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第六十六話 「邪神税って、何考えてんの?(前編)」

 地下帝国が騒がしい。厨房で料理の仕込みをしていると、オルのけたたましい声が聞こえてきた。オルは「きびきび歩け!」とか「ぐずぐずするな!」とか喚いている。


 なんだ? またオルの奴、何かしでかしたのか?


 声は地下帝国のある階段の方角から聞こえてきた。


 ……気になる。

 

 仕込みを中断し、厨房を出て階段の方角へと顔を向ける。


 なっ!? 子供達がいっぱいいる!


 いつもは中二病患者しかいない地下帝国だが、眼前には、子供達が大勢階段を降りて行っているのだ。どうやらオルが引率して連れてきたみたいだ。


 子供達をあんなに連れてきてどうすんの?


 オルは、先日ヒドラーさんのところでも相当ヤンチャをしてきた。これは目が離せない。


 すぐにオルのもとへと向かう。


 小走りで地下帝国の階段を降りると、


 ぶっ!? お前、何やってんだよぉおお!


 オルはこともあろうに子供達を縄で縛って歩かせていた。さっきは建物の影でよく見えなかった。今は、はっきりとわかる。オルに縛られ引っ張られていく子供達の姿が見えた。


 子供達は、市中引き回しされている罪人のようにトボトボ歩いている。


 完全に幼児虐待だ。


「オル!」

「これはティレア様」

「あ、あなた何をやらかしてんのよ。さっさとその縄をほどきなさい!」

「ですが、こいつらは大事な人質――ほべぇ!」


 すかさずオルの後頭部に拳を叩き込み、地べたに這い蹲らせた。


 まったく、やっていいことと悪いことの区別ぐらいわかれよ!


 オルをノックアウトさせた後、子供達の縄をほどいていく。


 そして、全ての子供達の縄をほどくと、気絶から起きたオルを正座させた。詰問タイムである。


「オル、この子達はなんなの?」

「はっ。我が第二師団で攻め落とした各集落の子供達です」


 オルは、にこやかに答える。安定の中二言語だ。イラっとくるが、ここでさらに殴っては話が進まない。なんとか怒りを抑え、話の先を促す。


「で、その子達がどうしてここにいるの?」

「はっ。邪神軍への人質として連れてきました」

「人質?」

「御意。こいつらは各族長の子達です。十分に人質としての価値があるかと」


 オルは、満面の笑顔を浮かべている。どうやら真面目に話す気はないようね。いや、違うか。これでも真面目に話をしているのだろう。もう、いいや。話にならない。


「オル……色々つっこみたい」

「はっ」

「とりあえず……ふん!」

「ごぎゃあ!」


 オルの腕を折る。まぁ、本当に折ってはいない、軽くひねってやっただけだ。子供達に乱暴したけじめをつけないとね。


「テ、ティレア様、私に何か落ち度が……?」


 オルは腕を押さえ、涙目で訴えてきた。


「オル、あなたの言動にとやかく言うのはこの際、置いとく。今更言っても始まらないし、すぐに治療は無理だから。だけどね、問題はあなたが子供達を縄で縛ったことよ。子供達が怯えているでしょうが!」

「それが何か?」

「わからない? 私を怒らせたいの?」

「ひぃ! め、めっそうもございません。お許しを……どうかご容赦のほどを!」


 オルは、怯えて土下座をしている。泣いて謝るぐらいなら最初からこんなことをしないでよね。


 ったく、こんな調子で暴走するから目が離せない。


 それにしても、こんなにたくさんの子供達をよく連れてこれたものだ。この辺の子じゃないよね?


 ぱっと見ただけで色んな人種の子がいる。


 人族はもちろん、獣人、竜人、鳥人など様々だ。


 また獣人一つを例にしても、猫に犬に兎と国際交流豊かだ。オル家の権力で連れてきたのだろう。こんな幅広い人材につてがあるのはさすが大貴族ね。


 でも、どうしてこんなに子供達を集めたんだ? オルのふざけた言い訳を聞いただけではよくわからん。


 オルの中二的思考を分析しよう。


 ふむ……ひょっとして邪神軍の人質ごっこで遊ぶ目的で誘拐してきたとか?


