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第六十一話 「エディムと魔王軍との会談(前編)」

 邪神軍外交部隊が邪神軍と魔王軍の国境線、チシマ・カラブト地方に向けて馬車を走らせる。部隊は外交大使であるオルティッシオ、副使であるエディム、他はダルフ、キャス、ミリオ、ジンといったエディム配下四天王及び第二師団の軍団員四名、計十人のメンバーで構成されている。


 アルクダス王国からチシマ・カラブト地方までの道のりは数百キロ。王都から外れるにつれ治安は悪くなる。こういった旅程の場合、距離が長くなるにつれ護衛規模は膨れ上がるのが通例だ。有名な行商人の部隊であれば、腕利きの冒険者が百を超えても珍しくはない。総勢十名程度の小規模な荷車など盗賊には格好の的に見えるだろう。


 現に、この馬車は何度も盗賊共に襲撃を受けている。


 中にいる者が規格外の化物とも知らずに……。


 はぁ~憂鬱だ。


 アルハス・エディムは一人ため息をつく。


 あぁ、もうどうすればいいのだ!


 むしゃくしゃして馬車の窓を開けると、また盗賊共が襲ってきているのが見えた。その数はざっと三十、騎馬に乗り雄叫びをあげながら迫ってくる。距離にして五百メートル先だ。


 憂さ晴らしでそいつらに魔弾の嵐をお見舞いする。ボン、ボンと盗賊共の首が次々と吹っ飛んでいく。


「ぎぇええ!」

「ひ、ひぃい!」

「た、たす――ボン」


 ……つまらん。まるで射撃の的だ。


 盗賊共を全滅させ、馬車に戻る。


 そろそろカラブトに到着するだろう。


 何というか調査も不十分のまま、ここまで来てしまった。準備不足もはなはだしい。


 あらゆる蔵書を調べ、知己を頼り、外交交渉に向けて準備を進めてきたというのに……。


 バカティッシオに無理やり拉致られ出発させられたのである。


 まだ準備中と訴えたが、聞く耳を持ちやしない。なんとかダルフ達、四天王を連れてこられたのが救いだ。ただ、計画は台無しである。


 恨みのこもった目でバカティッシオを睨む。


「なんだ? 文句でもあるのか?」

「いえ、別に……」

「ふん、ならその辛気臭い顔はやめろ。半魔族とはいえ、お前はれっきとした邪神軍の一員なんだぞ。もっと誇りをもて」


 誰のせいでこんな顔をしていると思っているのだ。貴様のせいで準備は中途半端、ほぼ出たとこ勝負でことを進めねばならない。


「オルティッシオ様、もうここまできたら後戻りはできません。戻ろうとはいいません。ただ一つだけよろしいですか?」

「なんだ?」

「本当に大丈夫なんですか?」

「まだ、そんなことを抜かすのか! 心配性にも程がある。お前がちまちま小奇麗な外交とやらを調べてそれが何になるというのだ」

「ぐっ!?」


 バカのくせに核心をつきやがる。そう、いくら外交について調べても、それは対人間用のマニュアルだ。魔族には当てはまらない。でも、このまま無策であたるのはいくらなんでも危険すぎる。


「いいか。魔族と人間は根本的に違うのだ」

「確かにそうかもしれません。ですが、やらないよりはいいですよね?」

「時間がかかりすぎる。我らは威風堂々としておれば良いのだ」

「し、しかし……」

「くどい。末席とはいえ、お前は栄えある邪神軍の一員だ。それなのにそのネガティブさは信じられんぞ」


 私はお前の根拠のない自信が信じられんよ。


 結局、この前代未聞の外交交渉のために準備できたのはバカティッシオが用意したこの服装だけだ。全員、黒を基調とした軍服スタイルに身を包んでいる。確かに見栄えはいいかもしれん。


