第四十九話 「ボーゼンの失態」
おのれ、おのれ! 儂の最大の楽しみを奪いおって!
今回の白髪少女は、儂のコレクションでもトップを誇る代物じゃ。丹念に丹念に弄び、最後は思いきり壊してやろうと思うておったのに!
こんな屈辱は久しぶりじゃ。
オークション……それは、様々な商品、情報が飛び交う商人の戦場じゃ。儂はこの戦場で他に追従を許さぬ活躍をしてきた。
狙った獲物は逃さぬ。欲しいものはどんな手を使っても手に入れてきた。情勢をいち早く察し、誰よりも早く獲物を見つけ、搾取する。弱者を見れば叩き、ときには権力者に媚を売り、己が権勢を高めるための道具としてきた。
ここエビル地区も「闇の帝王」と呼ばれる今までにない巨大な権力者が現れた。機を見るに敏。儂はいち早く帰順し、誰よりも多くの銭を貢いでおる。
貢物の額は正直痛いが、それだけの価値がある。儂のエビル地区での地位は比較にならぬほど向上した。以前の顔役など鼻にもかけぬほどじゃ。
さらに魔法大国ゼノンともパイプを持ち、資金力なら誰にも負けぬ。いずれ、経済からこのエビル地区、いやこの国そのものを牛耳る予定じゃ。
このオークションでも儂の資金力を他に見せつけるチャンスと、趣味と実益を兼ねて女奴隷を全て買い占めるつもりじゃった。
それがオルティッシオといったか、生意気にも儂に張り合って女奴隷達を次々と落札していったのじゃ。しかも、愛人らしき金髪娘に乗せられてほいほい言うことを聞いておったから、情けないにもほどがある。あの金の遣い方、あやつは商人ではない。おそらく羽振りの良い貴族のボンボンなのじゃろう。家の金を湯水のごとく使っておった。そのうち破産するな。愚かな男じゃ。
とにかく、あのボンボンのせいで儂の目論見は台無しになった。
せめて本命の白髪少女は落札しようと思うたが、あのボンボンに勝つには、少なくとも十億ゴールド以上の資金が必要じゃった。儂も「闇の帝王」への献金直後でなければまだまだ資金は出せたのじゃが……。
まぁ、いい。何もオークションは金で落札するだけが方法じゃない。いくらでも手はあるのじゃ。あのボンボンには世間の厳しさを教えてやろう。
儂は傭兵達を集めるよう部下に命じる。
くっく、頃合を見て襲撃してやるわ!
オルティッシオは女奴隷を引き取るため、手続きをしている。オークション会場の中では、さすがに手はだせない。何せこの会場は「闇の帝王」が仕切っているところだ。ここで騒ぎをおこしてしまえば「闇の帝王」の面子を潰す事になる。せっかく取り入って得た地位を棒に振るうわけにはいかぬのだ。
だが、会場の外に出てしまえば関係ない。エビル地区での殺しは日常茶飯事。行方不明者は毎日のように出ておる。オルティッシオもそのうちの一人としてしまえばよい。その手の荒事は、儂の十八番じゃ。裏通りにでも連れ込めば、そこは儂の庭なのじゃ。
傭兵達を集結させながら、オルティッシオが出てくるのを待つ。
数十分後、予想外の事態が発生した。オルティッシオの愛人である金髪娘達が、護衛もつけずに会場の外へと出て行くのだ。
くっく、バカな女達じゃ。ここがどういうところか知らないようじゃ。護衛もつけずに女二人で出歩くなど愚の骨頂じゃ。
儂はすぐに傭兵を二つの部隊に分ける。一つは、オルティッシオが手続きを終え、女奴隷達と外に出た瞬間に強襲する部隊。もう一つは、オルティッシオの愛人達を拉致する部隊だ。
儂も金髪娘を拉致する部隊に加わる。この金髪娘も女だてらに出しゃばって生意気じゃった。お仕置きした後、オルティッシオ惨殺部隊に合流しよう。
それから、儂ら部隊は金髪娘達を尾行する。
ふん、金髪娘め! 生意気な女じゃが、顔はかなりの美形で食指が動く。拉致した後は存分に楽しんでやるからな。
そう妄想しながら金髪娘達を尾行していると、二人は路地裏があるストリートに入っていった。ここからは人通りも少ない。拉致する絶好のタイミングである。儂はチャンスとばかりにこの能天気な女達の前に現れ、凄みをきかせる。
「おぬしら、ちょっと顔を貸してもらうぞ!」
「えぇ、いいわよ。邪魔が入らないところでじっくり話し合いしましょう」
「ふぉふぉふぉ、話がわかるではないか!」
金髪娘は、この状況を理解していないのか余裕綽々な態度だ。ふん、どうせ「貴族の愛人である私に手を出すことはない」と思うておるのじゃな。
儂を舐めるな。儂は裏社会の人間じゃ。貴族の愛人程度でびびると思うてか!
