第五十一話 「エディムと褒美の行方」
ふぅ、私の目論見は、またもや失敗に終わった。
ティレア様のご命令でバカティッシオへも護衛をつけるはめになったのである。確かにバカティッシオは、邪神軍の資金を保有していた。人間如きに邪神軍の資金を奪われるのは屈辱である。
ダルフ達に念話でバカティッシオの警護もするように命令を追加した。
そして、そのまま大通りを歩く。大通りの南階段を降りきったところで、私の足はピタリと止まる。
私達をつけていた視線に動きがあったのだ。ボーゼンが傭兵を連れて襲撃してきたのである。
愚かな奴らだ。
ティレア様とともに人気のない路地へと誘い出す。ボーゼンは勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。
さぁ、どう料理してやろうか。
このような雑魚、ティレア様のお手を煩わせるまでもない。私が殺す。
魔力を解放し、一気に畳み込もうとする。だが、ティレア様はボーゼンと舌戦の真っ最中であった。これは邪魔をしてはいけない。
そして、幾ばくか……。
ティレア様は舌戦の最後に、
「エディム、こいつら何分で倒せる?」
とおっしゃり、私に屑達を処理するようにご命令を下したのだ。
ティレア様からの殲滅命令である。思わず笑みがこぼれた。人間如き劣等種が愚かな態度を取ったのだ。思う存分、暴れて恐怖を味あわせてやる!
私はティレア様に一分以内に処理すると宣言した。
すると私の言に怒りを覚えたのか、生意気にも人間共が襲いかかってきたのだ。
これが両者、攻撃の合図となる。
私は一気に跳躍した。
「くっく、遅い。遅すぎるわぁあ――っ!」
襲いかかってくる人間共を掴んでは引きちぎり、その生命を散らしていく。
驚愕する人間共。追い詰められてがくがくと膝を震わせている。
今更悔やんでも遅い。お前達は誰に向かって刃を向けたと思っているのだ!
そうして宣言通り、一分以内にボーゼン以外の雑魚共を駆逐した。
さぁ、あとは親玉のボーゼンただ一人。こいつは不敬が過ぎた。すぐに殺すわけにはいかない。ティレア様も拷問をお望みになるだろう。
私がボーゼンの処理方法を考えていると、ボーゼンが懐からクリスタルを取り出す。そして、そのまま地面にクリスタルを叩きつけたのだ。
あれはまさか……?
以前、魔法学園で習った事がある。たしか転移魔法を封じ込めたアイテムだ。クリスタルを壊すと、あらかじめ契約していた傭兵達を召喚できるとか。
ボーゼンめ、面白い道具を持ってやがる。あれが本物なら、新手の援軍が転移して来るだろう。
予想通り、転移陣が現れ、中から新たな傭兵がわんさか出現したのである。
ふむ、さっきよりは質が向上したか。
さきほど殺した人間達が魔力二千から三千の雑魚であった。今回、出現した人間達は、魔力五千から六千ぐらいである。
一般的に人間の世界では、魔力五千を超えれば上級者の部類に入る。その範疇で判断するのであれば、あのクリスタルはとっておきの隠し玉なのだろう。何せ転移してきた人材全てが魔力五千以上だったのだから。
まぁ、私に言わせれば、また雑魚が現れたという認識でしかない。
ボーゼンめ、この程度の輩を召喚したぐらいで勝てると思ったのか!
まったくちゃんちゃらおかしいですよね、ティレア様――ってどうしてそんな目で私をお見つめになるのです!
