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第四十二話 「ティムが奴隷になっちゃった!?」

 俺はヘタレ(ビセフ)の家にいったん寄り、防具を装備するとエビル地区へと向かった。防具は前のドキュンとの喧嘩で使った鎖帷子を装備している。これは獣人や竜人の強烈なパンチさえ跳ね返す優れた防御力を持つ。


 ちなみに、ヘタレ(ビセフ)にも一級の鎧と剣を装備してもらった。


 うんうん、ヘタレ(ビセフ)の奴、見かけだけなら立派な護衛に見えるぞ。これならゴロツキへの威嚇になるだろう。


 そして、エビル地区に到着……。


 へぇ~同じ王都でもこんな区画があったんだ。娼館や奴隷市があるくらいだからある程度は想像していたけど……。


 これはなんていうかエロい。だって前世でいうホテル街みたいな感じでずらっとそういうお店が並んでいるんだよ。しかも、お店のナンバーワン嬢か看板娘なのか知らないが、すごい色気ムンムンのお姉さんがお店の前に立ち、行きゆく男達を挑発しているのだ。


 もうね、目の毒だよ。見渡す風景全てピンク色に見えてくる。さすが眠らない町かぶきちょー。見ているだけでくらくらしてくる。


 あぁ本当にエロい、エロい、エロい!


 そして、こっちの世界でもわかってらっしゃる。女性は皆、男をどうすれば誘惑できるか、その一点に集約された服装をしているのだ。


 あ! あのお姉さんとか特にそうだ。見えそうで見えないスリットがまたなんとも色っぽい。


 案の定、あのお姉さんの前を通る男共は全員そのスリットをチラ見している。


 一晩いくらなんだろう? 客は女の子でもオーケイなのかな?


 いやいやいやいや、何を考えている。何か無意識に財布を開けてお金を数えていたよ。涎も垂らしてみっともない姿だ。


 今の俺をティムが見たらなんて思うか。姉の威厳が台無しである。俺はバシバシと顔を叩き、煩悩を追い出す。


「ほぉ、いい女がいるじゃないか! なぁ、姉ちゃん、いくらだ? お前なら相場の二倍は出してもいいぞ」


 俺が軽いカルチャーショックを受けていると、酔っぱらい二人から絡まれた。まさに飲み屋街の洗礼だね。


 こいつらどうしてやろう?


 酔客二人はニヤけながら少し千鳥足である。見かけはただの中年のおっさんだし、強者には見えない。


 よし、こんな酔っぱらい程度なら俺の拳でがつんとしばけば、イチコロだね。俺は鼻息荒く、腕まくりをする。


「やめろ。ティレアちゃんはそんな女じゃないぞ」

「なんだ、てめーは?」


 ちょっと待てヘタレ(ビセフ)。男気は買うがまた気絶するのがオチ――


「お、おい、やめとけ! こ、これはビセフの旦那、王都に戻ってたんですね?」

「ビ、ビセフ!? ま、まさか狂犬ビセフか!」

「お前達、俺がおとなしくしているうちにさっさと退散するんだな」

「「ひぃ、ひぃい! す、すいませんでした!」」


 な、なんだと……。


 ヘタレ(ビセフ)が酔っ払いのゴロツキ達を追い払いやがったのだ。


 も、もしかしてヘタレ(ビセフ)って意外とやる? しかも狂犬ビセフ?


 なんて中二的でかつ危険な二つ名を持ってやがる。ひょっとして今までの失態もベルガでの田舎暮らしで牙が折れてしまったのが原因なのか?


「ティレアちゃん、大丈夫だったかい?」

「あ、ありがとうございます。驚きました。ビセフさんってここら辺で顔だったんですね」

「いや、若気の至りだよ。俺も若いときは上だけをみてずいぶん無茶したからね」

「そ、そうですか。それで狂犬ビセフ……」

「ふっ、まったく誰が言いだしたのか。俺もそんな名で呼ばれて迷惑していたんだよ。しまいには俺の名を聞いただけで腰を抜かす奴……ふっ、名の売れた悪党でさえ、俺を見たら避けて通るようになっちまった。ふっ、さらには……」


 聞いてもいないのにとめどなく武勇伝を語るヘタレ(ビセフ)。しかも話の区切り区切りで「ふっ」「ふっ」言ってくるのがイラっとくる。


 せっかく見直しかけていたのに。ぶっ倒れるフラグを自ら立てているね。それに時間が惜しい時にこんな馬鹿話をまともに聞いてられない。


「あ、あのビセフさん、その話はまた今度で……」

「そうかい。話はこれからが面白くなるんだけど……」

「いえいえ、けっこうです。とにかく情報が集まる場所まで案内してください」

「わかった。任せてよ」


 それからヘタレの案内で情報が集まる酒場へと向かう。途中、また酔っ払いに絡まれるが、ヘタレの顔を見るとほうほうのていで逃げ帰るチンピラ達。


 ふむ、これはヘタレ(ビセフ)の評価を上方修正しなければいけない。その実力はさておき、影響力というのも強さの一つだからね。


 そんなこんなでヘタレ(ビセフ)馴染みの酒場に到着した。


 俺は店に入れず、話はヘタレ(ビセフ)に任せてある。俺も話がしたかった。だが、なんでもその酒場のマスターは情報屋もやっているのだが、一見さんはお断りだそうだ。本来であれば店の前で待つことすら許されないらしい。でも、そこはヘタレ(ビセフ)の顔でなんとかしてくれたのである。さらに俺が待っている間、酔客に絡まれないように番兵さんも寄越してくれた。


