第四十五話 「日頃から走っておかないからだよ」
「ごめん!」
突然、キッカがゼブラとジェジェに背後から手刀を放った。手刀を食らったゼブラとジェジェが地べたに崩れ落ちる。二人が倒れたため、クカノミは当たらず、そのまま建物を越えていった。
「キ、キッカ?」
「ご無礼を働きましたティレア様」
「え、え~っと……ジェジェ達を止めてくれたんだよね?」
「はっ。ジェジェ様が大変な過ちを犯すまえにお止めしなければと思いまして」
「そうそう、よくわかっているじゃない。あのまま突っ込んできたら、本気でジェジェ達死んでたよ」
「はっ、身も凍る思いであります」
正当防衛とはいえ、ジェジェ達を殺していたら後味の悪い結果になっていた。キッカの機転に感謝だね。その慧眼、伊達に眼鏡をかけていない。
いや~本当に久々にできる人材を見つけたよ。しかも、ジェジェと違い、俺を馬鹿にしていないのも好感が持てる。
「キッカはジェジェみたいに私を暗君とか愚主とか言わないんだね」
「めっそうもございません。遠目でしたが、ティレア様とエディム様がお互いに信頼を寄せ合っている光景を目にしました。ティレア様の仰るとおり、お二人には固い絆があります。ティレア様はエディム様と同等の存在と考えねばなりません」
「うんうん、キッカは素直ないい子だね。まさにそのとおりだよ」
ジェジェと違い、キッカは俺とエディムが親友だと理解してくれた。そう、俺とエディムの間に上下はない、同等の存在なのだ。正確にわかっている。
「キッカみたいに話がわかる人に会えてよかったわ。ジェジェとは大違い」
「ジェジェ様は一直線なお方です。多少、融通の利かないところもありますが、邪神軍にとって有益な御方でございます。どうかジェジェ様をお許し頂きたく、お願い申し上げます」
深々と頭を下げるキッカ。自分は悪くないのに謝罪している、大人だ。まったくジェジェにはキッカの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいだよ。
「うん、許す許す。もう馬鹿な真似はさせないようにね。ジェジェには『私に手を出すと火傷するぜ!』って言っておいて」
「ティレア様、そのお言葉ではジェジェ様はますます激高されるかと思われます」
「ん、なんで? 『人間凶器ティレア様に近づくな!』のほうがいいかな?」
「……ジェジェ様には後ほど私の言葉でお諌めしておきます」
うん、キッカの言葉なら安心だ。ぜひ、説教してもらいたい。二人は主眷属の関係だけど、愚兄賢弟みたいな感じだね。下である眷属のほうがしっかりしている。
ん!? ってことは、このままキッカと話を進めたほうが良さそうだぞ。
「もうキッカでいいや。頼みがあるの」
「なんでしょう?」
「ジェジェにも言ったけど、エディムを呼んでもらえない?」
「申し訳ございません。眷属同士の念話は、上をまたいで発動できないのです。私が念話できる相手は、ジェジェ様とゼブラのみでございます」
「そうなんだ。それじゃあ、ジェジェもエディムと直接話ができないのか……」
「はい。この場合は、ジェジェ様がダルフ様を介してエディム様と連絡を取ればよろしいかと」
「なるほどなるほど。手間だけど、それしか方法がないね」
で、あればジェジェを気絶からたたき起こせばいい。だが、キッカの強烈な手刀を喰らったジェジェが、すぐに目覚めるか……。
「ジェジェどうやって起こそうか?」
「私が起こします」
キッカはジェジェの体を起こすと、ジェジェの背中にえいと膝蹴りする。気つけの膝蹴りだね。ジェジェはキッカの膝蹴りをくらい意識を取り戻したようだ。
「キ、キッカ、何を……?」
「ジェジェ様、申し訳ございません。お手打ちを覚悟の上、お止めしました」
キッカは悲壮な決意で頭を下げる。ジェジェも最初は意識朦朧としていたが、意識が覚醒するにつれ、キッカを厳しい目で睨みつける。
「キッカ、その覚悟や良し。だが、主である私に手をかけるほどの理由はあるのだろうな?」
「はっ。ジェジェ様、恐れながら先ほどのジェジェ様の行動はエディム様を悲しませる行為になるかと」
「なぜだ? 頭の良いお前までもが馬鹿と同じことをいう。説明しただろうが。偉大なエディム様が暗君に仕えるのは耐えられぬと」
「その偉大なエディム様がティレア様に忠誠を誓っているのです。やはり、主の意向を家臣が勝手に判断するのは、不敬にあたるのではないでしょうか?」
「むむ……」
「ジェジェ様、エディム様は眷属全員にティレア様に忠誠を誓うように勅命を出されております。その内容がどうであれ、我ら家臣が勅に背く行為はエディム様のお言葉を軽く見ていることに繋がります」
