくように軍団員に指示をする。軍団員は「御意」と言って、茶が入ったトレーを持ち、そのままザンザ達がいる控室へと向かっていった。


 これで用事は済んだ。


 エディ父の説教中だが、帰るとしよう。


「エディムのお父さんもう十分よ。それじゃあ、そういうことで」

「お待ちください」

「うっ、もう用事はないんだけど……」

「ティレア様、お聞きしたいことがあります」

「もう説教なら後にして」

「説教ではありません。その前に確認したいことがあるのです」

「何よ?」

「ザンザとの会談です。大丈夫なんでしょうな?」

「馬鹿にしないで。挨拶ぐらいできるよ」

「それは重畳。では、恐れながら何を話されるか伺ってもよろしいですか?」

「いや、だから『ヒドラーさんは元気してますか?』とか『最近、暖かくなってきましたね』とか『カワハギがおいしい季節になりましたよ』とか話題にはことかかないよ。任せなさいって。これでも接客は得意なんだから」

「ふぅ、先に聞いておいて良かったというべきでしょうな」

「むっ! どういう意味よ」

「……ティレア様、これから特訓しましょう。会談までみっちり君主としてのイロハを教えて差し上げます」


 エディ父は強引に俺の腕を掴み、別室へと連れて行こうとする。


 おいおい、会談は明後日だぞ。


 会談までって……四十八時間ずっと説教する気か!


 アホか。選挙演説じゃないんだよ。誰がそんなめんどくさいことをするか!


「ストップ、もういい。会談はパスする。挨拶は、ティムに任せるよ。ティムは総督でしょ。別に私が挨拶する必要ないよね?」

「そうですな。カミーラ様なら安心です」

「そうでしょ、そうでしょ。それじゃあ私は行くね」

「あ、お待ちを! まだ話は終わってません」


 背中からエディ父の声が聞こえるが無視だ。


 つきあってらんないよ。さっさと料理の仕込みに移ろう。


 足早に会場の出口へ向かおうとしていると、


「やはりカミーラ様を……」


 ん!? カミーラ?


 軍団員のオウホン達がティムの噂話をしていた。ヒソヒソと小声で話している。


 もしかして陰口でも叩いているのか?


 日頃、カミーラ様カミーラ様と慕っておきながら、裏で陰口を言ってたら許せない。その時は俺が鉄拳制裁をしてやる。


 とっさに物陰に隠れ、オウホン達の話を聞きに行く。会話が聞こえる位置ぎりぎりまで近づいた。


 オウホン達の会話が聞こえてくる。


「ザンザのあの様子だとあきらめていないようだ」

「あぁ、こちらに到着するなりカミーラ様に会わせろの一点ばりだったからな」

「それだけカミーラ様に執着しているのさ」

「そうだな。キラーやガルムの暴走もザンザがいれば抑えていただろう。いや、それどころか仲間内で殺し合いをしていたかもしれない」

「そうであれば、魔王軍は早期に内部瓦解して邪神軍の天下も決まっていたのに」

「確かに。なんの因果かザンザの覚醒が遅かったのが災いしたようだ」


 オウホン達の中二病会話を訳してみる。


 以前、ティムに文句を言いに来たキラーさんやガルムも、ザンザが魔王軍サークルに所属していたら止めてたみたいだね。


 ザンザさん、覚醒が遅くてその場にはいなかったらしい。


 覚醒ってなんやねん? 風邪でもひいてたか?


 とにかくティムへのクレームを止めてくれる六魔将のファンがいたんだな。


 さらにオウホン達の会話が続く。


「ザンザはカミーラ様とのよりを戻す気かな?」

「あぁ、もともとカミーラ様とザンザは許嫁だ。はたから見ても仲睦まじかった。こうして敵と味方に別れて、ザンザは忸怩たる思いがあるのだろう」


 な、何だとぉ――っ!


 許嫁だと? 聞き捨てならない言葉に矢も盾もたまらず飛び出した。


「君達、知っていることを教えなさい」

「「これはティレア様!」」


 俺に気付いたオウホン達がすぐに片膝をついて頭を垂れる。


「恐縮するのはいいから。さっきの話の続きを聞かせなさい」

「「ははっ」」


 それからオウホン達から詳細を聞いた。


 そのザンザという輩はティムの幼馴染なんだって。


 まず、この時点でツッコミが入る。


 ザンザって誰や?


 ティムの幼馴染なら俺も知っていないとおかしい。ベルガの町はコミュニティが狭いから。


 オウホン達にこの部分に突っ込みをいれてみる。さらに詳細な説明をしてくれた。


 どうやらティムとザンザは、数千年前に幼馴染だったらしい。


 うん、それなら俺が知らなくてもしょうがない。なにせ数千年前、俺はまだ生まれていないからね。


 そりゃ知らないわ、わはは!


 って舐めてんのかぁ! こちとら真面目に聞いてんだぞ!