ティレア様は不安げな様子で、私をお見つめになる。私がこの雑魚達に負けるかも知れないと思われておられるのだ。
案の定、ティレア様から、
「エディム、話を聞いているとなんか強そうな敵みたいだけど大丈夫?」
とお気遣いのお言葉を賜った。私如きをお気遣いしていただき、すごく光栄であり勿体無い事だと思う。ただ、ティレア様は私の強さをそこまで下に見ておられるのか。
くっ、やはり悪鬼討伐の失態が尾を引いているのだ。あの事件のせいで、どうも周囲の信頼を崩している。人間如きに不覚を取った。それは痛恨の極みだ。だが、あれは八割、いや九割、いやいや十割すべてバカティッシオが原因なのである。
「ティレア様、私が悪鬼に不覚をとったので、ご心配されておられるのですね?」
「うん、まぁそうかな」
「ティレア様、あの件は私も言いたい事がいっぱい、い――――ッぱいあるんです。要約するとオルティッシオ様が全ての原因です。ただ、言い訳はしたくないので、これからの働きで汚名返上させて頂きます」
バカティッシオのせいで、ティレア様は私の強さに疑問をお持ちなのだ。絶対に信頼を取り戻す。この人間共を瞬殺してティレア様に私の力を示すしかない。
ざっと見渡したところ、取り囲んでいる輩は三十人弱。武器は斧や弓、ナイフ等、冒険者くずれ、いや殺し屋共の集団である。
身のこなし、魔力は、なるほどそれなりにプロなのかもしれない。
だが、軽い、軽い。
油断するつもりはないが、この程度の奴らに倒されるようでは吸血部隊隊長は務まらない。
転移陣から全員出現した時点で一気に突っ込み、切り刻んでやるのだ。四肢に力を込め、前傾姿勢を取る。
そして、攻撃するタイミングを測っていたが、転移魔法陣からまた一人現れた。
剣を背負っている、剣士か。
無言でそこに立つ剣士は、逆光で顔が見えない。体格は、やや大柄のヒューマンのようだ。
ん!? こいつ、隙がないぞ。
これはなかなかの強者だ。今までの雑魚とは一線を画す。
魔力も八千――いや、抑えてあるな。私も日頃、魔力を抑えているからわかる。こいつの真の実力は、万を越えている。
面白い。いざ勝負って――ミュッヘン様!!
ひょうひょうとした顔で最後に転移してきた人物。それは、邪神軍第一師団師団長のミュッヘン様であった。
ティレア様もいきなり現れたミュッヘン様に驚かれておられる。
そ、そうか。ミュッヘン様は、ギルドに潜入しておられたからな。その実力からいって、このような契約をしていてもおかしくない。
ふむ、そうなるとここで私が暴れると、ミュッヘン様の潜入が台無しになってしまうのではないか?
ティレア様はどうご判断されるのだろう?
このままミュッヘン様を敵として芝居をされるのか。
はたまたギルド潜入を諦め、撤収されるのか。
結局、ティレア様はミュッヘン様にこちらへ来るように呼びかけた。どうやらギルド潜入をお諦めになったようである。ミュッヘン様も当然の如く、ティレア様のもとへ向かう。これで、ギルド潜入は厳しくなった。何せミュッヘン様の行為は、明確なギルドの契約違反だからだ。
まぁ、そうは言っても、任務を全うするには芝居とはいえティレア様に刃を向けなければならない。ミュッヘン様もそれがわかっておられるのだろう、ギルドからの懲罰覚悟で契約を反故にしたのだ。
良かった。これで芝居とはいえミュッヘン様と戦う必要はない。敵はただの人間、これで私の力を十分にアピールできる。
そう思っていたら、ミュッヘン様が次々と人間共を斬っていくのだ。
やはりミュッヘン様はすごい。人間共は悲鳴をあげる間まなく、一瞬で切り殺されていく。
ただ、なんというかミュッヘン様の活躍で私の出番は潰されてしまった……。
うぅ、私も戦闘に参加したかった。だが、ここで横槍を入れるのは明らかにミュッヘン様に対し、手柄の横取りにあたる。
まぁ、汚名返上の機会はまたあるだろう。
それに、愚かにもティレア様に無礼を働いたこの屑を殺す作業が残っている。
私はボーゼンの首をとるべく行動を開始した。だが、奴はティレア様とまた舌戦を繰り広げだしたのだ。ティレア様も負けじと応戦している。ティレア様は口でも勝って完璧な勝利を目指されるのだな。これは、ティレア様の口撃が終わるまで待つ事にしよう。
舌戦の中でボーゼンはティレア様を「バカティッシオの愛人」とか「私やミュッヘン様に給金を払っていないケチ」とかほざいている。
なんというだいそれた事を!
神をも、いや邪神をも恐れぬ所業とはこの事だ。あまりな不遜な態度に逆に唖然となってしまった。
ティレア様も顔を真っ赤にして怒り心頭のご様子だ。これは私が手を下すより先に、ティレア様のお怒りの一撃が先になるかもしれない。
そう考えていると、ボーゼンは事もあろうに私を買収してこようとしてくる。しかも、たったの五百万ゴールドで私を寝返らせようとしているのだ。
五百万って……。
こいつバカか! 吸血部隊を率いる私は、ある程度の資金運営を任されてある。引き出そうと思えば、億単位の金を自由に動かせるのだ。五百万ってジェジェの小遣いより低い額だぞ。
それに、今更金なんて興味がない。何億、何兆、いや世界中の金を積まれたとしても私の忠誠は変わらない。
私は身も心もカミーラ様に捧げているのだ。
そんな私に対し、買収をしかけてきたのである。しかもジェジェの小遣い以下の金額でである。
愚かな。そして、なんたる侮辱!
