第五十話 「エディムとオークション」
最近、ついていない。
エディムは、無常にも天を仰ぐ。
部下はつかえないし、それどころか冷や汗ものの迷惑をかけてくる。
極めつけは今、背中に乗っかっている男だ。
「はぁ、はぁ、はぁ。エディム、も、もう少し揺すらずに歩け。間抜けめ、傷にさわるだろうが!」
「す、すみません。あまり担ぐのに慣れてませんので……」
「はぁ、はぁ。まったく、どこまでも使えない奴だな」
それはこっちのセリフだ!
思わず投げ飛ばしそうになるのをぐっと堪えて、オークション会場に入った。
中に入り、辺りを見渡す。
着飾った人間共がいる、いる。人間だった頃、よく耳にしていた名士や金持ち達だ。吸血鬼になる以前であれば、萎縮していたところである。
だが、今となっては片腹痛い。所詮は、有象無象共の集まりだ。資金力、戦力、何一つ邪神軍の足元にすら及ばぬ。
ティレア様は、このような場所で一体何をされたいのだろう?
訳もわからず戸惑っていると、
「オル、エディム、ここは敵地。気を引き締めて行動するわよ」
ティレア様は、気を引き締めるようにお声をかけてきた。
えっ!? どういう事?
敵地? この弱小種族の集まりが?
頭がハテナ状態になる。
「ティレア様、ここは敵地ではありません。私、第二師団の庭でございます!」
そう言って、バカティッシオも自慢とばかりに、私の肩ごしから声を発した。
ったく、汚いなぁ。唾を飛ばしながら叫びやがって……。
でも、こればかりはバカティッシオの意見が正しい。ここは第二師団、バカの領地と言っても良い。ここに敵などいるのか?
疑問に思ったが、気にしてはいけない。ティレア様の言動が、私の常識の範疇外になるのはいつもの事だ。配下は、主のご命令を粛々とこなしていればよい。
それから……。
バカティッシオと罵り合い、取っ組み合いをしながらティレア様のお言葉を聞いていく。
やがて、ティレア様の思惑がおぼろげながら理解できた。
ひょっとして奴隷をご所望なのか?
この背中に乗っているバカに言えば、奴隷などいくらでも手に入れられるのに。さらに言えば、このバカに頼まなくても、邪神軍の誰かに命令すればよい。仮に私がご命令を受けたとしたら、すぐさま見目麗しく優れた奴隷を幾人でも用意するだろう。
そう、ティレア様の権力があれば、オークションに参加する必要はないのだ。バカティッシオも同じ考えで、ティレア様に自分が奴隷を徴収すると提案している。
だが、ティレア様はその提案を取り合わない。オークションに参加するとおっしゃったのだ。
なぜ、そんな遠回りな手法を?
考えてみる。
そして、一つの結論に達した。
そうか。ティレア様は、オークションというゲームを楽しまれたいのだ。
それが一番しっくりくる。
ティレア様が力技を行使すれば、できない事はない。それがつまらないのだろう。まぁ、パワーゲームをすれば、一方的である。ティレア様の前に敵は無い。
奴隷は力技でなく、オークションというゲームで競り落とす。
ただ、ティレア様はゲームへの熱意はおありのようだが、どうやらルールについてはあまりご存知ではないようだ。明らかに慣れていない。オークションは素人のご様子だ。
だが、それがティレア様にとっては新鮮で面白いのだろう。
ティレア様は、周囲の競売客の見よう見まねで頑張っておられる。
不遜な物言いになっちゃうけど、ティレア様、限界に近いかもね。
見ているだけではわからない事は、多々ある。ティレア様はたびたび、私に説明をお求めになるのだ。
私も必死に答えるが、何ぶんオークションは専門外である。魔法学園の授業でも雑談程度でしか聞かなかった。それに、私自身、オークションに興味がなかったから、その雑談もうろ覚えである。
このままオークションを進めたら、どこかで落とし穴にはまりそうだ。
そして、懸念は的中する。
ティレア様が両手で六百万ゴールドを宣言されたのだ。
あっ!? それはまずい!
「おぉ、64番の淑女から六千万が出ました!」
「ぶっ!? ろ、六千万! そ、そんなつもりじゃ――」
やはり、両手での宣言は、桁上がりになるみたいだ。ルールを知らなくても周囲の競売客の様子を見れば、なんとなく予想できる。それに、前々回の壺の競売で、ひとりの客が両手上げで桁上がりをさせてたのを見ていたから尚更だ。
う~ん、ティレア様もご覧になってたはずなのに。
ティレア様……。
うん、どんまいです。
まぁ、たかが六千万ゴールドの出費である。そこまでお気になさらずとも――ってティレア様が苦悩されておられる!!
え、えっと?
邪神軍の総資産は、少なく見積もっても数十兆ゴールドはある。
ティレア様、あなたは邪神軍の総帥ですよ。その程度の額、ゴミ同然じゃないですか!
しかも、このオークションは第二師団の財源です。まわりまわって、結局は邪神軍の資金になるだけですから。
せいぜい数パーセントの手数料が、外部に流出するぐらいである。
なぜ、そのようにお悩みになるのか……?
……
…………
………………
そ、そうか。もったいない精神ですね。
一ゴールドといえども無駄にしない。倹約の心構えである。私も気を付けよう。来月の定例会では、眷属達に吸血部隊の経費削減を考えさせてみるか。
その後もティレア様は、女奴隷を落札していく。
それにしても奴隷達の貧弱さは目に余る。あれでは購買意欲も沸かない。強さ、美しさ、どれをとってもティレア様、カミーラ様の奴隷としてふさわしくない。
ティレア様は、そんな奴隷共を必死に落札されておられる。
そのたびにバカティッシオに助言をお聞きになっているのは何故か?