 有りうる話だ。子供がいたほうが盛り上がる。オルが調子に乗って魔王軍ごっこに子供達を強制参加させた。いい大人がくだらないイベントのために年端もいかない幼女達を巻き込んだとしたら、アウトだな。


 変態ロリ鬼畜野郎め。


 いやいやいや、それは考えすぎか。オルには、ジェシカちゃん襲撃事件以降、犯罪はしないと約束させている。無理やり誘拐まがいのことはさすがにしていないだろう。そこは信じたい。


「オル、ここに連れてくること、この子達のご両親にはきちんと許可を取ったんでしょうね? これだけのことをして冗談でしたじゃ済まされないよ」

「もちろんでございます。人質となるのは集落の長も納得済みです」


 ご両親には許可を取っていると。


 つまり、オルの言葉を意訳すれば……。


 あの子達は……きっと社会科見学に連れて来られたのだ。可愛い子には旅をさせろ。王都の町並みを見せ、有識を深めるのは良いことだ。集落の中にいるだけでは考えた方も閉鎖的になってしまう。そう考えたご両親がオルに子供達をあずけたというわけだ。


「なるほど。状況は理解できたわ」

「はっ。王都周辺の数十の部落から集めてきました。中には族長自ら望んで差し出した輩もいましたぞ」


 そう、そこまで教育熱心な親もいるのね。


 色んな集落の子達を王都にご招待……。


 きっとオル家の社会奉仕の一環なんだろう。ドラ息子とはいえ、オルはオル家の長男だ。跡継ぎとして立派に家の仕事を手伝わなければいけないんだね。


 えらいぞ。ただ、暴走して子供達を縄で縛って連れてきたのはいただけなかった。


「オル。やり方はまずかったけど、頑張って行動したのは立派だわ。褒めてあげる」

「ははっ。一層励みにして勤めまする」

「うん、その調子でね。で、この後の予定は?」

「予定といいますと?」

「この子達の予定だよ。この後、どこに連れて行こうとか考えていないの?」

「いえ。どこぞの一室にでも閉じ込めておくつもりでした」

「……あ、あなたねぇ、それじゃあ王都まで連れて来た意味がないでしょ。せっかく王都まで来て部屋で遊ばせておくだけなんてもったいないじゃない」

「承知しました。では奴隷として魔力の供給をさせましょうか? ちょうど『れいぞうこ』の温度を一度ほど下げたかったところです」


 だめだ、こりゃ。オルめ、褒めたと思ったらこれだよ。社会科見学の意味をまったく理解していない。


「もういいよ。あなたじゃ埒が明かない。この子達の面倒は私に任せなさい」

「御自らですか! このような些事でティレア様の手をわずらわせるわけにはまいりません。私が責任を持ってやり遂げます」

「いい。私がやる。私がこの子達にいい思い出を作ってあげるんだから」


 オルから子供達を強引に引き取り、地下帝国のわりかし広い居室へと移動した。子供達は騒ぎもせず、静かに俺の後をついてきた。


 ふむ、大人しいね。


 このくらいの年齢だと騒いでヤンチャして収拾がつかなくなると思ってたのに。


 うん、うん、素直な良い子達だね。礼儀正しい。


 ただ、子供達の表情が暗いのが気になるといえば気になる。


 緊張しているのかな?


 それならまずは緊張をほぐすことから始めよう。


 多分、まわりが知らない人ばかりだから不安なんだよね。ここはお互い自己紹介をして親睦を深めるのが先決だ。


「それじゃあ皆、聞いて」


 子供達は、俺の一声にビクッとなる。雨の中で捨てられた子犬のように怯えていた。


 なぜ、怖がるのだ?


 こう言っちゃなんだが、俺は見目麗しい素敵なお姉さんだ。怖がられる要素は皆無のはず。


 あ! わかったぞ。オルが縄で縛ったりするから、俺も同類と思われているんだ。子供達は、乱暴な怖いお姉さんと勘違いしているのだろう。


 くそ、オルのせいだ。


 まずは、怖いイメージの払拭から始めないといけないみたいだ。子供達にできるだけにこやかな笑顔を見せる。


「コ、コホン。まずは自己紹介しようか。私の名はティレアよ。ティレアさんとかティレアお姉さんとか好きなように呼んでかまわないから」

「「わかりました。崇高にして偉大なティレア様」」


 ぶっ!? な、なんだそれ? オルめ、子供に何を吹きこんでやがる!


