第七十話 「これは戦闘じゃない教育よ(後編)」
カーチェイスちゃん達が「源基球だ!」と叫び、取り囲んできた。
恐らく三人がかりで襲ってくるのだろう。だいたい予想はつく。以前、喧嘩した魔邪三人衆みたいに集団戦法を使ってくるのかな? まぁ、ドキュン達とは比べ物にならない子供のお遊びだろうけどね。
それじゃあ【舌】を使っておしおきをしよう。
さっきサンドラ君におしりぺんぺんをしたが、やり過ぎたみたいだ。サンドラ君は、いまだお尻をなでながらうずくまっている。生意気な口調は鳴りを潜め、怯えているみたいだ。
ふむ、悪ガキとはいえさすがに忍びない。ひとまず、手を出すのはやめる。子供に怯えられるのは勘弁だ。しかも男ならともかく、カーチェイスちゃんは女の子である。トラウマになってはいけない。ただ、しつけはきちんとしなきゃね。
口で注意しても反省しない。手を出すと泣かれる。
ならどうすれば?
考えたあげく【舌】を使うことにした。カーチェイスちゃんをペロペロする。悪さするなら舐めちゃうぞといった感じで、ソフトなおしおきをするのだ。
多少変態っぽいが、俺は美少女だ。問題ないだろう。俺が男だったら、さすがに事案だったけどね。
まずは、カーチェイスちゃんをお仕置きする。悪ガキ達のリーダー格っぽいカーチェイスちゃんをしつけたら、他のガキンチョ達も大人しくなるだろう。
さぁ、はじめるか。
ベロンと【舌】を出す。
「さぁ、悪い子にはおしおきよ」
「くっ、なめやがって。舌だけで俺達をどうにかできると思っているのか!」
「油断するな。生半可な相手ではない。邪神なら舌でこめかみを突き刺すぐらいはしてくるぞ」
ぶっ!? なんだよ、それ。どこの殺し屋だよ!
カーチェイスちゃんがぶっとび発言する。
いやいやいや、ありえないでしょ。
それだけの戦闘力があるなら、柱をぶん投げたあげく、その柱に乗って移動してやるよ。それくらいすごい力がないと無理な話だ。
そんな話をするところを見ると、カーチェイスちゃんはどうやら俺にびびっているらしい。サンドラ君も泣かせちゃったしね。
カーチェイスちゃん、そんな乱暴はしないよ。ただ、ペロペロするだけだからね。
怯えないように笑みを浮かべて、カーチェイスちゃんに向かって歩き出す。
「お姉様が【舌】をお使いになるぞ!」
「テ、ティム!?」
集中していて気づかなかった。
いつのまにかギャラリーができている!?
見渡すと、ティムをはじめ邪神軍の幹部達が勢ぞろいしていた。
俺とカーチェイスちゃんのやりとりを聞いていたようだ。「ティレア様が邪神技をご披露される!」とお祭り騒ぎである。
そんな目を輝かして見学をしている軍団員達に、エディムがせっせとお茶をいれている。
……完全に邪神ライブだよ。
「ニールゼン、お姉様が攻撃に【舌】をお使いになるそうだ。むむ、想像がつかん。どれほど恐ろしい技となろうか」
「カミーラ様のおっしゃる通りです。私も血沸き踊りまする。できうるものならば、この身にくらってみとうございます」
変態が変態発言をしている。
誰がお前のようなニートじじいを舐めるか!
他も似たような感じだ。軍団員達は「ティレア様の舌攻撃を早く見たい」とか「我が身にくらいたい」とかほざいている。
どこのAV企画だ。やらないよ。アホかてめぇら!
