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第五十八話 「エディムとキッカとの対談」

 邪神軍地下帝国……。


 料理屋ベルムの地下に位置し、ひとつの街にも匹敵するほどの面積を誇る。様々な情報、兵站、作戦を統括する参謀総本部をはじめ、宝物庫、武器庫、食料庫、各師団長の兵舎などがある。


 そのうちの一室、吸血部隊駐屯所……部屋のランクでいえば、中の下にあたるこの場所に三人と一人の女性が机を挟んで対峙していた。


  あぁ、殺してぇえ!

 

  アルハス・エディムは、腸が煮えくり返る思いで目の前の女性を睨みつける。傍らに控えている一次眷属のダルフ・ガデリオとキャス・フリーゲンも、同様に怒りをあらわにしていた。


 そんな三人の殺気を受けながらも涼やかな顔をして対峙している女性は、三次眷属のキッカ・キ・メルカートである。キッカは自身の眷属を連れず、堂々と一人で会談に望んでいた。


「で、条件はご理解頂けたでしょうか?」

「貴様、わが主に対して条件だと……ふざけるなぁ! 命を賭してお仕えするのが眷属としての勤めだろうが!」


 キャスが激高してキッカに詰め寄る。忠誠心溢れるキャスにとって、キッカの態度は到底許しがたいものであった。怒りのあまり、剣を抜刀し今にも斬りかからんとしていた。


「キャス、抑えろ」


 ダルフがキャスの肩を掴み、飛びかかるのを制止する。


「ダルフ、とめるな。私はこれ以上こいつの狼藉を――」

「キャス、大人しくしてろ」

「エディム様、しかし……」

「いいからやめろ。いいな」

「は、はっ」


 私の言葉でキャスが刀を鞘におさめた。


「そうですよ。エディム様は、交渉をお望みです」

「うぅ、くそ!」


 キッカの言葉にキャスが悔しそうに地団駄を踏む。


 私もキャス以上に腸が煮えくり返っている。格下眷属にこんな屈辱を味あわされているのだから。


 だが、今、こいつを殺すわけにはいかない。


 理由がある。


 ただでさえ魔王軍との外交交渉の準備で忙しいときに、この女狐(キッカ)はとんでもない謀略を企んでいたのだ。


 事の発端は、ジェジェの処刑だ。


 これまでのジェジェの失態……特に大きかったのが、ペンダント争奪戦である。あれで、私の怒りは頂点に達した。これ以上、無能を抱えておくのはうんざりだった。


 たかが二次眷属の処刑、深く考えず実行しようとしたが……大誤算、だった。


 キッカが、ことごとく邪魔をしてきたのだ。


 上司であるバカティッシオをうまく使い、ときにティレア様やカミーラ様を巻き込みながら、処刑を阻止してくる。


 たかが三次眷属とタカをくくっていたのが、そもそもの間違いであった。キッカは、どうやったか知らないが、いつのまにかティレア様やカミーラ様のご寵愛を手に入れていたのである。ティレア様やカミーラ様の名を出されれば、吸血旅団総長の権限をもっても、この女狐をそう簡単に処刑できない。


 だから、私はティレア様やカミーラ様も納得できる女狐の悪行(スネ)を探った。謀反の兆しでもなんでもいい。この女が失脚するような証拠を探し、それをもって処刑してやろうと思った。


 その調査の過程でとんでもない事実が判明したのである。


 ギニゥ(バカ)が起こした吸血王騒動。


 調査の結果、扇動したのはキッカだった。よく考えればギニゥは、ゼブラの眷属、つまり女狐下の眷属である。ギニゥは見た通りのバカで、自分で行動したと思っていたようだが、実際は違う。


 そのバカな性格も計算し、裏でキッカがギニゥを操っていたのだ。私達がギニゥの処理で忙殺されているスキに、キッカは独自の眷属軍団を作り上げていたのである。


 キッカ独自の眷属軍団……。


 明らかにこれは軍議違反だ。局中御法度第一条【眷属をみだりに増やすべからず】に反している。


 ティレア様がお作りになった局中御法度に反したのだ。即刻、この証拠をもとにこの女狐を処断しようとした。だが、キッカは「処断するのなら暴動を起こす!」と逆に脅しをかけてきたのである。


 これが非常にまずい!