「そ、それ……もしかしてオル、さっきのお兄さんが何か言ったのかな?」

「は、はい。オルティッシオ様からご命令を受けております。邪神軍総帥であられるティレア様を神として崇め奉れと」


 一人の獣人の猫ちゃんが怯えながら答えてくれた。


 神!?


 また死にたいほど恥ずかしい黒歴史を積み上げてきやがる。


「あぁ、もういいから。そんな大仰な口調はしなくていいのよ」

「「わかりました。煌びやかで深淵なティレア様」」


 だ、だめだ……。


 オルの洗脳が相当ひどいようだ。


 オルめ、邪神軍として調子に乗るのはいいが、分別をつけろよ。これはある意味、犯罪だ。幼気な子供達になんてことしやがる。こんな妙な教育をしたとばれたら、この子達の親から烈火のごとく怒られるぞ。


 オルの暴走が酷すぎる。


 少しエディムの気持ちがわかってきたかな。


 どうしようか?


 この調子だといくら会話をしても緊張感が増すだけだよね。


 そうだ! 何か美味しいものでも食べて語り合えば誤解も解けるだろう。子供達も喜んでくれるはずだ。


 ふふ、子供達に料理上手で素敵なお姉さんをイメージさせるのだ。


「君達、ちょっと待っててね。今から美味しい料理を作ってあげる」


 すぐに厨房に戻り、小麦粉と卵を取り出す。卵を割り、小麦粉と一緒にかき混ぜる。かき混ぜたら、それをフライパンにちょちょいと乗せミルクを入れる。後はバターを入れ、こんがりと焼く。


 最後にメイブルシロップを垂らせば……子供達も大好き、ホットケーキの完成だ。熱々のふわふわで、子供達もきっと喜んでくれるだろう。


 よっしゃ、気合だ。高速で人数分を料理する。


 そして、作り上げた人数分のホットケーキをトレーに載せると、ダッシュで子供達がいる居室へと戻っていった。


「お待たせ!」


 ホットケーキを持っていくと、子供達は目を輝かせていた。甘い香りと美しい見た目が食欲をそそっているのだろう。涎を垂らしている子もいる。


「これね。ホットケーキって言うんだよ。皆、食べたことないよね。きっと美味しいから食べてみて」


 子供達は顔を見合わし、うつむいてしまった。食べたそうなのに手をつけようとしないのだ。何かすごい遠慮されている。


「さぁ、さぁ、さぁ、遠慮なんていらないぞ」

「ほ、本当に食べてもいいんですか?」

「いいに決まっているじゃない。おかわりもたくさんあるからね」


 にこやかにそう言うと、子供達は駆け込んで食べていく。


 うんうん、子供はそうでなきゃね。


 子供達は美味しそうにホットケーキを平らげていく。


 一枚、二枚、三枚……。


 子供達の食欲は止まらない。よっぽどお腹を空かせていたんだな。中には泣いている子までいるよ。そこまで感激されると料理人冥利に尽きる。


 満足げに子供達を見ていると、


 あれ? どうしたんだろう?


 子供達の中で獣人のウサ子ちゃんが食べていないのだ。二口分を食べて、あとはそのままだ。うつむいて悲しそうな顔をしている。


「ウサ子ちゃん、どうしたの? ホットケーキ、口に合わなかった?」

「そ、そんなことないです。すごく美味しい。こんな美味しいもの食べたことなかったです」

「じゃあどうして?」

「い、いえ。弟や妹がひもじい思いをしているのに申し訳なくて……」


 どういうこと? この子達って裕福な子供達じゃなかったの?


 オルが(おさ)の子って言ってたから、勝手に金持ちの嬢ちゃん、坊ちゃんと思っていた。


 確かによくよく観察すると、子供達の顔はやつれている。体つきもガリガリだ。栄養が満足に取れていないのだろう。


「それならお土産に持って帰る? ウサ子ちゃんの家がどれだけ遠くかわからないけど、二、三日は保存できるようにしておくね」

「帰っていいんですか!」


 俺の言葉を遮り、ウサ子ちゃんは驚いたように声を出す。


「うん、いいに決まっているでしょ」

「す、すみません。やっぱり帰れません。人質の私が帰ると、村に迷惑がかかります」


 ん!? 人質?