見世物じゃないぞ。
うーん、なんかこの衆人環視の中、カーチェイスちゃんをペロペロするのは恥ずかしくなってきた。というか実の妹の前でする行為じゃないよね。冷静に考えたら頭が冷えてきた。
「あ~君達、前言撤回するね。【舌】攻撃はやっぱり無しだから」
「ふっ、やはりはったりか! さすがにありえんからな。両手両足を使わず、舌だけで攻撃など俺達相手になめすぎだ」
アンディ達があきれ返った言葉を返す。
しかたがない。【舌】が使えないのなら、普通にお仕置きしよう。サンドラ君の件があるから、体罰はやめようと思った。だけど、こいつらこりない。さっきから敵意丸出しで喧嘩を売ってくる。
うん、これは必要な処置だね。
「じゃあ、普通にお仕置きするから」
鞭のように腕をしならせ、おしりぺんぺんの素振りをみせる。
カーチェイスちゃん達は、びくりと震えた。俺の視線を外さず、じっと睨んでくる。
そこまで警戒するの? まぁ、サンドラ君の現状を見たらそうなるわな。
「まさか我も喰らったあの技をお使いに……鞭のようにしならせたお姉様の……」
ティムが驚いている。驚愕している。
そ、そうだった。
おしりぺんぺんはティムへのお仕置きに使ったのだ。きっとトラウマになっている。これはティムの前で使うべき技ではない。
おしりぺんぺんの代わりに他のお仕置き方法を考えていたら、
「ふふ、邪神よ。お前は私達を舐めすぎた。準備は整ったぞ。はぁあああ!」
カーチェイスちゃんがすごく大きな魔法弾を生成したのだ。
直径二メートルはあるだろうか?
先ほど生成した魔法弾と比較にならない異様な大きさだ。
「おぉ!? ちょっとそれはすごいんじゃない?」
「くっく、邪神よ。俺達一族を舐めたことを後悔しろ。こいつは、先祖代々受け継いだ魔力を開放した一撃だ。党首のカーチェイスにだけできる禁術法。俺達一族が数百年溜めてきた魔力の結晶……思い知れ!」
アンディが、ドヤ顔で解説してくる。
数百年分の魔力が嘘だとしても、この大きさはちょっと不気味だ。こいつらがただの中二病患者だとわかってはいても、警戒してしまう。
それにだ。魔法弾を生成したカーチェイスちゃんの表情がすごく怖い。
凄まじい殺気だけど、これってやばくない?
エディムはただのガキンチョと言ってたけど、土壇場で覚醒したんじゃないかな?
だってね、カーチェイスちゃん、ジ●ジョにでてくる敵キャラみたいになっているんだよ。背後でゴゴゴゴゴと唸っているように見える。
怖いよ。怖いよ。
カーチェイスちゃん、つり目で三白眼だから異様に迫力があるのだ。
念のため、もう一度エディムに確認しよう。カーチェイスちゃんが、突然、超カーチェイスに目覚めてたら困るしね。
エディムに声をかけ……あれ、いないぞ?
周囲を見渡しても、エディムの姿はなかった。
「誰かエディム知らない?」
「エディムならお茶くみのため、調理場に行かせてます。まったく人数分も確保していないとは情けないですな」
オルがやれやれと言った感じで説明してくれた。
オルめ、余計なことをしやがって。
エディムがいないとまずいんだよ。
見てみろ。なんかすごいでっかい魔法弾ができているんだぞ。
まずいよ、まずい。
だが、俺の心配をよそに邪神軍のメンバーは涼しい顔をしている。二メートルはある巨大な魔法弾を意に介していないのだ。ティムはもちろんドリュアス君、変態、軍団員全員が雑談に花を咲かしていた。
こ、こいつらの危機意識の無さはやばい。
ラッキーパンチならぬラッキー魔法弾もあるかもしれないんだよ。もしかしたら、この居室がふっとぶほどの魔法弾を偶然生成できたのかも。小学生のような幼女とはいえ油断はできない。だって、魔法って予測不可能な代物なんだから。
「むむ! この魔力を凝縮した魔法弾、人間にしてはやりますな。我ら魔族を倒せる威力を備えております。さすがにこれはティレア様もご注意する必要があるのでは?」
おぉ、少し中二病は入っているが、まともなことを言う奴もいるじゃない。
えーと確か魔王軍から寝返った捕虜組の……名前はチャカだったね。
チャカの言う通りだ。警戒する必要があるよ。この魔法弾の大きさはやばい。
「チャカよ、お姉様を見くびるでない。お姉様は、魔法弾そのものが効かないのだ。大小に関係なくな」
うぉおい! ティムは何を言ってんのよ。なんだ、その謎設定は!
お姉ちゃん、びっくりだよ。効くから。普通に大きいと死ぬよ。
いかん。いったいティムの中で俺はどういう位置づけになっている? 中二病が過ぎるぞ。
そのうち「お姉様は目から光線を出せます」とか言いそうだ。他のメンバーもティムの説明に納得している。注意を促したチャカですら感心したように頷いているんだぞ。
いやいやいや、もうありえないしょ。
お前ら一回、とことん話し合わないといけないね。
「そ、そんな……お前に魔法弾は効かないのか」
ってカーチェイスちゃんも信じているよ!
