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第六十話 「ジェシカとおせっかい」

 アルクダス王国が誇る魔法学園の制服に身を包み、ツインテールをなびかせる。容姿は愛らしく、性格は穏やか。思いを寄せる男子は多い。そんな彼女、ニコル・ジェシカが向かう先は、学園の蔵書が集まる図書室だ。


 試験も近いし、図書室で勉強しよう。


 図書室に足を踏み入れると、熱気がむわっと漂ってきた。試験は本当に近い。みんな考えることは一緒らしい。たくさんの生徒が机に向かい勉強をしている。


 魔法学園は甘くない。年に三回ある筆記試験と技術試験、及び、隔週ごとに出されるレポートで、一定以上の点数を取らないと罰則が科せられる。油断していると、留年や退学が待っている。


 学生は皆、机に参考書を何冊も置いて必死にペンを走らせている。


 私も負けてられない。魔族の王都襲撃からふさぎ込んで成績は下降気味だ。そろそろ復活しないとね。


 空いている机を探す。だが、どこもいっぱいだ。試験の時期だからやむをえないとはいえ、中には自分の机に所狭しと参考書を置きまくり、隣に座ろうにも座れない。参考書が侵食し、スペースが無いのだ。


 参考書を片付けてくれたら座れるところがけっこうあるのに。そういう自分勝手な人達のせいで他の人が迷惑する。


 あの娘なんて、特にひどい。前後左右のスペースを独占している。参考書を周囲に置きまくって周りに座れないようにしているのだ。


 多分、あそこまでやるのは試験にのっぴきならない状態なんだろう。留年、もしくは退学の危機なのかもしれない。


 う~ん、気持ちはわかる。


 でも、一箇所でいいんでもう少しスペースを空けてくれたら――ってエディム!?


 そこには……。


 参考書の山に囲まれ黙々と勉強するエディムの姿があった。


 どういうこと?


 エディムは魔族撲滅機関に所属している。ある意味就職したようなものだ。だから学園にもあまり来ない。


 以前、学園の出席について問題ないか聞いたことがある。エディムはそんな些事聞かないでよとばかりに鼻で笑っていたはずなのに……。


 もしかして、組織でも卒業の資格が必要なのかな?


「エディム」


 声をかけるが、気づいていない。エディムは、もくもくと呪詛を呟きペンを走らせている。図書室なのであまり声を出せないとはいえ、近くにいるエディムにははっきりと聞こえているはずだ。


 すごい集中ぷりである。頭から湯気も出ているし、オーバーヒートしているようにも見えた。


 一体、何の科目をそんなに勉強しているのだろう……?


 エディムの机に積んである本の背表紙を確認する。


 エディムが勉強している本は……。


 アルクダス王国、外交の歴史

 アルクダス王国外交の理念と本能

 外交史に学ぶ外交術の全て

 式典、礼儀、どうあるべきか?

 ひそかに上司を陥れる五十の方法

 すべて分かる交渉術。これであなたも名宰相!

 ・

 ・

 ・


 試験に全く関係ないラインアップだった。

 外交専門誌ばかりだ。

 一つ、気になる本はあったけど……。

 とにかくエディムは外交について調べている。


 エディムは、魔法学専攻で将来は魔法衛士になるはずだった。それは組織に入っても変わらないはずよね。それとも組織の意向で文官にでもなったの?


 ……気になる。


「エディム!」


 今度はエディムの肩を揺さぶりながら大きめに声をかける。


「くっ、邪魔する奴は殺――なんだ、誰かと思えばジェシカ、あんただったの?」

「うん、集中しているところごめんね」

「ジェシカ、悪いんだけど今は時間がないの。これからあと数百冊は読破しないといけないから」


 数百冊! エディム、外交史の学者にでもなるわけ?