ティレア様、カミーラ様、股肱の臣として、鉄槌を与えてやらぬば気がすまぬ!
私はすぐさまボーゼンの身を引き裂こうとするが、ティレア様に止められる。
ボーゼンは、私が首を縦に振らないのを金が少ないからだと思っているようだ。金額を釣り上げて買収を続けてきた。
「なら七百万でどうじゃ。お主は学生じゃったな。何かと物入りじゃろうから額を上げてやったぞ」
七百万って……。
はぁ、人を馬鹿にするにもほどがある。しかも、たかが二百万ゴールド程度を小刻みに上げてくるところがせこすぎだ。
「エディム、騙されちゃだめ! こいつはね、この場を切り抜ける為にデタラメを言っているのよ」
は、はぃ?
ティレア様、それはどういう意味でしょうか? ボーゼンは嘘はついていないと思いますよ。
というか、その私をお見つめになる目はいったい……。
ま、まさか!? う、うそでしょ!
え? え? えぇえ――っ!
ティレア様、本気で私が買収されると思われておられるのですか!!
いやいや、ありえませんって!
というか私が敬愛するカミーラ様、ティレア様を裏切ってまであの屑につくメリットなんてないでしょ。
ティレア様は不安げなご様子で、私をじぃっとお見つめになるのだ。
や、やはり、ティレア様は謀反や裏切りに敏感なのだろう。前世での部下達の裏切り、それがティレア様に影を落としている。邪神軍のメンバーなら誰もが知っている話だ。それに施政者が疑り深いのは歴史が証明している。皇帝ネロン、漢の酵素、昔の権力者達は次々と謀反の疑いのある者を粛清した。それが国を統治するために必要不可欠なことだと信じているのだ。邪神軍総帥ともなれば、そいつらの比でないぐらい疑念をお持ちになってもおかしくない。
うぅ、まずい。
やっとティレア様からのあらぬ誤解が解け、良好な関係を築き上げてきたと思っていたのに。
このボーゼンとかいう屑人間のせいでまた新たな疑惑を持たれたらたまらない。
すぐさま、ティレア様にボーゼン抹殺のご許可を乞う。だが、ティレア様はまだそれをお許しにならない。
「ふぅ、なかなか商売上手なお嬢さんだ。では八百万でどうじゃ? 成果によっては毎月出してもよい。王家の役人でもここまでの破格な待遇はなかなかないぞ」
こ、こいつ、まだ私が金額を釣り上げようとしているとでも思っているのか!
ぶっ殺す!
「う、嘘よ。そんな大金をあっさり渡すわけが……」
うぅ、ティレア様もどうか騙されないでください。どう考えても買収なんて成立しません。後生です。信じてください!
私がボーゼンへ拒絶のオーラーを出しまくっていると、ボーゼンはにっちもさっちもいかないと思ったのか、今度はミュッヘン様にターゲットを絞って買収する。
これには、普段、ひょうひょうとしているミュッヘン様もかなり頭にきているみたいだ。額に青筋を立てている。
そして、私達の態度に業を煮やしたのか、ボーゼンは今度は脅しまでしてくるのであった。
それも、あまりにお粗末な内容である。
ギルドの地位?
ゴロツキ共の刺客?
はぁ? 邪神軍での序列や懲罰に比べるべくもない些事である。
そんな些事で私やミュッヘン様を脅してくるとは……。
そろそろ我慢の限界だ。早くティレア様のご許可を頂きたい。
「ならば一億ゴールドじゃ。あの小娘を殺したら一億ゴールド即金で出すぞ」
うぅ、もうティレア様のご許可を待たずにぶっ殺そう、そう思っていた矢先、
「私だって奴を倒したらえ~と……そうだ! 手作りのペンダントをあげるわ!」
え!? 今ティレア様は何をおっしゃったのだ?
