第六十七話 「邪神税って、何考えてんの?(後編)」
「オル――ゥ!」
怒りの火の玉となってオルを探す。
第二師団の居室、トレーニング室、食糧庫、懺悔室……地下帝国のオルが行きそうな部屋を片っ端から覗いていく。
……見つからないぞ。
おのれ! 悪徳代官オルティッシオ、どこいった?
いつも構ってとばかりに中二病をアピールしてくるくせに、こういう時は雲隠れする。
くそ、ここは無駄に広すぎる。軍団員にはGPSでもつけておきたい。問題行動を起こしそうなオルや変態は特にね。
まぁ、無い物ねだりをしてもしかたがない。地道に人に聞きながら、オルの居場所を特定しよう。それから幾人かの軍団員に聞いて、やっとオルを発見した。
オルは会議室Cにいるらしい。なんでも第二師団の収支報告をしているとか。
また邪神会議かよ。
飽きもせず、よくいつまでも続ける。確かもう軽く百回は超えているよね?
とにかく遊びは一旦、中止だ。
幼気な子供達を泣かせて、お仕置きしてやる!
【泣く子と地頭には敵わない】という格言がある。本来大貴族の息子に、庶民の俺は逆らえない。だが、相手は弱虫オルティッシオだ。根も素直だし、きっちり正せば、物事の善悪を理解してくれるだろう。
会議室Cに到着するや、思い切りドアを開ける。
会議室ではティムやドリュアス君、邪神軍幹部が揃い踏みしていた。もちろん悪徳代官オルティッシオもいる。
「これはティレア様」
「お姉様、もしや会議にご参加されるのですか? どうぞ、玉座にお座りください」
ティムが椅子に座るように勧めてくるが、別に俺は会議に参加しにきたわけではない。ティムの提案を断り、オルのもとへ向かう。
オルは俺の顔をみるなり破顔する。どうやら俺の怒りに気づいていない様子だ。
「ティレア様、お聞きください。今回はとびっきりの成果でございますぞ。なんと――ゴハッ!」
ドヤ顔をしてきたオルの顔面に拳を叩き込む。
「今のはトリ子ちゃんの分よ」
「テ、ティレア様、い、いったい――ゴヘッ!」
「これはトラオ君の分!」
さらにオルのわき腹にボディブローを入れる。壁に吹き飛ぶオル。かなり痛そうにしているが、容赦はしない。
「さらに、これが猫美ちゃんの分!」
「ほげぇ!」
咽び泣いていた子供達全員の名前を言いながらオルを殴り続ける。
「その次の、次も……」
「ひぃ、テ、ティレア様、はぁ、はぁ、お、お許しを……」
「その次の次のその次も! ウサ子ちゃんのぶんだああーッツ! これも! あれも! それもぉお!」
子供達一人一人の思いを拳に乗せる。一回殴るごとに一人分の思いを乗せた。まぁ、ウサ子ちゃんの分が若干多かったような気もするが、それだけ可哀そうな子だったので良しとしよう。オルは俺のパンチを受けてピクピク痙攣をしている。
や、やりすぎたか……。
さすがに過剰な折檻はしつけを超えたただの暴力になってしまう。
オル、ごめんね。
別に俺もオルが憎くてやったわけではないのだ。オルに反省して欲しい。真人間になって欲しいからだ。
「ティム、回復魔法をお願い」
「よろしいのですか?」
「うん、さすがに死なれては困る」
「わかりました」
ティムが手をかざすと、オルの身体はみるみる回復していく。やっぱりティムの回復魔法は万能だ。ティムは嫌かもしれないけど、将来は神官になるのもいいよね。
それからしばらくして完全回復したオルが目を覚ました。ふらふらしながら立ち上がり、俺の前まで来て跪く。
「ティレア様、いったいなぜお怒りに……?」
「子供達から聞いたわ」
「なっ!? あの餓鬼共が何を言ったか知りませんが、誤解でございます!」
「言い訳は見苦しいよ。あなたの悪事はまるっとお見通しなんだから」
「そ、そんなティレア様……あ、あの餓鬼共、許せん。その身を引き裂いてやる」
「オル、子供達に意趣返しは厳禁だからね。私を本気で怒らせたいの?」
「お、お待ちください。ご、誤解でございます」