 俺もここに来るまでさんざん絡まれてうんざりしていたし、ヘタレ(ビセフ)が意外に頼りになるので、素直に従ったのである。


 番兵さんは髭の濃いマッチョな人だ。うん、頼もしい。暑苦しいけど、この顔でギロリと睨みをきかせていたら、コナをかけてくる奴なんていないだろう。


「あ、あの宜しく……」

「黙って待ってろ」

「は、はい」


 うん、なんか寡黙で話しづらい人だった。まぁ、言う通りおとなしくしていよう。でも、話が気になるのも事実だなぁ。


 俺は扉の窓からこっそり二人の様子を見てみる。二人はお互いに肩をバシバシ叩きながら話をしている。二人とも笑顔だ。会話の内容はここからではわからない。だが、二人の様子から仲良く話をしているのはわかった。確かヘタレ(ビセフ)と酒場のマスターは旧友同士って言ってたもんな。


 うん、盛り上がっているよ。盛り上がりすぎていると言ってもいい。


 ヘタレ(ビセフ)め、ちゃんとティムの件を話しているのか? 今日の趣旨理解してる? 


 まぁ、そこまで責任感のないことはしないか。ティムの件、そっち抜けで自分達の昔話に興じるほど冷たい人ではないはずだ。


 二人でティムの情報を必死に――必死な顔ではなかった。


 う~ん、なぜ?


 ティムの噂が本当ならヘタレ(ビセフ)もあんな緩い顔しないはずである。


 そうか! やはりティムの件は俺の取り越し苦労だったんだ!


 ヘタレ(ビセフ)もそれがわかったから、にこやかにしてたんだよ。きっとそう、ティムがこんな危険な場所にいるわけがないもの。


 そう結論づけると幾分気持ちが上向きになった。番兵さんもいるし、絡まれる心配もない。周りを見る余裕が出てきた。


 ほっと息をつぎ、周囲を観察する。


 今、俺がいる酒場の周辺は十字路になっている。右手の通路を行くと娼館や奴隷市、左手の通路を行くと酒場や賭博場があるのだ。


 だから、道行く人の行先でそいつの目的がわかる。左手に行く奴らは酒かギャンブル。右手に行く奴らは女を買いに行くのだ。


 ふぅ、それにしても、さっきから右手に行く男共が多い。一人、二人、三人、あ、四人も……スケベの団体が通っていく。


 まったく、どいつもこいつもスケベしやがって! こんなお天道様が登っているうちから、よくやるよ!


 まっ、いいんだけどね……。


 別に「不潔」とか「汚らわしい」とか思いはしない。元男としてこいつらの気持ちは十分に理解できるのだ。


 そう俺は理解ある女、たとえ知り合いを見つけたとしても見てみぬふりをしてあげましょう。


 そう思って通りを見ていると、


 うぉおい! いきなり知人を発見したよ。


 た、たしか第二師団のギルだっけ?


 ギルについては、昔オルが執拗に薦めてきたことがあった。オルが「私の自慢の部下です。右腕です。どうかティレア様もお使いください」とか言ってたな。俺はオルが薦めるものだから、逆にお店で雇わなかったんだけどね。


 そのギルが目つき鋭く「俺は女に興味がねぇ!」みたいな顔をしておきながら、ちゃっかり右手の方角へ進もうとしている。


 はぁ、ギルはそういう奴か。空手部の主将みたいな真面目で硬派な顔をして下半身はテントをおっ立てている。いわゆるムッツリスケベ君タイプだ。


 いいよ。大丈夫。俺はそんなムッツリ具合がわかったぐらいでビクともしない。男には色んなタイプがいるものだ。


 しかし、まずいなぁ。よもやこんなところで知人と出くわすとは思わなかった。

 これは目があうと相当きまずい。


 俺はとっさに隠れようとするが……。


 はっ!? し、しまった!


 隠れるタイミングが悪かったらしく、ばっちりギルの奴と目があってしまった。奴もそうとう気まずいよね。なんたって風俗に行こうとしたら、よりにもよって知人の女の子に出会ったんだもの。


 ど、どうする?


