第七十一話 「エディ父登場。親子和解に協力だね(前編)」
「ちと、尋ねたいのだが……」
「はい、なんでしょ――厳つぅ!」
お店のドアを開けると、そこには四十五歳くらいのがっちりとした体格のおっさんがいた。背丈は二メートルを超え、髭を蓄えた極悪面である。背中には自身の体格と遜色ないくらいデカイ大剣を帯びていた。
強盗か!? 思わず身構える。
く、来るなら来い。
俺は空手三段――うおっ、目つき怖っ!
獲物を食い殺しそうな鋭い眼光だ。クマを素手で倒せそうなぶっとい腕と、何より背中に差している業物が無言の圧力を与えてくるのだ。
わ、腕力では勝てそうにない。
だが、甘く見るな。
レミリアさんに通報しちゃうもんね。俺には力がなくともコネがある。王都治安部隊の長と仲良しこよしのマブダチなのだ。そのうちラバーズに昇格する可能性だってある。
「ティム君の自宅はここで合っているかな?」
「はい、そうですけど……どういったご用件ですか?」
なんだ、なんだ、怪しすぎるぞ。こいつなんでティムの名前を知っている?
もし、ティムにいかがわしいことを考えているなら、エディムに言って返り討ちにしてやる。
「はは、そう警戒しないでくれ。怪しい者ではない」
「……」
「これは手厳しいな。私はアルクダス王国外征部隊第三隊長アルハス・マラーノと申す。軍人の名誉にかけて誓う。決して君に危害を加えたりしない」
「軍人さんですか? ん!? アルハス? まさか……」
「あぁ、君の想像どおりだ。私はエディムの父親だ」
おぉ、この人がエディムのお父さん!? 似てなさすぎだろ!
どこぞのマフィアのボスかと思ったぞ。この人貫録ありすぎ。美少女のエディムとは似ても似つかない。エディムは母親似なんだね。
そっか、エディムのお父さんって軍のおえらいさんなんだ。確か外征部隊って傘下国の威武をしている部隊だよね。そこの隊長なら、かなり上の人だよ。軍人の位でいうなら大佐か中佐のはずだ。
とにかく失礼な態度をとっちゃまずい。きちんと挨拶しないとね。
「あ、申し遅れました。私の名はティレア、この料理屋ベルムの店長をしてます。ティムの姉でエディムとも友達なんですよ」
「おぉ、そうなのかい! エディムがいつもお世話になってるね」
「いえいえ、こちらこそいつもエディムには助けられているんです」
「うちの愚娘がお役に立っているなら嬉しいよ」
「愚娘なんてとんでもない。エディムは優秀で立派な娘さんです」
「ふふ、そう言ってくれると親としては嬉しいかぎりだね」
なんだよ。娘を褒められて破顔しちゃってるよ。厳つい顔にこぼれるような愛情を浮かべている。このテキサスおやじ、なかなか可愛いとこあんじゃねぇか。
「ところでエディムのお父さん、用件はエディムのことですか?」
「あぁ、そうだよ。久しぶりに王都に帰ってきたはいいが、エディムと連絡が取れなくてね。学友のティム君といつも一緒にいると聞いて、ティム君のうちを調べてこちらを訪れた次第だ」
なるほど。最近、エディムは学園の寮よりも邪神軍の地下帝国に入り浸っている。ここで待ってたほうがエディムと連絡がつく。
「事情はわかりました。立ち話もなんですし、どうぞ中に入ってください」
「すまないね」
「いえいえ」
正体がわかり、ほっとした。強盗でなく友達のお父さんだった。
エディ父を中に入れ、席まで案内する。
エディ父は軍人らしいきびきびとした動きで席についた。そして、ポケットから葉巻を取り出す。映画の悪役ボスがよく吸っているようなでかい葉巻だ。
「すまないが、吸っても構わないかい?」
「えぇ、いいですよ。あっ、でしたらお手数ですが、こちらの席に移動してもらえませんか? そこは禁煙席ですので」
「ほっ、禁煙席とは……おもしろい制度だね」
「おもしろいですか」
「うむ。お客の中にはタバコが苦手な人もいるだろう。すばらしい配慮だ」
エディ父は感心して、席を移動した。
喫煙席には一応、灰皿もどきが置いてある。エディ父は器用に葉巻の部位カットし、指先で火炎魔法を出すと葉巻に着火した。
シガーの煙がもくもくと漂う。
灰はきちんと灰皿に入れてくれているようだ。
エディ父よ。禁煙席の制度を感心していたが、あなたのほうが素晴らしい。
紳士だね!
この時代に禁煙マナーなど皆無だ。ほとんどの客が当然のように店内で煙草を吸う。そんな中、きちんと吸っていいか確認を取ってくれた。何より灰皿を使ってお店のテーブルを汚さないように気を使ってくれている。
厳つい顔で誤解されそうだが、この人いい人だよ。
「エディムは、もうすぐ来ると思います」
「そうか。じゃあしばらく待たせてもらうよ」
「えぇ、どうぞお茶です」
お茶を淹れ、エディ父に渡す。
エディ父は美味そうにお茶を啜りながら、時折、葉巻の香りを楽しんでいた。
「ティレア君、エディムはどんな様子だい?」
「いつも元気ですよ。うちの妹とも仲良くしてくれるし、いい子ですね」
「そうか、それは良かった」
ん!? エディ父の奴、良かったって言うわりに顔が暗いぞ。セリフと表情が合っていない。
「あの、何か心配事でもあるんですか?」
「ふむ……」
エディ父は眉をしかめ口を閉ざす。
これはプライベートの問題なのかな?