私には、オークションのルールをお聞きになる。だが、バカティッシオには、落札する奴隷を誰にするか判断をお聞きになっておられるのだ。
うぅ、これではバカティッシオが私よりもティレア様に信頼されているようだ。
バカティッシオもそれがわかっているのだろう。ティレア様から助言を乞われるたびにニヤニヤと顔をほころばせて、私にドヤ顔してくるのだ。
あぁ、くそ。うざい。うざい。
バカティッシオの行動にストレスを溜めていると、二人組の人間が事もあろうに、ティレア様に因縁をつけてきた。
おそらくオークションで奴隷を満足に落札できなかった逆恨みだろう。
愚かな男達だ。貧弱な種族のくせに分を弁えない。
「殺しますか?」
早速ティレア様に小蝿駆除のお伺いを立てる。だが、ティレア様に止められた。
なぜ?
そうか! ここで殺してしまえば、オークションは中止になる。せっかくティレア様がゲームをお楽しみになっているのに台無しにしてしまうところだった。
自分の浅慮を恥じていると、会場の司会者が傭兵を連れてきて事態を収拾したのである。しかも、その治め方が「闇の帝王」のネームバリューに頼ったやり方だからたまらない。思わず失笑してしまった。
バカティッシオめ、バカな異名をつけられやがって!
そうだ。ちょうどよい。バカな異名だが、読み取りようによってはこれはティレア様への謀反と言ってもいいんじゃないか!
私はすかさずティレア様にバカティッシオの謀反の兆しを伝えようとする。だが、ティレア様は口に指をあて「エディム、シーよ、シー」とおっしゃられたあげく、しまいには「あなた達、シャーラップ!」とお叱りを受ける事になった。
くっ、ヤブヘビだった。
そうだった。ティレア様はこういう事には、無頓着なお方だ。バカティッシオの失脚は、また別な方法を考えよう。
そして、ティレア様が一番ご所望の白髪少女の落札が始まったのである。
白髪少女が鎖に繋がれて登場した。
ほぉ、これはなかなか……。
たしかに美しい。カミーラ様には及ばぬものの、その美しさは、他の奴隷達と比べ郡を抜く。この奴隷の血は美味そうだ。うん、この奴隷ならティレア様の玩具にふさわしいといえる。
白髪の美しき人形、その瞳は何も映していない。空虚なガラス細工を思い出す。
絶世の美少女、そしてグルダ族の生き残りだったな。
グルダ族……。
伝聞でしか知らないが、サウズ地方の少数民族だったはず。いろいろいわくつきの民族らしい。詳しい事は知らない。
後でジェジェの奴に聞いてみるか。歴史学の権威であった奴なら、少しは情報を持っているだろう。
そして、オークションは佳境を迎える。
ティレア様とボーゼンと呼ばれた人間との一騎打ちになった。
結果……。
ティレア様の勝利となった。だが、落札額が所持金を上回る事になり、急遽、バカティッシオと資金を取りに戻ったのである。
バカティッシオをおぶり、急いで地下帝国へと走った。
眷属と念話をしながら、疾風の如く走るが……。
背中のバカが、ことのほかうざい。
「おい、何をとろとろ走っている! 急げ。ティレア様をお待たせするでない!」
「申し訳ございません。ですが、これでもめいっぱい走っております!」
「のろまが! 私はカノドの町からここまで、数分で駆け抜けたのだぞ。それをたかがこの程度の距離にいつまで時間をかけるつもりか!」
あ、あのな……。
それが原因でお前は、走れなくなったんだろうが!
私もお前のバカを真似しろってか?
冗談じゃない。戻った後、ティレア様から任務を言い渡されたらどうするんだ。貴様のように足をプルプルさせながら、突撃しろとでも言うのか!
はぁ、はぁ。くそ、こいつ本当に殺してぇ――っ!
さらにバカティッシオは、私におぶさっておきながら、私の頭をぽんぽん叩きながらせかすのだ。それが、地味に私の神経を逆なでにする。
そして……。
到着後、足りない資金は、私の眷属に準備させた。合流地点で眷属から資金を受け取り、オークション会場へと戻った。
最後まで背中のバカを叩き落とさなかった自分を褒めてあげたい。
バカティッシオにはさんざんな目にあった。だが、ティレア様からは、満面の笑顔で迎えられた。うん、良かった。これだけでも頑張った価値がある。
そして、資金をオークションの係の人間に渡し、ティレア様と私は会場の外へ向かう。外へ出たとたん、舐めつくような視線を感じた。
ふっ、あのボーゼンといったか? 奴の部下達だな。十中八九、こちらとバカティッシオ率いる奴隷達を襲撃してくるのだろう。
どうする?
バカティッシオに言って、第二師団の面々にこいつらを掃除してもらうか?
いや、わざわざバカティッシオ達に手柄を分けてやる必要はない。
私は念話を使い、ダルフ達に女奴隷達への護衛の任を伝える。
ん!? そうだ! 襲撃のどさくさにまぎれてバカティッシオをやっちまうか?
ダルフに命令してひそかに――いや、味方殺しは軍規違反だ。さすがにそこまではできない――いや、違う。これはひょっとして千載一遇のチャンスではないか?
今、バカティッシオの魔力はゼロ。魔力暴走で肉体はボロボロだ。人間如きに不覚をとる可能性は、十分にある。
味方殺しは軍機違反である。だが、人間に殺されるのであれば、やられる馬鹿が悪い。
ダルフ達には奴隷達の警護を優先させておく。
バカティッシオは放っておくのだ。
くっく、今夜は祝杯になるかもしれない。