聞き間違いでなければ、ペンダントを褒美として与えると……。
「ふぉふぉ手作りのペンダンド? アホか! そんな安物より儂の秘蔵の――」
「黙れぇ――ッ!」
思わず大声を出してしまった。でも、しょうがない。
そんな下らない与太話を聞いている場合ではないのだ。貴様程度が所有する屑アクセサリーなどどうでもいい。
まさかティレア様は……。
「ティレア様、そ、そのペンダントというのは以前、カミーラ様にお渡ししたものですか?」
「うん、ティムとお揃いの奴を作ってあげようかなって思って……ごめんね。いらなかったよね?」
「そ、そんな、めっそうもないです。欲しいです。何がなんでも欲しいです!」
うぉおお、やっぱり!
欲しい、欲しい。絶対に欲しい!
カミーラ様が特に大切にされておられるペンダント。いついかなる時も肌身離さず持ち続けておられる。
それも当然。ティレア様お手製のペンダントだ。邪神金と呼ばれる最高品質で作られたアクセサリーである。その付与効果は、わかっているだけでも……。
全ステータスUP。
全状態異常無効。
ダメージ九割減。
消費MP九割減。
……
…………
………………
その資産価値もとほうもない額だ。というか値段がつけられない。
その宝石一つで国一つと呼ばれた楢柴肩衝も及ばない。ティレア様のお手製ペンダントは、国の二、三個もらったところで釣り合わない代物なのだ。
そして何よりカミーラ様とお揃いのペンダントである。
私も寝ても覚めても持ち続け、あの方の思いを共有したい。
欲しい、欲しい。
全ての民を皆殺しにしてでも欲しい。
「ティレア様、それはあっしが奴を斬ってもペンダントを頂けるのでやすか?」
「いや、ミューが倒したら手作りで剣を打ってあげようと思ってたけど……」
「ふぉふぉふぉ。そんな駄剣より儂は天下の名剣をいくつも――」
「黙れぇ――ッ!」
「ひぃ!」
私がティレア様お手製のペンダントに懸想していると、今度はティレア様がミュッヘン様のために剣をお与えになるとおっしゃったのだ。それを聞き、ミュッヘン様が血走っておられる。
それも当然だ。ティレア様がお作りし剣。想像できない。いったいどれほどの切れ味を見せてくれるのだ?
あのオリハルコンより固く、天下三大宝石より価値がある邪神金でできた刀だ。地面に振ったら、この大地が割れて二つになるのではなかろうか?
「エディム、上官命令だ。譲れ!」
「申し訳ございません。こればかりはお許し下さい。どうしてもどうしても、手に入れなくてはならないのです」
「はは、ティレア様お手製のペンダント。無理ない話だ。だがな、エディムよ。あっしも譲る気は毛頭ない」
「そうですね。私もミュッヘン様のお心はご理解できます。ティレア様がお作りになる剣、どれほどのものになるのか、剣士でない私でさえ心動かされます」
ボーゼンの首を取ったものに与える褒美。本来であれば、幹部であるミュッヘン様の顔を立ててお譲りするのが筋だ。
だが、諦めきれない。
このペンダントだけは是が非でも欲しい。
「エディム、恨みっこなしだ」
「はい」
ミュッヘン様が腰を沈めて抜刀の構えに入る。
こ、この独特のフォーム!?
「か、完成されてたのですね?」
「まだ八十パーセントだがな」
ミュッヘン様の新必殺技、最速の居合術である女翔龍閃だ。神速の居合術を「超神速」にまで昇華させた居合剣である。その剣速はまさに神業、吸血鬼である私ですらその閃光を視認するのがやっとだ。気づいたときにはすでに切り刻まれているのである。
そうだよ。なぜ気がつかなかった。
ミュッヘン様は先ほど人間共を狩るときに屑龍閃をお使いになられていた。
屑龍閃は一瞬で九人以上の屑達を同時に斬り殺す剣技だ。
その技を破る、というかそれよりも早く屑共を殺したいと編み出された技が女翔龍閃だ。
屑龍閃をマスターしているミュッヘン様ならば、女翔龍閃を会得していてもおかしくはない。
どうする?
ミュッヘン様の剣技は、力も技もスピードもすべてが私より上だ。
まともに勝負しては負けてしまう。
「い、いったいどういう――」
「フリーズ! 的が勝手に動くんじゃない」
「ふぉおお!」
ボーゼンが動こうとしたので一喝する。
そうだ!