 キッカは仮にも私の部下だ。こいつが暴動を起こせば、私が部下の管理責任に問われる。では、暴動を起こす前にこいつらを殺そうとも考えたが、それも厳しい。


 女狐の眷属がどれだけの人数でどこにいるかわからないからだ。キッカを殺せば、たちまちキッカの眷属共があちこちで反乱を起こす。そんな騒ぎを起こせば、参謀総本部の耳に入らない訳がない。また部下の管理問題を起こせば、二度目にあたる。これ以上の失態は完全にアウトだ。


 腹立ち紛れにキッカを見る。


 キッカは勝ち誇った顔で話を続けた。


「要求は一つです。ジェジェ様と私の生存権の確保。そして、我々に不当な行為を行わないという確約を頂きたい」

「貴様ぁあ! そんな与太話を抜け抜けと。ギニゥのバカの一件、貴様が裏で手を引いていたのは、わかっている。本来であれば、貴様は軍事会議にかけられ処刑されていたのだぞ」


 キャスが机を叩きつけながら、怒鳴る。


「そうですね。そうなっていれば、長であるエディム様も罪に問われてましたよ」

「なっ!? エディム様は関係ない。貴様が主犯だろうが!」

「何を言っておられるのやら。キャスさんは頭が悪いようですね。長には長としての責任があります。それに、仮に軍事会議にかけられましたら、私は『エディム様のご指示でした』と報告するつもりです」

「そ、そんな嘘八百を並べ立てるつもりだったのか!」

「えぇ、きっと理路整然とまくし立ててましたね」


 キッカは、にこりと微笑む。


 その態度は、どこまでもふてぶてしい。


「おのれぇ! この不忠者がぁあ!」

「キャスよせ」

「しかし、ダルフ、この女狐は許せぬ!」

「やめろ。もう腕ずくではどうしようもないところまで来ている。これ以上、エディム様を困らせるな」

「ダルフ、言いなりになっていてはこの女狐の思うがままだ。暴動が怖ければ、拷問して眷属共の居場所を吐かせればいい」

「キャス、この女のジェジェへの忠誠心は本物だ。どんなに痛めつけても吐かん。時間の無駄だ。それはエディム様の不幸につながる」


 ダルフとキャスがキッカへの対応で言い争っている。


 感情に任せれば、キャスと同じ考えだ。怒りのままに拷問して、実力行使したい。だが、今は冷静になるべきだ。キャスを止め、ダルフの意見に耳を傾ける。


「キャス、いいからやめろ」

「は、はっ」

「まったく、冒険者あがりは血の気が多くて困りますね」

「貴様ぁ!」

「キャス、こらえろ! キッカ、貴様も挑発はよせ」

「これは失礼しました。それでは交渉の続きを再開します。こういう単細胞(キャス)さんがいるので、念を押しますね。私が作り上げた眷属、各地区にちらばっていますが、普段はいつも通りの生活をさせております。ですので調査しても見つかりっこありませんよ。そして、定期的に私が連絡しないと主要都市を襲う手はずになっております。くれぐれも私を殺さないようにしてくださいね」

「や、やってみろ。すぐに包囲網を敷いて殲滅してやる」

「キャスさんは本当に短絡的ですね。吸血旅団は総勢三百四十七、それだけの数で全地区の暴動を掃討するのは不可能です。しかも、参謀本部に気づかれないように素早く処理しないといけないのですよ。無理です、諦めてください」

「ぐぬぬ……」

「それだけではありません。それこそ鎮圧されるまでの間、眷属達にはそこらじゅうの民にティレア様、カミーラ様のあらゆる誹謗を喚きちらかせます。もちろん、エディム様については賛美するように指示しておりますので、ご安心を」