 だが、それがどうした。肝心の中身がてんでダメではどうしようもない。


 バカティッシオの言動に頭を悩ませながらも、時間は過ぎていく。


 そして……。


 私達一行はカラブトに設置されている魔王軍の砦に到着した。


 こ、これは……。


 思わず息を飲む。


 外交交渉のため事前に使者を出していたので、ある程度は予測していたはずなのに。


 魔王軍の物々しい出迎えに身も心も凍りつきそうだ。数百の魔族が整列している。魔人、魔竜人、魔獣人、奇妙な生物。明らかに人類とは一線を画す存在である。そして、その一人一人が数万の魔力を有しているのだ。


 私達を値踏みしているのだろう。その無数の人外共が無言で圧力をかけてくる。


 うぅ、威圧に飲まれそうだ。


 だが、私はこの外交使節団の副使なのだ。カミーラ様の直属眷属としての自負もある。気圧されてなるものか!


 ガクガクと足が震えながらも腹に力を入れ必死に耐える。


 くっ、きつい。


 なんというプレッシャーだ。恐怖で涙が出そうだ。


 私でこれなら……。


 ちらりと横目で見る。


 私の最も信頼する右腕、知勇兼備の将ダルフも震えていた。キャス、ミリオ、ジンに至っては顔面蒼白で今にも倒れそうだ。


 一次眷属の中でも最強を誇るこの四人でさえ、こうなのだ。人数を絞ってある程度眷属を連れて行こうと思ったが、しなくて正解だった。こいつら以外だと確実に威圧死していただろう。


 逆に、バカティッシオ達は武闘派を気取っているだけあってなんともなさそうだ。悔しいが、腐っても魔族である。


「エディム、何をつったっておる。さっさと行くぞ」

「は、はい」


 バカティッシオに促され、左右に整列している魔族の中を歩く。


 罠はないか、いきなり襲われはしないか、一歩、一歩慎重に進む。


 すると、刺すような視線の中で一人の魔人が進み出てきた。強固な鱗に覆われた竜人。周囲の魔人達の中でも突出した魔力に満ちている。


 な、なんて巨大な魔力!?


 こいつは別格だ。


 カミーラ様と同類、私みたいな半魔族とは別次元の壁を感じてしまう。


「ようこそ、ご使者殿。それがしは魔王軍六魔将のポーだ。ヒドラー総督に代わり挨拶させていただこう」


 やはり六魔将……。


 話には聞いていたが、なんという覇気!


 これが、これが魔王軍幹部の実力か。


「出迎えご苦労。邪神軍外交使節団大使のオルティッシオである」

「わ、私は副使のエディムです」


 バカティッシオに続いて慌てて挨拶をする。


「ふむ、オルティッシオ……カミーラ隊にいた小倅だったな。覚えておるぞ」

「ふん。六魔将だからとえらそうに。いつまでも昔の私と思うなよ。私は崇高なる邪神軍の幹部なのだ」

「そうだな。失礼した。お主達は客人として扱うように命令を受けている」


 六魔将ポーは、バカティッシオの無礼な物言いを咎めもせずに案内をしてくれる。


 そして、一つの部屋へと入らされた。


 そこは何もない空間、ただ地面に特殊な記号が羅列してあるだけである。


 これは転移魔法陣!? しかも何か特殊な魔法列を編み込んであった。


 そうか。拠点を知られぬようにガードをかけているのだな。


 そこまでしなければならないほどの場所へ転移させる。要するに魔王軍の居城に招待されるのだろう。


 うぅ、身震いがする。虎口に入る兎の気持ちになってきた。だが、敵の懐に入るチャンスなのだ。外交交渉の成否もあるが、魔王軍の情報を巨細漏らさず調べ上げてやろう。


 意を決して転移魔法陣に入る。


 場面が暗転する。一瞬にしてどこかの部屋へと移動した。周りを見るに何もない。あるのは転移魔法陣のみである。どうやらここは移動用の居室みたいだな。


「さぁ、こちらへ参られよ」


 六魔将ポーが案内を続ける。私達外交使節一団は、ポーの後に続いて部屋の外へと出ていった。


 そこは……。


 すごい。


 周囲を見渡せば、様々な調度品が置かれている。世界中の美術品を集めたかのごとく、無数にある彫刻や絵画の数々。天井から吊り下げられたシャンデリラは見たこともない宝石でできていた。そのどれもが特級品なのだろう。素人の私でもわかるぐらい幻想的に輝いていた。


 広さはないが、邪神軍の地下帝国と比べても遜色ない。これだけのものを集めるには、それだけの経済力、軍事力を持っているという証だ。


 魔王軍、恐るべし!


