第四十六話 「エディムとバカ眷属」
あのバカ眷属め!
エディムは、エビル地区までひた走る。
ことの起こりは、ダルフ達吸血部隊幹部と会議をしていたときだ。いつものように幹部から意見を求めていたら、ダルフにジェジェから念話が届いたのである。
「会議中だ。念話を遮断しておけ!」と言いたかったが、緊急の案件だったら困るのでダルフに応答の許可を出したのだ。
ジェジェは、何かとダルフと念話をしている。それは普通に業務報告だけならまだいい。だが、必ずご機嫌伺いを入れる。今日の天気から始まり、下らない話をいつまでもいつまでも話す。とにかく長い。
しかも、一日必ず五回はジェジェからダルフに念話がある。日によっては数十件来たときもあったとか……。
まったく念話をそんな瑣末にまで使うな!
ダルフは、それにきっちり受け答えしている。それもどんな下らない話でも道理を説きながら、こんこんと話をするらしい。本当に真面目だ。お前ら恋人同士か。
私は無理だ。確実に念話拒否している。とにかく、そんなジェジェからの念話報告に、またかとゲンナリしていたのだが……。
よくよくダルフが問いただしてみると、ジェジェはティレア様からの取次を後回しにしていたのだ。
な、なんという愚か者。一体全体、奴の脳みそはどうなっているのだ?
本当に、本当にあのバカは。私を破滅させる気か!
そして、私はこれ以上の失策を防ぐため、ティレア様のご要望を迅速に実行していったのである。途中の案件はダルフに引き継ぎを済ませ、バカティッシオについては、居場所を調べ連絡をつけた。
そして、身体強化魔法を使いエビル地区へと急行しているのだ。
魔力を最大限に使い高速移動していると、エビル地区の入口でバカ眷属を発見した。思わず拳を握り締める。
「これはエディム様。あの馬鹿のためにご足労をおかけ――ごべらぁ!」
走りぬけながらジェジェに鉄拳を叩き込む。壁にめり込むジェジェ。
ったく、こいつはどこまで私の寿命を縮めれば気が済むのだ。もういっそ息を吹き返さないようにバラバラにしてやるか……。
いや、今は一刻も早くティレア様のもとに向かわねばならない。
「エディム様」
ふいに声をかけられ振り向くと、眼鏡をかけた女がいた。女は壁にめり込んだジェジェを取り出し、介抱している。
「貴様は誰だ?」
「キッカと申します。ジェジェ様の眷属をしております」
ジェジェの眷属? それにキッカだと?
そんな名は、眷属リストに連ねていなかったはず。
ちっ、ジェジェめ、また勝手に眷属を増やしていたか。ティレア様ご発案の眷属増加撲滅条例を知らないのか! 奴へのお仕置きは、あれだけでは足りない。いずれ徹底的に教育してやる。
とにかく、まずはティレア様のもとへ参上することが最優先である。
「それでキッカ、ティレア様はどちらにいらっしゃるのだ?」
「はっ。ティレア様はこの通路奥におわせます。私とジェジェ様は、一足早くエディム様をお出迎えするために、ここで待機しておりました」
「そうか……」
「エディム様」
「なんだ?」
「ジェジェ様はエディム様のために身を粉にして働いております」
キッカは、おもむろにそんな発言をしてきた。聞いてもいないくだらない意見に、神経がいらつく。
「それがどうした? 眷属なら当然だ。主のために命を削って奉仕しろ!」
「エディム様、もちろん眷属なら主のために命を懸けるのは当然でございます。ですが、非礼は承知で申し上げます。先ほどのエディム様のご行為、ジェジェ様にあまりにご無体でございます」
「ほぉ、貴様、私に意見をする気か!」
「いえ、意見など……ただジェジェ様の忠誠をエディム様に知って頂きたいと」
「くだらぬ! 私は忙しいのだ。身分を弁えろ!」
「く、くだらぬって……ジェジェ様は、いついかなる時もあなた様を思って行動して参りました。それをくだらぬの一言で済ませるおつもりなのですか!」
ふぅ、まったくどいつもこいつも……。
ジェジェの態度が悪ければ、その眷属も然りだ。
カミーラ様直属の眷属にして、邪神軍吸血部隊の長であるアルハス・エディムに対し、なんたる無礼だ。たかが三次眷属如きがとる態度ではない。
私はキッカに近寄ると、その首を鷲づかみにする。
「ぐはぁああ!」
苦悶の声を出すキッカ。ミシミシとキッカの首が悲鳴を上げるが、構わずに力を込める。
「キッカ、一度しか言わない。貴様らは唯の消耗品だ。使い終わればさっさと消えるゴミだ。たかがゴミが生意気にも口を開くではない。ゴミはゴミらしく、役目を終えたらゴミ箱に返るんだな!」
そう言い放ち、キッカを倒れているジェジェのもとに投げつける。ドサッと振動し、崩れ落ちる二人。力いっぱい投げたので壊れたかもしれない。死んだら死んだで構わん。後で眷属リストを更新しておこう。
ふぅ、くだらぬゴミ達のせいで余計なロスをした。
それから私は、ティレア様がお待ちになる通路へと向かった。ティレア様のもとへ到着すると、バカティッシオもほぼ同時に到着した。バカティッシオは、息せき切ってだらしない様子だ。
こいつ、今にも死にそうじゃないか。体力だけが取り柄のバカにいったい何が起きたのだ?
話を聞くと、バカティッシオはカノドの町から全力疾走してきたらしい。
相変わらずの体力バカだ。カノドの町からここまで、こんな短時間で移動するなど私にはできない。バカティッシオのバカみたいに強力な魔力と、強靭な身体能力を持ってないと無理だろう。
ただ、バカティッシオは身体強化魔法の使いすぎで魔力が暴走していた。
案の定、バカティッシオは「肉離れを起こしたぁ~」と呻いている。恐らくバカティッシオの足の内部は、魔力暴走でずたずたに引き裂かれているのだろう。
魔力がすっからかんになるまで走るって……。
本当に究極のバカだな。こんな調子で任務をこなせるのか?
確かに早く参上することも重要だ。だが、任務をこなせなくては、本末転倒である。これからオークション会場で、ティレア様からどんな任務を言い渡されるかわからない。
一つ言えるのは、こんな調子のバカティッシオがいたら私の足を引っ張ることは明白である。
「ティレア様、オルティッシオ様は置いていきましょう。このザマでは足手まといにしかならないです」
「はぁ、はぁ。き、貴様、エ、エディム、お、お前、手柄は、功を独り占めに……はぁ、はぁ、させぬぞ。テ、ティレア様、お、お願いでござい、ます。わ、私も、連れて……はぁ、はぁ」
バカティッシオは、凄まじい執念で連れてけと叫ぶ。
はぁ~お前は、体力だけが取り柄だろ。こんな状態のバカティッシオを、ティレア様が連れて行くような無駄なことはしないだろう。
そう予測していたのだが、ティレア様はバカティッシオの同伴をお認めになったのである。しかも、ティレア様、御自ら担いでいこうとまでされるのだ。そんな真似をさせるわけにもいかず、私がバカティッシオを担いでいくことになったのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ。エディム、も、もう少し揺らさずに歩け。間抜けめ、傷にさわるだろうが!」
「す、すみません。あまり担ぐのに慣れてませんので……」
「はぁ、はぁ、まったく、どこまでも使えない奴だな」
それはこっちのセリフだ。思わず投げ飛ばしそうになるのをぐっと堪えて、オークション会場に入っていった。