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第五十九話 「エディムと外交交渉」

 魔王軍との国交。初の外交交渉における内容は以下の通り。


 一、戦犯コウアンの引渡し

 二、賠償金一兆ゴールド

 三、魔王軍、邪神軍の国境確定


 邪神軍外交部隊副大使に任命されたアルハス・エディムは、参謀総本部から通達された条約内容を吟味している。


 まず、戦犯コウアンの引渡しについてだが、これは当然の要求であろう。今回の騒動を引き起こした張本人であり、邪神軍のプライドに掛けて要求しなければならない。ただ、ここで注意すべきは、小細工無しでコウアンを引き渡してもらえるかだ。洗脳魔法をかけられていたり、下手すれば時限式の爆発魔法でもかけられていたりしたら目も当てられない。


 まぁ、これは注意していればさほど難しくはない。問題なのは次の二つだ。


 一つは、賠償金一兆ゴールドの要求である。


 一兆ゴールドって……。


 小国の一年の国家予算に相当する。暴動を引き起こされそうになったからといって、こちらの被害は皆無に等しい。それなのにこの額の要求はあまりに高すぎる。魔王軍にだって諜報部隊はいるはずである。邪神軍に被害が無かったのは知っているだろう。とてもじゃないが賠償金を取れるとは思えない。


 二つめは国境線の確定である。


 まず、国境線を確定するのは必要だと思う。曖昧になっていた領土の線引きはどこかでしなければならないからだ。


 だが、その内容があまりに邪神軍に有利すぎる。


 チシマ・カラブト交換条約……。


 邪神軍と魔王軍がぶつかる境界線近くは、カラブト地方の南からチシマの北にあたる。条約の内容は邪神軍がカラブト地域を領有し、魔王軍はチシマを領有させるというものだ。これだけならたんに交換しているだけにみえるが、実態は違う。


 カラブトのほうが面積、資源ともに比較にならないほど大きいのだ。これは交換とは名ばかり、領土の割譲を求めているようなものである。


 これほどの条件を認めさせるには、両国の国力差がよほど大きくないといけない。


 ……絶対に無理だ。


 戦争で勝利したわけでもない。はじめからこれほど不利な条件を相手が飲むわけがないのだ。脆弱な人間国家相手とは違う。相手は魔王軍だぞ。魔王の懐刀である総督のヒドラーをはじめとしてカミーラ様と同格であった六魔将が三人いる。さらには古の戦いで戦い抜いてきた古豪の魔人がわんさかといる勢力なのだ。魔王がまだ復活していないとはいえ、侮ることはできない強国なのに……。


 これは威圧外交だ。どうやって事を進めればよい?


 副大使に選ばれて以来、ずっと頭を悩ませている。くそ、キッカの問題もあるというのに、なんで私がこんなに苦労をしなければならない。本来、このような大局を考えるのは大使の役目だぞ。


 チラリと前を見る。


 そこには、大きな鏡の前でポーズを取っている大使(バカ)の姿があった。おそらく魔王軍に威厳を示すために格好を整えているのだろう。服を新調したとも言っていたし。


 バカだ。バカすぎる。


 外交交渉では事前準備が極めて重要だ。相手側の情報収集から現在の戦力分析、多角的な観点で事を進めなければならない。服装よりも大事なことは山ほどある。


 このバカは大使に選ばれて浮かれているが、その辺をわかっているのか?


「オルティッシオ様、外交の条文は読まれましたか?」

「当然だ。まったく参謀総本部も生ぬるい条文を出したものよ」

「生ぬるいとは?」

「カラブト、チシマの件だ。なぜ領土の交換をしなければならん。どうせなら全部奪ってしまえばよかろう」

「で、ですが、カラブトのほうが領土的価値は高いです。こちらに有利な条件すぎますよ。魔王軍は承諾しない可能性が高いと思われます」

「ふっ、条件を飲まないのなら滅ぼすまでよ」

「滅ぼすって……」


 だ、だめだ。このバカはやはり何もわかっちゃいない。戦争が起きれば、外交交渉は失敗だぞ。それはつまりこの使節団全員のポカだ。バカティッシオのせいでまた私が汚点を被ってしまう。


「エディム、どうだ? 交渉日のために新しく新調した服だ。威厳あふれていると思わんか?」


 バカティッシオは、くるりと一回転する。


 キモイ。ウザイ。死ね!