「おぉ、その通りだ。よくぞ気がついたキッカ。たとえ暗君であろうとも、それに仕えよというエディム様のお言葉に背くわけにはいかぬ」
「ははっ。ご理解頂き嬉しゅうございまする。さぁ、後は主に手を上げた愚かな臣を処刑してください」
「何を言うか! 命を懸けて、君臣の道理を説いた有能な部下をみすみす手放しはせぬ。不問だ。これからもエディム様のために励め!」
「あぁ、なんと寛大な! キッカはジェジェ様にどこまでも付き従いまする」
ジェジェとキッカが仲直りしたようだ。なるほど主従ごっこはここでも健在ね。
――って違う違う。眷属間で血の誓約をしているこの二人は本物の主従なのだ。変態やティムのなんちゃって主従とは違う。
というか、本物でも偽者でもどうでもいい。今は主従のやりとりを聞いているほど時間の余裕はないのだ。
「あのさ、盛り上がっているところ悪いんだけど、エディムを呼んでくれない? いや、まじで急いでいるんだよね」
「まったく……」
「ジェジェ様。ティレア様はエディム様の主です。どうかご自重を!」
「わかっておる」
「ジェージェー聞いている? ハーリーアップ、アップ!」
「ふぅ~この馬鹿が、少し待ってろ。私もダルフ様に伝える案件がある。そのついでに貴様の伝言をしてやる」
「お願いね。超特急で頼むよ」
ジェジェはそれから念話を発動し、第一次眷属であるダルフと会話を始めた。
……
…………
………………
ふ~長い。何を話しているかいまいちわからないが、とにかく長い、長いぞ! ったく男の長電話は嫌われるというのに……。
ジェジェは、ご機嫌麗しゅうとダルフのご機嫌とりから始まり、
エビル地区担当?
仕事?
生贄?
よくわからないが、小難しい話をしている。ジェジェは専門用語を連発するので、わかりづらい上に長い。
さっさと俺の用件を伝えてほしいよ。
――って言うか先に俺の話をしてくれ。十秒で済む内容なんだから。
まぁ、頼みごとをしているのは俺だし、無理強いするのもなんだけど……。
うぅ、でもこれは少女の人生が懸かっているのだ。
「ねぇ、急いでいるんだけど!」
俺はたまらずジェジェに話しかける。だが、ジェジェは心外だとばかりにイラついた顔でこちらを睨んでくる。
おい、イラついているのはこっちだ。
「まったく、ダルフ様との念話中だぞ。少しは黙って――こ、これは申し訳ございません。こ、こっちの事でございます。あ~いえいえ、ダルフ様とは関係の無い話――えっ!? 関係のない話かどうかはダルフ様が判断されると……はい、いえ、いえ、おっしゃるとおりでございます。実は馬鹿、いや、ティレア様がエディム様と話がしたいと――ひぃいい! た、大変、も、申し訳ございません。す、すぐに、すぐに取り次ぎますので!」
おっ、ジェジェが血相を変えてこっちにやってきたぞ。
「ジェジェ早く――」
「は、早く用件を言え!」
「え、えっと?」
「エディム様に伝える内容だ。既にダルフ様を介し、エディム様と念話を繋げてある。エディム様達をお待たせするでない!」
「あ、そうなんだ」
「き、貴様のせいでダルフ様はかんかんだぞ。あぁ、なんてことだ。あんなにお怒りになるとは……私はおしまいだ」
ジェジェは心底後悔しているようで、苦悩の表情を見せている。
「いやいや自業自得でしょ。だから邪神様に敬意を払えっていったのに……」
「まったく、貴様は本当に調子がいい。一体何故、こんな馬鹿にダルフ様やエディム様は忠誠を誓っておるのだ?」
「まぁ、ジェジェには友情や絆が理解できないでしょうけどね。それで、エディムに伝える内容だけど」
「おぉ、そうだった。さあ言え、早く言え。勿体無くもダルフ様、エディム様が貴様の言葉をお待ちなのだ」
「それじゃあエディムに伝えて。オルが地下帝国にいるならお金をもってエビル地区まで連れてきて欲しいのよ。それも至急よ、大至急!」
「わ、わかった」
ジェジェはダルフに叱られたのがよほど答えたのだろう。先ほどとは段違いの速さで念話を飛ばし、ダルフと会話をしている。
ふん、ダルフに叱られているな。ジェジェの奴、ペコペコ頭を下げちゃっていい気味だ。
ん!? 会話が終わったのかジェジェが念話を中断し、こちらに顔を向けてくる。
「おい、エディム様のお話では、地下帝国にバカティッシオはいないようだぞ」
「そうなの? それは困った……って、バ、バカティッシオ?」
「あぁ、バカティッシオだ。馬鹿で間抜けでエディム様をいつも困らせていると聞いている。貴様とはいいコンビだな」
なっ!? オルと一緒にするな! 俺はあんなにバカでは――ってそんな事を言っている場合じゃない。オルがいないのであれば資金調達できないぞ。
どうする?
