第五十三話 「エディムと制裁(前編)」
ジェシカからショッキングな話を聞いた私はすぐさま、騒ぎが起きた現場へと向かった。走りながらジェシカから詳しく話を聞く。
その自称吸血王を名乗る男は、市場の南通りで騒ぎを起こしたらしい。治安部隊隊長のレミリア不在も重なり、かなりの犠牲者が出たとか。
現在、治安部隊はレミリアの帰還を待って、その吸血王の討伐を計画しているとの話だ。
くっ、話を聞いているだけで頭が痛くなる。
一体、どこの眷属がこんな命知らずな愚行をやらかしたのだ?
思い浮かぶのはジェジェの顔、奴の使えなさはもはや伝説級だ。さすがにジェジェ本人ではないだろうが、その配下の誰かが暴走したのだろう。
まずい、まずい。こんな不祥事が幹部の方々にバレたら――って、もう手遅れじゃないのか?
一般人であるジェシカでさえ知っている事件だ。この王都の隅々まで情報を統べているドリュアス様のお耳に入らないわけがない。
その考えに至るや、ダラダラと冷や汗をかく。
この吸血鬼騒動、邪神軍ではどういう扱いになっているのだ?
最近、バカティッシオに雑用ばかりやらされ、邪神軍の会議に出席できなかった。情報が全然入ってこなかったのである。
しかたがない。眷属のダルフに事情を聞いてみよう。
念話を発動させる。
「ダルフ!」
「これはエディム様! 私からも念話をしようとしていたところです」
「そうか。お前も用事があったのだな」
「はっ。本来であればもっと早く報告したかったのですが、オルティッシオが連日、山のように案件を持ち込み、念話をする暇さえありませんでした」
くっ、バカティッシオめ。私の部下を使い潰そうとしているのか、ムカつく事この上ない。
「そうか、苦労をかけたな。それで報告とは……もしや南通りでの吸血鬼騒ぎを指しているのか?」
「御意」
「くっ、そうか知っていたか。いったいどこの眷属が暴走したのだ?」
「それはまだ確認がとれていません。報告に上がっているのは、そやつは吸血王を称し、見境なく市民を襲ったという情報ぐらいです」
な、なんてことだ……。
ダルフも知っていたこの事件。
第二師団でこき使われ暇がなかったとはいえ、眷属との情報共有をたてなかったのは失敗であった。
「そ、それではもちろん、幹部の方々もご存知だよな……?」
「はい、今、まさにその件について会議が行われております」
な、なんだと。それはやばい!
ティレア様のお膝元で眷属が王を称して暴れる。こんな不祥事、前代未聞だ!
「ダ、ダルフ、その会議とは……わ、私の処分を決めているのか?」
「いえ、不幸中の幸いです。この事件が発生した時、吸血部隊は第二師団の管轄下に置かれました。責任は長であるオルティッシオに言及されております」
「そうか。あのバカの責任になったか!」
くっくっ、ざまーみろ! ひぃ、ひぃいい、お、お腹がいたい。ははは、自分の関係ないところであのバカが皆から責められているのか!
「ダルフ、それで、会議でバカティッシオはどんな様子なのだ?」
「はっ。幹部の方々から凄まじい糾弾を受けております。オルティッシオは必死に無罪を主張しておりますが、無駄でしょう。極刑は免れません」
「そうだろ、そうだろ。くっくっ、あはは!」
愉快、愉快。腹を抱えて転げまわる。
バカティッシオの奴、我が吸血部隊を配下に組み入れ、いきがっていたのに。
バカだ。バカすぎる!