儂は路地裏に女達を誘導すると、そこにいる浮浪者共を追い払う。さぁ、この金髪娘に恐怖を味あわせてやるかのぉ。儂は傭兵達に女を取り囲むように指示する。
だが、金髪娘達は傭兵に取り囲まれながらも平然と声をかけてきた。
「あなた達用件は何――って聞かなくてもわかる。落札した白髪少女の事でしょ」
「その通りじゃ。小娘、度胸は買ってやる。だが、おイタが過ぎたようじゃな」
「あのね、私達は正規に落札したのよ。文句を言うのは筋違いだからね!」
「黙れぇ! オークションで競り負けるなど、このような屈辱を味わったのは初めてじゃ。この屈辱は小娘、貴様の体で払ってもらうぞ!」
そして、腕利きの傭兵達が女達に襲いかかったのじゃが、予想外の事が起きた。
その場にいた茶髪娘があれよあれよと傭兵を打ち倒していくではないか!
腕利きの傭兵達が茶髪娘の一撃で簡単に沈んでいく。それは、大人と子供、いやそれ以上の実力差があるように思われた。
そうか。この金髪娘が余裕だったのも、この茶髪娘がいたせいか。
この女、何者じゃ?
服から察すると、魔法学園の生徒と思う。だが、学生レベルの強さではない。もしかしたら純粋な人間でなく、獣人か竜人の血が入っているのかもしれん。奴ら種族の腕力は、人とは比べ物にならんからな。
「ほぉ、すごいのぉ。大金をはたいて雇った兵士達を子供扱いとは……」
「何、余裕ぶっこいているの? 次はあなたの番だからね」
「ふぉふぉふぉ。ここは暴力が支配するエビル地区じゃ。儂がこのような場合に備えていないとでも思ったか!」
「なんだと?」
「ふぉれ!」
儂は秘蔵のクリスタルを懐から取り出し、叩き壊す。
その瞬間――。
魔法転移陣が現れ、中から傭兵達がぞくぞくと出現してきた。
ほぉほぉほぉ。使うのは初めてじゃが、うまくいったわい。
このクリスタルは、魔法大国ゼノアにいる商人のつてを頼りに大金を払って仕入れたものだ。その効能は、クリスタルを壊すとあらかじめ契約していた凄腕の傭兵を召喚するというものじゃ。
冒険者ギルド、賞金首狩りギルド、犯罪者ギルドなどなど、各ギルドのお墨付きの人材をピックアップして集めた最強集団じゃ。
大型魔獣を単独で狩れる者や凶悪犯罪者を殺った者、腕に覚えのある化物は皆、集めた。そして、極めつけは、そんな化物の集団が一目置いている男じゃ。
寡黙でいながら仕事にはどこまでも冷徹。ギルドの超新星ミュッヘンじゃ。
こやつは恐ろしいぞ。暴虐を尽くした山賊集団や名のある武術家を一瞬で切り裂いた豪の者。儂が是が非でも専属契約したい男じゃ。奴はつい半年前に冒険者ギルドに登録したルーキーじゃが、その腕前はすでにSランクと見ておる。
そして、何より奴はランク上げになみなみならぬ執念を感じた。どこまでも貪欲にギルドへの勲功を重ねていく。そこに周囲に対する遠慮はなかった。
これほどまでの出世欲、利用しないでおれようか!