野次馬の言葉にのっかっちゃったね。
やはり中二病患者同士、惹かれあうのか?
よくその謎設定を信じたよ。
まぁ、結果オーライか。騙されてくれるのなら良かった。いくら子供でもやっぱり魔法弾を撃たれるのは心臓に悪い。ここは俺もティムの虚言にのっかろう。
「そうよ。私に魔法弾は効かないんだから。わかったでしょ。もう反省して降参しなさい」
「そうか。ならば闘気で仕留めてやる!」
カーチェイスちゃん達は諦めない。
魔法弾の生成を止めると、今度は魔力を闘気に変えてくる。直径二メートル近い魔法弾が無くなったのはホッとしたけど、こいつらまだ反抗するのかよ。
「ねぇ、あなた達が反省するなら、このままお仕置きは無しにしてあげるよ」
「いくら言っても無駄だ。降伏はせん。我らを脆弱な獣人如きと一緒にするな」
「そうだ。ピーピー泣くクズ獣人のように頭を垂れるつもりはない」
クズ獣人ですって!?
アンディ達の物言いに怒りが湧く。そういえばウサ子ちゃん達、すごく怯えている。税金は下がったし、人質にならなくてもいいと説明したはずなのに。
「君達、何を怯えているの?」
ウサ子ちゃんに優しく問いかけてみる。
「ひぃい、すみません、すみません。私達は反抗しませんから」
「そうです。盗みを働き、邪神様に反抗したのはこいつらです」
トラオ君がアンディ達を指差し、ウサ子ちゃんに同意を示す。
「だまれぇえ! 貴様らまたぶん殴られたいか!」
アンディがウサ子ちゃんを怒鳴る。ウサ子ちゃんは、びくびくと震えていた。
なるほど。そういうことか。
こいつらが盗みを働こうとしたのをウサ子ちゃん達が咎めたら乱暴したんだな。だから、ウサ子ちゃん達は怯えているのだ。
こいつら……盗みだけではない。か弱いウサ子ちゃん達にも暴力をふるったのだ。か弱き女の子を殴るとは……ガキンチョとはいえ男だろうがぁ!
情状酌量の余地なしだね。
俺は怒ったぞ。こいつらは、普通にしばき倒す!
「あなた達、覚悟はいいわね。小さいからって、なんでも許されると思ったら大間違いよ。社会にはルールってもんがあるんだから」
「ふん、そのルールに縛られないからこそ、俺達は縛不出来者達なのだ」
「……もうね、あきれてものが言えない。君達には痛みを知ってもらう。かかってらっしゃい」
「「勝負!」」
アンディ達が三方向から襲い掛かってきた。
闘気を拳に覆っている。
多分、その技を使ってウサ子ちゃん達をいじめたのだろう。威力がないとはいえ、ウサ子ちゃん達は怖かったに違いない。見た目、そうとう威力あるように見えるしね。
まったく同級生のか弱い女の子を苛めたぐらいで調子にのってんじゃないよ。俺がそのくだらない技を粉砕してやる。
ちょうど次の邪神ライブで見せようと思っていた技がある。それであなた達の小生意気な鼻をへし折ってやろう。スーパーお仕置きタイムよ。
「天地魔トゥーの構え!」
右手を上に左手を下に構えた。
■ ◇ ■ ◇
邪神が、舌だけで我ら漆黒殺戮団を相手すると豪語する。
カーチェイスは思う。
いくら巨大な相手とはいえ、ここまで舐められて許せるものではない。
最後の禁じ手【源基球】の使用を覚悟する。
これは一族に伝わるとっておきだ。有事を考え、我ら一族は魔力を少しずつ溜めている。それこそ、一族が発祥してから数百年溜め続けているのだ。
その魔力を凝縮して魔法弾を生成する。一族の党首である私だけの特権だ。
使用条件は一族の危機が迫った時、たとえおのれの死を覚悟するほどの敵でも使えない。それこそ、一族全てを飲み込むほどの巨大な敵にのみ使用するのだ。
邪神ティレア……。
一族の禁じ手を使用するに値する相手だ。
体内に刻んでいる刺青に印可を与える。
手に最大級に魔力が集まってくる。
よし、この威力計り知れんぞ。王国最強とうたわれるレミリアですら一撃で仕留められそうだ。
「ふふ、邪神よ。お前は私達を舐めすぎた。準備は整ったぞ。はぁあああ!」
できた。
先祖代々ちょとずつ集めた魔力を結集した魔法弾【源基球】だ。
さぁ、これをぶつけ――いや、待て!