「エ、エディム、どうしたの?」
私が急にゲラゲラ笑いだしたのを不審に思ったのだろう、ジェシカが怪訝な顔をして声をかけてきた。
私はダルフとの念話を保留にし、ジェシカに向き直る。
「くっあはは、ジェシカ、大丈夫よ。ちょっと、くっく、面白い事があってさ。ムカつく奴がドジを踏んだらしいのよ」
「それって、さっきエディムが言ってた嫌な上司の事?」
「そうそう、そいつが今回の吸血鬼騒動の責任をとらされそうなの。くっあはは、ざまぁないというか――」
「エディム、やめて! あなたがその嫌な上司のせいで辛い目にあっているのは知っている。だけど、今回の事件は死人も出ているのよ。被害も出ているのにそんな風に笑わないで」
「そ、それは……」
「エディム、組織は自分の居場所って言ったよね? それは少なからず組織の理念に共感したからでしょ。今のエディムは私怨にとらわれて大義を見失っているよ」
くっ、確かにジェシカの言うとおりだ。私はバカティッシオが不幸になるのに浮かれていたが、根本的な問題をはき違えていた。
ティレア様のお膝元で、王を名乗る身の程知らずな不敬者が現れたのだ。それは、ティレア様、カミーラ様を侮辱する行為である。
私は、笑っている場合ではなかった。忠臣として烈火のごとく怒り、速やかにその愚かな輩を排除せねばならなかったのである。
「ジェシカ、あんたの言うとおりだ。ここは怒るべきところだ。わ、私はいつからこんなふうになってしまったんだ……うぅ、な、情けなさすぎる」
ティレア様、カミーラ様の忠実なる下僕を自負する自分が、バカティッシオ如きの進退に心を左右されてしまった。バカがどうなろうが知ったことではない。ティレア様、カミーラ様の名誉が一番大事なのだ。
「エディム、そんな気落ちしないで。うん、大丈夫、エディムは反省してくれた。その嫌な上司のせいでちょっと心をかき乱されただけだよ」
「そうか、そうだよな。ありがとう、ジェシカ。もう少しで私は、取り返しのつかない愚か者になるところだった」
「ううん、いつものエディムに戻ってくれて嬉しい。今のエディムなら半魔族なんて誰も言わないと思うよ」
ジェシカの言うとおりだ。このまま恥じることなくティレア様、カミーラ様にお使えすればよいのだ。もう誰にも半魔族とは言わせない。
それから、ジェシカに連れられて騒ぎを起こしたといわれる広場へと到着した。
さすがに昨日今日と同じ場所にはいないだろう。だが、騒ぎを起こした場所の近くにきっとそいつらの拠点があるはずだ。
ダルフ達にも調査に協力させよう。
保留を解除し、念話を再開させた。
「ダルフ、会議は終わったか? 終わったのなら騒ぎを起こした眷属の調査に協力してくれ」
「いえ、まだ会議は続行中です」
「そうか、長いな。もうバカティッシオの処刑で決まりだろうに」
「エディム様、それが……オルティッシオが執拗にエディム様を口汚く罵り続けて会議を長引かせております。わ、私も怒りが抑えられそうにありません」
くそ、予想通りの行動だが、奴が何を主張しようが無駄だ。今回の件は、長であるバカティッシオが一番責任が重いに決まっている。
「まったく往生際が悪い。私の悪口と言っても、どうせ負け犬のたわ言だろ?」
「そ、それが……」
「ん!? あのバカは何を言っているのだ?」
「オルティッシオは、全ての原因をエディム様のせいにしております。事件を起こしたのも謀反を企むためだとか、ある事ない事をほざいております。私も必死で反論しているのですが、奴の意地汚なさといったら……」
なっ!? あのバカ、性懲りもなく!
「それで、幹部の方々はもちろんバカティッシオのたわ事だとご認識されているよな?」
「それが、一概にそうとも言い切れません。幹部の方々は、オルティッシオとエディム様で一セットと考えておられます。このままではオルティッシオと心中しかねない状況です」
ふ、ふざけるなぁあ! な、なんだ、その状況は!
私とあのバカが一セットって……どうしてそうなる?