儂はギルドでの地位アップを約束し、このクリスタル契約を結んだのじゃ。いずれ儂の専属護衛にしようと思うておる。
茶髪娘も多少腕がたつようじゃが、ミュッヘンにはとても及ばぬ。それに、さっき殺された奴らとは質が違う腕利きの傭兵数十人もサポートするのじゃ。
バカめ! 今度こそ終わりじゃ。いい気になりおって。儂を虚仮にする奴は、誰であろうと許さぬ。お前達は上玉じゃから、許しを乞うて土下座すれば愛人にしてやってもよかった。
だが、もう遅い。お主らは死ね。ミュッヘンの剣の錆になるがよい!
「ふぉふぉふぉ、やる気か! 今度の傭兵達は一味違うぞ。さらに、こいつらよりも一味も二味も違う凄腕の剣士も用意しておる。こいつは冒険者ギルドの超新星、ランクこそCランクじゃが、Aランク、Bランクの強者をものともしない強さをみせつけた。殺しに対する冷徹な判断は儂でさえ身震いするほどじゃ」
さぁ、ミュッヘンよ。この儂に修羅場を見せてくれ!
年甲斐もなく血湧き踊った。
だが……。
ミュッヘンはあの金髪娘と知り合いらしく、剣も抜かずに和気あいあいと話をしておるのだ。
「お、おい、どうしたのじゃ? 殺せ。この生意気な小娘達を殺すのじゃ!」
お主は冷徹な仕事の鬼じゃろ。いくら知人の女子供だからってお主が仕事を後回しにするのか?
だが、ミュッヘンは儂の命令を無視して、スタスタと金髪娘のもとへ向かう。傭兵達もミュッヘンの態度が気に入らないのだろう、罵詈雑言を浴びせた。
た、高い金を払って雇ったのに。
お前は、プロとしての誇りがないのか?
ティレア「様」とか言っているぐらいだ。向こうの金髪娘とも契約をしているのじゃろう。だが、それは二重契約じゃ。金にがめついのはわかる。だが、それはプロとしてやってはならぬ事じゃ。それに、この場合は正式に雇っているほうに重きを置くのが筋じゃ。儂のほうが正式にギルドに届け出ているのに。
所詮は女子供に甘いただの男だったというわけじゃな。女子供の契約を優先しやがった。
ふん、もうこんな奴はいらぬ!
傭兵達も口々に奴を罵る。
当然じゃ。こんな心構えではプロ失格じゃ。
儂は傭兵達に裏切り者ごと抹殺するように指示を出す。
あんな甘い奴は殺されて当然じゃ。この人数で数で押せばミュッヘンごと打ち取れる、そう思っていたのじゃが……。
ミュッヘンは、あれよあれよというまに腕利きの傭兵達を切り殺していく。
お、鬼武者は健在か……。
ふむ、多少性格に難はある。だが、腕は確かじゃ。偉そうに講釈を垂れて、ミュッヘンに一刀のもとに切り捨てられたこやつらよりずっと良い。
「さーてどうする? また援軍呼ぶ? まぁ、誰が来ても無駄でしょうね」
「ふぉふぉふぉ。見事、見事! クリスタルはもう無い。援軍は呼べんのぉ」
「じゃあ詰みね。さんざん悪い事をしでかしたんだ。罪を償ってもらうわよ」
「詰み? 罪を償う? ふふぉふぉふぉふぉ。これは愉快、愉快じゃ」
「何を強がっているのよ。あなたに勝目はないわ」
「小娘、それはどうかのぉ?」
金髪娘が調子にのりおって!