 思わず叫びそうになるが、なんとか言葉を飲み込む。


「……オルティッシオ様、大変よいと思います。で・す・が、そんなことより――うぐっ!」

「エディム、そんなこととはなんだ! お前はこの外交を軽く見ておるのか!」


 バカティッシオが私の胸ぐらをつかみ、唾を飛ばしながら叫ぶ。


 く、苦しい……。


 ま、まずい。意識が遠くなる。とにかく謝罪してこのバカを落ち着かせよう。


「も、申し訳、ゴホ、ござい……ません。い、以後気をつけ……ます、から」

「まったく、しっかりしろ。またお前のポカで割を食うのはたまらんからな」


 窒息しそうになりながらもなんとか謝罪すると、バカが手を離してくれた。


 はぁ、はぁ、まったく殺す気か!


 だいたい外交を軽く見ているのはてめぇだ。格好より何より大事なことがあるだろうが!


 だが、改めて思う。


 このバカは、ほおっておいたほうが良い。服装なり格好なり考えさせてたほうが無難だ。外交交渉の内容精査は私がやろう。


「オルティッシオ様、それではどうぞ心ゆくまで吟味ください。私は条約の精査をしてます」

「わかった。で、この服はどうなんだ?」

「……素敵です。皆が皆、あなたを見てひれ伏すことでしょう」

「そうか。うむ、これは候補に入れておくか。次は……」


 バカティッシオは、新たな服に着替えようとする。


 お前は女か。何着買ったんだ!


 あぁ、もういい。このバカに構っていたらストレスが溜まるだけだ。さっさと退出しよ――いや、待て。大事な用を忘れていた。


「すみません。オルティッシオ様に質問があります」

「この忙しい時になんだ?」

「は、はい。魔王軍の礼式がどのようなものか知りたいのです」

「礼式だぁ? そんなもの知らん」


 くっ、バカティッシオに聞いたのが間違いだった。他の幹部の方に聞いたほうがいいだろう。


「そうですか、それでは失礼し――」

「待て。なぜ、礼式を知る必要がある?」

「だって外交の場に出るんですよ。それなりの礼式でないといけませんよね?」

「はぁ? 何故、敵国で礼式に沿って行動せねばならん。もしや、私に頭を下げさせる気じゃないだろうな?」

「いけませんか?」

「当たり前だ。敵国の総督に頭を下げるなど不忠者のすることよ」

「いや、でも外交の礼儀として……」

「ありえぬ。半魔族はやはり人間だな。誇りというものがない。人とは敵国の王に頭を下げる風習でもあるのか!」

「いえ、全てというわけではありません。確か大国の使者は小国の王にひざまづかないとか、細々としたルールがあった気がします。ただ、国によってそれは千差万別です。全てを知っているわけではありません」

「ふん、その理屈なら邪神軍は強国、頭を下げるいわれはないわ!」

「し、しかしですね。相手は魔王軍ですよ」

「だから、なんだ! 我らにはティレア様、カミーラ様がついている。その力の差は計り知れんぞ」

「そうですね、仰る通りです。ですが、相手側がそれを理解するかが問題です」

「わかるに決まっておろうが! お前は偉大なるティレア様のお力を疑うのか!」

「いえ、そうじゃありません。ただ――」

「もういい。お前の戯言を聞くのはうんざりだ。私は忙しい」


 バカティッシオに部屋から閉め出されてしまった。この後、また服装の吟味でもするのだろう。


 案の定……。


「ふむ、黒で統一するのもいい。お側にいてティレア様の威厳を醸し出すようでなければな。はっはっはは」


 キモイ声が聞こえてきた。


 うん、どうやら今回も私が孤軍奮闘しなければならないようだ。

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