私は一番、あのバカが嫌いなんだぞ。
「く、くそ。ど、どうしたらいい?」
「エディム様、事は一刻を争います。すでにオルティッシオは配下三十名、懐刀のギルを隊長として吸血鬼討伐に向かわせております。時間の問題で件の吸血鬼の身柄は拘束されるでしょう」
「くっ、そうなれば私はおしまいだ」
「はい、おそらくオルティッシオはその吸血鬼を拷問にかけてでも、エディム様を主犯に仕立て上げるに違いありません」
「ダルフ、すぐに主だったものを集めろ。バカティッシオより先にその吸血鬼の確保に移れ!」
「はっ。すでにミリオ、キャス、ジンの部隊を派遣させております。発見しだいエディム様に報告致します」
「そうか。かりにバカティッシオの部隊と鉢合わせしたらどうする気だ?」
「事ここに至っては、戦闘も辞さない覚悟です。むろんエディム様は預かり知らぬこと。全ての責任は私が執ります」
「ダルフ、お前の忠誠心嬉しく思う。だが、キャス達には戦闘はできるだけ避けるように伝えろ。バカが長とはいえ、第二師団は武闘派集団だ。平隊士でも私と互角かそれ以上の力を持っている。やむを得ず戦闘するとしても、必ず複数で一人と当たるるように伝達しておけ」
「御意」
私は念話を切ると、ふぅ~っとため息をついた。
非常に退っ引きならない状況に追い込まれていると理解した。バカティッシオの部隊より先にその眷属を確保、あるいは撃破する必要がある。
「エ、エディム、どうしたの? さっきから怒鳴ったり青い顔したりして……」
「ジェシカ、あんたに頼みがある」
「なに? 何でも言って!」
「ジェシカ、あんた治安部隊のレミリアと親しかったよね?」
「えぇっ! 親しいなんてほどじゃないよ。レミリア様とは二、三度話をしたぐらいだし」
「それで十分だ。あんたにやってもらいたいことが――」
「うん、何?」
「いや、もういい」
「えぇ、途中で話を止めないでよ。遠慮はしないで。私はエディムのためならどこまでも頑張るからさ」
「いや、連絡が入った。騒ぎを起こした吸血鬼を見つけたからもういい」
「そうなの?」
「あぁ、ジェシカ、ここまで案内ありがとう。あんたはもう帰りなさい」
「で、でも、エディムは一人でそいつと戦うんでしょ。私もお手伝いしたいよ」
「だから、前にも言ったけど、あんたを庇いながらじゃ――ってもう遅いか」
「どうしたの?」
「逃げるには手遅れだ。もうすぐ囲まれる。あんたは私の後ろにいて」
眷属であるミリオの部隊がターゲットを発見した。その吸血王を名乗る眷属が警備隊を蹴散らしながら再び南通りに向かっているらしい。
念話発動!
「ミリオ、よくやった。それでオルティッシオの部隊も奴らを見つけたのか?」
「いえ、まだのようです。ただ、近くにいるので時間の問題で発見しそうです」
「そうか。ならば全部隊に告げる。お前達は、オルティッシオ部隊を牽制しろ。その間、吸血王を名乗るフザけた眷属は私一人で対処する」
「御意」
「できるだけ時間を稼いでおけ。始末を終えたらすぐに連絡する」
「はっ。命を賭して遂行致しまする」
それから数分後、ニヤニヤしながら男達が現れた。
広場を取り囲むように集まった男達はざっと十人以上……。
警備隊を蹴散らしてきたというのは本当らしい。一人一人に返り血がついていた。まぁ、弱体化した警備隊を何人倒してこようが、雑魚は雑魚のままだ。
私がそうして奴らを観察していると、
「ぎゃははは、なんだなんだ? こんなところにかわいい兎がいやがるぞ」
「うっひゃひゃひゃ。それも上玉が二匹もだぜ。ヨダレが出てたまらん」
下卑た声を出しながら、集団の中の二人が私に触れようとしてきた。
すかさず奴らの脇腹に一撃を食らわせ、その肋骨ごとへし折った。
血反吐を吐いて倒れる屑共……手加減をしなかったから死んだだろう。
「ほぉ~その力……貴様、吸血鬼だな?」
そう言って、一人の男が進み出てきた。
その場にいる眷属共にかしずかれていることからわかる。
そうか。こいつが……吸血王を名乗るタワケだ。
「俺の名はリクーム・ギニゥ。この世の全てを統べる者、ヴァンパイア王だ!」
ふぅ、頭が痛くなる。
こいつは……本当にこいつは……愚かでアホすぎる。
「犯罪者ギルド。暴れ馬のギニゥ……」
「ん!? ジェシカ、こいつを知っているの?」
私の後ろでつぶやいたジェシカを見る。
「うん、暴れ馬のギニゥ。こいつは、とにかく粗暴で上も下も関係なく喧嘩を売ってきた危険人物よ。確か、その性格のせいで実力はあるのにBランクから昇格できないって聞いているわ」
ジェシカの話から推察する。
ギニゥは元々、人に従う性質じゃなかったみたいね。そんな奴を従順な眷属にしようとしても、実力不足の吸血鬼なら失敗するに決まっている。
「ギニゥ、お前の主は誰だ?」
「くっく、俺は王だ。主などおらぬ」
「……まったく、ならお前を吸血鬼にした奴は誰だ? そいつはどこにいる? それとも、もう殺したのか?」
「何だ? もしかして貴様の主かどうか不安に思っているのか? くっく、安心しろ。新しいご主人様はこの俺だ」
「いいから答えろ!」
「くっあっはっはは! そんなに気になるのか? なら教えてやる。俺を王へと進化させた吸血鬼はゼブラという男だ。一応、俺にパワーアップのきっかけを与えた男だ。その功に免じて命は生かしてある。どうだ? 安心したか?」
ギニゥは声を高らかに笑っている。
はぁ~
ゼブラ、ゼブラ、誰だったか?