「なっ!?」

「そうですね、眷属達には『ティレア無能、カミーラ愚物。エディム皇帝万歳』と叫ばせましょうか?」


 キッカはさもおかしそうに話す。


 な、なんてことを考えてやがる……。


 ティレア様のお膝元でそんな暴動を起こせば我らはおしまいだ。


「お、お前、正気か? そんな暴動を起こせば、暴動を起こした者だけではない、我ら全員死すら生ぬるい罰を与えられるぞ」

「えぇ、構いません。ジェジェ様がいなければ、それこそ地獄です。喜んで死地に参りましょう」


 キッカの目、これは本気だ。ジェジェを殺せば、たちまち暴動を起こすだろう。それはキッカを殺しても同じだ。止める手立てはない。


「……よくわかった。で、できるかぎりあんたの要望は聞いてあげる」

「ありがとうございます。ご英断に感謝致します」

「そ、そう。じゃあキッカ、わだかまりもなくなったのだ。暴動を起こす必要もないでしょ。だから眷属のリストをよこしなさい」

「ふふ、ご冗談を……眷属リストは私達の生命線です。提出してしまえば終わり、これ幸いとエディム様は、ジェジェ様と私を始末するでしょう」

「そ、そんなことは……無い」

「エディム様、私も馬鹿じゃないんです。そんな子供騙しの交渉は、もうおやめください。愚かに見えますよ」

「ぐぬぬ……」


 キッカが馬鹿にしたような目つきで私を見る。


 そこには主を称える眷属としての姿は微塵もない。


「おのれ、不敬者が! リストを寄越せ。八つ裂きにしてくれるわ!」

「怖いですね。うっかり自暴自棄になりそうです」


 キッカの無礼な振る舞いにキャスが切れて襲いかかろうとしている。


 ダルフは必死にキャスを止めているが、キャスの怒りは凄まじく制止を振り切りキッカを殺してしまうかもしれない。


 だ、だめだ……。


 キッカを殺せば、暴動を止める手立てはない。私は反逆者としてカミーラ様の前に引きずり出されるだろう。


 ゾクリと身震いした。


「や、やめろ。やめてくれ。た、頼むから」


 うぅ、涙が溢れてくる。カミーラ様に反逆者と思われるなど、想像するだけで絶望に全身が染まる、怖い、恐ろしい。


 涙ながらにキャスを止める。


 それからキッカと細かい取り決めを行った。


 基本的にキッカやジェジェに手は出せなくなった。キッカは商人の娘なだけあり、交渉が抜群にうまい。ここまでいいようにやられている。


「それと、エディム様にお願いがあります。ある程度の権限を認めた別隊を許可して頂きたい」

「き、貴様、これだけの譲歩を引き出しておいて、地位まで欲しいのか!」

「これも自衛の為でございます。上にいればそれだけやれることも多いですから」

「貴様、隊長は一次眷属のみの特権だ。三次眷属如きが私達と肩を並べるきか!」

「キャスさん、もちろんわかっていますよ。そこまでずうずうしくはありません。隊長はジェジェ様、私は副長を務めたいと思っています」

「減らず口を。どこがずうずうしくないのだ!」

「キャス、もういい。それではキッカ、貴様には東通りのエモー地区を任せる」

「申し訳ありませんが、あんな辺鄙な地区ではことが起こった時に不便です。できれば西通りの半分を任せてもらいたいです」

「はぁ? 西通りは邪神軍の本拠だぞ。そのような重要な地点を渡せるか!」

「だから、半分で良いと言っているのです」

「……わかった」

「エディム様、宜しいのですか? そのような権力を与えたら、ますますあの女狐、調子にのりますよ」

「……いい」

「くすっ、ありがとうございます。それではジェジェ様率いる部隊、名を……御所、いえ、ここは昔言葉から御陵を守る衛士、御陵衛士隊とでも名乗りましょう」


 断腸の思いだが、ここはキッカに従ったふりをしておく。キッカは思うどおりに事を進めてご満悦の様子だ。


「誤解の無いように言っておきます。確かに今回、主に楯突くような言動でした。ですが、仕事の手を抜く気は一切ありません。これでも、ジェジェ様の次にエディム様を慕っているのですよ」


 キッカはそう言って居室を後にする。


 しばらく歩き振り返ると、笑みを浮かべ言う。


「あー念のため言っておきますね。特に単細胞(キャス)さん、ジェジェ様に命令して私を処断しようとしても無駄です。私が死ねば、ジェジェ様が不幸になるのは明白です。その時はジェジェ様に何を言われようとも、エディム様を道連れにしてさしあげます」


 捨て台詞を吐いて去っていった。


 女狐の勝ち誇った顔。そして、交渉に屈服した私を憐れむ憐憫の眼差し。


「あのやろぉおお! なめやがって!」


 怒りが爆発し、机に置いてあった書類や小物を辺りにぶちまける。


「エディム様、お気を確かに!」

「うぅ、くそ! ダルフ、どうしたらいい?」

「はっ。隠れ眷族の存在は致命的です。しばらくは従ったふりをしておかなければなりません」


 ダルフも私と同じ考えだ。悔しいが、今は打つ手がない。


「ダルフ、貴様はあの女狐の態度を許すつもりか!」

「私だって腸が煮えくり返る思いだ。だが、キャスよ、冷静になれ。短慮を起こせば、エディム様に被害が及ぶのだぞ!」

「わ、わかった。うぅ、おいたわしやエディム様……」


 キャスが私の境遇を憂いて涙する。


「エディム様、先ほど話をした通り、ひとまずは従うしかません。ですが、ひそかに組織を洗い出します」

「ダルフ、それは可能か? 眷属を増やすのは簡単だ。それこそ女狐が望めば、倍々形式で眷属が増えているだろう。調査は難航する」

「いえ、それはないかと。自分が管理できないほどの眷属を増やせば、参謀本部に目をつけられます。邪神軍の幹部達を怒らせたらどうなるか、わからないはずがありません」

「そうか。じゃあ女狐はどのくらい眷属を作ったと思う?」

「おそらく、二、三十といったところでしょう。それを探し出し消します。そして、消したと同時に女狐を始末すればよい」


 いい作戦だ。さすがは私の右腕である。


「ダルフ、頼んだぞ」

「お任せください。ただ、キッカは頭が切れます。眷属調査は私とミリオでことにあたりましょう。下手に藪をつつけば、しっぺ返しを喰らいますゆえ」


 隠れ眷属調査の指揮は、ダルフに任せる。ダルフなら下手を打つことはあるまい。


 女狐め、この屈辱絶対に忘れぬ。必ずお前を地獄に叩き落としてやるからな。

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