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第五十六話 「先生怒らないから正直に手を挙げなさい」

 戸棚の扉を開けてみると、


 さぁびっくり、オルがレイプ目でブルっていた。


 そりゃそうだろうな。皆から糾弾されてリンチされかかったのだ。ショックにちがいない。


「オル……」

「うぅ、どうして……なぜだ……」


 だめだ。オルの奴、テンパリ過ぎて俺の声が聞こえていない。


「ギル君、オルは、ずっとこんな調子なの?」

「はっ。ティレア様のおかげで先の吸血王騒動は事なきを得たのですが、にわかにオルティッシオ師団長が魔王軍に寝返るとの噂が浮上しました。それからはもう怒涛の嵐です。皆から糾弾され、まるで大逆事件を起こしたかの如くです」

「そ、そうなんだ」

「はい、私も必死に対応したのですが、勇猛果敢だった師団長が見る影も無く憔悴していきました。うぅ、お労しや」


 おぉ、ギル君が男泣きしている。


 ギル君は、オルは邪神軍を辞めたりしないと強く言い張っている。オルが辞めるというのは本当にデマみたいだ。


 憔悴しきっているオル……。


 ここは名目だけのトップとはいえ、俺がしっかり慰めてあげる必要があるね。


「ギル君、私もわかっている。オルは邪神軍大好きだもんね。途中で辞めたりはしない。私はオルを信じているよ」

「も、勿体無きお言葉……ぐすっ。オ、オルティッシオ師団長も草場の陰で喜んでいるかと思います」


 いや、草場の陰って……まだ死んでいないぞ。


 まぁ、ギル君がそう例えるだけあって、オルの奴は今にも死にそうな顔をしているけどね。


 さてどうするか?


 このままでは埒があかない。


 まずは、オルの意識を覚醒させよう。


 戸棚からオルを引っ張り出すと、そのままオルの胸ぐらを掴む。


 よし、ショック療法だ。


 平手でオルの頬をペチペチと往復ビンタすることにした。


「オル、しっかりしなさい! オル、オル、オル!」

「ぐばばぁばばばばば!」


 だ、だめだ。パンパンと激しい音は鳴ったが、オルは目覚めない。


 オルは死んだ魚の目をしており、虚ろな状態のままだ。


 こうなれば、もっと刺激を与えてやる!


「オル、起きなさい! オルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオル、オルヴェ―デルチ!(さよならよ!)」

「ぐばばばばばばっばばばっばばあばばばば。ぼげぇえええ!」


 さぁ、これでどうだ?


 オルヴェーデルチ……。


 オルの弱気がさよならできるように連続で平手打ちしてみた。


 オルは、舌を出して泡を吹いている。


 くっ、まだ目が覚めないようだ。


 それなら、さらに刺激を!


 オルの首根っこを掴み、腕を振り上げさらに殴ろうとする。


「テ、ティレア様、お待ちを! それ以上は、オルティッシオ師団長の命が……」


 ギル君が、血相を変えて止めてきた。


 いや、命って大げさな。ちょっとはたいただけだよ。


 オルを覚醒するには多少のショックが必要――あれ?


 オルの顔は、真っ赤に腫れ上がっていた。


 お、お岩さん?


 うん、やりすぎたようだ。


 赤ちゃん肌のオルに少々力を入れすぎたようである。


「ギル君、どうしよう? ちょっと力を入れすぎたみたい」

「お任せください」


 そう言うやギル君は、どこに隠し持っていたのか、大量のハイポーションをオルに飲ませ始めた。


 オルの口にポーションがリズミカルに入っていく。


 おいおいおい!


 そ、そんなに飲ませて大丈夫か? 副作用とかないのだろうか?


 ギル君は一・五リットルのペットボトル五本分くらいの量のハイポーションをオルに飲ませている。


 こくこくと飲み干していくオル。


 そして……。


「ごはっ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 おぉ、復活した!


 オルは咳き込みながらも、がばっと起き上がったのである。


「オル、良かった」

「こ、これはティレア様。お見苦しいところをお見せしまして……」

「ううん、オルの今の状況じゃ、しかたがないよ」

「ティレア様」

「なぁに?」


 オルはまじめな顔つきになると、地べたに土下座をしてきた。


「不肖オルティッシオ、決して邪神軍を……ティレア様を裏切るような真似はいたしません。こたびの風評もあらぬでっちあげ、私を恨む輩の讒言と思われます」

「うん、わかった」

「ははっ、ご理解いただき嬉しく思います!」

「うんうん、それじゃあ元気が出たところで皆の誤解を解いてこう」

「は、はっ」


 ん!? なんか歯切れが悪いぞ。


 オルの奴、まだビビっているのか?


「オル、怖いのはわかるよ。だけど、あなたが隠れていたら騒ぎが治まらないでしょ」


 こんな下らないことで暴動が起きそうだった。俺が止めなかったら確実に怪我人が出てたね。


「オルティッシオ師団長、ティレア様がついておられるのです。何を恐れることがありましょう!」


 ギル君もオルにハッパをかける。


 そうそう、俺がいるんだからしっかりしなさい。


 だが、オルはプルプル震えている、


 少しトラウマになりかけているか?