オルが後ずさりする。だが、ティムがオルの背後に回ってそれ以上行かせない。
「お姉様のご不興を買う無能な部下はいらん。オルティッシオ、即刻処刑だ」
ティムが魔弾を生成する。手のひらに浮かぶ二十センチぐらいの小さい球体だ。ただ、虚弱体質のオルを吹き飛ばすには十分過ぎる代物だろう。
「うはっ! とうとう処刑ですか♪」
エディムの台詞の語尾に♪がついているようだ。エディムが、その様子を嬉々として見守っている。他の軍団員達も似たような反応だ。
これはまずい。集団心理というのは恐ろしいもので、どんだけ残虐な行為をしても皆が一緒だと罪の意識を感じないのだ。
こいつら本気でオルを殺しかねないぞ。
「ティム、やめなさい。オルへの制裁は終わりよ」
「ですが……」
「ティム!」
「わ、わかりました」
ティムが魔弾を消すと、オルがほっと息をつく。
「ティレア様がそこまでお怒りになるとは……オルティッシオはいかなる咎を犯したのですか?」
ドリュアス君が疑問を投げつけてきた。
そうだね。しつけとはいえ、いきなりオルに暴力をふるった説明をしないといけない。
「それはオルの徴税のことでね」
「徴税ですか……」
「うん。そういえばあなた達はオルが領地に徴税に行ってたの知っているの?」
「はっ。さきほどの会議でオルティッシオから収支報告を聞いておりました」
そうなんだ。オルが父親の仕事を手伝っていることは、軍団員の間では周知の事実なんだね。知らぬは俺だけか。
あまり会議はサボらないほうがいいのかな?
まぁ、いいや。皆が知っているなら話が早い。
「知っての通り、オルは周辺の村々に徴税に行ってた。それでね。こいつ、こともあろうに税率を勝手に上げたのよ。しかも、九割よ、九割!」
俺の言葉を聞き、皆あきれ返っている。当然だろう。どこの世界に九割も税をふんだくる領主がいる。
「ティレア様のお怒りはごもっともでございます。それはオルティッシオの不手際です」
「でしょ、でしょ。絶対王政どころじゃない。税率九割なんて『農民は生かさず殺さず』どころか殺しているに等しいよ」
「さすがはティレア様、民を統制する含蓄のあるお言葉でございます」
「いや。含蓄どうこうじゃなく……真面目な話、オル罪を犯しているよね?」
王国法なんてよく知らないが、勝手に税率を変えるのは違反に決まっている。
「御意にございます。オルティッシオ、税率は邪神会議で決定している。なぜ従わない!」
「し、しかし、占領地は切り取り次第、裁量は師団長である私にあるはずです」
いやいや、何を言ってやがる。裁量権を持っているのはオル父でしょうが。もしくは王家だよね。何勝手な解釈をしてやがる。
「貴様の行為は邪神法に反する」
邪神法!? な、何それ?
ドリュアス君が意味不明な発言をする。こいつら、俺がしばらく会議に出ていない間に何かわけわからないことを始めてやがるぞ。
「ドリュアス君、話の腰を折って悪いんだけど、邪神法って何かな?」
「はっ。要約すればティレア様のティレア様によるティレア様のための法にございまする」
うん。聞かなければ良かった。まともに取り合っては頭がおかしくなる。
ドリュアス君はその邪神法第二十五条に反するとオルを非難していく。
邪神法……たとえば【主は健康で文化的な最高の生活を営む権利を有する。軍団員は、主の生活環境の向上及び増進に努めなければならない】とか俺に有利な条文がいっぱいあるんだって。
「お前が急激な収奪をしたおかげで長期的な収入を得られなくなった。それはティレア様の最高の生活を脅かすことに繋がる」
「参謀殿、収奪できなくなればまた他から取って来ればよいのです。決してティレア様の生活水準を落とす真似はいたしません」
オルとドリュアス君が激しく口論をしている。他の軍団員も「ティレア様のためにはそれはまずい」と言って口を挟んでいく。
お前ら邪神法とか都合の良いこと言って、増税の責任を俺に押しつけようとしていないか?