 なんか嫌な予感がしてきたぞ。俺はすごい勘違いをしていたかもしれない。


「ね、ねぇ、ウサ子ちゃん?」

「は、はい」

「さっき縄で縛ってきた馬鹿なお兄さん、オルティッシオが人質として連れてきたって言ってたけど、本当なの?」

「はい、私達は村の担保として連れてこられました。村が税を払わなかったり反乱を起こした場合に殺される人質としてです。で、でも、あんな重税とても払えません」


 ウサ子ちゃんは、声を上げてむせび泣く。他の子供達も食べるのをやめて同じように泣いていた。


 こ、これは社会科見学ツアーでは断じてない。オルは各集落へ税の取立てに行き、本当に子供達を人質として連れてきたのだ。


 おそらくオル家では……。


『ねぇ、パパ。僕もそろそろパパの仕事のお手伝いをしたいな』

『おぉ、殊勝な息子よ。パパも鼻が高いぞ』

『じゃあさ、パパの領地に徴税に行っていい? 一度やってみたかったんだ』

『そ、それはさすがにな。慣れた者でないと……』

『だめなの? 僕、将来はパパみたいな偉い大貴族になりたかったのに……』

『おぉ、嘆くな息子よ。だめなものか! 領地はたくさんある。好きなだけ徴税してみせなさい』

『わぁい、やった! いっぱい取り立てるぞ。所得税に法人税だ!』

『こらこら、固定資産税も忘れるんじゃない』


 って会話がなされたのだろう。


 親バカなオル父のことだ。素人のオルに全権を委ねたに違いないね。もちろんオルに租税取立てのスキルはない。下々の悩みを聞き、うまく調整する力なんてあるわけがないのだ。


 きっと権力をかさにして……。


『僕のパパは超偉いんだぞ。さぁ、税を出せ。金を出せ。いっぱいよこすんだ』

『そ、それが……』

『なんだ? もしかして税を払わない気か!』

『申し訳ございません。今年は作物が不作でして……』

『ええい、言い訳は聞かぬ。払えぬならこの子達は人質だ』

『あれ~お父様』

『あぁ、娘だけはご勘弁を~』


 こんな感じで連れてきたんだな。家の威光をかさにしてやりたい放題だ。


 なんてことだ。育った環境のせいもあるだろう。だが、それを言い訳にしてはいけない。貴族なら貴族としての責任があるのだ。オルには後でキツめなお仕置きをするとしよう。


 とにかく、まずはこの子達の心のケアをしてあげないとね。きっと不安だっただろう。奴隷にされると本気で思ってたのかもしれない。


「ご、ごめんね。すぐにお家に帰してあげるから」

「帰れません。私が帰ると村に迷惑がかかります!」


 ウサ子ちゃんが悲痛な思いを叫ぶ。その様子に戸惑っていると、獣人のトラオ君が前に進み出てきた。


「ティレア様、お願いがあります」

「えっと、何かな?」

「僕達が帰れないのも、すさまじい重税のためです。どうにか税率を下げてもらえないでしょうか?」


 トラオ君が悲痛な顔で訴えてくる。


 うん、なんとかしたい。


 でも、さすがに税率を変える権力は俺にはない。ここは中世、絶対王政の世界だ。きっと【五公五民】とか【胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出るもの】という考えが王族や貴族達の間では一般的なんだろう。オル家もそうだろうね。これを変えるのは容易にできることじゃない。


 一般庶民の俺にできる手立ては限られている。


 レミリアさんに頼んでみようか?


 それとも、強引だがエディムの眷属を利用する?


 どちらにしても国で内乱が起きそうだ。


「な、なんとかしたいんだけど……」

「お願いします。税で九割も取られたら僕達は皆、死ぬしかありません」

「はっ!? 五公五民……半分じゃないの?」

「いえ、オルティッシオ様は『邪神税として村の収入の九割を献上しろ。できなければ村人全員皆殺し』と仰りました」


 邪神税?


 またお前は……。


 ともかく九割なんて異常だ。恐らくオルが暴走して国が指定した税率に上乗せしたのだろう。きっと、オルは税は取れたら取れただけ褒められると単純に考えて無茶を言ったのだ。


 子供達はしくしく泣いている。


 オル、あなたはいつもの行動をしただけかもしれない。だが、これはアウトだ。お仕置きはスペシャルにするからね。

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