 だが、私が魔王軍の脅威を考え情報収集に勤しんでいても、


「ふん、狭いな。我が邪神軍の拠点とは比べ物にならぬわ! くっあっはっはは!」


 バカティッシオはあいかわらずだ。案内されながら毒づいている。


 まぁ、いい。バカティッシオが役に立たないのは想定済み。こいつに情報収集の必要性や意義を教えるのは無駄である。変にかかわられるほうが迷惑だ。


 六魔将ポーは、そんなバカティッシオの罵詈雑言を無視して歩き続ける。時折、ジロリとバカティッシオをにらんではいるが、手を出してくることはない。


 そして、無事にとある豪華な部屋まで案内をしてくれた。どうやらここは外交使節団のために用意された部屋みたいだな。


「ここで休まれるがよかろう」

「わかりました。それで、会談はいつ?」


 準備不足もいいところだ。今すぐにと言われたら非常に困る。だが、聞いておかなければならない。


「ヒドラー総督は二、三日中にはお見えになる。会談の時間は、おって連絡しよう。何かあれば遠慮なく部下を使ってくれ」


 六魔将ポーは丁寧に答えると、そのまま部屋を後にする。なんというかできた人だ。バカティッシオのふざけた暴言に食ってかからず、外交のために何をすべきかちゃんと把握している。敵を褒めたくはないが、バカティッシオの数倍、いや数百倍はできた人だ。


 できればこんな上司が欲しかった……。


 まぁ、愚痴を言ってもしかたがない。とりあえず時間は、まだある。まずは情報収集しよう。


 邪神軍の外交使節団のために用意されたこの部屋、そこにいくまでに歩いた通路、すべてが豪華絢爛であった。どうせなら色々見て回りたい。兵力、兵站、士卒の顔ぶれ、収集すべき情報はいくらでもある。


 そっと部屋を出て探索を試みようとするが……。


「これより、立ち入り禁止だ!」


 あっけなく見張りに見つかった。潜行能力がない私には、これ以上、先に進むのは無理だろう。


 甘かった。そうやすやすと機密情報を盗み見るなんてできない。それに、あまり動き回って向こうを刺激するのはまずいだろう。


 魔王軍の情報収集も大切だが、ここは外交交渉を優先すべきかもしれない。情報収集は断念する。方針転換だ。ヒドラーとの会談まで数日しかないが、少しでも作戦を考えよう。


 案内された部屋に戻り、作戦会議のためダルフ達に声をかける。


「ダルフ、総督ヒドラーとの会談だが――」

「エディム様。緊急事態でございます!」


 ダルフが血相を変えて、部屋の中央を指差す。


 そこには……。


 お、お前ぇ、頭いかれてんのかよぉおお!!


 バカティッシオがあろうことか魔王軍の調度品を盗んでいるのだ。バカティッシオは部下に指図し、せっせと彫刻やら絵画を取り外し荷物に入れていく。


 あ、あ、あんた外交で、よくもまぁ……。


 と、止めなければ!