それなら無理に聞いたら失礼だよね。
「あ、別に言いたくなければ――」
「いや、娘の友達のティレア君ならいいだろう。実はね、ここに来る前、学園寮に行き確認したのだが、娘はほとんど寮に帰っていないそうだ」
「そ、それって……」
「しかもたびたび学園をサボっておるとか。手紙も定期的に届いていたが、最近はろくに返事も返ってこん。もしや娘に悪い友達でもできたのかと心配になってな。急遽、休みを取って帰国したのだ」
「そ、そうですか……」
「もちろん、ティレア君を見る限り悪友ができたわけではないようだ。だが、学園をさぼってアイツはいったい何をしておるのだ!」
し、しまった……。
そうだよ。エディムは吸血鬼になって学園どころではなかった。もちろん手紙だって送れるはずがない。エディ父のこの様子から、エディムが吸血鬼になったことは知らないようだ。
まぁ、家族に自分が吸血鬼になったなんて、そう簡単に告白できるものじゃない。
真実を伝えるべきか?
いや、こういう大事な話は他人が口出すことじゃない。本人の口から伝えるべきだ。
でも、本人が言うのも辛いよね。
真相を知っている第三者の俺から話したほうがいい場合もある。
どちらにするべきか?
うんうん唸っていると、
「……やはりエディムに何かあったんだね?」
エディ父がそう尋ねてきた。
「ど、どうして?」
「そんなに考え込んで、うろたえてたら明白だよ」
さすがは軍人さん、観察眼がある。
こうなったら正直に話すしかないか……。
いや、でも……。
「頼む。何か知っているなら教えてほしい」
エディ父は辛そうな顔で頭を下げてきた。
真摯に頭を下げるその姿から、娘を思う親の気持ちが痛いほど伝わってくる。ここまでされたら黙っているのも忍びない。
しょうがない。俺も腹をくくろう。
「わかりました。エディムのお父さん、落ち着いて聞いてください。実は……」
それから事の顛末を説明した。
魔族襲撃の際、エディムが吸血鬼にされたこと。
逃走する際、警備の人達を眷属化させたこと。
学園をサボったわけではない。やむを得ない事情があったと話したのである。
エディ父は、俺の言葉を静かに聞いてくれた。さすがに叩き上げの軍人である。怒涛のような出来事なのに動じていない。
瞠目しながらも時折、眉を寄せていたのは、娘を思う親心のせいだろう。
「あい、わかった」
「状況を理解してくれましたか?」
「あぁ、にわかには信じがたい。だが、先年の王都の状況、そして何より君は嘘をつけない性格なのは見ていてわかる。娘に起きたことは真実なのだろう」
「はい、残念ですが……」
「そうか」
エディ父の悲痛な気持ちが理解できる。
エディムがいくら人間の心を持っていると主張しても国からは信用されないに決まっている。吸血鬼だとばれたら処刑されるのは間違いない。愛する娘が吸血鬼になり国家から追われているのだ。その心中は計り知れない悲しみに包まれているだろう。
「大丈夫です。エディムは絶対に守って見せます。今は吸血鬼捜査も下火になってますので、ひとまずは安心かと。ただ、油断はできません。エディムのお父さんも十分に注意してください」
「君の娘への友情は、親としてとても嬉しく思う……だが、エディムは斬る!」
えっ!? 今なんて?
何か穏やかでない言葉が聞こえたぞ。
「あ、あの……私の話をちゃんと聞いてました?」
「もちろんだとも。娘のせいで国を担う者達が犠牲になった」
「なっ!? 誰もそんな話してないでしょ。別にエディムは誰も殺していない。ただ、眷属化させて身の安全を図っただけじゃない!」
こ、この人、親なのになんて冷たいんだ?
エディムは被害者だぞ。まさか本気で自分の娘を手にかける気か?
「軍人が国への忠誠心を無くせば、それは死んだも同然だ。娘は我が身かわいさで国に反旗を翻したのだ。許せることではない」
「ほ、本気ですか? エディムはあなたの娘ですよ」
「だからこそだ。だからこそ、親である私の手で決着をつけねばならん!」
エディ父の血を吐くような叫びを聞き、後ずさりしてしまう。
生粋の軍人の本気に押し切られそうだ。
い、いや、だめだ。このままでは親子の間で悲劇が起きてしまう。
エディムのためにもなんとか説得しなければ!
「エディムのお父さん、聞いてください。エディムは吸血鬼にされた時、不安で不安でしかたがなかったと思います。今はだいぶ落ち着いていますが、ちょっと前までは学園にまったく行けなかった時期もあったんですよ。私やティムが支えていますが、内心では父親であるあなたを一番頼りにしてます。どうか考え直してください」
「……父である前に私は国に仕える軍人なのだ」
なんという石頭だ。
なんかジェジェを思い出す。国粋主義者ってこんなんばっかりなのか。
あぁ、どうしよう?
早く説得しないとエディムが帰ってきちゃうよ。
そして、エディ父を説得する有効なアイデアが出ないまま、時間だけが過ぎ……。
「お姉様、ただいま戻りました」
最悪のタイミングでティム達が帰宅したのだ。