 目があって今更だが、他人のフリをするか――


「これはティレア様」


 はい、いきなり声をかけてきやがったよ。俺がせっかく大人な対応をしてやろうと思ったのに。


 まぁ、挨拶をされたんだ。普通の会話を心がけないとね。無視するわけにはいかない。俺は番兵さんに「知り合いだから大丈夫」と言ってギルの前まで移動する。


「や、やぁ。ギル、こんなところで奇遇ね」

「はっ。このような場所でティレア様にお会いできるとは思いもしませんでした」


 そ、そうよね。その気持ちはわかる。安心しなさい。俺は巷の女の子のような反応はしない。素人童貞には理解がある女だ。


「ギル、大丈夫よ。ここにいたことは誰にも言わないし、理解はしているわ。命の洗濯は必要だもんね」

「はぁ。ティレア様のおっしゃる意味がよくわかりませんが、私がここにいるのはエビル地区を取り仕切るためです」


 そ、そうきたか……。


 ムッツリスケベのギル君だ。何かしら風俗に来たことを誤魔化してくるとは思ってたよ。でも、まさか中二的に誤魔化してくるとは思いもしなかった。


 ふぅ、新手の言い訳だ。俺の予想範囲外の答えである。


 ギル、普通はね、男が風俗に行くだけで抵抗がある女の子もいるんだよ。さらに中二病まで合わせたらドン引きは確定よ。


 だが、安心しなさい。大丈夫。俺は素人童貞にも中二病にも理解がある女だ。あなたが恥ずかしくないように話を合わせてあげましょう。


「そ、そう。エビル地区の取り仕切りね。よし、よし、気張ってやりなさい。マフィアやヤクザもあなたの前では敵なしよ」

「ティレア様、その『マフィア』『ヤクザ』というのは私どもが管理している元締めの意味ですね? もちろん傘下に収めております。邪神軍の情報も漏洩させないようにダミーの上役を置いてますので気づかれはしません」

「お、おぉ。す、すごいじゃない。ダ、ダミーまで考エテタカー。立派、立派」

「はっ。お褒めのお言葉、恐悦至極に存じます」


 ギルの嬉しそうな顔。まったくかわいいもんだ。それでごまかせたと思っているんだろうな。俺は万事わかっているんだよ。


 でも、騙されてあげましょう。そうあなたは風俗に来たんじゃない。マフィアの幹部として売上を監査しに来たんですもんね―。


 はは、中二病患者との対応は本当に疲れる。


 それにしてもギルがいたってことは他の軍団員も来ているのかな? あんまりこういうことは詮索しちゃいけないけど、ちょっと気になってきた。


「ねぇ、話は変わるけど、ギル以外の軍団員もよくここに来ているの?」

「御意。エビル地区の仕切りは第二師団の持ち回りです。一週間ごとに交代で来ています」

「そ、そうなんだ。それは一週間に一回ぐらいの頻度なのかな?」

「いえ、それはまちまちです。仕事の配分にもよりますが、時期によっては一週間まるごとこの地区に缶詰な軍団員もいますね」

「そ、そっか。うん、お盛んなことで……」

「私は二週間ぶりの任務ですので、はりきっております。何せエビル地区の上がりは潤沢ですから」

「そ、そうね。うん、うん、そう潤沢だわ。私もソーオモッテター」

「はい。邪神軍の資金確保のためにここは外せません。オルティッシオ師団長も抜かりはないか度々視察を――」

「ストーップ。いいよ。もういいから」

「はっ」


 うん、予想以上にやばい質問だったらしい。これ以上、軍団員の下半身事情なんて知りたくもない。


 その後、ギルは「今日の上がりを監査する」と言って、女の子のもとへニャンニャンしに行った。まったくやりすぎて腰を痛めるなよ。


 俺がムッツリスケベのギル君に呆れていると、ヘタレ(ビセフ)も情報収集が終ったようだ。ヘタレ(ビセフ)が店の入り口で待機している俺のもとに戻ってきた。


「それでビセフさん、ティムの情報ってありました?」

「まぁ、一応……」

「一応ってどういうことですか?」

「それが色々情報が錯綜しているみたいなんだ。銀髪だったり白髪だったり容姿についてはっきりしていないんだよ」

「え!? それじゃあティムかどうかってわからないままじゃないですか!」

「うん、ただ最近噂の美少女は今日、奴隷市に出されるみたい」

「ど、奴隷市ぃ――っ! ま、ま、ま、まさか、まさかまさかティムが……」

「いや、これでティムちゃんじゃないってはっきりしたよ」

「どうしてそう言い切れるんですか!」

「ティムちゃんはれっきとした魔法学園の生徒だよ。それがいきなり奴隷になるなんてありえない」

「わ、わからないじゃないですか! 級友に騙されたとか悪徳商法で判を押しちゃったとか」

「ティレアちゃん、わが国が誇る魔法学園の生徒を奴隷に出すなんて、そんな無茶が通るほど王国の規制は緩くないよ」

「ビセフさん、甘いです。世の中、何が起こるかわかりません。いいですか。ある日突然、お店が知人に売り飛ばされることだってあるんですよ」

「ぐはっ! あ、あ、あれは俺も騙されて……」

「別に過ぎたことはいいんです。それよりティムがもし奴隷になっていたら……」

「ティレアちゃん、わかったよ。とにかく奴隷市に急ごう」


 ヘタレに言われるまでもない、すぐさま奴隷市へと向かう。ティム待っててね、お姉ちゃんが必ず救ってみせるから。

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