 このエディムの気合の入り方、どうも無理をしている気がする。


「ち、ちょっと……」

「ジェシカ、邪魔しないで。今の私は一分、一秒も無駄にできない」

「エディム、ごめん。でも、数百冊って……根をつめすぎだよ」

「余計なお世話。私はね、何がなんでもやらなければいけないの」

「で、でも……」

「いいから邪魔するな!」

「無理しても能率は上がらないよ。適度な休息は必要だって」

「あのな、忘れたのか? 私は吸血鬼だ。少々のことでは疲労なんてしない」

「エディム、いくら吸血鬼だからって無茶よ。肉体的疲労はなくても精神的疲労は蓄積される」

「そんなことは……」

「そんなに張り詰めてたら組織に戻ってミスしちゃうかもよ。お願いだからちょっと休もう、ね?」

「……そうね。確かにあの方の前で粗相はできない。三十五時間ぶっ通しだったし、少し休憩するか」

「……うん」


 エディム、やはり無理をしていた。


 三十五時間って……。


 普通の人間だったら倒れている。エディム、頑張りすぎよ。


 図書室を出ると、学園にある休憩室に移動する。休憩室にはお茶やスナックが常備され、ちょっとした喫茶店みたいになっているのだ。


 この前、リンドの喫茶店でお茶した時にわかったことがある。エディムは、ストレスをかなり溜めているようだ。今日もすごく不満が溜まっているみたいだし、吐き出させてあげないとね。


「エディム」

「何さ?」


 エディムはこちらを見ようともせず、返事だけを返す。椅子にだらしなく座り、ストローを使いズズっとジュースを飲んでいる。


 行儀が悪い。今までのエディムでは考えられない態度だ。特に、目も合わせずに友人と会話をするような子ではなかった。


 エディム、本当に変わった。


 ううん、そんなことを考えちゃだめ。それだけストレスを溜めているのだろう。


「今エディムがやっていることは試験勉強じゃないよね? お仕事で必要なの?」

「まぁね」

「あまり立ち入ったことを聞いちゃいけないんだろうけど、どこかの組織と折衝するの?」

「あぁ、読んでいる本でバレたか……うん、そんな感じで大変なのよ」


 本当に大変そうだ。エディムが、くたびれて帰ってくる年配の兵士さんみたいに見える。今度の仕事がよほどプレッシャーなんだね。少し気分を軽くさせてあげたい。


「そっか。でもエディムは新人だし、あくまでも付き添いでしょ。そんなに思いつめなくていいと思う。仕事は専門の人に任せたら? 仮に失敗しても責任は上の人が取ってくれるよ」

「はん! 何を言っているのやら。ジェシカ、私の上司はね、責任を擦り付けることはあっても取ってくれることは決して無い」

「そ、そうなの?」

「えぇ、そうよ。それに、仕事を任せる? あぁ想像しただけで寒気がしてきた。あいつは役に立たないどころか、足を引っ張るのよ。そういうろくでなし、わかった?」

「は、はい」


 エディムがすごい剣幕でまくし立ててきて、思わずうなずいてしまった。


 有無を言わせない態度である。


 エディムは、よっぽどその上司が気に食わないのだろう。まだグチグチ文句を言っている。


 あ、これって……相槌を打ちながら確信する。


「それって、この前のお茶で聞いた人のことよね? なんか大変だね……」

「ほ――んとぉ――に大変なのよ! 伊達や酔狂じゃないからね」


 そっか。それならエディムが一人で頑張ろうとするのも理解できる。聞いた話ではとんでもない人みたいだからだ。


 でも、そうなるとエディム一人でお仕事大丈夫なのかな? 外交や交渉って専門の知識が必要になってくるのに……。


「エディムってさ、その辺の専攻じゃなかったよね。専門外の仕事を引き受けて本当にやれるの?」

「ジェシカ、やる、やらないの問題じゃない。やらなければいけないの! 専門外は承知の上。だからこうやって図書室で知識を蓄えているんだから」


 そ、そんな図書室で本を読んだくらいで……。


 そんなの付け焼刃だよ!