 このままでは外交の成否うんぬんではない。即、魔王軍に命を刈り取られるだろう。


「オルティッシオ様、何をやってんですか! あんた一応外交の大使なんですよ!」

「それがどうした? ちょうどいいところに手頃な調度品があるのだ。この機会を逃してどうする!」

「で、でも外交の大使が相手先で、ど、泥棒なんて、あまりに非常識すぎます」

「泥棒? ふざけたことを抜かすな。この世の財は全てティレア様のものだ。ここにある調度品も例外ではない。ティレア様のものをティレア様がお住まいになる地下帝国へと移動させているのだ」

「おっしゃる通りですが、今はやめてください。このあとの交渉に支障がでます」

「だめだ」

「なっ!? 何故ですか!」

「貴様はいいだろう。この外交の成否だけを考えていればいい。だがな、私のノルマはこの外交だけでないのだ。地下帝国の調度品のグレードアップを何度も何度もせっつかれる私の身になれ。これだけの調度品を今の世で収集するのにどれだけ大変か貴様にはわかるまい。このチャンスは絶対に逃さんからな」


 バカティッシオの目が血走っている。これは止められそうにない。下手に止めると本気で殺しにかかってきそうだ。


 そうか。少人数なのに、あんなでかい馬車を使った理由がわかった。


 このバカ、これを目的にしていたのか。


 くっ、まずいぞ。早く止めないと魔王軍に気づかれる。幸い今はバレていないが、そのうち見張りの誰かがこの現状に気づ――遅かったか……。


 私達のお世話役を兼ねているのか、お茶を手に持った魔人がこの部屋を見て愕然としていた。


 口をあんぐりと開け、わなわなと震えている。


 まぁ、そうだろう。外交大使が率先して調度品をどんどん荷物に詰め込んでいるのだ。どう見ても頭のおかしな集団である。


 全てこの大使(バカ)のせいだ。


「お、お、お前達、一体何を……」


 やばい。


 脊髄で反応する。すぐさまその下っ端らしき魔人に笑みを浮かべて近づく。ダルフ達には目配せをして他に誰かこないか監視をさせた。


「すみません。何かバタバタしちゃって」

「はぁ? 何がバタバタだ。この盗人共が! だれか――むぐっ!」


 声を出される前にすかさず背後にまわり、そいつの首を締める。


「ぐふっ!? げふっ。お、おのれ!」


 ぐっ、強い。


 この魔人、下っ端の門番程度なのに、凄まじい力で私の腕を引き剥がそうとする。


 は、外れる……。


 だめだ。こいつに叫ばれたら一巻の終わりだ。気合を入れろ。腕の筋肉を限界まで酷使して首を締めつける。


 お~ち~ろ~!


 ありったけの力をフル動員させること数分、なんとか絞め落とすことに成功した。不意をつけたからなんとかなった。まともに戦えば勝てたかどうか怪しい。


 はぁ、はぁ、はぁ、な、なんてこと……。


 気絶した下っ端魔人を見ながら嘆息する。


 会見を前に厄介事を作ってしまった。


 バカティッシオを説得し、調度品を盗むのをやめさせなければならない。これだけでも相当に骨が折れる。その上、相手先の兵卒を締め上げ気絶させてしまったのだ。この締め落とした魔人に対する贖罪も考える必要がある。下手したら外交で大幅な譲歩をせざるをえない。


 うぅ、どうにか事故扱いしてくれないかな?


 いや、そんな甘い相手じゃない。何せ相手は魔王軍。古の時代に神々と争った暴虐者達なのだ。


 ふと、ジェシカが話してくれた【レキイキの悲劇】を思い出す。外交先である国王の怒りを買い釜茹での刑にされた悲劇の外交官だ。


 血の気が引く。不安が胸を支配し意味もなく部屋をうろついてしまう。


 あぁ、外交交渉を前にとんだ失態を――。


 ぐしゃり!


 ん!? なんか変な音がした?


 うそぉおおおおお!


 振り向くと、バカティッシオが締め落とした魔人の顔を踏みつぶしていた。魔人はピクピクと痙攣している。どう見てもじきに死ぬだろう。


「あ、あ、あ、な、なんてことを……」

「すまん。足元が見えなかった」


 バカティッシオが気軽に言う。


「す、すまんって……どう考えてもすまんじゃすみませんよぉお!」

「いや、こんなところに寝ているとは思わなくてな。というか、貴様が手伝わんからこうなる」


 バカティッシオは、両手いっぱいに絵画や彫刻を持ちながらそうほざく。


 どうしよう?


 どうせ殺されるならこいつを刺してからにしたい。

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