 ふぅ、しょうがないな。


「オル、ほら手をつないであげるから」


 オルの手を繋ぎ、皆のもとへ向かった。


「いたぞ! オルティッシオ覚悟――」

「やめなさい!」

「は、はっ」


 オルを見て襲い掛かろうとする面々を一喝した。


「君達、騒ぐのをやめて大広間に来なさい!」


 オル釈明の場は、邪神軍が全員集まれる場所が良い。だから、大広間に皆を集めるように伝えた。


 真実を話して、この騒動を終わらせる。


 大広間に着くと、ティム以下、邪神軍の幹部達が集まっていた。


 ただ、ドリュアス君達、情報部がいないみたいだ。


 外出中? それともトイレかな?


 まぁ、いいや。ドリュアス君達には、後で個別に話をしよう。


 邪神軍の皆に席に着くように言った。


 軍団員達は、俺の言葉に一糸乱れずに着席する。


 こういうところは変に軍人っぽい奴らだ。


 そして、オルを自分の隣に座らせると、邪神軍の皆が次々と口火を開く。


「さすがはお姉様。隠れ潜むドブネズミ、オルティッシオを捕獲されましたか!」

「ティレア様、早速処刑しましょう!」


 ティムの言葉にエディムも歓喜しながら追従する。


 他の軍団員も似たような感じでオルを激しく非難した。もう皆、ヤンヤヤンヤと騒ぎ出し、オルに集中砲火を浴びせたのである。


 そんな皆の剣幕にまたオルが、びくつきそうになっていた。


 いけない。このままではまたオルが自分の殻に閉じこもってしまう。


「あなた達、いい加減にしないとまじで怒るよ!」


 思わず大声を出して、皆を黙らせた。


「あ、あのティレア様……?」

「まず初めに言わせて。あなた達、オルが邪神軍を辞めるって聞いてすごい勢いで責めているけどさ。別に邪神軍辞めてもいいんじゃない? それは個人の自由よ」

「しかし、それは総帥であられるお姉様を見限る行為です。我はお姉様にそんな無礼を働いた者を許せません!」

「私も同感でございます。邪神軍を抜けてそやつはどこに行くのか! ティレア様以上の君主など存在しない」

「いやいや、そんなことないでしょ。仮に私がトップなのが不満で抜けていく人がいてもしょうがない。それはそれで魅力がない私が悪いのよ」

「ぐぬぬ! お姉様にそのような戯言をほざく輩は八つ裂きにしてやります!」


 ティムが憤怒の表情を出す。


 姉思いのティムらしい。正直、そこまで思ってくれるのは嬉しいんだけどね。ただ、人の気持ちは強制では縛れないんだよ。ティムにはそういう現実も教えてあげないといけないね。


「いい。私の信条は『来るもの拒まず、去る者追わず』だから。あなた達も遠慮せずに辞めたくなったらいつでも言いなさい」

「「ティレア様、そんな不忠者はいません!」」


 軍団員達は、口を揃えてきっぱりと言った。


「そ、そう。了解、まぁ、それはいいよ。それで今回の騒動なんだけど、オルに真相を聞いたら別に邪神軍をやめたいとは思っていないんだって。根本的にあなた達、デマに踊らされていたのよ」

「ティレア様、オルティッシオが二枚舌を使っているとも考えられます」

「しかり、虚言を図ったオルティッシオはやはり処刑をすべきです」

「嘘ではありません。私は誠心誠意ティレア様にお仕えする所存であります!」


 皆の勢いに押されながらも、オルは必死に抗弁する。


「ほら、聞いた? オルの気持ちはこれ。噂だけで判断して行動するなんて、あなた達、だめだめよ」


 俺の叱責に皆がシュンとする。


 そうそう反省しなさい。噂だけで人を責めたり、まして暴動騒ぎを起こすなんてもっての外だ。


 うなだれる邪神軍の軍団員達。どうやら俺の言葉を真摯に受け止めたようだ。後は、誰がそんな噂を流したか、犯人を突き止めないとね。


 たぶん、オルがやめると噂を流した奴は、ちょっとしたイタズラをしたつもりなんだろう。オルが困るのを見て陰で笑おうと思っていたにちがいない。少しぐらいの陰口ぐらいいいだろうと思っているのかもしれん。


 だけど、俺に言わせれば非常にタチが悪い!