この位置、この位置こそ私が唯一有利なもの。
そう、ボーゼンと私が一直線上にいるという事実だ。ボーゼンとの距離も近い。運良くベストポジションを取っている。このアドバンテージを活かす。
私の斜め後ろにいるミュッヘン様がボーゼンを打ち取るには「抜く」「狙う」「斬る」の三アクションが必要だ。
だが、私の位置からでは「狙う」必要はない。私は「放つ」だけのワンアクションですむ。前方に血しぶきを飛ばすだけでいいのだ。
威力は最小限にとどめ、スピードに特化して奥義、魔吸血を食らわせてやる。
しかも、女翔龍閃は私もティレア様のイベントで拝見した。
あの技は始動キーが左足による踏み込みである。そこを注視していれば、ミュッヘン様の攻撃のタイミングに気づけるはずだ。
ミュッヘン様が左足を上げた瞬間が勝負!
ミュッヘン様が「抜く」「狙う」二つのアクションをしている間に、私は奥義である魔吸血を放つ。
後は、ミュッヘン様の「斬る」動作と先行した私の魔吸血、どちらが先に奴の首を刎ねるかの勝負となるであろう。
作戦が決まり、後はタイミングを待つだけ。
大丈夫、勝機はある。緊張をほぐすため、ひとつ息をする。深呼吸し、頭をリラックスさせた。
しばしの時間がすぎ、ミュッヘン様が左足を上げた。
勝負!
私は体内に生成していた血しぶきを循環させ、一気に押し出す。
いくぞ。秘技、魔吸血――「ジェジェにございまする!」
おぉおわあ。お、お前!
ジェジェの登場によってタイミングを崩され、よろける。
「エディム様、私ジェジェはエディム様に嫌われようとも構いません。私は身も心もエディム様に忠誠を誓っておるからです」
「ええい、邪魔だ。どけ! 早くしな――あぁあああ!!」
「ふっ、エディムよ。運が悪かったな」
私がもたついている間にミュッヘン様の剣がボーゼンの首を切り落としたのだ。
こ、これでティレア様のご褒美はミュッヘン様のもとに……
私はその場にがっくりと膝をつく。
「エ、エディム、そんなにがっかりしないで。ちゃんとエディムにもお手製ペンダントをあげるからさ」
「ほ、本当ですか!」
「うん、さっきはボーゼンにつられて奴を倒したらって言ったけど、エディムにも苦労をかけたしね」
「あぁ、ありがとうござ――」
「貴様、そんな下らないペンダントが褒美だと? ふざけるな。そんなものよりエディム様には、それ相応の地位を与えるのだ。なんなら総帥の地位で構わんぞ」
「おのれ、ジェジェ!」
私はジェジェを殺す気で殴る。ジェジェは私の拳を受け、昏倒した。
貴様はどこまで私の邪魔をしたら気が済むのだ!
気絶したジェジェに馬乗りになりとどめの一撃を与えるため、右腕を大きく振りかぶった。
「おやめください!」
あと少しで、ジェジェを殺せた瞬間、キッカが割って入ってきたのだ。
ちっ、この女、生きていやがったか!
そういえば、ジェジェの登場からおかしかった。二人共、私が瀕死の重傷を与えてやったのだ。少なくともすぐには動き回れるはずがない。
「お、お前らどうやって?」
「眷属のゼブラの血を使って回復しました」
ちっ、まだそんな屑眷属がいたか……。
てっきりジェジェとキッカしかいないものと思い込んでいた。
「まったく、まだそんな屑眷属がいたのか。貴様ともども殺してやるから待っていろ」
「エディム様、私のあなたへの忠義もここまでです。ジェジェ様へのこれ以上の狼藉は許しません!」
「はっ! 分を弁えろ。たかが三次眷属のお前が主たる私に意見をする気か!」
「三次眷属であろうとも言うべき事は言います。ジェジェ様が敬愛するあなた様のためにどれだけ頑張ってこられたかご存知ですか!」
「知ったことか! 二度と同じ事を言わせるな。道具は道具らしく用が済めばささっさと死んでおけ!」
「私は間違っておりました。ジェジェ様が敬愛するエディム様。あなたにはどこまでも忠実であるべきと。ですが、あなたの態度は主として失格です!」
「おのれぇ! その身を三枚に切り裂いてやるわ!」
格下眷属の裏切りに我を忘れ、そのままキッカを殺そうとすると、
「あ~ストップ、ストップ。二人共止めなさい」
ティレア様が私とキッカの間に入って仲裁してきたのである。
「しかし、この女を殺しておかねば部隊を預かる長として示しが付きませぬ!」