役柄とは言え、俺が悪の元締めになっている。これって、もしかしてオルが逮捕されたら俺も巻き添え喰らうんじゃないか?
牢屋暮らしなんて勘弁してくれよな。
こいつらのせいで俺の生活が脅かされようとしている。最高の生活うんぬん言っている場合じゃない。
「あ~もういいから。だいたいわかった。議論は終わりよ。とにかくオル、税率は正規の値に戻すこと! いいわね?」
「は、はい。で、ですが……」
「ですが、って何よ。不満でもあるの?」
「ティレア様、我が第二師団は過酷な資金調達を求められております。それでなくとも調度品の品質向上、食材の確保とあらゆるノルマを課せられているというのに。このままではじり貧です。どうか今年だけでも増税を認めていただけないでしょうか?」
こいつ、何言ってんの? 俺に増税の許可を求めてなんになる?
馬鹿なの? アホなの?
帰って親父さんと相談しろよ。というか増税は民を苦しめるからだめだからね。
まぁ、でもオルが追い詰められた原因は良くわかった。ティム達が「高価な家具を買え」と過剰な要求を毎日していたのだ。オルは仲間外れされないようにせっせと小遣いを使って要求を満たしていたが、とうとう限界がきてしまった。
要するに、いじめられっ子がいじめっこに金を要求されて親の財布から金を取ろうとしたようなものだ。この場合、親の財布が親の領地となったため話がでかくなったのだ。
つまり、ウサ子ちゃん達を泣かせた原因は、ティム達邪神軍の幹部達にも責任がある。何より止められる立場にあった俺が放置していたのが問題だ。
しょうがない。これ以上、オルを追い詰めないためにも、こいつらには釘を刺しておこう。
「事情はわかったわ。オル、辛かったね。もう苦しまなくていいから」
「といいますと……」
「調度品のグレードアップだっけ? もうそれしなくていいから」
「しかし、お姉様。このような低級品のガラクタばかりではお姉様の沽券に関わりまする」
「てぃ~む~」
ティムのほっぺをつまむ。
「おねえひゃま?」
「ティム、あなたいつからそんなに我儘になったの? オルに無茶を言うのは許しません。だいたいあなた本当は何も価値わかってないでしょ。ここにある調度品だけでも十分にすごいんだよ」
「ティレア様。恐れながら申し上げます」
「ニール、なに?」
「はっ。オルティッシオが用意した調度品ですが、魔都ベンズと比較にならんほどの低級品でございます。カミーラ様が仰るとおり、ティレア様の居城をかざるにふさわしくありません」
変態がティムに追従する。他の幹部達もうんうん頷いている。
はぁ、中二病者共には本当にわからないだろう。
ここはまだ比較的常識人であるエディムに聞く。
「エディム、あなたの目から見てもそうなの? そんなことないよね? ここにある調度品って素晴らしいでしょ?」
「そ、そうですね。私は魔都ベンズを知らないので比較できません。ただ、少なくとも魔王軍の居城にあった調度品と比べても遜色はないと思います」
「エディム、貴様は魔王軍と同等でよしとする気か。ティレア様はこの世界の頂点に君臨するお方だぞ」
「も、申し訳ございません。え、えっと、私程度ではなんと言ったらいいか……」
「はいはい。そんな論争はもういいから。とにかく調度品のグレードアップはしなくていい。だから増税も考えなくていいのよ。オル、わかった?」
「は、ははっ。ティレア様の温情に感謝いたします。うぅ、こ、これでようやく我が第二師団もまともな活動ができます」
オルは涙を流しながら頭を下げる。
オル、よっぽど皆からの突き上げが酷かったんだな。さっさと解決して良かった。これで親の領地から金を盗んでくることもないだろう。税率もまともになるはずだ。
一件落着だね。
税率が下がったことを伝えるため人質として連れてこられた子供達のもとに向かった。
居室に戻ると、
「動くな。動くと殺す!」
「ほぁあ!?」
数人の子供達が俺を囲み、魔法弾を生成して脅してきたのだ。ウサ子ちゃん達は部屋の隅で怯えている。
いったいどういうことなんだよ!