 止めたいけど、お仕事だからやらなければいけないのよね。うん、それなら少しでもアドバイスできることがあればしてあげよう。


「エディムが交渉する相手ってどこなの?」

「……ジェシカ、それは言えない。禁則事項よ」

「わかってる。詳しくは聞かないよ。言える範囲でいいから」

「言える範囲でいいなら……うちの組織が初めて交渉する相手だ。まず、実績がないから過去の経験を活かせない」

「そっか。その相手の組織って友好的なの?」

「……友好的じゃない。むしろ敵国」

「じゃあ、その相手の性質は? 穏やかな人達?」

「いや、非常に攻撃的かな」


 な、なにそれ? アルクダス王国を敵視し、非常に好戦的な相手ってどこの国よ。


 周辺の国々は傘下に入っている国が多い。初めて交渉するって言ってたし、どこか未開の蛮族相手と交渉するのかな?


「た、大変だね。で、でも挨拶程度なんでしょ。難しい交渉をするわけじゃないよね」

「……」

「難しい交渉なの?」


 エディムは真剣な表情でコクりとうなずく。


 そんなにハードル高いの!


 いやいやいや、そんな大事な案件を素人に任せても大丈夫なの? 私は部外者だけど、心配になってくる。エディムの所属している組織って一体何を考えているんだろう? 完全に人選ミスしているよ。


「エディム、脅かすわけじゃないけど、外交交渉って素人には厳しいと思う。歴史の授業でもたくさんの失敗例を習ったよね?」

「失敗例?」

「うん、有名なのでいえば【レキイキの悲劇】。名外交官であったレキイキだったけど、功を焦るあまり外交相手の王様の逆鱗に触れ、釜茹での刑にされちゃった」

「こ、怖いこと言わないでよ」

「でも、本当にあった話だよ。エディム、考え直したほうがいいんじゃない?」

「考え直すって?」

「はっきりいうとね、誰か専門の人に任せたほうがいいと思うの。もうできないって言っちゃえば?」

「無理無理無理! ジェシカは本当に気軽に言ってくれるわね。そんなことできるわけがない」


 エディムは首を振って否定する。まるで、仕事を断ったら死刑になるかのようだ。そんなに上司が怖いのかな? いや、直属の上司は馬鹿にしているみたいだし、その上の上司なんだろう。魔族撲滅機関は武闘派みたいだし、強面の人達ばかりなんだね。


「エディムが断れないのなら、ティレアさんに口添えしてもらおうか」

「だから、ティレア様にそんなお願いして私の心象が悪くなったらどうするの!」

「エディムはティレアさんを誤解しているよ。そんなことを言ってもティレアさんはあなたを軽蔑しない。いいからティレアさんにお願いしてみようよ」

「ジェシカ!」

「うぐっ!」


 いきなりエディムにチチを鷲掴みにされた。エディムの右手がわしわしと私の胸を動かす。


「いい、そのちっぱいのせいか知らないけど、あんたの考えは浅はかなの!」

「ち、ちょっとエディム、や、やめて……」


 うぅ、揉まないでよ。変な気持ちになるじゃない。


「ジェシカ、絶対に余計な真似はするな」

「うっ、で、でも……」

「返事は!」

「うぐっ!? は、はい」


 私の答えを聞き、エディムはやっと胸から手を離してくれた。


「じゃあ、そろそろ調査に戻らないといけないから」

「えっ!? まだ五分も休憩してないよ」

「くっ、五分もロスしてたか。早く調べないと。ジェシカ、もう邪魔しないでね」


 そう言うとエディムは脱兎のごとく、休憩室をあとにした。


 エディム、何があなたをそこまで追い詰めているの?


 いけない。このままではエディムの精神が擦り切れてしまう。


 エディムには悪いけど、内緒でティレアさんに会うしかない。ティレアさんにエディムの現状をなんとかしてもらおう。




 ■ ◇ ■ ◇




 後日、私はエディムに内緒でティレアさんのもとを訪れた。


「ジェシカちゃん、いらっしゃい」

「ティレアさん、こんにちは」

「久しぶりね、元気にしてた?」

「はい、おかげさまで……」

「うんうん、元気でいるなら嬉しいよ」


 料理屋【ベルム】のドアを開けると、ティレアさんが笑顔で応対してくれた。相変わらず美人で優しい。黙ってたら本当に素敵なお姉さんなんだけどなぁ。


「で、私に何か用事?」

「はい、折り入ってご相談があります」

「何でも言ってみて」

「実はエディムが……」

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