「ティレア様、お願いの儀がありまする」
「うん、キッカ何?」
「貴様、たかが三次眷属如きが邪神軍総帥に対し気安いぞ。ティレア様になんたる無礼だ!」
「いや、そんなのはいいから」
「し、しかし、秩序というものが……」
「エディム、お願い」
「は、はい」
ま、まずい。いつものティレア様が発動されそうだ。こうなると、私の言などお聞きにならないというか、お聞きになるのだが、斜め上に反応が返ってきてしまう。
「ティレア様、ジェジェ様をお救いください。エディムさ――ふっ、敬称は不要ですね。エディムは忠臣を蔑ろにするひどい主でございます」
「き、貴様……たかが三次眷属の分際で主である私を呼び捨てだと! ひ、ひねり殺してやる!」
「エディム、やめなさい!」
「は、はっ」
「エディム、まさかあなたがそんな横暴な態度をとっていたとは思わなかったよ」
「し、しかしですね」
「エディム、あなたが眷属を管理するのはとても大変なのは理解している。だけどね、暴力と恐怖だけでは人はついてこないのよ」
「は、はい、ですが、出過ぎた道具には厳しく対処をしませんと」
「ふぅ、どうやらわかっていないようね。エディム、あなたは忠孝のなんたるかがわかるまでプレゼントはお預けね」
「そ、そんな……」
なんということだ。褒美をいただけると思ったが一転、お叱りを受ける羽目になってしまった。
これも、生意気にも主を裏切ったクソ眷属のせいである。
私は恨みのこもった目つきでキッカを睨む。
「ティレア様」
「キッカ、なーに?」
「このままではティレア様の目の届かない場所で、ジェジェ様がエディムに粛清される恐れがあります」
「え~さすがにエディムはそんな陰険な事はしないよ、ね?」
「は、はい」
くそ、賢しい奴だ。この場さえ凌ぎきれば、あとで邪魔者のジェジェ、キッカ共々、滅してやるつもりだったのに。
「ティレア様、私は不安でございます」
くっ、卑怯な奴だ。そうかキッカ、お前はティレア様の威光を利用するのだな。そうはさせんぞ。私もティレア様にお願いすればいいことだ。
「ティレア様、私もお願いの儀があります。主に楯突くなど言語道断です。ジェジェ、キッカの後始末をどうかお許し下さい」
「ふぅ、エディム、あなたは一度、吸血部隊を離れたほうがいいわね」
「はぁ?」
「いや、あなたの考えはだめだめよ。確かに組織を監督するというのは甘いだけじゃない。それは私も理解しているわ。でもね、だからといって軍隊式に理不尽に暴力をふるっちゃだめ!」
「い、いや、しかし……」
「たとえば、第二師団を見てみなさい。隊長であるオルがあんなに情けないのに隊員達は皆慕っているでしょ。あれを見て何か感じる事はない?」
「そ、そうですね。オルティッシオ様がバカで間抜けぐらいしか……」
「ふぅ~」
「テ、ティレア様?」
何かすごく嫌な予感がする……。
「エディム、あなたのその態度はすごく問題ね」
「ですが、オルティッシオ様がバカなのは必然――」
「もういいわ。あなたは何も見えていない。そんなんだからキッカが真剣に悩んでしまうのよ」
「ティレア様、そんな三次眷属の戯言など無視してください。なんならもっと順従な眷属をお作りしますので」
「エディム、私が眷属を増やさないように言ったのを覚えている?」
「も、もちろんでございます。言いつけは守っております」
「じゃあ、どうしてそんなセリフを吐けるの!」
「も、申し訳ございません」
「やっぱり、あなた、巨大な力に心が振り回されそうになっているみたいね」
へっ? 巨大な力? 心を振り回す?
「あ、あの――」
「エディム、あなたの暴風雨のような心は、血と暴力が象る吸血部隊にいるせいよ。だっていつものエディムの態度じゃないんだもの」
「それはいったい――?」
「ふふ、だからね、安心しなさい。エディム、あなたしばらくオルの部隊に入ること、吸血部隊の事は一旦、忘れなさい。組織の絆ってやつを学んでくるといいわ。そうすればいつものエディムに戻るから」
「そ、それは、私が第二師団の傘下になると……」
「うん、オルには私から伝えておく。ちゃんと何かを感じてくるんだよ」
がはっ――っ! 今日一番のショックよぉお――っ!
わ、私が第二師団に転属? バカ直属の部下!?
ああ、やはり今日は厄日だったらしい。