忌々しい。お前がどれだけ恵まれておるか理解しておるのか? こやつらの価値は、価千金といっても過言ではないぞ。
このボーゼン、ありとあらゆる人材を収集してきた。
金に目が眩む者には大金を与えた。
名誉に飢えている者には、最高の地位につけるように便宜を図った。
どんなに清貧を装っても人間の本質は同じである。
この二人もそうじゃ!
金髪娘よ、吠え面をかかせてやる。こやつらを買収して逆王手じゃわい!
「ふぉふぉふぉ。ミュッヘンはもちろん、エディムと言ったな。すばらしい使い手じゃないか。驚いたぞ!」
「あなた何を薮から棒に――」
「どうじゃ、過去の事は水に流す。儂の専属護衛にならんか?」
「あ、あなた何をいっているの? 馬鹿じゃないの? まさか隠し玉が買収なんて愚かにもほどがあるわ!」
「買収のどこが愚かじゃ!」
「あのね、あなたみたいな拝金主義にはわからないでしょうけどね。私達には金では買えない深い絆があるんだから」
はぁ? こやつは今、何を言った?
金で買えない?
絆?
お前は、この二人と契約すらしていなかったのか……。
馬鹿か! どんなに人格者を装っても、人はその欲には逆らえぬ。
金も払わず「絆」「友情」など不確かなもので人を縛っておったとは……。
「ふん、儂に言わせれば『絆』や『友情』をほざき、ただで人を動かす貴様のほうがよっぽど非道じゃわい」
「な、ななな……」
「貴様の口ぶりから察するに、こ奴らには、給金を払っておらんじゃろ。大金持ちの愛人のくせにケチな奴じゃ。それとも自慢の体で釣ったか?」
「なっ!? 愛人? 体で釣っただ? そんな事するわけないだろ!」
「なら正真正銘のただ働きか! いいか、貴様は金も払わず命をかけた戦闘をしろと命じておる。ずうずうしいにもほどがあるわ」
あの大金持ちの愛人じゃ。二人にはかなりの額の給金を与えておったと思ったが、これは好都合じゃ。
ただで言う事を聞かせておったとは、内心不平不満をもっておるにちがいない。買収も楽になるというものじゃ。
「エディムよ。友情とか都合の良い事を言われ、こき使われたのじゃろう? 安心するが良い。儂は、能力に応じてきちんと報酬を与える。まずは手付けとして五百万ゴールド与えよう。どうじゃ? 好きなものを買うがよい」
くっく、五百万ゴールドの手付じゃ。腕はあっても所詮は学生。こんな大金目にしたことはないじゃろうからな。
「ティレア様、殺していいですよね?」
「なっ!? 五百万ゴールドじゃぞ。庶民の年収よりも高い金額を即金で払うと言っておるのじゃ。わかっておるのか!」
「エディム、ちょっと待ってね」
「はっ」
「なら七百万でどうじゃ? お主は学生じゃったな。何かと物入りじゃろうから額を上げてやったぞ」
「……ティレア様、お願いします。殺させてください」
エディムは否の態度を変えない。
「ふぅ、なかなか商売上手なお嬢さんだ。では八百万でどうじゃ? 成果によっては毎月出してもよい。王家の役人でもここまでの破格な待遇はなかなかないぞ」
「ティレア様、私はもう我慢の限界です!」
エディムは虫でも見るような目をぶつけてくる。
意外に強情な娘じゃ。友情如きに意地を張るでない。そんなものは一銭の得にもならんのじゃぞ。
だが、儂の必死の買収工作ものれんに腕押しじゃ。エディムは一ミリも興味を示さない。
ふん、所詮はガキじゃな。青臭い理論に振り回される。では、大人なミュッヘンならどうじゃ?