……視線を感じる。
ゆっくりと背後を振り向く。
なっ!?
いつのまにやら邪神の仲間に囲まれていた。
周囲を見回すと、部屋にはオルティッシオをはじめ邪神軍の幹部が軒並み集まっていたのである。
くっ!
儀式に集中しすぎて気づかなかった。これでは、たとえ邪神を倒せたとしても、ここからの脱出は不可能だろう。
特に、あの銀髪女!
自然と足が震え、歯がカチカチと鳴る。邪神に負けず劣らず不気味だ。他の連中も底知れない強さを持っている。我ら縛不出来者達を一撃で殺せる気配を漂わせていた。
逃げるのは不可能。ならば、せめて邪神を道連れに死んでやる!
悲壮な決意を胸に【源基球】を放とうとした矢先、信じられない言葉を耳にした。
邪神の仲間である銀髪女が、邪神は魔法弾自体が効かないというのだ。
アンディ達ははったりとほざくが、今さら嘘は言わないだろう。小手先のペテンを使う必要はない。それだけ力がある集団なのだから。
くそ、なんて化け物だ。魔法弾の大小自体が意味を成さないのであれば、このまま【源基球】をぶつけるのは無駄である。
戦略を変えるべきだ。【源基球】を放つのをやめ、その魔力を闘気に変える。
魔法弾が効かないのであれば、肉弾戦で勝負を決めればよい。
アンディ達に三位一体の攻撃合図を送った。
源基球の魔力を闘気に変えたのだ。闘気でも威力は変わらない。ただ、魔法弾と違い闘気を使った肉弾戦となる。邪神と接近戦をしなければならない。
アンディ、ビィビィアと精神を共有させる。
『アンディ、ビィビィア、わかっているな?』
『むろん。三位一体の攻撃を見せてやるぜ』
精神を共有させ、本当の意味での連携攻撃を行う。
「「勝負!」」
アンディ、ビィビィアと共に一斉に攻撃を始めた。
精神を共有しているのだ。アイコンタクトする必要はない。完全な連携攻撃を行える。私達は、闘気を一点集中させて邪神に襲い掛かった。
邪神は我ら一族最強の闘気を前にしても動じない。
きっと我らを睨みつけ、
「天地魔トゥーの構え!」
右手を上に左手を下に構えたのだ。
なんだ、あの型は……?
殺人技術だけでなくあらゆる格闘技を学んだが、こんな型は見たことがない。ただ両手を上下に広げただけにも見える。
しかし、この威圧感はなんなのだ!
蟷螂拳、龍虎拳、白鳥拳……すべての型がお遊びに見える。
この型こそ全ての戦闘の原形ではないかと錯覚させられる。この型を前には、どんな攻撃も通じない気にさせられるのだ。
よ、弱気になるな!
我らも一族最強の技を放つ。せめて邪神に一撃、強烈な一撃をお見舞いしてやる。誰か一人でもいい。三人で攻撃するのだ。一人、二人は防がれても、最後の一人は攻撃をぶつけられる。
数百年蓄積した魔力を闘気に変えたのだ。
一撃当てさえすれば!
通常のターゲットであれば、塵も残さないような強烈な攻撃である。邪神にも相応のダメージを与えるはずが……。
「馬鹿なぁあ!?」
回避不能な必殺の三位攻撃を、邪神は一瞬で跳ね返したのだ。複数方面からの攻撃だ。一方向だけを警戒していれば、別方向から反撃される。
しかし、邪神は一呼吸で複数回攻撃したのだ。簡単に言うが、尋常ではない。高速の連続攻撃なら見たことがある。だが、同時にだ。超必殺の大技を三発も同時に放ったのだ。
天地魔トゥ……なんと雄大な技だ。
アンディの闘気剣は、邪神の手刀で破壊された。
ビィビィアの闘気発勁は、邪神の掌底に弾かれた。
そして、私の闘気弾は、邪神の圧倒的な魔力によって放たれた魔弾にかき消されたのである。それも、ただの魔弾ではない。
これはなんだ?
魔炎が鳥の形に見える。まるで不死鳥、いや、魔死鳥だ。私の体は魔死鳥に包まれていく。
そして、薄れゆく意識の中で見たものは……見るも無残な我らの敗北の姿であった。