ちょっとだけ、オル家の隠し財産を貸してもらうか……。
いやいや、それをやっちゃうと泥棒だ、犯罪だ。オルとは友達なのだ。友達の家から勝手にお金を拝借する真似なんてできない。
今回、オルにオークションで奴隷を買ってもらおうとしている。だが、それはあくまで本人の承諾が前提だ。オルが仮にお金を出さないって言うならもう無理な話なのだ。
でもね、オルはなんだかんだで優しいから、きっと二つ返事でオッケーしてくれると信じている。少女の危機に義憤にかられてくれるさ。大金持ちのオル家にメイドで雇ってもらえれば、少女も救われる。
だが、オルがいないのであれば、助けられない。俺が苦悩していると、
「おい、エディム様からお言葉があった。眷属のキャス殿がバカティッシオの近くにいらしたので伝えたそうだ。エディム様もこちらに急行しておられる」
ジェジェから救いの言葉だ。
よ、よかった。これでなんとかなる。
そして、数分後……。
「ティレア様、お呼びにより参上仕りました」
「急に呼び出してごめんね」
エディムがものの数分でやってきた。
さ、さすが吸血鬼ね。いくら同じ王都内といってもお店からエビル地区までそれなりに距離がある。それをものの数分で来るなんて並の脚力じゃない。
それに比べて……。
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ。テ、ティレアさ、様、お呼びによ……はぁ、はぁ」
「ど、どうしたのオル? 息遣いが激しいどころじゃないよ、過呼吸?」
「はぁ、はぁ、はぁ、お、お見苦しいと、ところを、はぁ、はぁ、カ、カノドの町から全力で走ってきました、の、で」
「そ、そう……」
カノドの町って、ここから何十キロ離れていると思ってんの? それを数分で来るって、あなたはどこぞの野菜人の血でもひいているのか!
これだから中二病患者は始末におけない。
オルめ、本当はどこにいたんだ? まぁ、オルが走ってこられるぐらいだ。きっと近くにいたに決まっている。
ひょっとして……こいつ、エビル地区にいたんじゃないか?
ギルに聞いている。オルが度々エビル地区を視察しているって。ここにいたとしても不思議ではない。そうであれば、しっぽりしていたところを呼び出して悪いことをした。
それにしてもオルの奴、よほど全力で走ってきたのね。息もぜぇぜぇ、今にも白目を剥きそうだ。オル、頑張ったね。
キャスも気が利かないな。オルの近くにいたならオルを担いできてほしかった。まぁ、エビル地区にいたから近すぎて、担いでくるまでもないと思ったのかもしれない。
とにかくメンバーは揃った。
いざオークション会場へ――
「ごばっ!」
突然、オルのつんざくような悲鳴に足を止める。
「オ、オル、どうしたの?」
「あ、足が、に、肉ばな、魔力暴――」
「そう気をつけてね――って走ったぐらいで肉離れ起こしてんじゃねぇよぉ!」
見ると、オルの足がみごとに痙攣して引きつっている。
うん、完全に肉離れをおこしているね。
まぁ突っ込みをいれたが、日頃、運動不足の奴が全力疾走したらそうなるわな。運動不足のオルに無理強いさせてしまった俺のせいだ。
「オル、今からオークション会場に行こうと思っていたんだけど、行けるかな? なんならキッカ達と一緒に戻って休んでも――」
「はぁ、はぁ、も、問題、あ、ありません。連れて行って、ください」
オルはそう言っているが……大丈夫だろうか? 肉離れひどいことになってない? 海から揚げられた魚のように太ももプルプルしているよ。
ただ、資金提供するのはオルだ。オルがいないとまずいことはまずい。何せオル家で雇うメイドさんになるわけだ。俺が勝手に決めていいものではない。
「ティレア様、オルティッシオ様は置いていきましょう。このザマでは足手まといにしかならないです」
「はぁ、はぁ、き、貴様、エ、エディム、お、お前、手柄は、功を独り占めに……はぁ、はぁ、させぬぞ。テ、ティレア様、お、お願いでござい、ます。わ、私も、連れて……はぁ、はぁ」
オルが凄まじい執念で連れてけと叫ぶ。
うん、そこまで言われたら置いていくのも忍びない。
「わかったわ。それじゃあ、エディム、オルをおんぶしてくれる?」
「え!? 連れて行かれるんですか? それも、こ、こいつを担いで……」
「嫌なの? それじゃあ、私がおんぶして――」
「いえいえいえ、ティレア様にそのような事をして頂くわけにはまいりません。担ぎます! 担ぎます! 私がどこまでもこのバカ、いえオルティッシオ様を担いでいきますので」
それからエディムがオルを担ぐと、俺達はオークション会場へと足を運んだ。