 オウホンにカイザー●クスを喰らわせたくなったが、我慢する。


 ……まぁ、いい。こいつら中二病患者相手にまともな返しは期待できない。とりあえず、中二言語を訳しつつ知っていることを吐いてもらう。


 そして……。


 いくつかの質疑応答を経て、許嫁の件がわかった。どうやらティムとザンザは親公認の仲らしい。ティム達が幼少の頃、両家で婚約を決めたそうだ。


 だから、いつしたんだよ!


 もうだいたい予想がついた。


 質問した答えがドンピシャである。やはりティムとザンザが婚約をしたのは数千年前だってさ。


 ティムの親であるマミラ……。


 ここでも出てきたかマミラ。ちょくちょく軍団員同士の会話で出てくる。そのマミラとザンザの親とで婚約を取り決めたんだと。交流のあるマクなんちゃら家とザンザ家の当主が決め、幼馴染で気心の知れた当人同士も納得の婚約だったとか。


 はいはい、要するに前世からの恋人パターンね。ベタすぎて逆に感心する。


 いや、違うか。神々から封印される前の話だった。前世の恋人パターンとはちょっとひねってるね。


 とりあえず、真相はわかった。


 まず、ザンザは魔王軍ごっこでティムと知り合い一目ぼれをした。ここで奴は素なのか計算なのかわからないが、中二的背景を作りだし、ティムに迫ったのだ。その際、「ティムとは前世恋人同士だった」と周囲に吹聴してまわったのだろう。そういう中二的お祭り騒ぎが大好きな集まりだ。皆もその話にのっかったに違いない。


 サークル公認のカップルだ。ザンザも浮かれてただろうね。


 だが、ティムは魔法学園への入学のために途中で王都に引っ越してしまった。お祭り騒ぎは終わりを告げたのである。


 それでもザンザはあきらめなかった。ザンザの脳内限定だが、いつまでもティムの恋人としてあり続けたのだ。


 ティムは超可愛い。その辺の気持ちは十分に理解できる。


 そして、そんな情念を燃やしていたザンザに再びチャンスが訪れたのだ。この魔王軍歓迎会を利用し、舞い戻ってきたのである。再びティムに迫るため、恋人にするためだ。


 結論……。


 ザンザの野郎、油断ならない。告白にも色んな手法がある。こいつはその中でも中二病患者には涎の出るシチュエーションを使ってきやがった。


 まずい。今のティムならザンザの告白にうんといいそうだよ。


 普通の人にそんな告白したらひかれるのがオチだ。だが、ティムみたいな中二病患者には、こういう言い方が効果覿面である。


 「古の戦いでは一緒に戦ったね」とか「どこそこの国を滅ぼしたら結婚しようね」とか「結婚記念日に合わせて数千人の首を打ち取ったよね」とか言って話が盛り上がるだろう。


 すぐさま来た道を引き返して、ザンザの控え室に直行する。


「ティレア様、今度はいったい何事ですか?」


 エディ父が怪訝な顔をして、俺の進行にストップをかけてきた。


「ちょっとどいて。ザンザに用があるのよ」

「どんな御用事ですか? 軽々しく君主が動くものではありませんぞ」

「あぁ、うるさい、うるさい。重要なことよ。天下国家の大事なの!」

「そうですか。それでは、ぜひ内容をお教えいただきたい。すぐに幹部を招集して会議にかけます」

「会議? 却下よ却下。そんな時間はない。緊急事案なの」

「ティレア様、たとえ緊急を要する事案でも、まずは部下をお使いください。それが君主としてのあるべき姿です」


 もうこいつと話をしてても埒があかない。


「エディム! エディム!」


 大声でエディムを呼ぶ。


 すると、傍にいたエディムの眷属が連絡したようだ。眷属同士の念話ネットワークを使い、一分もしないうちにエディムが通路奥から飛んできたのだ。


 すごい。携帯より早いね。


「ティレア様、お呼びにより参上仕りました」

「エディム、お願いがあるんだけど、いい?」

「はっ。なんなりとお申しつけください」

「じゃあ遠慮なく。このおっさん、どうにかして!」

「えっ!? それはどういう――」

「ちょっと、いや、かなりうざいのよ。引き取ってくれる? 本当は王都所払(ところばらい)の刑に処したいところだけどね。とりあえずは、この会場からおっぱらってくれればいいから」

「ははっ。マラーノこい!」

「ち、ちょっと待て。エディム、ひっぱるな。私はまだティレア様に用事が――」


 エディ父は無念の言葉を発していたが、気にしない。エディムがエディ父を会場外まで強制的に引っ張ってくれた。


 ふーやっと行ったか。


 ザンザ達がいる控え室に入る。控え室に入ると、ティムと顔に刀傷のある男が談笑していた。


 あいつか!


 他に知らない人達もいるけど、ティム達とは一歩引いた形で座っている。ティムと真向いに座っているあいつこそ、使節代表のザンザで間違いないだろう。


 顔立ちはななか精悍だ。だが、中身はムッツリスケベの中二病患者である。


 お、おんのれぇ! きっと前世でのティムとのハネムーン生活を妄想して話しているのだろう。ティムのハートを今もキュンキュン掴んでいるに違いない。


「ザンザァ――ッ!」


 雄叫びをあげて、ザンザのもとに走って行った。

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