……
…………
…………………
そうだ、思い出した。
生意気眷属のキッカがゼブラの血で復活したと言っていた。
という事は、ギニゥは、キッカの眷属の眷属だから五次眷属である。
で、必然的にこのニヤニヤしながら私を取り囲んでいる奴らは六次、あるいは七次眷属といったところか。
身の程知らずにもほどがある。いったい誰に向かってその態度をとっている。
下等眷属共が!
本来であれば、勝手に私に対し口を聞くだけで大罪ものだぞ。
私の静かな怒りがわからないのか、あるいは私が魔力を抑えているからだろう、奴らは舐めた態度で接してくる。
「小娘、お前は運が良いぞ。同族なら殺しはしない。俺の女にしてやる」
「……」
「おい、何を黙ってやがる。勿体無くもギニゥ様のお言葉だぞ!」
ギニゥの眷属が、またしても私に触れようとしてくる。さっきと同じように無言でそいつの肋骨ごと砕き、絶命させる。
「「き、貴様!!」」
激高するギニゥの部下達。
「まぁ、待て。お前たち」
「し、しかし、この小娘はあまりに生意気ですぞ」
「いいから黙れ!」
「は、はっ」
激高する部下達を一喝したギニゥは、さらに一歩前に進み出てきた。
「小娘、なかなかの腕前だ。だが、そんな屑を殺したぐらいでいい気になるな。俺は強いぞ。今の俺なら王都最強のレミリアにも勝つ自身がある。俺はヴァンパイア王、どんな奴だろうと負けない。俺は、究極のパワーを手に入れたのだ!」
ギニゥは、またもや高らかに笑う。
それに追従するギニゥの取り巻き達。
はぁ~さっきからため息しか出てこない。
こ、こいつらはもう……。
カミーラ様直属の眷属にして、この王都吸血部隊の祖である私が、この私が! 絶望するほどの悩みを抱えていたときに。
こ、こいつらは、こんなお気楽な事を考えていたのだ。
勝手に王を名乗りティレア様、カミーラ様の所有物に手を出したのだ。その罪は重いぞ。
身の程をわきまえない眷属の所業に怒りが頂点に達した。
もういい。御託は十分、我慢も限界だ。
本能に任せて、抑えていた魔力を放出させる。威圧を込めたその魔力は、この場にいる全ての眷属どもに伝達しただろう。殺意を込めた本気の威圧である。取り囲んでいた眷属どもは泡を吹きながら次々と地面に倒れていく。
「な、なっ!? て、てめっ。な、何をしやがった? か、体が、お、重い」
ギニゥの取り巻きがバタバタと倒れる中、ギニゥは苦痛に顔を歪ませながら、ドスドスと後退する。
ほぉ、たかが五次眷属のくせに私の威圧の前で動けるか、さすが王(笑)を名乗るだけある。だが、お前はもっと早く気づくべきだった。
お前は王ではない、本当はただのゴミだ。
そして、本当の力とはどういうものなのか、その軽薄な頭にとことん刻み込んでやる。