「ミュッヘン、裏切られたことはショックではある。じゃが、それ以上に貴様の腕前に感心していたところだ。どうじゃ、お主もプロなら正式の契約がどういうものか理解しているじゃろ? それも含めて不問に処す。儂のもとにこい。破格の待遇を約束してやろう」
「ティレア様、あっしもお願いがありやす。奴の首はあっしに取らせて下さい」
「ミューもちょっと待っててね」
「はっ」
なっ!? ミュッヘンまでもが金髪小娘のもとから離れようとせぬ。
「お、おい、お前達分かっておるのか! この女はただでお主らのような凄腕を使おうとしておるのじゃぞ。考え直せ! 九百万ゴールド払おう!」
「「ティレア様、お願いします。どうか私に殺させてください」」
徹底的な無視。それどころか儂が買収しようとするたびに殺そうとしてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ。なぜじゃ、どうしてあんな小娘の下につく。どうじゃ一千万ゴールド払おう。出来高によってはさらに倍じゃ!」
どういうことだ? 普通、これだけ言われたら多少食指が動くはずじゃ。どんなに聖人ぶっても物欲は誰にでもあるのじゃ。大金を前に心乱さない奴はおらぬ。
なのに、なぜじゃ? こいつらの目からは欲望の欠片もみえない。
むしろ、金髪娘のほうが動揺しまくりじゃったわい。
儂が買収額を言うたびに「騙されちゃだめ!」とか「う、嘘よ。そんな大金をあっさり渡すわけが……」とか反応しまくりじゃった。
まさか、金髪娘の言葉をまにうけて、儂が嘘を言っていると思っておるのか?
舐めるな!
儂は懐から白金を取り出し、二人に見せつける。
「儂はその場しのぎの嘘など言わぬ。雇うと言ったら必ず給金を与える。商人は、信用が全てじゃからな。ほれ、遠慮なく受け取れ。全てお前達のものじゃ」
「……」
二人は受け取らない。それどころか、侮蔑の眼差しを向けてきた。
「なぜ、そう意地をはる? そうか! 報酬は金だけでないぞ。儂はギルドにも顔が利く。出世は思いのままじゃ。ミュッヘン、お主はすぐにでもBランクにレベルを上げさせよう。エディム、お主は王都の魔法士隊に入れるように推薦状を書いてやろう。それとも、ギルド上級職への推薦が良いか?」
「……」
これでも動かぬか!
うぬぬ。それならアメとムチ、ムチのほうじゃ!
「儂を怒らせるな。各機関に顔が利くとなれば、逆もしかり。お前達を永久に職につかせんこともできるのじゃ。それだけではないぞ。罪のでっち上げも可能じゃ。さらに、お前達に刺客を送り続ける事もできる。いくら腕がたとうが四六時中、狙われたらひとたまりもないぞ。儂はエビル地区の顔役と親しい。刺客となるゴロツキはいくらでも雇える。さぁ、いい子だから儂の言う事を聞いておけ!」
「……」
「おのれ! 分別もわからぬ者達じゃ。儂は、いずれこの地区を代表する『闇の帝王様』の側近になる男じゃぞ!」
「ぷっ。闇の帝王って……」
「なんじゃ、やっと反応したと思ったらその態度か。本当じゃ。嘘じゃない」
「ミュッヘン様、ティレア様のご許可が下り次第、この馬鹿は私が殺しますね」
「エディム、それはずるいぞ。あっしも一太刀浴びせたいわ」
な、なぜ脅しがきかん。どうして儂を殺す算段をしておるのじゃ? ここはどう見ても儂に取り入る場面じゃろ。
ま、まずい。このままでは儂は奴らに殺される。
本気じゃ。本気の金額を示して買収するしかない。
「ならば一億ゴールドじゃ。あの小娘を殺したら一億ゴールド即金で出すぞ」
だが、一億ゴールドという大金を前にしても二人の態度は変わらない。この調子では一億が二億になろうと無駄じゃろう。
こ、この二人、本当に金では動かないのか。
本当に友情や絆を大事にしているとでもいうのか。そんな青臭い理想論は、寓話だけのものと思っていたのじゃが。
儂のアメもムチも効かない相手、初めてのタイプである。
いったい、どうすればいいのじゃ。
儂が頭を抱えていると、
「私だって奴を倒したら、え~と……そうだ。手作りのペンダントをあげるわ!」
金髪娘が突然、頭の悪そうな提案をほざきだしたのだ。
手作り?