 オルは今にも死にそうだったんだよ。


 虐めている奴らにとっては遊びかもしれない。だが、それで虐められる側はたまったもんじゃない。普通ならなぁなぁで終わらせるのが賢いやり方なのかもしれないが、俺は今、非常に怒っている。


 犯人を探してお灸を据えてやろう。


 犯人探しのやり方は、オーソドックスにやるか。


「それじゃあ、全員、目をつぶって」

「目をつぶるのですか?」

「そうよ。私がいいというまでつぶっているのよ」

「ティレア様、今から何をされるのですか?」

「今にわかるわ。とにかく私語禁止で机に顔を伏せなさい」

「「はっ!」」


 うん、皆、目をつぶっているな。


 これから俺がやろうとしていること……。


 クラスで給食費などが盗まれたときによく先生達がやる手だ。


「それじゃあ、皆に聞くわ。オルが辞めるとデマを流していたずらした人、正直に手を挙げなさい!」


 さぁ、どうなの?


 先生怒らないから正直に手を挙げなさい!


 さぁ、どうだ?


 こんな奴らだが、根は素直なんだ。俺が本気を示せば、正直に話してくれるはずである。


 周囲を見渡すが、手を挙げている者はいなかった。


「ねぇ、今なら怒らないから」


 できるだけ優しく声をかけてみた。


 周囲の状況は変わらない。


 もしや、イタズラした奴も出るに出れなくなったとか?


 よし、それならあの有名な話をしてやる。


「昔ね、ワシントンって偉人がいたんだよ。その人はね、桜の木を折ったことを正直に話して大統領、つまり王様になったの。そう、正直に罪を告白するのは勇気がいる。でも、私はね、あなた達がワシントンだって信じているよ」


 情感たっぷりに話してみたが、感動して手を挙げる者はいなかった。


 君達、ワシントンが泣いているぞ。


「誰も手をあげないなら、いつまででもずっと続けるよ」


 少し脅し気味にも言ってみたが、それでも挙げない。


 うーん、この中に犯人はいないのか?


 オルを恨んでいてこんなイタズラをしかけそうな人……。


 ティムは、オルを嫌っているかもしれない。だが、こんな陰でこそこそとした行為はしないだろう。


 変態(ニールゼン)や元親衛隊も陰口叩く暇があれば、先に手を出しそうだ。犯人じゃない感じがする。


 他に考えられそうな奴は……エディムと、か?


 オルとエディムは非常に仲が悪い。エディムは、先の吸血鬼王騒動でオルを陥れようとした前歴もある。


 エディムは、吸血鬼になってちょっと負の面が強くなっているのかもしれない。


「ねぇ、こうやって顔を伏せながら、この中でやった人は今、すごく後悔していると思うよ。胸が張り裂けそうとか、きっと、良心の呵責にさいなまれているんじゃないかな? ほら勇気を出してみて」


 エディムのそばで語りかけるように声をかけてみる。


 第一容疑者エディムは、口を割らない。


「私はね、罪を憎んで人を憎まずを信条としているの。わかる? もちろん、この場合の人は吸血鬼も入るからね」


 顔を机につっぷしているエディムの肩をポンポンと二、三回叩く。


 エディムは、なおも口を割らない。


 もちろん、他の皆も手を挙げようとしなかった。


 うーん、この中に犯人はいないようね。


 エディムが、俺が話すたびにピクピクしていたのが気になるちゃ気になるが……まぁ、手を上げなかったんだ。信じてあげよう。


「皆、目を開けていいわ」


 軍団員達は机から顔をあげ、顔を見合わせる。彼らもイタズラした犯人が誰か気になるみたいだ。


「結果だけ伝えるね。この中にはオルを貶めようとした人はいなかった」


 犯人はいない。では、この場にいない誰かなのか?


 他の邪神軍のメンバーか? 遠征中の部隊? それともドリュアス君達情報部?


 でもな~何かもう犯人は身近にいないような気がしてきた。中二病で短気な奴らだが、こんな陰で悪口を流すような陰険な奴らじゃない。


 そうなると、この騒ぎを起こした犯人の正体が謎に包まれてしまう。


「ねぇ、あなた達、オルの話って誰から聞いたの?」

「「そ、それは……」」


 動揺する面々、やっと噂に踊らされていたことを自覚したのだろう。


「ティム?」

「我はニールゼンから」

「ニール?」

「はっ。私は第一師団のオウホンから」

「そう、それじゃあオウホンは?」

「はっ。私は……」


 そうやって伝言ゲームの如く、幾人かに聞いて回っていると、


「コウアン?」


 元をたどっていくと、一人の人物の名前が浮上した。


 コウアン、コウアン……誰?


「ねぇ、コウアンって誰よ? そんな奴、私知らないんだけど……」


 一応、邪神軍の幹部達、元親衛隊のメンバーは全員顔と名前は覚えている。たまに名前を間違うこともあるけど、コウアンって名前の奴はいなかったはずだ。


「恐れながら、コウアンは六魔将ガルムの部下で元捕虜でございます。先月、魔王軍から寝返らせて第二師団でザルギー方面の食料部隊を任せていました」


 オルが申し訳なさそうに説明する。


 六魔将ガルム?


 元捕虜?


「オル、それって……」

「そこからは私が説明します」


 ここでドリュアス君のご登場だ。


 颯爽と現れたドリュアス君は私の前までくると、肩膝をついて敬礼したのだ。

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