ぷっ。そんな代物でこの二人の歓心を買えるとでも思ったか?
奴らは一億ゴールドでも靡かぬ程の――なっ!?
め、目の色が変わっておる。
エディムの目はらんらんと輝いており、物欲しそうな顔をしておるのだ。
そうか! エディムが今、最も欲している物は、ペンダントなんじゃな。まったく小娘らしい欲求じゃ。金さえあればペンダントぐらい腐るほど買えるのに。
ちょうど良い。馴染みの行商人から秘蔵の品を入手しておった。入手難度Bの星屑のペンダントじゃ。
「ふぉふぉ手作りのペンダンド? アホか! そんな安物より儂の秘蔵の――」
「黙れぇ――ッ!」
「ひぃ!」
エディムの凄まじい怒声に思わず身が縮む。
こ、こやつには買収は効かぬ。それどころか、あやうく食いちぎられそうなほどの殺気をもらったわ。
とにかくこの茶髪娘はやばい。もうこやつに話しかけるのはよそう。
ではミュッヘンはどうじゃ? 奴は武人じゃ。女子供が好むアクセサリーなど奴の趣味ではないだろう。
「ティレア様、それはあっしが奴を斬ってもペンダントを頂けるのでやすか?」
「いや、ミューが倒したら手作りで剣を打ってあげようと思ってたけど……」
ぷっはははは! 金髪娘め。墓穴をほったわい。奴は、根っからの剣士じゃ。素人の手作り剣など侮辱もいいところじゃ。ミュッヘンも怒り心頭じゃろう。
そうじゃ。剣なら入手難度Aの八星剣を持っておったわい。さらに言えば、屋敷には名剣、十本刀を揃えておる。
「ふぉふぉふぉ。そんな駄剣より儂は天下の名剣をいくつも――」
「黙れぇ――ッ!」
「ひぃ!」
今度はミュッヘンの凄まじい怒声に冷や汗が滝のように流れた。
ど、どういう事じゃ?
あんなに物欲の欠片もなかった二人が、目を血走らせておる。
たかが、金髪娘の手作り程度で?
「い、いったいどういう――」
「フリーズ! 的が勝手に動くんじゃない」
「ふぉおお!」
わ、儂が的!?
いつのまにか儂は景品の的扱いになっておる。そして、二人は牽制しあいながら、ゆっくりと移動し、儂を殺そうとしておるのだ。
「エディム、上官命令だ。譲れ!」
「申し訳ございません。こればかりはお許し下さい。どうしてもどうしても、手に入れなくてはならないのです」
「はは、ティレア様お手製のペンダントか。無理もない話だ。だがな、エディムよ、あっしも譲る気は毛頭ない」
「そうですね。私もミュッヘン様のお心はご理解できます。ティレア様がお作りになる剣、どれほどのものになろうか、剣士でない私でさえ心動かされます」
ジリジリと獲物を狙う目つき、儂の命も風前の灯火という事がわかる。
なぜ……?
こやつらは一体……?
そうか! 儂は勘違いしておった。
こやつらが真に欲しているもの。
それは……。
なぜ、そうなのか儂も理解が及ばぬ。だが、理由や原因などどうでもよい。
こやつらが本当に欲しているもの。
それは金髪娘への……。
儂としたことが抜かったわ!
「あ、あのティレアさ――ひ、ひぃぎゃああああ!!」